#11 ロシア3日目その2
―1―
自分で作り出したブラックホールに呑み込まれたガーディマンは今全裸だった。
いや皮膚の役目を果たすナノメタルスキンも剥がれてしまった今、筋肉が剥き出しの状態といっていい。
だが、そんな事を考える余裕は本人にはなかった。
ガーディマンの身体はまるで水飴のように伸び、ワームホールの壁に沿って螺旋を描きながらあてもなく進んでいる。
出口らしきものが見つからない中、頭の中にある声が聞こえてくる。
そこが何処かは分からない。
光はないが、温かな液体の中に浮かんでいるようだ。
その温かさと浮遊感は何物にも変えられない安心感があった。
水の中にいるせいか、くぐもった声が聞こえてくる。
「坊や」
女性の声、姿は見えないが聞いていると心が安らいでくる。
「私の可愛い坊や。早くあなたに会いたい」
こちらからは何も言えないが、女性は続けて話しかけてくる。
「坊や。名前が決まったわ。ユウタっていうの」
自分がアンヌのお腹にいる頃の記憶だった。
記憶は次々と再生されていく。
「ほらこっちよユウタ。もう少し、はい、よく出来ましたー」
次は映像が流れる。
しゃがみこんだアンヌよりも目線が下で、近づいたら褒められて抱っこされた。
どうやらハイハイしていたようだ。
「おかあさん。このおもちゃ買って、買ってよー!」
「駄目です。この前ガーディマンのお人形無くしちゃったでしょ。大切にしない子には買ってあげません」
「やだやだ。買ってよ。もう無くさないから買って買って、買ってってばー!」
おもちゃを買ってもらえず泣き喚く自分。
「おかあさん。どうして泣いてるの?」
「……ううん。泣いてないわ」
「だって目から水が出てるよ。これナミダって言うんだよね。ナミダは悲しい時に流すって聞いたよ」
幼い自分がアンヌの頰を拭う。
「何でもないの。何でもないのよ。心配してくれてありがとうね」
当時は気にも留めなかったが、アンヌは父の写真を見ていた。その日は恐らく父の命日だったのだ。
また新たな記憶。
「ユウタ!」
「お母さ〜ん!!」
小学生くらいの自分がアンヌの胸に飛び込む。
「どうしたの、何があったの?」
周りで先生達が見てるのも構わず泣き続けていた。
その時は理由を言わなかったが、校外学習で一泊して寂しくなってしまったのだ。
結局恥ずかしくなって、泣いた理由は今も言っていない。
その後も記憶が映像となって流れる。
仄かな甘い匂いのする歳上の女の子が自己紹介する。
「私はショウアイサヤト。彼女は妹の……」
妹と紹介された少女はサヤトの後ろに隠れ顔だけ覗かせていた。
「フワリだよ」
「サヤトお姉さんに、フワリ姉ちゃん」
始めてショウアイ姉妹に会った時の事。
次は、姉妹の両親が亡くなり、感情をなくしてしまった時、優しかったサヤトの豹変ぶりを見て心に深い傷を負った記憶。
「今はそっとしておいて」
その冷たい声音と刃のように鋭い眼差しは、今もなおサヤトを苦手とする要因だ。
場面が変わり、箱を抱えて帰ってきたところをアンヌに心配される。
「ユウタ。ずぶ濡れじゃない。 その箱は?」
抱えた箱には同じく濡れ鼠になった一匹の三毛猫。
「この子が路地裏で寂しいって鳴いてたんだ。家でお世話してあげたい」
それはホシニャンとの出会い。
中学、高校と時は過ぎ、ヒーローとなって怪獣や異星人と戦う日々を見てきたところで、また母の胎内にいる記憶が再生されていく。
延々と、終わる事なく続く自らの記憶を何千、何万回と再生していると、水飴状に伸びた左腕を突然何かに掴まれた。
ユウタは掴まれた左腕に意識を向ける。
掴んでいたのは五本の指を持つ人の右腕だ。
右腕は二の腕あたりで途切れていて、正体は分からない。
しかし緑の光を発し、ガーディマンよりも筋肉質な腕は産まれる前から知っている気がした。
どこからともなく声が聞こえてくる。
『立ち止まるな。一歩踏み出せ』
初めて聞くのに懐かしい男性の声。
その声が耳に入った途端、ガーディマンの水飴のような身体が元に戻り、同時に正気に戻った。
どうやら、ワームホールの壁に沿って自分の尾を追いかける蛇のように回っていたらしい。
腕を引かれた方を見ると、白い光が見える。
「立ち止まるな。一歩踏み出せ」
両親と自分しか知らない言葉を口に出す事で勇気を奮い起こし、小さな白い光を出口と信じて飛び込んだ。
―2―
ホワイトホールのような白い光に吐き出されたガーディマンは膝を抱えて回転しながら何処かに出た。
そこは上下左右漆黒の壁に囲まれ、数えるのが嫌になる程の光が瞬いている。
場所を特定する前に、重力から解放された自分の身体を抱きしめる。
寒い。
アンヌの中にいた時の安らぎなどは微塵も感じられず、生命そのものを否定するような寒さが襲ってきたのだ。
首を巡らせると、灰色の穴ぼこだらけの衛星と、青く輝く生命の灯火が眩しい惑星を見つけた。
そこでやっと自分がどこにいるのか分かった。
「ここは宇宙」
どうやらワームホールを無事に通り抜ける事ができたらしい。
だが、すでにステーションが破壊されていては元も子もない。
どうにか状況を確認しようとすると、通信が入り、視界に二人の女性が表示された。
どちらも女性で、一人は眼鏡をかけ、短い黒髪でさっぱりとした雰囲気、もう一人は柔らかそうな金の髪を肩まで伸ばしている。
ガーディマンは金髪の女性にある面影を見た。
(リム・レギナに似てる)
ロシアで有名な女性ヒーローの姿が重なったのだ。
そんな事を思っていると、眼鏡をかけた女性が話しかけてきた。
『聞こえるか? こちらの声が聞こえているか?』
「は、はい。聞こえています」
『驚いた。CEFから救援が来ると連絡があったが、その一秒後に来るなんて』
「一秒……」
ガーディマンにとってかなり長い時間ワームホールにいた感覚だったが、三次元の世界ではほんのわずかしか時は進んでいないようだ。
『大丈夫か? 無理して気分でも悪いのか?』
「あっ、すいません。こちらは全然問題ないです」
『そうか。君がガーディマンだね』
「はい」
『来てくれて感謝する。自己紹介したいところだが、あと三〇秒しか猶予がない。その間に状況を説明する』
「お願いします」
『目標の物体は今も接近中。このままでは激突は避けられない。君には何とか怪獣を撃破してもらいたい』
ニュースでは隕石と言っていたが、正体は怪獣であったようだ。
『こちらから武器を送っているが、君と怪獣が接触する方が早い。何とか持ちこたえてくれ』
「やってみます」
『いい返事だ――』
金髪の女性が切迫した声で割り込んでくる。
『後、十秒で接触します!』
ガーディマンが視線を送ると、迫る怪獣の正体を目視で捉えた。
光をも吸収してしまいそうな鈍色の塊のカブトガニだ。
滑らかな曲線を描く背甲に、蜘蛛のような複数の眼を持ち、先端は寝かせた斧のような分厚い刃が付いている。
怪獣は複眼でガーディマンを捉えているはずなのに、一向に勢いを緩めない。
怪獣の全長は約五〇メートル。百七〇センチのままだったガーディマンは対等な立場に立つため全身に力を漲らせる。
百七〇センチの身体がグングンと健やかに成長していき、身長七〇メートルまで伸びた。
怪獣が目前まで迫る中、両手の人差し指と中指にエネルギーを集中させる。
そして目の前の空間に自分がすっぽり隠れられるほどの長方形を描いた。
「『シルドウォール』」
エメラルド色のバリヤーで怪獣の突進を受け止める。
受け止めはしたが、衝撃は吸収できず、そのまま後ろに押される。
ガーディマンは背中のアンチグラビティブースターを全開にして、怪獣の進撃を押し留めた。
しかし、怪獣の斧刃がシルドウォールに喰い込み、全体にヒビが入る。
ガラスが砕け散る音と共に全身に衝撃波を感じて身体が後ろに飛ばされた。
何とか停止すると、バリヤーを破壊した怪獣も回転しながら元来た道を戻るように吹き飛んでいる。
通信が入る。
『お待たせ。怪獣退治に役立つ贈り物が到着だ』
RD-1の方を見ると二機の燕がやって来た。
迎撃機C-スワローは背中に円筒形の物を背負い、それぞれの腹部に、槍と盾のような物を懸架している。
『その槍と盾を受け取れ』
ロックが外れた槍と盾が惰性で近づいて来たので、ガーディマンは右手に盾を左手に槍を持つ。
贈り物を届けた二機のC-スワローは円筒形の物を捨てると、全速力で怪獣へと向かい四角錐の機首からレーザーを撃った。
光線は簡単に避けられてしまい、二機の燕は追いかけることもせずにその場で沈黙する。
『燃料切れか。すまないが援護はここまでだ。後は頼む』
怪獣が迫るまで、送られてきたマニュアルを読んでいたガーディマン。
右手の盾は、その名の通り、構えると七〇メートルの全身を守れるほど大きい。
左手の槍は全長百メートルもあり、根元から先端に行くにつれ細くなっている。
盾を構え、怪獣に向けて槍の先端を向ける。
銃を持つように、柄にあるグリップを握ると、槍の中央から先端までが二股に分かれた。
銃に変形した槍から青いエネルギー弾が発射される。
最初は当たらなかったが、照準を調整しながら撃つことで、ついに怪獣を捉えた。
滑らかな背甲に直撃し、怪獣が左側に吹き飛ぶ。
だがすぐに態勢を立て直してガーディマンとの距離を詰めてくる。
エネルギー弾を撃ち続けるも、止まらない。
咄嗟に右手の盾で体当たりを防ぐ。
耳をつんざく激突音がして怪獣が吹き飛ぶが、二度三度と執拗に盾にぶつかってくる。
ガーディマンは破片が散らばっていることに気づいた。
自分の身体は傷ついてないし、怪獣にも損傷は見られない。
盾だ。右手に持った大盾が怪獣の斧刃で切り裂かれているのだ。
気付いた時にはもう遅い。
怪獣の体当たりで盾は深く裂け、斧が食い込む。
スピアラスターで突いたり叩いたりするが離れない。
逆に槍の方が所々欠けてしまう。
怪獣は推力全開でガーディマンごとRD-1にぶつかろうとしている。
使い物にならなくなった盾の裏面を両足で蹴り、怪獣ごと押し退ける。
盾を半分に裂いた怪獣に向けてエネルギー弾を連射するが弾が出なくなる。
装填されていたエネルギーが尽きたのだ。
ガーディマンは咄嗟に避けるが、怪獣の斧が右脇腹に接触。
盛大な火花が散った。
体当たりを食らってしまい怪獣との距離が開いてしまう。
更に左手から解き放たれた槍は回転しながらRD-1の方へ飛んで行ってしまった。
レイピアのような尾を動かして舵を取りながら離れていく怪獣。
腹部の痛みを我慢して追いかける。
追いつき、その尾を掴んで引っ張る。
怪獣は勢いを緩めるも止まることなく急降下して左右に蛇行。
耐えられずにガーディマンは振り落とされてしまった。
胸部のリームクリスタルからエネルギーが顔に登っていき、十字のゴーグルが輝いた。
「『ガーディビィィィィム』」
放たれた緑の光線が怪獣に直撃するも軌道を変えるだけに留まった。
ガーディビームを撃ちながら距離を詰める。
手が届くところまで近づいたところで、怪獣がひっくり返る。
そして口を開くように八本の脚を開き、ガーディマンを咥え込む。
鋭い爪が背中に刺さり火花を散らす。
拘束から逃れようとするが、両手も塞がれ自由に動かせない。
背中の痛みもさることながら、虫のような脚に掴まれている嫌悪感も凄まじいものがある。
一刻も早く脱出する為に、十字のゴーグルにエネルギーを集中させる。
「『ガ、ガーディビーム』」
怪獣の腹部に光線が命中。
すると今まで見せなかった苦しむような反応を見せた。
それを見逃さずにガーディビームを撃ち続けると腹部が爆発し、右脚の何本か吹き飛んで拘束が解かれた。
すぐさま脱出する。
怪獣は腹部から黒煙を吐いているが、スピードは落ちていないようだ。
アンチグラビティブースターを全開にして追撃。
背中から妖精の粉のように緑の粒子を放ちながら、ガーディビームを撃つ。
怪獣の背甲に命中し、溶接するかのように眩い火花が散るが、それだけだった。
ガーディマンは限界まで両目に力を注ぎ続けるが、限界が訪れてしまう。
緑の光線が細くなり消えてしまった。
背甲が黒く焦げただけで、怪獣は健在だ。
ガーディマンは目眩と吐き気を覚えてその場で止まる。
数秒で回復したが、怪獣と距離が離れてしまった。
慌てて追いかけながら、どうすれば倒せるか方法を考える。
(背中が固すぎてガーディビームじゃ駄目。お腹を狙おうにも、そう簡単には狙わせてくれない)
何度も腹部側に回り込もうとしているが、それを防ぐように怪獣は背中を見せてくるのだ。
速度はガーディマンの方が速い。だが追いついても怪獣を止められる決定打が見つからない。
(やっぱりミドラルビームを使うしかない? でも……)
強大な威力を持つ必勝技なら怪獣も倒せるだろう。
しかし、射線上にはRD-1がある。撃てば確実に巻き込んでしまう。
怪獣を倒すためにステーションにいる人を犠牲にすることなんて出来ない。
(あそこにはレギィのお母さんや、ツトムさんのお姉さんだっているんだ。どうすれば……あれは?)
ステーションの方を見ると、希望が輝いたかのように、太陽の光を反射する物を見つけた。
ガーディマンは速度を上げて怪獣に追いつく。
速度を緩めず、怪獣の硬い背中を踏み台にして加速。
追い抜いて怪獣を倒せる希望に手を伸ばす。
それは先程手から吹き飛んだスピアラスターだった。
「ごめんなさい。この槍をダメにします!」
謝り、全身のリームエネルギーを左手に集中させていく。
左腕のラインが一際大きく輝き、左手を通してスピアラスターに注がれていく。
スピアラスターは損傷して銃としては使い物にならない。
だから投げる。
エネルギーを注入して、エメラルドの輝きを放つ槍を逆手に持って頭の横へ上げる。
右手を伸ばし、開いた親指と人差し指の間に怪獣を捉えて狙いをつける。
投げる前に身体が浮遊していて不安定な事に気付いた。
両足の裏からリームエネルギーを放出し、一時的な足場にする。
左手を後ろに引きながら、左足に力を溜めていく。
「『クリティカルゥゥブラスタァァァァッ!!』」
今思いついた必勝技の名を叫びながら、右足を勢いよく踏み出すと同時に投擲。
リームエネルギーによってエメラルドグリーンの光を放ちながらスピアラスターは怪獣へ迫る。
怪獣は複眼で槍を捉えたようで、回避行動をとった。
ガーディマンが視線で追うと、スピアラスターも怪獣の正面を捉え続ける。
槍から逃れられないと悟ったのか、怪獣は速度を上げて突っ込んできた。
スピアラスターの切っ先と怪獣の斧刃が接触。
どちらかが破壊されるかと思いきや、両方とも何事もなかったかのように通り過ぎてしまった。
リームエネルギーを注入した槍は、宇宙を駆け抜けながら細かな緑の粒子となって消えてしまう。
怪獣が目前まで迫ってもガーディマンは金縛りにあったように動けない。
ではなく動かない。自分の勝利を確信しているから。
突然、滑らかな背甲の頭から尻尾まで一条の線が走り、そこから緑の光が溢れ出す。
怪獣は、内側から破裂するように大爆発を起こし、ガーディマンの姿も爆風に巻き込まれる。
爆風が晴れた時、無傷のヒーローがそこにいた。
背筋を伸ばした背中からは、ステーションを護れた嬉しさが、溢れ出しているかのようだった。
―3―
ユグドラシルの司令室のモニターでも怪獣が爆発し、白い光球となった事が確認された。
光球が消えた時、ガーディマンの無事な姿を認め、隊員達も勝利を確信する。
泣きながら戦況を見守っていたツトムの肩を、隣に立っていたアツシが大きな手で軽く叩く。
「良かったな。お姉さん助かって」
「はい、はい!」
他の隊員達がいるにも関わらず、ツトムはアツシの胸板に飛び込んで、子供のように泣きじゃくった。
―4―
『ガーディマン』
眼鏡をかけた女性が視界に表示された。
『助けてもらって感謝する』
「いえ、当たり前のことをしただけです。それより貸してもらった武器壊してしまってすいませんでした」
律儀に頭を下げる。
「いいんだよ。試作品だから。気にしない、気にしない」
もう一人の金髪の女性が表示される。
『レーダーから目標の消失を確認。ガーディマン。助けてくれてありがとうございます』
「無事で良かったです」
ガーディマンは気になる事があって、二人に尋ねる。
「あの、よろしければ二人の名前を教えてくれませんか」
そう言うと、二人の女性は驚いたように瞬きする。
『なんだい、なんだい。最近のヒーローは女好きなのかな?』
眼鏡をかけた女性から、からかわれるような口調で問いかけられた。
慌てて首を左右に振った。
「す、すいません。変な事聞いてしまって」
助け舟を出してくれたのは金髪の女性だ。
『大尉。からかうのはよくないです』
『ごめんごめん。じゃ改めて、私の名前はジキョウアヤ。君とだったらデートしてもいいよ』
『私はアレクサンドラ・ヴコローヴナ・メドベージェワ。長いからアレクサンドラと呼んでください』
「アレクサンドラさんはロシア出身ですか?」
『ええ。そうよ』
(アレクサンドラさんにジキョウアヤさん)
名前を聞いてガーディマンは確信した。
『おやおやガーディマンは、ロシア美女がお好みみたい。でも残念、彼女息子さん一筋だからね』
『大尉。それ以上からかうと、許しませんよ』
アレクサンドラは笑顔で嗜めるが、醸し出される雰囲気は逆らい難いものだった。
『冗談だって。ところでガーディマン。こっちも自己紹介したんだし、君の正体を教えてくれる、ってのは無理かな?』
「すいません。それだけは許してください」
『そっか。いやいいんだよ。気にしないで』
「じゃあ、僕そろそろ行きます。皆さんが無事で良かったです。それと息子さんと弟さんに無事を知らせてあげてください。きっと喜びますから」
それ以上正体を追求されないように、そして早くアンヌに自分の無事を伝えかった。
RD-1に頭を下げると、地球に向けて一目散に飛び立った。
―5―
RD-1ではアレクサンドラとアヤはレーダースコープに視線を注いでいた。
スコープに表示されていた地球に向かう一つの光点が不意に消えてしまった。
「レーダーロスト。ガーディマンは消えてしまいましたね。大尉、良かったのですか? あのまま地球に向かわせてしまって」
アレクサンドラはガーディマンが地球で悪さするのではないかと危惧しているようだ。
「大丈夫じゃない? 彼は悪者じゃないよ。多分」
アヤは戦闘宇宙服の前のジッパーを下ろしながら答えた。
「私も彼が悪だとは思っていませんが、って大尉。任務中なのに」
時折傍に置いてあるオーパスを気にしながら作業するアレクサンドラ。
「もう怪獣も倒されたし、楽にしてよくない?」
「まだ色々と後処理があります」
「それはこっちでやっておくよ。サーシャも電話してきたら?」
アヤの言葉に慌ただしく動いていたアレクサンドラの手が止まる。
愛称で呼ばれたからではない。
「アヤ……良いんですか?」
「息子さんから着信入ってるんでしょ? 早く無事なこと教えてあげなよ」
アヤは『行った行った』という代わりに右手をヒラヒラさせる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
サーシャはオーパスを握りしめて立ち上がると、頭を下げて部屋を後にした。
「本当、息子一筋なんだからサーシャは」
一人になったので椅子の背もたれに深く身を預ける。
『燃料切れのC-スワローの回収の為、回収用無人機を発進させておいたぞ』
スピーカーから聞こえる老人の声。
「ありがとうオーディン。すっかり存在忘れてた」
『酷いのう。儂が人間なら傷ついておったわい』
人工知能の軽口を受け流す。
「ところで、試作兵器を使わせちゃって良かったの? しかも二つともスクラップ、いや一つは光になっちゃったし」
目の前のモニターに怪獣と戦うガーディマンが映し出された。
先程の戦いを記録したものだ。
『構わん。むしろ有益な情報が数多く手に入った。それに比べれば損害は皆無と言ってよいじゃろう』
「あっそう」
自分達を助けてくれたヒーローをモルモットのように扱った気がしていい気分はしない。
だが、オーディンは情報収集第一で、人の気持ちは考えていないようだ。
『あの白銀の金属生命体、GN星人の可能性が高いのう』
「じゃあ、二〇年前のスティール・オブ・ジャスティスの後輩?」
『その辺りの情報は最高機密なので確証は持てんが、恐らくそうじゃろうて』
「戦女神達のお披露目はもう少し先になりそうだね」
RD-1では新兵器が開発されている。それは今年の秋には世間に公表する予定だったのだが……。
『それも致し方あるまい。今のまま世に出しても、役には立たんじゃろうて』
「でも、出来る限り早くしないとね。いつまたこういう事態になるとも限らないし」
『そうじゃな。儂は今の戦闘を元にシミュレーションを始めてみよう』
オーディンの声が聞こえなくなった。恐らく自分の仕事に没頭しているのだろう。
「じゃあ私は、ちょっとサボるかな」
アヤは目を閉じる。
あの白銀の巨人の正体、もしかしたらヒーロー好きの弟かもと考えたが、どうやら違ったようだ。
もう少し経ったら必ず電話が掛かってくるだろうと予測して、休息する。
次に目が覚めたのは、涙をボロボロ流した情けない姿の弟からの着信だった。
―6―
地球人には何処にあるか分からない腐食した虹色の空間。
宇宙での戦いを見ていた赤い三つ星は、背後に気配を感じた。
弟の青い二つ星だ。
「また金属生命体の奴が勝ったみたいだな」
「あの怪獣は本来戦闘用ではないから惜しくはない。それよりも準備は出来たか」
「ああ。再生は完了。転送装置も最終調整しているところ」
「そうか。調整が終わり次第、仕掛けるぞ」
「いいのか。全部出しちまって」
「地球人の言葉で言えばお祭りだよ。派手に行こうではないか」
「派手に行こうか、面白くなりそうだな」
「だろう。お前も、そこで油売ってないで。最終調整を手伝ってこい」
「分かった。行ってくる」
青い二つ星の気配が消える。
「さあ。地球人ども、次の戦いでどんな悪あがきをしてくるか。楽しませてもらうぞ。ウォウォウォウォ」
赤い三つ星は録音に失敗したアザラシのような笑い声をあげるのだった。




