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その7

「状況はどうなっているッ!?」

「貯蔵庫直上に雷が直撃、見張り台の一部が崩壊しています!!」


 フォルガント卿に遅れること数分。息を切らしつつたどり着いた兵舎は、確かに雷の直撃によってかなりの損害が出ているようだった。何人もの兵士や使用人が周囲をあわただしく走り回り、被雷した箇所である建物隅の扉付近にある瓦礫をどかしている。そのうちの一人を捕まえて話を聞くフォルガント卿は、半壊状態にある兵舎を慌てた様子で見つめていた。


 吹き付ける雨風が容赦なく髪の毛や服を濡らし体温を奪う。雨はつい先ほど前よりは勢いこそ弱くなっているものの、相変わらず水たまりを跳ねる程度には降り続いている。そして時折空からは雷の音と光が伝わってきた。音と光のずれから雷雲は通り過ぎたのだろうが、まだ油断は禁物だ。


「貯蔵庫内部の状況は!?」

「現在内部と外部両方の扉が瓦礫で塞がれており、これをどかし切らない限りは確認も……」


 崩落した見張り台からの瓦礫によって開かなくなってしまった小さな扉の先に、どうやら懸念材料である粉末魔石とやらが置かれているそうだ。内部状況は全く不明。そして悠長に瓦礫をどかしているうちにドカンといかれる可能性もある。

 唾をごくりと飲み込み、顰蹙を買うのを覚悟の上でフォルガント卿と兵士の間に割り込んだ。


「粉末魔石の貯蔵はどのようにされていますか」

「ラスティレイ、邪魔をするなと――」

「フォルガント卿はそれを把握していますか? もし貯蔵庫全体に敷き詰めて保存されているならば漏水した瞬間にここらは火の海だ。消火どころじゃない。保存状況は非常に重要な情報です」


 こちらを睨みつけて退かそうとするフォルガント卿を、努めて平静を装いつつも語気を強めて押しとどめた。はたして更なる激昂をするのではと身構えていたら、彼はハッとしたように目を見開いた。


「……この男の言うことももっともだ。衛兵、どうなんだ?」


 驚いたことに、フォルガント卿はこちらの言い分に理解を示したのだろうか、聞いた内容を改めて兵士に対して問いただした。


「は、はい!! いくつかの壺に分けて保存しています!!」

「分かりました。燃え広がる前にいくつかを貯蔵庫から隔離した方が良いな……ここの瓦礫の撤去は我々も助力します」


 兵士の話してくれた情報で、まずは一安心といったところか。粉末魔石それぞれがある程度の単位で仕切られているとすれば、ここで作業をしている目の前でいきなり爆発的な火災が発生するリスクは減少したはずだ。


 後ろに控えていたレシルの手を引き、瓦礫だらけの扉周辺を指さした。これを手で動かしていたら人手も時間も足りやしない。しかしおあつらえ向きにここらの瓦礫は水で濡れてしまっている。レシルほど氷結術式に長けていれば、一部を凍結させたうえで氷の部分を操って瓦礫を動かすことも不可能ではないかもしれない。


「レシル、ここらの瓦礫を撤去するのに力を貸してほしい。付着した水を凍結させれば統制が効くと思うけど、行ける?」

「……大丈夫、何とかなるはず。任せてッ!!」


 こちらの問いかけに対して、レシルは力強く頷いた。すぐさま瓦礫に術式陣の浮かび上がった手をかざし詠唱を開始し始めた彼女は、やはり大変頼もしい。こちらについてはいったん任せても問題ないだろう。

 そして改めて、兵士たちに混じって撤去作業に取り掛かるレシルを見て呆然としている兵士に視線を戻した。


「貴方にはもう一つ聞きたいことがあります。この近辺に十分乾燥した砂はありますか? 用途はこの際建築用でも庭の整備用でも、何でも構いません」


 乾燥した砂。水を掛ければ爆発的に燃焼する金属粉末の消火に適した、立派な窒息消火剤の一つだ。それがなければ、恐らく粉末魔石に火が回った時に消し止められはしないだろう。もし乾燥砂がないとなれば、もはや大人しく建物が焼け落ちるのを指をくわえてみているほかは無い。これはそういうレベルの代物だ。


「砂、ですか? 訓練場を整備するための砂があったはずですが……」

「本当ですね!? ここの作業は全て引き継ぎます。貴方は砂を可能な限り手配してください。それと個々で砂を運べるように小さな入れ物も複数お願いします。くれぐれも雨でぬらさないように!!」


 兵士の言葉に大きく息を吐いた。十分だ。消す手立てのない火災によって始めから終わりまで兵舎の焼け落ちる様を見ているだけにはならなさそうだ。

 駆け足で恐らく砂の保存場所へ向かう兵士を見送る。そして久方ぶりに己の手に淡く光る術式陣を浮かべた。いくらレシルに劣るとは言えども、微量の水を凍らせることくらいはできる。最低限レシルのサポートくらいはと駆け出そうとした僕の肩を、背後から大きな手が掴みとめた。


「……現場指揮を任せる。どうやらお前は私よりも適しているようだ」

「承りました。この手の危険物質による事故への対処案件は、向こうでの必修課程ですので」


 彼の問いかけに対してしっかりと頷く。現場指揮の委任。フォルガント家公爵から一客人へのそのような行為は、通常であれば考えられない。しかし彼の表情は、これまでの記憶において見たことがないほどに真剣なものだった。身分の上から下へと見下ろすようなものではなく、こちらの目をしっかりと見据えて対等に立っているかのような視線だ。


「私は兵舎の内側から貯蔵庫内部への突入を指揮する。後は頼んだぞ!!」

「分かりました。フォルガント卿、仮に火の手が回り始めたら、決して無理をしないで下さい」


 小さく頷いて建物の反対側へと走り向かうフォルガント卿を見送り、瓦礫の撤去作業へと視線を移した。兵士たちの後ろに立ったレシルが手をふるうたびに、一部が凍結された瓦礫は建物の外側に向けて成長をする氷に乗って一個づつ順調に撤去されていく。

 だが問題となっている塞がれた扉については、既に瓦礫の半分程度をどかしてその一部が姿を見せているが、何名かの兵士が扉を押し開けようとしても開く素振りは見せていない。恐らく内側からも何らかの障害物によって開かなくなっている可能性が高い。


 開かないのならば、もう取っ払うしかない。手に浮かばせた術式陣はそのままに、扉の近くへと駆け寄った。


「フォルガント卿からここの指揮を託されました!! レシルティアにこの扉そのものを除去してもらいます。皆さん一旦離れてください!!」


 何名かの兵士たちが戸惑いつつ頷く中、扉を濡らす水に手を触れた。おっかなびっくり術式に魔力を通すという久方ぶりの行為の後に、急速に熱を奪う感覚が手から伝わった。

 ピシリという音が手を起点として響き、そこから白い氷が扉全体に広がっていく。氷点下を下回るはずの扉に触れる手には、慣れない魔術を使用したためかむしろ熱湯に触れているかのような熱さを感じる。額にいつの間にか浮かんだ汗が、背後から吹き付ける雨と共に顔を濡らす。


 手をついた氷の向こうへ意識を向ける。外部からの熱に対していたく敏感になった手に、凍り付いた扉の内側から伝わる僅かな温度勾配が到達した。こちら側の外気と比較して微弱ながら熱を帯びた感覚に、これまでとは異なる種類の汗が額に浮かんだ。扉の内部は、間違いなく温度が上昇している。


「っく……レシルっ!!」

「了解、だよ!!」


 地面に出来上がった水たまりにレシルが手をついた次の瞬間、瞬きする間もなく造り上げられた氷の鎖が振り上げた手に従い扉へと一直線に向かっていった。鎖の先端に繋がれたクサビが扉に張り付いた氷と一体化して、鎖全体がピンと張られる。誰が音頭を掛けることもなく、兵士や使用人も関係なくこの場にいる皆が一斉に冷え切った鎖へと手をやった。


 手を焼くような冷たさが、握り締めた手のひらから伝わる。しかし一層の力で握り締め、全身の力でそれを引いた。まるで綱引きだ。何人もの人間が氷の鎖を引っ張り、外向きには開かないはずの扉が軋み始める。ピンと張りつめた氷の鎖、それがつながる扉の表面がきりきりと氷の削れる鳴き声を立てた。鎖が割れるのが先か、扉そのものが枠から外れるのが先か。後者に掛けて、この場にいる全員が叫び声をあげた。


 ばちん、という何かが割れるような音と共に、瞬間的に体が浮遊感を味わう。鎖が切れたか、それとも扉が崩壊したか。どちらかもわからぬままに支える力が無くなった全身が後ろに勢いよく倒れこみ、手痛い尻もちを着く。その眼前に広がる光景は、扉本体が除去された入り口の姿だった。


「扉が開いたぞ!! 内部を確認しろ!!」


 兵士の一人が勝鬨を上げるかのような大声で叫ぶ中、自分の限界に近い魔力の使用でふら付きつつも辛うじて倒れずに立ち上がった。気が付けば息がすごく荒くなっている。そしてまるで重度の風邪を引いたかのような鈍い痛みが、頭の右から左までを駆け巡った。


「……不味いぞ、粉末魔石の壺がいくつか散乱している!!」


 顔をしかめるほどの耳鳴りの中に、焦燥感にまみれた兵士たちの叫び声が聞こえた。どうやら直前に危惧していたことが起きていたようだ。

 落雷の直撃によって建物の外壁がここまで崩壊しているのだ。建物内部にも相当の衝撃が伝わっていることは想像に難しくない。散乱する粉末魔石、そして崩落個所からの漏水。扉の先に感じた温度上昇は、勘違いなんかでは無かったのだ。


「畜生、熱だ!! 粉末魔石の一部から煙が上がっている!! 干し草からもだ!!」

「くそ、遅かったか……貯蓄している藁全部に燃え広がったら始末に負えないぞ!!」


 倒れそうになる体を誰かが後ろから支えてきた。そして脇の下から抱えあげられる。視線を横に移せば、雨に濡れて首元にへばりつく銀色の長髪が目に入った。


「兄さんしっかりっ!!」

「あり、がとう……」


 レシルの肩を借りながら、兵舎の入り口に向けて足を進める。どの程度延焼が広がっているのか。少なくとも人だかり越しに燃焼時の閃光が見えていない限り、まだ間に合うはずだと心の中で何度も念じる。


「み、水だ!! 水桶や井戸から有りっ丈持ってこい!! このままじゃ全焼するぞッ!!」


 気合で意識を保つ中、耳にとんでもない叫び声が聞こえてきた。一旦火が付けば爆発的に燃焼する危険物に加えて、建物内部へため込められた可燃物である干し草。両者が合わさればこんな兵舎など簡単に焼け落ちるだろうし、そんな現場を前にすれば人間なんて冷静じゃなくなる。


 火災を前にしたときに、その当事者は冷静さを保つことなんてできない。それはこのエルトニアだろうが現代日本だって変わらない。だからこそ、こういう現場には正しい判断が出来る人間が必要となるのだ。そしてこの状況下において、その人間はこの僕だ。


「全員落ち着いてください!! 水を掛ければ粉末魔石は爆発的に燃焼しますッ!!」


 己の限界を超えた大声が、焦燥していた兵士たちの動きを止めた。全員が我に返ったかのように言葉を止めて、此方へと振り返った。仮にもこの場を任されたリーダーなのだから、全員を不安にさせてはいけない。レシルの肩から腕を外し、深呼吸をして両足に力を込めた。


 水を持ってこいと叫んだ兵士も含め、皆がこちらを見つめている。そして肩を上下させて息をする僕の背後から、荷車を走らす音が聞こえてきた。これ以上ない良いタイミングだ。繰り返していた深呼吸が、安堵のため息へと変わる。


「訓練場から砂を運べるだけ運んできました!!」

「ありがとう、ございます……これだけあれば、初期消火くらいなら何とかなります」


 人だかりをかき分けて、水避けの布が被せられた荷車が扉脇に停められた。息を切らしながら大量の砂を運搬してきてくれた兵士の一人に向かって、こわ張りながらも笑顔を向ける。そして、ようやく建物内部を己の目で視認した。


 貯蔵庫の中央付近にいくつかの倒れた壺の周辺に散らばった黄色の粉末と、その近くにある藁の束から煙が立ち上がっている様子が目に入る。このまま放っておけば藁に移った炎が別の粉末魔石に引火して収集が付かなくなるだろうが、今の状態だったらまだ消火が間に合う。


 再度手に術式陣を浮かべる。頭に響く鈍痛が強みを増すが、後先なんてもう考えていられない。術式が淡く蒼く光りだすと同時に、ずぶ濡れの頭や腕についていた雨や汗といった水滴が凍結していく。同時に全身へ広がる強い寒気が、むしろ肉体から離れようとする意識を無理やり体に張り付けた。


「ああいう禁水性の危険物には、こういう乾いた砂をぶっかけりゃ……ッ!!」


 荷車に乗せられた木のバケツに有りっ丈の砂を乗せ、そして建物内部へと飛び込んだ。もはや飛び散るような汗や雨などの水滴なんて存在しない。凍結した水滴から発する白い靄をまといながら、煙の見える方向へと走り出す。

 眼前の黄色い粉末から上がる煙の中に、まさにマグネシウム火災のように鋭い光を発する火花が混じりはじめた。爆発的な燃焼の一歩手前、とうとう温度が一定以上を超えて加熱から燃焼へとシフトしようとしているその一点に向けて、全力で砂に満たされたバケツを振りかぶった。


「うおぉぉりゃあああ!!」


 声帯を潰す勢いで声を出さなきゃ今にもぶっ倒れそうだった。水滴一つ飛ばさずに、沸き起こり始めた閃光の中心部へ向けて、バケツから大量の砂を放つ。

 煙を多量の砂が一気に覆い隠して、その勢いを緩めた。しかし完全に消火するには足りず、そして周囲を見渡せば他にも割れた壺の姿が目に入った。空になったバケツの取っ手を握り締める手に力が入る。


「砂を水で濡らさないようにして、粉末魔石を覆ってください!! 熱と空気を奪えば、こんな初期火災何とかなります!! それと割れていない粉末魔石の壺を、隔離してッ!!」


 背後に向けて全身全霊で叫ぶ自身の横を、視認するのも困難な速度で銀の影が通り過ぎた。火元の直前で立ち止まり、僕なんかとは比較にならないほどの冷気をまとって銀色の軌跡を残したレシルは、僕と同じくバケツに入った砂を火元に叩きつけた。そして振り返った彼女の顔には、冷淡な表情なんかでは無く、険しくも勇ましい雰囲気が浮かんでいるように見えた。


「何をボサッとしているんだ!! 全員、ラスティレイに続けッ!!」


 そんな妙に勇気づけられる、まるで先陣を切る将のような言葉が、既に立ち上がる力すらも限界だった僕が聴いた最後の言葉だった。足の力が抜けてバケツ片手に倒れる間際、兵士や使用人たちが砂の入った容器を片手に建物内部へと駆け出す瞬間が目に入り――

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