<姫将軍>リードリット
深い森の一角で、刃と刃が打ち合わさって飛び散る火花が、不思議な美しさを演出する。
それとは逆に、森の木々でも吸収しきれない轟音が、互いの命を削ろうと、その周囲で荒れ狂う。
リードリットは己の力をよく理解していた。それは剛力などと呼ばれる範疇をはるかに凌駕し、金剛力の領域にある、神がかった力だった。
その細く引き締まった肉体は、まるで鋼を束ねたかのようであり、浮き上がる筋肉の束は、見事な躍動感を見せる。それはどう見ても速さを連想させる肉付きであり、技巧派の剣士のそれであった。
だが、リードリットの振るう長剣は、厚みが通常の三倍もある特別あつらえで、通常であれば両手で持って振るうものであった。厚みが三倍ならば、当然重さも三倍ある。にもかかわらず、リードリットはその長剣を片手で平然と振り回していた。
並の剣であれば、受けた時点で刀身をへし折られかねない剛刀だが、カーシュナーが持つ剣も、カーシュナー独自の剣技を生かすべく頑丈に作られているため、打ち合いが成立していた。
それでもまともに打ち合っては分が悪いカーシュナーは、シヴァと仕合ったときのように、あらゆる手段を使ってゆさぶりをかけていく。
隙あらば足を飛ばし、膝を正面から蹴りつけ、ときには膝裏に巨大な鞭の一撃のような下段蹴りを飛ばす。一度太ももに打ち込んだが強靭な筋肉に弾き返され、逆に足首を痛めかけたので、徹底的に膝を壊しにかかっている。
正攻法の剣術を学び、その後は独自に研鑽を続けてきたリードリットにとって、それは未知の領域の戦いであった。初陣となったゾン国との王都防衛戦や、その後のミデンブルク城塞へと拠点を移してのゾン国との小競り合いは、いずれもが騎兵戦であった。そのため、戦場での地上戦の経験はない。だが、日々ミデンブルク城塞の練兵場で地上戦の訓練は重ねている。だからこそ余計に感じた。
次元が違うと――。
訓練と実践は違う。当然だ。それがわからないような愚か者は初陣で死ぬ。
カーシュナーを前にして、リードリットは自分が今まで試合用の訓練を積んでいたのだと、苦い思いと共に痛感していた。
戦いに様式美を求め、名誉を重んじ、正々堂々たる果し合いの果てに勝利と名声を得る。騎士道を歩む者にとって、それこそが王道であり、王族たる自分の歩むべき道だと考えてきた。
己の道を貫き、戦いの果てに死ぬのであらば、それこそ本望であるとも思っている。
きれい事だった――。
目の前の男は己の信念を貫くために、命懸けで勝利を求めている。それも、命の懸け時、使い時を心得た男が、今この時にすべてを懸けて戦っている。
それに対して自分はどうだろうか? 真に命を懸けて戦っていると言えるだろうか?
答えは否だ――。
自分の心構えとは別の次元で、自分の命は保障されている。目の前の男は、己の信念を貫くために、自分を斬ることは出来ないのだ。それは信念の先に求めるもの、それを得るために、いま命を懸けて戦っている意味そのものを斬り捨てることになるからだ。
互いの剣が絡み合い、鍔迫り合いになる。腹の底に力を溜め、全身の力を使って弾き飛ばす。体重で上回るはずのカーシュナーが、一瞬体を浮かせるほどの勢いで飛ばされる。
カーシュナーは体勢を崩し、慌てて周囲の立木で身体を支え、転倒を免れる。
それを見て一気に間合いを詰めるリードリットの目に、カーシュナーはむしり取った樹皮のくずを投げつけた。突然視界をふさがれたリードリットは、思わず体勢を崩してしまう。それでも強引に振り回した剣がカーシュナーとの間に偶然距離を作ってくれたおかげで、なんとか体勢を立て直す隙が出来た。だが、視界は樹皮のくずと涙で霞み、形勢はいまだ不利な状態にある。
アナベルと赤玲騎士団の面々が、目つぶし攻撃を行ったカーシュナーに非難の声を投げつけるが、リードリットはカーシュナーの行為に対する怒りではなく、己の甘さに対して激しく憤っていた。
おそらくこの男は、鍔迫り合いからの力比べで自分に敵わないと悟った時点で目つぶしを考えていたに違いない。ひょろ長い体をあれほど巧みに操るこの男が、弾き飛ばされたくらいであれほど大きく体勢を崩すはずがないのだ。身体を支えるふりをして隙を見せると同時に、目つぶし用の樹皮をむしり取り、罠とも気づかず安易に飛び込んできた自分の視界を潰したのだ。
潜り抜けてきた修羅場の数と質の差が、如実に現れた結果といえる。
視界の悪いリードリットの隙を突き、一気にカーシュナーが攻勢をかける。先程のような鍔迫り合いにならぬよう、剣先が届くギリギリの距離から、背後に回り込むように連続攻撃を仕掛けていく。
防戦一方のリードリットも、ここは我慢のしどころと割り切り、完全に守勢に回る。性格上攻め気が前に出てしまうリードリットだが、基本を疎かにしない剣術の守りは堅い。
視界が効かないなりに剣先をさばくリードリットだが、カーシュナーのしたたかさはその上を行く。横薙ぎの大振りがかわされ、カーシュナーの連続攻撃に一瞬の間が空く――。
かと思ったリードリットの側頭部を、いつの間に手にしていたのか、カーシュナーの鞘が襲い掛かった。
完全に虚を突かれたリードリットは、鞘先端部の鉄の覆いに頭を割られ、右耳の少し上の辺りから派手に流血する。生暖かいものを首筋に感じながらも、リードリットは体勢を立て直すため、必死で後退しながら距離を稼ぐ。当たり所が悪かったこともあり、ただでさえ悪い視界に星が飛んでいる。平衡感覚もおかしくなっているのがわかる。
耳も遠くなり、アナベルや赤玲騎士団の面々ばかりでなく、少年までが何か必死に声を上げている姿がおぼろげに確認できるが、言葉が頭に入ってこない。
不意に追撃をかけてくるカーシュナーの動きが変わる。
大きく迂回するように背後に回り込もうとしたのだ。いくらめまいを起こしてるとはいえ、そのような雑ともいえる動きを見落とすリードリットではない。後退する方向を鋭角に変え、カーシュナーの不用意な動きを逆に利用し、距離を取ることに成功する。
めまいが去り、涙がくずを流し切ってくれたおかげで視界も取り戻せた。側頭部に受けた傷は出血こそ派手だが、深手ではない。勝負はまだこれからだ。
そう思った矢先、リードリットの回復した視力が、カーシュナーの背後のゾン国兵の姿を捉えた。
それは先程リードリットがカーシュナーから距離を取ろうとしていた方向だった。
助けられた……のか?
他に理由はない。奴ほどの戦士が打つ下手にしては、あまりにも下手過ぎる。むしろみっともない下手を打ったのは自分の方だ。あやうく自らの足で魔物の攻撃圏に飛び込むところだったのだ。
これはやはり果し合いではなかった。目の前の男が示してくれた戦士の矜持に、自分自身の未熟さ故に応えきれなかったのだ。
悔しさが全身に広がる。自暴自棄になりたがる自分と、真の戦士に触れられた喜びを見出す自分と、それ以外の幾通りもの自分が同時に騒ぎ出し、頭がおかしくなりそうになる。
おおぉあああぁぁぁあぁっっっっ!!!
男は突如咆哮した。リードリットは驚いて視線を戻す。
……視線を戻す!? 自分は戦いの最中にあって、相手から視線を逸らしていたのだ。
リードリットは素直に敗北を受け入れた。その上で全神経を、思考を、力を、体の内にあるすべてのものを剣に集中した。男の咆哮は、戦いから離れた自分の魂を、再び戦いに引き戻すためにあげられたものなのだから――。
男のまとう百戦の気が一気に膨らむ。それはまるで視認できそうなくらい濃密で、折れたはずのリードリットの心に、再び戦いの熱意を吹き込むほどの強さだった。
リードリットは本能に後押しされ、全力で間合いを詰める。カーシュナーも同様に、全力で間合いを詰める。
シヴァとの仕合でも見せた長身と長い手足、体中の筋肉を連動させ、全身を一本の鞭のようにして放つカーシュナー渾身の一太刀がリードリットに振り下ろされる。
初めて受ける途方もない力を持つ一撃に、リードリットも見事に渾身の一振りを合わせる。
あまりに強力な力の激突に、男勝りなはずのアナベルや赤玲騎士団の面々が、無意識に悲鳴を上げる。
逆に、固唾を飲んで見守っていたダーンや配下の兵士たちは、一物が縮み上がる思いで結果を待つ。
ただ一人、シヴァだけが面白そうに見物している。
直後、激しく、それでいて高く乾いた音が木々の間に響き渡る。そして、ほんの少しの間をあけて、不機嫌そうな鈍い音が、近くの木の幹から響いた。
折れ飛んだリードリットの剣先が突き刺さったのだ。
カーシュナーが振り下ろした一太刀は、最後に強引に軌道を変えられ、その切っ先はリードリットの足元の雪を割り、地面に突き刺さっていた。その結果、二人は額が触れ合いそうな距離でにらみ見合う形になった。
リードリットは黄金色の瞳を閉ざす。決着がついたのだ――。
しばしの沈黙ののち、カーシュナーの方から身を引く。そして、リードリットの前にひざまずき、地面から引き抜いた剣を捧げる。
型こそ丁重なものではあるが、そこには、自分は理屈ではなく行動で示した。次はお前の番だ。という強烈な意志が込められていた。その中には、逆上したリードリットがカーシュナーの剣を取り、斬り捨てる可能性も含まれている。カーシュナーはここでも自身の命を懸け、リードリットの度量を試しているのだ。
敗れようとも、リードリットにも譲れない矜持がある。敗北を飲み込み、背筋を正すとカーシュナーの剣を受け取り、改めてカーシュナーの手に返した。
「お前が口先だけの人間でないことはよくわかった。今後はお主の言葉に耳を傾けよう。ただし、お主の言葉が納得のいく内容であったらの話だがな」
無様な姿は見せまいと、気丈に振る舞っているが、素直になれないのは生まれつきのようだ。
カーシュナーは内心では苦笑しつつも、ただ頭を下げて応えるに留めた。
「カーシュナー卿。殿下は決してわがままを仰っているわけではないのだ。正しいことを仰っても、それがそのまま言葉通りに伝わることは稀と言ってもいい。故にご自身の意志は相手の意見など関係なく、強く押し通すより他にないのだ。貴族社会の偏見は、貴殿の方がよくご存じのはずだ。殿下の本当のお気持ちは、私とて理解できているなどとは言えない。どうか、殿下の赤い髪ではなく、金色の瞳ではなく、その御心を見ていただきたい。伏してお願い申し上げる」
アナベルはそう言うと、カーシュナーの足元に両手をついて頭を下げた。先程の戦いで、カーシュナーがリードリットに対し、一切の偏見を持たず、一人の戦士として向き合ったことに感じ入り、ならば、リードリットが抱える王女としてではなく、一人の人間としての苦悩も察して欲しいと願ったからだ。
「アナベル!」
腹心の思わぬ行動に、リードリットが驚きの声を上げる。
カーシュナーもひざまずき、見上げるアナベルと視線の高さを合わせる。
「大丈夫です。殿下の御心を最も深く理解できるのは私ですから」
カーシュナーはそう言うと、アナベルの手を取り、共に立ち上がる。
そして、おもむろに頭髪に手を伸ばすと、黒髪のかつらを取って見せた。
「おぇあああぁぁぁっっ!!!」
とても大国の姫君とは思えない頓狂な声をリードリットが上げる。アナベルと赤玲騎士団の面々も似たような反応だ。
曇天からこぼれ落ち、深い森の奥へとたどり着いたわずかばかりの光が、カーシュナーの金色の髪を輝かせる。呆気に取られた一同は、カーシュナーが閉じているようにしか見えなかった目を開いた瞬間、再度驚きに捕らわれた。
そこには大振りの翠玉を二つはめ込んだかのような、美しい緑色をした瞳が存在したからだ。
驚きすぎて、今度は声すら上がらない。
「これで納得していただけますか? 周囲の偏見に対する殿下の御心を、私が一番理解できるという理由に」
全員が同じ動作でコクコクとうなずく。
最初に衝撃から立ち直ったのは、自身も燃えるような真紅の頭髪に、金色の瞳を持つリードリットだった。
「おい、貴様! その頭は本物だろうな! 私を謀るために、金糸で作ったかつらではあるまいな!」
まず始めに黒髪のかつらを被っていたので、初めて見る金髪も作り物ではないかと疑う。では瞳の方はどう説明するのかという問題は頭にない。
「お疑いなら引っ張っていただいてかまいませんよ」
カーシュナーはそう言うと頭を下げた。
リードリットは目の前の金髪を遠慮なく鷲掴みにし、容赦なく引っ張った。
「いたたたたたっ!!」
カーシュナーが思わず悲鳴を上げる。
「お主、汗でべたべたではないか!」
皮鎧の表面で汗を拭きながら、リードリットが的のずれた非難の声を上げる。
「あれだけ激しく動いたのです。いくら終わらない冬の中にいようと、汗くらいかきます。このかつら、結構分厚い作りになっているんですから!」
頭皮をもみながらカーシュナーが反論する。
「しかし、あれだな。物語に出てくる天使のようだな!」
リードリットが改めて感想を口にする。
それを聞いたシヴァが、
「俺はひどい目にあったひよこみたいだな~と思いましたがね」
リードリットにグシャグシャにされたカーシュナーの頭を見ながら言う。
「ひよっ……!!」
不意の一言がツボに入ったらしく、リードリットが腹を抱えて笑い転げる。
リードリットの笑い声が周囲に伝染し、全員カーシュナーを指さして笑い転げている。配下の兵士の馬鹿笑いは特にひどく、ダーンに至っては笑い声を表に出すまいと口を強く押さえているため、手の横から漏れた空気がおならのような音をブフブフさせていた。その音が余計に笑いを誘う。
始めは憮然としていたカーシュナーも、最後は周囲の笑いに誘われて、声を上げて笑った。
カーシュナーは自身が立てた計画の、大きな賭けの一つに勝ったのであった――。
◆
「しかし、どう見ても別人ではないか!」
金髪に翠玉の瞳、背筋を伸ばせば二メートル近い長身は、つい先ほどまでの、極端な猫背に黒髪細目の男とは似ても似つかない姿だった。
リードリットの言葉に、アナベルと赤玲騎士団の面々も大きくうなずく。
「俺たちはこっちの姿の方が目に馴染んでるんで、普段の変装されてる姿の方がおかしくて仕方がありませんがね」
「うっかり目に入ると、いまだに吹き出しそうになるッス!」
カーシュナー配下の兵士たちが口々に言う。
「お主たちが私の髪や瞳の色にすんなり馴染んでしまった理由がようやくわかった」
カーシュナーたちの自分に対する反応が、普段接する人々と違うことに違和感を感じていたリードリットも、ようやく合点がいく。
「あっ! でも、殿下の髪みたいに綺麗な赤色は初めて見ましたです。はい!」
敬語を使おうとしておかしな言葉使いになりながら、兵士の一人が言った。
「確かに! ここまで鮮やかな赤はなかったな! ダーン様の母君が見事な蜜柑色の髪をされているが、どちらかと言うと黄色に近い色合いだ。ここまでの赤は初めてだよ!」
「なに! お主の母は渡来人なのか!」
兵士の言葉に、リードリットがダーンに噛みつかんばかりの勢いで迫る。
問われたダーンはカーシュナー同様かつらを取ってみせる。
特に誰も反応しない。不意に静寂が場を支配する。
場の空気に耐えかねて、カーシュナーが吹き出す。
「殿下、ダーンの髪と瞳は濃い茶色をしておりまして、暗い場所ではわかりにくいのです」
言われたリードリットは顔がつきそうなほど近づいて確認すると、
「地味だな」
つまらなそうにつぶやいた。
配下の兵士たちが再び吹き出す。
「お二人の後では、生粋の渡来人でも地味に映ります!」
ダーンの正当な抗議の言葉は、さらなる笑いを引き出しただけであった。
「あと、お主おでこが広いな」
続けて投下された言葉が、恐ろしいほどの静寂を生み、これをカーシュナーが文字通り腹を抱えて笑い転げることでビリビリに破り捨てて見せた。
一瞬言葉を失い青ざめていたダーンが、地獄の底から響くような声でカーシュナーに詰め寄る。
「そんなに面白いですか……」
カーシュナーの大笑いがピタリと止まる。
薄氷の上に立ち上がるかのような慎重さで立ち上がったカーシュナーが、これ以上刺激しないように小さな声で答える。
「……面白くありません」
「額の広い男は知能に優れると言うが、お主を見ていると納得出来るな」
場の空気を読まず、リードリットがさらにギリギリの線を突いてくる。
カーシュナーは無礼もへったくれもなく、リードリットの腕を取ると少し離れた場所に移動し、耳打ちする。
「ダーンの家系は代々頭髪と縁の薄い家系なのです。本人も幼少のころより私の兄たちから散々からかわれて来たせいで、ひどく気に病んでおります。頭髪や広い額のことはご法度にお願いします!」
言われてきょとんとなったリードリットが、改めてダーンに目を向ける。
「別にハゲてなどおらんではない……」
びっくりするほど大きな声で、「ハゲ」を口にするリードリットを、カーシュナーが慌てて押さえ込む。
「カーシュナー様……。何をこそこそしているのですか……」
音もなく忍び寄ったダーンが、カーシュナーの耳元で囁く。
「ひぃっ!!」
カーシュナーは思わずすくみ上り、結果としてさらにリードリットを押さえ込むことになる。
カーシュナーの大きな手で、口だけでなく鼻まで押さえられていたリードリットが、顔を真っ赤にしてカーシュナーを振り解く。
「苦しいわ! 馬鹿者! 先程の仕合を生き延びたのに、こんなつまらん理由で死ぬところだったぞ!」
言うなりカーシュナーの頭に拳骨を落とす。
「あいったあぁ~い!」
奇妙な声を上げてカーシュナーは頭を抱えて座り込んだ。金剛力の拳骨である。並の喧嘩で殴られるよりもはるかに痛い。
リードリットは返す刀で、ダーンの少し広めの額に平手打ちをいれる。
「お主はハゲてなどおらんし、今後もハゲたりせん! 額が広いだけだ!」
青かったダーンの顔に、光が差したかのように血色が戻る。
「殿下! この身が果てるまで、変わらぬ忠誠をお誓いいたします!」
ダーンはリードリットの前にひざまずくと、永遠の忠誠を誓った。
「おいっ! 主は私だろう!」
「ヴォオス国民として忠誠をお誓い申し上げたのです」
カーシュナーのツッコミに、ダーンはあくまで生真面目に答える。
「っていうか殿下! 根拠ないでしょ! 適当でしょ!」
「私が断言すれば、その通りになるのだ。これこそが王家の血の力だ」
「うっそ~~~!!」
「王家の血にはそこまでの力が……」
「さすが六聖血……」
「英雄王の系譜……」
「はいっ! そこっ! 鵜呑みにしない!」
リードリットの言葉に感銘を受ける部下たちにも、カーシュナーはツッコミを入れる。
「いや~。姫様、思いのほか面白いな!」
これまでのやり取りをげらげら笑って見ていたシヴァが、感心したように口を挟む。
「お主らこそ、ずいぶんと明るい連中だな」
「カーシュのおかげですよ」
「うむ。そのようだな」
ツッコまれてもしつこく感心し続ける部下たちに、こちらもめげずにツッコみ続けるカーシュナーの姿を見ながらリードリットはうなずいた。つい先ほどまで命を懸けて仕合っていた男と同一人物とはとても思えない。
「雰囲気を壊すようですまぬが、貴殿ら殿下に対する態度がいささか……、いや、かなり馴れ馴れしいのではないか? この御方をどなたと心得ておる。ヴォオス国王バールリウス陛下が息女、リードリット王女殿下であらせられるぞ」
アナベルが、リードリットの右側頭部の傷を手当てしながら苦言を呈する。切れた当初は派手に血を吹いていた傷口も、すでに出血は止まり、ふさがりかけている。ダーンのハゲを阻止できるかどうかはさておき、尋常ならざる回復力である。
「かまわん。アナベル」
「しかし殿下! 何事にもけじめというものがございます! 国内が乱れる今、軍組織が規律を欠いては組織としての力を失います!」
「確かにお主のいう通りであろう。だが、軍組織は元々叔父上の指揮下にあり、私がどれほど足掻こうとも、その指揮権を握ることは叶わない話だ。であれば、この際規律がどうのという話は脇に置き、私はこの者たちから真の強さを学びたいと思っている。変にかしこまらず、私が成長するための本当の言葉を言ってもらいたいのだ」
カーシュナーは部下たちにツッコミを入れつつ、リードリットの言葉に密かに笑みを浮かべた。王家の血は、まだ濁りきってはいなかったようだ。
手当の済んだリードリットは、一人所在無げに立つ少年の元へと足を運んだ。
「守ってやれなくてすまなかった。だが、今お主は私の手の届く場所にいる。今度は必ず守ってみせる故、許してほしい」
言われた少年はどうしていいのかわからずおろおろと周囲を見回す。
目が合ったカーシュナーがにっこり微笑んでうなずくと、少年はなんとか声を絞り出し、「はい」と答えた。
「さて、今後の方策を検討するといたしますか」
これから先の大きすぎる計画に思いを馳せながら、カーシュナーはニヤリと笑う。金色の髪。翠玉のごとき瞳。神話物語に登場する天使の色を持ちながら、見せる笑顔にはどこか悪があった。いたずら小僧が持つ悪が。
その悪い笑顔が、カーシュナーをさながら神を裏切った堕天使のように見せる。それでいて頼もしさを感じさせるのだから、実に不思議な男だと、リードリットは面白く思った――。
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