4:始まりの地
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「……っとっと」
急に足の裏に地面の存在を感じ、俺は思わずつんのめりそうになった。
目を開けると、視界一面に緑と茶の自然的光景が広がっている。
俺は森の中にいた。
森といっても地面が傾斜になっているので山の中なのだろう。
(おいおい、いきなり山に放り出すとかひどくないか?)
まさか山中サバイバルスタートとは。非常に厳しい。
俗に言う異世界転生とはここまでハードなものだったか?
そもそもなんで俺が異世界に転生させられたのかもよく分かっていない。
ものづくりがしたい!とか勢いで答えてしまったが……。
「……なんか怪しかったよなあ、あの神様……」
死んだ直後、出会い頭に俺を飛ばした白い男の姿を思い浮かべる。
そもそも神の存在を信じているかという話になると、どちらとも言えないというなんとも日本人的な曖昧主義が染み付いた俺なのが情けなくもある。
まあ、ものづくりがしたかったのは別に嘘では無い。
転生されたことを素直に喜ぶべきなのではあるが……。
(少しくらい事情を説明してくれてもいいのにな)
とかなんとか神様(仮)に愚痴りながら、俺は山の中を歩いていた。
が、ここは右も左も分からない異世界の山。
最悪このまま遭難してデッドエンドなんてこともありうる。
少しだけ想像して、すぐに背筋にゾクリと冷たいものが走った。
一度は死んだ身だが、そんなものは関係ない。
死への恐怖は生きている限り常につきまとう。
しかも俺の場合、生き返ったばかりなので尚更だ。
「……ま、考えすぎてもしょうがないか」
とにかく山を下っていこう。
ふもとに町や村があるかもしれない。
そう決意し、また歩き始めると少し離れた後方の茂みがガサガサと揺れた。
……なんだ? なんかいるのか?
この辺りの草木は背が高く生い茂り、ジャングルにいるかのよう(行ったことは無い)で、草が邪魔で何かが潜んでいても全然わからないのだ。
正直怖い。
俺は恐る恐るその場で立ち止まり、揺れている茂みの方を凝視する。
すると草木の間からニュッと現れたのは、まるで金属みたいに磨かれた、5本の細長い固形物だった。手前に向けて湾曲しており、いわゆる鉤爪のようなシルエットを連想させる。
なんだこれ……? ……爪?
爪……!?
「ッーーーーーー!?」
俺が声にならない悲鳴を上げている間に、そいつが姿を現した。
熊だ。
しかもデカイ。
TVで見たことしか無かったが、その姿はまさしく想像通りのそれだった。
しかし一点、前世で知っていた熊とは明らかに違う特徴がある。
それは奴の指先に生えている5本の爪だ。
その一本一本が異常に長く、刃物のように鋭く尖っている。
あんなものに切り裂かれたら人間の体なんて真っ二つだろう。
こりゃアレだ。モンスターだ、うん。
ド○クエとかテイ○ズとかRPGゲームの世界で見る産物だ。
わーい、モンスター発見。あはは……アハ。
そして、熊の化物と目があった。
ーーこれはやばい。
ーー現実逃避をしている場合じゃ無いぞ。
今更ながら俺は、本当に異世界にきてしまったんだという実感が湧いてきた。
遅い。
「う……くっ……」
四つん這いのままじりじりとこちらに近づいてくるクマに、俺は顔を引きつらせつつも少しずつ後ずさる。
たしか死んだフリはいまいち効果が無いとか聞いたことがある。
ホントかどうかは定かではないが、ビビる俺には試す勇気など毛頭なかった。
クマに顔を向けたまま俺もじりじりと後ろに下がる。
俺にとっては何時間にも感じる、数秒ほどの緊張状態が続いた。
すると……、
《《《フォレストクロウベア:ランク★★》》》
《主にエシュタルの山岳や森林に生息する魔物。特徴的な爪で獲物を狩りとる。足は俊敏だ》
「ひゃい!?」
突然頭の中に機械音声が流れ始め、思わず気持ち悪い声を出してしまった俺を責めるのは勘弁してほしい。
今にも襲いかかってきそうだったクマも、ビクッと跳ねた俺に合わせてビクッとしていた。
なんだ一体、いったい何が起こったんだ。
すると、機械音声が流れた直後、俺の頭の中には目の前にいるクマの全体像や断面図が浮かび上がってきた。
《爪:ーー魔力を少量蓄えることができる。弾力性があり鉱石ほどの硬さ》
《毛皮:ーー防寒性が高く、衝撃を吸収しやすい》
《肝臓:ーー魔力を生成する器官》
全体図とともに、各部位に関する特性や効能なども記載されている。
ーーこれは、まさか。
(異世界といったらの定番、鑑定スキルとやらか!?)
などと興奮している暇があるわけも無くーー。
その後、俺に目がけてもの凄い勢いで突進してきたクマ公から慌てて逃げ出すことになった。
どうしてこうなるんだ! ちくしょう!
クマにしつこく追い回されて結局、俺は逃げ切るまでに山の中を延々と駆け巡る羽目になったのだった。
ー ー ー ー ー ー ー
あとで気付いたのだが、頭に浮かびあがった情報は鑑定スキルでもなんでもなかった。
転生するときにガイドが俺に組み込んだ《図鑑:エシュタルモンスター》という代物だったらしい。
それと、素早いクマ公から半日以上も逃げることができた俺の肉体。
童貞確認された後に言っていた《基礎ベースのスペック最大値》が原因のようである。
どうやら俺の体は、以前の状態と比べて遥かに強靭になっているようだ。
こうして、ドタバタしながらも俺の異世界新生活は始まったのだった。