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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
64/152

サミュエルの苦悩

 王宮の占拠に成功したサミュエルは、一夜明けた今、自分の心が少しも高揚せず、どちらかというと行動を起こしている時以上に張りつめていることに気がついていた。

 むしろ今回の謀反の結果に、どこか熱に浮かされたような状態にあるのは、サミュエルに作戦の全容を伝え、行動を起こさせた男の方であった。


「見たかエルフェニウス。驚いたかミヒュール。証明してやったぞ。貴様らなどより、俺の方がはるかに優れているということをな。ライドバッハの首も必ず手に入れてやる。必ずな……」

 男は同じような言葉をずっと呟き、嗤っていた。


 サミュエルはその不気味な言動にうんざりしていたが、クロクスから全権を託されているうえ、まともな(、、、、)ときは恐ろしく頭が切れるので、男を遠ざけるわけにもいかず、うんざりしつつもつき合わざるを得なかった。


「どうだ俺の考えた三国同時侵攻と貴族連合による一斉蜂起。そして、その隙を衝いての王宮の占拠っ! 誰にも真似出来ないだろう」

 確かにそれは常人では描くことの出来ない壮大な侵攻計画であった。だが、それを実行しえたのは、

「あくまでクロクス様のお力があればこそだろうがっ!」

 そう怒鳴りつけてやりたい衝動を、サミュエルは何とか堪えて男の言葉を聞き流していた。

 サミュエルはけして気が短いわけではないのだが、同じ話を何度も聞かされては無理もない。

 もはや数えるのも馬鹿馬鹿しくなっている。


 本来であれば壮大過ぎる絵空事にすぎない謀略に、血肉を与えたのはクロクスの国外勢力と、その財力だった。

 王宮の占拠に関しては、サミュエルの正体を知るクロクスからの情報がなければ思いつかなかっただろう。

 だが、男の思考の中には都合の悪い事実は存在せず、自身の計画の壮大さだけが広がっていた。


 いかにも貴族らしいものの考え方だと、サミュエルは再びうんざりする。

 サミュエル自身も子爵位を持つ貴族であるが、貴族社会では下位に属するため、男のようなものの考え方が出来るほど浮世離れはしていなかった。


 男が不意に立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

「おい。どこへ行く?」

 不審に思ったサミュエルが問いかけるが、男は答えなかった。

「おいっ!」

 今度は少し強めに呼びかける。


 サミュエルは本来礼儀正しい人間であるのだが、男から漏れ出る毒気のようなものに当てられたのか、言動が少し乱暴になっていた。

 もっとも、サミュエルでなければとっくに衝突していたはずだ。

 男の言動は作戦前までは陰気な感じではあってもまだ理性的だった。だが、王宮を陥落せしめて以降その精神はたがが外れかけている。

 その存在はもはや不愉快以外の何ものでもなく、今は手にしていないが、国王のために用意されていた酒を浴びるように飲み、今も酒臭い。

 まともな忍耐力を持った人間ではつき合いきれない存在だった。


「後宮から女を二、三人連れて来るだけだ」

「ふざけるなっ!」

 ニヤニヤと嗤いながら答えた男に、サミュエルが怒声を叩きつける。

 警備の兵が何事かと慌てて扉を開くが、扉のすぐ前に酒臭い男が腹の立つ顔でニヤついているのを見つけると、即座に状況を理解した。

 兵士は男を無視してサミュエルに視線で叩き出しますかと問いかけたが、答えを得る前に顔面に衝撃を受け、廊下にはいつくばることになった。


「俺を無視するんじゃねえっ!!」

 喚く男に対し、兵士は目を血走らせて立ち上がる。

 その手が剣に伸びた時、苛立ち交じりの制止の声がサミュエルからかかった。

 サミュエルとしてはそのまま斬られてしまっても何の痛痒も覚えないが、こんな男でもクロクスから遣わされたとあっては見殺しにするわけにもいかない。

 だが、何よりもサミュエルを苛立たせるのは、そのサミュエルの心理を見抜いたうえで男がわがままに振る舞っているという事実であった。


 殴られた兵士に交代して休むように言いつけて下がらせると、サミュエルは男の腕を掴み、室内へと連れ戻した。

 その手を男が邪険に振り払おうとするが、サミュエルの鍛え上げられた戦士の手は、男の腕から離れることはなかった。


「いい加減にしろっ!」

 サミュエルは男の胸ぐらを掴むと、酒臭い息がかかるのもかまわず、男を引き寄せ睨みつけた。

「エルフェニウスとミヒュールを出し抜くことは出来ただろう。だが、そんな様でライドバッハに勝てると思っているのかっ!」

 煩わし気にサミュエルの手を振り解こうとしていた男の動きが止まる。常にすべてを見下しているような目に影が落ち、スッと細まる。


「全ての戦いがまだその半ばだ。こんなところで気を抜くような奴に、ライドバッハは越えられんっ! エルフェニウスとミヒュールにも抜き返されて終わりだっ!」

 男が強引にサミュエルの手を振り解こうとする。

 今度はサミュエルも逆らわず、手を離してやる。

 男が正気と呼ぶにあまりにも暗いもう一つの顔(、、、、、、)に戻ったからだ。


「貴様に奴らの何がわかる。奴らと俺との距離が測れるのは俺だけだ。知った風な口を利くな」

 それまでの酩酊状態を演じているかのようなたちの悪さが消え去り、男は低く聞き取りにくい声で言い返した。

 その言葉の先は、サミュエルに直接向けられてるのではなく、どこかずれ(、、)ていた。

 サミュエルはそのずれ(、、)に、いつもうそ寒いものを感じる。

 だが、その浮世離れしたずれが、男を自分だけの世界に閉じこもらせ、結果として並はずれた集中力を発揮させることを、短い付き合いの中でサミュエルは知っていた。


 男が再び部屋から出て行こうとする。

「どこへ行く」

 サミュエルは先程と同じ質問を繰り返した。

「バールリウスに書かせる新しい勅書の内容を思いついた。これから整理する。人がいると煩わしい」

「ならば私が出て行く。元々ここはお前のために用意させた部屋だからな」

「ならさっさと出て行け」


 そう言うと男は早くもサミュエルを居ないものとして行動し始めた。

 ただし、それが嫌味からの行動ではなく、精神が完全に自己の内側に閉じこもってしまった結果であるところに、男の異常性があった。

 男は窓辺によるとカーテンを引き、室内からサミュエルだけでなく、光まで追い出し始めた。


 サミュエルは小さくため息をつくと、瘴気がこもりそうな部屋から出て行った。

 そこに交代の兵士がやって来たので、万が一後宮へと向かおうとしたら力ずくで止めるように許可を与えた。またいつ精神がぐらつくかわかったものではないからだ。


 まるでかけられていた呪いから解放されたかのような気分を味わいながら、サミュエルは作戦本部を構えた部屋へと向かった。

 男に語ったように、戦いはまだ半ばなのだ。王宮とバールリウスの身柄を押さえることには成功したが、国内貴族すべてをバールリウスの名で動かし、リードリット陣営との戦力差を逆転させるまでは気を抜けなかった。


 何かの怨念の様な男から解放されたサミュエルであったが、そんな自分を王都の地下に巣くう盗賊たちの呪いが待ち構えているとは、この時は夢にも思ってはいなかったのであった――。









「王宮の宝物庫が荒らされただとっ!!」

 その報告に、サミュエルは思わず座っていた椅子から腰を上げていた。

「警備の者たちは何をしていたのだっ!」

 さすがのサミュエルも、これには声を荒げる。


「お、お待ちください。警備の方から報告が入ったわけではないのです」

 報告に上がった兵士が慌ててサミュエルをなだめる。

「どいうことだ?」

 座り直したサミュエルがいぶかしげに尋ねる。

 宝物庫が荒らされたことを、警備担当以外が知ることなど出来るはずがない。


「だ、第二城壁内にある高級料理店から、昨夜不審な客が訪れたと報告があったのです」

 それはまったく予想外の報告であった。

「詳しく続けてくれ」

「そこは第二城壁に暮らす貴族や豪商、第一城壁内に居を構える大貴族に仕える使用人や、私兵隊の仕官などが利用する料理店で、第二城壁内では比較的ありふれた類に分類される店です」


 貴族にとってはありふれていても、一般のヴォオス住民には、たとえ料金を払うことが出来てもその敷居をまたぐことは許されない。なので、第二城壁内にあるあらゆる店舗は、高級店に該当する。

 ちなみに、第一所壁内に店舗は存在しない。

 料理はどの屋敷にもヴォオスでも屈指の料理人たちが常駐しており、それ以外の物は、許されたごく一部の商人が、必要に応じて用意する。

 客が店を訪れるのではなく、店が客のもとへと出向くのだ。


「その店に、昨夜明らかに一般の兵士とおぼしき者たち五人が、予約もなしに訪れ、飲み食いしていったというのです」

「よくそんな者たちを受け入れたな」

「昨日はいささか流血沙汰がありましたので、特に被害のなかった第二城壁内の住人たちも神経を尖らせていたようです」

 言葉を選んで兵士は答えていたが、要は王宮の占拠というサミュエルが起こした謀反を知った店の者が、入店を断れば殺されるのではないかと恐れ、やむなく受け入れたのだ。

 事情を察したサミュエルは、ため息を吐くことしか出来なかった。


「店の人間の報告によりますと、その者たちはだらしなく酔い潰れ、声高にこう言っていたそうです。『王宮のお宝は俺たちのもんなんだ。金貨ならいくらでもあるぞ。もっと酒と料理を持ってこい』と」

「略奪は一切禁止していたはずだ。そんな報告は受けていないぞ」

「ご命令は徹底されたと自分も記憶しております」

 サミュエルの問いに答えると、兵士は懐から布に包まれた小さな物を取り出し、差し出した。

 それがどうやら疑惑の証拠であると察したサミュエルは、それ以上は問わず、布を開いて中身を確かめた。


 受け取った時点でその大きさに反するずっしりとした重みから、中身が何であるかわかったサミュエルであったが、実際に布の中から出て来た物を見て、思わず目を見張った。

 中味は四枚の金貨だった。

 金貨自体は珍しくない。ただ、出て来たのは未使用のヴォオス金貨だったのだ。


 金貨はその輝きが衰えないから価値がある。

 未使用であろうが、使用済みであろうが、金としての価値が変わることはない。

 だが、未使用の金貨は王宮の宝物庫にしか存在しない。

 市場に流される時は、流通総数の把握のために出荷時に印がつけられる。

 だが、サミュエルの手の中にある金貨にはその印がない。


 ごく稀にそういった金貨が誤って市場に流通してしまうこともあるが、そういった金貨は発見次第回収される決まりになっている。その決まりを守らず、希少金貨と称して収集する者もいるが、それは一枚の金貨に対して百枚、場合によっては千枚もの金貨を支払えるような人間だけだ。

 間違っても一般兵が飲食の代金に使用するようなものではない。


 もしこれが一枚きりということであれば偶然の可能性もあるが、四枚も同時に使用されたとなるともはや疑いの余地はない。

 未使用金貨の価値を知らない者が、王宮に保管されているはずの未使用金貨を、そうとは知らずに使用したのだ。

 報告に来た兵士が宝物庫が荒らされたと考えたのも納得の話であり、宝物庫が荒らされたにもかかわらずその報告が上がらなかったのは、内部の人間による組織的な犯行である可能性も示唆していた。


「信用のおける者を選び出し、情報を探れ。保管庫に侵入し、第二城壁内へとくり出したということは、その近辺に協力者ないし目撃者がいる可能性が高い。兵士を信じるな。それ以外の人間から証言を集めろ」

 指示に従い兵士が退室すると、サミュエルは激しい苛立ちを腹の底で押し潰し、ため息として吐き出してなんとか平常心を保った。


 昨日の赤玲騎士団との戦闘は、こちら側の圧倒的優位に終始したが、死を恐れず、最後の瞬間まで職務に準じたその姿は、敵ながら見事であった。最後に残った隊長に至っては、再三にわたる降伏勧告にも応じず、二十人以上を道連れにしてその職務を果たした。

 未だにその足取りすらつかめないルートルーンが王宮から姿を消すことが出来たのは、おそらくこの隊長の最後の粘りがあってこそのものだとサミュエルは考えている。


 もし自分が無欲に生きることが出来れば、レオフリードの下で、死んだ隊長のように、騎士らしく生き、騎士らしく死ねただろうと思う。

 そういう意味では隊長の死に様は、羨ましくすらあった。

 だが、サミュエルには欲がある。

 クロクスの元であれば貴族社会での栄達の可能性がある以上、サミュエルは諦めるわけにはいかなかった。

 

 リードリットの統治下でなら、サミュエルは将軍に上り詰めることが可能だろう。

 それは十分に名誉なことであったが、サミュエルの爵位は子爵のままのはずだ。

 それでは良くてもコンラット将軍のような立ち位置にしか立つことは出来ない。

 コンラット将軍は誰からも尊敬を集める立派な将軍であるが、先の大反乱の際に開かれた大会議では、席を与えられることはなかった。

 最終的には実力、実績ではなく、どの家に生まれたのかということだけが重要になってしまう。


 サミュエルは良家に生まれただけの無能者共に頭を下げ、まるで使用人のように生き続けることにうんざりしていた。


 レオフリードの信頼を捨て、クロクスの指示に従った以上、サミュエルはなんとしてもクロクスの下で這い上がらなければならない。

 だが、ヴォオス軍の幹部という立ち位置から、再び自らの意思で貴族社会の下位に属する子爵へと戻ったサミュエルは、王宮の占拠に成功していながら、全体から見た現在の立場は、大貴族たちの使用人程度でしかない。

 今がどれほど腹に据えかねる状況であろうとも、サミュエルは確固たる地位を得るまでは上位者たちに対して配慮を欠くことは許されなかった。


 ここまで成功を収めておきながら、上位者たちに口実を与え、クロクスによって取り立てられる前に処分されてしまったのでは、レオフリードを裏切った意味がない。

 貴族の領域である王宮、第一、第二城壁内の管理は、サミュエルにとって生死を左右しかねない重要な問題なのだ。


 だが、問題の解決のために行ったはずの調査は、さらなる違反行為の証拠を掘り起こすことにしかならなかった。

 宝物庫の金貨だけでなく、王宮内各所の国宝級の絵画や彫刻、工芸品などが盗み出され、第二城壁内の美術商のもとに、買取りを求めて持ち込まれていたのだ。

 その持ち込みも、もはや恐喝に近いものだったそうで、王宮での謀反の結果を知っていた商人たちは、命の危機を恐れ、大人しく買い取っていたというのだ。

 しかも、それらはすべてサミュエルの名を語って行われており、第二城壁内ではすでにサミュエルの悪名は広まりつつあるということであった。


 自分はハメられたのか?


 サミュエルがそう疑ったのも無理のない話である。

 今回の働きでサミュエルが相応の地位を得るということは、上位者たちにとっては自身の立場が脅かされることを意味する。歓迎する者など一人もいないはずだ。

 働かせるだけ働かせておいて、結果だけを持ち逃げし、邪魔なサミュエルは適当な罪状を用意して処分してしまえばいい。

 それが現在のヴォオス貴族社会で上位を占める者たちにとって最も都合のいい結果なのだ。


 だが、そもそも貴族たちの椅子取りとは、騙し合いを制した者が座ることを許された質の悪い遊戯である。

 新たに席を望むのであれば、サミュエルはその遊戯を制さなくてはならなかった。

 まずは美術商のもとに盗品を持ち込んだ犯人の割り出しと、警備の強化。そして、商人たちに対しては、今後一切買取りを行わないよう徹底させる必要がある。 

 サミュエルは即座に対応を指示した。


 虚を衝き先手を取ることで王宮を陥落せしめたサミュエルであったが、実は成功を収めたその日の内に、自分がすでに戦いの流れの中で後手に回らされていたのだという事実を見抜くことは出来なかった。

 そのことがサミュエルにとって最悪の結果につながることを、サミュエルは直後に思い知るのであった――。









「後宮に酒に酔った兵士の一団が入り込みましたっ!!」

 その報告は、サミュエルの管理能力に対する評価を泥まみれにする最悪の事態であった。

 それまで大人しく言いなりとなっていたバールリウスが激怒し、刃のない剣を振り回し、流血沙汰にまで発展しているという。

「……殺してやる」

 忍耐が限界に達したサミュエルは、恐ろしい形相で呟くと、自ら剣を取り、不埒者な愚か者共の成敗に乗り出した。


 バールリウスは今後のヴォオス支配における要だ。

 もちろんバールリウスに王としての働きが求められているわけではない。その存在を手中に収めることで、ヴォオス中の貴族に対し、支配権を発揮出来るということに、その価値があるのだ。

 クロクスが宰相時代にそうしていたように、傀儡の王には都合よく踊ってもらう必要がある。下手に機嫌を損なえば、今後のヴォオス統治が面倒になる上に、ライドバッハが大反乱を正当化するために打倒クロクスの旗を掲げたように、『君側くんそくかんを討つ』という大義名分を、他の貴族に与えかねない。


 貴族連合軍討伐に出たリードリットの行動を縛るためにバールリウスの身柄を押さえたが、まるで雪崩でも起きたかのように続いた失態の連鎖を穴埋めするまでは、リードリットに貴族連合軍の進行を押さえていてもらわねばならなくなってしまった。

 今この場にマクシミリアンないし、それに次ぐ地位の大貴族が現れたら、サミュエルの成功と立場など、子供が花の綿毛を飛ばすように、簡単に吹き飛んでしまうだろう。


 後宮に踏み込むと、そこはすでに血に汚れた修羅場と化していた。

 入り込んだ兵士たちは逃げ惑うバールリウスの寵姫たちを追い回し、そこら中の部屋の影から悲鳴が上がっている。

 これを防ぐはずだった警備の兵士たちはほとんどが倒され、無事な者たちは不埒者共に挑みかかろうとしているバールリウスを押さえこむのに手いっぱいの有様となっていた。


 レオフリードを裏切った卑怯者と思われているサミュエルであるが、彼は始めからクロクスに忠誠を誓っており、レオフリードをクロクス陣営に取り込むためにレオフリードのもとへと遣わされた身であった。

 サミュエルとしては、人間として、上官として、レオフリードを心底尊敬していたが、それでもさきに誓ったクロクスへの忠誠を違えようとしなかったがために、今回の謀反を起こしたのだ。


 本来のサミュエルは忠義に厚く、その気質は騎士となるべく生まれてきた言えるほど清廉なものであった。

 それ故、守るべき女性を欲望のまま、こともあろうに暴力によってほしいままにしようというその性根は、決して許せるものではなかった。

 怒りのまま十人ほどを斬ったところでようやく我に返ったサミュエルは、残りの者は生かして捕らえるように指示した。


 バールリウスがからんでしまった以上、この不祥事自体を隠し通すことは出来ない。

 兵士や被害に遭った女たちを黙らせることは出来ても、バールリウスに沈黙を強制することは不可能だからだ。

 生かして捕らえた者たちも、けして助ける目的で捕らえたわけではない。

 バールリウス次第では、貴族たちは怒り狂い、そのはけ口を求めてくる可能性が高い。

 その時差し出すべき罪人がいない場合、その怒りはすべてサミュエルが受け止めることになる。

 怒りを抑えて罪人たちを殺さずに捕らえたのは、職務に対する忠実さからではなく、サミュエル自身の身を守るための保険に過ぎなかった。


 自分の寵姫たちが助け出されると、バールリウスの怒りも幾分か収まり、何とか剣を納めてくれた。

 だが、「出て行け」と静かに告げると、その瞳に怒りの残滓をたたえたまま、無体な扱いを受けた寵姫たちの心の傷を癒しに行ってしまった。

 自分の怒りよりも、寵姫たちの心の慰めを優先するその姿勢は、男として見事と言えたが、その頭の中が本当に女のことしか重要と考えていない事実に、サミュエルは寒気に近いものを感じた。

 よくこれで、ヴォオスの王が務まっていたものだと思わずにはおれない。


 余計な発言は抑えている怒りを刺激するだけだと判断したサミュエルは、部下たちに急いで死体を片付けさせ、それ以外の物は侍女たちを集めて任せることにした。女性であれば今のバールリウスの近くにいても、無用に刺激することはないはずだ。


 サミュエルは侍女たちに片づけを急がせた。惨状をそのままにしておくと、沈めたはずの記憶を再び引き上げてしまうからだ。

 それは今回の不祥事を、出来るだけ早く過去の出来事にしてしまいたいサミュエルにとって、最も避けなければならいことであった。


 この出来事以降、サミュエルの兵士たちに対する態度は厳しくなった。

 今までも勤勉なサミュエルは部下たちに甘い顔を見せることはなかったが、不公正なことは一度もなかった。

 だが、兵士たちに対して不信感しかない今のサミュエルは、兵士たちの一挙手一投足の、何を目にしても気に入らない。結果として兵士たちに対する評価と、それに伴う処分は、これまでと違い感情的になり、中には理不尽な処分が下されることも多くなった。

 

 兵士たちがその失態でサミュエルからの評価を下げる一方、兵士たちの間では、サミュエルが王宮での兵士たちの行動を厳しく締めつけているのは、万が一貴族連合軍がリードリットに敗れた場合、再度リードリット側へと寝返るための下準備だという噂が広がっていた。

 しかも、父親であるバールリウスを連れ、自分だけが助かろうとしているというのである。


 そんな噂がどこから湧いて出たのか、酒と共に兵士たちの間を渡り歩き、兵士たちの不満をさらに煽り立てた。そして、飲酒後は大概サミュエル直下の監察隊に発見され、捕らえられて鞭打ちの刑罰を喰らうはめになっていた。

 噂によってもたらされた不満は刑罰により肉体に喰い込み、サミュエルと兵士たちの間に深い溝を広げていった。


 王宮内はわずか数日で険悪な空気に包まれ、兵士たちは不満から脱走を図り、その逃走資金とするために盗みを働く者が出始めると、事態は完全に泥沼と化した。

 

 軍上層部と兵士たちの間に軋轢が生まれ、緊張の度合いが増す王宮に、とどめとなる凶報がもたらされた。

 貴族連合軍の敗北である。

 盟主であるマクシミリアンはリードリットに討たれ、各貴族の私兵たちも皆殺しにされたという内容であった。


「くだらんでまかせだっ! その噂が事実であれば、バールリウスに関する何らかの提案が、リードリットから来なくてはおかしいだろう。我々は先王である父親を押さえているのだからな。それより、バールリウスの名で発した勅命に対する中立貴族たちの反応はどうなっている。奴らがその重い腰を上げさえすれば勢力で我々は上回れるのだぞっ!」

 忍耐強かったはずのサミュエルであったが、後宮での騒動以降その忍耐にも陰りが見え出し、すぐに怒声を上げるようになっていた。


「しばらく目を離した隙に、ずいぶんと失敗を重ねたようだな」

 そこへ自室にこもっていたはずの男が現れ、現状を嘲笑った。

「黙れっ! 役立たずがいまさら出て来てなんの用だっ!」

 元々嫌悪していた相手である。今のサミュエルに感情を抑えるつもりはない。


「お前が不安定になるなよ。それは俺の役だぞ」

 苛立つサミュエルに対し、男は陰鬱に笑いながらなだめる。

 男の目には、今まさにサミュエルがこれまで築き上げて来たものの上から転げ落ちようとしている姿が映っていた。


 栄光からの転落――。


 それは男を不安定にさせた要因であり、そのために舐めさせられた辛酸が、男の捻じれていた性格に、暗さを加えた。

 自分が転げ落ちた坂道を、サミュエルが辿ろうとしている現状が、男に暗い高揚感を与え、それによって男は一時的な安定を得ていた。

 もはや人としては完全に失格な精神の在り様ではあるが、結果として安定した男の頭脳は、現状の裏に潜む、一つの悪意を読み取った。


「サミュエル。始めに未使用金貨が盗み出され、使用されたという件だが、その犯人と思われる兵士は捕らえたのか?」

 男がサミュエルに確認する。

「まだだ。店の者たちから事情を聞き出し、人相書きも作ったが、これといった特徴のない顔をした連中ばかりで、特定には至らなかった」

 苛立ってはいても根が真面目なサミュエルは、男の問いかけに答えてやった。


「そもそも、金貨は本当に盗み出されたのか?」

「知るかっ! 王宮襲撃の際に宝物庫の目録が失われたせいで、何がいくつあったのかがわからんのだ。わずか数枚の金貨程度では、確認など出来んわっ!」

 サミュエルが怒鳴りつける。

 襲撃の際、無用に設備を荒らさないように命令はしたが、王宮警護の赤玲騎士団員共が激しく抵抗したため、王宮はかなり荒れてしまったのだ。

 そういった細かな不運が続き、結果としてサミュエルは問題を解決出来ず、余計に苛立っているのである。


「王宮を飾っていた美術品の類を盗み出した連中も、同じように特定出来ていない感じか?」

「悪いかっ!」

 いちいち癇に障ることを聞いてくる男に、サミュエルの受け答えも荒れてくる。

「その後も盗みは続いているのだな?」

「今は治まった。飾られていた物はすべて宝物庫の中に押し込んだからな。それまでは少数ではあるが、盗みと脱走が続いていた。忌々しい話だっ!」


「後宮を襲ったという連中だが……」

「牢に閉じ込めてあるわっ! 連中のことは口にするなっ! 今すぐ殺してやりたいのを何とか堪えているのだからなっ!」

 男は唾を飛ばして怒鳴り散らすサミュエルに薄笑いを浮かべると、不意に部屋から出て行こうとした。


「どこへ行くっ!」

 もう何度、同じ言葉をこの男にかけただろうかと思いつつも、何をしでかすかわからない男の動向を、把握しておかないわけにはいかないサミュエルは、忌々しげに問い詰めた。

「安心しろ。牢屋だ。まだまともに受け答えの出来る奴がいるか見て来るだけだ」

 素直に答えると、男は部屋から出て行った。

 サミュエルは兵士の一人を見張りにつけると、ささくれ立つ意識を無理矢理仕事へと戻した。


 男は牢屋へ向かうと捕らわれた兵士たちが悄然と座り込んでいる姿を見て、皮肉な笑みを口元に浮かべた。

 殺してやりたいと口にするほど憎んでいるくせに、拷問にもかけず、ただ牢屋に捕らえているだけなのである。

 男としてはすでに全員使いものにならなくなっていると思い、正直期待していなかったのだが、サミュエルの騎士としての潔癖さのおかげで、どうやら情報を得ることが出来そうだった。

 貴族社会において地位を得ようというのに、何とも甘いことだと嘲笑いながら、男は牢屋番の兵士に命じて無作為に罪人たちを選び出し、個別に話を聞き出した。


 どうやら後宮へ押し入った者たちは、全員事件前の記憶が曖昧なようで、サミュエルに対する不満をこぼしているところに、同じように不満を口にしていた別の兵士が酒を持ち込み、全員でその酒を回し飲みして以降の記憶が曖昧になっているようであった。

 ただ、ひどい興奮状態であったことは間違いなく、不意に一人が後宮に女を抱きに行く言い出し、幾人かがそれに続き、後はその流れに引きずられるように後宮へとなだれ込んだのだという。


 酒を持ち込んだ兵士。

 後宮を襲撃しようと言い出した兵士。

 そして、その兵士に続き、後宮襲撃の流れを作った兵士。


 男はその中に、見知っている者たちはいたか。もしくは今牢屋に捕らえられている者たちの中に、その兵士がいるか尋ねた。その問いに対し全員が、

「わからない」

 と答えた。


 これだけの不祥事が続いているにもかかわらず、そこには明確な『顔』が存在していない。

 今回の王宮占拠という謀反の『顔』がサミュエルであるように、どれほど規模が小さくとも、犯罪には必ず『顔』が存在する。

 自分のように計画遂行のために始めから『顔』を隠す意志がないかぎり、これほどわかりやすく事件が起きていて、主犯の『顔』が浮かび上がってこないなどということはあり得ない。

 男はサミュエルに対して張られた罠の全体像を読み解いた。


「あいつが落ちぶれていくところを見ていたい気もするが、それじゃあ俺の策にケチがつくことになる。仕方ない。知恵を授けてやるとするか。この俺がいたことを、この罠を仕掛けた本人に思い知らせてやるのも退屈しのぎになるだろう」

 そう言って男は嗤うと、真相を知ったサミュエルが、どんなマヌケ面を見せてくれるか想像しつつ、サミュエルのもとへと向かった――。









 サミュエルの兵士たちに対する態度はさらに厳しさを増し、懲罰も厳しいものになって行った。

 兵士たちとサミュエルの間の溝はさらに深くなり、第二城壁内では今度は謀反人同士による戦いが始まるのではないかとの噂まで広がり始めていた。

 緊張は高まり、その糸はいつ切れてもおかしくない状況になりつつあった。


 ルートルーンは王宮が陥落した直後から仕掛けられたリタの策略の結果の見事さにひたすら感心した。

 未使用金貨と兵士に扮装させた配下の盗賊たちを使い、サミュエルと兵士たちとの間に溝を作るきっかけを与え、次には王宮の美術品を盗み出して売り捌き、サミュエルの兵士たちに対する不審感をさらに煽る。

 それと同時に、略奪を禁じられている兵士たちには、一部の者たちだけが上手くやり、私腹を肥やしていることに対する不満を植え付けた。


 噂はサミュエルを貶めるためのものをばら撒くと同時に、サミュエルは無実で、すべては抑制の効かない兵士たちによる暴走であるという噂も流した。

 真逆ともいえる内容の噂を流したのは、人々に議論をさせることが目的だからで、リタの仕掛けた策略を、より強く意識に刷り込ませることが出来るからだった。

 そして、人々は最終的にはサミュエルの後ろ暗い噂を信じることになる。

 貴族社会の土台ともいえる第二城壁内の人間は、美談よりも醜聞を好む人種だからだ。


 第二城壁内に暮らす人々の人間性まで計算に入れたリタの策略は、見事なもであるが、一点だけどうしても許せない点があり、ルートルーンはそのことについてリタに詰め寄っていた。

「何故後宮の女性たちを犠牲にしなければならなかったのですかっ!」

 それはすでに疑問ではなく詰問と化している。

 普段はやさしげなその面立ちも、今は厳しく引き締められている。


「あっ? なんだい。後宮にあんたの女でもいたのかい? あそこの女は全部バールリウスのもんだろ。何手ぇ出してんだい。とんだエロ坊主だねえ」

 ルートルーンの怒りなど完全に無視して、リタが不敬罪確実なからかい方をする。

「て、手など出してはおりませんっ!」

「なるほど。まだ(、、)手を出してはいなかったと」

「出すつもり自体ありませんっ!」

 ルートルーンは真っ赤になって怒鳴った。


「うるっさいねえ。惚れた女がいなかったんなら、べつにいいだろ。青臭いこと言ってんじゃないよ」

 リタが煩わしげに、犬でも追い払うように手を振る。

 王位継承権第一位にある人物に対して取っていい態度ではない。

「青臭くて何が悪いのですかっ! 結果がどれ程見事であろうと、か弱い後宮の女性たちを犠牲にしてもいいことにはなりませんっ!」


「結果が出たんだ。有効な手段だったってことさ。犠牲とかほざいているけど、誰も死んじゃいないよ」

「生き死にの問題ではありませんっ!」

 ルートルーンの言いたいことをわかっていながら、リタは言を左右にしてゆるゆるとかわす。

 その態度が余計に腹立たしく、ルートルーンは直接的な言葉ではっきりと詰め寄った。


「あなたも同じ女性でしょうっ! どうしてあんな残酷な作戦を実行出来るのですかっ!」

「女だからさ」

 さらりと出された答えに、ルートルーンは背筋に冷たいものを感じた。

 自分が今、虎の尾に足を掛けていることがわかる。

 踏み切る勇気はなかったが、それでもルートルーンはその足を引くつもりはなかった。


「後宮の女共なんざ、バールリウスに股開く以外やることがないんだ。普段民衆の血税で贅沢な暮らしをしているんだから、たまには浪費した分、身体張ってもらわないとね」

 あまりの言い様に、ルートルーンは返す言葉が出てこない。

 同じ言葉を男が口にしたのなら、ルートルーンは迷わず剣を抜いていただろう。

 だが、リタの言葉の裏には、民衆が抱える王族貴族に対する怨讐のような暗い響きがあった。


「後宮の身分の高い女共が犯されるのは許せないってかい?」

 そこでリタは言葉を切るとスッと目を細め、視線でルートルーンをからめ取った。

「それじゃあ訊くが、親兄弟を食わせるために、無理矢理身体を売らされている女共は、別にどうでもいいのかい?」

 リタの反問に、ルートルーンは先程とは別の意味で返す言葉が出てこない。


「この国じゃあ、今この瞬間も、そんな目にあっている女はいくらでもいる。ヴォオス三百年の間に、いったいどれだけの女たちが犠牲になって来たんだろうね? そして、これから先のヴォオスでも、いったいどれだけの女たちが泣くことになるんだろうね? そんな女たちが流してきた涙に対して、あんたは今まで何をして来たんだい?」

 リタは一旦言葉を切り、視線だけは真っ直ぐルートルーンの目に据えたまま、大きく息を吸い込んだ。


「同じ女だろうだぁあ? こちとらもの心つく前にさらわれて、王都の地下で地獄見て生きて来たんだよっ!! 童貞小僧に女の痛みについて説教される筋合いはないねえっ!! うわべだけの騎士道振りかざして、悦に入ってんじゃないよっ!!」

 地下の石壁が崩れるのではないかと思えるほどの大喝に、ルートルーンだけでなく、リタの怒声が耳に届いたすべての者が、石にされたかのように固まる。


「失せな。もうじきこっちも打って出る。率いるのはあんただ。戦の準備をしちまいな」

 言葉と共に怒りをすべて吐き出したかのように、リタは一瞬前の大喝などまるでなかったかのように、普段通りの態度でルートルーンに指示した。


 うわべだけの騎士道――。  


 その通りだと思ってしまった。

 間違ったことを言ったわけでも、今も感じている憤りが嘘なわけでもない。

 ただ、そのすべてが、教えられただけ(、、、、、、、)のことであり、けして経験に根ざしたものではないということだ。


 だから自分の言葉は想いを乗せてはくれないのだろう――。


 言葉も感情も薄っぺらだったから、リタにはまったく響かないのだ。


「カーシュから聞いた昔話なんだけどね」

 悄然をしてその場を去ろうとしていたルートルーンの背中に、リタが語り掛ける。

「あんたの御先祖様であるウィレアム一世は、どこまでもまっさらで、芯から勇者だったらしいよ。だから、魔神ラタトスを恐れていた当時の民衆からは、よく保身のために裏切られていたらしいよ」

 何が言いたいのかわからないルートルーンは、ただ黙ってリタの話を背中で聞いた。


「どれだけ騙されても、相手を恨まず、自分が信じた道も曲げなかった。人々を導く者の背中は、力強いことも大事だろうけど、けして汚れていてはいけないんだってさ」

 ここでリタは小さく笑った。

 どこまでも真っ直ぐで、不器用な友人の顔を思い浮かべてしまったからだ。


「でもね。きれいなままで渡りきれるほど、世の中は平坦な道ばかりじゃない。汚れ仕事がなくなることは絶対にない。道を切り開く人間が汚れていいのは泥までだ。血で汚れるのは別の人間でなくちゃあならない。汚れ仕事はこっちに任せときな」

「それは卑怯です」

 ルートルーンはリタが自分を励ましてくれているとわかっていても、反論せずにはおれなかった。

 カーシュナーの覚悟と献身を知ってからは、余計に『汚れる』ということの重さが増し、顔を背けることなど出来なかった。


「ああ卑怯さ。こうしてあからさまに真っ黒なものを見せといて、その上できれいな顔して世の中を歩けって言ってんだ。卑怯と言われても、返す言葉もないよ」

 ルートルーンは思わず振り向いた。卑怯という言葉は、リタを指して発したわけではなかったからだ。

 だがそこには、すべてを理解したうえでニヤリと笑うリタの悪い顔があった。


「卑怯上等! 清濁併せ吞んで、騎士道じゃなく、王道を行きなっ!」


 ルートルーンは一瞬だけうつむいた。

 だが、自分にはこのままうつむいていることは許されないのだと気がつき、すぐに顔を上げる。

「はいっ!」

 はっきりと答えた。

 心の内にどれだけ多くの迷いや葛藤があろうとも、問われて答えるときは言いきろうと心に決める。


「……悪かったよ。ちょいとばかり手段が厳し過ぎたかもしれないね」

 不意にリタはルートルーンから視線を外すと、小さく呟いた。

 リタが何に対して詫びたのか理解したルートルーンは、満足ではなく、むしろ己の矮小さをより強く感じることになった。

 何もしていない自分が、王都ベルフィストの危機に対する責任を一身に背負う女性を非難したのだ。

 王族として、サミュエルの謀反を見破り、王宮を守れていれば、そもそも誰も犠牲になどしなくてすんだのだ。


 責められるべきは己の無力さこそだ――。


「いえ、ここまで何の貢献もないくせに、生意気なことを言って申し訳ありませんでした」

 ルートルーンはリタに対して深々と頭を下げた。

 ディルクメウスがこの場にいたら大騒ぎしただろう。

 顔を上げたルートルーンは、突然目の前に、少し離れた執務席にいたはずのリタの顔を間近に見出し、慌ててのけ反った。

 近づく気配などまるで感じさせない。さすが元暗殺者である。


「あんた本当に女はいなかったんだろうね?」

 さらに顔を近づけたリタが、先程の話を蒸し返す。

「い、いないと言ったではありませんかっ!」

「本当かぁい?」

「ほ、本当ですっ!」


「じゃあ、本当に童貞なんだ」

「そ、そうですよっ! まだ十四なんですからあたりまえじゃないですかっ!」

「あんたの伯父さんは、そのころにはもう何人もガキがいたって話じゃないか」

「わ、私はまだそういうことは、その、あの、まだなんというか……」

「あたしが相手してやろうか?」

「!!!!」

 とんでもない発言に、ルートルーンは声にならない悲鳴を上げた。


「あんた、今あたしのことエロい目で見たね?」

「み、見てなどいませんっ!」

 ルートルーンはすっぽんのように首まで伸ばしてそっぽを向き、リタの追及から逃れようとする。

「ちらっと見ただろ? この胸元かい? それとも太もも? 意外と尻だったかい?」

 リタは言葉と共に身体の各所に手を這わせ、妖艶に身をくねらせる

「ち、ちらっとも見ていませんっ!」

 今度は反射的に両手で目を覆うルートルーン。


「わかった。唇だね」

 リタはそう耳元でささやくと、妖しげな舌使いでルートルーンの耳を舐めた。

「はっはひやはぁああぁっっ!!!!」

 意味不明な悲鳴を上げると、ルートルーンはついにその場から逃げ出した。


 この後すぐに行動開始となったが、しばらくルートルーンはどこか心ここにあらずの状態が続いた――。 

次回は6月2日投稿予定です。

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