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その2

「そこの綺麗なお嬢さんがた!! あまーい焼き菓子を食べていかないかい?

「魔石のネックレスがお手頃な値段だ!! 嬢ちゃん達、見ていくだけでもいいぜ!!」


 わいわいがやがや。学園区から中心街にかけての通りは、流石は首都の休日といった人の入りだ。そうした大量の通行人を何とか引き止めて財布の紐を緩ませようと、通り沿いに立ち並んだ商店の主たちが威勢のいい声で引き止めに掛かる。休日にもかかわらず貴族が多く通う騎士学園の制服を身に纏うレシルを筆頭に、若くて金払いが良さそうな三人で並んで歩いているからであろうか、どうにも僕たちに対する客引きの声は妙にはりきっている気がしてならない。

 しかし見た目は鴨がネギを背負ってきているようでも、僕の財布の紐はそう簡単には緩まない。焼き菓子ならば先ほどのカフェで既に腹に入れてきたし、当社比で安いと言われたって他との比較が無ければ信用できるデータではない。それに彼らが嬢ちゃん達と言っているのが、果たしてレシルと藤沢さんに対してなのか、それとも僕の性別を誤認しているのか。それが見ていて非常に怪しいからなんだか近付いてやろうという気にはなれないのだ。


「とりあえず服屋とでも思ったけど、やっぱり中世チックな街並みにはなかなかないものだね……うん?」


 隣を歩いているであろう藤沢さんやレシルに話しかける感じでポツリと漏らしてみたが、不思議なことに何も反応が返ってこない。これじゃあ独り言を平然とぶつぶつ話すおかしな人みたいに見えてしまうじゃないか。せめて適当に流すでも良いから何らかのリアクションが欲しい物である。

 もしかしたら歩くペースが速すぎて彼女達を置いて来てしまったのではないか。そこまで僕は早歩きでは無いはずだが、隣を振り返ってみると驚くべきことにいつの間にか二人の姿が消えていた。まさかと思って後ろを確認してみたら、せっかく小さなお土産屋っぽい店を素通りしようとしたのに女性陣二人は立ち止まってしまった。


「レシルちゃん、魔石ってこんな安い物なの? さっきのコーヒーにちょっとおまけしたような値段だけど」

「うーん……多分これは一般的な魔術で使うような魔石じゃないです。原石から製錬する際に出る不純物を研磨したのかなあ」


 一応これらの副生物の魔石モドキは閃光粉としての用途もあったはずだが、ここで売っているものはそれらを観賞用にカットしたものらしい。しかしなんだその高速道路のパーキングエリアで売ってるようなパワーストーンが、実は近所の河原で拾ってきた綺麗な石でしたみたいな夢も希望もない話は。不揃いな失敗作のビー玉を海と称して売るという童話もあったが、果たして彼女達が眺めるその首飾りとやらにはそこまで秀逸なオチがあるのだろうか。

 そして二人共ウィンドウショッピングを始めるどころか、あろうことか置いてある品を随分と現実的な目で観察し始める始末だ。


「じ、嬢ちゃん達っ、確かにコイツはそういう要らないものだったかもしれねえが……けどよ、暗がりで光るなんて綺麗で珍しいだろっ?」

「世の中には暗がりで短い間ならば発光を続ける物質なんて普通にあるわ。それも魔法なんて全く関係なしにね」

「そもそもこの石だと、濃度が薄すぎて魔石かどうかがすぐには分からないレベルだよ」


 そしてこの有様である。必死になって店屋の主人が商品のフォローをしても、二人は素知らぬ顔で言いたい放題だ。確かに商品そのものは若干値段的に怪しい部分があるが、それならば目を向けずにスル―するだけで済むのになんでわざわざ燃やしに行くのか。しかしここまで商品に対して否定的なことを言われても、表面上は強張りつつも商売笑顔を張り付けている店主の根性には頭が下がるばかりだ。彼のご厚意に甘えるのもここらへんにして、そろそろ引き際だろう。


「二人共、その辺にして――」

「それに!! この鮮やかで綺麗な黄色い表面を見てくれよ!! 草原の花々にも勝る明るい色だろうっ? こんな綺麗な色なんてこんな街中じゃまず見たことなんかないはずだ!!」

「――黄色い物体なんて実験で腐るほど見ているからどうでも良い。黄色っていうのはある波長からをバサッと落としたら簡単に見えるんだよ。それを見たことがないなんて馬鹿にするのも大概にしろ。そもそも光を当ててどう見えるかなんて二の次だ。こちとら色がどうかなんて手段であって目的じゃないんだよ」


 ここまで言ってしまって思わず口を塞ぐ。なんということだ、未だ舌戦を繰り広げる姿勢全開だったレシル藤沢さんペアを何とか宥めて場を収めようとしたのに、その僕が店主の言葉に思わず自然に反論をしてしまった。

 軽く目を瞑って深呼吸。ホッと一息吐いたらゆっくりと目を開けて周囲の様子を観察する。直前まで更なるいちゃもんをつける気満々だったはずのレシルと藤沢さんは、一転して援護射撃を行ったことに驚いのか僕を見て固まっている。そして店主も思わぬところから飛び出た罵詈雑言に、困惑しながら「そ、そうか」とだじろいでしまっていた。そしてどうやら僕の声というものは存外に大きく響いてしまったようで、チラリと後ろに視線を向けてみればこちらを伺う通行人と目があってしまった。


「さてと……うん、行こっか」 


 こんな訳分からない状況になってしまったならばしょうがない。僕に残された最後にして唯一の選択肢は、ずばり逃亡だ。少しだけ集まったやじ馬の中心で、段々わなわなと震えだす店主。そりゃあそうだ、いきなり商品の悪口を言われて、それに必死の弁明をしていたら逆に客の一人が怒り出す。最初こそ面食らったのかもしれないが、冷静に考えてこんな客が表れたら堪忍袋の緒が切れてもおかしくない。


「……オメェら、散々俺の商品扱き下ろしやがって!!」

「お騒がせしてすいませんでしたっ!!」


 爆発した店主の怒りを背後に受けながら、藤沢さんとレシルの手を引っ掴んで僕は通りを駆けだした。そして直後に「二度と来るんじゃねえ!!」という怒号がやじ馬の壁を越えて後方から響き渡った。


「二人共っ、言い過ぎっ、なんだよ!!」

「火種を、爆散させたのはっ、アンタでしょ!!」

「でも兄さんすごく先生っぽかったー!!」


 大通りを駆け抜けながら藤沢さんと息を切らして言い合いをする傍ら、結構な速度で走りながらものほほんとしたレシルが楽しそうに笑う。本当ならば十分反省をして欲しいところだが、彼女のいたずらっ子のような笑顔を引き出すことが出来たから今回は不問としてやろう。




*  *  *




「君はアレだ。本音を隠すって事を知らなさすぎる。本音と建て前については右に出ない日本で長らく暮らしていたのに情けない」

「そっくりそのままその言葉をお返しするわ。いきなり説教をかますなんて瞬間湯沸かし器も良いところよ」


 言葉の上だけ見れば僕と藤沢さんは口げんかを交わしているように見えるかもしれない。だが僕たち二人は半笑いで虚空を眺めながら隣同士腰かけている。双方内容はともかくして言い方に棘はなく、自分が発言した内容がすっぽり自分に当てはまってしまうなど承知の上だ。

 結局のところ僕たちは悲しいぐらいに理系の人間なのだ。自分が齧っている分野でちょっとでも突っ込める隙を見つけると、目敏く発見して突っつきまわしてしまう。普段は相手や場の状況を察してなるべく留めているがが、胡散臭すぎる物を見つけるとどうにも物申したくなるのだ。


「しかしまさか妹まで正論をズバズバ言うタイプだったとはね」

「この兄あっての妹ってところかしら。長年会っていなかったって言うけど、存外似ているじゃない」


 ごそごそごそ。通りに面した建物の二階。賑やかな通りとこの店内を隔てるのはたったの壁一枚なのに、どういう訳か辺りはかなり静かな空間が広がっている。そして商品の劣化を防ぐためかは知らないが、窓から差し込む日光が最小限に抑えられているため、日中の首都だというのにまるで地下か何かに居るのかという不思議な感覚に陥ってしまう。

 そんな静かな店内だからだろうか、僕らが座るソファーの前にある試着室から聞こえてくる物音が、妙に鮮明に耳へと入ってくるのだ。年頃の女子が着替えている音が聞こえるなんてすごくヤラシイ響きではあるが、相手が妹となればそんな感情もスーっと引いていくのだ。


「……そんで、僕を一時的に店の端っこに追いやってまでコーディネートしたレシルの服装はどんなのだよ」

「ここで言っちゃったら意味はないでしょ。ふふん、楽しみにしていなさい」


 お土産屋さんっぽい商店から何とか逃げ果せた僕たちは、次は服屋へ入ろうという流れになった。自分としてはそこまで衣服というものに興味はないが、同行者二人が女の子ということもある。こういう場合はとりあえず服屋に行って商品を見て回りながらおーおー似合うよなどと言ってれば無難にことを運べると考えたのだ。それにこの場ならば服関連でレシルと藤沢さんがうまい具合に会話を重ねてくれるだろう。

 確かに店内に入ってから少しの間は、レシルと藤沢さんで展示してある服を見ながら会話に花を咲かせていた。一方の僕も、迷惑代のつもりで手ごろな値段の小さな薔薇の髪飾りを購入して、軽く店員に商品を適当に見物させてくださいとお願いをした。なんとか順風満帆な雰囲気へと舵を戻せたと思ったその矢先、何かを思いついたのか店員が優しく笑いかけてきたのだ。


「それにしても試着室なんてあったのね。昔こっちにいたころはこういう店は来たことなかったから、なんだか意外だわ」


 試着コーナーもあるので使いませんか。そんな言葉に目の色を変えたのが藤沢さんだった。ポンと人の肩に手を置いたと思えば、店の端っこに置いてある椅子の前まで連行してきて待機命令を言い渡す。そして満面の笑みを蓄えながらレシルを引き連れまわしながら店内を行ったり来たりと忙しく動き始めたのだ。

 手持無沙汰にポツンと椅子に腰かける。店内には僕たちの他にも少数ではあるが客が入っており、服を選ぶでもなくボーっと座っているだけの僕をチラチラと見る視線を幾度か向けられた。なんというか、非常に心が痛かった。


「レナさん、言われた通り着替え終わりましたけど、この格好って……」

「よしっ、じゃあお披露目よ!!」


 試着室からレシルの若干困惑したような声が聞こえてくる。藤沢さんはすごくノリノリな様子で椅子を立ちあがり試着室へと向かっていくが、果たして我が妹が困惑する格好とは何ぞや。どことなく嫌な予感が胸中に湧き上がる。

 店内と試着室を隔てるカーテンの裾を掴んだ藤沢さんは、非常に得意げな顔をこちらへと向けている。一体どんな自信作を披露するのかは分からないが、倫理的に問題がありそうな格好ならば手段を問わずに即刻止めさせなければ。まさかとは思うがこのマンガンめ、人の妹を着せ替え人形か何かかと勘違いしてはあるまいか。


「さあ括目しなさいっ!!」

「他のお客さんの迷惑にな――」


 別に口を押さえつけられたわけではない。自然に、そう自然に言葉が口の奥へと引っ込んでしまった。目の前に現れた光景に思わず息をのみ、ゆっくりと立ち上がる。


「え、えへへ……変な恰好じゃない、よね?」


 襟の部分を黒いリボンで飾り付けた純白のワイシャツ、その上から腰ほどまである丈の長い薄手で漆黒のベストを羽織りつける。その中ほど、へその辺りを軽く締めるように銀色の大きなリボンが結び巻かれ、艶めかしいくびれが大きく強調されていた。そのすぐ下から急に服全体が膨らみを持ち始め、元凶である白く大きいスカートの上半分をベストの裾が覆い隠す。

 膝丈まで上げられた真っ黒な靴下とスカートの裾の間から見える領域から無理やり目を離してみれば、恥ずかしげに此方を伺うレシルとばったり目があった。顔をほんのりと赤らめながら、手持無沙汰に銀髪の先を弄っている。その頭の上には、どこに置いてあったのか知らないが黒い小さなシルクハットがちょこんと乗せられていた。


「……ワオ」

「お客様、もしよろしければこのような品も……ワオ」


 どうやら何かの商品を抱き合わせで買ってもらおうかと思っているのだろう。一階の方から上がってきた店員さんが、僕と全く同じリアクションをしながら我が妹の姿に目を奪われたようだ。

 画面の中ではそこまで浮くようなものではないが、いざ現実で見るとなると相当目立ってしまう。黒と白というコントラスト、その上銀色の長髪ときたものだ。全体的なバランスが絶妙的過ぎる。


「ふふん。どうよ、このコーディネート力は」

「……すごいとしか言いようがないよ。よくもまあ、ありあわせの商品で完全にゴスロリを構築出来たね」

「ゴス、ロリ……?」


 何やらすごく真剣な様子で人様の妹を観察し始めた店員さんは放っておいて、改めて居心地悪そうにしながらも何とか笑いかけてきてくれているレシルの姿を目に入れた。

 店員さんの様子から考えて、このリーヴェルではゴスロリに相当する格好というものはおそらく存在しないのだろう。ということは、この紛れもないゴシックロリータ要素を構築している衣服たちは、もともとこの組み合わせで着ることを考えてはいない、全く別の用途に向けての物なのだろう。おそらく丈の長いベストは平塚先生レベルに背高のっぽの男性用の物で、スカートは若い女性のお洒落着だろう。小さすぎるシルクハットは子供向けの物かもしれない。


「これは、もしかして……」

「……ねえレシル。ちょっといいかな」


 試着室の前で、一人は得意満面の顔で佇み、一人はふらふらと夢遊病のように歩きだし、そして一人はどこから取り出したのか木版に何かを恐ろしいスピードで書き込んでいく。傍から見れば異常極まりない光景であることは間違いない。

 一歩、また一歩とレシルに近付きながら、本当は後でプレゼントする予定だった純白薔薇の髪飾りを袋から出す。ゆっくりと手を伸ばす先は、レシルの銀色の頭、その上で小さく自己主張をするシルクハットだ。彼女の碧眼がすぐ近くに迫った僕の顔をびっくりしたように見つめる中、両手を伸ばして純白の薔薇をシルクハットへと結びつけた。


「に、兄さん!? どうし、たの?」

「……詰めが甘かったわ」

「これで、完璧だよ」


 フッと小さく息を吐きながら、僕と藤沢さんは短く目を交わす。黒一食で少しだけ浮いていたはずのシルクハットが、純白の薔薇飾りによって他の強すぎる要素に負けない部分へと昇華した。これこそが、完璧なるゴスロリだ。

 周囲を見てみると、いつの間にか他の客の姿もあった。彼らは実に幸運だ。ふらりと立ち寄った店で、地上に降り立った天使の如き我が妹の姿を拝めるだなんて。しかし加速度的にレシルの顔が真っ赤になっていくのを見ると、いたずらにオーディエンスを増やすのはよろしくないかもしれない。


「……レシルもそろそろ恥ずかしいだろう。今回はこのあたりで」

「ねえレシルちゃん。一人だから恥ずかしいのよね? もう一人横に並んだら、何かのポーズも決められるかしら」

「良し出ようかそろそろ君たちもお腹が空いてきたところだろう今日は僕のおごりだすいません皆さんお騒がせいたしました」


 危機回避能力に長けた僕は、つま先を90°回してすぐさま階段へと向かおうとした。しかしあと少しで戦線離脱と言った瞬間、無情にも細い手首が万力の如き力で握りしめられた。


「……兄さんも、着替えよっか」

「そうだねケーキはどうかなデザートがしっかりしたところとか」

「着替えよっか」


 ゴスロリ少女こと我が妹レシルティアは、果たしてその華奢な見た目のどこにそんな力があるのか、僕の手首をしっかりとつかんで離さない。軽く動かそうとしても、まるで空間に張り付けられたかのようにびくともしない。思わず冷や汗がにじみ出る。


「れ、レシル……」

「兄さん。着替えようね」

「……ハイ」


 彼女の顔に浮かぶのは純粋な笑顔。顔は笑わず目は笑っていないなんて中途半端な状態じゃあない。屈託も混じりっ気もない笑顔というものは、時として何よりも残酷な物なのだ。なんとかして断れないか。そんな気持ちがガラガラと壊れていくような感覚が、胸の奥で響いている。

 既に藤沢さんは新たなるコーディネートのために店内の探索を開始しており、入れ替わるようにして僕は満面の笑みを絶やさないレシルに試着室の中へと押し込められた。思い出せ、自分よ。今日という日はレシルを笑わせるのがマストオーダーだ。その為ならばなんだってしてやると決めたのだ。さすればゴスロリくらいなんてことは……


「……あるんだよなあ」


 僕の小さな呟きに答えてくれる人は、生憎ながら狭い試着室の中にいるわけが無かった。

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