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兎は満月の夜に願う  作者: うさ
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 わたしは今男の肩に乗っている。肩乗りうさぎだ。どーだ!可愛いだろう!でも厳つい男のせいで可愛さが半減しちゃってる気がする。だって周りの人みんなこの人を避けてるよ?!気の所為?

 哀れに哀れんじゃって、付いてきちゃったけど本当に大丈夫かなぁ?食べられたりしないよねぇ?!


 と言うか、この人の名前知らない。なんて言うんだろう。厳ついからイカちゃんでいいかな。



「エリオ」


 ん? とわたしが振り返ろうとするとイカちゃんがクルッと振り返る。危ない危ない、あまり動くと落ちそうになる。兎は骨が柔らかいから、骨折しないように気を付けなきゃ。命に関わるかもしれないもんね。



「ザック」



 えーと、どちら様?って言ってもわたしもこの人とさっき出会ったばかりだからよく分からない。ただ分かるのが、エリオという名前の人がイカちゃんって言う事。なーんだ。エリオっていうんだ。あと友達いたんだ。内心ちょっとほっとした。



「何してんだ?ん?なんだこいつは」


「ああ、さっき拾ったんだ。」


「え?!まじかよ」


 あーっはははと道端で笑い転げるザックと呼ばれた男。なんだこいつ。エリオに兎の友達が出来たって笑ってるっていうの?!失礼ちゃうわ!ちょっと顔が良いからって調子に乗らないでよねっ!



「っはー。笑ってごめんごめん。こんにちは、おチビさん。」



 ザックという男はわたしに挨拶をして撫でようとした。ふんっ!


ぺち


 わたしは前足を上手にあげてザックに撫でられるのを拒否した。兎の毛で突いたほどの威力でもいい。何としてでもお断りだ!あとおチビじゃない!



「あらら。もしかして嫌われちゃった?だって猛獣と呼ばれてるお前がこーんな小動物を肩に乗せて…ぷくく…」


「いいだろ?別に。」


「まぁそうだけどさ。…知ってるか?兎って骨を折ったら致命傷になるらしいぞ。だからその右ポケットにでも入れとけば?」



 おお…よく喋る上に兎の性質をよく分かってらっしゃる。実はいい人だったり?肩は笑ってるけどね。

 エリオはそうなのか?と言ってわたしを右手で優しく包み、右ポケットから顔が見えるように入れた。

 おお。ここはここでいい感じ!暖かいし!…エリオのトクントクンと言ってる音がする。

 わたしが右ポケットに入った途端また笑い出すザック。前言撤回。失礼な人だ。



「…あと何か気をつけることとかあるのか。」


「えっ?あー。んー。ものをかじる性質があるから気を付けろよ。あと水も用意しとけ。宿屋はまぁ、大丈夫なんじゃないか?鳴かないだろうしな。」


「そうか。詳しいな。礼を言う。」


「いいっていいって。じゃ、今度飲み行こうな。」


「ああ。」



 わたしを結構本気で飼うつもりなのか。兎汁になる心配はなくなった、のかな?でも良かったよお。顔は怖いけど、根は優しい人だと分かってよかった。ザックありがとう。

 そしてクルッと回って元の道を歩きだすエリオ。宿屋に行くのかな?と思いながら進む道をキョロキョロと眺めた。



「ん」



 ん? なんだなんだ? 建物に入ったぞ? ここが宿屋なのかな? と思うも、全然違う。ここは雑貨屋だ。しかも女の子向けの!あらやだー!エリオったら!好きな女の子でもいるわけ〜? エリオは真顔で赤と青のリボンを手に取って見つめていた。


 ふふん!ここは女の子――兎だけど――の出番かしら!女の子なら断然赤よ!可愛いじゃない!ああ!待って!青じゃない!赤よ赤!わたしはポケットでもがきながら赤!って精一杯反応を見せた。

 エリオはわたしの反応を不思議そうに見て、赤のリボンを手に取った。そうよ!赤よ!ピクピクっと耳が無意識に動いた。




 むふふ。任務完了!エリオは赤のリボンを買った。やっぱり女の子は赤よねー!それはそうとエリオの好きな人はどんな子なのかしら? 可憐で、小さくて、真っ白な肌に、大きな瞳。きっとそうよ!エリオ、大丈夫よ!わたしが応援してるわ!



 そう心の中でエールを送っているとやっと目的の宿屋に付いたようだった。



「おう、エリオ。戻ったのか。」


「今戻った。」



 何やら宿屋の店主と顔見知りみたいだ。店主はエリオの顔を見たあと右ポケットを見て、ザックと同じような反応をした。…つまりは笑っていた。それはもう盛大に。



「がはははは!おま、お前が!兎を!ゲホッゴホッ」


「あなた?年なんですからそんな無理に…あら?まぁ、可愛らしい。エリオ、その子は?」



 笑い転げてる店主を他所に、店主の奥さんと思われる人が奥から出てきた。わたしを見てやだ可愛いと言ってる。むふふ。そうでしょうそうでしょう!わたしは可愛い子兎ちゃんなのよっ!



「拾ったんだ。」



 短く告げる言葉には、大切なものだという意味が混じっていたけれど右ポケットでキョロキョロと周りを見渡してる子兎は何も知らないのだった。



「あらあらまあまあ!お名前は?」


「名前?」



 物珍しい場所に初めて入ったから思わずキョロキョロして全然話を聞いていなかった。名前、と聞いた瞬間わたしは首を傾げた。…あれ、わたしの名前ってなんだっけ?っていうかそもそも何故兎になってたって所から疑問が始まるんだけど…やっぱり何も思い出せない…無力だ。



「ましろ。」


「ましろちゃんって言うの?そうね、真っ白で可愛いものね。」


「猛獣のっ、お前が!兎!ひゃははは」


「あなた!もう!ごめんなさいね。後で夕食食べに来なさいね。」


「…ありがとうございます。」


 そう言って店主を無視して、エリオは階段を上って自室へ向かった。

 けれども、わたしの頭はそれどころじゃなかった。ましろ? ましろ? ましろってわたしの名前? ましろ。えへへ。ましろ!わたしの名前!

 名前もわからなくなっちゃった迷子だったのに、名前を貰えただけでこんなに嬉しくなる。


 エリオは来ていた上着を脱いで楽な格好になり、上着のポケットから出してもらった。

 少し窮屈な場所にいたせいか身体が痛い。ぐいーんと身体を精一杯伸ばし、彼が寝ていると思われるベッドに足を折って休んだ。この体制が一番楽ね。



「ましろ」



 ボソッと呟くエリオ。この自慢のお耳を持ってなかったら絶対に気が付かなかったわよ?!って心の中で叱咤して身体をエリオの方に向けた。

 エリオは賢い子だなと頭を撫でてくれた。やっぱり優しいのね。するとエリオは何かを持ってわたしに向かってきた。

 さっきの赤いリボンだ。え? 好きな女の子にあげるんじゃないの? そう思って鼻をヒクヒクさせてみるも伝わらない。不便。

 エリオはわたしの首に緩くリボンを巻いてくれた。リボンにはチリンチリンと可愛らしい鈴の音が鳴ってる。


 わたしの、ため?



「似合ってる。」



 ふ、と笑うエリオは怖い顔ではなく、世界一優しく、世界一格好良かった。

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