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その3

 街の外で待機していた別の車両と合流してはや三時間。多少の道の乱れなんて何のその、巨大なタイヤは小さな石や段差を難なく踏みつぶしながら勇ましく進んでいた。まるでCMの一場面に出てきそうな、未開の道を猛進する三台並んだオフロード車。もう平原地帯は当の昔に抜け、エルドリアンへの難所である山道の尾根の中頃に差し掛かっても、オフロード車軍団はスピードを緩める兆しは待ったく見せていない。


 さて、確かにオフロード車だけあって、段差や陥没にタイヤが差し掛かっても何事もなかったかのように通り過ぎていく。しかしいくら通行に問題がなくても、内部へ伝わる揺れは全く軽減されない。その揺れをむしろ楽しんでいる疑惑のある川崎さんや、矢のように過ぎていく外の景色をずっと眺めているレシルとは対照的に、案の定というべく自分は絶賛車酔いに陥っていた。本来であればこんな無駄なこと考えていないでさっさと意識を沈めて寝てればいいものを、前日しっかりと睡眠をとっていたり、到着した後のことが頭を過るせいもあって、さっぱり眠気が訪れない。


――ゴットン!!――


「やはりこういう道なき道を行くのは良いですね。日本じゃあこんな経験ができる道はないですよ。曇ってきたのが玉に傷ですが、景色が良いですね」


 今の衝撃は胃に来るものがった。朝食を少なめにしていてよかったと、本気で胸をなでおろす。


「もう2つ目の宿場町だよ。クルマってすごいね」

「……川崎さん、なんか予定よりもえらく速いペースじゃないですか?」


 今よりはまだ道が平たんだった平野部。そこを通過している最中に、速度メーターの値が時折90を越していたのを、僕は後部座席から冷や汗を浮かべながら見つめていた。半日かかるはずの旅程が、なぜ高々3時間で半分を余裕で越しているのか。その理由のすべては、対向車を避けたり馬車を追い抜かす時以外は常時80 km/hを越していた事実に起因しているはずだ。むしろそれ以外に存在するものか。


「ついつい飛ばし過ぎちゃいましたね。後一時間と少しといった感じですか。平塚さんももう少しの辛抱ですよ」


 さわやかな笑顔で我慢を強いる川崎さん。まあ今更ゆっくり走ったところで、むしろ車酔いに苦しむ時間が長引くだけのような気がする。ならば後は如何に到着するまでの時間無心で過ごすかだ。


「顔色悪いけど、兄さん大丈夫?」

「は、はは……頑張るよ」


 最初こそ積極的に話しかけてきたり、こちらの肩口を突っついてきたりしたレシルも、山間部に差し掛かり本格的に車酔いへ浸かった僕の様子にただ事じゃないと思ったのか、とうとうちょっかいを出してこなくなった。

 なぜ車に乗った経験がそんなにないレシルが平気の平左で、現代日本歴トータルで30年近い僕が車酔いにどっぷりと浸かっているのか。世の中は理不尽で塗れている。


「到着後の予定を確認しましょうか。平塚さん、よろしいですか?」

「……問題ないですよ。お願いします」


 正直今この状態で話を聞くのはつらいものがある。ただ、それで音を上げるのは何か癪に障る。吐き気をグッと飲み込み、ルームミラー越しに川崎さんへ頷いた。


「では遠慮なく。フォルガントさんは、日が暮れる前にフォルガント家当主に話を通し、明日に私たちと共に当主と謁見できるように取り計らいをお願いします」

「父上は現在本家にいるはずなので、伝えるくらいなら着いてすぐに出来るかもしれないです」


 そもそもの目的がフォルガント家当主、つまり父上へ話を通さなければ始まらない以上、レシルを連れてきたのは正解だった。 


「あ、もちろん兄さんも一緒に連れていきます」

「そうですね……確かにお二人で行ったほうが、後々スムーズに進むかもしれませんね」


 その直後に言った兄妹同伴というレシルの発現に、若干思案顔になった川崎さんが同調した。何年も前に泥を塗ったあの家にもう一度顔を見せる。しかもその相手が父上と来たか。レシル同伴でもなければ、まあまず到達不可能な難題だ。


「それで許可を取った後、2日目に大学運営に関する話を私と平塚さんで行います。言わばそこが本番です。そのためにも今日に謁見許可をもらえるかが重要です」

「……任せてください。妹頼りになるのは否めないですが、必ず吉報をお持ちします」



*  *  *



『お前には、レシルティアのような魔法の才はない』


 妹がフォルガント家の主催する夜会で社交デビューを果たした日の夜、父上の執務室にて言われた言葉がそれだ。

 このころはもはやこの騎士と魔法の世界に見切りを付け、魔石の購入と異界から流れ着いた雑具に関する情報の収集に執念を燃やしていた。だから、今更妹との差を数少ない肉親に指摘されたとしても、自分の表情はたぶん欠片も変化していなかった。


『だが、それを差し引いても勉学、知識、洞察力。能力は眠らせておくには惜しすぎる。お前も、確かにフォルガント家の血筋を継ぐ者なのだ』


 それがどうしたというんだ。そのほとんどが、今から10年近く前に早川先生から直々に叩き込まれたものだ。決して、この家だからどうだなどと言われるものなんかじゃない。僕の努力だ。早川先生のアドバイスから自分の手で試行錯誤し、研究世界という特殊な環境で生き抜くために身に着けた、この俺の力だ。


『その才を伸ばしたいのならばリーヴェル魔術学校へ行け。お前の能力は、長男たちの大きな助けとなる』


 ご生憎様だ。僕が学校に通うとすれば、それはリーヴェル魔術学校や妹が通うことになる騎士学園等ではない。はいつくばってでも、僕には戻るべき場所がある。あの懐かしの先生たちがいる所に。


『幸運なことにエルトニア王国立魔法騎士学園との距離も近い。レシルティアと共に切磋琢磨して王国に尽くすのだ』


 レシル、今の僕にとって唯一といってもいい、互いに理解しあえる存在。そして彼女が独り立ちできるまでは絶対に離れないと誓った人。

 お前は最愛の妹を見捨てて、日本へ一人で帰るのか。そんなこと欠片も考えていないはずの父上の言葉が、なぜかそんな意味合いを持って耳に染み込んでくる。日本へ帰る、それはこちらの世界に生まれた時からの目標だ。絶対に変えることなど、あり得ない。


『お兄ちゃん……私、王都に行かなきゃいけないって……』


 いつの間に、僕の後ろにレシルの姿が現れた。彼女はギュッと僕の寝巻の裾を握りしめる。周囲の光景は僕たちに用意された小さな部屋。立派な燭台の明かりなど影も形もなく、僕たちを照らすのは窓から差し込む銀色の月明りだけ。


『あの人は、お兄ちゃんも王都に行くって言ってた、よ? これからも、私たちは――』


――ずっと、一緒だよね?――


 あの言葉に「うん」と答えた僕の顔は、どんな物だったのだろうか。妹へ振り返ろうとした僕の視界に、机の上に置かれた鏡が目に入る。僅かな月明りで目を凝らせば見れる、その鏡に映し出された僕の表情は――



*  *  *



「起きてー!! 兄さん着いたよ!!」


 肩を揺らす衝撃で、自分がこの暴走車の中で眠りに落ちたという事実に驚愕しながら意識を戻した。車酔いが一定の水準を越し、とうとう防衛本能に火が付いたのか。


 周囲の光景は、代り映えのしない木々や山道からは大きく変わり、広大な畑に混じって小さな家屋がいくつか建っている。そしてオフロード車の列が向かう先には、王都リーヴェルと同じく街を覆う城壁が見えた。乗合馬車に混じって列に並ぶ三台のオフロード車。その先には、簡易的な検問が設営されている。記憶の限りでは、この検問の通過に際し、王都リーヴェル程の厳密さはなかったはずだ。


「また、戻ってきたんだな」


 重苦しい曇り空の下に広がるは、フォルガント家統治領、エルドリアン。レシルと共に10年少しを過ごした、我が第二の故郷。再びこの地に訪れる機会があるとは、雪が降る中一人街を去った時には考えてもいなかった。

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