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後始末

作者: 前田剛力

「もしもし美代子? ……私。彼を殺しちゃったわ」

 当然電話から飛び込んできた、親友の声。


「えっ! 何ですって、殺した? 誰を? まさか? ……」

「そう、あの人を殺したの」

「どうして! 」

「…………」

「浮気? 」

「そうかもね」

「そうかもねって……。で、警察には? 」

「もちろん届けるはずないじゃない。黙っていれば誰にも知られない。私たち、ここではほとんど近所付き合いをしていなかったでしょう。夫が消えても、あなた以外気づく人はいないわ。あ、それともう一人……」

「浮気の相手? 」

「そう」

「…………。で、これからどうするの? 」

「何も。しばらく旅行にでるわ。半年もしたらそっと戻ってきて、あとは今まで通り」


「一体、どうやって殺したの? 」

「あの人がお風呂に入ったあとから、私も『背中を流すわ』と言って浴室に入ったの。喜んで背を向けた彼の首筋を包丁で一突き」

「うっ……」


「後始末に前もって丈夫なビニール袋を用意していたのよ。見た目は普通のゴミ袋と変わらないんだけど、丈夫で臭いや液体の漏れない特別製。死体を目立たないくらいの大きさに切断して、袋に入れ、しっかり口を縛ったの。今、足元にあるわ。生ゴミと見分けつかない」

「その……、よくやれたわね」

「自分でもよくやったと思うわ。包丁を握りながら、『これは彼なんかじゃない、おサカナよ。取れたての魚よ。今からさばいて、お刺し身にするの。私の大好きなお刺し身に。新鮮で美味しいわよ』と必死で言い聞かせたの。そして、頭を落としたら、あとは……」

「あなたは魚をさばくのが上手だったわね。でも……結構、そう、いい旦那さんだったのに」

「見かけだけよ。私に例の遺産が転がり込んで来てからは、それを当てにして会社は辞めるし、急に優しくベタベタし始めて。まるでヒモ同然だったわ」

「優しいのは昔からだわ。買い物に行っても、いつも彼が荷物を全部抱えて、しかも車道側をしっかりエスコートして。あなたが重いものを持っているのを見たことはなかったわ。ちょっぴり羨ましかった」

「確かにそんなところもあったわね。家事は夫婦で分担すべきだと言ってその通り実行していたし、重たいゴミ袋を出すのは男の仕事だ、と言って自分でゴミ収集場まで持って行ってくれてたわ」

「そんな亭主、なかなかいないわよ」

「殺すより、あなたに譲ってあげれば良かったかしら」

「まさか。それで、浮気のほうはハッキリしたの? 」

「殺したあとで彼の机を調べたわ」

「あとで! 先に証拠をつかんだんじゃあないの」

「そんなことしてたら、あの人が浮気をしている証拠を先に見つけていたら……、私の方が自殺していたわ。あの人を本当に愛していたのよ! 」

「あなたならやりかねないわね。それで……何か……あったの? 」


「怪しいものはなかったわ。鍵がいくつかあったけど、私の知らないのはなかった」

「それじゃあ、無実じゃないの? 」

「日記を見つけたの。その中で浮気をほのめかせていたわ。でも、私の知らない女の名前はなかった」

「日記も読んだんだ。で、怪しい名前はなかったか、フ……ッ。あなたの遺産のことは何か書いてあったの? 遺産目当ての殺人を計画していたとか」

「それは無かったみたい。浮気もほんの遊びで、もう別れるつもりだと書いてあった。でも、たった一度だったとしても、私には許せないわ」

「……遊びだったのね。……それで本当に後悔してないの」

「そうねえ、考えてみれば少し早まったかもしれないわね」

「でしょう」

「うふふ。今日はゴミ出しの日なの。この重いゴミ袋を出してもらえればなあ、と思っただけ」

「もう、ふざけないで。そんな場合じゃないでしょ。ちょっと、何の音? 」

「ドアを開ける音よ。聞こえた? これからゴミの後始末をしなくちゃあいけなの」

「そうか、これは携帯電話で話していたんだ」


「…………」

「それで、これからどこに行くの」

「…………」

「私にだけ行く先を教えて。秘密は守るわ」

「…………………」

「どうしたの、何か言って。聞こえているんでしょう! 」


 美代子は突然、自分の声がすぐ後ろから響いているのに気付いた。

 ドサリ。

 重いものを下ろす音。

 それと同時に、首筋にひんやりとした鉄の冷たさが。


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