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その2

 所変わって学生室。学食でも行こうかなとふらりと外へ赴いてみれば、なんと普段じゃ余る筈の無いカツ丼弁当が売れ残っているではないか。この出会いに運命を感じた僕は勿論即購入し、学生室内に置かれた電子レンジを駆使してホカホカの弁当を食べていた。

 適度に甘みを含んだ味は最高だ。体に悪そうな食糧ではあるが、ここ数年同じような食生活を続けていても特に健康上問題が起こるような様子もないので強気でいられる。


――ルルルルルル


 ポンコツPCの前で優雅な食事タイムを満喫していた僕の後ろから無粋なコール音が鳴り響いた。箸をおいて出ようかと思えば、近くにいた後輩が先に電話を受け取ってくれたので安心して食事に戻れる。


 弁当をつまみながら作業の経過を眺めるためにパソコンへと目を移したが、このノートパソコンも卒業と同時に新調するのもいいかもしれない。グラフの描写ソフトとワードを同時起動させると露骨に動きが遅くなるし、スクロールももの凄くぎこちない挙動だし。そんなところに、受話器片手に後輩が後ろから声を掛けてきた。


「すいません、平塚さん。ええと、外務省の川崎さんという方からお電話です」

「……え、外務省? それって平塚先生にじゃなくて?」

「はい。学生の、と言ってましたから間違いはないと思います」


 外部から僕宛ての電話が来ることはそれなりにあるが、そのなかで決して少なくはない回数で人違いがあったりする。電話を変わった途端に平塚准教授へ向けていると思われる訳の分からない話をされて首を傾げたことは一度や二度で済む経験ではない。

 しかし学生と指定をしてきたことから、どうやら僕は本当に外務省などというよく分からないところから電話が来たのか。外務省から電話なんて、はたして夏場に海外の学会へ行った時に何かやらかしてしまっていたのだろうか。


「うーん……分かった。電話ありがとうね――はい、お電話かわりました。平塚です」


 後輩に軽く礼を告げると、子機の待機状態を解除した。果たして一体僕は何をしてしまったんだろうか。


『平塚さんですね。外務省人物交流室の川崎といいます。お忙しい中お電話すいません』

「いえいえ、ところでどういった御用件でしょうか」

『はい。来年度から運用される貴大学の新キャンパスについての話なのですが』


 思わず僕は固まった。一体どんな内容を言われるんだと身構えていたその頭の上から殴られた気分だ。大月新キャンパスについて外部から電話が来るのはまだ許せるが、なぜよりによって外務省からなんだ。いつから大月は外国扱いになったというんだろう。


「ええと、すいません。それって大月の件ですか?」

『はい。ただし少々込み入った件なので、つきましては実際にそちらに赴いてお話したいと思っています。今日の夕方からお時間を頂けますか?』

「だ、大丈夫ですけど……込み入ったってどういう事ですか?」

『それについても後ほどお話いたします。それでは5時から5号館2階の第三会議室でよろしくお願いします。失礼しました』

「あ、ちょっと!!……ああ切れちゃったよ。なんだってんだもう」


 なんだか言いたいことだけ言われて碌に質問する事すらも許されなかった気がする。一体何の話をするのか皆目見当もつかないというのは不気味過ぎる。


「礼ちゃん難しい顔してどうしたの?」

「ああ、君か……何かね、今僕宛てに外務省から電話が来たんだ」

「外務省だぁ!?」


 ちょうどコンビニから戻ってきてビニール袋を手からぶら下げた同期が、こちらが求めている以上の大袈裟なリアクションを披露してくれた。僕にだって訳が分からないんだから、彼からしたら意味不明もいいとこだろう。外務省から電話がかかってきても表情一つ変えずに僕へ電話を受け渡した後輩君はもっと評価をされるべきだ。


 ふと気になってパソコンを動かしてインターネットブラウザを開いてみる。何度かマウスをクリックしていき、行きついたページは会議室の予約表が置いてある。よく見てみると、いつの間にか指定された会議室はこの研究室名義で5時から1時間の予約が取られている。外部からのアクセスは出来ないはずなのだが、教務課辺りに先に根回しでもしたのだろうか。


「なんかすごい大変なことに巻き込まれた気がするよ」

「……一応聞いておくけど、変なことをしでかした訳じゃないんだよな?」

「自分の記憶のかぎりないとは思うけど……今度の新キャンについての話らしいし、ますます訳が分からない」


 僕と同期は一緒に頭を捻ってみたが、結局2人そろって答えを見つけることは出来なかった。




*  *  *




 学位論文の執筆に取りかかってみたのは良いものの、先ほど掛かってきた電話のおかげで文章を書くという作業に集中できる訳が無かった。

 キーボードをかたかた叩いていても、頭に浮かぶのは全体の文章の構成やどうやって理論立てていくかなどという建設的なものではなく、何故外務省が新キャンパスについての話をしてくるのかという疑問が浮かんできてしまい作業どころでは無くなる。


 外務省の人物交流室という物について簡単に検索を掛けてみたが、外国との人物交流事業に関係しているという話以外は分からず仕舞い。そして大月の新キャンパスについてはネットのどこを探しても載っていない。もう運用を半年以内に控えてこの有様というのはさすがにおかしすぎる。


「あー……あんまり進んでいないのにもう時間だよ」


 画面の右下に映された時計は既に約束の時間まで十五分に迫ったことを指し示している。もうこんな時間になってしまったのなら、これ以上パソコンの前で唸った所で作業の進展はないだろう。仕方が無くパソコンを閉じると、僕は重い体に鞭を打って立ち上がった。

 その外務省の人の話を聞いたらこの後の作業を再開しよう。もしかしたら悩みが消えた反動でもの凄いはかどるかもしれないんだし。


 研究棟であるこの建物は三階から六階までに色々な研究グループが入っており、一階は講義室や談話室が、二階は事務室やミーティング用の会議室で占められている。階段を1つ降りたフロアが今回指定された場所であり、廊下の右側には事務室が、左側には数個の会議室が並んでいる。


 僕のラボが占領している三階には学生室と教授室にくわえて実験室まで入っており、ミーティングなどの用事がある時も一つ下の階に行けば済んでしまうために利便性に優れている。中にはラボがあるフロアとは別に七階の集団実験室を使用している研究室も存在しており、それらと比べると我がラボは移動に関しては非常に恵まれていると言える。


 第三会議室というとちょうど廊下の真ん中らへんに面した部屋の筈だ。すれ違った会議室は第一第二とも空室となっているが、大体どの研究室も利用したい時間帯というものは被っているらしく、週の初めの夕方などはほとんどの会議室が勉強会などで予約が埋まる。

 そうして辿りついた第三会議室。部屋の名前が書かれたプレートの下には、使用中という札が立てかけられている。もしや前の時間帯に使っている団体が残っているのではないかと考えるが、そういえば先ほど予約表を覗いた時には前後の予約は取られてはいなかった。


「失礼します」


 時間には少しだけ早いが、まあ良いだろう。全く関係の無い人間が使っているのならばやんわりと言い聞かせて出てってもらえばいい話だし。


 扉を開けてみて中を見渡してみると若い男が机の前に座っており、部屋の後方にはサングラスを掛けた二人の大柄な男が直立している。かなり規模の大きい研究室でもミーティングをする際に狭くならないように大きく作られた部屋、そんな空間に三人しかおらず内二人がSPのような恰好で居るものだから異様さが半端無い。

 思わず僕が部屋を出たくなってしまったのもしょうがないだろう。しかしただ突っ立っているわけにもいかないようだった。


「わざわざお時間を頂きすいません。電話をさせていただいた外務省人物交流課の川崎義春といいます」

「平塚礼二です。ええと、後ろのお二方は……」

「あー、まあ護衛みたいなものですよ。お気になさらず。とりあえず座りましょうか」


 川崎と名乗った男は自身が座っている前を指差してきた。しかし後ろの二人を気にするなって無理だよ。むちゃくちゃ目立っているよ彼ら。いくら外務省とはいっても人物交流室という響きからは護衛が必要になるレベルの人間を抱えているとは到底思えないのだが、どうやら僕の認識は間違っているらしい。

 とりあえず椅子に座った僕を、川崎さんは興味深そうな様子で観察している。後ろの護衛さんたちも含めて非常に居心地が悪い。


「……僕の容姿が気になりますか?」

「ああ、すいません。無遠慮でしたよね」

「別に構いませんよ。自分の容姿が変わっているのは承知の上ですし、名前とのギャップもある事でしょう」


 因みに僕の戸籍上の扱いは、平塚先生が養子として海外から連れて帰ってきた孤児という事になっている。もし洋風な見た目の理由を突っ込まれるならばこのことを言えば相手も大抵の場合はそれ以上のつっこみをしてこなくなる。


「さてと、まずは助教内定おめでとうございます」


 少し身構えて臨もうとした僕は、川崎さんが放った一言でいきなり窮地へと追い込まれた。確かに助教内定の知らせはインターネットに公示された情報だけど、昨日の今日だしいくらなんでも情報収集が早すぎる。


「ど、どうもありがとうございます。でもそれを何で……」

「実はですね、今回の新キャンパスプロジェクトについては我が外務省も絡んでいるのですよ。そしてプロジェクトの中でも重要な人物の一人である君の動向については我々も注目しています」


 そして何とか立ち直ろうとした僕に二発目のボディブローが襲い掛かる。

 外務省が大月の新キャンパスに絡んでいるのは百歩譲って認めてやろう。日本政府的に大月は某グンマ―のような未開の土地としての扱いを下しているということで、ギリギリ説明がつかないこともない。


 だがそのプロジェクトで何故僕が重要人物となるんだ。そもそも僕が大月の新キャンパスに行くことになったのは、担当教員である平塚先生の異動に着いていくことになったからだ。一歩違えて僕が気まぐれで就職活動を始めたりしていたらそもそも新キャンの話には全く関わらなかったかもしれないのに、この男は僕が重要人物だと抜かしている。


「平塚さんが将来的に助教や研究員を目指していると聞いて私もホッとしました。そうでなければ無理やり誘致をしなければならなかったからです」

「話が見えないんですけど、何で僕がその大月新キャンパスプロジェクトとやらの重要人物なんですか?」

「厳密に言うならば、およそ半年前にあるきっかけで君はプロジェクトの重要人物に挙げられました。とりあえず最初から説明した方が良さそうですね」


 川崎さんは一度話を区切ると、鞄の中からノートパソコンを取り出した。後ろに控えていたSPの一人がテキパキと外部スクリーン出力をするための準備をし始めて、もう一人のSPは相変わらず表情が読めない顔つきで突っ立っている。

 何だかもう意味が分からない。新しい校舎を作るのだから、大学としては結構前から用意をするはずだ。計画が出始めたのはそれこそ僕が大学に入ったころまで遡るんじゃないだろうか。そんな息の長い計画に、何で今更僕が重要人物に挙げられなければならないんだ。


 混乱がピークに行ったところでどうやらプロジェクターの準備が終わったらしく、いきなり部屋前部の照明が落とされた。スクリーンに映し出されたのはデフォルトの味気ない壁紙であり、ポインタがその中に並べられた一つのフォルダの上で止まった。


「平塚さん。これはまだ世間には未発表の情報です。多分これから映す資料を見てくれれば、何故新キャンパス事業に外務省が関わっているか、そして何故君が重要であるかが分かるでしょう」


 カチリとマウスを叩く音が響き、スクリーンに1つのパワーポインタ資料が映し出された。そのタイトルを見た瞬間、ゾワリと全身の鳥肌が立つような感覚が走った。


「に、日本及びエルトニア王国共同出資による……国立東都工科大学リーヴェル校の最終構想だぁ!?」

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