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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
92/152

奴隷狩り部隊狩り

 ご無沙汰しておりました。南波です。

 今回の話は、本来書き上げたかった場面まで書ききれませんでした。

 3万文字は軽く超えることが予測出来たことと、このままだと来週までかかっても書ききれそうになかったからです。


 非常に残念ではあるのですが、長すぎると読んでくださる皆様の負担が大きくなり過ぎるのと、投稿間隔が空き過ぎてしまうので、内容的にきりの良い部分で一旦まとめることにしました。

 というか、普通は今回まとめた部分を区切りに書くべきだったんでしょうね。

 ただ、南波的にはそこではなかったんですよね。


 南波の個人的こだわりをだらだらと書いてしまって申し訳ありませんでした。

 それではヴォオス戦記本編をどうぞ!


 地平線まで見渡せる終わりなき平原は、カーシュナーによって古き秩序を破壊され、広すぎる空白地帯が出来上がっていた。

 そんな情報など入手しようがないゾンの奴隷狩り部隊が、駱駝の背に揺られながら無人の平原を彷徨い、連日にわたる空振りに苛立っていた。


 長い年月をかけ、沿岸部から広がったゾンの奴隷狩りは、南方民族の地東部を丸裸にし、中原と南部にかけて広がっていた。

 ちなみに奴隷狩り部隊が北上しなかった理由は、気候がより厳しいものになることと、遊牧を主な食糧源としている南方民族の人口分布が、そもそも南寄りに偏っていたからである。

 

 すでに狩るべき南方民族がいない東部を素通りした奴隷狩り部隊は、新たな奴隷を求めて中原を移動していた。

 目印になるものが極端に少ないため、中原ではそこが部族全体の縄張りでも、区分けされた縄張りを管理する氏族以外の者では同族の者でも現在地を見失いかねない。

 ゾンの奴隷狩り部隊もやみくもに彷徨っているわけではないが、さすがに未踏の中原域となると、自分たちの現在位置に不安を覚えてくる。


 ゾンの奴隷狩り部隊が広大な南方民族の地で捜索範囲を定められるのは、南方民族の生活様式を熟知しているからだ。

 同族であっても氏族が違えばいさかいを起こす南方民族は、縄張りが触れ合うことを嫌う。

 牛一頭が群れからはぐれ、隣接する他氏族の縄張りに迷い込もうものなら、それがたった牛一頭のことでも、氏族同士の争いにつながりかねない。

 故に、南方民族の優れた視力が及ぶギリギリの距離を縄張りの間に設けている。


 また、縄張りの位置と範囲は水源に左右される。

 仮に広く縄張りを主張しても、水源と往復出来る限界距離を超えては意味がない。

 牛は大量の牧草を摂取するが、同時に大量の水も必要とする動物だからだ。


 南方民族の移動範囲は広大だが、その行動は極めて規則的であり、彼らの生活様式を熟知している者であれば、土地の状態を確認するだけでその現在位置をかなり絞り込むことが出来る。

 ゾンの奴隷狩り部隊が未踏域でも活動出来るのは、集落の位置を割り出すことが、そのまま水源や食料の確保につながっているからである。


 現在中原を彷徨っている部隊も、すでにいくつかの集落を発見している。

 だが、そのすべてがもぬけの殻であった。

 接近を察知され、逃亡されることもあるが、生活していくうえでどうしても牛を手放すことが出来ない南方民族たちは移動の痕跡が大きく、機動力で勝るゾンの奴隷狩り部隊に結局は追いつかれてしまう。


 確かにどの集落にも大移動した痕跡はあったが、どれも古いものばかりで、自分たちの接近を察しての移動でないことは明らかだった。

 痕跡から見るにそれは移動というより追跡に近く、戻ることを前提にそのまま残された集落に、誰も戻ってきてはいないと考える方がはるかに納得いく状況だった。

 これまでこんなことは一度もなかった奴隷狩り部隊の隊長は、得体の知れない不気味さに、焦がすような太陽のもとで冷たい汗をかいていた。


「隊長。もしかして、この辺で疫病でも流行ったんじゃないですか?」

 隊長は部下の言葉に対し、不快気に表情を歪めただけでうなずかなかった。

 新たに発見したのは集落ではなく、おそらく現集落の一つ前に集落が築かれていたその跡地であった。 

 隊長も始めは部下の言葉通り疫病の可能性を考え、肝を冷やした。

 死病が蔓延している領域に踏み込んでしまったのかと。

 だが、発見した移動集落跡を見て、疫病の流行ではないと判断した。


 死体がないのだ――。


 疫病が発生すると南方民族たちは、むごいようだが病人を置き去りにし、集落を移動する。

 医療技術が未熟な南方民族には、適切な治療を施すことが出来ないからだ。

 疫病に蝕まれた人々は、水も食料もないまま野ざらしにされ、急速に衰弱して死ぬ。

 本来部族から置き去りにされれば、衰弱して死ぬ前に野生動物に襲撃され、簡単に喰い殺されてしまう。だが、死の病に侵されているような獲物を狩る動物はいない。

 結果として、中原では珍しいあまり荒らされてはいない死体が残されることになる。

 もっとも、死体は荒らされないだけで、苦しんだ末に死ぬため、ひどくおぞましい形相となる。


 ゾンの奴隷狩りにたずさわる兵士にとって、点在するおぞましい死体は自身の命を守るための警告であり、見たくはないが見逃すわけにはいかない重要な兆候でもある。

 発見すれば撤退の理由にもなるので、隊長に命令されなくても兵士たちは目を皿のようにして探していた。

 にもかかわらず、死体は発見されない。

 それはまるで、突然中原から南方民族たちが消え失せてしまったかのような錯覚を奴隷狩り部隊の兵士たちにもたらした。


 だがその当惑が、実は真実を言い当てていることに、気づけるゾン人は隊長も含め、一人も存在しなかった――。









 南方民族の地、中原は、広大な平地が続く土地だ。

 乾燥して干からびた土地もあれば、どこまでも続く緑の絨毯が広がる草原も存在する。

 そのどちらにも共通して言えることは、どこに立っても地平線まで見渡せるということだ。


「規模は小隊。駱駝を連れています。まだこちらには気づいていません」

 南方民族の青年が、手の平で目の上にひさしを作りながら確認し、報告する。

「偵察主体の部隊だろう。それがこの辺りまで踏み込んでいるということは、本隊はカラドゥ辺りまで来ているかもしれないな」

 その報告に、奴隷狩り部隊の全体の動きを予測しながらカーシュナーが答える。


「ジュア。どう対応するべきだと思う?」

 先程カーシュナーに報告を行った青年に問いかける。

 その問いが自分を試すものであると理解したジュアは、カーシュナーの視力では確認出来ない集落跡周辺の状況を観察し、対応を練る。


「襲撃はどう急いでもかなり手前で発見されてしまいます。ですが、幸い周辺の牧草がまだ手つかずなので、一部の兵士に身を伏せて接近させ、まず十字弓で連中の駱駝を倒して足を奪い、それから襲撃をかけてみてはどうでしょうか?」

「やってみろ」 

 

 カーシュナーの答えに笑みを浮かべたジュアは、直後に表情を引き締め、カーシュナーと共に率いた部隊に向き直った。

 迷わず人選していき、奇襲部隊を組織する。


「あたしらも行くよ」

 そこに割り込んで来たのは、リュテたち三姉妹だった。

 もっとも、行く気満々なのは長女のリュテと次女のティオの二人だけで、体力的にまだ十字弓が扱えないラニは一歩引いて事態を観察している。

 

「足手まといなんて言わせないからね~」

 そう言って何故か腕組みをして偉そうにふんぞり返ったのはティオであった。

 どうやらジュアを威圧しているつもりらしいのだが、行動が的外れなため威圧になっていない。

 本人がいたって真面目にやっているので笑ってはかわいそうだと思い、カーシュナーは必至で吹き出すのを堪えていたが、その顔が真面目であればあるほど可笑しく、カーシュナーはプルプルと震えだした。


「何ふるえてるの? ビンビン出てるの?」

「ビビってるのだよ」

 姉の間違いをラニが訂正する。

 三姉妹は現在大陸共通語である簡易ベルデ語を勉強している。

 今も実践で勉強中なのだ。


 ティオの天然ボケがとどめとなり、カーシュナーは我慢した分盛大に吹き出した。

「ちょっとっ! きたない~!」

 カーシュナーの唾を顔中に浴びることになったティオが、両腕を振り上げ怒りを露わにする。


「ティオが変なこと言うからだろ。俺のせいじゃない」

 怒ったティオから逃げ回りないがら、カーシュナーが抗議する。

「カーシュナー様。いくら離れているとはいえ、あまり派手にふざけないでください。ティオもついてくるなら遊んでないで早くしろ」


「いや、申し訳ない。ジュア」

「ぶ~っ! カーシュのせいで怒られた~!」

 怒られたカーシュナーが素直に謝り、ティオはほっぺを膨らませてふてくされる。

 その頬を、カーシュナーが大きな手で反射的に挟み込んだので、今度はティオが強制的に吹き出すことになった。


 派手に撒き散らされるティオの唾をカーシュナーはサッとかわしたが、運悪く後ろにいたリュテは、もろにティオの唾を浴びる羽目になった。

「……あんたら二人とも、脳天かち割られたいのかい」 

 縄の両端に石を括りつけたボーラと呼ばれる狩猟用の投擲武器の達人であるリュテが、ゆっくりと腰からボーラを外し、中ほどを持って先端に括りつけられた石を振り回し始めた。

 本来はこれを投擲し、獲物の足などに縄をからませて捕獲するのが目的なのだが、縄を丈夫な皮紐に交換した現在のリュテのボーラは、鈍器としても十分過ぎる威力を持っていた。


「ひいいっ!」

 基本能天気なティオが震え上がる。

 カーシュナーもさすがに悪ふざけが過ぎたと悟ったのだろう。青ざめて硬直する。


「すまない、リュテ。カーシュナー様のアレ(、、)はもはや病気なのだ。後で言って聞かせるから、今は奴隷狩り部隊に集中してくれ」

 申し訳なさそうに割って入ったダーンの言葉に、リュテとティオを置いて行こうとしているジュアの姿が目に飛び込んだリュテが、舌打ちしつつもボーラを振り回すのをやめる。


「短い付き合いだけど、アレ(、、)が病気なのはあたしも納得してるよ。基本みんなも面白そうに笑っているからかまわないけど、時と場所くらい選べっつのっ!」

「本当に申し訳ない」

 ダーンがいかにも苦労人らしい表情を浮かべる。


「行くよ、ティオッ!」

 あんたも苦労するねと視線で語りかけながら、リュテは妹の手を取った。

「ね~ちゃん、びちょびちょだね。あははははっ!」

「誰のせいだと思ってんだいっ!」

 そう言って妹の頭をはたくリュテの後ろ姿に、ダーンは君もね、と心の中で返した。


「ごめんね。リュテお姉ちゃん緊張しているんだよ」

 姉たちのやり取りを、ダーンの陰に隠れて笑っていたラニが、硬直から脱したカーシュナーに話しかける。

「ラニ。あまりカーシュナー様を甘やかさないでくれ」

 そんなラニに対し、ダーンが困った顔をする。


「でも、おかげで緊張は解けたみたいだよ」

 ジュアたちに追いつき、姿勢を低くしながら奴隷狩り部隊に接近していくリュテの後ろ姿は、先程までの騒ぎが嘘のように、油断のない狩人の背中になっている。

 その隣で音もなく進んで行くティオに至っては、野生動物にも劣らない見事な身ごなしを見せている。


「本当に腕がいいんだな」

 改めてカーシュナーが感心する。

「あたしたち女は、基本ろくなもの食べさせてもらえないからね。そうじゃなかったらあんなに大きくならないよ」

 そう言ってラニは笑った。


「それより、どうしてこっちについて来たんだい? てっきりモランの部隊について行くものとばかり思っていたのに」

 あっという間に姿が確認出来なくなってしまったジュアたち奇襲部隊から視線を戻したカーシュナーがラニに問いかける。


「追いかけるばかりじゃ一流の狩人とは言えないからね。賢い獲物を仕留めたければ、からめ手も必要なんだよ」

 まだ十三歳とは思えない大人びた発言に、カーシュナーは思わず苦笑いを浮かべた。

「それに、この辺りはカラドゥの縄張りじゃないけど、隣接する部族の縄張りだからね。あんたたちよりあたしたちの方がよっぽど土地勘がある。今までこの土地になかった新しい価値観を持つ部族を興そうってときに、自分のことばかり考えて、男のケツを追いかけ回しているわけにはいかないからね。その辺はリュテお姉ちゃんもわかっているんだよ」


 年齢による思考の柔軟性だけではない。

 ラニには南方民族が千年以上もの長きに亘って維持してきた秩序の根本的な誤りが見えていたのだ。

 環境というものは人の思考を縛る。

 教育など受けようもない環境で、外部との接触も禁じられ、従順に生きるよう洗脳に近い生活を強いられる。

 それは思考力を奪うことであり、知性の発育に多大な支障をもたらす。

 そんな環境下で育ったにもかかわらず、ここまで視野が広く、物事の本質を捉える目を持つことが出来たラニの存在は奇跡に等しかった。


「それに、あたしはお姉ちゃんたちみたいには戦えないから、頭の方を鍛えたかったの。モランも悪くないけど、どうせ誰かから学ぶなら、モランの師匠のあなたから学ぶのが一番効率がいいと思ってついて来たの。お姉ちゃんたちがついて来たのは、この部隊の捜索範囲が一番仕事が出来るってこともあるけど、あたしを一人にするのが心配だったからなんだよ」


「やさしいお姉さんたちなんだね」

「ちょっと過保護過ぎるけどね。やっぱりまだ男って生き物を全面的に信用出来ないんだと思う」

 ラニの笑みにほんの少し切なさがにじむ。


「正しい判断だよ。まだ何も証明していないのに、信じてほしいなんて言う輩ほど嘘くさいものはないからね。信じるに値する行動を示した時、初めて人は信頼を得ることが出来る。男が男としての自分を信じてほしいのなら、自分が信じるに値する男であることをまず証明してみせなければならない。たとえそんな証明なんてなくても信じることが出来るとしても、男が自分自身をあかし立てるために努力している間は、黙って見守ってやればいいのさ」

 カーシュナーらしからぬまともな発言に、ダーンが大袈裟に目を剥いてみせた。

 うるさいよとばかりに繰り出されたカーシュナーの肘鉄を、ダーンが腕で見事に捌いてみせる。

 二人は肘と腕を交差させながら、無言で鍔迫り合いを演じた。


「あなたは自分自身を証明しようとはしないのね」

 ダーンと静かにじゃれ合うカーシュナーに、ラニがいたずらっぽく問いかける。

「証明したいわけじゃなくて、結果が欲しいだけだからね」

 ダーンとの小競り合いを中断し、カーシュナーは答えた。


「それって寂しくないの?」

 証明しないということは、認められないに等しい。

 他者から認められないということは、自身の存在意義にも関わってくる。

 認められたいという欲求は、人間であれば誰もが持つ当たり前の感情だ。

 その感情が満たされないということは、人の群れの中にありながら、孤独であるということだ。

 ラニがそれを寂しいことと感じるのは、ごく自然な感覚であった。


「証明しないってことは、言い訳をしなくてもいいってことでもある。俺は一から十まで物事を思い通りにしたいわけじゃない。明らかにこれは駄目だということを、崩したいだけなんだ。崩した先に素晴らしいものが出来上がればそれに越したことはないけど、築くのはあくまでもそれまで駄目な環境下で虐げられてきた人々でなければならない。俺が出しゃばって、それこそ一から十まで作り上げてやったとしても、それを受け取る人々は不平と不満しか口にしないだろう。俺一人で人々の不平不満をすべて解消するなんてことは不可能だからね。人が一人増えれば、解決すべき不満も一つ増える。この世は完全じゃない。不完全な世の中に対して自身の正しさを証明しようとすれば、そこに必ず生まれる矛盾に対して言い訳をしなくてはならなくなる」

 カーシュナーの言葉に、それまでのいたずらな表情がラニの顔から消え去り、気難しげに聞き入る。


「俺は俺の正しさを認めてもらいたいわけじゃない。言い訳は、その内包した矛盾によって自分が本来主張したい正しさを霞ませる。それは言い訳が、矛盾から目を逸らさせるための言葉でしかないからだ。人間が正しさを主張するということは、不完全さが生み出す矛盾との戦いでもある。俺にとってそれは、単なる時間の無駄にすぎない。俺はただ、間違いが正されるという結果があればそれでいいのさ」

 そう言うと、カーシュナーはニヤリと笑った。


「それであなたは何が得られるの?」

 カーシュナーの言葉はある意味無欲の極致だ。

 名声も、賞賛も、栄誉もない。

 その手には何も残らない考え方だ。

 ラニには、その考え方が理解出来ないのではなく、何故そんな考え方が出来るのかが理解出来なかった。


「俺が気分良く暮らせる世の中かな」

 それがラニの問いに対して出したカーシュナーの答えだった。


 ラニにとって、それは答えではなかった。

 中原の暮らしは確かに変わった。ラニにとっては世界がひっくり返ったに等しい。

 だがそれは、ヴォオス人であるカーシュナーには何の影響ももたらさないことだ。

 この地に住み、南方民族の女を妻に娶り、子を育て、この地で土に還るつもりだというのならばまだ話は分かるが、カーシュナーにそのつもりは微塵もない。

 これほどの時間と労力をかけて得られた結果から、カーシュナーは何一つ手にしないのだ。


「それに、気にくわない奴らの吠え面を拝むことが出来る。それだけでもやる価値がある」

 そう言って笑ったカーシュナーの目には、先程のニヤリ笑いの時にはなかった冷たさが存在した。

 カーシュナーが残された<長老>たちを討つべく城門から飛び出した後、誰よりも真っ先に飛び出し、その背中を追ったのはラニであった。


 それまでのカーシュナーは、面白おかしく周りを盛り上げることに努めていた。

 面識のないラニにとって、カーシュナーという人間の情報はそれだけしかなかった。

 そのため、その背に追いつき、目にした光景に、ラニはすくみ上った。


 南方民族として生きていくということは、惨たらしい死が生活のすぐそばに存在することを意味する。

 カーシュナーに追いつくまでに、ラニは針山と化した<戦士>たちの死の原を抜けて来ている。

 大量の死という恐怖がそこに広がっていたが、ラニは足を止めることなく駆け抜けた。それだけの胆力を持つからこそ、カーシュナーの後を追えたのだ。

 そのラニをして、足が凍りつき、気を呑まれるほど、そこに在るカーシュナーの姿は、それまで目にしてきた姿からは想像もつかない程厳しく、苛烈であった。


 <戦士>を引退した<長老>たちの多くが、かつての勇猛さを失い、権威を振りかざすだけの、ただの老人に成り果てていた。

 ある者は必至で逃げ惑い、ある者は涙を流して命乞いをした。

 そんな<長老>たちに対し、カーシュナーは背を向けた者の背中に容赦なく剣を突き刺し、慈悲を乞う者の首を迷いなく刎ねた。

 怒り任せて吼え猛るでもなければ、血に酔って哄笑を上げるわけでもない。

 ただ淡々と剣を振るい、またがる雄牛の蹄で踏みにじっていく。


 その翠玉の瞳を冷たく光らせながら――。


 わずかに覗いた冷たい眼光に、ラニはカーシュナーのもう一つの顔を思い出していた。


「さて、ジュアたちばかりに任せておくわけにはいかない。こちらも突撃の準備を整えておこうか」

 野生の肉食獣並みの速さで草むらに消えていったジュアたちが、驚いたことに早くも奴隷狩り部隊のラクダを射程圏内に捉え、襲撃を開始している。


「ダーン。悪いがここに残ってラニを守ってくれ」

 長年の従者で、何より親友である腹心に、カーシュナーは声を掛けた。

「……わかりました」

 襲撃の指揮なら自分が執りますと言いたいところであったが、カーシュナーが守ってほしいと要請しているその対象が肉食獣に対してであるため、ダーンも仕方なく受け入れる。


 南方民族の地では、小隊規模のゾン兵などより、姿の見えない肉食獣の方がはるかに危険極まりない。

 南方民族の狩人によって痛い目に遭わされているので肉食獣も滅多に人間を襲うことはしないが、飢えと状況次第ではそれも絶対ではない。

 現在は多くの兵がひとかたまりとなっているので肉食獣も近づいては来ないが、追撃に兵が出払えば、危険性という意味では追撃に出るよりも、ラニと二人で残る方がはるかに危険性は高い。

 だからと言ってラニを追撃部隊に加えるのも問題がある。


 確率という意味では、肉食獣に襲われる可能性は極めて低い。だが、襲われた場合の危険性は高い。

 逆に、追撃に加われば確実にゾンの奴隷狩り部隊と戦闘になる。だが、戦力差を考えれば危険性という意味では低い。

 危険性が低いとはいえ、確実に戦闘に巻き込まれる追撃部隊への参加は、姉たちの様な戦闘力を持たないラニにとって、もっとも事故発生率が高い行動と言える。

 この場合、もっとも確率的に安全なのは、そもそも襲われる可能性が低く、それでいて襲われても確実に肉食獣を撃退出来るだけの実力を持つダーンと共に戦域外で待機することなのだ。 


「くれぐれもご油断なさいませんように」

「今回は指揮だけだ。でしゃばり過ぎては彼らの実力が育たないからな」

 相変わらず心配性な友人に苦笑を向けると、カーシュナーは待機させている牛のもとへと向かった。


「ごめんね。つきあわせちゃって」

 一人残されることになったダーンにラニが謝る。

「やっぱり戦いたいよね?」

 そう言って下からのぞき込んでくるラニに、今度はダーンが苦笑を向けた。


「すまない。気を遣わせてしまったようだな。君が気に病むことではない。カーシュナー様が同行を許した時点で、君の安全対策は徹底されることが決まっていたのだ。あのお方はそういった配慮を怠ることは絶対にない。ただ出来れば、その配慮にご自身も含めていただきたいんだよ」

 そう言ってダーンは無意識にため息をついた。


「なんでそんなに心配するの? カーシュって強いんでしょ? <長老>相手じゃどれくらい強いかわからなかったけど、ジュアたちを稽古で簡単にあしらっていたし、あのモランもイヴァンも、自分よりはるかに強いって言ってたよ?」

 ラニが素直に疑問を口にする。


 異国人であり、一目で実力者であることがわかるダーンを怖がる南方民族の女性もいるが、ラニは二言三言、言葉を交わした時点で心を開いていた。

 カーシュナーもやさしいが、善人という意味ではダーンの方がはるかに優っている。

 ダーンも当然戦いにおいては厳しい一面を見せるが、カーシュナーはその深さが違う。

 必要に迫られた時、どこまでも冷徹になれるのはカーシュナーの方だ。

 カーシュナーに慣れてしまうと、ダーンの厳しさが誠実さの表れであることが理解出来る。


「戦いに絶対はない。あのお方の本質は前線で戦う武勇にあるのではなく、後方ですべてを見抜き、全体の指揮を執ることにある。本当はここに一緒に残ることが最善なんだよ」

「みんなまだ実戦経験は浅いもんね。放っておけないところはカーシュらしいね」

 ジュアたちはゾンで密かに戦闘訓練を受けていた。

 兵士としての動きは十分身についているが、指揮能力はまだ十分ではない。

 カーシュナーが奇襲をジュアに任せたのに対し、追撃は任せず自ら加わったのは、まだ中隊以上の規模を指揮するだけの人材が育ち切っていないからだ。

 そのことをすでに見抜いているラニは、何故ダーンの言う最善をカーシュナーが採らなかったのか理解していた。


「戦況はどうなっている?」

 ラニの洞察力に驚かされつつ、ダーンは尋ねた。

 ダーンも視力はかなり優れている方なのだが、さすがに南方民族とは比べられない。

 ダーンの目には視認不可能な距離でも、ラニの目は正確に戦況を見て取る。


「ゾン人の兵士は制圧されてる。距離を詰めてからはあっという間だったよ。矢を放っていたみたいだけど、皮鎧に全部止められてた。半分くらいは牛に引っ掛けられて宙を舞ってたよ。っていうか、どこにあんな牛いたの? 完全に化け物だよ」

 カーシュナーが<長老>たちを騙すのに用意した牛の威力に呆れながら、ラニは戦況を報告した。


「早いなっ! では我々も合流しようか」

 追撃部隊は到着後、最初の一撃で制圧してしまったのだろう。

 起動力が自分の足しかない南方民族を相手にするつもりでここまで来た上に、優位を保つ切り札の一つでもある駱駝を始めに奪われては、統率のとれた牛の突進に抗しきれるものではない。

 ダーンは若干ゾン兵を哀れに思いつつ、行動を開始した。


「あの牛、食べてもおいしいよね。すごくない?」

 ラニは歯が立たないくらい硬い肉を想像していたのだ。

「あれは以前からボルストヴァルト家が品種改良を行っていた牛と技術を流用し、クライツベルヘン家がゾンやこの土地のような過酷な環境に適応出来るように品種改良していたものなんだ。元々雌は乳の出が良い優良品種で、雄は食肉用の優良品種だったんだけど、偶然好戦的な品種が生まれてね。そこにカーシュナー様が目をつけて量産化した品種なんだ。ちなみにカーシュナー様は戦牛せんぎゅうと呼んでいる」

「ひんしゅかいりょう?」

 ラニが小首を傾げる。


「ラニの氏族でも当然牛を飼っていただろう? その中には乳の出がいい牛と、悪い牛がいたはずだ」

「いた」

「牛の交配については?」

「こうはい?」

「つまり牛の妊娠に関してどんなことをしていたかってことなんだが?」

「どんなことって、ほっとけば発情して、勝手に交尾して子供作るじゃん」

「つまり自然に任せていたってことだな」

「まあ、そういうことになるかな。そんなこと当たり前すぎて意識して考えたことなかったよ」

「なるほど」

 ダーンはうなずく。


「品種改良というのは、優れた個体を選別し、交尾をこちらの任意の個体で行うことで、より優秀な牛を作り出していくという作業なんだ」

「子供が親に似るみたいなことを、計算でやるんだ!」

「そういうこと」

 ラニの理解の早さに、ダーンは笑みを浮かべる。


「よくそんなこと考えつくね」

「考える自由と実践する自由があればこそだよ」

「あ~、なるほど。ここにはそんな自由ないね。思いつかないわけだよ」

 発想の違いの根源に触れたラニは、失望と共に納得した。

 カーシュナーと共に南方民族の在り様を知り、その理不尽と不条理をよく知るダーンは、ラニが失望するのももっともだと思った。


「そう悲観したものでもない。これからはどちらの自由も、君たちにはあるのだから。男女を問わずに」

「そうだね。まずその考えに慣れないとね」

「それがどれ程理不尽なことであったにせよ、長い間の習慣はそう簡単に抜けるものじゃない。君や姉さんたちは大丈夫だろうが、南方民族の女性は、まず自分で考えるということに慣れていかないとな」

「先は長そうだよ」

 同族の女性たちを思い浮かべ、ラニは肩をすくめた。


「だが、続けていかなければすべては元に戻ってしまう。そうなってしまった時に後悔し、もう一度やり直そうと考えたとしても、それは今以上に困難な道程みちのりとなって立ち塞がるだろう。そして、もしそんな時が訪れたとしたら、その時カーシュナー様はけして手を差し伸べはしないだろう。困っている働き者にはやさしいが、甘ったれた怠け者には恐ろしく厳しい人だからな」

 ダーンの言葉に、ラニは黙ってうなずいた。

 この距離ではラニにしか見えないが、カーシュナーの駆る牛の両角には、二人のゾン兵が串刺しにされており、カーシュナーはそのことをまったく気にかけていない様子が見て取れたからだ。


 やさしいが、同時に恐ろしく厳しい面も持っている。

 カーシュナーを端的に表現するとすれば、そんな言葉が一番わかりやすいだろう。


 とりあえず、からかうのは問題ないだろうが、本気で怒らせるようなことはしないようにしようと、図太く心に誓うラニであった――。









 捕らえたゾン兵から情報を引き出したカーシュナーは、自身の推測の正しさが肯定されたので、即座に次の行動に移った。


 本隊への襲撃である――。


 中原に散っていた奴隷狩り部隊の偵察小隊は、南方民族によって全部隊が討伐され、本隊へは何の情報も入っていなかった。

 そこでカーシュナーは南方民族たちをゾン兵に変装させ、そこに奴隷として捕らえられたように見せかけた南方民族兵を同行させた。


 何の連絡もなかった偵察部隊が大量の奴隷を引き連れて帰還したと知った今回の奴隷狩り遠征軍の大将は小躍りして喜んだ。

 連絡がなかったこと自体は腹立たしかったが、遠目にも大量の奴隷を引きつれる各小隊を目にした大将は、それもやむなしと腹立ちを治めた。

 これだけの数の奴隷となると、監視する兵士たちの負担が大きい。

 連絡兵一人といえども出すのは厳しい状況だったはずだ。

 軍組織として定時連絡を絶やさないことよりも、商魂たくましいゾン人の本質である利益最優先な行動は、軍に属する者として致命的である。だが、その行動は巡り巡って大将の功績となる。そして、それを良しとしてしまうところが、ゾン軍の数ある欠点の一つであった。

 そんな軍人に徹しきれないゾン人の利己的な性格を利用し、カーシュナーは策を仕掛けたのである。


 奴隷を連れた各小隊が近づいてくる。

 酷暑の中で苛立ちながら待たされ続けた本隊の兵士たちは、誰一人駆け出し、帰還した仲間を出迎えようなどとは考えなかった。

 これでやっと帰れる。

 ただ待ち続けただけの兵士たちの頭には、それしか存在しなかった。


 ゾン軍の主力は奴隷兵である。

 ゾン人は基本指揮官であり、前線に出て戦うことは少ない。

 だからといって臆病なのかと言われればそんなことはなく、むしろ勇猛な武将は数多く存在する。

 存在しないのはゾン人の下級兵士だ。


 ヴォオス軍において下級兵士と位置付けられている階級が、ゾン軍においては奴隷兵ということになる。

 そして、その構成の大半を占めるのが、南方民族の奴隷だ。

 それ以外の人種の奴隷は、北東部でヴォオスと国境を接する領地と、北西部でルオ・リシタと国境を接する領地に集中している。

 熱さに強い南方民族は、その反面寒さに弱い。

 しっかりとした防寒対策を取れば問題ないのだが、奴隷にそんな投資をするゾン人は存在しない。

 必然的に南方民族の奴隷はゾン中央から南部にかけて配置され、ヴォオス、ルオ・リシタ方面にはそれ以外の人種の奴隷が配置されることになる。


 そして、奴隷の主力である南方民族の土地に、南方民族の奴隷兵を連れてくることは出来ない。

 敵地に敵の増援を引き連れて乗り込むようなものだからだ。

 結果として南方民族の過酷な環境に耐えられるゾン人だけで構成された奴隷狩り部隊が派遣されることになるのである。


 ゾン兵は基本好戦的だ。

 ゾンにおいて、稼げない男、面白くない男には何の価値もないと冷遇されるが、それ以上に忌避されるのが臆病者だ。

 臆病者が嫌われるのはどこの国でも同じだが、ゾンではその傾向が特に強い。

 そのおかげでゾンの将兵は勇猛で知られている。

 だが同時に、ゾン人は基本怠け者でもある。

 奴隷文化がここまで進化したのも、ゾン人が怠け者であったからこそだ。


 金は稼ぎたい。

 だが、過酷労働はしたくない。

 ではどうするばいいのか?

 全部奴隷にやらせればいいということになる。


 そのため、ゾン人ばかりで構成された奴隷狩り部隊は、奴隷を狩りたてるときはよく働くが、それ以外の軍務は基本他人への押し付け合いになる。

 そして立場の弱い者は仕事を回避するために平気で嘘を吐く。

 そもそも戦力的に劣る南方民族を、大兵力で狩りたてるために派遣されている部隊である。

 南方民族を敵と捉えておらず、戦場にいるという認識もない。

 おまけに軍規模での行動であるため野生動物の襲撃に対しても警戒心が極めて低い。

 この時の奴隷狩り部隊本隊は、大将から末端の兵士に至るまで、完全に油断しきっていた。


「どうやら家畜をぶんどって来たようですな。これは思わぬ収穫ですぞ」

 副官の一人が捕らえた奴隷たちの背後に牛の群れを確認し、歓声を上げる。

 中原に踏み込んだはいいが、まったく成果が上がらなかったため、帰還するにも踏ん切りがつかず、当初の遠征計画をおしてずるずると日数ばかり長引いてしまった。


 兵士に限らず人間は生きているだけで消費する生き物だ。不衛生ではあるが水は何とか確保出来ていたが、肝心の食糧が厳しくなってきていた。

 今回の遠征で南方民族の地に派遣された兵力は一万。

 何もしなくても一日で三万食が消費されることになる。

 今週に入り、食事に制限が掛かり、一日二食となっていたが、その量にもそろそろ制限が必要な状況になりつつあった。


 道楽好きなゾン人にとって、食事は重要な娯楽の一つである。

 ただでさえ遠征の長期化によって低下していた士気は、食糧事情によって荒み始め、食料の奪い合いが起こり、脱走や反乱の危険性が出始めていた。

 大将から残りの食糧の警備を押しつけられていた副官が思わず歓声を上げたのも無理もない状況だったのだ。


 副官の歓声が、ただでさえゆるんでいた空気をさらに弛緩させる。

 兵士の中には地面に座り込み、呑気に近づきつつある部隊に手を振る者まで出始めていた。

 油断は注意力を低下させ、ゾン人の目でも視認可能な範囲まで部隊が近づいても、誰も彼らの正体に気づかない。


 各部隊が率いた奴隷たちが、不意に引き連れていた牛の背に飛び乗る。

 そして駱駝を駆るゾン兵と歩調を合わせて突撃を開始した。


 急な変化に弛緩し切ったゾン兵の思考は即座に対応してくれなかった。

 まず困惑し、不安が生まれ、疑念を抱き、やがて確信に変わる。

 ゾン兵の思考は急な下り坂を転げ落ちるように変化し、最後には驚愕と混乱の沼地へとはまり込んだ。


 自分たちが襲撃を受けているのだと理解すると同時に、奴隷狩り部隊本隊は駱駝と戦牛の蹄によって踏みしだかれた。

 戦牛の角に刺し貫かれた者も多く、死ぬことも出来ずに泣き叫びながら地面を引きずり回されている。

 突撃はそのまま本隊が保有する駱駝に襲い掛かり、蹴散らし追い散らした。


 襲撃は偵察部隊に対して採った戦術を、そのまま拡大したに過ぎない単純なものであった。

 だが、その効果は絶大だった。

 騎兵に対し(この場合駱駝と牛だが)十分な備えもない歩兵は裸も同然だ。

 そもそも盾と槍で完全武装していたとしても、組織立って行動出来なければ、武装は意味を成さない。

 機動力に富んだ集団に対して、のろまな一兵が盾を構えたところで弾き飛ばされてお終いだ。

 ましてや盾すら持たず、熱さに負けて鎧もろくに装備していなかったとあっては対抗しようもない。

 

 生き残った兵士たちが混乱しつつもなんとか態勢を整えようと躍起になるが、まず始めに突撃で縦断されたことによって大きく分断され、直後に機動力の要である駱駝を奪われてしまったことでまとまることすら出来ない。

 そこに十字弓による一斉掃射を受け、混乱は恐怖へと塗り替わった。


 軍規の甘さが統率力に大きな影を落とす。

 各部隊長が必死で兵士をまとめようと声を嗄らして叫ぶが、命令は兵士たちの耳を素通りし、軍はただの人の群れと化した。

 そこへ、駱駝を追い散らした部隊が馬首ならぬ牛首を返して再度の突進を行う。

 

 逃げ散る兵士は完全に無視し、突進の矛先は機能麻痺状態に陥っている本隊の本陣へと向けられた。

 兵士たちが逃げ散る中、大将のもとへと馳せ参じようとした幹部率いる部隊の動きが、皮肉にも南方民族軍の目的地点を指し示してしまったのだ。


 この突進により、奴隷狩り部隊は心臓部を貫かれ、勝敗は決した。

 情報収集の必要はないというカーシュナーの当初からの判断により、敵大将はジュアによってその首級を上げられ、副官以下の幹部たちも全員討ち取られた。

 戦いというより一方的な蹂躙に終わった戦闘は、多くの投降兵を生み出したが、カーシュナーは彼らを捕虜には取らず、武装を解除するとその場で解放してしまった。


 奴隷としてゾンで辛酸を舐めさせられた南方民族の男たちが復讐したがったが、カーシュナーが何故解放するのかを説明すると、復讐心はあっさりと治まった。

 武装を解除され、この場から追い出されたゾン兵には、実は生き残る道はなかったのだ。


 カーシュナーは中原の各部族の女たちを引き入れたことで、中原の詳細な情報をも手に入れていた。

 測量技術を持たない南方民族の情報ではあるが、南方民族の<長老>を打倒するために事前に集めていた情報と合わせたことで、カーシュナーの頭の中には南方民族の誰も持たない中原の極めて詳細な地図が出来上がっていた。


 戦死したゾン兵の数は、先に討伐した偵察部隊を含めても三千弱。残りは何も持たない約七千の兵士たちになる。

 その内約二千の兵士がすでに逃げ散り、投降した残り五千の兵士たちは、少人数ごとに捕らえられて監視されていた。


 これだけの規模の人間の飲み水を確保出来る場所は、本隊が陣を敷いていたここカラドゥの主要な水場のみであり、それ以外は多くて二百人規模の氏族が生活拠点に出来た水場が点在しているだけだ。

 カーシュナーはそんな土地へ投降した兵士たちを小集団で時間差をつけて解放した。


 武器を持たない人間の小集団など、南方民族の地の真の強者である肉食獣にとっては、容易く狩ることが出来る獲物以外の何ものでもない。

 肉食獣のあぎとから運よく逃れた者も、方向感覚に優れた者以外は水場に辿り着くことが出来ず、喉の渇きに苦しんだ末に干からびて死ぬことになる。

 そして、なんとか水場に辿り着けても、そこには乾ききった集団を潤すほどの水は存在しない。

 辿り着いた時点で人種的に分け合うという感覚が乏しいゾン人である兵士たちは、僅かな水を奪い合い、殺し合うことになる。


 その結果、限られた人間が生き残るかに思われるが、南方民族の生活様式のおかげで、水源は不衛生で汚染されているため、殺し合いに勝ち残った者たちも、結局は汚染された水を使うことで病気になり、弱ったところを肉食獣に襲われ死ぬことになる。


 カーシュナーには最後の一人が死に絶えるところまで見えているのである。


 もっとも、カーシュナーが捕虜を取らずに解放したのは、惨たらしく殺すためではなく、単純に食糧事情によるところが大きかった。

 南方民族の女たちを受け入れるために建設してきた都市は未だに整備途中であり、最低限の準備が整っただけの状況でしかなく、投降した約五千もの兵士を養えるような状況ではないのだ。


 かと言って、男たちの要望にあったように、過去の憎しみを晴らすための私刑を許すわけにもいかない。

 戦いに圧勝したとはいえ、南方民族軍の戦力は約一万に過ぎない。

 投降したとはいってもその数五千のゾン兵を侮るわけにはいかない。

 奇襲に成功したことと、ゾン軍の軍規が弛み切っていたからこそ、無傷で圧勝出来ただけで、殺されるとなった五千のゾン兵が破れかぶれになって反撃に出て来れば、今度こそ相応の犠牲を覚悟しなければならなくなる。

 

 奴隷の身分から真に解放され、妻を娶り、ようやく人間らしい生活を手に入れた彼らは、復讐心を満たすために手に入れたすべてを失う危険を冒すよりも、カーシュナーが示した長く苦しむ死を選択したのである。


 この結果の裏側には、実はカーシュナーの胸にだけしまわれた一つの懸念が存在していた。

 食糧事情を理由に捕虜には取れないと納得させたが、実は捕虜に取り、養う方法は存在した。

 捕虜を食料生産に従事させればいいのだ。


 都市機能の充実を図るためには、まだまだ労働力が不足している。

 カーシュナーはゾンの数か所で見込みのある奴隷を買い集め、教育と訓練を施している。

 今回行動に出たのは、戦略的に必要とされる最低限の人員が確保出来たからで、都市計画を推し進めるにはまったく不十分な数だった。

 ある意味労働力として捕虜に取るのは悪い面ばかりではなかったのだ。


 だが、カーシュナーはそれを良しとしなかった。

 それは、奴隷から解放された彼らに、力でもって使役することが出来る労働力を覚えさせたくなかったからだ。

 そうならないようにまず十分な教育を施している。

 だが、人間は弱い生き物だ。

 一度楽を覚えてしまったら、そこから引き返すのは容易なことではない。

 ゾンでの奴隷制度と、南方民族での<長老>たちによる支配が今なお続いているのという事実が何よりの証拠だ。


 ここで人を支配することを覚えてしまったら、南方民族の地に、南方民族を奴隷にする都市国家が誕生しかねない。

 もしそんなことになれば、カーシュナーのしたことは意味がないどころか、打ち倒した悪しき秩序をはるかに上回る悪意を生み出したことにしかならない。


 加えて、復讐心を満たすための暴力を許せば、自己の欲求を満たすための暴力に対する抑制を甘くすることになる。

 それはこれから続いて行く新都市での生活に必ず悪影響を及ぼす。

 自分の主張を通すために簡単に暴力に頼り、他者を傷つけるようになる。

 そして、その時振るわれる暴力の対象になるのは、ようやく解放されたばかりの南方民族の女性たちになるだろう。

 力の抑制と制御は難しく、その手綱は容易に人の手からすり抜けてしまう。

 

 この地に留まり続けるわけにはいかないカーシュナーにとって、まだ何も築き上げられていないこの時期がもっとも重要であり、慢心を許すわけにはいかなかったのである。


 ようやく妻のもとへ帰れると喜ぶ男たちの間をすり抜け、ラニは珍しく真面目な表情を崩そうとしないカーシュナーのもとへとやって来た。


「やっと終わったね」

 最後のゾン兵を解放し、ようやく戦後処理が終わったかつての故郷を眺めながらラニは言った。

「ああ、最初の仕掛け(、、、、、、)がね」

 ラニの言葉を肯定しつつも、その声にも言葉にも、微塵の緩みも見られない。


「やっぱり、続きがある(、、、、、)んだ」

 カーシュナーの方を見ずに、ラニは呟く。

 ラニはカーシュナーが表に出さずに胸にしまい込んだゾン兵解放の真実にも気がついていた。

 同時にそこまで先を見通していたカーシュナーの行動が、奴隷狩り部隊の撃退程度で終わるはずがないと確信もしていた。

 

 この場にはカーシュナーだけでなく、ダーンに加え、散っていた偵察部隊を見つけ出すために別行動をしていたミラン、モラン、イヴァンの三人もいた。

 カーシュナーを除く四人が、ラニの洞察力に改めて驚かされる。

 ラニの言葉を当たり前のように受け止めたのは、ラニの力量を見抜いていたカーシュナー一人だけだった。


「ラニから聞いたよっ! 次は何をやるんだいっ!」

 そこへ、威勢のいい声を響かせたのは、ティオを引きつれたリュテであった。

「ここから先、君たち南方民族の出番はないよ」

 そんなリュテの出鼻を挫くように、カーシュナーはあっさりと答えた。


「馬鹿言ってんじゃないよっ! あたしたちはあんたについて行くんだっ! 次の策にも加わらせてもらうからねっ!」

 出鼻を挫こうとして放たれたカーシュナーの言葉は、逆にリュテの言葉によってボッキリとへし折られてしまった。

「……やっぱり?」

 がっくりと肩を落とし、盛大なため息とともにカーシュナーは確認した。

「とーぜんじゃんっ!」

 それに答えたのはリュテではなく、妹のティオであった。


「お姉ちゃんはモランを追いかけて行くのっ! とーぜんあたしたちもついて行くから、みんないっしょってわけっ!」

「余計なこと言うんじゃないよっ!」

 ティオの一言に、リュテが金属の様な光沢を放つ美しい褐色の頬を赤く染めながら、肘鉄を放つ。

 もろに喰らってしまったティオが、「おぐうぅっ!!」という、おっさんのようなうめき声をあげて身体をくの字に折る。


「よし、わかったっ! モランは置いて行こうっ! それで万事解決だっ!」

 いきなり復活したカーシュナーが宣言する。

「私は残りませんよ」

 そのノリをあっさり無視してモランが答える。


「そうそう。モランが残っても、あたしはついて行くよ」

 ラニが露骨に嫌そうな顔をするカーシュナーに指を突きつけて宣言する。

「ラニが行くならあたしも行く~」

 全体の流れとは異なる独自のノリでティオが手を上げる。

「おねえちゃんとしてしんぱいなのでっ!」

 そう言って何故かもう一方の手まで上げる。

 はたから見ると何をしているのか全く理解出来ない。

 おそらく本人もわかってはいないだろう。


「二人が行くなら、一番上のあたしが行かないわけにはいかないからね。当然あたしもついて行く」

「モランはどうするのさ?」

 カーシュナーが問いかける。

「いない間に他の女の人に取られちゃうよ?」


「あんたこの変わり者について行くんだろ?」

「もちろん」

 リュテがカーシュナーを親指で雑に指しながら、モランに尋ねる。

 尋ねられたモランは一つ返事で返す。


「だってさ。無意味な質問だよ」

 カーシュナーの最後の抵抗を鼻であしらう。


「三人ともよく聞いてくれ。カーシュナー様は別に君たちを邪魔だから連れて行きたくないと言っているわけじゃない。<長老>たちによる支配からようやく解放されたのだ。都市に残って平穏に暮らすべきだと考えておられるのだ」

 カーシュナーの変則的な説得が無駄に終わったので、ダーンが代わりに正面から説得を試みる。

 ダーンも三人の優秀さは理解しているが、南方民族の女性が受けて来た仕打ちをよく知っているため、カーシュナー同様今後は幸せに暮らしてほしいと願っているのだ。


「三人ともすごいモテモテだったじゃん。リュテはモランがお目当てだからわかるけど、なんで二人までついて来たがるの?」

 ミランが素直に疑問を口にする。

 カラドゥの三姉妹といえば中原でも有名な美人姉妹だ。

 お見合い大作戦でも注目の的だった。


 リュテは開始早々モラン一筋に追いかけ回していたので他の男たちもさすがに諦めたが、そのおかげでティオとラニは余計に男たちに囲まれてしまっていた。

 辟易していた二人は、隙を見てお見合いの場から逃げ出したが、お見合い大作戦で伴侶を得られなかった男たちは未だに二人を口説き落そうと努力していた。


「けっこんとか? まだいまいちピンと来ないんだよね~」

 上げていた両手を頭の後ろで組み、どうでもよさそうにティオが答える。

「あたしもまだ十三だしね。せっかく無理矢理結婚させられなくてすむようになったんだから、広い世界を見てみたいんだよ。ミランこそ結婚しないの?」


「す、するわけないだろっ!」

 予想外の反撃にミランがうろたえる。

「なんで? あたしより年上じゃん。人に結婚しろって言っておいて、自分は何でしなくていいのさ」

「お、男と女じゃ違うんだよっ!」

 しどろもどろになりながら、何とか言い返す。


「まあ、<長老>とか<戦士>とかは別として、独り立ちしていない男が結婚っていうのは確かに違うのかもね。あ、でもそしたら姐さん女房なんてどう?」

「この場合、女房というより養母に近いな」

 姐さん女房という言葉に完全に混乱させられてしまったミランに代わって、イヴァンが口を挟む。

「確かにっ! 結婚っていうより養子縁組みたいだね」

 そう言ってラニは笑った。 


「どうしても駄目って言うなら無理にとは言わないよ。あたしはあたしで勝手に外の世界へ行くだけだから」

 まあいいやとばかりにラニは肩をすくめた。

「もっと駄目っ!」

 その肩を掴んで凄んだのはカーシュナーであった。

「すぐにどこぞの奴隷商人に捕まって、奴隷市場行きだっ!」

 目を血走らせるカーシュナーに追随して、ミラン、モラン、イヴァンの三人が大きくうなずく。


「じゃあなに? あんたらはあたしに都市に閉じこもってしたくもない結婚をして、すべてに我慢して生きろっていうの? あんたらと<長老>たちと何が違うっていうのさ?」

 ラニの反撃に、血走っていたカーシュナーの目が、途端に激しく泳ぎ出す。


「カーシュナー様。この手の議論では勝てたためしがありません。それに、ラニは置いて行けば絶対に一人でも外の世界に旅立ってしまうでしょう。短い間でしたがこの少女の本質はありきたりな女性の幸せのもとにはありません。突き放せばかえって危険にさらすことにしかならないでしょう。これはもう、諦めて連れて行くしかないのではありませんか?」

 ダーンがカーシュナー同様げんなりしながら主を慰める。


「わかっていたよ。わかっていたっ! もう~、なんでお前らは自分のことだけ考えて行動してくれないんだよっ!」

 カーシュナーがいきなりキレる。

 そのとばっちりは、強引に弟子入りし、ついて来たミランとモランとイヴァンにも飛び火した。


「それをあなたに言われても……」

 モランが残念な人を見るような目でカーシュナーを見つめた。

「一番自分のこと考えていないですよね?」

 ミランもツッコミ口調で言葉を返す。

「言っていることとやっていることが真逆過ぎて、説得力がない」

 最後にイヴァンが斬り捨てる。


「えっ? あたしは自分のことしか考えていないけど?」

「あたしは何も考えていな~い! お姉ちゃんはモランのことしか考えていな~い!」

 直後に余計なことを言ったティオが「はぐふあっっ!!」という、もはやそう言おうとして言っているとしか思えない奇妙なうめき声を発して身体をくの字に折った。

 もちろんリュテの肘鉄が入ったのだ。


「カラドゥに思い出なんてないし、あんたらが作ったあの石の集落にももちろん思い入れなんてない。どこへ行こうと、どこからやり直そうと、あたしたちには関係ないのさ。残ることが間違いなんて思っちゃいないけど、こうして今まであったものが目の前で大きく変わる様を見せられると、ジッとしてなんていられないのさ」

 変な声で妹が呻く隣で、リュテは至極まっとうなことを言った。


「とりあえず、あんまり無茶しないでね」

 カーシュナーはそう言って折れたが、

「それはあんただよっ!」

 という総ツッコミを招いただけだった。


「それで、次の仕掛けは何をするの?」

 全員に突っ込まれてのけ反るカーシュナーに、ラニが尋ねる。

「海に出る」

 のけ反りながら答えたカーシュナーは、ニヤリと笑って見せた――。

 次回、さらに新キャラが増えます!


 多いですよね。多過ぎですよね。


 本当すいませんっ!


 でもキャラ考えるの楽しい~!

 物語が先か、キャラが先かと問われれば、悩んだ末にキャラと答えてしまう南波の罪をお許しください!


 覚えるのは大変なので、皆様はなんとな~くな感じでお読みください。

 キャラマニア、設定マニアの強者のみ、拾っていってください。


 なるべく間を置かないように次の話しを上げようと思っておりますので、お付き合いいただければ幸いです。

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