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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
86/152

決着! (その1)

 投稿にずいぶんと間が開いてしまい申し訳ありませんでした。

 6日ごろから仕事が増えたことも原因ではあるのですが、今回は完全に南波のわがままが原因です。

 本当にすいませんでしたっ!


 サブタイトルからもおわかりの通り、「決着!」はこの一話では終わりません。

 三話構成の予定ですっ!

 まだ三話目が書き終わっていないため、言い切りませんっ!

 あくまで予定ですっ!


 何を偉そうに言っとんじゃっ!!


 というツッコミが読者様から聞こえてきそうですが、ちょっと長くなりそうなので、断言出来ないんです。本当にごめんなさい。


 今回の話はなるべく間を置かず、区切りはしますが一つのお話として皆さんにお届けしたく、投稿が滞ってしまいました。

 本来であれば今日中に全話お届けしたかったのですが、先に述べたような理由で今日中にというのは難しいですが、久々の連休なので、頑張って明日中にはこの「決着!」を全話投稿したいと思います。


 長々と言い訳を書いてしまい失礼しました。

 それでは本編をどうぞっ!

 カーシュナーたちがまず行ったことは、この危険区域にあるエクレムとは別の組織に対する襲撃だった。

 危険区域には、そもそもこの一帯を支配するような大組織は存在しておらず、エクレムの組織を含む中規模の組織が四つ。小規模の組織に至っては、三十以上も存在し、二、三人で非合法活動を行っている者たちも含めれば百を超え、その正式な数を把握している者は一人もいない。

 そんな危険区域で最近急速に勢力を拡大させ始めたのがエクレムの組織であった。


 そもそもこの危険区域に大組織が存在しないのは、クライツベルヘン家の介入を恐れてのことだ。

 ハウデンの統治機構自体がクライツベルヘンでは特例中の特例であり、ハウデンに対するクライツベルヘン家の管理がゆるいおかげで組織は存在していられるようなものなのだ。

 それぞれの組織がクライツベルヘン家の目を徹底的に警戒し、組織と活動を中規模程度にとどめている限りは、直接の管理機構であるハウデン都督府も必要悪として黙認している。

 エクレムが組織の巨大化を図ったことは、その存在自体が他の組織にとって脅威であると同時に、この危険区域に決定的な破滅(クライツベルヘン家)を招く行為に他ならなかった。

 この事態を危惧していない組織は一つもない。

 ここ危険区域に潜む各組織は、日頃の対立を棚上げにし、エクレムに対抗する手段を検討中であった。


 これらの事実をクライツベルヘン家の立場から推測したカーシュナーは、戦力を整えるついでに、ある組織の隠し武器庫を、エクレムの組織を装って襲撃した。

 正規の軍隊を待つ時間的な余裕がないカーシュナーは、手近にある武装組織を利用することにしたのだ。

 

 日頃は対立の激化を避けるために相互不干渉を徹底している各組織は、それ故に常に抑圧の下にある。

 日々生じる不満は小さいものかもしれないが、それらが積み重なって抑え付けられれば、強烈な反発となる。

 カーシュナーの仕掛けは見事に時機を捉え、彼らをこれまで抑えていたたがを外した。

 エクレムは大きくなったその力で取り込むつもりでいた他の組織の逆襲を受けることになったのである。


 それは暴発ではなかった。

 だが、もはや抑えることの出来ない暴力の衝動でもあった。

 各組織の頭脳たちはそれぞれに連携し、ハウデン都督府治安部隊やクライツベルヘン海軍の介入を招かないよう分散してエクレムの組織に襲撃をかけた。


 危険区域におけるエクレムの所有物件は、当然さらってきた人々を閉じ込めていた倉庫だけではない。

 むしろエクレムに財を成さしめる元となった禁制品の保管庫や取引所の方が多い。

 そちらの方は情報の漏洩を防ぐため、今回の件と完全に切り離された者たちで警備されていたため、港の緊張状態を理解出来ておらず、突然の襲撃に対しても即座に対応しきれなかった。


 各所の護衛は全員殺され、何とか生き延びた非戦闘員から事の次第が報告され、エクレムは船の手配と同時に緊急対応を余儀なくされる。

 正直いまさら禁制品程度の損失などエクレムにとってはたいした痛手ではないのだが、危険区域での活動拠点を失うのは惜しかった。


 加えて、裏の世界で殺られて殺り返さないでいることは、相手に対して屈したことを意味する。

 そうなってしまうとエクレムの名は地に落ち、この土地で組織を維持することは不可能になってしまう。

 何より、損得だけで事態を計り、自分より下の存在に噛みつかれたことに対して腹を立てないでいられるほど、エクレムは温厚でもなければ臆病でもない。

 やられたらやり返す。

 エクレムは即座に報復をラズに命じた。


 命令を受けたラズの表情を笑えたのはデボラだけだった。

 そもそも笑っていられるような状況ではない。

 それでも平気で声を上げて笑うデボラを、ラズは完全に無視して部下に指示を出す。


「やめときな。そんな命令無視すりゃいいんだよ」

 ブチギレて以降嘘くさかった貴婦人の仮面を完全に脱ぎ捨てたデボラが、伝法な口調でラズに忠告する。

「そんなこと出来るわけねえだろ」

 内心ラズ自身もこんな命令は無視したいところだったので、デボラに返す言葉には勢いがない。


「ここにいる連中さえゾンへ運ぶことが出来りゃあ、この港全部を買い取ったって余るほどの大金が手に入るんだよ。まあ、あたしはこんな臭い港、ただでもほしくないけどね。エクレムだってそのことはわかっているはずだ。ここでつまんねえ意地のためにすべてをふいにしちまったら、死んで以降も笑い者になりかねないよ」


「そんなことはエクレム様に言えっ! あと、エクレム様を呼び捨てにするなっ!」

 ラズは苛立ちと共に怒鳴った。

「本当に馬鹿だねえ。あたしゃ忠告はしたからね」

「ああ、ちゃんと聞いたよっ!」

 苛立つラズをまたひとしきり笑った後、デボラは呟いた。

「捨てるべきものを捨てきれないとは、思ったほどの男じゃなかったみたいだね」

 今の状況を愉しみつつも、デボラはそろそろ見切りをつける潮時かもしれないと考えていた――。









 武器庫襲撃により、カーシュナーは飛び道具を手に入れていた。

 全身に投げナイフを仕込み、その上で弓を手にし、たすき掛けで矢筒を二つ背負っている。

 カルラとブルーノは立派な皮鎧を装備し、チェルソーに至っては動く矢筒の塊と化している。


「カーシュ、弓矢も使えんのか?」

 お前呼ばわりをカルラに注意されたブルーノは、カーシュナーからの要請でカーシュと呼んでいる。

 本来であればそれすら不敬に値するのだが、注意すべき立場にあるカルラ自身がブルーノとチェルソーの価値を認めているため、それ以上の口出しはしていない。

 そこには、もし二人にカーシュナーを様付けで呼ぶように強制したら、カーシュナーからほぼ確実に嫌われてしまうという事情も密かに含まれている。


「そこそこね」

 カーシュナーはブルーノの問いに本気でそう答えた。だがその腕前は、飛距離を除けばクライツベルヘン軍の弓騎兵部隊でも上位に食い込むほどだ。加えて元々の視力の良さに加えて密偵としての訓練の成果で夜目も鋭い。

 カーシュナーは弓術を指導してくれた長兄のアインノルトを基準に考えてしまっているため自分の実力を低く評価しているが、夜という状況も含めれば、カーシュナーは現在ここ危険区域にいる武装した人間の中で最も危険な射手と言えた。


「二人とも手順は頭に入っているね?」

 カーシュナーがカルラとブルーノに問いかける。

「まずカーシュが連中のランタンを射落とす。その次に俺と姐さんが二人がかりで捕まっている人たちに網をかける」

 ブルーノの答えにカーシュナーがうなずく。


 ちなみにならず者たちにではなく、捕らえられている人々を網にかけるのは、集団の足を止めるためだ。

 彼らが動けなくなれば、その護衛であるならず者たちも移動するわけにはいかなくなる。

 また、闇討ちを仕掛ける以上下手に逃げ惑われると間違って攻撃してしまう可能性もある。

 決着がつくまでは大人しくしていてもらう方が彼ら自身を守ることになるのだ。


「その後カーシュナー様が矢を射かけて全体を牽制し、その隙にラズとデボラを討つ」

 ブルーノの言葉を引き継ぎ、カルラが答える。

「どちらか片方でいい。間違っても二人同時に相手取らないこと。特にデボラはその実力の底がまだ見えていない。無理はしないでくれ」

 カーシュナーの指示に、カルラはうなずいた。

「それじゃあ、配置にこうか」

 カーシュナーはそう言うとチェルソーを引きつれ、港に面した倉庫の一つに登って行った。


「クライツベルヘン家の人間って、みんなカーシュみたいなんすか?」

 カーシュナーが配置につくまでの間、ブルーノは緊張を解こうとカルラに尋ねた。

 誰かに解いてもらうのではなく、自分で自分の緊張を認識し、それを解く術を見つけようとするブルーノの姿勢は、すでに並の兵士の比ではなかった。

 カルラは改めてガイオという男がブルーノのどこを見込んでいたのか知った気がした。

 ブルーノにその気があれば、きっと良い騎士になれるだろう。


「カーシュナー様には三人の兄君がおられるが、三人とも傑出した才能を持つ方々だ。騎士としての実力も高く、長兄のアインノルト様はすでに一軍を任されているほどだ。だが、お三方とも驕ったところがまるでなく、ご当主であらせられるヴァウレル様は、私のような平民上がりの者にも気さくにお声を掛けてくださる人柄だ。クライツベルヘン家の方々は、人を家柄や立場、性別などで判断されない。才能を愛し、その能力に対して敬意を払われる。私は本当に主に恵まれたと思っているが、正直ヴォオス筆頭貴族であらせられるヴァウレル様やご子息様方が、どうしてこれほど立派な人格をお持ちなのかわからない」

 カルラはブルーノの緊張を解く意味でも正直に答えた。


「貴族とは特権意識の塊で、利己的であり、他罰的な生き物だ。私やお前など家畜程度にも思っていない者がほとんどだろう。お主に剣を託したガイオが語ったことの方が貴族の現実だ。他の五大家の方々も高潔な人柄と聞くが、クライツベルヘン家はその中でも抜きん出て異質な存在と言われている」


(そして、それ以上に恐れられている)


 カルラは心の中で付け足す。


「じゃあ、カーシュだけが特別って訳じゃないんだ」

「いや、そのクライツベルヘン家の中にあっても、カーシュナー様はさらに異質な存在だと私は思っている」 

「さらに?」

「ああ、だが、それは悪い意味においてではない。私はご当主さまや三人の兄君たち以上の器を、カーシュナー様はお持ちになっていると見ている。誰もが不可能と考え、始めから挑まないようなことでも、カーシュナー様であれば成し遂げられるに違いない」

 

 クライツベルヘン家の面々を知らないブルーノであったが、それでもカルラの言葉は素直に聞けた。

 カーシュナーのここまでの行動が、カルラの言葉に説得力を持たせていたからだ。


「だからこそ、ここで危険を冒してほしくはないのだが、ここでそういった計算を挟まないからこその器の大きさとも言える。上手くはいかないものだ」

 カルラはそう言うと思わず苦笑をこぼした。


「それでいいんじゃないすか。俺らには出来ないでかいことをカーシュがやる。でも、一人ででかいことをやれる奴なんかいねえ。カーシュがつまんねえことでけっつまずかねえですむように、俺みたいなのが邪魔になる小石をあいつの道から蹴り出してやりゃあいいんすよ。いちいち立ち止まって足元の小石なんかを拾ってたら、それこそカーシュは一歩も前には進めないんじゃないっすか? カーシュはやりたいことをやりたいようにやればいいんすよ。それはきっと誰かを助ける道に続いているはずっすから」

 ブルーノの言葉に、カルラは大きく目を見開いた。


「ブルーノ。詩人の才能があるんじゃないか?」

 その言葉に感銘を受けつつ、カルラは発見した意外な才能について問いかけてみた。

「よしてくださいよっ! 俺はそんなお上品には出来ちゃいませんよ。ただ、カーシュに出会って、自分で動いて変えていかなきゃいけないんだって改めて思ったんすよ。いや、思ったって言うか、気合いめちゃくゃ入ったんすよっ!」

 がらにもないことを言われ、しどろもどろになりながら言い訳をする。


「緊張は解けたようだな」

 その様子にカルラが笑みを浮かべる。

「はいっ!」

 真っ直ぐな目をして答えるブルーノに対し、カルラはこの少年も絶対に死なせるわけにはいかないと心に誓う。


 その時、二人が身を潜めている場所から少し離れた位置でガラスの砕ける音が立て続けに起こり、それに続いて狼狽する声が上がった。

 それはカーシュナーからの戦いの合図であった――。









 夜の闇に悲鳴が連鎖する。

 ランタンが破壊され、地面に落ちてこぼれた油に引火する。

 他勢力の襲撃に対応するためその数を減らした護衛のならず者たちは、それまでの勢いを、減った人数分減らしていた。

 立て続けに起きた予期せぬ事態に、ならず者たちは精神力を大きく消耗させ、普段の根拠のない強気を維持するのに苦労していた。

 萎えた気力は弱気を呼び込み、暗闇を恐れるように固定されてしまった明かりから離れられなくなっていた。


 そこに次々とカーシュナーの放つ矢が襲い掛かる。

 それまでランタンの明かりを頼りにしてきた目は、カーシュナーが潜む暗闇をまったく見通すことは出来ず、逆に暗闇に目を慣らしていたカーシュナーにとっては、明かりから離れられないならず者たちは、火明りに飛び込む蛾も同然であった。


 カーシュナーが狙う本命はならず者たちではなく、デボラ配下の調教師たちだった。

 捕らえられ、責め苦を味わっている間、カーシュナーは彼らを観察していた。

 その動きはただ拷問を得意としているだけの人間の動きではなく、何らかの戦闘訓練を受けた人間の動きであることを見抜いていた。

 カーシュナーは知らないが、デボラの一族はかつて西方諸国のある国の暗部組織を仕切っていた。

 諜報活動を主体としていたが、時には暗殺も行う武闘派の一面も持っていた。

 国が亡び奴隷調教を主体とする組織へとその様相を変えはしたが、暗殺武闘の技術継承は質こそ低下したがまだ継承されていたのだ。


 調教師たちはこれまで警護には一切関わってこなかった。

 それどころかさらわれた人々と区別がつかないほど感情を見せないでここまで付き従って来ている。

 だが、その質と数を、カーシュナーは個としての実力を有するラズやデボラ以上に警戒していた。


 ランタンを破壊し、その周辺のならず者たちを射倒したカーシュナーは、その標的を調教師たちに変更する。

 ならず者たちと違い、感情抑制が出来ているので誰一人明かりの中になど出ては来ないが、カーシュナーは明かりを射落とす前にその位置を正確に把握していた。

 加えてわずかな星明りが海に反射し、姿ではなく影を浮かび上がらせるため、夜目の効くカーシュナーにとって、標的を定めるのは造作もないことだった。


 瞬く間に三人が射倒される。

 ラズとデボラの指示が飛ぶ中、夜の闇の中で正確に襲い掛かってくる矢は恐怖以外の何ものでもなかった。

 明かりを奪われた時点で恐るべき射手に狙われていることは理解出来たが、理解出来たからといって対応出来るわけではない。


 調教師たちは自分たちの主であるデボラの周囲に肉の壁を築いて守りに付き、デボラ自身は射手の居所を突き止めようと神経を張り詰める。

 だが、いくら感知能力に優れるデボラでも、その大き過ぎる存在を完全に無視されては感知しようがない。

 この辺りはデボラの能力の高さを見抜き、潔く不意打ちの有利を捨てたカーシュナーの決断力が優ったと言える。


 カーシュナーがデボラの護衛に向かった調教師以外を狙い撃ち、射倒したことでされわれた人々の周囲が空く。

 カルラとブルーノはこの機を逃さず拝借した漁網を持って人々に急迫した。

 そして網をかけると人々の動きを封じ込める。


 まさか逃げたはずのカーシュナーたちがこれほどの短時間で逆襲に転じてくるなどとは考えていたなかったデボラたちは、この行動の意図を捉えることが出来なかった。

 むしろ調教した人々を組織の構成員と勘違いし、戦力を封じるために網にかけたと勘違いする。

 まだ調教が済んでいない者が相当数いたこともあり、この行動はデボラやラズにはむしろ好都合に映った。


 カルラとブルーノはカーシュナーの射線をふさがないように網をかけた直後、擬装用の網を被り、捕らえられている振りをして身を隠す。

 そのすべてを海に反射するわずかな星明りに踊る影から判断し、カーシュナーはさらに矢の雨を降らせていった。


 デボラの護衛以外の調教師たちを倒したカーシュナーは、次に数の減ったならず者たちにその狙いを移す。

 さらに二人のならず者がカーシュナーの矢に倒れてようやくデボラは敵射手の位置を割り出すことが出来た。

 相変わらず一切の視線が向けられないためその存在を感知することは出来てはいないが、射倒された者たちの倒れる向きから射線の方向を割り出し、僅かに拾いあげたカーシュナーが鳴らす弓弦の音から距離を測ったのだ。


「あの倉庫の上だっ! 引き摺り下ろしてやりなっ!」

 カーシュナーとチェルソーが陣取っていた倉庫を鞭で指し示しながら、デボラが怒鳴る。

 その声にラズが反応し、手下たちが倉庫に殺到する。


「バレたか。まあいい。これだけ倒せれば上出来だ。逃げるよ、チェルソー」

 空になった矢筒を捨てつつ、チェルソーから補充の矢筒を受け取る。

 二人は相手が反応するよりはるかに早く倉庫の屋根の上から移動する。

 どちらもまるで猫のように俊敏で、まったく音を立てない。


 恐ろしい射手ではあったが敵対組織の襲撃にしてはあまりにも攻め手の数が少ない。

 漁網を使われた時は焦ったが、その後の追撃はなかった。

 おそらく誤射を恐れてのことだろうと思い気にも留めていなかったが、ならず者どもがとる行動にしては射手の撤退の手際なども含め、鮮やかさを感じる。

 「ならず者」という言葉に不似合い過ぎる「鮮やか」という言葉が脳裏をよぎった瞬間、デボラはこれまでの考えに違和感を覚えた。


 敵対組織の襲撃ではない?


 そう考える方が今この場の状況を説明しやすい。

 だがこんな場所に、敵対組織以外に自分たちに襲撃を仕掛けてくるような戦力が存在しただろうか?

 そこまで考えてデボラは一人の存在に辿り着いた。


 子鼠の坊やっ!!


 先々その心を折ることを愉しみにしていたにもかかわず、馬鹿らずが首輪ではなく髪なんぞを掴んでいたせいで逃がしてしまった極上の獲物――。


 あの坊やなら、戻ってくる可能性はある。

 それほどの強さを秘めていたからこそ、デボラにとって極上の獲物となりえたのだ。

 だが、現実的に考えて、ハウデンの一般市民とヴォオス筆頭貴族の子息の命ではあまりに釣り合いが取れなさ過ぎる。

 デボラの感覚では、調教を施した者たちの命など、金塊の山ほども価値がある命を懸けてまで救出する価値があるとは思えなかった。


 射手を追って倉庫沿いの路地へと踏み込んでいった闇の奥から悲鳴が上がる。

 追い詰めて殺すどころか、逆に闇の奥へと誘い込まれている。

 削られ過ぎだ。さすがのデボラも焦りを覚える。

 万が一あの坊やが仕掛けて来ているとしたら、あの女騎士も間違いなくいるはずだ。

 それ以外の戦力がどれ程のものなのかは想像もつかないが、人質のいない状況であの女騎士とやり合うのは、デボラでも危険を感じる。


 そしてその危機感は直後に現実のものと化した。

 それまで身を潜めていたカルラが、敵戦力の分散を確認し、ついに仕掛けたのだ。

 擬装用の網を投げつけると調教師の一人をからめ取り、一突きにする。

 

「そういうことかいっ!」

 今一つ確信が持てずにいた推測が確定され、デボラは即座に頭を切り替えた。

 叫ぶと同時に護衛の調教師たちの壁の隙間から鞭を一閃する。

 闇の中、高速で空を切る鞭の先端は、本来視認することなど不可能なのだが、カルラは襲い掛かって来た一撃を見事に切り払う。


 その一撃でデボラは悟る。

 先程散々鞭で嬲ってやったことが、結果としてカルラの見切りにつながってしまったということを――。

「お前たちっ! 囲みなっ!」

 自分を壁となって守っていた調教師たちに命令する。

 見切られているとしても、間合いで勝る武器が有効であることに変わりはない。

 ようは隙を作り出し、そこを衝けばいいだけだ。


 デボラの意図を見誤るカルラではない。

 囲まれる前に仕掛けていく。

 カーシュナーの見立て通り、調教師たちはならず者たちよりはるかに優れた戦闘能力を有していた。

 嫌悪感からその存在を侮っていたら足元をすくわれたかもしれない。

 だが、始めから油断なく向き合えば、正面からの戦いにおいて正規の剣術を身につけたカルラと、技術劣化した暗殺武闘を継承しただけの調教師たちでは勝負にならない。

 カルラは二人を斬り捨てると、出来た隙間からデボラに突進した。


 一瞬で詰まる間合い。

 デボラの表情が恐怖に歪む。

 もはや鞭の有効範囲の内側に入られてしまっている。

 当然革製の鞭などでカルラの剣を受け止めることなど出来ない。

 デボラは怯え、逃げ惑うように後退した。

 先程の異常性に真っ向からさらされたカルラは、追い込まれて見せたデボラの醜態に嫌悪を抱く。

 異常としか表現のしようがない人間ではあるが、その異常さにはある種の覚悟を感じさせるものがあった。

 他人の命をもてあそぶ以上、自身の命もいつ奪われても文句は言えないという異常な覚悟だ。

 だからこそ、追い込まれて見せたその醜態はひどく醜く思えた。


 大上段に構えて一気に飛び込む。

 デボラに嬲られたカルラであったが、その意趣返しをしようとは思わない。

 ただ一刀の下、斬り捨てるのみ。

 逃げ惑うデボラの醜い顔を睨みながら、カルラは剣を一閃された。


 直後、デボラの表情が喜悦に歪んだ。

 逃げ惑うように宙を泳いでいた手が配下の調教師の一人を掴み、生きた盾としてデボラの前にかざしたのだ。


「仲間を盾にっ!!」

 思わず怒りの言葉が口からこぼれる。

 だからといって剣を振り下ろすカルラの腕が鈍ることはない。

 剣は生きた盾の胸を割り、深く食い込む。


 この時カルラの意識は怒りに導かれ、デボラのみに向けられていた。

 目の前にいる調教師の存在など完全に無視して――。


 カルラはその実力差から調教師たちをすでに敵とはみなしていなかった。デボラさえ倒してしまえば、後は無力化出来る、自分の意思を持たない人形のような者たちだと。

 そして一つ誤解していた。

 彼らがデボラを恐れて従っているのだと。

 

 だが、事実は異なる。

 彼ら一族は世の中からはぐれてしまった存在だ。

 寄る辺などなく、互いの結束だけが彼らにとって確かなものなのだ。

 一族を統べるデボラに対する忠誠が、はたから見れば異常なものに映ったとしても、彼らにとっては心からのものだったのだ。


 胸を割られた調教師が目を見開き、自分の体内深くに食い込んでいる剣を無視してカルラに掴みかかる。

「なあっ!!」

 カルラは驚愕の叫びをあげ、なんとか回避しようとしたが、全力で踏み込んでいたためどうすることも出来なかった。

 剣は調教師の身体に埋まり、自身は調教師にしがみつかれ、行動の自由を奪われる。


「上出来だよっ!」

 デボラは鞭を放り投げるとカーシュナーから奪った短剣を振りかぶった。

 恐怖の表情も、逃げ惑う無様な姿も、すべてはこの瞬間にカルラを誘い込むための罠だったのだ。


「いたぶり甲斐のある獲物だったけど、こいつらの命と引き換えだ。今すぐ死になっ!」

 狂気とはまた違う、どちらかというと純粋な怒りに似た叫びと共にデボラは短剣を振りおりした。

 短剣の切っ先が、僅かな星明りを受けて冷たく輝く。

 カルラは死を意識した。


(カーシュナー様、申し訳ありません……)


 心の中で己の失態を詫びる。

 これは敵を見誤った自分の責任だ。

 カーシュナーは、今この場で身を挺して主のために勝機を招いた調教師たちのことを警戒していた。

 にもかかわらず自分は、剣を交え、その武を測り、勝手にその限界を定めてしまった。

 最後の瞬間まで調教師たちを警戒していれば、回避出来た事態だ。

 これは詫びても詫びきれない大失態だ。


 後悔の内に自分目掛けて振り下ろされるその切っ先を見つめていたカルラは、だがその刃先が不意に自分から逸れ、まったく異なる方向にずれていくのを、呆気にとられて眺めた。

 何が起きたのかまったく理解出来ない。

 そして、状況を理解出来ないカルラを残し、振り下ろした短剣に引きずられるように、デボラの巨体がぐらりと揺らぐ。


「女を後ろから襲うとは、ずいぶん卑怯じゃないか……」

 倒れながらデボラが背後に向けて皮肉る。

 その口からは大量の鮮血があふれる。


「……まだ騎士見習いにもなっていないんでね。卑怯上等だよっ!」

 その言葉に応えたのは、デボラの血に濡れたガイオの剣を手にしたブルーノであった――。









 謎の射手を追っていたラズたちは、逆に暗闇から襲ってくる矢によって、その数をさらに減らしていた。

「ビビるなっ! 向こうは適当にぶっ放しているだけだっ! なんでもいい。盾にしながら突っ込めっ!」

 ラズの怒声が響く。

「正解」

 それに対してカーシュナーは苦笑しつつ呟いた。


 路地に誘い込みはしたが、そこは星明りさえ届かない暗がりだ。いくらカーシュナーの夜目が利くとはいえ、まったく明かりがなくては正確な狙撃は出来ない。

 それでもチェルソーが即席の足かけの罠を仕掛けたり、路面に砂利を撒いてくれたおかげて、悲鳴や砂利を踏む足音を頼りに射掛け続けていた。

 

 狙いが正確ではないため、矢の消費量が一気に増加する。

 射手が一人であることも、さすがのならず者たちももう理解している。

 無駄射ちを誘いつつ、じりじりとその間合いを詰めて来ていた。


 カーシュナーはさらに間合いが詰まると、ただでさえ残り少ない矢を、三本一気に射放った。

 それはこれまでのような直撃こそしないが、明らかに誤差修正の意図を感じさせる鋭いものではなく、焦りと苛立ちを感じさせる雑な攻撃だった。

 攻撃の間も徐々に長くなり、矢の残り数が少なくなっていることが容易に想像がつく。

 事実矢の残り本数は、敵の総数以下となっている。


 間が空き、静寂が訪れる。

 あるのは緊張から乱れるならず者たちの呼吸音だけ――。

 ついに矢が尽きたか?

 不安と期待が渦を巻き、ならず者たちを浮足立たせる。


 緊張に負け、一人が飛び出してしまう。

 だが反撃の矢は来ない。

 やはり矢が尽きたのか?

 まさか、逃げた!


 ここで逃がすと再び高所を取られ、狙い撃ちの的にされかねない。

 ならず者たちは暗闇の中、ラズからの指示もうかがえず、独自の判断で動いてしまう。

 一人が動くとその気配に次々とつられてしまう。

 ラズも判断材料がなさ過ぎるため止めるに止められない。

 場合によってはここで勝負が決まり、逃すと一転窮地に陥る可能性もあるのだ。


 故に自身は動かない――。


 ラズの小狡い判断はその命を救った。

 

 途切れていた弓弦の音が再び響き、矢羽が大気を切り裂く不吉な音が空を切る。

 何か硬いものを打つ音が響き、直後に何かがこぼれ、派手な破砕音が通路に響き渡った。

「な、なんだこりゃあっ!」

 ならず者たちは頭上からぶち撒かれた液体によりびしょびしょになっていた。

 その狼狽の声に応えたのは、闇奥から放物線を描いて現れた一つのランタンだった。


 それまで周囲に覆いをしていたのだろう。

 不意に現れた光源は美しい光の軌跡を夜の闇に描きながら宙を舞った。

 そして石畳に叩きつけられ砕け散る。

 直後に通路は火の海と化した。


 炎に呑まれて悲鳴を上げるならず者たちに、次々と矢が襲い掛かる。

 直接炎に呑まれなかった者たちも、火明りに照らし出されてしまったため、容赦のない一撃で次々と射倒されていく。

 射手を追っていた男たちは、とうとうラズ一人を残して全滅した。

 倒れた彼らが、自分たちを全滅させた相手が、わずか十歳と八歳の少年二人であったことを知ることが出来たらどう思うことだろうか? 

 とりあえず、死んでも死にきれない思いをすることだけは確かだろう。

 それはこれまで弱者を虐げることで自分の生活を豊かにしようとしてきた者たちにはふさわしい最期と言えた。


「これで全員か」

 いかにも疲労困憊とした様子でカーシュナーが火明りの中に歩み出てくる。

 一通り周囲を確認し、安堵のため息をつく。

 そして、もはや空となった矢筒をしんどそうに下ろすと、使い道のなくなった弓も投げ捨てる。

「早く助けに行かなくては……」

 そう呟くと、カーシュナーは港へと向かう。

 意識はすでに港で戦う仲間たちの元へと飛び、この場に対する注意は微塵もない。

 その手には、ラズから盗んだ大剣が、引きずるように握られている。


 炎の海を避けて港に向かうカーシュナーに、いきなり剣が振り下ろされた。

 間一髪のところで回避することは出来たが、足がもつれて派手に転び、通路の隅に転がされていた木箱に突っ込んでしまう。

 手にしていた大剣も取り落とし、石畳の上を滑って行く。

 そして、回転しながら石畳の上を滑っていた大剣を大きな足が踏み止めた。


「まったく、信じられねえクソガキだな……」

 火明りの届かない物陰から姿を現したのは大男のラズであった。

「ここにいるだけとは言え、まさかガキ相手に全滅かよ。やっぱりクライツベルヘンは人間じゃねえな」

 恐れと苛立ちが混ざり合った言葉と共に、ラズは唾を吐き捨てた。

 そして、足元に転がる愛用の大剣に手を伸ばす。

「それでいて手癖も悪いとは、いったいどんな教育受けりゃあこんなガキになるんだよ。異常って意味じゃあデボラといい勝負だぜ」

 呆れるような、それでいて愚痴るような言葉と共に、ラズは大剣を振り上げる。

 その様を、カーシュナーは何とか立ち上がろうとしながら見上げる。


「生かしておいて身代金でもせしめてやりてえところだが、てめえは殺り過ぎた。俺らみてえなならず者にも、ならず者なりの筋ってもんがある。てめえはここで死ねっ!」

 まるでその足元で懺悔でもするかのように片膝立ちの体勢になったカーシュナー目掛けて、ラズは振り上げた大剣を思い切り振りおろした。


 直後、手が驚くほど軽くなる。

 何か小さなものが折れるような音と共に、剣身が柄から抜け、あらぬ彼方へ飛んで行ってしまったのだ。

 ラズの顔が驚愕に目を剥き、その目はさらに見開かされる(、、、、、、)ことになる。

 驚きに意識がカーシュナーから離れた瞬間、衝撃は真下から襲い掛かって来た。

 ブルーノから譲り受けたナイフを手にしたカーシュナーがラズの懐に潜り込み、その身体を一気に跳ねあげたのだ。


 切れ味の鈍い錆の浮いたナイフはラズの喉笛を深々と貫き、頸椎をも破壊する。

 何が起きたのか理解出来ないまま、ラズは立ったまま息絶えた。

 カーシュナーはぶら下がるようにナイフを引き抜くとサッと回避する。

 ラズは噴き出す鮮血に引かれるようにゆっくりと倒れていった。


「悪いね。返す前に少し剣にいたずらしたんだ」

 足元で血溜まりを作るラズにカーシュナーは語り掛けた。

 ラズはならず者で正規の剣術など学んでいない。その強さは生まれ持った肉体の強靭さに由来する。

 カーシュナーも徹底的に鍛え上げられているとはいえ、根本的な身体能力に大きな差のあるラズを、正面から戦って倒すのは不可能だった。

 勝つには虚を衝くしかない。

 そこでカーシュナーがとった手段が、ラズから盗んだ大剣を利用する方法だった。


 カーシュナーは大剣の柄と剣身を繋ぐ役割を果たしている目釘という部品に傷をつけ、ぎりぎりの強度で繋いだのだ。

 不意打ちは、受けたのではなく、誘い、大剣は奪い返されたのではなく、返した。

 戦うのではなく一方的にとどめを刺せる状況を演じ、ラズの余裕を誘う。

 後は結果の通りだ。


 カルラはデボラの騙し討ちから、仲間であるブルーノによって救われたが、仲間を囮として使い、切り捨てたラズは、最後の瞬間誰からも助けてもらうことが出来ず、カーシュナーの奇策によって討たれた。

 その最後は皮肉なまでに対照的だった――。

 その2に続きます。

 若干の誤字脱字等の修正を行いますので時間は何時と断言出来ませんが、さすがに今日中には投稿出来ると思いますので、お時間に余裕がございましたら、たまにのぞいてやってください。

 よろしくお願いします。

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