98:新大陸へ
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辺り一面に広がる火山帯。
険しい山の向こうでは雷鳴がゴロゴロと鳴り響いている。
大きな広間の中、窓から差し込む雷の光に照らされて映し出されたのは、豪奢な椅子に腰掛ける一人の男だ。
「帝王様! 手筈通り、こちらに向かっているとの報告であります!」
「そうか。ご苦労」
兵士を労うと男は玉座から立ち上がった。
そしてそのまま窓際に移動すると、暗雲立ち込める空の景色をぼうと眺める。
「……まさか私の代でこんな機会が巡ってくるとはな。どうやら私は運がいい」
感慨深い面持ちでそう呟いた男は、
「ようやく会える。会ってみたかった」
そう言って懐から何かを取り出すと、さきほどまでとは違って神妙な顔つきでソレを見つめた。
その手にあるのはボロボロに汚れた小さな金属の欠片。
「かの存在は、我が帝国の悲願を成就するための鍵となり得るのだろうか」
手にしていた欠片を握り込むと、窓の外に広がる火山帯の山々に視線を向けた。
そして口を開く。
「名も無き名匠、いや……転士よ」
カッと激しく雷が光った。
しばらくして一際大きな雷鳴が鳴り止むと、男は何も言わず部屋の奥に消えていったのであった。
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~ グランディア大陸偏 ~
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ファルナシア大陸──チェリブ街道。
俺たちは今、数頭の馬に牽引されながら走る巨大な馬車の中にいた。
「ちょ~とアイリス! あなたの分のケーキ、少し大きいんじゃない?」
「ふっふ、セレナちゃん? 甘いわね。切り分けた者にだけ与えられる特権というものがあるの。いただきますっ」
「あ~!? ちょっと待ちなさい!!」
「二人とも、まあ落ち着け」
ガタンゴトンと揺れる室内。
大きめのプレハブ小屋ほどもあるこの馬車はリュガーナ王国が保有する王様専用のもので、今回執務長のイースが手配してくれたものだ。キッチンスペースなどがあるのは俺が色々と改造させてもらったからである。
切り分けたケーキを取り合うセレナとアイリスの姿を見かねた俺はいったん作業を止めると、自分の分のケーキを差し出した。
「ほら、俺の分もくれてやるから」
「そういう問題じゃないのよアキュラ! 黙ってなさい!!」
「そうですアキュラさん! せっかく作ったケーキなんですから絶対にアキュラさんは食べて下さいっ!」
「えぇ……?」
セレナとアイリスの謎の気迫に押され思わず変な声が出た。
せっかくの親切心だったのに。元気いいなあこの娘ら。
肩をすくめた俺は心を無にして作業に戻ると、
「セレナ殿」
隅の方で静かに座っていたストレインが腰をあげた。
魔刃となってから好物である甘味をあまりとらなくなったストレイン。以前ならばケーキなんて一番に手をつけていたというのに寂しいものだ。
美味しいという感情が無いからだろうか。
ストレインは鞘に収めたままの剣をセレナの首元に近づけた。
「いくら貴女でも許容しかねる。アキュラ殿への狼藉の数々、死にたくなければこれ以上は……」
「いいからアンタも黙って食べなさい!」
「モガッ!」
口に無理矢理ケーキを突っ込まれたストレインがあまりの勢いに首をのけぞらせた。
ピキッ。
ストレインの体から瘴気が漏れ出始めた。
「お味はどうですかストレインさん?」
だがアイリスがケーキの感想を求めてじっと見つめると、すかさず体勢を直したストレインは瘴気を抑え、表情も変えず黙って咀嚼をし始めた。
もくもくもく。
そして何も言わないままごっくんと音をたてて飲み込むと、
「問題ない、アイリス殿。好きだったはずの味です」
「そうですか、よかった~」
「そして覚悟しろセレナ殿。死ね」
「ぎにゃあ~!!??」
隅の方で青ざめた顔をしたセレナがストレインによって羽交い締めにされていた。
(……ったく、賑やかだな)
あぐらをかいて作業をしている俺はいったんひざに肘をのせて頬杖をつくと、元気にはしゃぐセレナ達を見て苦笑いを浮かべた。
ワイル率いるコルダ王国の侵略を退けてしばらくのち。
リュガーナ王国ではイースの指揮の下、富国強兵の思想を元に様々な国政を進めた。
その一つとして同志を増やすこと。
今頃首都アガートの街ではファルナシア大陸とエストレア大陸の同盟調停が結ばれているはずだ。
双方に関わりのある俺が橋渡し役となることで話はスムーズに運んでいった。
そしてワイルの兵たちにより被害を被った街の復興。
ファクトリーで生産された量産型魔宝具の全軍配備など。
ファルナシア大陸の情勢はかなりいい方向に進んでいると思う。
ファルナシア大陸とエストレア大陸の同盟戦力。
数では劣るものの、コルビニア大陸とゴバル大陸を取り込んだアルカダ大陸の勢力にも対抗できるのではないかと思うほどの軍力には違いない。
すでに見えてきているぞ。奴らを叩きのめすための力は整い始めている。
だがまだだ。まだ完全ではない。
不確定要素はなるべく排除しなければ、ならば次は──。
そんな折に俺たちのもとに届いた一通の封書。
その差出人と記された手紙の中身を見て、今回俺はすぐに動くことを決めた。
フィオーナは最後まで俺たちと一緒に来たがっていたが、秘書官であるダークエルフのネルネに首輪をはめられ(奇しくもリュガーナ国王とお揃いで)ズルズルと引きづられていった。
久しぶりにようやく揃った邪眼工房のメンバー。
そんなわけで俺たちは今、全員で目的地に向かっているのだった。
「んもう。セレナちゃんったら……これで少しは懲りてくれるといいんですけど」
「アイリス」
ストレインとセレナの喧騒から逃げてきたアイリスが俺の隣にちょこんと座った。
「ところでアキュラさん。さきほどから何を作ってるんですかっ?」
「準備さ」
「……準備?」
髪をかきあげながら不思議そうに首をかしげるアイリス。
そんなアイリスをちらりと見つつ、俺は作業しながら説明を始める。
「ああ。ストレインも次の段階に進む時がきた。そのために完全な装備を作ってやらなきゃな」
俺が作りかけの防具の一部をアイリスに見せると、アイリスがおぉ~と感嘆の声をあげた。
「なんせ相手は魔物ランク★9の魔物だ。魔物大好きっ子、もとい魔物の伝承に詳しいストレインいわく、こいつらは伝承の中で”災厄”とまで呼ばれている存在らしい」
「さ……災厄ですか……」
ためらいがちに口にするアイリス。
災厄という言葉がどれほど恐ろしいものかは各人の想像に任せるが、エシュタル図鑑を見るかぎりろくでもない存在なのは確かだろう。
「★7から★8までがあれほどの差があったんだ。★8から★9になったら一体どれだけの差が……」
「……アキュラさん」
「ここでストレインに何かあったら……だがしかしな……」
ふう。いかん。
さすがに★9の魔物となると俺自身知らない内に気負ってしまっているな。
よくないのはわかっているんだが……。
ついため息を漏らす俺。
すると、隣に座っているアイリスが俺の手の上に両手を優しく重ね合わせた。
「……アイリス?」
「アキュラさん。大丈夫です。アキュラさんの努力は決してアキュラさんを裏切ることはありません。今まで近くで見ていた私が言うんですから間違いありませんっ」
手を重ねたままこちらをじっと見つめてくるアイリス。
「だから……ね? 元気だして?」
「……っ」
首を傾けてはにかんだ笑顔を見せたアイリスに、俺は思わず顔を逸らした。
励ましてもらい嬉しかった、のもあるが、これは……。
(久しぶりのアイリスの笑顔、破壊力がヤバイ)
アイリスが俺の様子を不思議に思い首をかしげている。
一瞬見とれてしまっていたことを自覚して恥ずかしさのあまり顔を逸らしたなんて、言えんなあコレは。
いやー。はは。
もう少しではちきれるところだった。
自制心がなんとか持ちこたえたことに安堵する俺。
とそこで、
「……ふー。ストレインめ。今に見てなさいよ……」
「セレナか」
アイリスとは反対側の俺の隣に、疲れた様子のセレナがしゃがみこんだ。
どうやらストレインとのプロレスは終わったようだな。
そんなことを思いながら俺が黙って様子を見ていると、横に座ったセレナは俺の作っていた物に視線を送っている。
そして呆れたように口を開いた。
「アキュラ、あなたも好きねえ……。なにも移動の時にまで作業しなくても」
「ばーか、セレナ。こういう時こそものづくりをするのが一番なのさ。捗る捗る」
「……はぁ。あいかわらずのものづくり馬鹿ね」
だがそれは俺にとっては褒め言葉である。いいぞもっと言え。
セレナの言葉を聞いて内心ほくそ笑む俺。
すると突然、腕にすごくやわらかい感触が伝わってきて俺は首をかしげた。
……ん?
「……だからこそ、たまの息抜きも必要ではありましょう?」
「あっ」
「アキュラ様、ごきげんよう」
視界に映った大きな胸。
俺の腕に押し付けるように身を寄せていたのは、セレナではあるがもう一人の別のセレナ、王女としての元々の性格のセレナであった。
その頬は赤く染まっているが、行動の大胆さにはいつも度肝を抜かされる。
てゆーかいつの間に自在に交代できるようになったんだ!? 聞いてなかったぞ!
「努力は人を裏切りませんわ。人格の交代だって、貴方を思えばこそです」
「お、おい、セレナ」
「これは……不可抗力。そう不可抗力ですわアキュラ様。仕方ありませんもの。どうぞご自由に」
なにがご自由になんだ!?
なにを自由にしろって!?
「ちょっとお! セレナさん、ズルいですよっ!」
「うふ、何のことでしょうかアイリスさん? わたくしはただアキュラ様との再会を喜んでいるだけですわ」
「んむーー!!」
俺の両隣りでなにかよくわからない競い比べが始まった。
大きな胸をぎゅうぎゅうと押し付けてくるセレナに、負けじと押し付けてくるアイリスも加わり、俺はもうどうにかなりそうだった。
いや、もうすでに限界だ。
(ヤバイ、これ以上はもう……)
俺は白目を剥いて体を震わせた。
(もうモノづくりなんてしてる場合じゃねえ!)
なんて、俺としてはあるまじきことを考え始めた次の瞬間、両隣りの二人の体が突然ひょいっと浮き上がった。
そして首根っこを掴まれたまま二人はポイポイっと後ろに放り投げられると、背後にいたストレインが俺の隣にドスンと座り込んだ。
「我が主の崇高なる創造を邪魔するな。そして主の隣にいていいのはこの僕だけだ」
満面の笑み……ではなく無表情のままではあるが、とても満足そうに俺の隣に座るストレイン。
だがその一秒後、後ろから女二人に引きずり込まれて俺の視界から消えていった。
「やーめーろ、お前ら。キャラバンが壊れたらどうするんだ」
ドタバタと背後で騒ぐ三人に呆れながら、俺は止まっていた作業を再び進め始めた。
阿呆どもには付き合ってられんぞ。全く。
傍観者を気取って格好をつけた俺ではあるが、ついさきほど女の子二人を前にしてモノづくりを放り投げようとしていた男とは思えないセリフであった。
すまん。
「……ふう」
俺は手にしていた道具を置いた。
完成だ。
すでに完成間近であったため、作業はあっさりと終わった。
「上出来だ」
完成直後のいつもの一言。
そして出来上がった作品を一眺めしたのち床に置いていると、
「おっ?」
温かい風とともに窓から何かがひらりと舞いこんできた。
淡いピンク色の小さな花びら。
これは──、
「わああ。きれいです……」
「なんなのこれ凄いわ! 花だらけじゃないの!!」
「……フッ」
さっきまで騒いでいた皆が、いつの間にか外を眺めて感嘆の声をあげていた。
街道一面に咲き誇る満開の桜。
空には雪のように桜の花びらが舞い散っていた。
「ハハ、まさかこの世界で花見ができるとはな」
話によると、どうやらこの世界にも桜という木の品種は存在するらしい。
遥か昔の偉い人が見つけ、この街道一帯に植えたとのこと。
桜という名前も偶然かなんだかわからんが、なかなか粋なことをするもんだ。
ここはまだファルナシア大陸だが、この満面の桜は新たな大陸へ向かう俺たちを祝ってくれているかのようでもあった。
ロマンチスト? たまにはいいだろうこんなのも。
新たな地への門出としては悪くない。
「さあて、行こうか」
そう告げた俺は、懐からあるものを取り出した。
手にあるのは一枚の封書。
差出人は世界一の大国、グランディア大陸を治めるゼラ帝国からだった。
そして手紙に記されていた文、その始まりの言葉は、転士。
何者だ、このゼラ帝国の帝王とやらは。罠の可能性ももちろん高い。
だが二分化されていくこの世界の大陸情勢で、いまだにどちらにも属そうとせず他国と争いを続けるこの強国の存在は不安要素でしかない。
となれば虎穴に入らずんば、ってやつだ。
味方につけれるのならば一番良い。だが敵であるのなら……。
(とはいえ、まあ)
どんなことが待ち受けていようと、俺は、俺たちは乗り越えてみせる。
そして奪われたものを必ず取り戻し、俺の求めたモノづくりを成し遂げるのだ。
俺は抱き続けている決意を胸に、しっかりと前を向いた。
そして高らかに宣言をする。
いざ、グランディア大陸へ。




