その2
「いやあ、驚かせてすまない!!」
大きな声で謝るは、周囲の視線も憚らずに突進してきたこの女性。藤沢さん共々硬直しながら出迎えたが、案の定人違いだったようだ。こちらに駆け寄っていざお説教をと構えた彼女であったが、服装や態度の違いから探し人違いであると判断をしたようだ。おそらく僕のような珍妙な見た目の人間と見間違えた人物は、どうせ妹のレシルティアだろう。どうやら現在本来いるべき場所におらず、絶賛逃亡中らしい。
「いえいえ。少しびっくりはしましたが大丈夫です」
「二度目の顔合わせなのに見間違えるだなんて、本当に君は私の探し人と似ているよ」
「……二度目、ですか?」
はて、二度目とは言うけれども以前に彼女と顔合わせをした記憶はない。女性の中では高身長な部類に入る藤沢さんやレシルを超える背丈で、尚且つ金髪サイドテール。知り合いにいたら流石に忘れることは無さそうな凛々しい姿であるだけに、以前会ったことがあると言われても首を傾げることしか出来ない。一応藤沢さんの方を向いてみても、軽く首をふって見覚えがないとアピールをしてきた。
「ああ、分からなくても無理はないよ。確か二週間くらい前だったかな」
「……大学見学会の時にもしかして参加されていましたか?」
「見学者としてではなく、護衛の騎士として参加していたよ。顔を合わせたと言っても鎧越しだから、君達からすれば私は初対面だ」
言われてみれば、確かに見学会の日はライル殿下を護衛しながら参加者の一団と行動を共にしていた騎士がいたのを覚えている。声が高めで妙に気さくな人であったが、まさかその鎧の中の人が目の前にいる彼女だとは驚きだ。
「では改めて。エルトニア王国白銀騎士団所属、そしてここの学園で講師もやっているエリシュナ・ノーリスだ」
「国立東都工科大学助教の平塚礼二です」
「ええと、同じく東都工科大学の学生の藤沢レナといいます」
挨拶と同時に差し出された手を握り返すが、やはり身長の高さと比例して大きな手のひらだ。そして騎士をやっているというのは伊達じゃないようで、どことなく手の質感が硬めである。
「ところで、もしかしてノーリスさんは誰かを探している最中でしたか?」
「そうなんだよ。まったく、アイツは私の言うことも右から左に聞き流すわ、あろうことか今日この日に雲隠れするわ……」
恨みつらみとまでは行っていなさそうだけど、ノーリスさんの口からは探し人――おそらくレシルへの愚痴がつらつらと漏れ出している。人の話を聞かないなんて僕や藤沢さんと一緒にいる時のレシルの様子からは考えづらいが、一方で何時ぞやの噴水広場で男数名を蹴散らしていた時の雰囲気を考えれば無い話ではないのかもしれない。
そして今日のこの学園の盛況具合は講師であるノーリスさんや一学生に過ぎないレシルにとっても決して無関係なことではないようだ。彼女の話口から類推するに、今日行なわれているイベントらしきものはレシルも何らかの役割が与えられているのかもしれない。そうなれば、急にいなくなってしまったというのは少々どころでは無く問題だ。
「せっかくだから君たちにも聞いておこう。私の探し人は君と非常によく似た女子生徒だ。見た目は髪の長さや服装以外ほとんど君と同じで……家名は違うが、まさか兄妹か何かかい?」
質問の最初と最後で内容が異なっていることに小さな苦笑いが自然と顔に浮かんだ。やはりここまで見た目が似通っていれば、ほとんど初対面に近くても兄妹を疑われるくらいに僕とレシルはそっくりさんということだ。しかしそんな妹の居場所については生憎全く分からない。毎週末に顔を合わせているとはいえ、それは日本でいうところの日曜日である。そして今日は土曜日で、一緒に出掛ける予定は入っていないのだ。
「あの、確実という訳ではないですが、居場所に心当たりがあります」
レシルとの関係は適当にはぐらかしつつ見かけてないよと答えようとした横で、意外にも藤沢さんがそんなことをポソリともらした。
「その前に一応……レシルちゃんは明日外せないような予定とかが入っていますか?」
「ほう、君たちはフォルガント君の知り合いか。外せない予定……まあ確かに入っているな」
なるほどと小さく頷く藤沢さんは、確かに何かしらの情報を握っているようだった。しかし実の兄が知らないような事情を知っているというのは、なんだか負けたような気がして堪らない。
「もしかして本当になんか知ってるの?」
「うん、さっきも言ったけど確証はないけれどね。ノーリスさん、少々お時間よろしいですか?」
「構わないさ。やみ雲に探しても良い結果は得られそうにないからな。時間にもまだ余裕はある」
「ではこちらへどうぞ」と先導しだした藤沢さんの歩き出す先は、意外にもノーリスさんが走ってきた噴水広場だった。外部から訪れる人たちとは完全に進行方向が逆であり、僕とノーリスさんが共々首を傾けた。もしかしたらレシルとの待ち合わせで時折使うコーヒー一杯千円を超える隠れ家カフェに向かうのだろうか。
「フジサワ君、といったか。ついさっき噴水広場を隈なく調べたときは彼女の姿は無かったんだが……」
「いえ、目的地はそのさらに先です」
確証はないと彼女はいうものの、その足取りは言葉の割に随分としっかりとしたものに感じる。その自信はどこから来るのか分からないが、とりあえず行き当たりばったりではないという安心感があった。
歩くこと数分。学園の奥へと向かう人の流れに逆らって噴水広場を通り抜けた後、てっきりそのまま学園の敷地を出てどこか別の場所に向かうのかと思えば、進行方向はまったく別の場所であった。先ほどの賑やかな様子から一変して、ほとんど通行人がいないなだらかな下りの坂道。ノーリスさんは知らないが、僕と藤沢さんは割と歩きなれているウチの大学校舎に向かう道だ。ここまで来たら流石に目的地は新校舎以外の何物でもないはずだろう。
「私たちはほぼ毎週末にレシルちゃんと会っているんです。だからてっきり今週も普段通り明日にどこかで落ち合うものと考えていました」
「そうなのか!! あいつにも気心知れた仲がいるのは良かったよ。しかし明日はフォルガント君と出かけるのは、時間にもよるが難しいぞ」
本学のエルトニア校におけるカルキュラムにおいても、土曜と日曜は授業が完全にお休みとなる。そのため新校舎へ向かうこの下り道にはエルトニア人の学生すらおらず、目的地が近付くにつれて先ほどの喧騒が嘘のように思えるほど静かになっていく。
「先週会ったときにレシルちゃんは予定が塞がっている旨を私たちに伝え忘れています。だから……やっぱり」
藤沢さんが指し示す先は、ようやく全体像が見えてきた我が本拠地だ。遠目に見ても立派な建物と分かる新校舎、その正面口近くの段差に腰かけている銀髪頭が太陽の光を反射してキラキラと光っているのが目に入った。
「レイ、早くいってあげなさい。多分レシルちゃんわざわざ明日は会えないってこっちまで伝えに来てくれているんだから」
藤沢さんに言われるまでもなく、自然と歩調が早くなる。基本的に入講証を持たない人はセキュリティの観点から常にカードロックがかかっている新校舎の入り口を開けることが出来ない。無論大学計画に関しては全くの部外者であるレシルが入講証を持っているはずがないが、入ることができなかった彼女は立ち去るわけでもなく新校舎入口の前に体育座りで佇んでいた。
藤沢さんの言うとおり、律儀にこちらの校舎に赴いて予定の旨を伝えに来てくれたのだろうか。そんな彼女を一人ぼっちで待たせて学園の散歩に行こうとしていたと考えると、胸の内に罪悪感が沸き起こった。
「レーシールー!! 待たせてゴメン!!」
「……やっと会えた。おはよう兄さん」
座り込んだレシルに手を差し伸べ、彼女も何のためらいもなく僕の腕を掴んで立ち上がる。意図せずとは言えども彼女をほったらかしにしていたけど、そんなレシルは不満げな表情を欠片も見せずに屈託のない笑顔を僕へと向けていた。
「先週言い忘れてたことがあったからこっちに来たんだ。兄さんに会えて良かった」
「ふむ。それって明日レシルが僕らと会って話すのが難しいってことかな」
軽くスカートの裾をポンポンと叩いて砂埃を落としているレシルは、何気ない感じで切り出した僕の言葉に一瞬間を置いて驚いたような仕草を見せた。
「あれっ、なんで兄さんがそれを知っているの?」
「――それはなあ、私が教えたからだ。まったく、こんな所にいたのか。庭園を周囲を探しても見つけられないわけだ」
藤沢さんに連れられて、新校舎の見た目を見物しつつ呆れたようにノーリスさんが話す。僕の背後に居る彼女の姿を視界に入れたレシルは、次の瞬間には露骨に他人行儀な表情を浮かべていた。
「ノーリス先生。ボクは今日出番が無いはずですよね。少しくらい見逃してくれませんか。こっちも限られた時間から捻出しているんです」
「馬鹿モン。明日に備えての軽い訓練とか、同級生の応援に少しくらいは参加をしろっ」
途端に令嬢モードに変化をしたレシルに相対するノーリスさんは、怒り少々に呆れ多数といった様子で大きなため息をついた。レシルのことだからノーリスさんの前では僕たちには向けないような冷たい態度を多く取っているのだろうが、彼女の目の前でさっきまでにこやかな様子で僕と会話をしていた直後にその態度に戻したのは、ある種滑稽な光景かもしれない。
しかしレシルから断りを入れてくる、前日から訓練を必要として尚且つここまで街の住民が訪れるイベントとは何なんだろうか。ただそもそもの魔法騎士学園という立地上、なんとなくだがイベントの中身は想像ができなくもない。
「明日戦う相手が相手なだけに、生半可な心意気でなんとかなるわけがない」
「……戦う、ね。なんとなく想像が出来てきたわ」
説教をする教師とそれを適当に聞き流す生徒。そんな光景を一歩離れたところで眺めていた藤沢さんも、なんとなく内情を察したようだ。
「あの、すいません。レシルが明日予定があると話していますが、それっていわゆる闘技大会というものですか?」
「なるほど。ヒラツカ君は我が学園についてそこまで明るくなかったな。君の言うとおり、今日と明日で選抜学生対抗の闘技宴だ」
大方僕と藤沢さん共に想像通りといったところか。日本で言うところの体育祭に相当するものだろうと判断をしているが、それ目当てにここまで人が集まり屋台まで出るというのは凄いことだと思う。流石はエルトニア王国でもトップレベルにあると言われる騎士の養成学園だ。
「ちょうど良い。君たちも明日予定が開いているならば来るといい。こいつのせっかくの晴れ舞台だからな」
日曜日なんて普段から空けているし、最初からレシルと会って話そうと予定をしていたから時間的な余裕は存分にある。そもそもたった一人の妹の晴れ舞台なのだから、観に行きたくないわけがない。
「ぜひ明日観戦させていただきます」
「私も行こうと思います。レシルちゃん、観に行ってもいいかしら?」
完全に乗り気な僕たち二人の姿は、レシルにとっても喜ばしいことのようだ。ノーリスさんの眼前ということもあり、レシルは一生懸命表情を固定して露骨に嬉しさを前面に出すのは控えているようだが、それでも口端が僅かに上向いているのは隠しきれていない。
「ええと……うん、来てほしい。二人が来てくれると、ボクはもっと頑張れる」
「フジサワ君と、詳しい事情は聞かないが兄まで来てくれるんだ。明日良い試合をするために、今からでも出来る事をするべきじゃないか」
なんだか僕と藤沢さんが都合よく彼女のモチベーターとして使われた気がしないでもないが、それでレシルのやる気が向上するならば特に不満に思うこともない。何度か僕たちの顔を見回したレシルは、ようやく諦めたように苦笑を浮かべた。
「……明日に備えて今日はもう戻るね」
「試合楽しみにしてるね。悔いが残らないように準備をするんだよ。そして明日は終わった後はみんなで何か美味しいものでも食べに行こう」
向かい合わせになってポンポンと肩を叩きながら僕なりの激励を伝えた。こういう場面では絶対に勝てだとか、本気を出しきろとか、そういう重たい応援は好きではない。観に行くよ、という言葉だけでも相手を勇気づけるのには十分なのだ。
「二人共、さらばだ!! さあ戻って訓練だ。準備を怠れば不甲斐ないところを見せかねないぞ。ライル殿下相手なのだからな」
「そんなことは前から分かっている。じゃあ兄さん、レナさん、また明日!!」
早足でもと来た道を戻るノーリスさん、そして彼女の後を半ば吹っ切れたように歩いて続くレシル。ブンブンと手を振る彼女に対して、なんとか表情を強張らせずに手を振り返せた自分は、想像しているよりも中々に隠し事が上手いのかもしれない。
ライル殿下。先日の見学会に参加をした直後に、大学計画へ批判的な立場を取ったこの国の王子。見学会当日に僕と共に案内役を務めた川崎さんの様子を考えるに、今後の大学の運営に影響をきたすかもしれない。現状であまり聞きたくない名前といえばそんなライル殿下の名前が間違いなくトップに居すわっているだろう。どうしてそんな人物と、こういう場面で関わり合いになるのかが不思議でたまらない。今更帰り道を行く彼女達を呼び止めてまでやはり明日は観に行けないなどと言う気はないが、それでも手放しで楽しみなわけでは無くなったのも事実ではある。
「……嫌な巡り合わせだよ」
「本当、なんだかついていないわね」
ため息を吐きつつ、ポケットからカードキーを取り出した。確かに妹の晴れ舞台を観に行けるのは嬉しいけど、無論手放しに喜べる状況でもなくなってしまった。まだ研究室へ戻る予定の時間よりは大分早いが、あまり周囲を散策しようという気分にはどうしてもなれそうにない。




