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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
83/152

エクレムという男

 エクレムの先祖は古くからヴォオスとゾンを行き来する奴隷商人だった。

 だが、ヴォオスに三賢王時代が訪れると同時に奴隷制度が廃止され、奴隷商人であったエクレムの先祖は、ヴォオスに居場所を失っていく。

 

 やむなくゾンの王都であるエディルマティヤへとその活動拠点を移したが、ヴォオスという経済の中心地を利用出来なくなったことにより、ヴォオスに活動拠点を置いて奴隷商を営んでいたエクレムの先祖は、奴隷商人としての基盤を失ってしまう。

 

 その後はまっとうな商売に鞍替えをし、何とか再起を図ったが、ヴォオスとゾンの関係が一気に悪化すると、その努力も実らなかった。

 途方に暮れかけていた先祖のもとに、ゾンの密偵が近づき、先祖は情報収集という名の商売にも手を出すようになる。

 それまでの人脈のおかげでそれなりの情報網を持つことに成功した先祖は、結局そのままゾンの密偵に成り下がり、商売はあくまで密偵の隠れみの程度に縮小していった。


 そんな状況下で生まれ育ったエクレムは、密偵としての訓練を受けるかたわら、隠れみのとして行っていた商売で、自身のもう一つの才能に気づく。

 エクレムには先祖が失くしてしまった高い商才があったのだ。

 他の商人よりも、広くはないが深くまで情報に触れることが出来るエクレムは、そこに大きな可能性を見出し、やがて力を蓄えていく。


 その実力はヴォオスの有力者であるクロクスの耳にも入り、やがてゾンとクロクスの間を行き来する二重の密偵となり、クロクスの後ろ盾を得て本格的に商売の世界に打って出た。

 陸路はすでにクロクスによって完璧な経済圏が築かれていた。さすがのエクレムもクロクスの商才に勝負を挑むような無謀な真似はしようとも思わず、自身の可能性を海路に見い出すことにした。


 そこでエクレムが目をつけたのがハウデンであった。

 エクレムが扱うのは主に宝石類であったが、その裏では禁制品の密輸も行っていた。

 エクレムはハウデン経由で禁制品をヴォオス国内に持ち込むことが不可能であることを、これまでの諜報活動で承知していた。

 禁制品を扱う商人の大半が、ハウデンの関所の突破を試みるが、エクレムはハウデンをあくまで大陸の東西を行き来するための中継地として利用し、禁制品の保管拠点とした。

 たった一つしかない関所で行われる検査は非常に厳しいが、港に隣接されている保管倉庫への荷卸しは以外にも甘い。

 管理をハウデン都督府の役人が行っているからだ。


 エクレムは情報操作によってあたかも関所が突破可能であるかのように他の闇商人たちに思い込ませ、多くの商人たちの欲をつついて破滅させ、禁制品を押収させた。

 そして、自身はハウデンの倉庫で禁制品を眠らせることによって流通量を調整し、時価を釣り上げ、瞬く間にさらなる富を築き上げた。


 そして禁制品の最終品目である『人間』に本腰を入れられるだけの財力を得たエクレムは、ついに海千山千のゾン商人がひしめく奴隷市場へと乗り出していった。

 だが、ここまでその情報力と商才で順調に成長を遂げてきたエクレムであったが、すでに仕入れから流通の行程が出来上がってしまっているゾン商人を向こうに回すと厳しかった。


 そもそもゾンでは、奴隷市場を国が管理している。

 奴隷商として登録申請し、ゾンから認可を受け、はじめて奴隷転売目的で商品にんげんを仕入れることが出来るようになる。

 大抵は目こぼしされるが、生活に困った親が、奴隷商人ではなく、直接買い手を見つけて子供を売るようなことは奴隷売買法に抵触する。

 この場合、もし仮に検挙されれば、その身柄は即刻国所有の奴隷となる。

 子供を奴隷に売り飛ばすつもりが、自分自身が奴隷にされてしまうのだ。


 だが、相手が奴隷商人であれば、商人が認可を得ているので取引も合法となる。

 そしてこの場合、売る側の親に税金が掛けられることはない。

 租税が発生するのはそれ以降、商人が仕入れた奴隷を販売する場合となる。

 何故そうなるのかというと、一見奴隷商だけが税金を掛けられ損なように見えるが、正規の市場を通すのと通さないのとでは、販売価格が十倍以上も異なるからだ。

 始めに子供を売りとばす親に税金はかからないが、そもそも商人がこの親に支払う金額は市場の十分の一以下の金額になるので、商人が損をすることはない。

 損をしない、むしろ儲かるのであれば、商人は率先して正規の市場を通して商売をするようになる。そして、ゾンとしては商人が正規の市場を利用することで確実に税金を回収することも出来るようになる。

 これは奴隷市場の安定化を図り、奴隷商そのものを保護し、機能させるための仕組みとなっている。


 他国の奴隷商人もゾンで奴隷の売買を行うことは出来るが、他国が発行した登録証しか持たない商人には関税が掛けられる。そのため、たとえ同じ金額で取引が出来るとしても、収支の上ではゾンの商人を大きく下回ることになる。

 ちなみにゾンの商人が海外の顧客に奴隷を売買する場合は、出国の時点でその出荷人数に合わせた税金が掛けられる。税率は市場を通す場合と比べかなり低くなるが、売り上げに関係なく一定額徴収されるので、腕の悪い商人や運のない商人は、むしろ赤字を出すことになる場合もある。


 ゾンは奴隷売買に関してのみ、徹底した管理がなされており、商才さえ持ち合わせていれば他の商品を扱う商人よりもはるかに大きな利益を上げられる仕組みが出来上がっているため、ゾンでは誰もが憧れる職業となっている。

 エクレムはこの仕組みに得意の情報戦術を駆使して食い込み、役人を買収して引き入れることで、すでに市場で一定の顧客を獲得している大商人たちを出し抜こうと考えたのだが、あろうことか、人身売買という非人道的な市場を管理している役人たちが職業倫理を振りかざし、エクレムの買収を拒んだため、エクレムの奴隷市場参入はいきなりつまずくことになったのである。

 

 奴隷売買においてのみ、不正は許さないという倫理観は、ゾン生まれのゾン育ちでありながら、密偵としてゾンとヴォオスを行き来するように育てられたエクレムには理解不能の価値観だった。

 理解出来ないことなど、当然納得出来るはずもない。

 力のない者ならば、たとえ納得がいかなくとも、従えるかもしれない。

 だが、エクレムのように違う価値観を持ち、それでいて異なる価値観で築き上げられたものに対抗出来得るだけの力を持つ者は、納得出来ないことに従うことなど不可能であった。


 もちろんそれはゾンに対して反旗をひるがえそうなどという発想につながる反発ではない。

 出来上がった市場に行儀よく順番待ちをして並び、参加する者全員がほぼ均等な利益率に守られてそれなりの利益を得ていくような商売にどんな魅力があるというのか。

 まわりが十の利益を得ているときに、自分だけが百の利益を得る。

 それこそが商売の醍醐味ではないか。

 エクレムはそう考えている。


 ではどうすれば今ある状況から他の商人に抜きん出た利益を得られだろうか?

 量で対抗することは出来ない。

 それは単なる資本力の競争でしかなく、利益率に差が出ない限り永久にその差は縮まらない。

 ではどうすればエクレムが望むような結果を出せるだろうか?

 エクレムが出した答えは、商売の原点に返ることであった。


 それは、商品の厳選である――。


 ただの労働力としての奴隷ではない。

 付加価値、希少価値を持つ、他では決して手に入れることが出来ない入手困難な奴隷しょうひんを仕入れればいいのだ。

 そしてエクレムには、付加価値や希少価値を備えた奴隷しょうひんの仕入れ先に心当たりがあった。

 ハウデンである。


 ヴォオスの、特に五大家と呼ばれる大貴族の領地では、大陸では差別の対象となっっている渡来人やその子孫たちが、図々しくもそれが当然のように、大陸人たちと同等の暮らしをしている。

 連中が能天気に暮らせているのは、五大家がどういうわけか連中を手厚く保護しているからで、本来であれば即座に鎖につなぎ、奴隷小屋にぶち込んでおくべき不浄な存在だ。


 だが、エクレムがどう思おうと、五大家の力は大国ヴォオスにあって並の小国をはるかに上回るほどの勢力があり、その結束の固さから、エクレムが絶対に敵わないと、畏敬の念さえ抱いているクロクスですら手出し出来ない程の相手だ。

 当然エクレムに手が出せるような相手ではない。

 下手を打てば何もかも失うことになる。


 そんな中、警備態勢が近隣諸国と比較すると恐ろしく厳しいヴォオス国内とは違い、ハウデンは基本旧ハウデン王家に仕えていた重臣たちの子孫で構成されたハウデン都督府によって管理されている。

 治安に関しては十分守られているが、危機管理能力という意味では、口では何と言おうと、いざとなればクライツベルヘン家が助けてくれると思っているハウデン都督府は甘かった。

 何より、海に面しているという事実が、ヴォオスの他のどんな地域より、エクレムに有利に働く。


 ヴォオス本国の領地内で軍に追われたら、さすがのエクレムでも絶対に逃げきれない。

 そもそもヴォオスの国境警備の厳しさを考えると、人一人連れ出すことすら困難だ。

 それほどにヴォオス軍は優れている。

 だが、これが海となると事情が異なってくる。

 ハウデンにはクライツベルヘン海軍が駐留しているが、その仕事はあくまで対外的な脅威に対してのもので、港の入出管理から、治安維持に至るまで、すべてハウデン都督府所属の治安軍が担当している。

 そのため、海賊被害の減った近年では、クライツベルヘン海軍の出番はまったくなかった。

 それはハウデン都督府治安軍の優秀さの賜物と言えるが、エクレムとしてはクライツベルヘンを向こうに回すよりもはるかにやりやすい相手と言えた。


 エクレムはハウデンの危険区域でその勢力を伸ばしつつ、宝石商としての表の顔も駆使してハウデン社会の権力者たちとのつながりを築いていった。

 そしてついにハウデン都督エルモントを抱き込むことに成功すると、エクレムは大胆な仕入れ(、、、)を行うことにした。

 あからさまにさらうのではなく、あくまで本人が自主的に行方をくらませたように情報を操作し、事件そのものが存在していないように見せかけたのだ。


 この目論見は上手くいき、さらに周到に準備を行えば、クライツベルヘン本領からもさらえるとエクレムは確信した。

 今回の仕入れ(、、、)の目玉として考えていた商人夫婦も上手くさらうことに成功し、あとはその娘一人というところまでこぎつけた。

 ハウデン都督府の治安軍はもとより、ハウデンに密かに潜伏しているだろうクライツベルヘンの密偵にも計画は露見していない。

 エクレムはそろそろ一度出荷(、、)をし、その後のハウデンの反応をうかがうつもりでいた。

 

 百人近い奴隷を動かすのは目立つ。

 特に奴隷解放などという狂気の沙汰が蔓延しているヴォオスでは、たとえハウデン内であっても目立つ。

 そのための手筈をつけるために、エクレムは宴席を設け、そこに都督であるエルモントを招いたのである。


 都督府内には必ずクライツベルヘンの目が存在する。

 エクレムが出向いて幾度もエルモントと会談すれば、エクレム自身がクライツベルヘンから目をつけられかねない。

 同様に、監視対象であるであろうエルモントの屋敷に頻繁に出入りするのも危険だ。

 こうやって見栄っ張りの商人が、自分の名前に箔をつけるために、ハウデンでも名のある人物を招いたというていで連絡を取るのが安全なのだ。


 今日もこれから出荷の日時について検討するつもりでいたが、まったく予想外の凶報が、エクレムの予定をすべて狂わせようとしている。

 表と裏、両方の商人としての勘が警鐘を鳴らす。

 エクレムは今夜中に事態に決着をつけることに決めた――。









「わざわざ足をお運びいただかなくても、万事このエリアンめにお任せ下されば、必ず処理してみますが?」

 エクレムという名はゾン人の名前だ。

 ヴォオスで活動するときはヴォオス人の名前であるエリアンを使っている。どちらもエクレムの本名であり、ゾン、ヴォオスの両国で、別々に商人として登録してある。

 エクレムはエリアンとしての顔で、エクレムにとって成功の鍵を握る人物に、やんわりと断りを入れていた。


「私も進退を賭けてお主の提案に乗ったのだ。お主の能力を疑うわけではないが、放置も出来ん」

 エルモントはハウデンの旧貴族の中では屈指の名門の生まれであった。

 すでに初老の域に達しているが、贅は好みつつも健康管理は怠らない高い意識のおかげで、まだ四十代でも十分通る外見をしている。

 ハウデン貴族の特徴として、家紋とも言えるその家独自の刺青を入れる風習があり、エルモントも右手の先から腕を通り、肩から首まで昇って耳で終わるハウデン独特の刺青を入れており、その派手さが余計にエルモントを若く見せている。


 邪魔だなとエクレムは考えたが、エルモントの表の権力は役に立つ。それに、対処のためにエルモントに兵を動かさせれば、より深く計画に関与させること事が出来る。

 この際、いざという時裏切れない程の深みに引きずり込んでおくのは、今後のことを考えれば決して悪い話ではない。

 事態はエクレムの好まない方向へと傾いたが、その状況すら利用出来ないようでは、所詮はそこまでの商人ということだ。

 クロクスが陸の経済網を完成させたのなら、自分こそが海の経済網を表と裏から支配してみせるというのがエクレムの野望だった。


 方針に変更を加えたエクレムは、エルモントを伴いアジトへと向かった。

 変装をぐずるかと思ったエルモントも、薄汚れたように見える装束を大人しく身に纏い、黙ってついてくる。

 クライツベルヘン家に一切口を挟ませないだけの政治手腕を有するだけあり、頭の切り替えは早いのだ。

 エルモントの様子に、どうやら最低限足は引っ張らないようだとエクレムは安心した。

 貴族のわがままは、時も場所も選ばない。ごね出すと子供以上に面倒なのだ。


 危険区域に入ると、エルモントは顔をしかめて口元を布で覆った。

 大気の悪臭は他の区域とは比べようもなく、初めてこの空気に触れる人間には耐え難いものがある。

 その様子を内心で嘲笑いつつ、エクレムはこの区域特有の空気を愉しむ。

 

 悪の匂い――。


 それは、単に不潔な土地であればどこにでも漂うたぐいのものではなく、その土地を隠れみのに暗躍する者たちがいて初めて醸成される空気だ。

 エクレムはこの空気の中で力を蓄えていった。

 その本領は華やかな社交の場以上に、汚れた社会の裏側でその真価を発揮する。


 倉庫に着くと、そこには不快な報告が待っていた。

 追っていた子供たちにまんまと逃げられたという報告と、手下を十人以上も失ったという予想外の被害だ。


「……ガキどもに殺られたのか?」

 怒鳴り散らしこそしなかったが、その声には、もしそうなら、役立たずども全員、海に沈めるぞと言わんばかりの殺気がこもっている。

 その目は脅しではなく、本気の殺意がみなぎっている。

 事実、子供相手に返り討ちに遭うような役立たずなど、エクレムの部下どころか、この区域のどの組織にも居場所はない。


「いえ、どうやらよそ者が荒らし回っているらしく、そいつに殺られたようで、ガイオの野郎も一騎打ちで殺られたみたいです」

 エクレムの怒りを恐れつつ、ラズが報告する。


「お前がついていながら、この様はなんだっ!」

 自分よりも大柄なラズを、エクレムは怒鳴りつけた。

 使えない下の連中相手に怒鳴り散らすような無駄な労力は使わないが、幹部の失態に甘い顔を見せるエクレムではない。

 そのことをよく知るラズは、無駄な言い訳はしなかった。


「そのガイオを倒したという相手は、本当に噂のクライツベルヘン家の人間なのかしら?」

 エクレムの組織に加わる際、同郷のガイオを引き入れたデボラがラズに尋ねる。

「生き残った奴が言うには、ガイオに自分でクライツベルヘンの騎士だと言ったらしいぞ。しかも、その騎士は女だったらしい」

「女の騎士っ! 女なんかを騎士にするほど、クライツベルヘンには人がいないのかしら?」

 自分自身女の身で拷問調教師の一族を支配していながら、デボラは女騎士の存在に首をかしげる。


「……あの一族は異常だ。いや、異質と言ってもいいかもしれん。貴族でありながら、貴族の常識が通用しない。存在しているだけで、ヴォオスだけでなく、大陸全体の支配体制を危うくしかねん。人間の価値は、いかに高貴な血を持って生まれてくるかがすべてだ。なのにあの一族ときたら、平気な顔で平民どもを騎士団入団の選考会に参加させ、年齢も性別も問わずに審査を行う。クライツベルヘンでは、実力さえあればどこに誰がいても何の不思議もない。不愉快なことになっ!」


 デボラの疑問に、思わずと言った感じでエルモントが口を挟む。

 ハウデンもそのクライツベルヘンの一部だ。

 ハウデン都督府内こそクライツベルヘン家が不干渉でいてくれるおかげで今でも旧貴族出身者で構成されているが、ハウデンがクライツベルヘンの一部である以上、クライツベルヘン家の他の家臣たちと関わらないわけにはいかない。

 だがそこには、エルモントにとって忌々しいことに、クライツベルヘン家の家臣という対等の立場で平民がのさばっている。

 たとえ同じ主を仰ぐ家臣であっても、そこには明確な格の違いがあって然るべきなのだ。だが、クライツベルヘンの人間は誰もそのことを理解しない。

 平民出の成り上がり共が、まるで対等ででもあるかのように接して来る。

 ハウデンでも屈指の名門と謳われた貴族の末裔であるエルモントには耐え難い苦痛であった。


 エルモントたちはハウデンが一国であった当時は確かに貴族だった。

 だが、ハウデンが疫病により壊滅的な打撃を受け、ヴォオスに合併された時点で、厳密には貴族ではなくなっている。

 都市国家でしかなかったハウデンは、その領地すべてが国王の所有地であり、ハウデンにクライツベルヘン家のような土地持ちの貴族は存在しない。

 ハウデンが一国家であり、国王に認められてこその爵位であり、認めてくれる国王と一国家という形態を失った今では、何の権利もない有名無実の敬称にすぎない。

 

 実質はクライツベルヘンの一領民に過ぎないという現実が、その地位が血筋によらず実力で保たれているにもかかわらず、血筋に対する強い執着から、正当な自己評価が出来ないエルモントは、その怒りと苛立ちを、クライツベルヘン家の実力主義によってのし上がった同僚へいみんどもへと向けさせるのであった。


 頼んでもいない私怨交じりの解説のおかげで、デボラはラズの言葉を受け入れた。

 エルモントの隠し切れない醜い妬心が、その言葉の内容が、多少歪みこそしているかもしれないが真実であること証明していたからだ。


「そうなると、捕らえた子鼠の素性が気になるわね」

 デボラはそう言うと、捕らえたカーシュナーを連れて来させた。

 デボラによる強烈な当て身により意識を失ったカーシュナーは、いまだに目覚めていない。


「なんだその汚ねえガキは?」

 ここまでゴミ山と糞尿の溜まり場を這いずって来たカーシュナーは、この危険区域で見かける浮浪児と変わらないほど汚れと臭いが染みついている。

「あなたの部下がちゃんと見張っていなかったから、ここまで紛れ込んで来た鼠よ」

 ラズの問いに皮肉で返しつつ、デボラはぐったりと横たわるカーシュナーをまたいで立った。

 その顔は上気し、カーシュナーを見下ろす瞳は嗜虐的な快楽に酔い始めている。


 デボラの股座またぐらから、ちょろろっという音が漏れたかと思った直後、勢いよくカーシュナーの顔面にデボラの小便が直撃した。

 敢えて半開きになっている口と鼻の穴を狙われたため、カーシュナーは危うく地面の上で溺死しかける。

 肺に流れ込んで来たデボラの小便を激しく咳き込みながら吐き出すカーシュナーに、デボラを目を覚ましたにもかかわらず、小便をかけるのをやめない。


 その光景に、エルモントは嫌悪感を瞳に浮かべつつ、それでいて倒錯した異常な性の光景に目を離せないでいた。

 デボラが流した小便から立ち上る蒸気が漂い、エルモントの鼻孔を刺激する。

 反射的にエルモントは臭気に顔を歪めつつ、右手で口元を覆った。

 嫌悪しつつも、エルモントは自分の下半身がうずくのを抑えられなかった。

 そんなエルモントの心情を見抜いているデボラは、誘うように、それでいてもったいつけるようにエルモントを挑発する。


 目を覚ましたカーシュナーは即座に状況の把握に努めた。

 デボラの小便をかわすようにもがきつつ、素早く周囲を観察する。

 その時、カーシュナーの目は口元を覆うエルモントの右手に彫りこまれた複雑な刺青を捕らえていた。


 ハウデンには刺青の文化がある。

 技術や色彩も鮮やかで、同じく刺青を入れることの多い海外の船乗りたちも、地元ではなく、わざわざハウデンの彫師に頼んで入れる者も多い。

 刺青の文化は一般市民にとってなじみの深いものであったが、それ以上に王族、貴族たちの間では特別な意味を持っていた。


 その最大の理由が、家名を示す紋章を、国王と王太子、貴族であれば当主と次期当主のみが彫ることを許されていたことに由来している。

 右手の先端から腕へと登り、肩を通って最終的には右耳の後ろで終わるその刺青は、肉体に刻まれる芸術作品であり、家を守る護符の役割も果たしていた。


 すべての紋様には意味が存在し、それらの紋様の扱いは非常に厳重で、国からの認定を受けた彫師のみ扱うことが許されている。

 もしこれらの紋様を許可なく使用した場合、彫師は極刑。彫られた者も、王族や貴族の身分詐称と判断される場合は極刑となる。

 そのため、一般市民の間で新たに考案される紋様は、偶然使用制限のある紋様に酷似してしまっていないかを確認するために都督府への届け出が義務付けられていた。


 かつては身分によって刺青を入れることが出来る場所がそれぞれ限られており、その位置を見るだけでその人物の素性をある程度知ることが出来たが、今では旧ハウデンの民は等しくクライツベルヘン家の領民ということで、刺青に関する文化は今も継続されているが、法制度は改正され、処罰はかなり軽減されている。

 王族や貴族の家名を示す紋章等は、知的固有財産として保護され、その使用が禁止されるにとどめられている。

 実際に罰則覚悟で王族や貴族の家名を彫り込むような輩は現れなかったが、やろうと思えば簡単に出来てしまうという事実は、ハウデンの旧貴族たちを苛立たせている。


 カーシュナーの目が捉えた男の刺青は、始まりである右手の先端と終わりである耳元だけしかうかがえなかったが、その二つとない特徴的な文様から、旧ハウデン貴族全家の家紋刺青を記憶しているカーシュナーには、正面から顔を見るよりもはっきりと男の正体を明確にした。


 ハウデン都督エルモント――。

 この都市における最高権力者がまさかからんでいるとは考えていなかったカーシュナーは、デボラから与えられている屈辱に対してではなく、エルモントの裏切りに対して怒りを覚えていた。


 そんなカーシュナーの内心など知りようもないデボラは、カーシュナーの反応を愉しむ。

 怯える者を嬲るのもいいが、デボラは反抗的な者の心を折り、屈伏させることを好んだ。

 外見は小汚い十歳児にしか見えないが、その内側には並の大人など及びもつかないような胆力が秘められていることを見抜いているデボラは、エクレムやエルモントの懸念をよそに、思わぬ収穫に気分を良くしていた。


「んんっ? 子鼠ちゃん。どうやらあなた、ただの小汚い子鼠じゃないみたいね?」

 デボラの大量の小便のせいで、黒く染めていた金髪の一部が現れてしまい、それを目ざとく見つけたデボラが顔を寄せる。

 自身の小便で悪臭を放つカーシュナーを細かく観察したデボラは、この子鼠が予想以上の上玉であることに気が付く。


「お前たち。この子鼠をきれいしておやり」

 そう言うとデボラはカーシュナーの襟首を掴み、配下の男たちの方へと放り投げた。

 後ろ手に縛られているカーシュナーは受け身を取ることが出来ず、顔から倉庫の汚い床に突っ込む。


 男たちはカーシュナーを囲むとその一物を出し、デボラがしたように小便をかけてカーシュナーの汚れを落としにかかる。

 まるで呼吸でもするように、人の尊厳をごく普通に潰そうとする彼らの行動に、エルモントは吐き気を覚える。


「よそでやれっ! 臭くてかなわんっ!」

 デボラが同じことをしていた時は密かに興奮しながら眺めていたエルモントであったが、男共の小便など、音も聞きたくない。臭いもデボラなど比較にならないほどきつく、エルモントには到底耐えられるものではなかった。  

 

 エルモントの素性を見抜いていたデボラは、大きく肩をすくめると、素直にその言葉に従う。

「お上品なお客様には耐えられないそうだから、お前たち向こうで……。なんだい。全然きれいになってないじゃないかっ!」

「申し訳ありません。調教時に出したばかりで、まだ溜まっておらず……」

 もはやちょろちょろとも小便の出ない男の一人が言い訳をする。だが、その言葉は途中で苦痛により途切れることになる。


「私に言い訳なんてするんじゃないよ」

 男たちをはるかに上回る長身を持つデボラは、その手も大きい。

 その大きな手が、役に立たない男の一物を容赦なくひねりるあげたのだ。

「役立たずは潰すよ(、、、)

 男の耳元でささやかれた言葉はいっそ官能的ですらあったが、あまりの激痛にのたうち回ることも出来ない男は、デボラに一物を握られた状態で支えられ、口角から泡を吹いていた。 


 その光景にエルモントは自分の下半身が硬く反応していることに困惑していた。

 そんなエルモントの様子を、エクレムは次はそっち系のネタで取り込んでやるかと無感動に眺める。


「茶番は後にしろ。ガキなどどうでもいい。そんなことより、商品(、、)を移すぞ」

 一連のデボラの行動など、エクレムにとっては単なる時間の無駄でしかない。

 潜入したガキどもの仲間を取り逃がした以上、行動の遅滞は致命傷になりかねない。

 今は行動の時であり、エクレムの決断は常に早い。


「ですがエクレム様。あれだけの人数を動かす準備なんてすぐには出来ませんぜ」

 ラズがエクレムの命令に顔をしかめる。

 危険区域はある種の治外法権と化しているが、それでも港にはハウデン都督府の治安兵が駐在している。

 夜間の荷の積み下ろしも特別な許可がなくては行えず、奴隷制度を廃止しているヴォオスでは、人の乗船にも厳しく目が光らされている。

 ラズの言葉通り、百人近い人数を移動するのは容易な話ではない。


「その辺は俺に考えがある。お前はとにかく連中を病人に装って連れ出す準備をしろ」

 指示を受けたラズは黙ってうなずいた。

 病人というより廃人と呼ぶ方がふさわしい様相なので、偽装は簡単そうだと考える。


「それではエルモント様。ご協力お願いいたします」

 その瞳に傲慢な色に輝かせつつ、エクレムは物腰だけは丁寧に、エルモントに協力を要請した――。









 エクレムの手下からの追跡をからくも逃れたブルーノたちは、迷宮のような住宅街の一角で合流していた。

 大人に対する警戒心の強い子供たちは、始めカルラの存在にひどく神経をとがらせたが、ブルーノから事の顛末を聞くと一斉にカルラを取り囲んだ。

 感謝の言葉と質問攻めに合い、及び腰になるカルラを放置し、ブルーノはチェルソーを探した。

 だが、その姿が見当たらない。

 ようやく全員無事合流出来たと思っていたブルーノは、再び焦りを覚える。

 まさか一人でカーシュナーの救出に向かったのかと考えた時、当人が暗闇から不意に姿を現した。


「どこに行ってたっ! 心配しただろっ!」

「ごめん、ブルーノ。倉庫の方をもう一度探りに行っていたんだ」

 一人で無茶するなよというブルーノ小言を遮り、チェルソーは自分が探り出せたことを報告する。


「エリアンが戻って来たっ! 手下たちも慌てだして、まるで出荷の準備でもするみたいな感じになってる。きっとあそこに閉じ込められている人たちを別の場所に連れて行くつもりなんだと思う」

「あいつは無事か?」

 チェルソーの報告に、ブルーノは何事か思案しつつ、カーシュナーの様子を尋ねる。


「無事だったけど、あの子渡来人かその子供だったみたいで、そのことはバレてた」

 チェルソーはカーシュナーのおかげで何とか脱出に成功すると追手を見事に撒き、ブルーノに事の次第を報告していち早く仲間たちが逃亡出来るように情報を持ち帰っていた。

 その後、単独で倉庫に引き返し、手下たちが仲間たちを追って手薄になった隙をついて再度倉庫に潜り込んだ。

 まさか引き返してくるなどとは思ってもいないエクレムの手下たちはもちろん、カーシュナーとチェルソーを発見したデボラも予想していなかったため、潜入は何の問題もなく成功し、チェルソーはさらに多くの情報を得て帰って来たのだ。


「もっと詳しく聞かせてくれっ!」

 報告を終えて一息ついたチュルソーは、不意にカルラに両肩を掴まれ怯える。

 急いで状況が変わったことを伝えようとしていたため、カルラの存在に気づいていたなかったのだ。


「待てっ! 慌てんな、姐さんっ!」

 目を血走らせるカルラとチェルソーの間にブルーノが割って入る。

「あ、姐さん!?」

 予想外の呼びかけに、カルラの注意が逸れ、その隙にチェルソーが脱出する。


「姐さん。俺らを掴むな(、、、)。俺らにとって大人に掴まれるのは、捕まって半殺しにされるのと一緒なんだ。薄汚れて臭せえ俺らが何言ってんだと思うかもしんねえが、こいつらはみんな神経質なんだ。不用意に接触しねえでくれ」

 呆れた口調で告げられた言葉に、カルラは強い衝撃を受ける。

 ブルーノにとってはそれが日常なのだろう。事情を知らないカルラに対し、ちょっと困ったような顔を向けて来るが、そんなことが日常になってしまっているということが、カルラには衝撃だったのだ。

 この現状の放置に、カルラはカーシュナー同様怒りを覚える。


「すまない。以後気を付ける」

 そう言うとカルラ気持ちを切り替え、ブルーノとチェルソーに頭を下げた。

 カルラに頭を下げられた二人は目を白黒させて対応に困る。これまで大人が自分の非を認め、謝って来たことなどただの一度もなかったからだ。

「改めてその少年に関することを教えてほしい」

 自分たちが知る大人とは全く異なる、自分たちを見下さないカルラの誠実な態度に、チェルソーはここまで自分が見聞きしたことを、私見は一切挟まずただ事実だけをカルラに伝えた。


 聞き終えたカルラの形相は、怒りと苦悩で歪んでいた。

「調教だな」

 倉庫に捕らわれた人々が味あわされている苦痛がどんな目的のものであるのか見抜いたカルラが、歯ぎしりと共に呟く。

「何のためにそんなことするんだ?」

 一度チェルソーから話を聞いていたが、改めて事細かに話を聞いたブルーノは、今にも吐きそうな顔色でカルラに尋ねた。


「奴隷が反乱を起こすことは珍しいことではない。長く奴隷として使役され、奴隷根性が染みついてしまったような者でも、機会が訪れれば牙をむく。ましてやつい昨日までごく当たり前の生活を送って来た者をさらい、いきなり今日から貴様は奴隷だと言ったところで、誰も納得はしないし、従うこともない」

 カルラの説明に、ブルーノとチェルソーがうなずく。


「ここハウデンでは別に珍しくもないが、渡来人やその子孫たちは、大陸的に見れば非常に希少で、奴隷として考えた時、その価値は計り知れないものがある。その顧客となるのは各国の王族や貴族がほとんどだ。もし購入した奴隷によってその主人が害されるようなことがあれば、売った商人もただでは済まない。そのため、王族や貴族が身近に置くような、奴隷の中でも高級奴隷と称される者たちは、けしてその命令に逆らわないよう調教され、人間らしい心をすべて奪われるのだ」

 まさに人を人と思わぬ所業に、ブルーノは舌打ちし、その調教を目の当たりにしたチェルソーは、人の悪意の底の知れなさに恐怖した。


 そんな場所にカーシュナーが囚われている。

 カルラは素晴らしい才能と素質を持つ少年の心が破壊されるのではないかと考え、気も狂わんばかりの焦りに襲われた。

 感情のまま走り出そうとしたカルラに、ブルーノが飛びつき慌てて止める。


「考えなしに突っ込んでもだめだっ! 数が違い過ぎるっ!」

「離してくれっ! あのお方をお守りすることが私の使命なのだっ!」

 懸命にしがみつくブルーノを、カルラが引き剥がそうとする。


「あの子は必ず助け出す。騎士様。邪魔をするなら帰ってくださいっ!」

 もみ合う二人の前に、チェルソーが飛び出し、震えながらカルラをまっすぐ見つめる。

 女性でありながら並みの男よりも大きいカルラは、幼く小さなチェルソーには恐怖の対象だ。

 焦りから表情が険しくなっているため、その恐ろしさは尋常ではない。

 チェルソーは恐怖にすくみながらも、それでも逃げずにカルラの前に立ちふさがった。


「それは私の仕事だっ! 君たちは早く避難しなさいっ!」

「だから逃げる場所なんてねえって言ってんだろっ!」 

 ブルーノの言葉に、カルラの頭が少し冷える。

 初めに助けた二人の少年も、自分たちに逃げ場などないと言っていたいことを思い出す。

 ここでこのままこの子供たちを放り出すということは、この子供たちを追い回していた連中と、本質的には同じことをすることになる。

 ならば始めから助けず、見殺しにしなければいけなかった。

 助かったと思った直後にそれが幻だったと知らさせることほど残酷な所業はない。

 そんな気まぐれのような行動は、騎士として以前に、大人として許されない。


「君たちに向かってほしい場所がある」

 カルラはそう言うと、カーシュナーがハウデンで暮らしている老夫婦の家の場所を伝えた。

 特殊な打音の打ち方を教え、クライツベルヘン騎士団の記章が刻まれた短刀を紹介状代わりに渡す。

「この危険区域の状況をその家の主に伝えてくれ。そうすれば事の次第が即座にクライツベルヘン家に伝わる」

 短刀を受け取ったブルーノはうなずくと、それを仲間に手渡す。


「姐さんの言葉は覚えたな。後を頼む。行けっ!」

 ブルーノの言葉に、子供たちは迷わず行動に移った。

 その迷いのなさは、ブルーノに対する信頼の表れでもあった。


「……おいっ! 君も行けっ!」

 一拍置いて発せられたカルラのツッコミに、ブルーノは不敵に笑おうとしたが、自分の隣にチェルソーが残っていることに気づくと、それどころではなくなってしまう。


「おいっ! お前も行けっ!」

 今さっきカルラからツッコまれた言葉を、今度は自分が口にする。

 だが、普段は口答えどころか不満すら口にしないチェルソーが、この時ばかりは頑固に首を横に振った。


「何を考えているんだ二人ともっ! これは遊びではないんだぞっ!」

 残った二人に対し、カルラが思わず声を荒げる。

 相手はこの危険区域で最大勢力となりつつある組織だ。ここまでの間に十数人を倒したが、そんな数は全体から見れば焼け石に水でしかない。さすがのカルラも少年二人を庇いながら対抗出来る相手ではない。


「俺はあいつに賭けた。おかげで、こんなでかいネタを手に入れることが出来た。このネタをクライツベルヘン家に届けられれば、エリアンの力を削ぐことが出来る。こんなでかい恩を受けておいて、誰が見殺しにするかっ!」

 カルラの鋭い眼光を真っ向から睨み返して、ブルーノが啖呵を切る。


「二人とも、あの子を助けるための何かいい作戦でもあるの?」

 睨み合う二人に、そんなことはどうでもいいとばかりにチェルソーが口を挟む。

 作戦など何もなく、これからそれを考えようとしていた二人は、チェルソーの問いに対して返す言葉がない。


「おいらにはある。あの子が自分のことより先に、おいらを逃がそうとしてくれた時から、ずっとどうやって助け出すか考えていたんだ」

 脱出後、臆病なはずのチェルソーが、再び単身で敵アジトへと舞い戻るような危険を何故おかしたのかいぶかしく思っていたブルーノであったが、怯えつつも自分とカルラを真っ直ぐに見つめてくるチェルソーの目に、確かな覚悟を見出し納得する。


「姐さん。ここは折れてくれ。あんたはこの危険区域のことを知らなすぎる。どれほど腕が立とうが、一人じゃ無理だ」

 チェルソーの覚悟を受け入れたブルーノは、その存在も同時に受け入れる。

 後は自分とチェルソーの二人を、カルラが受け入れてくれるかだ。


 危険は承知と語る二人の目に、カルラも覚悟を決める。

 確かに自分はこの危険区域のことを知らなすぎる。

 真っ向から突撃などすれば、最悪の場合カーシュナーに危害を加えられる恐れもある。

 それに、カルラはカーシュナーだけでなく、クライツベルヘンの騎士として、捕らえられているすべての人々を救い出すつもりでもいる。

 正直助けはどんな些細な力でも必要だった。

 ただ、子供たちを危険に巻き込むということがどうしても呑み込めないでいたのだ。だが、二人の決意に満ちた目は、そんなカルラの心情を、単なる感傷だと非難する。


「力を貸してくれ」

 カルラは姿勢を正し、二人に対して深々と頭を下げた。

「つっても、主力はあくまで姐さんだけどな」

 ブルーノは不敵に笑いつつも、冷静に現実を把握している。

「こちらこそよろしくお願いします。予定外の戦力である騎士様がいてくれて、本当に助かりましたっ!」

 チェルソーの答えも、本当に自分たちの力だけでカーシュナーを救い出そうと考えていたことをうかがわせる。

 カルラは危地にあって得た新たな幼い味方の冷静さに舌を巻く思いだった。そして、カーシュナーがつないでくれたこの不思議な縁に、素直に感謝する。

 

「では、聞かせてくれないか。君が考えたという作戦を」

 カルラの問いに、チェルソーはうなずく。

「エリアンは捕まえた人たちを逃がさないために、手下のならず者たちを全員集めていました。だからこちらは……」

 チェルソーの考えにカルラとブルーノは驚き声を漏らす。

 そして三人は動き出した――。 

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