54:アイリスとセレナ(前)
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リュミエの町、北区。
遠路はるばる北の山を通ってようやく辿り着いた来訪者達を迎える、町の顔見せとなる区域だ。
そのため、北区から中央区にかけては辺境の地といえど幾分の賑わいを見せ、雑貨店や飲食店などがそこかしこに並び立っている。
人通りも多く、この町においてまさしく”活力”を象徴する大切なエリアなのであった。
もっとも、王都にとって大陸の端に位置するリュミエの町を訪れる者など、年間を通してほとんどいないのだがーー。
中央区に向かってまっすぐ伸びるメインストリート、その両端にずらりと並ぶ様々な店の前を二人の女の子が横切っていく。
照りつける日差しの中、キャアキャアと元気の良い声が辺りに響き渡っていた。
「あっ、セレナちゃん! 次はあっち! あっちのお店に行きましょう! ほらっ」
「ちょ、ちょっと……こら、押さないでよ……行く、行くから……」
白のノースリーブニットに明るい色調のスカート、艶のある長い髪は後頭部でまとめてあり、いわゆるポニーテールと呼ばれるその髪型がその女の子の持つハツラツとした魅力をさらに高めている。
健気なひたむきさと元気あふれる活発なその姿に、十人中十人が「可愛い!」と評すること間違いないーーと言ったのは、彼女のファンクラブの一人だったか。
リュミエの町南区にある人気店『ハメーリティの愉快な酒場』の看板娘、アイリス・ハメリーティである。
そんなアイリスに背中を押されて困惑気味になっている、ダテ眼鏡をかけた胸の大きな女の子。
顔を隠すように前髪を下ろし帽子を被っているが、その下に隠された見目麗しい素顔に気付き魅了される男も多いはず。
その正体は元コルダ王国第一王女であるセレナリア・ディアスペレッゾ、改めウェムラ邪眼工房の見習い娘セレナであった。
「今日はアキュラさんへのプレゼントを買いにきたんですから。はりきっていきましょうセレナちゃん! 町のことは私が案内するので安心してくださいねっ」
「この買い物だって強引にあなたが連れ出したんでしょ! もう……なんなのよこの町娘は……。なんでこんなに元気なの……」
「町娘じゃありませんっ。私の名前はアイリスですぅ」
語尾を上げ、膨れ面で文句を言うアイリスに、セレナはますます顔をしかめた。
先日、アキュラにより工房からの外出許可が下りた矢先のことだ。
そのことを聞きつけた町娘ーーこのアイリスなる者が抗議の声も聞かず、アキュラに内緒で自分を外に連れ出したのだった。
「ストレインさんに口止めをお願いしましたから、何も心配いりませんよっ! わたしたちで、アキュラさんをびっくりさせちゃいましょう」
「別に私はそんなこと……あ、あなただけでやったらいいじゃない」
「そんな寂しいこと言わないで下さい……ね? ほら、行きましょう行きましょう。まだまだ私オススメのお店がたくさんありますよぉ」
「ちょ……あっ……」
ぐいぐいと力強く背中を押すアイリスに、セレナがうろたえながらも口をつぐんだ。
この娘、どうやら私の意見などおかまいなしのようである。
不本意ではあるが、このまま彼女の気が済むまで付き合うしかないようだ。
セレナは溜息をつき、しぶしぶアイリスの買い物に付き合うことを決めたのだった。
「あ、これかわいいっ! ねえ、セレナちゃん。これなんてアキュラさんが付けたら似合うと思わない? それにすごく喜んでくれそう!」
何軒ものお店を回った頃だろうか。
ここは北区の表通り、とある雑貨屋。
アイリスが手に取ったのは、魔物ーーフォレストクロウベアを形どったアクセサリーだ。
鉱石を削って作られており、光に反射してキラキラと輝いている。
基本的にこの世界では、魔物というのは凶暴かつ恐ろしい存在と認識されている。
そのため、力無き一般市民たちはその存在に恐怖し、極力接触を避けようと努力するものだ。
一部の地域を除いては、魔物を模した装飾品などもってのほかである。
だがこのリュミエの町では他とは事情が少し……いや、かなり違う点があった。
南側の山中に居を構える、とある人物の製作工房。
その名を『ウェムラ邪眼工房』といい、その工房が生み出す魔物を使った数々の商品が、リュミエの町の文明を独自に発展させていた。
そしてなんと言っても南の山、山道名物『クロウベア山道警備隊』。
工房までの道のりを野生のフォレストクロウベアたちが他の魔物から守ってくれるという、普通ならば目を疑うような光景がまかりとおっていた。
そういった諸々の事情に影響され、町の住人たちの感性は魔物という存在に寛大となっていた。
たしかに魔物でありながらアキュラが大親友とうたっているクマ吉を模したようなこのイヤリング。
これならばアキュラへのプレゼントとしては中々チョイスがいいと言えるだろう。
「ふ……ふん。まあまあ、じゃない……の? でもこんな安物であの男が喜ぶのかしらね?」
もう〜厳しい〜、と冗談混じりで拗ねるように文句を言うアイリス。
その姿を見てセレナがやや顔を赤らめツンっとそっぽを向いた。
実はセレナ自身もアイリスが選んだこのクマのイヤリングを気に入っていた。
だがその思いを素直に口に出すことは……彼女の性格ではおよそ無理な話だ。
(私これでも元王女なのよ? 馴れ馴れしいったらないわ、この町娘は)
天真爛漫ともいえるアイリスの愛嬌に、内心毒づくセレナ。
だがその気持ちとは裏腹に、体の方はさきほどからソワソワとして落ち着かない。
同じ年頃の女二人で自由気ままにショッピングにいそしむ。
そんな初めての体験に、セレナの心の奥底では今まで感じたことのないような強い気持ちが躍動していた。
楽しい、と。
(なんなのよ、まったくもう……)
落ち着かない胸の動悸に戸惑いながら、楽しそうにはしゃぐアイリスの背中を眺める。
友達がいたら、こんな感じなのかな……。
(……って何考えてるのよ、私は!)
頭に浮かんでくる想像を掻き消すように、被っていた帽子と眼鏡を勢いよく脱ぎ捨て両手で髪をかき乱す。
そして火照った頭を冷やそうと、セレナは一足先に店を出た。
「あっつ……」
カンカンと降り注ぐ太陽の日差し。気怠げにセレナは空を見上げた。
これでは頭を冷やすどころか沸騰してしまいそうだ。
通行人の奇異な視線を気にすること無く店の前で立ちつくしたままのセレナは、ぼんやりと物思いに耽る。
アキュラとノアの計らいによって王女の名を捨て邪眼工房に身を置くことになったセレナリア。
セレナと名を変え新たなる人生を歩み出したことについては、まだ不慣れだがこの先少しずつ自分の中で受け入れていくことになるだろう。
それはいい。それが妹達の望んだことならば黙ってその選択に従おう。
だがセレナには、どうしても看過できない大きな心残りがあった。
正直、今でも信じられない。
アキュラが語った真実ーー王国の影に潜むシモンズという名の闇の組織、そして長年自分に仕えていたガウェイグがシモンズの一員だったいう衝撃的な事実。
そしてなによりーー
自分の精神が、本来の正常な様子とはかけ離れた状態にあるということだ。
(本当の私って……何?)
あのときのアキュラの話によれば、今の私は昔とだいぶ変わってしまっているらしい。
だけど私にはそんな記憶がない。
よく覚えていないが、幼少期からずっと私は私のまま過ごしてきた、はずだ。
そうに違いない。そうであって欲しい。
(なのに……それはシモンズの仕業って……)
じゃあこの私はなんなの?
私という存在はシモンズによって作られた偽の人格……?
(だとしたら私は……誰?)
”本来の私”とやらが仮にいるのならば、私の存在は必要なのだろうか。
本当に私は……存在していいの?
アキュラに助けられてから、時間が経つにつれ冷静に自分のことを考えるようになったセレナは、自身の存在理由を見失いかけていた。
環境の急激な変化や自身の不確かな記憶が、胸の内にある不安を大きくする。
そんなことを考えていたせいか、セレナは周囲への警戒がおろそかになっていることに気付いていなかった。
「ヒュー♪ ずいぶん綺麗な子だなオイ! なになに? どこ住んでんの?」
「うっわ、ヤッベ。王女様みてえ! こんな子がこの町にいたか? 激マブじゃん! ねえ君、ヒマなら俺たちと遊んでよ〜」
え?
唐突な男達の声にセレナがハッとして目の前に焦点を合わせる。
ガラの悪い男二人組が知らない内に至近距離まで近づいていたようだった。
なによこいつら。
(あ、帽子と眼鏡……)
さきほど店内で放り投げた物を思い出す。
素顔のまま雑貨店の前でしばし呆けていたせいか、かなり目立ってしまったようだ。
「ねえいいっしょ? なんか退屈してたみたいだしさ。俺たちと仲良く楽しもうよ、な?」
「こいつの親父、この町の村長なんだぜ? 仲良くしてりゃ良いことあるよ〜?」
村長の息子と呼ばれた男が、ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべてセレナの腕を掴んだ。
「こ、こら……」
「いいじゃんいいじゃん。せっかくだし他にも友達呼ぶわ」
そう言って男が取り出したのは小さなコウモリのような見た目の何か。
その正体は『携帯型バットフォン』。
現在リュミエの町の至る所に普及している設置型の通信機『バットフォン』を、小型化し携帯できるようにさせた物だ。
「すげえっしょ。これ山の上の工房で最近発売されたばっかの新型なんだべ? こいつ親父の金で俺たちの分まで買ってくれたんだよ」
連れの男が自慢げに自分の携帯バットフォンを見せつけてきた。
あ、それこの間アキュラが工房で作ってたやつだわ。
セレナは冷めた目でその男の様子を眺める。
すると、通話が済んだのか村長の息子がバットフォンを胸にしまいこんだ。
「じゃ、いこっか?」
ぐいっと腕を引かれ、セレナを強引に連れ出そうとする男たち。
さすがにここまでくると、セレナも我慢の限界だった。
黙って見てりゃ……。
こいつら……調子に乗って……!
さあどんな風に痛い目見せてやろうかしら、と勇ましく反撃の手を考えるセレナ。
そのときだった。
「やめてくださいっ!」
後ろから、大きな声で誰かが叫んだ。
「その子から……セレナちゃんから今すぐ、て、手を離して下さい!」
震える声で男たちの歩みを止めたのは、店から出てきたばかりのアイリスだった。




