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第四話「出征!! いざ異世界の大地へ」 その1

「えー、皆さん!! 今日は土曜の早い時間にもかかわらず集まっていただきありがとうございます」


 まだ肌寒さが残る三月半ばの朝方、普段学生が研究室に来るよりも少々早いタイミングでラボ面が五号館の前に揃った。平塚先生と僕、そして藤沢さんの三人が立つ前には、早川平塚研究室のメンバーが勢ぞろいしている。まるで船出の送り出しのような光景だが、実際そんな状況である。


「明日から新天地大月での研究に向けての準備に入るため、僕たち三人は今日で実質的にこの研究室に来るのが最後となります」


 三人の中央で喋る僕の目じりにうっすらと涙が浮かんでくるが、適当に袖口でごしごしと拭いて誤魔化す。


「皆さんのおかげでこの研究室で有意義な研究生活を送ることが出来ました。本当にありがとうございました!!」


 最後に礼をして顔を下げた。ありきたりな言葉になってしまったが心からの本音である。下げた頭の向こう側から小さな拍手の音が響き、続いて段々と音が大きく広がっていく。


「平塚君。この五年間、よく重責に耐えながら頑張ってきた。これからも、しっかりと足を踏みしめて歩き続けなさい」


 早川教授の言葉に、僕は今までの五年間を走馬灯のように思い出した。思い返せばかなりの修羅の道であった。准教授である平塚礼二の紹介で大学院試験に臨み、筆記試験そのものは特に苦も無く突破したものの周囲からの視線は強かった。学士を取らずに大学院に居るという事実がどれ程異常なのかを面接試験で思い知らされ、いざ研究室に入ってからも最初の内はラボ面からの評判は悪くはなかったものの、きちんとした研究が行えるのか懐疑的に思う視線を向けられることが多かった。


 それでも着実に研究成果を挙げていき、二度目の人生で初となる対外発表を成功で終わらせてから、研究室内での僕の評価はどんどんと上がっていった。博士過程に進みたいと早川教授に相談をした時は、むしろ行かないはずは無いと思っていたよと返されてしまうほど、僕の地位は確固たるものへとなったのだ。


「それでは次は僕が。配属されてわずか五年で独立という忙しい研究生活でしたが、皆さんと共に研究の更なる飛躍に努めてこれたと思います」


 センチメンタルな気分に沈む僕の横で、今度は平塚先生が別れの挨拶を喋りはじめた。僕がこの大学に舞い戻るのと同時に彼の准教授生活はスタートした。そんな助教という立場から准教授に昇格して五年、順調に研究活動を続けていた彼に命じられたのが新天地への異動だから、言葉の通り彼も随分と忙しい異動となってしまったものだ。


「正直これからどれくらいの時間をかけて研究生活を安定したものにできるかは分かりませんが、なんとかしてこの早川研究室と肩を並べるくらいのゼミを目指します」


 彼からすると二度目の旅立ちだ。一回目は博士号を取った後にポスドクとして国の研究所に派遣された時、二度目は東都工科大学リーヴェルキャンパス計画の一員として選出された今回だ。学生として、そして教員として合わせて十年以上在籍してきた研究室なわけだから、思い入れも人一倍だろう。


「米原先生、僕の担当していた学生を引き入れてくれてありがとうございます。菊川君と金谷君、そして掛川君。米原先生の下でもきちんと勉強をしていくように」


 順々に学生の名前を呼びながら平塚先生が激を飛ばした。今回の平塚先生の異動に伴い、まだ助教である米原先生が特別に大月に来ない学生の指導教員となることが決まった。元々の実績に加えて学生を持ったことから、来年度までには准教授昇進はほぼ確実と見ていいだろう。自分も助教の身になったおかげか、こうして目の前で助教から准教授へ昇格しそうな人を見るとどこかわくわくする。


「最後に早川先生。先生には研究者としての心得や、教鞭に立つ者としての在り方を教えて貰えました。これからの新天地で、その教訓をしっかりと生かしていこうとお思います。本当に長い間お世話になりました」


 大きく礼をした平塚先生に大きな拍手が浴びせられた。平塚先生が早川教授に心構えを教えて貰ったように、僕も平塚先生にこれからの教員生活のアドバイスを貰うのだろうか。これまでもそうだったが、自分の可能性の一つが現在の平塚先生であると思うと、彼に教えを乞うということに対してどこか不思議な気持ちになる。

 一歩下がった先生は、隣に立つ僕と目配せをした。それぞれ挨拶を終えた僕たちには吹っ切れたような笑顔が浮かんでおり、そしてその二つの笑顔は僕の隣で緊張した面立ちで立ちつくす藤沢さんへと向けられた。


「さて、とりに藤沢さんにお別れの言葉を述べて貰おうと思います」

「え、ちょっっと!! レイ何を言って……」


 急に話を振られた藤沢さんは、もの凄く慌ててしまったようだ。どのくらい慌てたのかといえば、ラボのメンバーが目の前に勢ぞろいして僕たちに視線を向けているのに、あろうことか僕に対して敬語無しと名前呼びの二重コンボを仕掛けてしまうほどに。


「おっ、藤沢さんが言葉を崩した!!」

「小田原さんから聞いてたけどレナちゃん平塚さんには普段敬語使わないって本当だったんだね!! その勢いで頑張れ!!」


 いきなり沸き立つ後輩たちは、僕が一睨みを聞かせても涼しい顔だ。己の失言に気が付いた藤沢さんは、髪の毛に負けないくらいに顔を紅潮させてあたふたとしてしまっており、彼女と仲が良かった女学生から応援の声が浴びせられる始末だ。


 僕たち二人の見た目は、並みの外国人留学生などとは比較にならないくらい目立った。髪の毛の色が茶髪や淡い金色なんて目じゃない色合いだったし、二人揃って全体的な姿が同期の言葉を借りるならば二次元からこんにちはをしたような感じだったからしょうがない。それこそ最初の内はそれなりに外人に慣れているはずのどちらもラボの面々が遠慮してしまうほどだった。しかしこうして弄られているのを省みるに、僕たちは随分と馴染めてたのだと実感させられる。


「ゴホンッ!! ええと、皆さん。研究室に入って間もなく知識も少なく右往左往していた私に、先輩方は丁寧に指導をしてくれました。この一年でお別れというのが心苦しいですが、培った経験で新天地でも一生懸命頑張っていきます。ありがとうございました!!」


 短いながらもきちんと感謝の意を述べた藤沢さんに、一段と大きな拍手が送られた。彼女は顔を赤くして照れているようだが、それでも安心したような笑みを浮かべている。

 これから平塚研究室では彼女が唯一の学生となるのだ。大月では研究室の横のつながりが強いらしいから学生として肩身が狭い境遇にはならないと信じたいが、それでも新しい地で右往左往してしまうのは間違いないだろう。僕は今まで直接彼女の上について指導を続けてきたのだ。助教となったこれからも彼女が独り立ちできるまでしっかりとサポートをしていかなくてはと思う。


「……そろそろ時間だな。諸君の成功を願っています。行ってらっしゃい」


 いつの間にか花道のように整列したラボ面達の間を、僕たち三人は歩き出した。大学が用意した大月へ向かうバスの時間まであと少し。それはこのキャンパスに在籍するタイムリミットでもあった。おんぼろの校舎を振り向いて見つめて、前世を含めて七年間通い続けたこの建物に会釈をして心の中で別れを告げた。




*  *  *




 朝早くの土曜日ということもあり、校舎の正門近くにはあまり学生の姿はない。そのため校門のすぐ傍に大きなバスが停めてあったとしても、さほど邪魔にはなっていなさそうだ。


 バスのサイズ的にはこれから旅行にでも行くのかなという感じであるが、近くに集う面々を見てみると全員が顔に浮かべているのは嬉しそうな表情ではない。緊張した表情をした人間が大半であり、酷いところではまるで乗り物酔いでもしたのかというくらいに蒼白な顔色で放心している人もいる。

 そしてトドメは妙に高級そうなバスの姿だ。内部を覗き見ようとしても、スモークガラスを使っているのかなかなか見ることが出来ず、表面もかなり艶々である。バス会社の保有する車の中で一番高級なのを引っ張ってきたのだろうか。しかもそんなシロモノが縦に三台も停まっていたら、それはもう壮観な眺めである。


「レイ……なんかこのバス妙にツヤツヤしてるわね」

「うん、乗る前から気持ち悪くなるっていう感覚は分からなくもないね」


 並んで高級バスを呆然とした様子で眺める僕たちは、案の定ちらほらと視線が向けられているようだ。研究室のみんなは慣れっこになっていたが、やはり銀髪と淡赤紫ヘアーの組み合わせはかなり浮くのだ。しかしそんなんじゃエルトニアではやっていけないぞ。向こうにはそこらの通行人が緑色の髪の毛を持ってたり、獣耳の種族がいたりと、我が日本の常識は通用しないんだから。

 ラボ面による送別会を終わらせてから一緒に来た平塚先生は、どうやら他の教授との会話に乗じているようだ。この場に揃うのは、一部の物珍しさに此方を伺う通行人を除けば一緒に異世界キャンパスに流刑される仲だし、知りあうにこしたことはないだろう。


 ならば僕もさっそく回るかと歩き出そうとした時に、その平塚先生が手招きをしているのが見えた。どうやら僕たちも挨拶をしろということらしい。


「こちらが、僕の研究室の卒業生で今年度から助教になる平塚です。レイ、彼は東北理学大学の浜松先生だ」

「初めまして。今年度から助教として働かせていただく平塚礼二です。先生の論文は何度も参考にさせていただいています」

「おお、君があの平塚・ラスティレイ・礼二君か。それにまた変わった髪の毛だね。どうも、今年から同じキャンパスになる浜松です」


 恰幅の良いこの男性は、名前や前の所属先を聞く限り何度か参考にした論文の執筆者でもある先生のようだ。彼らのグループの研究内容をこれまで何回か参考にしたことがあるため、これから同じキャンパスで働くとなると非常に心強い。しかし半年近く前の説明会での僕の名前表記を覚えているのかこの人は。こうも細かいところを覚えられていると、こちらは苦笑いしか出来ない。

 それにしてもどうにも周囲の人々に比べて彼の表情は明るく穏やかである。僕の髪の毛を見ても変わっているで済ますあたり、見た目通り緊張とは無縁な人なのかもしれない。


「ええと、初めまして!! 平塚先生の元で学ばせて頂いている藤沢レナです。よろしくお願いします!!」

「あららこれまた偉い別嬪さんだね。初めまして、浜松です。君たちは太陽電池について研究しているんだってね? 私の分野もそれなりには近いから、相談したいことがあったら遠慮なく来なさい」


 他の参加者にも挨拶回りでもしようかなと思った時、校門の外から向ってくる数台の黒塗りの車の姿が目に入った。どうやら浜松先生も気がついたらしく、にこやかな笑みが少々険しい顔に変わった。


「着ちゃったか。どうやらそろそろ東京ともお別れのようだね。ではまた後ほど」


 浜松先生は手を振りながらバスの近くへと歩いて行った。他の参加者も今回の計画の担当者が来たことを察したのか、各々バラバラに立っていたところからバスの周囲へと近づいていく。僕たち三人も平塚先生の後に続いた。

 バスのすぐ近くに停まった公用車からボディガードを連れ添って降りてきたのは、ビシッと背広を決めた川崎さんだった。集まった研究者たちを一通り確認すると、彼は集団の前に小走りで近づいてきた。


「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます。今日から開校までの十日間、予定通りまずは現地での研究の準備を行って頂きます。既に割り当てられた研究室や実験室に先日送られた備品が届いておりますので、現地に到着後はそれらの調整などを各自お願いいたします」


 その他にも今日の予定やら着いてからは担当者の指示に従って貰うやら、大月に到着したところで持ち物検査を行う等々。事前に知らされていた情報の中で重要と思われる点を川崎さんがリストアップしていった。

 およそ五分くらいをかけて彼の話が終わると、待っていたかのように高速バスの乗車口が一斉に開かれた。遠目に見てみるとバスの入り口付近には番号が記されており、事前に配布された書類によると僕たち平塚グループの三人は全員が三号車に割り当てられていた。


「最後に、車両内でのタブレット端末の操作等は情報の漏えいに繋がる危険性がありますのでご遠慮下さい。それではバスへの移動をお願いします」


 学会等以外の要因で総勢で五十名以上の研究者が校門近くに一堂に集結しているのは珍しい。そしてそんな集団がぞろぞろとバスの中に向かうなど、結構異様な光景に思える。

 平塚先生に続くようにして最後尾に停められた車両に近付く。外見は高級な高速バスだが、一歩車両に踏み入ってみると内部も相当ゆったりとしたつくりになっていた。車両そのものの幅が広いことに加えて、客席が前後左右で相当余裕のある並びをしている。車内灯も安っぽい蛍光灯ではなくガラス細工のシャンデリアチックな物であり、ここまで内装にも気を配っているバスに乗るのは初めてである。


「SPまで乗っているなんて相当気を使っているのね……あっ、この席ね」

「良かった真ん中あたりで。こんな気を張ってるのに酔いやすい車輪の上とか地獄だよ」


 隣同士となった藤沢さんが指定されていたイスに腰掛けた。彼女の言うとおり、バスの前列や後方には黒服のガタイが良い男性が数人座っている。果たして彼らが僕たちを護衛しているのか、はたまた逃亡しないように監視をしているのかは分からない。ただ一つ言えるのは、彼らのおかげで腹の奥が緊張でキリキリと痛み始めたということくらいだ。ポケットの中のスマートフォンは結局取り上げられることはなかったが、黒服の彼らが監視をしている中で指一本でも触ろうなんて気は全く起きない。


 僕と藤沢さんのひとつ前の席には、先ほど挨拶を交わした浜松先生と平塚先生が腰かけた。あまり緊張感とは縁がなさそうな二人も、妙に重苦しい雰囲気のバスの中では雑談を交わそうという気はないようだ。


「……とうとうここまで来たのね」

「いやいや、まだここ東京のど真ん中だから。そのセリフはせめて大月に着いてからでも遅くはないと思うな」


 顔を緊張に染める彼女を茶化す僕も、正直言って普段の調子は出ていない。足元からエンジンがかかったことを指し示す重い振動が響いた瞬間、僕と彼女は情けないことに揃って小さな悲鳴を上げてしまった。

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