#9 高度四〇万メートルでの戦い
成層圏、中間圏を超えたスティール・オブ・ジャスティスの耳にノイズ混じりの無線が届きました。
『……こえる? ダン。聞こえますか?』
途切れ途切れで聞き取りにくいが、その声は聞き間違えることのない最愛の女性の声です。
「 アンヌ。 一体どこから?」
『無理言って東京に設営された軍の司令部に入れてもらったの。少しでも貴方の力になりたくて……』
まったくおてんば姫め。
スティール・オブ・ジャスティスはつい口元が緩みそうになるのを堪えながら高度を上げていきます。
アンヌの声が続きます。
『世界各地で戦っていたイレイド星人の円盤が一斉に戦場を離脱し、空軍の追撃を振り切って同じところを目指しているわ。予測地点は――』
「僕が今向かっている場所だね」
「ええ。高度四〇万メートルに居座る敵の本隊に合流しようとしているみたい」
全部隊を集結させるとは、よっぽど大事な物があるのだろうか?
スティール・オブ・ジャスティスは先程の衛星の映像に一際大きな宇宙船が映っていたことを思い出しました。
「情報ありがとう」
「身体の方は大丈夫なの? ここしばらく戦いが続いてるから――」
「アンヌ」
彼女の言葉を途中で遮る。身を案じてくれているのだろうが、この無線は防衛軍の人間も聞いているはずです。
戦況を左右するような不安を与えるわけにはいきません。
「大丈夫。この戦いを終わらせて、ゆっくり休むよ」
アンヌは、たっぷりの砂糖のような優しさを含んだ声で、ダンを送り出しました。
「分かったわ。必ず無事に戻ってきてね」
「ああ。君におまじないをかけてもらったんだ。万が一にも負けるなんてあり得ないよ。じゃあ、また後で」
スティール・オブ・ジャスティスは名残惜しさに後ろ髪を引かれながらも自ら通信を切ります。
熱圏に佇む金色の集団が見えてきました。
破壊された人工衛星の残骸が漂う中にイレイド星人の本体と思われる部隊がいます。
中央に大型船の姿があり、その周囲をVIPを守るボディーガードのように十機の円盤が周りを固めているようです。
金色の大型船は二つの台形を組み合わせたモナカのような形をしていて、長さ約一〇〇メートル。幅は約五〇メートル、全高三〇メートルはありそうでした。
モナカ型宇宙船を旗艦とした本隊は、スティール・オブ・ジャスティスを待ち構えるように動きません。
恐らく、世界各地に散らばった円盤で挟み撃ちにしようとしているようです。
その予想通りに世界中の空で暴れまわっていた多数の円盤が迫ってきていました。
左右から迫り来る数は、おおよそ五〇から六〇機。その大群が巣を守る雀蜂のようにスティール・オブ・ジャスティスを押しつぶそうと殺到しています。
味方は誰もいない。いないからこそ、本気を出しても問題ない!
スティール・オブ・ジャスティスは宇宙空間で減速し、その場で停止すると、顔の前で腕を交差させて拳を握りしめ、腰の横に勢いよく降り下ろしました。
その身に纏うナノメタルスキンと共に、全身の筋肉が膨張していく。それだけでなく身長も伸び、一八〇センチから三メートル、一〇メートルと大きくなっていきます。
巨大化を終えた姿は全長六〇メートル。この姿なら等身大の時には使えなかった全ての必殺技が使用できるのです。
だがエネルギーの消費も爆発的に増加してしまい、下手をすると命の危険もある諸刃の剣でもありました。
左右の円盤がほぼ同時に触覚から赤色光線を放ちます。
スティール・オブ・ジャスティスは巨体からは想像もできない機敏さで、それを全て避けると、まず距離の近い左手側の円盤の集団に身体を向けました。
左右の手からナノメタルで作り出した棒をもち、頭上で組み合わせて一本の柄にし、勢いよく回転させます。
すると先端から、リームエネルギーで作られた幅五メートルの赤い斧刃、その反対側には敵を引っ掛けるのに適したフックが出現しました。
それは中世ヨーロッパで用いられた長柄の武器ハルバードによく似ています。
「ビヨンドォォォッハルバァードッ!」
スティール・オブ・ジャスティスはその場から動かず、腰を回すようにビヨンドハルバードを横薙ぎに払うと、限界を超えるの名の通り、柄が伸びていきました。
ナノメタルで出来た柄は、際限なく伸び続け、その長さは円盤に達するまでに一キロの長さとなっていました。
ビヨンドハルバードの斧刃が円盤一〇機をまとめて撫で斬りにして撃破します。
更に円盤が回避行動を取る前に幾重にも振るい、ものの数秒で左手側の集団を一掃しました。
ビヨンドハルバードをしまい、次に右手側から殺到するの三〇機の円盤に注目します。
スティール・オブ・ジャスティスは、三日月状の頭部の飾りを外すと、両手で挟み込むように持ちました。
手の中でリームエネルギーを付与し、腕をまっすぐ伸ばして、ハンマー投げのように全身をコマの如く回転させ、遠心力を込めて投擲します。
「クレセントッ!ブゥゥゥゥメラン!」
三日月の刃が高速回転しながら、満月のような形になると、その鋭い刃で円盤を切断していきます。
一機撃破すると、生き物のように次の円盤に狙いを定めて切り裂いていきました。
猟犬のように喰らいつた赤く輝く円刃に切り刻まれ、三〇機の円盤は全て両断され爆発四散します。
戻ってきたクレセントブーメランを頭部に戻し、残った敵本隊に詰め寄ると、中央に鎮座する大型船を守る為に、残りの円盤が一斉攻撃してきました。
スティール・オブ・ジャスティスは避けずに真っ直ぐ光線の渦に突き進むと、両手の人差し指と中指を伸ばして目の前に円を描きます。
「フォルモントバリアー」
現れたのは、極薄のコンタクトレンズを大きくしたような緑色のバリアーでした。
それが敵の攻撃を全て防いでいき、徐々に光線を吸収して赤熱して風船のように膨張していきます。
「リフレクト、カウンタァァァ!」
バリアーが消滅すると同時に、今まで吸収していた光線のエネルギーを放出しました。
一〇機の円盤は自身の光線を何倍にも強化された光をもろに食らい、飛び散った絵の具のように溶けていきました。
護衛は全て撃破したが、大型船は機首が黒く焦げただけで、何事もなかったかのように、その場から微動だにしません。
大型船を透視して様子を探ると、中央内部に熱を放つ大きな球体が格納されていて、機首上部には二つの生体反応がありました。
姿は手足が二本ずつと、人間と共通点があるが、頭部は指サックのような形で頭頂部に二本の触覚があります。
二体のイレイド星人が大型船を操舵しているようです。
スティール・オブ・ジャスティスは操縦席を指指し、テレパシーを使って語りかけました。
「もう君達の負けだ。投降しろ」
しばらく反応はなかったが、杖らしきものを持ったイレイド星人が、それを振り上げながら返答します。
「我々はまだ負けてなどいない!」
その言葉を合図として、今まで動くことのなかった大型船が急発進しました。
体当たりされると思い、咄嗟に回避したが、大型船はそのまま通り過ぎて地球に向かっていきます。
「行かせるか!」
スティール・オブ・ジャスティスは全速力で追いかけて、大型船をすぐさま追い抜き前に出ると、掌を広げて両手をまっすぐ伸ばします。
「止まれ!」
警告を無視した大型船はスティール・オブ・ジャスティスと激突しそのまま大気圏に突入していきました。
スティール・オブ・ジャスティスは全身にフォルモントバリアーを張り巡らして耐えながら、大気圏に突入した大型船を押し返そうと両腕に力を込めます。
力を込めたので、両腕の筋肉が大きく盛り上がり、大型船のボディにめり込みました。
アンチグラビティブースターを全開にするが、それでも止められません。
イレイド星人達は、地球の重力に捕まっているのが分かっているはずなのに更に速度を上げてきました。
スティール・オブ・ジャスティスは押し返しながらテレパシーを通して呼びかけます。
「船を減速させるんだ。このままじゃ燃え尽きるぞ!」
杖を持ったイレイド星人が応える。もう一人のイレイド星人は力尽きたのか倒れて動きません。
「黙れGN28星人。我々の邪魔をするな!」
「この船じゃ大気の摩擦に耐えられない。死ぬだけだぞ」
説得しても大型船は速度を緩めず、更に加速していく。
「私は死ぬことに恐怖など感じない。むしろ最大の邪魔者である貴様を葬れるのなら、本望というものだ!」
「何を馬鹿な事を」
大型船が苦しげに身をよじるように軋みをあげる。船体が熱によって溶け、ヤスリをかけられるように徐々に削り取られていきます。
スティール・オブ・ジャスティスの両腕が大型船の質量に耐えられなくなり、だんだんと肘が曲がって震えが止まらなくなりました。
「本当に死ぬぞ!」
「もう止められはしない。我々はここで命果てる。だがGN28星人、貴様に置き土産をくれてやるわ! メカキョウボラスに引きちぎられるがいい。ワッハッハッハッ――」
大笑いしながらイレイド星人は大気圏の熱によって跡形もなく燃え尽きます。同時に大型船も限界を迎え大きな手に握りつぶされるように小さくなって爆散してしまいました。
その直前イレイド星人の杖の先端が光ったのですが、一瞬の事でその意図は分かりません。
スティール・オブ・ジャスティスは爆風に叩かれて独楽のように回転しながら吹き飛ばされましたが、何とか姿勢を元に戻すことに成功しました。
大型船がいたところは、大きな爆煙に包まれ何も見えません。
けれども次の瞬間。その煙の壁をぶち破るように大きな球体が飛び出してくるのでした。