#4 鳴り響くアラーム
隊長は悲鳴をあげた姫に銃口を向けようとしました。
「死ねエイリアン。次はお前だ!」
次の獲物を狙おうとした銃が突然、見えない壁にぶつかったように止まります。ガスマスクの内側でも、隊長が大きく息を呑むのが誰からも分かりました。
何故なら、銀色に光る右手が銃身を掴んでいたからです。
隊長が震える声で無意味な質問をします。
「貴様、い、生きているのか?」
銀の生命体は何も言わずに行動で応えました。
隊長の両手からアサルトライフルをもぎ取ると、そのまま竹を割るように真っ二つにします。
銃の部品が床に散らばりました。
顔に当たった弾は、全身に張り巡らせてあるエネルギーフィールドに呑み込まれるように消滅していたのです。
「ヒィッ。こいつを撃て!」
怯える隊長の命令を受けて、部下の兵士達は一斉に銀の生命体に狙いをつけます。
それを見て、姫が両手に抱えていた箱を下に置き両手を広げて前に出ました。
「皆さん止めてください。こんなことをしてる場合ではないはずです!」
彼女の凛とした声が部屋中に響き渡り、九人の兵士達は引き金にかけた人差し指の動きを止めました。
「こんな事はやめましょう。私達は貴方達を救いに来たのです。争いに来たのではありません。銃を下ろしてください」
兵達一人一人の顔を見ながらの訴えに、九人は顔を見合わせて銃を降ろそうとするが、隊長が腰の拳銃を引き抜いてそれをやめさせます。
「宇宙人の言うことを信じるのか! 馬鹿どもめ。こうなれば役立たず共々エイリアンを駆逐してやる!」
隊長が銃を突きつけたまま腰の装置に手を伸ばす。銀の生命体は止めようと動くが、それより早く動いた人間がいました。
「すいません!」
声を発したのは、先程隊長に注意された兵士です。彼は持っていたアサルトライフルのストックで隊長のこめかみを殴打しました。
「っが!」
隊長は短い悲鳴を発すると、口を開けたまま仰向けに倒れます。
手に持つ銃の引き金に指がかかったまま、暴走を止めた兵士に向けられていました。
倒れた拍子に拳銃が暴発。
真っ直ぐ兵士の顔に向かって発射された弾丸は、目前に広げられた銀色の掌が受け止めました。
銀の生命体は銃弾を握ったまま兵士に声をかけます。
「大丈夫か?」
「は、はい。俺は大丈夫です。けど、貴方は……」
「これくらい何ともない」
銀の生命体が右手を開くと、潰れてひしゃげた弾頭が握られていました。
それを床に落としてから隊長の方を見ます。どうやら気を失っているようです。
銀の生命体は左の拳を握りしめて馬乗りになると、姫に狼藉を働いた愚か者に怒りの鉄槌を振り降ろす直前、それを見た姫が慌てた様子で彼を止めました。
「殺してはいけません!」
銀の生命体は力を込めた拳を固めたまま、動きを止めます。
「どんな悪事を働いた者でも殺しては駄目。そう教えてくれたのは貴方ですよ」
姫に諭され、たっぷり間を空けてから固めていた拳を解きました。
「……申し訳ありません。我を忘れていました」
銀の生命体は冷静さを取り戻し、うつ伏せにした隊長の両手を腰の後ろで組み合わせます。
「すまないが、何か拘束できるものを持っていないか? こいつを自由にしておくわけにはいかない」
先ほど助けた兵士が、白い結束バンドによく似たプラスチックの手錠を投げ渡してきました。
「これを使ってください」
「ありがとう」
手錠を使い、両手の血流が止まる寸前まできつくしばりました。
銀の生命体は、隊長が何もできなくなった事を確認してから立ち上がり、周りでどうしたらいいのか分からないといった様子の兵士たちを見回します。
九人は銃を下ろしていたが、二人の異星人に対してどう対応していいのか分からないようでした。
その目には自分たちが報復されるのではないかと怯えた目をしている者もいます。
銀の生命体は、出来る限り怖がられないように優しく話しかけました。
「僕達は君達に危害を加えない。彼は……」
銀の生命体が下を向くと、釣られた兵達も下を向いて拘束された隊長に視線を注ぎます。
「先に彼が撃ってきたので、こういう結果になってしまったが、僕達は地球を侵略する気は無い。それでも信じられないなら、双方にとって、とても残念な事だが、この星からすぐに出て行くよ」
その言葉に一番衝撃を受けたのは後ろに控える姫のようでした。彼女は何か言おうとするが、その前に手で制します。
「君たちの答えを聞きたい」
彼らにそんな責任を押し付けるのはどうかと思うが、ここで拒否されるなら、他の人類からも歓迎はされないでしょう。
一人が手をあげる。先程ゲンブと呼ばれていた兵士でした。
「何で貴方達は、地球人の僕たちの事を助けてくれるんですか?」
「宇宙で、ある勇敢な地球人の行動に感銘を受けた。という理由じゃあ、不十分かな」
「え、いや、そんな事ないですけど……そもそも本当にこんなひどい状態の地球を救えるんですか?」
彼の口調からはそんな事は不可能だという思いがにじみ出ているようでした。それでも銀の生命体はしっかりと頷きます。
「僕達が持ってきたアイテムを使えば確実に地球を救える。だがそれはきっかけに過ぎない。君達が尽力しなければ、また滅びの道を歩むだけだ」
銀の生命体はゲンブの目を見つめたままもう一度問いかけました。
「僕達の申し出を受け入れてくれるかい?」
ゲンブは答えを決めていたのか、問われてすぐに背骨が折れるほどの勢いで頭を下げました。
「お、お願いします! 助けてください! お願いします!」
それは彼の純粋なまでの思いだったのでしょう。周りの兵士達も釣られるように一斉に頭を下げました。
それを見て、ここは私に任せてと言わんばかりに姫が一歩前に進みます。銀の生命体は小さく頷いてこの場を任せました。
「皆さん。頭を上げてください」
心の氷を溶かすような優しい声に兵士達はゆっくりと頭を上げていきます。
「私達は対等な存在なのですから頭を下げる必要などありません。私達は見返りを求めてやって来たのではないのです」
ゲンブを含めた九人は女神を崇めるように、両膝を地べたにつけます。
「俺たち、いやみんな助かるんですね? 地上に戻ることが出来るんですね?」
「ええ。だから案内してください。貴方達の指導者に。そして彼らを通じて、全世界の人々に私達が何しにここへきたのか伝えさせてください」
姫の言葉に兵士達は子供のように頷きます。よく見ると泣いているのか、ガスマスクで覆われている顔を手で拭う仕草をしている者もいました。
「はい。それじゃすぐに――」
ゲンブがそこまで言ったところで、突然甲高いアラームが鳴り響きます。
宇宙からやってきた二人には見当もつかなかったが九人の兵士達の顔は青ざめていました。
彼らにとってアラームの音は、迫る死神の足音と同じだったのです。