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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
79/152

事件の始まり

 1月1日から連載を再開する予定がこんなにもずれ込んでしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 

 前書きに本編と関係のないことつらつらと書き連ねても邪魔になってしまいますので、諸事情につきましてはあとがきの方で書かせていただこうと思っております。


 長々とお待たせしておいてこんな話をするのは大変心苦しいのですが、この回から数話は、かなりエグイお話となります(汗)

 苦手な方は無理にお読みにならず、ストーリーが一区切りとなる回のあとがきにでもマイルドにまとめたダイジェスト的なものを掲載しようと思っておりますので、そちらでヴォオス戦記全体のストーリーを追ってください。


 結局、長々と前書きを書いてしまいました。

 すみません(苦笑)


 それでは、ようやく本編に帰って来た? カーシュナーの物語をどうぞっ!

 天上から大地を焦がす太陽は、熱砂の国ゾンとはまた異なる過酷さで、この地に住まうすべての生き物たちから、僅かばかりの水分を奪っていく。


 国家が存在しない未開の地――。


 そこは南方民族が住まう広大な大地であった。


 強烈な日差しから翠玉色の瞳を守るために、目深に被った外套のフードの奥からゆらめく大気の向こう側に広がる大地を見渡しながら、カーシュナーは小さくため息をついた。

 この地には古くから南方民族たちが住まい、それぞれの決まりに従いながら暮らしている。


 だが、カーシュナーが見渡す限りの大地には、誰一人暮らしてはいない。

 ゾンによる奴隷狩りにより、男たちが連れ去られ、残された女たちは他部族によって奪われ、残された子供と老人たちは飢えて死ぬしかなかったからだ。


 強烈な日差しから身を守るため、大半の大陸人たちと異なり、まるで金属のような光沢をした美しい黒褐色の肌を持つ南方民族たちが暮らすこの土地は、過酷な環境ではあるが、大陸中の動物を合わせても及ばない程の豊富な野生動物が住まう土地でもあった。


 原始的な農法しか持たない南方民族たちは、その生活の糧の大半を、牛の放牧と狩猟によってまかなっている。

 そのため、部族ごとに一定の縄張りが存在し、その部族も各氏族ごとにさらに細かく分かれ、それぞれが縄張りを持って暮らしている。

 部族単位での結束は強いが、逆に他部族とのつながりは薄く、縄張り争いなども起こるため、むしろ敵対的とすら言える。 


 そのため、ゾンの奴隷狩りは、被害に遭う部族にとってはまぎれもない侵略であったが、他部族にとっては敵対部族の弱体化として受け入れられ、同じ大地に住む者として結束し、ゾンの奴隷狩りに対抗するという流れを生み出すことはなかった。


 カーシュナーはかつてこの地で、部族大同盟の結成を目指し、乾いた大地を奔走したことがあった。

 ゾンの奴隷文化を支えているのは奴隷として狩られる南方民族たちだ。

 ヴォオスで成し遂げられた奴隷制度の廃止を大陸規模で成し遂げるためには、奴隷市場の核であるゾンの奴隷制度を破壊する必要がある。

 そのために、カーシュナーはこの土地で行われるゾンの奴隷狩りを阻止しようと考えたのだ。


 熱砂の国とも呼ばれるゾンの環境は過酷だ。

 特に南方民族の土地に近いゾン南部の環境は厳しく、屈強な肉体を誇るルオ・リシタ人の奴隷でも、環境に適応出来ずに死んでしまう。

 奴隷とはその持ち主にとっては財産である。

 酷い仕打ちを行うことも多いが、いたずらに死なせれば、結局は自分の収益の減少につながることを、商魂たくましいゾン人たちは皆理解している。


 ゾンの、特に南部地方で必要とされる奴隷は、過酷な環境に適応出来ることが必須条件とされ、この条件を満たすことが出来るのは、南方民族以外では、同じゾン人しか存在しない。

 ゾン南部には、奴隷商と並んでゾンの財源を支える金鉱山や銀鉱山、大陸屈指の高品質を誇る金剛石ダイヤモンド紅玉ルビー蒼玉サファイアなどを産出する鉱山地帯が存在する。そのため、これらを採掘させるために、南方奴隷は必要不可欠なのであった。


 ゾンによる南方民族の奴隷狩りを阻止するということは、ゾンにおける奴隷市場そのものを破壊することになり、同時に労働力である奴隷を不足させることで、ゾンの大きな財源の一つである採掘活動を滞らせ、ゾンの国力を削ぐことが出来る。

 それは、カーシュナーの第一目標であるゾン全体の奴隷解放を実現させるため大きな足掛かりとなるのだ。

 だが、目的の土台となるはずの部族大同盟であったが、残念ながらカーシュナーの目論見は、南方民族における支配層、<長老>たちの無知と偏見によって阻まれてしまった。


「異人がこの地のことを語るな。貴様らの言葉はすべて毒だ」


 そう言ってカーシュナーの提案を拒む長老たちの目は、奴隷商人たちと同じく、差別と傲慢によって濁りきっていた。

 彼らにとって変化ほど忌むべきものはない。

 彼らの支配が未来永劫続くことがすべてであり、それは彼らにとって不変のことであったから――。 


 目をすがめて眺めていた大地の先に、ゆらめく陽炎のいたずらだろう。カーシュナーは一瞬、長老たちのゆがんだ顔と、その顔に穴を穿ったかのように思わせる暗く濁った瞳を見たような気がした。

 一瞬だけその翠玉の瞳が、鋼の様な硬い光を帯びる。

 だが、次の瞬間カーシュナーは自分の中で再燃した怒りの種火を消した。

 感情に任せた行動は、無用な血を流すことになる。

 冷静に、冷徹に、処分する必要のある者たちを確実に葬る。


 カーシュナーは自分の正義を絶対的なものだとは微塵も思っていない。

 これから排除することになる長老たちからすれば、カーシュナーこそが自分たちの秩序を破壊する悪なのだ。

 その事実を理解したうえで、カーシュナーの中に迷いはなかった。


 弱者を虐げ、差別し、暴力によって隷従をいる。

 それが過酷な環境下における弱肉強食という神話時代からの秩序の保ち方だとしても、たとえそれが必要悪であったとしても、カーシュナーは一片の理解も示すつもりはない。

 ここの地が、彼らが先祖から代々受け継ぎ暮らしてきた、彼らの土地であろうとも――。


 だが、長老たちが持つ特権意識は、ここ南方民族の土地に限ったことではない。

 差別や暴力に程度の差こそあれ、この広い大陸全土で当たり前のこととして支配階級に(、、、、、)受け入れられていることだ。

 今ある秩序を保つためならば、むしろ受け入れるべき感覚と言えなくものない。

 受け入れた者たちがそれぞれの正義の旗をかかげ、一定の安定を弱者にもたらし、その事実でもって自己の正当性を訴え、己と相容れぬ者たちを蹂躙するために、弱者を狩り出して争いを繰り広げている。


 受け入れて初めて正義を語ることが出来るのなら、自分は悪でいいと思う。

 いっそ悪一文字の旗を掲げてみるのも一興というものだ。

 そして事実これからカーシュナーがこの地で行おうとしていることは、間違いなく原始的ではあるが、それでも一応の体裁を整えている不細工な秩序の破壊に他ならず、それは悪しき行い以外の何ものでもなかった。


 再びカーシュナーの脳裏に長老たちの濁った目がちらつく。

 どの目も沼の底の汚泥を撹拌したような暗い色をしている。

 その暗い色は、カーシュナーの記憶の中から、人生で一番初めに出会い、現実を叩きつけた、真っ黒に濁った目を思い出させた――。









 現在はクライツベルヘン領となっているヴォオス唯一の港湾都市ハウデンは、かつては独立国家として王家をいただき、繁栄していた。

 隣国であり、大陸屈指の大国ヴォオスとの関係は、クライツベルヘン家を間に挟むことにより、一都市国家と大国の間に見られる従属関係ではなく、形式上は対等な同盟関係が築かれていた。


 ヴォオス側ではハウデンの併合をたくらむ動きが幾度かあったが、クライツベルヘン領を通過しない事には攻め入ることが出来ず、たとえいかなる理由であろうと、五大家筆頭クライツベルヘン家の領地へ軍を差し向けることは、国内有力貴族たちはもとより、歴代の国王たちにも出来なかった。


 自分たちの国が大国に呑み込まれることなく独立を維持し続けられるのは、クライツベルヘン家の威光によるものであることを、ハウデンの王族は理解していた。

 そして、国の意向を退けてまでクライツベルヘン家がハウデンへの侵攻を許さない理由が、都市国家でしかないハウデンを、ハウデンの国力をはるかに上回るクライツベルヘン家が、一つの国。一つの王家として敬意を払っているという、ただそれだけの理由であることを、ハウデンのクライツベルヘン家の高潔さとともよく理解していた。

 当然の結果として、ハウデン王家はヴォオス王家とではなく、良き隣人であるクライツベルヘン家との友誼を深めていった。


 その後造船技術の発展に伴い、ハウデンは港湾都市としてさらに栄えることになった。

 だが、もたらされた富と、その富をもたらした造船技術の発展が皮肉にも海賊たちをハウデン近海に呼び込むことになり、治安は乱れることになった。


 元々は漁業の盛んな都市であったハウデンは、小型の漁船は多く所有していたが、外洋にまで漕ぎ出せるような大型船舶は所有しておらず、海賊たちの横行に対抗する術を持たなかった。

 東の大国ミクニと、大陸西部諸国間を繋ぐ中継地として価値の高いハウデンではあるが、国力自体は大陸中に点在する小国と何ら変わるものではなかった。

 海路を使い諸外国に輸出するようなハウデン独自の特産品もなく、海洋貿易を主とする商人なども育ちにくい土地であった。

 そのため、ハウデンとして大型船を所有することに意味がなく、結果として造船技術の遅れを招き、海賊たちが所有する船舶に対抗出来るような海軍を組織することが出来なかったのだ。


 このため、時のハウデン王は武装商人たちを雇い、海賊対策を行ったが、その武装商人たちが裏で海賊たちと手を組み、内と外からハウデンの海洋貿易拠点としての利益を食い荒らし始めたため、ハウデンの財政は徐々に逼迫し始め、さらにハウデン貴族たちまで武装商人たちに取り込まれたことにより、ハウデン王家の地位そのものが揺らぎ始めた。


 人心の離反と、身の危険を覚えたハウデン王は、ひそかにクライツベルヘン家へと使者を送り、救援を乞うた。

 友好国ではあるがきっちりと密偵を送り込んでいたクライツベルヘン家は、ハウデン王の要請を受けると即座に武装商人たちの企みを暴き、裏切った貴族たちの身元も洗い出した。


 当時のクライツベルヘン家当主は一計を案じ、自国の国王はおろか、近隣の王家まで巻き込む盛大な舞踏会を開き、ハウデン王家直系の王族たちをまんまとハウデンから脱出させると、即座にクライツベルヘン軍でハウデンへと攻め込み、武装商人と裏切り者の貴族たちを討伐し、ハウデンを覆いかけていた不穏な空気を一夜にして払拭してみせた。


 舞踏会はそのままハウデンの戦勝祝いへと移行し、捕らえられた武装商人と裏切り者の貴族たちはその罪状が明らかにされ、公開処刑されることになった。

 クライツベルヘン家のはかりごとに利用される形となった近隣の王族たちであったが、自分たち同様今回の舞踏会に招かれた国内の有力貴族たち、それも王家との関係が危ぶまれている者たちの目の前で、王家に対して叛逆を企てた者たちが、その罪にふさわしい最期を遂げる姿を見せつけたことで、青ざめた自国の貴族たちの顔を眺めることが出来た各国の王族たちは、なかなかに悪趣味とも言えるクライツベルヘン家の余興に満足し、利用されたことを水に流した。


 特に捕らえた武装商人が莫大な額の脱税を行っていたラトゥの国王は、クライツベルヘン家の手腕の見事さに喝采を上げ、商人の処刑を自らの手で行うほど興奮していた。

 その後ハウデン王からラトゥ国王へ、処刑された武装商人から没収した私財の中から脱税分の金貨が支払わられ、戦勝祝いはより明るい空気のまま終了を迎えた。


 武装商人たちを雇い入れるというハウデン王家の誤りは正せたが、根本的原因である海賊の横行に関しては、まだ何も解決していない。

 クライツベルヘン家は大型船舶を持たないハウデンの状況を逆用し、速度と操作性に特化した小型船舶を大量に生産、大型船を操る海賊に対し、機動力で対抗した。


 外洋にまで漕ぎ出す能力こそないが、近海内では海に関する知識量と圧倒的機動力の差でハウデン港の安全を確保したクライツベルヘン家は、ハウデン王家より正式にハウデン近海の守護を依頼され、海軍を組織することとなった。

 その後クライツベルヘン海軍は、近海から海賊を遠ざけている間に大型船舶を建造し、外洋に点在していた海賊たちの拠点を順次襲撃、これをすべて焼き払い、ハウデンを利用するすべての船舶から、海賊による脅威を取り除き、ハウデンにさらなる繁栄をもたらした。


 クライツベルヘン家の働きに深く感謝したハウデン王家は、以降クライツベルヘン家との結びつきをさらに深めた。

 だが、主とは逆に、ハウデン王家に仕える家臣たちは、海軍という形でクライツベルヘン軍が駐留し、ハウデン王家に対して影響力の強まったクライツベルヘン家による内政干渉を恐れた。

 そして、両家が婚姻による血の結びつきを得たことで、その懸念はさらに高まった。


 家臣たちの反応は至極まっとうなものであった。

 真に自国の主権を憂うのであれば、強大過ぎる隣人は、ありがたくない存在だ。

 王家転覆を謀っていた武装商人と貴族たちを討伐するためとはいえ、ハウデンはいとも容易くクライツベルヘン軍により攻略されている。

 もしクライツベルヘン家に領土拡大の野心があれば、ハウデン内部の対立の機に乗じ、そのままハウデンを併合することは容易なことだったのだ。


 そしてその事実を裏付けるように、ヴォオス王宮でささやかれた不満が、

「内乱に乗じて併合してしまえばいいものを、格好ばかりつけおって……」

 という、これも自国の利益を第一に考える家臣であれば当然持つであろう不満であった。


 この噂を伝え聞いたハウデン王家の家臣たちは、改めてハウデンの命運がクライツベルヘン家の気分次第と言ってもいい状況にあることを思い知らされた。

 恩とは別に、立場上どうしても警戒心を抱かないわけにはいかないのだ。


 そんなハウデン王宮の人心を読み切っているクライツベルヘン家は、言葉での説得が不可能であることを理解しているため、ハウデン王家との交流以外の一切に対し、徹底して不干渉を貫くことになる。

 駐留するクライツベルヘン海軍は、海上以外の諸問題に対して一切見向きすることなく、ハウデンより借り受けた駐屯基地外へ出ることすらしなかった。


 クライツベルヘン家の徹底した不干渉に、家臣たちはようやく安心し、安心するとともに今度は自分たちの態度にクライツベルヘン家が機嫌を損ねたのではないかといささか不安を覚え始め、胃を痛めることになったが、それはクライツベルヘン家の関知することではなかった。

 その後クライツベルヘンとハウデンの関係は良好に進み、クライツベルヘンのハウデン不干渉は不文律となって両家の家臣の中に根付いて行った。


 両家が互いの関係を深め、その家臣たちが両家を尊重し合いながら長く平和な時が流れた。

 だがその平和は、不意についえることとなった。

 一人の船乗りが持ち込んだ疫病により、ハウデンを死の病が襲ったのである。


 ハウデン王はクライツベルヘン海軍をクライツベルヘンに返し、両国を繋ぐ断崖に刻まれた道を閉ざした。

 疫病をヴォオスに持ち込ませないようにするためである。

 自国を疫病の防波堤とするかのごとき行いは立派なものであったが、そこには幾通りかの表に出せない事情があった。


 第一に、この疫病がヴォオス側からもたらされたものではないことが明白で、万が一今後ヴォオスで蔓延するようなことがあれば、ヴォオスからの報復が予想されたからだ。

 仮にそうなったとしても、これまで通りクライツベルヘン家が間に入ってはくれるだろうが、被害の規模次第では、いかにクライツベルヘン家でもかばいきれない。

 疫病が発生し、それに対して正しい対処を取らなかったハウデンが、ヴォオスから責められるのは当然のことであり、クライツベルヘン家が筋を曲げてまで自分たちの意思を通すことはないからだ。


 第二に、疫病はすでに王宮にまで入り込み、国王自身も病に侵されてしまっていたからだ。

 国の最重要人物である国王を始め、王族全員がすでに感染が確認されており、もはや疫病を避けるために国外へ避難することが無意味な状態にあったのだ。

 国王がヴォオスへ避難しない決断を下した以上、それ以外の者たちに避難が認められるわけはない。

 それでもまだ疫病に感染していない貴族たちがヴォオスへと逃れようとしたが、疫病には潜伏期間が存在するため、未感染なのか発病前なのか判断出来ないため、ハウデン王は出国を許さなかった。

 当然それ以下の身分の者たちに避難が許されるはずはなく、第一の理由も含め、クライツベルヘンと唯一つながっている断崖の道は封鎖されたのであった。


 疫病はたった一月で栄えた港湾都市を巨大な墓地へと変えた。

 その致死率は八割を超え、治療に当たっていた医師たちが死に絶えると、感染者の回復はもはや運まかせとなった。

 感染を恐れた者たちにより、家の中に押し込められた感染者たちは生きたまま家とともに焼かれ、ハウデンには死者たちの灰が降り積もった。


 疫病は殺せる限りの人間を殺しつくすと、ようやく終息の気配を見せ始めた。

 生まれつき疫病に対して免疫のあった者、感染はしたが回復した者、その数は全国民の四割にも満たなかった。

 病が去った後のハウデンには、もはや都市国家としての機能は残されていなかった。


 そして、何より一国家としてのハウデンに決定的な致命傷をもたらしたのが王族の全滅であった。

 一度は回復の兆しを見せた王子がいたが、衰弱したその身体は蔓延した疫病とは異なる病の発症により、帰らぬ人となった。

 

 王子にはハウデン王家のみならず、クライツベルヘン家の血も流れており、事切れる最後に、家臣たちに一つの遺言を残した。


「……私の死後、ハウデンはヴォオスに庇護を求め、従属せよ。その際、ハウデンがクライツベルヘン領となるよう働きかけよ。クライツベルヘン家には、ハウデン王家の血も流れている。国としての歴史は絶えても、ハウデン人としての誇りまで絶やしてはならない……」


 残された家臣たちはこの遺言に従うべきか繰り返し議論を重ねたが、疫病によって失われた人的資源はハウデンの行政能力を著しく損ない、生き延びた人々の救済も満足に行えず、さらなる死者を出しているような状況であった。

 もはや独立国家としての誇りにこだわっていられるような状況ではなかった。


 こうしてハウデンはヴォオスに庇護を求め、最後の王子の遺言ということで、ヴォオス国王は家臣たちの懸念をよそに、ハウデンのクライツベルヘン合併を了承したのであった。

 家臣たちの懸念は、並の小国以上の力を有するヴォオス最大の貴族、クライツベルヘン家が、海洋貿易の拠点であるハウデンを手に入れることで、さらに強大化することだった。


 だが、ハウデンとはそもそもクライツベルヘン領によってヴォオス本土とは完全に隔離された立地であり、交通の便も悪く、その面積は一地方都市程度しかない。

 また、海産物資源以外の特産品を持たないため、南海岸線がすべて断崖によって海から隔絶され、海洋貿易とは無縁のヴォオス人には、ハウデンの真の価値を正しく理解することは難しく、ましてや疫病によって滅びたも同然であるため、とても魅力的な土地には見えなかった。

 クライツベルヘン家の取り成しもあり、表面上は対等の国家として扱って来たが、内心では小国であるハウデンを見下していたこともあり、ハウデンのクライツベルヘン合併は大きな波乱を見ることもなくヴォオス内でも受け入れられ、内陸との交流もないことから、あっという間に人々の記憶から消え去った。


 多くの人命を失ったハウデンは、その機能回復のためにクライツベルヘンからヴォオス人が大量に流入し、一気にクライツベルヘン的な気風となった。だが、クライツベルヘン家は亡きハウデン王家に対する配慮として、今後ハウデンを監督運営することとなるハウデン都督には、必ず旧ハウデンの貴族の生き残りを置き、ハウデンの内政には口を挟まなかった。


 その後ハウデンはクライツベルヘン領にあって独自の文化を発展させ、クライツベルヘン家もその違いを積極的に受け入れ、一族の子弟を幼少期の一定期間ハウデンで生活させ、広い視野と豊かな人間性を養う場として利用するようになった。


 時にカーシュナー十歳。

 まだ人の世の闇を知らない無垢な少年時代であった――。









 ふん、ふん、ふふ~ん。と、若干調子はずれの鼻歌を口ずさみながら、まだ当時十歳のカーシュナーは、近所の友人宅を目指し、上機嫌でハウデンの街を歩いていた。

 ヴォオス最大の貴族の子息としては、異例を通り越して異常といっても言い過ぎではないことに、その身辺には一人の護衛も付き従っていない。

 生まれた時からずっと一緒のダーンすら、その隣にはいない。


 平民の子供とまるでかわらない。


 さすがに完全に無防備というわけではないが、少なくともカーシュナーの視界内に、護衛の姿はなかった。

 市井しせいの暮らしに身を置き、その暮らしぶりや考え方を学ぶことで、将来人を治める立場に就いた時に、治めるべき人々の心情を酌み取り、独善的な支配者にならないように教育するため、クライツベルヘン家では男児は十歳になる年の約半年間をハウデンで暮らさせることにしている。


 将来は二メートルを超える長身に、長い手足。加えて無駄なく引き締まった肉体しているため、悪意を込めて枯れ木と揶揄されることになるが、十歳当時のカーシュナーは年相応の身長で、一見すると金髪に翠玉のような瞳を除けば、女の子のように可愛らしい顔をしたただの十歳の少年だった。

 もっとも、剣術や武術の心得のある者が見れば、その小さな体が年齢にそぐわないほど鍛え抜かれていることに気がついたかもしれない。


 カーシュナーを見かけた近所のおばさんが声を掛ける。

 声を掛けられたカーシュナーは、平民の子供らしく、元気に応える。

 そこにはこれまで厳しくしつけられた礼儀作法は欠片もうかがえない。

 ハウデンでは身分を隠して暮らすことになっている。

 あまり丁寧に挨拶を返すと、育ちの良さがばれてしまうのだ。

 諜報活動に重きを置いているクライツベルヘンでは、市井の中で暮らすことで、ごく自然に別人を演じる頭の回転と演技力を鍛えているのだ。


 だが、黒髪黒目の大陸人の中にあって、カーシュナーの容貌は見立ち過ぎる。

 本来であればどこにいてもその身分を偽ることは不可能なのだが、大陸外から渡って来る通称渡来人が多く暮らすハウデンでは、カーシュナーの容姿はそこまで際立つことはない。


 今声を掛けて来たおばさんも、まるで白髪のような銀髪に、色の薄い水色の瞳をしている。

 カーシュナーが暮らすこの町は、特に渡来人やその子孫が多く暮らしており、まるで宝石箱を覗き込んだかのような、きらびやかな色彩にあふれている。


 カーシュナーは知識としてこの大陸に暮らす人々が、外見の異なる彼らを差別し、虐げていることを知っていたが、毎日同じことを繰り返すだけの平和な暮らしの中で、小さな幸せを見つけ、笑顔で暮らす人々に囲まれ、このハウデンの外の世界の現実を、まだ実感として受け止めることは出来ないでいた。


 話し好きなおばさんであるため、

(つかまりたくないな~) 

 とカーシュナーが考えていると、運良く別のおばさんが現れ、カーシュナーになおざりな挨拶をすると二人で話し込み始めた。

 カーシュナーは平民の子供らしく、大人の会話には無関心のていを装い、するっとその場を後にする。


「奥さん聞いた~? 港町のダニエルさんの……」

「ちょっと! 声が大きいわよ!」

 と言いつつ自分の方が大きな声を出してたしなめる。

「知ってるわよ。奥さん出て行っちゃたんですってね……」

 

 まったくの無関心を装いつつ、カーシュナーはおばさんたちの会話に耳を澄ましていたが、たわいもない夫婦喧嘩の噂話かと思い、聞くのをやめた。

 この後もカーシュナーはぶらぶらと歩きつつ、人々の会話に耳を澄ませていた。

 それはカーシュナーの性格からの行動ではなく、この町で暮らす際に出された課題の一つだったからだ。

 情報には常に敏感でなくてはならない。

 また、情報収集の手段はいくつもあり、子供であるカーシュナーはその特性を生かし、無関心を装いつつ聞き耳を立てることでハウデンのかなりの情報を蓄えていた。

 もっとも、その七割以上はうそか本当かもわからない与太話ばかりであったが。


 いつもの習慣で大人たちの会話に耳を澄ましていたカーシュナーは、この噂話以外に、どこどこの旦那が浮気相手の女の家に入り浸ってまったく帰ってこないという話や、親の反対にあっていた恋人同士が駆け落ちしてしまっただの、いかにも噂話好きな人々が好みそうな醜聞を数多く拾い上げていた。


 初恋もまだのカーシュナーには大人の事情はまだ早く、根の部分を理解出来ない話題はその記憶の上を滑って流れ、まったく残ることはなかった。

 そうこうしている内に、カーシュナーは目当ての友人宅に辿り着いたため、雑多な情報の全てを忘却のごみ箱に叩き込んだ。


「……パウリーン、どうしたの?」

 だが、友達に掛けたカーシュナーの声には、それまでの上機嫌さがまるでない。

 遊ぶ約束をしていたはずの少女が、自宅の玄関先にうずくまり、両腕で抱えた膝の間に小さな顔をうずめていたからだ。


「……カーシュ」

 カーシュナーの呼びかけに、一度は顔を上げたパウリーンであったが、一言呟いたきり、再びうつむいてしまった。

 カーシュナーの金髪よりも薄く、白金に近い美しい金髪に、澄みきった秋の空を連想させる青い瞳を持つパウリーンであったが、そのどちらもが輝きを失ったように暗く沈んでいる。


「何があったの?」

 何かあったの? ではなく、何があったのかとカーシュナーは尋ねる。

 並の十歳の少年には持ちえない鍛えられた精神と、広い知識が、カーシュナーに正確に状況を認識させたのだ。


「……帰ってこないの」

 パウリーンが小さな声で呟いた。

 まるで、言葉にしてしまうと否定したい事実が、避けようのない現実として襲い掛かってくることを恐れるかのように。


 誰が帰ってこないの?

 カーシュナーはこの言葉を問いかけなかった。

 パウリーンの家は、小さいがいろいろな商品を幅広く手掛ける雑貨商を営んである。

 その店が、もう一週間以上も店も開けず、閉めきられている。

 もっとも、それは実入りの良い特別な仕事が入り、パウリーンの両親はその仕入れのために、一時休業しているからだ。


 カーシュナーもたまたまパウリーンの両親が慌ただしく出立の準備をしているところに偶然出くわし、パウリーンの母親から大まかなことは聞いていた。

 その時、たしか一昨日、遅くとも昨日の内には戻るから、パウリーンをよろしくねと言っていた。

 出立の慌ただしさから推測するに、おそらく今日が納品の期日と思われる。

 

 商売は信用が第一だ。

 パウリーンの両親はそのあたりのことは良く心得ているらしく、近所でも評判の良い店で、利益を優先するあまり、出来もしない仕事を受けるようないい加減な仕事をするような商売人ではない。

 ギリギリではあるが、それでも確実に期日に間に合うと計算して引き受け、最低一日の余裕も見ていたことは、カーシュナーに語った言葉から推測出来る。

 そんな両親が、今日になっても戻らないとあれば、パウリーンでなくとも心配するのは当然だ。


「ぼくが断崖の方を見てきてあげるよ」

 断崖とは、ヴォオス南岸をぐるりと取り巻く断崖で、ハウデンはその断崖からまるで取り残されたかのように海へと伸びるたった一か所の大地に築かれた都市である。

 そして、ハウデンとクライツベルヘンを繋ぐ唯一の道が、その断崖に巨大な亀裂となって走っている。


 どこへ行ったのかはわからない。

 だが、ハウデンはけして広くない。

 たとえかつては独立した一国家であったとしても、その規模はごく標準的な地方都市と大差ない広さだ。

 馬車を使って往復で一週間以上もかかるなどということはない。

 間違いなくハウデンを出ているはずだ。

 そこまで推測して、カーシュナーは断崖方面へ行くことを決めたのだ。


「カーシュ、お父さんとお母さんを探して来てくれるの?」

 パウリーンが不安で曇る顔を上げ、秋空の瞳で見上げてくる。

「うん。もしかすると断崖の道が崩れて帰ってこれないのかもしれないからね」

「私も行くっ!」

 そう言って立ち上がったパウリーンに、カーシュナーは首を横に振ってみせた。


「パウリーンはここにいて。おじさんたちと行き違いになってもいけないし、もしかすると連絡が入るかもしれないから」

 カーシュナーの言葉に、パウリーンは肩を落としつつもうなずき、まるで崩れるように再び玄関先に座り込んだ。


 帰っても来なければ、連絡もないからこそ、不安でいっぱいなのだ。

 待つことしか出来ない状況はパウリーンにとって辛い時間である。

 だが、それでも待つしかないのだ。やみくもに探し回っても、子供のパウリーンに歩き回れる範囲などたかが知れている。

 それは焦りに任せて早朝から目的もなくさ迷い歩き、疲れ果ててしまった自分の身体がよく知っている。


 パウリーンはカーシュナーの言葉に納得したのではなかった。だが、すでに気持ちがくじけてしまっているため、一緒に探しに行きたいという自分の気持ちを押し通すだけの気力がもう底をついてしまっていたのだ。

 それに、自分を気遣ってくれている目の前の少年は、自分よりも一歳年下の、まだ十歳にすぎない子供にもかかわらず、驚くほど冷静な部分を持ち合わせていた。


 自分や近所の子供たちと、ふざけて笑い合い、一日中駆け回る幼い少年らしさを見せたかと思えば、遊んでいて塀から落ち、骨折してしまった少年を中心に全員がおろおろしている状況の中で、的確な処置をして怪我した少年を励まし、自分よりも大きな身体をしているその少年をたった一人で担ぎ上げ、医者に運び込んだことがあった。


 その際医者に対して事細かに状況説明をし、骨折以外の怪我がないかを調べてくれるよう頼んでいた。

 年老いた医者は素早くカーシュナーの処置を確認し、説明された状況から予測される頭部や内臓の損傷の可能性を確かめ、骨折以外に大きな怪我を負っていないことを確認すると、

「いや、まいった。坊主がいれば、わしのすることなんぞほとんどないわい」

 と言って目を白黒させていた。


 ただ後をついて行くことしか出来なかったパウリーンたちにとって、大人も感心するカーシュナーの判断力と行動力は、幼いが故にまだ明確な形こそ取らないが、それぞれの胸に憧れを刻み込んだ。

 パウリーンもまだ意識出来ていてないが、心の奥にはカーシュナーに頼る気持ちが存在している。

 自分には出来ない事でも、カーシュナーならかんとか出来るのではないかと思えてくる。


「待っててね」

 そう言って少年らしく笑い、断崖目指して駆けて行くカーシュナーの背中を見送りながら、パウリーンは自分の頬が赤くなっていることに気づいていなかった。









 カーシュナーは断崖目指して走りながら、意識を周囲の会話に集中させていた。

 パウリーンの両親は、商人としてはまだ駆け出しをようやく過ぎたばかりで、その名はそこまで広く知られていない。だが、ハウデンでも屈指の美男美女の夫婦として知られていた。

 どちらも渡来人の血を色濃く引いており、金髪碧眼というその容姿は、クライツベルヘンでは日常化したとはいえ、いまだに渡来人に対する差別と偏見が強く残るこの大陸では際立っている。

 

 どれ程かというと、夫婦喧嘩ではよく相手を罵るためにその名が引き合いに出され、

「はんっ! お前がマリーアの十分の一でも器量が良けりゃあ、俺だって毎日飲み歩いたりしねえよっ!」

「よく言いうよっ! あんたこそ、その足の裏みたいな汚い面が、ユリウスの百分の一でも整ってりゃあ、あたしだって化粧の一つでもして着飾ったさ。でもね、見せる相手があんたじゃ一欠けらのやる気も出てきゃしないよっ!」

 といったやり取りが頻繁に起きるほどだ。

 

 いちいち聞き込みを行わなくても、よく耳を澄ましていれば、二人に関する情報を拾える可能性がある。

 子供が成長し、剣術、武術の稽古が始まる時、クライツベルヘン家ではそこに加えて密偵としての訓練も加わってくる。

 貴族の、ましてや全ヴォオス貴族の頂点とも言える五大家筆頭の子息が本来身につけるような技術ではないのだが、<情報力>の真の価値を理解するクライツベルヘン家では、剣術、武術以上に力を入れて指導を行っている。

 密偵を統括するバルトアルトに徹底的に鍛えられているカーシュナーは、その技術もだが、優れた理解力により、情報収集の重要性を正しく理解していた。


 残念ながらパウリーンの両親に関する情報は得られなかったが、ここでも家出人に関する噂話が多く聞かれた。

 笑い話の中に紛れていることもあり、始めは同じ人間の噂話が広まっているのだろうとたいして気にも留めなかったが、同じような内容にもかかわらず、出てくる人間の名前が違うことに気が付いたカーシュナーは、注意深く耳を傾けると同時に、聞き流してきた情報にも改めて意識を向けた。


 耳から入ってくる情報も、記憶の中の情報も、微妙に食い違っている。

 これらの情報が万が一すべて異なる人物に関する噂話であるとすると、十人や二十人ではすまない。

 情報の入り口があまりにも日常的な醜聞から始まるため、まだ誰も気に留めてはいないが、実は数十人規模の行方不明者が出ていることになる。

 カーシュナーの推測が正しければ、これは異常事態だ。


 クライツベルヘン本領へとつながる断崖の道に辿り着くと、カーシュナーは関所へと向かった。

 ハウデンはヴォオスで唯一海へと開けた土地である。

 すべての大陸隊商路が王都ベルフィストで交差するため重要視されていないが、たった一つの海路であることの意味は大きい。

 裏の顔を持つ商人などは、海外からの禁制品をなんとかヴォオス国内に持ち込もうとするが、陸路の検問が厳しいため、海路からクライツベルヘンを経由して持ち込みを図るのだ。


 実はこれまでにおいて一度たりともクライツベルヘン経由で禁制品の持ち込みが成功したことはないのだが、この関所をなんとか潜り抜けようとする商人は後を絶たない。

 それはクライツベルヘン家がありもしない密輸成功例をまことしやかに大陸商人たちの間に流し、誘い込んでいるからだ。

 そのため、一見すると重要な国境線などに設けられる関所などとは比べるまでもない小規模な関所なのだが、その実態はクライツベルヘン家当主であるヴァウレル直下の密偵が監視に当たる突破不可能な関所となっていた。


 幼くとも領内の重要拠点は把握済みのカーシュナーは、ごく自然にハウデンの十歳の少年らしい態度で関所に入ると、緊張気味に要領を得ない言葉でパウリーンの両親についての情報を尋ねた。

 対応に当たる関所の役人は若干迷惑そうにしながらも、パウリーンの両親について調べてくれる。

 その態度はいかにも代わり映えしない日々の作業に慣れきってしまい、緊張感に欠けているようにしか見えないが、時折周囲に向けられる視線はどうでもよさそうに見えて必要な情報はすべて押さえていた。


 ヴァウレル直属の密偵である。当然カーシュナーの顔は知っているし、何故ハウデンにいるのかも承知している。

 それでもカーシュナーが装った平凡な少年の様子はあまりにも自然で、一瞬気づかない程見事なものだった。

 思わず漏れそうになった苦笑を何とか堪えてその後の面倒臭そうな態度を崩さずにすんだが、その密偵としての天性の素質に、当主直属の密偵である男は、心の内で賞賛を送っていた。


「一週間ほど前に仕入れに出たようで、昨日ハウデンに戻っているね」

 男は通行管理記録表を閉じるとカーシュナーに伝えた。

 まったく表情は変わらないが、カーシュナーの指が素早く動き、自分と同じように通行記録の確認に来た者はいないかと、指言葉で問いかけてくる。


 男は苛立たしそうに机を指で弾くようにしながら、さりげなくカーシュナーの質問に答えた。

 答えは今月に入って通行記録の確認以来が十一件あり、カーシュナーで十二件目であることを伝えた。

 伝えつつ、その数字に男も引っ掛かりを覚える。

 ハウデン側からこういった問い合わせが来る場合、ほぼ間違いなく尋ね人が帰宅予定日を過ぎても戻らない場合だ。逆に到着予定日を過ぎても人や荷物が到着しない場合に同様の問い合わせがあるのはクライツベルヘン側からである。

 

 こういった問い合わせはさほど珍しいことではない。だが、カーシュナーの問い合わせを含めて十二件とい数字は多い。他の国ならまだしも、クライツベルヘンでは特に商人の意識が高い。いい加減な人間が成功するような余地など、狂的なまでに人材発掘にこだわるクライツベルヘンでは、人材の海に沈み込んでしまうからだ。

 すべての問い合わせに対して直接男が対応したわけではないので断言は出来ないが、問い合わせはどれもそこまで切羽詰った様子ではなかった。そのため、男も今の今まで気に留めていなかったのだ。

 だが、一度気づいて見方を変えると、要は行方不明者が今月だけですでに十二件発生していると見ることも出来る。

 その事実は、密偵としての男の嗅覚を刺激した。


 そして、同じくこの事実に懸念を覚え、表面には一切表さず、指言葉で秘密裏に伝えてきたカーシュナーの機転に舌を巻く。

 三人の兄たちも皆優れた資質を示してるが、最もクライツベルヘンらしいのは末弟であるカーシュナー様かもしれないと男は思った。

 

 カーシュナーは男に詳しい調査を依頼すると、表面上はパウリーンの両親の足取りが確認出来たことに満足している風を装い、関所を後にした。

 だが、その幼いはずの翠玉の瞳が、一瞬鋭い光を放ったのを男は見逃さなかった。

 普段通りの気だるげな態度で男は立ち上がると、配下の一人を使いに出し、自分は十二件すべてのその後の足取り調査へと向かった。


 関所を後にしたカーシュナーは、関所から真っ直ぐ伸びるハウデンの入り口付近の商店で軽く聞き込みをし、まったく目撃情報が得られなかった時点で早々にパウリーンの両親捜索を打ち切った。

 代わりに、ここまでの道中で耳にした家出人の情報確認を行う。

 関所で得たさらなる情報から、カーシュナーはこれらの行方不明者の情報が、楽観視出来ないものであり、かなりの確率でパウリーンの両親も関わっていると疑っていた。


 この懸念が単なる過ぎた妄想の産物であれば、パウリーンの両親は帰宅よりも商品の配送を優先させたことになり、遠からず戻ってくる。カーシュナーの行動はすべて無駄に終わることになるが、それならそれで一向に構わない。

 パウリーンがこれ以上辛い思いをしなくてすめばそれでいいのだ。


 だが、もしそうではなかった場合、行動の遅れは、そのまま事態の究明の致命的遅れにつながりかねない。

 自分ですら事態の異変に気づいたのだ。他にも異変に気が付く者が出てきてもおかしくないだけの時間が経過している。

 これが事件性のある出来事であれば、その首謀者はそろそろこの事態に見切りをつけるころだ。

 時間的余裕はないと考えて動くべきだとカーシュナーは考えた。


 別の人探しをしている振りを装い、これまで噂話をしていた者たちに尋ねて回り、カーシュナーはかなり詳しい情報を手に入れた。

 心配そうに曇る少年の翠玉の瞳に見つめられ、皆何とかしてやりたいと、聞き出すまでもなくありったけの情報を提供してくれたからだ。


 それらの情報の裏付けを取っていく中で、一つの共通点が浮き上がって来た。

 家出人として噂されていた人物全員が、渡来人、もしくはその子孫だったのだ。

 この大陸で、渡来人とその子孫が平和に、安全に暮らせる国はヴォオスしかない。

 もっと言えば、ヴォオスの中の五大家の領地しかない。

 その中でも最も多くの渡来人とその子孫を抱えているのがクライツベルヘンであるが、それでも領民の大半は黒髪黒目の大陸人で構成されている。


 家出人の全員が渡来人とその子孫など、どんな偶然が重なったとしてあり得ない。

 一連の失踪はすべて裏で繋がっていると考える方が自然だ。

 ここまで事態が判明した時点で、カーシュナーはパウリーンの元へと戻ることにした。

 カーシュナーの推測が正しければ、パウリーンの身も危険にさらされていることになる。


 カーシュナーはそれまでのいかにも子供らしい態度を捨て、獲物を追う猟犬のごとくパウリーンのもとへと駆け出した――。









「どう責任を取るつもりだっ!」

 大量の唾と共に、鼓膜が破れそうな怒声がパウリーンに浴びせられる。

 家の玄関先に座り込んでいたパウリーンは、その大声にすくみ上り、恐怖のあまり声も出せないでいた。


「期日はとっくに過ぎているんだぞっ! わかっているのかっ!」

 怒鳴り声の主はパウリーンの両親に今回の仕事を依頼したという商人だった。

 裕福な身なりで一角の商人であることがうかがえる。

 だが、その人柄は身なりほどゆとりはないようで、納品期日になっても商品を納めないパウリーンの両親に対する怒りで見境がなくなっていた。


「……ご、ごめんなさい」

 十一歳とはいえ商人の子だ。

 パウリーンにも納期を守らないことの意味はわかる。

 何とか泣かないように両手を握りしめると、震える声で両親に代わって謝罪した。


「詫びろと言っているのではないっ! どうしてくれるのかと言っておるのだっ!」

 だが、パウリーンの精一杯の謝罪は、さらなる怒声を招いただけであった。

 もはや商人の顔を見ることも出来ず、パウリーンは身を固くしてちぢこまる。

 その態度に余計に苛立ったのか、商人による言葉の暴力は、パウリーンの幼い心を徹底的に痛めつけた。


 荒い息をつきながら、ようやく落ち着きを取り戻したのか、商人はパウリーンを怒鳴りつけるのをやめていた。

 パウリーンは泣きながらひたすら謝り続けることしか出来ず、商人の怒声が止むころにはボロボロになっていた。


「……すまなかった。君に怒鳴っても仕方のないことだったのに、今回の取引があまりに重要なものだったせいで、取り乱してしまった」

「……ごめんなさい」

 散々怒鳴りつけておいて、急に態度を一変させ、商人はパウリーンにやさしく語りかけた。

 怒りの嵐に翻弄されていたパウリーンは、思考が麻痺してしまって、これまでと同じようにただ謝ることしか出来なかった。


「いや、謝るのは私の方だ。大きな声を出してしまってすまなかった。許してほしい」

「…………」

 思考が麻痺してしまっているパウリーンは、商人の言葉に対して何の言葉も出てこない。

 ただ、これ以上怒鳴られなくてすむかもしれないということに安堵するばかりであった。


「実は私の方でも君の御両親を探させていてね。ちょうどその報告が入る時間なんだ。上手くすればご両親の行方がわかるかもしれない。君も来なさい」

 商人はそう言うとやさしく手を差し伸べた。

 帰らぬ両親を待ち続けていたパウリーンは、商人の言葉に藁にもすがる思いでその手に手を伸ばした。

 その手を商人が取ろうとした瞬間、唇の両端がほんのわずかではあるが、いやらしく吊り上がったのに、パウリーンは気づくことが出来なかった。


 商人の手が、パウリーンの細く小さな手を、商人らしくない厳つい手で取る寸前、パウリーンとたいして大きさの変わらない温かい手がさらっていく。

 同時に驚くパウリーンと商人。

 二人の間に立ち塞がったのは、カーシュナーであった。


「なんだ小僧っ!」

 再び商人が怒鳴り散らし、カーシュナーの背に庇われたパウリーンが身をすくめる。

 凄まじい形相で商人はカーシュナーを睨みつけたが、睨まれているカーシュナーは、その形相も、耳がおかしくなりそうな怒鳴り声も平然と無視し、堂々と商人の目を見返していた。

 そのあまりの揺るぎのなさに、睨みつけていた商人の方が思わず怯む。


「僕の名前はカーシュナー。あなたはどちらの商人様でしょうか?」

 カーシュナーはまず名乗ると、続いて相手の素性を問いただした。

「なんで私が貴様のような小僧にいちいち名乗らねばならんのだっ!」

 問われた商人が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


 先程から散々怒鳴り散らしているが、今日この時間、この地区の大人たちは集会所に集まり、年に一度行われる一番重要な集会で、地区の行事や問題、決まり事を話し合っている。

 そのため、今この騒ぎを聞きつけて顔を出す大人はいない。

 人目があればさすがに商人も人目をはばかり、ここまで感情に任せて怒鳴り散らすことは出来なかっただろうが、人目がないのをいいことに、商人は子供相手に威圧目的で怒鳴り散らしていた。  

 

「名乗れない理由があるんですか?」

 だが、カーシュナーは商人の威圧などどこ吹く風で、平然と問い返す。

「貴様の相手などしている時間はないっ! どけっ!」

 商人はそう言うとカーシュナーを押し退け、パウリーンの手を取ろうとした。

 その手首をカーシュナーは左手で取ると外向きにひねり、右手で商人の親指を掴むと、腕全体を抱き込むようにして回転した。


 親指を掴んで捻ったことで手首の関節が極まり、回転と同時に体重を掛けることで、肘関節も決める。

 カーシュナーを子供と侮っていた商人は、突然襲い掛かって来た手首と肘の激痛に、悲鳴を上げながら痛みの流れに従い自ら地面に叩きつけらた。

 もしここで商人がカーシュナーの回転に対して踏ん張っていたら、その肘は本来けして曲がることはない方向に曲がっていただろう。


 頭は打っていないが、腰を強打した商人は地面に大の字になり、痛みに呻く。

 とてもすぐに起き上がれるような状態ではなかったが、商人はそのまま寝転がっているわけにはいかなかった。

 カーシュナーが追撃として商人の喉を踏み抜こうとしたからだ。

 容赦のない急所攻撃に、必死で転がり逃げる商人を、カーシュナーは追わなかった。

 商人の目に、自分に対する恐れを見たからだ。


「ちょ、ちょっと待てっ! 乱暴はよせっ! 大きな声を出したのは悪かった。謝る。私の話を聞いてくれっ!」

 商人はそう言うと、地面につんいになったまま、痛めていない方の手を懸命に振り、敵意がないことを必死で訴えた。


「わ、私は港北区で商売をしているサンデルという者だ。その娘の両親に仕事を依頼したのだが、期日を過ぎても荷がまだ届かないので、様子を見に来ただけなのだっ!」

「失礼ですが、港北区のどちらでしょうか?」

「な、なに!? エ、エヒト五番街の、きゅ、九の六だっ!」

 目の前の得体の知れない小僧が、いったい何にこだわっているのかわからない商人は、とにかく言葉で丸め込もうと考え、適当に答えた。

 痛い思いをさせられたが、それでもいまだに子供と思い侮っているのだ。


「そこは倉庫です。ちなみに所有者はエヒト一番街一の三に事務所を構える商人ルイスさんです」

 商人の説明に対し、カーシュナーは無表情なまま答えた。

「……えっ? あっ! ああ、あ~間違い。勘違い。シント七番街の十二の五だったっ!」

「ハウデンは九×九を基本に分割管理されています。したがって、シント七番街は存在しますが、十二の五に該当する場所は存在しません」

 淡々と商人の嘘を指摘するカーシュナーに、商人は先程の暴力以上の恐怖を感じていた。


(なんなんだ。このクソガキはっ! 気持ち悪りぃなっ!)


 とても子供から受けるような重圧ではない。

 商人は心の中で罵りつつも、カーシュナーの得体の知れない迫力に完全に呑まれていた。

 額に浮いた油汗を袖で拭いつつ、商人は必至で話題を逸らそうとする。


「そ、そんなことより、君、早くしないとっ! お父さんとお母さんの情報が入っているかもしれないよっ!」

 商人はカーシュナーを相手にするのではなく、その背に庇われているパウリーンへと話しかけた。

「その情報とは、どこから集められ、どこに集積されるのですか?」

 だが、カーシュナーはそんな商人の意図を見透かしたうえで問いかける。

 問われた商人は思わず舌打ちを漏らした。


「き、君からもこの子に言ってくれないかっ! 君も商人の娘なら、私がどれだけ困っているかわかるだろう? この子にこれ以上妙な言いがかりをつけて邪魔しないように言ってくれっ!」

「パウリーン。関所の通行記録では、ユリウスおじさんの馬車は昨日通過したそうなんだ」

「本当にっ!」

 今度はカーシュナーが商人を無視してパウリーンに話しかける。

 その言葉に、怯えていたパウリーンも声を上げる。


「す、素晴らしいっ! だとしたら、君のお父さんたちはきっと、今頃私の事務所に顔を出しているだろう。さっそく一緒に会いに行こうっ!」

 そう言うと商人は、けしてカーシュナーとは視線を合わせないようにして、必死でパウリーンへと手を伸ばした。

 その手にカーシュナーが無造作に手を伸ばすと、商人は慌ててその手を引っ込めた。

 先程の肘の痛みを思い出したからだ。


「でもね。すごく不思議なことに、関所付近の人たちの誰に聞いても、おじさんとおばさんを昨日見かけていないんだ。一人でも目立つのに、あんなに目立つ二人が一緒にいるにもかかわらずね」

「……どういうこと?」

 パウリーンが不安そうに尋ねる。


「おじさんの通行許可書と登録馬車が関所を通過したことは間違いない。でも、肝心のおじさんたちを見た人はいない。つまり、関所を通過したのはおじさんたちじゃなかった(、、、、)可能性が高い」

「……えっ?」

 疲弊した今のパウリーンの理解力では、カーシュナーの持って回った言い方では理解するのは難しかった。だが、カーシュナーの言葉に、商人の額に浮かぶ油汗の量は倍増することになった。


「今このハウデンでは、いろいろな形で消息が分からなくなっている人たちがいる。そして、そのほとんどが、おじさんやおばさんのように、光り輝く髪の毛に、宝石のような瞳をした渡来人か、もしくはその子孫ばかりなんだ」

「…………」

 ここに至って、パウリーンの疲れた頭にも、カーシュナーの言葉の意味が染み渡る。

 そして、その秋空の蒼さを切り取ったかのような瞳は恐怖に見開かれ、愛想笑いを浮かべる商人の顔をひたと見つめた。

「君と同じね」


 何か言わなければと、商人は口を開いたが、言葉が出てこない。代わりに出てくるのは、商人の焦った内心を映すかのような噴き出す油汗だけだった。

 もう十分だった。

 商人の対応と反応が、カーシュナーの推測を裏付けてくれた。

 カーシュナーは不意に大量の空気を吸い込むと、まだまだ声変りなど当分先の高く澄んだ声で一言叫んだ。


「助けてっ! 人さらい~~~~~~~っ!」


 隣三軒どころか、間に百軒挟んでいても耳を塞ぎたくなるような大音声が響き渡る。

 カーシュナーの後ろにいたパウリーンですら三半規管が狂わされ、立っていられなくなるほどの大音声は、目の前の商人にもろに襲い掛かった。

 叫ばれた内容も問題だったが、それ以上に大音声に襲われた商人の三半規管が大問題だった。

 咄嗟に耳を塞いだが間に合わなかった。

 視界が歪み、天地の感覚すら怪しくなる。

 そして、その大音声を聞きつけた集会所からは、何事かといぶかりながら大人たちが姿を現してくる。


 最悪の状況に陥ったと悟った商人が、まるでマタタビに酔った猫のように腰砕けになりながら、慌てて逃げ出して行く。

 カーシュナーは大人たちが駆けつけてくると問答無用でパウリーンを頼み、商人の追跡に向かった。

 走るというより転げながら逃げる商人に追いつくのは簡単だった。

 だが、カーシュナーは慎重に距離を取り、目ではなく耳を頼りに物陰に身を潜めながら商人を追跡した。


 カーシュナーの推測が正しければ、これはかなり規模の大きな犯罪につながっている可能性がある。

 とてもこの商人一人で出来る犯行ではない。そもそも商人という身分も怪しい。

 間違いなく仲間がおり、今も一人で行動しているとは限らない。

 カーシュナーは追跡している自分が、別の誰かに追跡される可能性も考慮して行動しているのだ。


 背後を警戒しつつ商人の尾行を続けていると、商人は港北区に戻るどころか、今ではハウデン市民から危険地区と呼ばれて忌避されている港へと向かった。

 そして、曖昧になっている危険地区の入り口付近で、いかにも荒事慣れしていそうな男たちと合流した。


「おいっ! 娘はどうしたっ!」

 男たちの中でも一際体格のいい男が、一人で戻って来た商人を問い詰める。

「す、すんませんっ! 妙なクソガキに邪魔されてっ!」

「はぁっ!? ガキに邪魔されただあぁっ! 誰に向かってそんなクソつまらねえ言い訳してるつもりだっ!」

 男は言葉と同時に商人を張り倒した。

 カーシュナーによる大音声攻撃からようやく回復した商人の三半規管は、再びその調子を狂わされることになった。


 ひどい眩暈めまいに立ち上がることが出来ない商人は、這いつくばって許しを請う。

 その様子に、殴り倒した男以外の仲間たちが、侮蔑に満ちた醜いを笑みを浮かべて見下ろす。

「詫びなんかどうでもいい。さっさと戻って娘さらってこいや」

 男は商人の頭髪を鷲掴みにすると、無理矢理顔を上げさせ、恐怖に怯えるその目を覗き込んだ。


「む、無理ですっ!」

 商人が悲鳴を上げる。

「てめえ、ふざけんじゃねえぞっ! 小娘一人丸め込めなくてどうすんだっ!」

 話の内容が内容だけに、男は大声で怒鳴りつけるような真似はしなかったが、その分抑えられた言葉には激しい怒りが込められていた。


「ち、違うんですっ。バレているんですっ! うちらの計画がバレているんですっ!」

 殺されるのではないかと怯えた商人が、必死で言い訳する。

 その言葉に、怒りで見開かれていた男の目が、スッと細められる。

 荒事慣れしていない商人にはわからなかったが、怒りで目を剥いていた時よりも、不意に静かになり、目を細めている今の方がはるかに危険だった。


「バレてるたぁどういう意味だ?」

 男は商人の頭髪を離すと、代わりにその首を太い腕で抱き込み、引き寄せた。

「ガ、ガキが言ったんです。今このハウデンでいろんな形で消息が分からなくなっている人がいるって。そのほとんどが娘と同じ渡来人かその子孫だって。そして最後に「人さらい」って大声出しやがったんです」

「…………」

 商人の言葉に、男は無言のまま身じろぎもしなかった。

 ただ、商人を抱いた腕は、男の怒りが注ぎ込まれるように徐々に力が加わり、商人の首を締め上げる。


「く、苦し、は、放して……」

 商人は必至でもがいたが万力のような男の腕はびくともせず、泡を吹いて白目をむいてしまった。

 男は意識を失った商人を無造作に投げ捨てると、仲間たちに振り向いた。

かしらに連絡だ」

「ラズさん。頭は今日、上得意(、、、)の方に行ってますから連絡は出来ませんぜ」

 ラズと呼ばれた男は舌打ちを漏らした。


「調教はどうなっている?」

「先にさらって来た連中はあらかた調教済みです。ただ、ここ最近さらってきた連中はまだ……」

めておけ。下手すりゃ今夜中に動かすかもしれねえ。抱えて歩くなんざまっぴらだ」

「連中、こっちの言うこと聞きますかね?」

「知るかっ! 聞かなきゃ聞かねえで向こうの連中の責任だ。とりあえず筋だけは通しておけ」

「へい」


 ラズは忌々しげに指示を出すと、泡を吹いてのびている商人を蹴りつけた。

「いつまでひっくり返っていやがる。行くぞっ!」

 蹴られた商人が痛みで目を覚まし、ふらつきながらラズの後を追う。


 大人ではけして潜り込めない場所で、すべてのやり取りを確認したカーシュナーは、これ以上の追跡の危険性を考え、一旦引き揚げることにした。

 代わりにその場にいる全員の顔をしっかりと記憶に焼きつけておく。

 カーシュナーの中では、事態はまだ始まってすらいなかったのであった――。

 改めまして、長い間休載してしまい申し訳ありませんでした。


 三国同時侵攻編のラストあたりでかなりの醜態をさらしておりましたので、南波の状況はおおよそお察しいただいていたと思うのですが、その後、状況は落ち着くどころか諸事情ございまして、さらに追い込まれる状況となっておりました(苦笑)


 それでもまったく執筆に当てられる時間がなかったわけではないのですが、人間追い込まれ過ぎると思考がそのことに支配されてしまうと言いますか、そのことしか考えられなくなってしまうと言いますか、いざ時間を作って書こうとしても、頭の中は「困ったっ!」「どうしようっ!」「どうすればいいんだっ!」という、今考えてもどうにもならないことばかり考えてしまい、まったく書けなくなっておりました。


 本来そういったものを一旦リセットする意味でも南波にとって執筆はなくてはならないものとなっていたのですが、愚痴を言う気力もわかない程追い込まれると、人間には逃げ場がないのだと思い知りました。

 

 元来投げ槍というか、よく言えば割と思い切りのいい性格なので、普段なら、駄目なものはしょうがないと割り切ってしまうのですが、今回ばかりはその境地に至るまで時間がかかってしまいました。

 

 さすがに自分でも、これは切り替えをしないとマジでヤバいと思い、書くことは一旦脇に置き、とにかく好きな本を読みました。

 その作品世界にひたることで、ようやく意識の切り替えが出来るようになり、状況も少しづつ落ち着いたこともあり、執筆を再開することが出来るようになりました。


 正直まだ書き溜めは全然足りていない状況なのですが、それでもこれ以上連載を止め続けるのも良くないと思い、年度替わりのタイミングで連載を再開することにいたしました。

 ですので、今後は週一ではなく不定期連載となります。

 4月中は週一で投降出来ると思いますが、それ以降は執筆の進み具合で不定期となります。


 ちなみに4月2日という中途半端なタイミングでの連載再開となった理由なのですが、元号が4月1日から新元号にかわると勘違いしておりまして、本当であれば昨日投降する予定だったのですが、実は5月1日からということが昨日わかりまして、丁度連休中だし、読んでもらえるかもと思いまして、じゃあ、5月1日からにしよう! ということになりました。


 んなわきゃないっ!


 ここからさらに一ヶ月!

 いや、あり得ない、あり得ない!

 マジで怒られるっ!

 そして見捨てられるっ!


 まあ、新元号にこだわるとあと一ヶ月は投降出来なくなってしまうし、勘違いと気づくと、4月1日にこだわるのも馬鹿馬鹿しくなってしまったので、誤字脱字の修正をして投降しようとしていたのですが、文章的に読みにくかったり、リズムが悪い個所を、思い切ってもう一日使い、修正してから投降しようと思い、4月2日という中途半端な日になったわけです。


 こんなどうでもいいことを長々と説明してしまい、申し訳ありません。

 新元号の勘違いがあまりに馬鹿過ぎたので、ついネタにしてしまいました(笑)


 エグイ話がしばらく続きますが、カーシュナーの原点とも言えるお話なので、お付き合いいただけると幸いです。

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