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第十二話「決着!! 王女の凱旋」 その1

「……ここが今の兄さんの部屋なんですか。前のよりも、ずっと広いですね」


 レシルちゃんの手を引いて走り出すこと僅か、研究棟に隣接している日本人寮にある目的の部屋に着いたのはあっという間だった。そうとう切羽詰まっていたのだろうか、レイの部屋は鍵がかかってないどころか完全に扉が開け放たれた状態で放置をされていた。いつもであれば不用心だと感じるところだけど、場合によっては扉そのものを丸ごと破壊することも視野にいれていたから幸いだ。


 とりあえず部屋の内装を興味深げに観察する彼女をレイのベッドに座らせて、彼のクローゼットをのぞきこむ。平塚先生からの指令は、レシルちゃんをレイっぽく見せるような格好に仕立てることだ。要は、今朝最後に見かけたときのレイのような、男性用のスーツを着せるということである。

 以前彼に聞いた着る機会はほとんど無いけど二着目のスーツを買ったよという無駄話が、まさか今日この機会に効いてくるとは思いもしなかった。


「よし、あった!!」


 多分同年代の男性と比べてもこざっぱりした服の少なさのおかげで、目当てのものはすぐに見つけることができた。皺がはいるどころか購入して以降着たかどうかも疑わしいくらいに真新しい、一着の男性用スーツ。すぐ近くには予備のネクタイや未開封のワイシャツまで揃えてある。


「レイと貴女は胸以外体型が概ね同じだから、多分サイズは大丈夫だと思う。まずはシャツだけでも着替えてみて貰えるかしら」

「ええと、うん。分かりました」


 ビニール包装から取り出したばかりのシャツを手渡すと、レシルちゃんはそれを不思議そうに触ったり、クンクンと匂いを嗅いでみたりしている。クローゼットの奥から引っ張り出したとはいえ未着の新品そのものだから、まず彼の残り香なんてあるわけはない。やがて満足したのか、それを脇に置くと彼女は自分の制服へと指をかけた。


「肩幅とかも見た感じじゃほとんど変わらないし、問題は胸のあたりかしら……っ!?」

「どうしたんですか?」


 視界の脇で露になる上半身だけ裸のレシルちゃんに、思わず視線を外す。「なんでもないわ」と誤魔化しつつも、内心は言葉とは裏腹に少々乱れていた。

 彼女の容姿は同性からみても魅力を放つような代物ではあるが、それ以上に私にとってレシルちゃんのその姿はとあるものを連想させてしまう。性差というものをどっかに置き忘れたこの兄妹は、意識をしていないと本当に同一人物のように見えるのだ。レシルちゃんではなく、まるでレイが服を脱ぎかけているような錯覚を空見し、その幻影を頭から追い出すべくブンブンと首を振る。


 精々レイと彼女で違うのは胸の膨らみ、その一点につきる。ということは、その一点に注意をすればこんな幻影に悩まされずに済むのではないか。冷静に考えてみれば非常に危ない人間の思考だけど、この際仕方がない。


「……ボクの胸、なにかありますか?」

「え、ええとね……いや、レシルちゃんは脱いだら結構大きいのねーっと」


 言ってから後悔した。作り笑いを浮かべて咄嗟に出た言葉がこれか。貴女のお兄さんの半裸を妄想してましたと本音を吐くよりかはいくらかマシでもこれはないだろう。案の定、少し引いたような視線の彼女に、今の言葉は無いなと思い知った。




「大丈夫? 苦しかったら言ってね」


 シャツは勿論のこと、パンツの丈やウェストの広さに至るまで、まるでレシルちゃんに合わせたかのようなスーツのサイズだった。最後の締めとして落ち着いたデザインのネクタイをしめれば、仕立て作業も完了だ。流石にネクタイの着用までは一人で出来ないだろうから、そこだけは私が手伝うこととなった。


「よしっ、完成!! 鏡を見てみましょうよ」


 彼女の手を引いて、クローゼットの扉の裏にある鏡の前に立つ。その鏡のなかでこちらを不思議そうに眺める姿は、今朝に見たレイとまるで同一人物かと思うほどの仕上がりだ。お世辞にもスーツが似合っているかと問われれば疑問符がつくけど、それはトレース元と同様だから問題ない。スーツ自体がやや余裕を持ったサイズ感のため、多少の体の線の違いも一見すれば分からない。


「なんか不思議な格好ですね。着やすいわけでも、特段動きやすいわけでもないですし」

「公的な場での服装よ。こっちでいうところの礼装に近いかしら。あとは……そうね、髪の毛を誤魔化しましょうか」


 背中の中頃までなめらかに伸びた、銀色の長髪。髪の毛を適度に短くまとめたレイとは決定的に違う点である。他の要素がばっちりなだけに、髪型の不一致は非常に目立つ。まあ適度にまとめあげてなびかせなければ、最低限は良しとしよう。


「私の部屋からブラシと髪ゴムを持ってくるから、少し待って――ってちょっ、貴女何やってんの!?」


 普段使いの髪の毛セットを持ってこようとした瞬間に、彼女が手に持っていたものを目にして慌てて駆け寄ろうとする。右手で自身の髪の毛を纏めて持ち、左手であろうことか白い靄を立ちこませる氷の剣を銀髪の中頃辺りに容赦なく刃を入れていく。止める間もなくバッサリと切り落とした髪の毛を無感情に眺めたレシルちゃんは、何かを思いついたようにこちらに視線を向けた。


「すみません。くずかごってどこにありますか?」

「屑入れはどこかじゃないでしょッ!! ああもう、こんなばっさりやっちゃって」


 彼女の頭の右側は、レイと同じくらいの長さまで乱雑に切り取られてしまった。髪の毛は女の命だなんて格言までできるくらいに、彼女の銀髪は重要なもののはずだった。それを無造作に切り落としただけではなく、不要なごみと言い張るレシルちゃんに焦りと驚きを覚える。しかしそんな私の様子とは裏腹に、彼女は何事もないかのように、そして冷たさすらも感じさせる冷静な様子でこちらの顔を覗き込んだ。


「この髪型だと兄さんに成り代わるなんて無理でしょう。こんなもの、兄さんを取り戻すためだったら要りません。平塚礼二の言った作戦がいくら無茶苦茶でも、私は本気で取り組みます。レナさんはどうなんですか?」


 握り締めていた銀の長髪を座っていたベッドの上に置き、今度は左側の長髪を握り締めながら彼女はそう問いかけた。今までレシルティアという人間の象徴の一つであった長い髪の毛を容赦なく切り捨て、それを"こんなもの"と言い張るくらいの覚悟が彼女にはある。レイを絶対に取り戻してやるんだという、確固たる意志だ。ならば私はどうなのか。別働でレイの不在をごまかす側の彼女がここまで覚悟を固めているのに、実働で彼を取り戻しに王宮へ乗り込む私に、そこまでの覚悟が無いだなんて絶対に言わせない。


「……この部屋に、貴女の大量の髪の毛を仕舞い切るほどのくずかごは無いわ。だから私が処理してあげる」


 ベッドの上に無造作に置かれた彼女の切り落とされた銀髪束をつかみ取り、目の前でそれを力強く握りしめる。ここ数日の休息で、十分すぎるくらいに私の力は元に戻った。これからのことを思えば、今からやることなんてほんの肩慣らしでしかない。

 魔力を送り込むと共に握りこぶしを起点にして一気に炎が巻き起こり、銀髪を微塵の煤へと変えていく。絹のようになめらかだった原型を欠片も残さず、熱波に煽られた銀髪の先まで紅い炎が見る間に覆いつくした。私が手を開くとともに炎や熱は嘘のように消え去り、残ったのは毛髪が燃えた時特有の嫌な臭いだけだ。


「流石に全部を燃やしたら臭いも半端じゃないわ。せめて窓を開けたりしましょうか」


 なるべく平常を保ちながら、僅かに残る煤を払落して窓の取っ手に指を掛ける。しかし内心では、正直なところあまり穏やかではなかった。彼女の覚悟に応えるべくの行動ではあったけど、その内容は切り取られた後とはいえ年頃の少女の髪の毛を跡形もなく燃やすというものだ。


「……ボクじゃ髪の毛を兄さんっぽく切りそろえるのは難しいです。手伝ってもらえますか?」

「そうね……構わないわ。でも私もそこまで自信は無いわよ」


 自分がやるよりもよっぽど良いですと言い放った彼女は、何事も無かったように笑顔を浮かべていた。現地に赴けないレシルちゃんが自分を見失わないくらいにしっかりしているんだから、私も自分を持ち続けなければならない。その一見して穏やかに見える彼女の姿が、今はとても頼りがいのある眩しい存在に見えてならなかった。



* * *



「役人からもう行けるよう準備をしとけって言われたんだが……まだ車も来ちゃいないな」


 平塚先生からの連絡が来たからレシルちゃんを引き連れて噴水広場近くに来てみたら、先生は携帯電話を片手に周囲を見回していた。彼の言う通り、周辺には迎えの車はおろか大月との連絡バスの姿も無い。しかし川崎さんからの連絡があったということは、もうそろそろ迎えが来るということだろう。


「……本当に、レシルティア君はレイとそっくりだな。髪の毛まで整えると違いが本当に分からんな」


 先生は私と並んで立つレシルちゃんに視線を向けた。今の彼女は、全身をスーツ姿に包んで予備の革靴を履き、更に髪の毛も中ほどまで切りそろえた、端的に言ってレイとまるで同じ姿をしていた。レイと異なる点を述べよと言われれば、精々身にまとう雰囲気が平塚先生の眼前ということもあって令嬢モードになっていることくらいだ。ここまで見た感じがそっくりなのだから、大学側の研究者はまず彼女が成り代わっていることには気が付かないだろう。


 とりあえずレシルちゃんの方は順調として、今度は私の番だ。予定では川崎さんが手配した車で王都の方へと移動して、速やかに王宮へ突入することとなっている。どのような手段で厳重な王宮の正門を突破するのかは知らされていないけど、たぶんそこらへんの細かなことは追々話すということだろう。何なら、今の私は勢いで正門突入することも吝かではない。

 しかしどんなに覚悟を決めようが、そもそも現地に到着しなければ話にはならない。もう一時間もすれば正午近くということで商業苦から学園区にかけての人通りは非常に多くなり、いっそ自力で走った方が早いのではないかというくらいに混雑しかねない。図体の大きな車で移動となると渋滞に巻き込まれて結構な時間がかかることだろう。


「……遅いな。もう一回向こうに電話するか」


 もしかしたら私の予想した渋滞に既に車が巻き込まれているのかもしれないが、結局待っているしかないことには変わらないのだから電話をしてもしょうがないはずだ。しかしややせっかちのきらいがある先生は、舌打ち一つと共に携帯電話のボタンに目を向けた。


「チッ……電話かけてるってのに煩いな」


 先生の言う通り、噴水広場の静けさを遠方から聞こえるヘリコプターの羽音がかき消していく。何かの事件があれば取材のヘリがやかましく飛び回るが、今はそれ以上である。電話をしようとしても、この調子であれば向こうからの通話なんて一切聞こえやしないだろう。


「――あ、もしもし平塚です。現在広場にて待機をしていますが、今送迎の車は一体、何処……え、ヘリ?」


 片耳に指を突っ込んでつながった電話口に問い詰めようとしていた先生が、段々と勢いがしぼんでいく。それと同時に、私もそもそも何でこんなヘリコプターの騒音がエルトニアの大地に鳴り響いているんだという根本的な疑問を覚えた。うちの国は、こんなローターで空を飛ぶ機会を開発したなんて実績は持っていない。


「れ、レナさん……なんか、変なのが降りてきます」


 若干怯えた様子で頭上を指さすレシルちゃんの言葉すらもかき消す勢いで、ヘリコプターの騒音が一段と大きくなる。それと同時に平塚先生は私たちの手を掴んで広場の隅へと走り出した。


「お前らっ、いったん避難だ!! アイツここに着陸しようとしているぞ!!」


 決して広いとは言えない広場にあんなものが降りてくる。エルトニアの街並みを走るマイクロバスという構図も大概だったけど、由緒ある学園の一画に降り立つヘリコプターという絵ずらはそれはもうミスマッチも甚だしいものだろう。

 髪の毛を容赦なく揺さぶる強い風が吹きつけ、私たちの視線の先にとうとう一機のヘリコプターが着陸するまでに至った。強風の中顔を抑えながらも胴体を垣間見ると「山梨県警察」という文字が踊り、その胴体の扉が開けられた。


「山梨県警大月ゲート警備隊、航空隊到着しました!! 藤沢レナさんは貴女ですか!!」


 すぐさま駆け寄ってくる一人の屈強な警察の隊員さんに、ギョッとしながら唯々首を縦に振った。たぶんSPみたいな人が迎えに来るのかもなとは思っていたけど、まさかヘリコプターで来るだなんて予想は出来なかった。そもそもエルトニアの国内で日本の警察隊がヘリを飛ばすとなると何かしらの手続きが必要になるはずなんだけどという疑問も置き去りにして、彼は私の手を掴んだ。


「それでは王宮までお送りします。お乗りください」

「あ、はい……っと、その前に少し時間を下さい」


 流れるままにヘリへ乗りそうになったが、最後に少しだけ言い残しておきたいことがある。後ろを振り返り、未だ目を白黒させているレシルちゃんに向けて声を掛けた。


「レシルちゃん!! 私、絶対レイを連れて帰ってくるからね!!」

「……レナさん、どうかご無事で。ボクも自分の務めをちゃんと果たします」


 最後に一言の挨拶を交わしたレシルちゃんが、平塚先生と共に足早に研究棟へと戻っていく。その後ろ姿を見送った私は、隊員の案内に従うまま生まれて初めて乗り込むことになるヘリコプターのタラップに足を掛けた。

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