#12 ロシア最終日
―1―
「ん……」
ユウタは眼を覚ます。天助から推測するにポリーナの家のようだ。
天井を見ているということは自分は仰向けに寝ている。
窓から明かりが差し込んでいるので、どうやら朝のようだ。
上半身を起こそうとしたが、頭と胸のところに何か乗っている事に気づく。
見ると右手側から伸びる腕だ。
袖だけだが見慣れた寝間着で誰だか分かる。
見ると、気持ちよさそうに寝息を立てるアンヌの顔が間近にあった。
「わ……!」
あまりの近さに思わず声が出てしまう。
口を抑えたが、聞こえてしまったのか、アンヌが薄く瞼を開ける。
「ん、起きたの?」
「うん。おはよう」
アンヌはまだ眠いのか、瞼を薄く開いて見つめてくる。
「おはよう。昨日は疲れたでしょう。食べてすぐ寝ちゃったから」
「そ、そうだっけ」
正直に言うと昨日の記憶が思い出せない。
まだ眠気という霧が晴れない脳みそをフル回転させて思い出していく。
(昨日は、そう、宇宙で怪獣を倒して、またワームホールでここに戻ってきて……)
変身解除した後の記憶が思い出せなかった。
「本当に覚えてないのね。昨日は帰ってきて食べたらすぐに寝ちゃったのよ」
言われても、全然実感が湧かない。
アンヌは起き上がると、節々をほぐすように身体を伸ばす。
「適当な理由考えるの大変だったんだから。後着替えさせるのもね。全然起きてくれないんだもの」
「き、着替え!」
自分の身体を見ると確かにパジャマを着ている。
変身した時は私服だった。つまり……。
(母さんに着替えさせてもらったって事⁈)
只々恥ずかしくなって毛布で顔を隠す。
「ユウタ。寝癖酷くなるから毛布被らないの。それと早く着替えなさい。朝から忙しくなるわよ」
「今日どっか行く予定あったっけ?」
出来る事なら空腹を満たして、二度寝したい気分だった。
「もう忘れてる。今日は滞在最終日、帰る日なのよ」
「……あー!」
完全に忘れているユウタであった。
―2―
アンヌと一緒にリビングに行くと、レギィもポリーナもいて朝食の準備が出来ていた。
もう少ししたらレギィが呼びに行くところだったらしい。
昨日は、ユウタも心配しすぎで助かった事に安堵して、半ば倒れるように寝てしまった事になっていた。
ポリーナは上機嫌で、十人前くらいの朝ごはんを用意していたが、殆どユウタが食べてしまって無駄になることはなかった。
リビングのテレビがニュースを流す。
『防衛軍は怪獣を隕石と呼称していたのは無用な混乱を招く恐れがあった為と釈明しました。これを受けて一部の抗議団体から……』
全員が朝ごはんを食べ終えると同時に、レギィがテレビを消して慌ただしくリビングを出て行ってしまう。
食べる事に夢中になって話すことが出来なかった。
最終日なので出来る限り話したいが、ユウタも帰り支度をしなければいけない。
ポリーナの手伝いをするアンヌを残して部屋に戻り、自分の荷物を片付けていく。
サヤトとフワリに買ったお土産も、シワがつかないように丁寧にしまう。
戻ってきたアンヌはユウタよりも早く、荷物の片付けと部屋の整理も終えてしまった。
沢山の荷物を持って玄関へ向かうとポリーナがやってきた。
「もう二人が帰っちゃうなんて、寂しくなるわねぇ」
靴を履き終えたアンヌが応える。
「私も寂しいです。とても居心地良くて、帰りたくないくらい」
微笑んだアンヌの表情に寂しさが混ざっているのが見えた。
「また機会があったら遊びに来てちょうだいね」
「ええ。是非」
ポリーナとアンヌはハグをする。
「ユウタ君も是非また来てね」
「はい」
少し恥ずかしい気持ちを抑えながら、ポリーナとハグをした。
レギィは見送りに来ないようだ。
理由は分からないが時間がないので、ポリーナと別れの挨拶を交わして、このままお暇する。
玄関を開け階段を降りていると、突然上から呼び止められた。
それはレギィの声だった。
「おーい。二人とも待ってくれー」
階段を駆け下りてきて、ユウタ達に追いつてきた。
「ゴメン。ちょっと色々心の準備してたら遅くなっちゃった。途中まで一緒に行こうぜ」
レギィは私服を着て、リュックを提げている。
ユウタは何処へ行くか尋ねてみた。
「これから何処か行くの?」
「ああ。学校」
「学校!!」
驚いてしまったのも無理はない。昨日同じ学校の生徒に絡まれてしまった事を忘れているはずがない。
「心配してくれるのか? 大丈夫。アイツらに負けてられないよ。俺には目標があるんだ」
「目標、将来の事?」
「ああ。動物園で働く。その為に学校を卒業する」
「それだったら、他に方法――」
レギィに途中で遮られる。
「他に方法がある事も知ってる。でも辛い事から逃げてばかりじゃ駄目だって気づいたんだ。だから立ち向かってみる。それでも駄目なら別の方法考えるよ」
ユウタはレギィの考えを否定する事は止めた。
「分かった。僕レギィの夢応援するよ。でも無理はしないでね」
「サンキュー。あっ、じゃあ俺こっちだから。アンヌさん。色々とありがとうございました」
「私もとても楽しかったわ」
頭を下げたレギィは振り返ることなく右に曲がる。
「母さん。ちょっと待ってて。すぐ戻るから!」
ユウタはまだ話したくて彼の背中を追った。
「レギィ!」
並んで一緒に歩く。
「無理してない?」
「無理はするさ。今も怖いし、外出てくるまで足震えてた」
レギィが顔を伏せる。
「でも昨日ヒーローが約束通りママを助けてくれたんだ。だから俺も頑張って前に進むって決めたんだ」
そこまで言うと、レギィは唐突に自分のオーパスを取り出す。
「そうだ。なあアドレス交換しようぜ」
「もちろん」
ユウタもオーパスを取り出しお互いのアドレスを教えた。
「僕、外国の友達なんて初めてだよ」
「俺もだよ」
レギィが勢いよく抱きついてきた。
「わわっレギィ」
「ありがとな。ガーディマンに伝えてくれ。ママの事助けてくれてありがとうって。それじゃ!」
レギィはユウタの返事も待たずに離れると、大きく手を振りながら地下鉄の駅へ降りていった。
「レギィ。また会おうね!」
再会を誓い合い、お互い姿が見えなくなるまで手を振り続けるのだった。
―3―
レギィと別れた二人はグム百貨店でお土産を買い、そのまま空港へ向かって飛行機に乗った。
離陸し、思い出がたくさん詰まったロシアの大地が小さくなっていく。
アンヌが話しかけてくる。
「初めての海外旅行どうだった?」
オブラートに包む事なく率直な感想を述べる。
「色々と大変な事もあったけど、とっても楽しかった! また来たいな」
「そうね。また来年も来ましょうか」
「うん!」
―4―
久しぶりの我が家に帰ってきた二人。
荷物を置くと、休む前にお土産を持ってお隣のチャイムを鳴らす。
『はーい。あっ、今開けまーす』
幼馴染の声が聞こえ、玄関が開く。
開いた隙間から、しなやかな動きで出てきたのは一匹の三毛猫だった。
「ホシニャン!」
『あにぃ。ママさん。おっ帰りー!』
ホシニャンはテレパシーをユウタに放つ。
飛び込んでくるかと身構えていたら、そのままスルーされてしまった。
『ママさーん!』
額の星が特徴的な三毛猫はアンヌの胸の中へ勢いよくダイブした。
「ただいまホシニャン。寂しかった?」
ホシニャンのテレパシーはユウタにしか通じないので、顔をスリスリさせたりペロペロ舐めて喜びを表す。
『フワリ姉ちゃんも柔らかいけど、ママさんの柔らかさと温かさも最高〜』
「まぁ、赤ちゃんみたいに甘えちゃって」
アンヌはホシニャンの頭を優しく撫でる。
「おばさま。ユーくん。お帰りなさい」
少し遅れて、フワリが出てきた。
ユウタ達に久々に会えた事が嬉しかったのか、頰が少し赤い。
「フワリちゃん、ただいま。留守の間ホシニャンが迷惑掛けなかったかしら?」
「全然そんな事ないですよ。むしろ賑やかで楽しかったです」
「よかった。そうだお土産あるのよ。ユウタ」
「うん」
まず渡したのは百貨店で買ったお菓子だ。
「ありがとう」
フワリ用に買ったお土産があるのだが、ホシニャンやアンヌが気になって中々渡せない。
「荷物の整理あるから先に戻るわね」
すると、アンヌは気を利かせたのか、ホシニャンを抱いて部屋に戻る。
ドアが閉まると同時にフワリが話しかけてくる。
「旅行楽しかった?」
「うん。すっごく楽しかった……それで良かったらこれもあげる」
ユウタは今がチャンスとばかりに、背負っていたリュックから包装紙に包まれたフワリのお土産を差し出す。
「何だろ。開けて見てもいい?」
「もちろん。気に入ってくれるといいけど」
フワリが包装紙を開く間、ユウタは恥ずかしくなってきて指で頰を掻く。
「わぁぬいぐるみだ。これ猫ちゃん?」
「うん。マヌルネコっていうんだけど」
「知ってる! 毛がモフモフしてて、ムスッとした顔の子だよね。ありがとうユーくん。大切にするね」
フワリは新しい家族ができたようにぬいぐるみを抱き締める。
「気に入ってくれたみたいでよかった。じゃあフワリ姉、また明日」
「また明日ね、ユーくん。ばいばい」
ぬいぐるみを抱きながら、花のような笑顔のフワリと別れる。
(やった! フワリ姉喜んでくれた!)
ユウタは自分の家まで十メートルもない廊下で、喜びを全身で表現するのだった。
―5―
翌日。
休み明けで少し怠い学校を終えたユウタは、怪獣守戦博物館に出向いていた。
そこで待ち合わせした人物に会うためだ。
博物館に行くとすぐ、彼女、黒いスーツ姿のサヤトを見つけた。
先に待っていたのだろう。サヤトもユウタを見つけると冷静な表情には、ユウタが気づかないほどの微笑を浮かべながら近づいてくる。
ユウタは小走りで近づいて先に挨拶する。
「サヤトさん。こんにちは」
「こんにちは。旅行、色々あったけど楽しめた?」
「はい!」
「そう」
短い会話だが、緊張しているユウタと違い、サヤトの声は心なしか弾んでいるようだった。
気づかないユウタは、いそいそとお土産を取り出す。
「お仕事中にごめんなさい。これ皆さんにお土産です」
両手で持つほど大きな箱を手渡した。
「ありがとう。お菓子かしら?」
「はい。ゼフィールっていって、最初はサクサクで、後からフワフワ食感の甘いお菓子です。母さんと一緒に決めました」
「みんなで頂くわね。そうそうツトムさんが貴方に会いたいって。今度空いている時間教えてくれる」
「分かりました」
「それじゃ――」
踵を返すサヤトを呼び止める。
「あぁ、待ってください」
振り向いたサヤトに、彼女の為に買ったお土産を渡す。
「これよかったら、どうぞ」
ラッピングされた小さなお土産を掌に持ったサヤトは、どこか不思議そうな顔をしていた。
「私に? 開けて見てもいいかしら」
頷くと、サヤトは丁寧に包みを開いていく。
「あら猫のキーホルダー」
「はい。動物園で見つけたマヌルネコのぬいぐるみです」
「マヌルネコ……」
サヤトはキーチェーンにぶら下がった不貞腐れ猫を真顔で見つめる。
「あっ、あの気に入らなかったら……」
「いえ。貰っておくわ。ありがとう」
薄く微笑むと、そのままエレベーターに乗って行ってしまった。
「気に入ってくれたのかな?」
微笑んでいたので、多分大丈夫だと信じる。
ユウタはロシアで買ったリム・レギナの置き場所をどこにするか考えながら家に帰るのであった。
―6―
地下に降りていく箱の中。
サヤトは誰にも見られてないことを確認してから、改めてキーホルダーに目を落とす。
唇が薄く開き言葉を紡ぐ。
「ユウタ君のお土産、私だけに買ってくれたお土産……くぅぅ」
サヤトは声を押し殺し、小さなマヌルネコを強く抱きしめた。
―第6話 完 第7話に続く―




