全力避難訓練
某県某市には吉野辺小学校がある。
一見何の変哲もない何処にでもある小学校に見えるが、その実何の変哲もない何処にでもある小学校である。
その吉野辺小学校では、本日避難訓練が行われる。昼休みが終わってから、5時間目の授業中に行われる。
当初は避難訓練に興味無い振りをしていた生徒も、昼休みになって開始が近付くとそわそわし始める。
そんな避難訓練の直前であるが、その日だけは異様なものとなる。
どう異様なものとなるか、それは6年1組の2人の男子の会話から始まる。
「避難訓練のおかげで授業が短くなるのいいよな」
健太は後ろに座る宗太という名の少年へ語りかける。
この2人はよく謎の遊びをする事で有名だ。ゲームでデュエルしたり。
「でも避難訓練て恥ずかしいよな」
「だよなあ……そうだ! いっそ大真面目に避難訓練やらね?」
「というと?」
「めちゃくちゃ迫真の演技で避難訓練やるんだよ」
「それは面白そうだな、やるか!」
「おう!」
と新たな遊びを見出した2人、子供というものはアクティブで何にでも興味を示す事がある。こと吉野辺小学校6年1組に関してはその傾向が顕著である。
ゆえに2人の思いつきはたまたま聞こえて興味を持った生徒から、瞬く間に広がっていき、クラスだけでなく学校全体に広まっていった。
本来なら学校全体を書くところだが、今回は6年1組に絞らせてもらう。
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昼休みが終わり5時間目の授業が始まった。
先生が板書をしていると、それはやってきた。
ピンポンパンポーンと軽快なリズムがスピーカーから流れる。
『これから避難訓練を始めます』
全生徒達が固唾を飲んだ。かつてこれほどまでに緊迫した避難訓練はあっただろうか、多分ない!
程なくしてスピーカーからガタガタと物が揺れる音がした。これは地震が発生した事を示すものであり、避難訓練開始の合図だった。
「よしお前達、机の下に……」
先生が言い切る前にそれは始まった。
「うわああああああ地震だあああああ」
「早く机の下に!!!」
「きゃあああああ」
と何故か大パニック。何人かは自分で机を揺らしていた。
「篠崎! 早く机の下に入るんだ!!」
「わかって……うわあああ」
「天井が崩れて篠崎が生き埋めになった!!」
丁寧にクラスの男子が説明しているが、全くそんな事は起きていない。
「嘘だろ篠崎ぃぃ」
「篠崎が死んだ!!」
「いやあああああ」
篠崎は死んだフリをしてるだけである。
『只今震度7の地震が起きました。生徒の皆さんは落ち着いてグラウンドへ避難してください、また今の地震で各校舎から火の手が上がっています。煙を吸わないようハンカチ等で口を覆って移動してください』
「みんな! 早く避難するんだ!」
ぞろぞろと生徒達が鬼気迫る表情で教室を出ていく、すると後ろを歩いていた女子生徒が不意に転んだ。
「床が崩れてしまったわ! 助けて!」
「待ってろ田原! 今行く!」
男子生徒が素早く駆けつけその手を掴もうとする、だが。
「も、もうだめ」
その女子生徒は力尽きたようにその場で倒れた。
「田原が崩れた床から下に落ちた! 死んだ!」
「田原……くそっ」
悲しみに包まれる6年1組の生徒達、だが今は災害時、グズグズしてる暇はない。迷いを振り切って一同はグラウンドへ向かう。
なお、田原はその場で死んだフリをしているだけである。
「か、火事だ、2階より下は火事だぞ!!」
階段に辿り着くと、下の階では火の手が既に回りきっていた(という設定である)。
「みんな、煙を吸わないよう口をハンカチで隠して姿勢を低くするんだ」
クラス委員長の指示の元、みんなはハンカチや服の袖で口元を覆う。そして慎重に階段を降りる、しかしそのまま1階に降りようにも火の手が強すぎて降りられない(という設定)。
それゆえ遠回りして行く事になった。
2階廊下を進むと、進行方向を炎で阻まれてしまった(という設定)。
「引き返すか」
「待て委員長、この教室を迂回すれば向こう側へ行けそうだぞ」
「ほんとか!? よし開けてくれ」
「わかった……駄目だかてぇ、誰か手伝ってくれ」
「よし俺が!」
「俺も!」
と、男子3人で扉に手を掛けて勢いよく開ける。
すると。
「「「ぎゃああああ」」」
と男子3人は悲鳴を上げて倒れた。
「教室から炎が吹き出て田中達を燃やした!」
「私、知ってる。バックドラフトだよ」
哀れ田中達3人はバックドラフト現象の餌食となってしまった。
「行こう、おかげで教室から行けそうだ」
「うっ、いやああああああ」
次々と死んでいく仲間を見て耐えられなくなったのか、女子が一人パニックになって駆け出した。
しかし、突如崩落した天井に押しつぶされて死んでしまう。
「くそう、安達まで。お前ら! ここは俺が引き受ける。俺に任せて先に行け!!」
「な、何言ってるんだよ柿村!!」
「いいから行けよ! そして生きろ!」
「行こう、宗太」
「わかった、でも一つだけ言わせてくれ……何を任せればいいんだ!?」
「グッドラック」
そして彼等は柿村を置いて先へ行く。
何とか1階へ辿り着いた6年1組。既にその数は半分にまで減っていた。
「こ、ここも火の手が」
「だが出口はすぐそこだ」
委員長が指さした先には昇降口があった。そこまでは20mぐらい。もうすぐだ。
だが、出口を前にして突然健太が倒れた。
「健太!」
慌てて宗太が抱き上げるが、健太の顔は蒼白だった(という設定)。
「煙を吸いすぎたらしい。へへ、ドジ踏んだぜ。俺を置いて行けよ」
「馬鹿野郎! 健太を置いていけるかよ!」
「大丈夫、俺はまだ死なないさ。ここで少し休んでからいく」
「健太……」
「ほんとに死ぬつもりはないって、だって来週はあいつとの結婚式が控えてるからさ」
「何言ってんだ健太!」
「行ってくれ」
「わかった」
宗太は健太をゆっくり地面へと寝かせる。
そして背を向けて出口へと走り出す。
「健太の馬鹿野郎! 小学生は結婚できないんだよおおおお」
そして、避難訓練が終わった。
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グラウンドにて、今回の避難訓練の総評が行われる。教頭先生が演壇に立ってマイクのスイッチを入れた。
「えぇ……今回の避難訓練ですが。何だか異様な空気に包まれていて……先生、正直怖かったです」