第十話「大詰め!! 中間報告会まであと僅か」 その1
「――また、六大家の一つであるフォルガント家がバックに着きます。そのため系列家からも何人か訪れる予定になっています」
新キャンパスの中でも大きめの部類に入る会議室にて、ポインター片手に川崎さんが登壇している。議題は大学の中間報告会について。もう開催にまで二か月を切った、リーヴェルキャンパス開校以来初となる対外講演会である。
その彼の話を聞くのは、当事者である国立東都工科大学リーヴェルキャンパスの皆様方だ。藤沢さんなどの学生全出席はもちろんのこと、僕の隣に座る平塚准教授を含めて教職員も過半数以上がこの場に集まっている。聴講者が総勢50名を超す、結構な規模の企画会議だ。
「なので彼らを合わせますと、現時点における貴族の来場者は、おおよそ100名程度と予想されます」
100名の来客が最低でも保障されている。いわゆる相手側が審査員のような形式を取るのならば規格外の人数といって差し支えないが、今回のような学会形式だとしたら少し寂しい数だ。まあ運営者と来場者の双方にとって初回の学会活動ともなれば、そのくらいの人数が丁度良いのだ。
そのまま発表形式についての話へと内容が移っていく。こちらについては概ねオーソドックスなものだった。前半に教員数名による全体に向けた講演を幾つか行い、その後学生がメインになって個々のポスタープレゼンに移行する。この手の中小規模の発表会じゃあよくある形式だ。
教員数名による講演の内訳についてはもう粗方決まっているようだった。このキャンパスで行っているいくつかの研究グループは、おおむね4つ程度の枠に分けることが出来る。その4つに分かれた各研究テーマから准教授以上の人間が一人ずつ選出されているようだ。ちなみに我がテーマでは、栄光の平塚研究グループの長、平塚礼二准教授がノミネートされている。
「そして、こちらが当日のタイムスケジュール案になります」
スライドに写されたのは、まだ空欄の箇所も見られるが結構形になっているスケジュール表だ。午後1時から開会の挨拶が始まり、その後に口頭プレゼンテーション。コーヒータイムを挟んだ後にポスターによる個々の発表となる。そして最後に懇親会である立食パーティー。全体的な流れを見てみても、ライトな研究交流会としてみたら一般的なものだ。
このスケジュール案を今日の会議中に完成版へと持っていくことが、本日の最終目標である。全体的な流れの確認はもちろんのこと、現在このスケジュール案に足りていない決定的なパートを決めなければならない。タイムスケジュールの表題は「第一回日本エルトニア科学技術シンポジウム(副題未定)」とまんま記載されている。キャッチーな副題が必要なのは明らかだった。
「この最初の開会挨拶についてですが、誰が話すかはまだ決まってないんですか?」
「ええ、普通の学会では熟練の先生に話していただくことが多いのですが……今回のような特殊な場では少々皆さんの意見を伺いたく思います」
別グループの先生が最初に目を付けたのが開会の挨拶をする人員についてだった。普通に一番高齢な先生を当てはめれば問題なさそうな気もするが、案外川崎さんもこういう点には気を使うようである。
「特殊な場といいますと、このエルトニアという国自体の特異性についてでしょうか」
「そうですね。皆様もエルトニアで過ごして感じつつあるかもしれませんが、知識や好み、それどころか我々の常識までもこの地では通用しないものもあります。なので、その違いをまず認識したうえで両者のすり合わせが出来るような挨拶にしたいと考えていまして」
つまりは最初の挨拶くらいはエルトニアの雰囲気を理解した人に話してもらって、いい塩梅に講演会本体へと入るような流れにしたいようだ。ならばこの中でもっともえらい先生にエルトニアの知識を詰め込んでもらうのが丁度良いのではと思う。そんな風に考えていたら、隣の平塚先生がこちらをまじまじと見ていることに気が付いた。
「……レイって結構適任だよな」
ぼそりと、しかし周囲に結構聞こえるような大きさの声で平塚先生が漏らす。投下された火種を消さなければと何かしらの反論を考える間もなく、周辺の学生や先生方がこちらに目を向けた。
「平塚さんはエルトニア出身だから良いんじゃないでしょうか」
「確かに平塚君はこちらの環境や雰囲気については詳しいかもしれないね」
エルトニアキャンパスで一緒に過ごすこと数か月、最初はただの銀髪の色物枠だった僕の扱いは、気がついたらエルトニア出身の現地民という認識で広がってしまっていた。
まあ確かに受け持っている授業をエルトニアの共用語で行っていたり、たまに他のグループの学生やスタッフを引き連れて周辺のおすすめランチを紹介したりなどの行動は行ってはいた。そんな妙にエルトニア慣れしているというところから疑念を持たれ、気が付けば公認のエルトニア人扱いである。
しかしこちらは高々助教一年目の身。裏方業務に終始するのならば快く引き受けようかと思うが、そんな大役を仰せつかるなんて真っ平ご免である。誰か代わりの人員は居ないものかと周囲を見渡すが、誰しもがこちらを見て頷いていたりと、後戻りが出来るような状況では無くなりつつある。
「そうですね……僕の出自は適しているかもしれませんが、やはりこういう場はベテランの方に決めていただくのが――」
「今回のようなライトなセミナーは、聴いている人たちにどれほど受け入れてもらえるかっていう最初のステップが大事だよ。だから偉い先生よりも平塚君のような両者の架け橋になってくれる人が良いんじゃないかな」
どうにかこうにか絞り出した代替案が途中で遮られ、この場における先生方の中でもベテランに分類される大御所の浜松教授がニコニコとした様子で割り込んできた。言葉通りに受け止めるべきか、それとも簡易セミナーは大御所じゃなくて若手で何とかしろと含みを持たせているか。どのみち彼にこう言われてしまえば、頭ごなしに反論するのは難しい。
結果的に他のメンバーから代わりの意見が出るようなこともなく。あれよという間に最初の挨拶どころか全体の進行をサポートする司会者の役割までを仰せつかることとなった。言わば実質的な会議運営のサポート担当である。
「では最後に報告会の副題を決めてしまいましょう。こちらがクリアできれば本日中に皆さんへスケジュールの完成版をお送り出来ます。皆様の中で何か良い案などはございますか?」
律儀なことに副題なんかまでこちらの意見を伺いに立てる川崎さんも、かなり大変な立ち位置にいるのだと心底思う。もうなってしまったものは仕方がない。とっとと本日の議題を終わらせてしまった方がよっぽど有意義だ。
副題。これは結構重要なものである。公的なタイトルである「第一回日本エルトニア科学技術シンポジウム」が書類的な固い名前である一方で、副題には内容を表す軟らかいものが求められる。それも、主賓であるエルトニアの人たちの目線に立ったものが望ましい。ナントカ研究交流会、ナントカ技術の創成と展望とかそれっぽいものは浮かぶが、相手側が科学に初めて触れることを踏まえれば敷居が高く感じてしまう。
もういっそのこと「初めての科学!!」とかド直球のもので良いんじゃないか、そんな風に考えてしまう。周囲の方々も悩んでいるのか、なかなか手が上がる様子は見られない。
「……平塚さん、何か良いタイトルは浮かびましたか?」
結局、川崎さんは公募をあきらめたようだ。このシンポジウムの司会者といういい塩梅に声を掛けやすい立ち位置になったからか、此方に狙いを定めてきた。彼の言葉の意味するところは、他の人の手が上がらないからちゃっちゃと決めてくださいということだろう。
しかしいきなり指名されるというのも困るものだ。なんたってなんにも頭に浮かんできちゃいないんだから。両脇に座る我がラボの構成員たちに助けを求めようとしてみても、平塚先生は知らんぷり、藤沢さんもぷりぷりと頭を振った。どんな時も最後に頼りになるのは自分自身なんだと思い知る。
「ええと……相手側に立ってみると僕たちのやっていることは身近ではない突飛なもので、言わばファンタスティックなもので……僕らはそんなものを扱っている学術集団なんですよ」
しどろもどろと、まとまる様子の見られない言葉の羅列が口をつく。さあ見かねた誰でもいいから何か案を出せと一旦言葉を切るが、案の定誰の手も上がらない。だめだ、これは一度何でもいいから副題案を出さなければまとまらない。自分の喋った内容を思い返す。この内容でなんか一つ名前を作るしかない。
「そうなると……ファンタスティックな学会ですから、例えばファンタスティック・アカデミーとか……」
「ファンタスティック・アカデミー、それでいきましょう。他の案がある方はいますか?」
ぼそりと口から出た代替案上等な一品を川崎さんは逃がしはしなかった。この副題が思いのほか好評なのか、それともたぶん代替案を出すのも面倒なんだろうか、当然のように他の出席者の手は上がらない。平塚先生に至っちゃうんうんと頷いている始末だ。
結局川崎さんの「これでスケジュール表も完成です」という一言と共に、適当に考え付いた文言が公式の副題として採用されてしまった。何ならもう少し格好いい凝った名前にすればよかったなあと思うが、全てはもう手遅れだ。
「それでは本日の説明会は以上です。後ほどスケジュール表をお送りしますので、皆様ご確認ください」
あれよという間に終了する今日の対策説明会。どうにも釈然としないまま、流れに従ってそのまま会議室を後にした。
* * *
そんな会議からはや一週間。本当に報告会の副題が「ファンタスティック・アカデミー」となったスケジュール表が送られてきて微妙な表情になったものだ。良いんじゃないといってくれた藤沢さんの存在が、あの時は非常に励ましになった。
『次は終点、東京です――』
開催までもはや一か月近い今は、周辺作業が大詰めとなってきている。平塚研究グループ一同で外部の研究会に出席した帰りの電車内でも、細かな作業は着々と進めている。閉じようとしているノートパソコンの画面に映っているのは、各研究グループに配布予定の講演マニュアルだ。川崎さんから加筆修正を依頼されたそれを、今日中に全体へ共有できるようにしなければならない。
ことん、と右肩に重みを感じた。もう終点が近いというのに人様の肩を枕に寝ている藤沢さんは良いご身分だ。まあ彼女も彼女で、日々の実験の中に大月エルトニア間の移動を含む授業日和だ。それに加えてこういった外部の学会参加もあるわけで、そりゃあ疲労もたまるものである。そのまま別件で他の出張へと赴いた平塚先生も大概だ。あの人は教授職という別ベクトルの忙しさを抱えながら時折海外出張まで行っている。なんだかんだ言ってみんな結構忙しいのだ。
「藤沢さん、そろそろ到着だよ」
彼女の肩を数回叩いてみると、それはもう眠たげな様子で目をごしごしと擦りながら意識を戻したようだ。出発直後からうつらうつらしていて、途中数回肩によっかかってきても全く起きる様子のなかった彼女は、まだまだ寝足りないという感じに見える。
さて、周囲の光景は完全に東京都内の物に変化をしている。正に超都会。ここ数か月間エルトニアの中世な景色に慣れた感じからすれば、むしろこっちのほうが異世界に見えてしまう。しかしこの光景に感激していられる時間もそう長くは無い。なんたって東京駅に到着したらすぐに中央線に乗って大月に直行だ。大月界隈なんぞ、活発さでいえば王都リーヴェルよりも劣る。
「……ごめんなさい。完全に寝てたわ」
「すっごい疲れてんだね。大月に行くまでも、ちゃんと起こすから寝てて平気だよ」
ありがとう、と返す彼女はまだまだちょっとばかし意識が寝ているように見えた。今なら多少ちょっかいを入れても反撃が返ってこないかもしれない。やらんけど。
瞬きを何度か繰り返した彼女は、こっちの机の上にまだ仕舞っていなかったパソコンの画面へと目を向けた。画面にはまだ修正途中の資料が映っている。どうせいつか学生にも配るものだからと隠すこともしないでいると、彼女は興味が出たのかそのままスクロールをして読み始めた。一応助教のパソコンなんだからじろじろ見るなとは思うけど、なんかもう今更な気もする。
「……この配布資料もそうなんだけどさ。なんかね、気がついたら例の報告会に妙に深く関与している気がするんだ」
「気がついたらって言うけど、視察団の案内や公爵家へのお伺いとかいろいろやってたじゃない」
藤沢さんの指摘に対してやれやれと首を振った。そういう日々の実績も含めて気が付けばということである。こう見えても、自分から意識して出張った案件は、先々週フォルガント家に対して助教という立場であいさつに伺ったことくらいしかないのだ。
『――今日も、新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございました』
電車はもう減速を始めており、窓の外に見えるのも東京駅近辺の光景になっていた。パソコンをケースに放り込み、小さめのキャリーケースを荷台から降ろす。
しかしここからも長いという事実にげんなりとする。大月に到着して、そこからキャンパスに戻るところまでを加味すると、バスがうまく繋がることを仮定したうえでざっと二時間はかかる計算となる。久々の東京を見て回るというプランはあきらめて正解だったかもしれない。下手をしてまた大月のゲートで職員用当直室にお世話になるのはなんとしてでも避けたいのだ。
完全に新幹線が停車し、荷物の取っ手を掴んで外へと向かう。その最中にポケットの中の携帯端末が小さく震えるのを感じ取った。すぐに揺れは収まったから、どうやらメールか何かが来たようだ。
「ちょっと待ってね。メールが来たみたい」
通行人の流れから離れたところに荷物を置き、携帯端末を取り出して確認する。シンポジウムの司会者という身分になったことで前にもましてやってくるメールの本数が目に見えて増加してしまった。おかげさまでちょくちょく確認しなければ、あっという間に未読メールが積みあがってしまうのだ。
画面に表示されたメールの送信者は、予想通り川崎さんだった。シンポジウム関連でのメールは、そのうち結構の割合が川崎さんからのお知らせや仕事の依頼なのだ。恐らく追加で何らかの資料作成を頼まれているものと踏んで中身を確認してみると、そこにあったのは意外な文面だった。
――急な話になりますが、本日リーヴェルに戻ってから少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか。お手数ですが藤沢レナ様と共にお越しください。
僕だけならばまだしも藤沢さん同伴でというところに引っ掛かりを感じる。今までこの組み合わせで呼び出されたことなんて、ライル殿下が大学見学に訪れた後に当日の雰囲気を聞かれた一回だけだ。それに出自で今のところボロがないはずの藤沢さんは、外務省の川崎さんとの間に何らかの接点は特にないはずだ。
「……藤沢さん。今日この後ちょっと一緒に寄りたいところがあるんだけど良いかな」
荷物を引っ張ってこちらに向かってきていた藤沢さんは、要領をつかめないといわんばかりに首を傾けた。まったく、むしろこっちが首を傾げたいくらいだ。




