表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ジェムストーンズ1人目 ガーディマン】〜みんなを護るため弱虫少年はヒーローになる〜  作者: 七乃ハフト
第5話《護振剣 それは護るために振るう力》〜地醜蛾獣ソンブリブル 絶美蝶獣マトゥファーラ 登場〜
118/148

#5 おばあさんになっても

 ―1―


 司令室から自室に戻ったサヤトは、ベッドの明かりだけをつけて座ると、腕時計(オーパス)を確認する。


 先日現れた蛾の怪獣のデータが入ったメールをユウタに送ったのだ。


 いつもなら確認した事をメールで返してくるのだが、今回は返ってこない。


 その理由には思い当たるものがあった。


「まだ、この前の戦いの事気にしてるのかしら」


 空を割って現れた落花生のような黒い四つ足怪獣。


  怪獣の外殻はCEFの超兵器で最大の火力を誇るヘビィトータスの砲撃をも弾き返す程の硬度だった。


 それを打開したのが、ガーディマンが両手から放った光線。


「確か、ミドラルビームって言ってたっけ」


 ユウタの父と同じ技によって難なく撃破には成功したが、街への被害も大きく、連日連夜ガーディマンの行動に対する批判の放送が流れていた。


 最近は新たな怪獣の話題などで沈静化してきたが、一部ではガーディマンもまた侵略者なのではないかと、根も葉もない噂が立っている。


 CEFに対してもその存在を疑問視し、税金を無駄遣いする金食い虫と揶揄されるが、そんな悪口に揺らぐ隊員など一人もいなかった。


「でも、彼は、そういう口撃に慣れてなんていない。小さい頃から守ってあげたくなるような……」


 サヤトはユウタと初めて会った時を思い出すが、忌まわしき記憶が浮き上がりそうになって慌てて止めた。


「電話してみようかしら」


 落ち込んでいるかもしれない。励ましてあげたい。


 そう思うと、指が無意識に動き、ユウタの番号を呼び出す。


「出るかしら」


 緊張のせいか心臓の鼓動が早まるのを感じつつ、待っていると呼び出し音が切れた。


「もしもしユウタ――」


『こちらは留守番電話サービスです』


 出たのは無機質な機械音声。


  サヤトは電話を切るが、留守電に残すよりも本人に直接伝えたいと考えていた。


 メールを送ろうという考えは微塵もない。


「もう一度、それで出なかったら今日は諦めよう」


 そんな風に思っていたが、結局本人が出るまで電話を掛け続けるサヤトであった。


 ―2―


 案の定、ユウタはこの前の戦いの事で落ち込んでいた。


「もう一週間以上経つのよ。気にしなくても大丈夫。

 それに人はいつも新しい話題に飛びつくもの。古い話題はどんなに惨たらしくたって、当事者じゃない限り忘れてしまうんだから」


 サヤトは苦い飲み物を口にしたように眉を寄せていた。


『でも、まだニュースや動画とかじゃ僕が街を破壊した映像がたくさん溢れてます。それに僕がシェルターの人を危険に晒したのは事実……』


「それがどうしたの」


 煮え切らないユウタの態度に、語気が強くなる。


『えっ、どうしたのって』


「侵略者は私達の事なんて何とも思っていない。そんな敵と戦っているのよ。いつかは犠牲が出てしまうわ。それが遅いか早いかの違いよ」


 ユウタの声が悲しみで震えている事に気付かない。


『そんなのおかしいです。僕はヒーローになったんです。ヒーローはみんなの命を守る存在なんですよ!』


 子供っぽい言い分に、自然とため息をついていた。


 電話口から息を呑む音が聞こえる。


「それは物語の見過ぎよ。架空のお話だから出来ることなの。現実にはそんな事、神でもない限り不可能なのよ」


  相手の存在が一瞬消えたのかと錯覚するほどの静寂。


 次に聞こえた声音は、はっきりと怒りを孕んでいた。


『そんな風に考えていたんですか』


「ユウタ君?」


 しまった。と思った時はもう遅かった。


『ひどいや。そんな風に考えてたなんて。結局僕の事も、そういう風に見てたんだ。子供のごっこ遊びみたいに思ってたんだ!』


「何言ってるの。貴方の活躍をそんな風に思った事なんて――」


『もう電話しないでください』


 今まで聞いたことのない強い口調にサヤトは一瞬心臓が止まってしまったように反応できなかった。


  その間に電話を切られてしまう。


「はっ。待って、待ってユウタ君、ユウタ君!」


 それから何度電話をかけようとしても繋がらない。


  電源を切られたのか着信拒否されたのか原因がわからなかった。


「馬鹿」


 サヤトはオーパスに向かって毒づくと、少し落ち着きを取り戻した。


 明日も早朝から仕事なので身体を休める事にする。


 気持ちを切り替え、いつもはシニヨンに纏めた髪をゆるいお団子ヘアにし、スーツを白の肌着に変化させてから、ベッドに仰向けになって目を閉じる。


「……もう!」


 いつもなら数秒で眠りにつく事ができるのに、眠気がやってこない。


 サヤトは気持ちを落ち着かせる為に、そばに置いてある(プク)ッとシリーズの猫のぬいぐるみを思いっきり抱きしめる。


 いつもは癒しをくれる猫も、その時ばかりはどこか苦しそうな表情であった。


 ―3―


 左腕に肌身離さず身につけているオーパスが着信を告げると同時にサヤトの意識が覚醒する。


 瞼を開けて上半身を起こし、呼びかけに応じる。


『お休みのところ申し訳ありません。サヤト』


 音声のみだが、聞き慣れた無機質な女性の声だ。


「フリッカ。侵略者?」


『はい。希望市から東百キロに怪獣が出現。監視映像の解析から九割の確率で以前現れた蛾の怪獣です。

  サヤト、ハンゾウの両名で迎え撃ちます。

  格納庫へ直行してください』


「了解。すぐ向かうわ」


 通信を終えたサヤトは白のタンクトップを変化させ、スカウトスーツ本来の黒いボディスーツを身に纏う。


「……いけない」


 紫がかった長い黒髪をシニヨンに纏めると、ベッドで寝ているプクッとした猫のぬいぐるみを撫でる。


 ちょっとお腹のあたりがへこんでいるが、時間が経てば元に戻るだろう。


「ごめんね。いってきます」


 一言謝ると、沢山の仲間達が並ぶ棚に両手で優しく丁寧に戻して部屋を後にした。


 ―5―


 スーツに収納されていたキツネのマスクを被り、サヤトからリィサになった彼女は、そのまま格納庫へ。


 待っていたのは、紅い鏃のような菱形の超速迎撃機レッドイーグル。


 いつでも出撃できる愛機の姿に頼もしさを感じながら、コクピット兼脱出ポッドのチックポッドに向かう。


 紅い球体の中に入り、中央にあるバイクのシートのような操縦席に跨る。


 席に着くとクレーンがチックポッドを掴み、レッドイーグルとドッキングさせる。


 リィサが操縦桿の真ん中に右掌を触れると、彼女の情報を読み取ってレッドイーグルが起動。


  チックポッド内部のモニターが点灯し、三百六十度視界が確保された。


「こちらリィサ。レッドイーグルα。出撃準備完了」


 リィサに続いてハンゾウがコードネームを用いて報告してきた。


『こちらマサシゲ。レッドイーグルβ。準備完了ッシュ』


『二機の準備完了を確認。カタパルトに移動します』


  フリッカの声に続いて微かな振動。リィサとマサシゲのレッドイーグルがカタパルトに誘導されていく。


「いつでも、どんな時でも冷静に」


 サヤトは自分に言い聞かせている間に、レッドイーグルは垂直の姿勢をとった。


 そのまま基地の外へ出て、天に向かって伸びるレールとドッキング。


 カタパルトの信号が赤から青に変わる。


『レッドイーグルβ。発進するッシュ』


「レッドイーグルα。発進します」


 リィサは愛機と共に弾丸のような速度で打ち上げられた。


 高度八百五十メートルの格納庫から打ち上げられた二機の紅い鏃は、後部からプラズマの青い炎を噴きながら、雲に覆われた夜空を突き上がる。


 雲の中に入ると、モニターに無数の水滴が纏わり付いてきた。


 視界不良の中でもマスクに表示された計器を頼りに上昇。


 分厚い雲を抜け、クリアーになったモニターが満点の星空と月で彩られた。


 高度一万五千メートルまで上昇してから、機首を下げて緩やかに降下しながら速度を稼ぐ。


 プラズマエンジンが最高回転を迎えた時、機体後部から吹き出す青い炎がレッドイーグルの全長よりも長い長い尾を引いた。

 

  その姿はまるで、夜空に浮かぶ上弦の月から放たれた鏃のようであった。


 高度一万メートルを維持し、最高速のまま突き進んでいくと、機体のレーダーが大きな機影を捉える


「こちらリィサ。目標をレーダーで確認」


『マサシゲ。同じく確認ッシュ』


 レーダーに表示された一つの光点がリィサ達の方へ向かってくる。


 レッドイーグル二機の後方には守るべき

 希望(のぞみ)市。


「マサシゲ。敵を引きつけて。私が後方から攻撃する。決して街には近づけては駄目よ」


『了解ッシュ』


  簡単ではあるが明瞭な作戦を立てると、モニターに小さな黒点が表示された。


 そこに視線を合わせると自動的にズーム。


 翼長二百メートルはありそうな、巨大な灰色の蛾の怪獣が翅をめいいっぱい動かしている。


 モニターに黄文字でcautionと表示され、危険を告げてきた。


 怪獣の頭部にある櫛の歯に似た触覚が帯電し始めている。


 五秒後、蛾の怪獣が触覚から雷を放った。


 二機のレッドイーグルはプラズマスラスターを全開にして左右に分かれて回避。


  怪獣を逃すまいと、素早く機体を立て直すが、そこで予想外な事が起こる。


 蛾の怪獣は希望市に向かわずに、レッドイーグルαの方に飛翔し、触覚から雷を放つ。


 リィサは回避しながら、冷静に報告。


「本部。怪獣の狙いは街ではなく、私達のようです。後方につかれました。引き離します」


 リィサはレッドイーグルαを右に左にと急旋回。


 しかし腹部が膨れた怪獣は予想以上の機動性で追い縋ってくる。


『援護するッシュ』


 レッドイーグルβが怪獣の背後をとり、プラズマモータカノンを撃った。


 背中に命中し、爆発が起こるも、煙を上げるだけで傷ついた様子はない。


 振り向いた蛾の怪獣はマサシゲに雷を放つ。

 

  レッドイーグルβは避けることに成功するが、距離を離され、攻撃できなくなってしまう。


 怪獣は依然としてリィサを追いかけてくる。


 後方のモニターが巨大な蛾で埋め尽くされていく中、リィサは慌てる事なくタイミングを計って機体下部のプラズマスラスターを点火。


 小さな青い炎を噴き出しながら宙返りし、怪獣の背後を取ると、間髪入れずに機首のプラズマモータカノンを発射。


 怪獣の背中で爆発が起こる。


 今度は効いたのか、蛾のような怪獣は黒煙を纏わりつかせながら高度を下げ雲の海の中へ。


「逃がさない」


 リィサも後を追うために、愛機の機首を眼下に広がる雲へ向ける。


 厚い雲の中は、相変わらず視界を奪うが、リィサは計器とレーダーの光天を頼りに怪獣を追いかける。


 レーダーを見ると怪獣とレッドイーグルαが重なっている。


 しかし翼長二百メートルもある巨体を視界に捉えることはできない。


 モニター上部で警告が発せられた。


 リィサは確認する前に、機体を右に急旋回。


 ついさっきまでいた所を狙ったかのように落雷が降り注ぐ。


 回避してから見上げると、雲の中に蛾の輪郭が浮かび上がる。


 怪獣は雲に擬態する能力があるようだ。


「保護色……でも」


 今度は上を取られたレッドイーグルα目掛け、何度も雷が落ちてくる。


 雲を縫うように左右に躱していると、マサシゲから通信。


「敵を捉えたッシュ。攻撃するッシュ」


 レッドイーグルβの姿は見えないが、レーダーが位置を教えてくれる。


 そこはレッドイーグルαと蛾の怪獣の真上。


 レッドイーグルβは、まるで氷柱のように急降下しながら攻撃。


 青いプラズマ光弾が怪獣の前翅と後翅の付け根を切り裂くように着弾。


 爆発と共に、怪獣の左翅が燃えながら回転して落ちていく。


 同時に怪獣の身体も落ちてきた。


 リィサは巻き添えを買わないように機体を動かす。


 片翅を失った怪獣が雲の海から海に向かって落ちていく。


 リィサも後を追って高度を下げる。


『追わなくてもいいのではないかッシュ?』


「力尽きたか確認してくる」


  雲を抜け、漆黒の海が見えてきた。暗い空間に小さな光が点灯していた。


 正体は炎だ。左翅を失った怪獣が残った右翅がちぎれるほど羽ばたかせている。


  そして蛾そっくりの複眼でリィサの方を見上げていた。


 リィサは気づく。普段なら感情など測れないその目に、怒りと憎悪が宿っている事に。


  触覚から放たれた雷が天に向かって伸びた。


 リィサは回避し、モニター中央に映された怪獣をロックオンしていく。


 一つ、二つ、三つ……二度目の雷撃を回避。


 ロックオン完了の電子音が八回鳴る。


 蛾の怪獣の触覚にエネルギーが集積されていく。


 三度目の雷が放たれる直接、リィサは操縦桿のスイッチを右の親指で押し込む。


 レッドイーグル後部の八つの発射口から放たれたホーミングレーザーが猟犬のように迫り、怪獣の内部に潜り込んだ。


 一瞬の後、中から食い破られるように膨れ上がり、怪獣は大爆発し夜空を明るく染め上げる。


 レッドイーグルが、その爆炎を通り抜けると眼前に真っ黒に染まった海が、


 リィサは機首を上げ、燃える無数の欠片の雨を避けながら上昇した。


「こちらリィサ。目標を撃破しました」


『こちらでも確認。後のことは防衛軍が引き継ぎます。二機は帰投してください。お疲れ様でした』


 フリッカに報告を済ませると、マサシゲのレッドイーグルβが近づいてくる。


『リィサ殿。あそこまで追い詰めなくてもよかったではないかッシュ? 下手すれば自らの身に危険が……』


「あいつは片翅をもがれても攻撃してきた。そのまま街に向かっていれば被害が出ていたかもしれないわ。そうなる事だけは絶対に避けるべきよ。

  ……涙を流す人は一人でも少ない方がいいのだから」


「……了解ッシュ」


 リィサの刀のような揺るぎない意志を感じたのか、マサシゲはその一言を言った後、二人は一言も喋らなかった。


 ユグドラシルが見えてきた。


 フリッカから通信が入る。


『二機を確認。着陸装置を展開します』


 ユグドラシルの頂上から天に向かって伸びたのは一つのレールだ。


 それがレッドイーグルの方向に折れる。


「着陸装置を確認しました。着陸態勢に入ります」


 リィサは失速しないように注意しながら速度を下げながら近づき、機体下部とレールをドッキング。


 火花を散らしながら減速して停止し、そのまま基地内部へ収納される。


 リィサが無事に着陸した後、マサシゲも問題なく着陸に成功。


 その後、二人で司令室にいるゲンブに報告しサヤトは自室へ戻った。


 戻るなり、シャワールームで汗を流す。


 熱いシャワーを浴びながら左手の腕時計に視線を落とす。

 

  スーツが収納されているコレは、いつ何があってもいいように、肌身離さず身につけている。


 コレがいつか取れる日が来るのか、それとも一生ついているのか。ふと考えてしまうサヤト。


  意味が無いことは分かっているが、つい呟いてしまう。


「おばあさんになってもこのままなのかしらね」


  シャワーが浴室の音を叩く音だけがこだましていた


 身体を拭き、スーツを肌着に変化させてベッドに向かう。


 近くの棚に置かれていた。先程いっしょに寝ていたプクっとシリーズの猫を手に取る。


 丸っと太った猫はさっき抱きしめたせいでついていたシワは見当たらない。


  リィサは両手で抱くと、二時間後の起床に備えて身体を休める為に瞼を閉じるのだった。


―6―


 三匹目の怪獣が暴れまわっていた時、希望市のショッピングモール上空に、極小のゲートから小さな蛹が落ちる。


 反応はほぼなく、CEFでも感知することは不可能だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ