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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
63/152

王都治安軍本部前!

 ヴォオス国王都ベルフィストは、その日の夕刻になって初めて治安軍責任者サミュエルの裏切りと、王宮の陥落とを知り、激しく揺れた。


 王都の第三城壁より外側に出されていた治安軍兵士たちが、定時報告のため第三城壁内にある王都治安軍本部へ帰還し、右往左往する文官たちに問いただしたところ、治安軍上層部と一切連絡が取れなくなっていることが発覚した。


 そもそも今日の業務には、不可思議な点が多々見られた。

 本来非番であるはずの者たちまでが駆り出されている。

 ヴォオス存亡の危機である。休みなどなくても何ら不思議はないが、国の危機を優先して大陸隊商路の心臓部である王都ベルフィストの治安をおろそかにすることは許されない。

 それはヴォオス経済の基盤を支える大陸隊商路の治安にも影響するからだ。


 リードリットが貴族たちの反乱に対し、王都治安軍を割かなかったのも、今回の大侵攻でどれほどの被害を被ろうと、王都ベルフィストさえ健在であれば、大陸経済を大きく損なう恐れがないからだ。

 たとえ五体満足であろうと、心臓を握り潰されてしまっては生きてはいられない。

 ヴォオスにとって王都ベルフィストというより、ベルフィストが築き上げた大陸商人たちの信頼はそれほどに大切なものなのだ。


 そのため王都の外がどれほど危機的状況であろうとも、王都の治安維持のために、兵士たちは必要な休息は必ず取ることになっているのだ。

 それに、今回はずいぶんと懐かしい(、、、、)顔ぶれで部隊が構成されていた。

 全員がレオフリード軍に所属していた者たちなのだ。

 

 レオフリード軍が王都治安軍の中核となることが決まって以降、それまでの王都治安軍兵士との間に溝を作らないために、部隊は一度解体され、前王都治安軍の残存部隊との混成部隊に生まれ変わっていた。

 それがこの日に限って非番の者まで駆り出され、しかもこれまでの編成を完全に無視した編成で、日頃の担当区域とは異なる地区に派遣されていた。


 誰しも何事かあるとは考えたが、目の前の王都の治安維持という大切な職務を放棄するわけにもいかず、結局夕刻になるまで事態は発覚しなかったのであった。


 異常を察知した裏切ってはいない方(、、、、、、、、、)の王都治安軍は、直ちに第二城壁の城門へと向かったが、門は完全に閉ざされ、第二城壁内への出入りが完全に封鎖されていた。

 問いかけても答えは一切なく、第三城壁内に取り残された部隊は一度本部へと戻った。


 全員が集まって初めて今回の人事の異常さが明らかになる。

 部隊は約五千。

 よほどの理由がないかぎり、本来であれば五人の千騎長に五十人の百騎長が従い、その下にさらに五百人の十騎長が続く。

 もっとも、百騎長や十騎長は正式に叙勲されない場合が多く、その場限りの権限が与えられ、あたまに(仮)がついたままの者が大半を占める。

 戦時下では千騎長の欠員も出るが、こちらは求められる能力に一定の線引がされるため、(仮)的な一時昇格は、実力が伴わない限り行われない。


 だが、今回王都治安軍の動きから外されたこの五千は、千騎長が二人、百騎長が十八人、正式な十騎長は一人もいないという状況であった。

 その状況で今日一日の業務が遂行出来たのは、五千と言ってもそのすべてが集団で行動するわけではないからだ。

 

 これが戦場であれば五千もの集団が指揮系統も曖昧なままで行動することになるので、五千という数を滞りなく機能させることは不可能となるが、王都の治安維持で一度に五千もの兵士が必要になるような事態は間違っても起こらない。

 基本五人一組となって一定の区画の警備を行い、もめ事が起こりやすい商業区と第四城壁内にある怪しげな一角以外ではほとんど問題は起こらない。

 王都の治安は治安軍によって維持されているのではなく、そこで暮らす住民たちの意識の高さによって保たれている。

 治安軍の主な役割は、存在していること(、、、、、、、、)そのものにあるのだ。


 この偏った編成部隊が問題なく職務をこなせたのは、平民や準貴族である騎士階級の出身者たちが、その能力をレオフリードに見い出されたレオフリード軍の叩上げだったからだ。

 後ろ盾のない者が身分を得ようと思えば、実力で示すしかない。

 この五千はレオフリードに実力を示し、認められた者たちなのだ。

 無能な者など一人もいない。


 だが、身分の低さは始めから高い位置から昇進という階段を駆け上がって行った者たちとの間に開きを作る。

 よほどの能力を示さない限り、平民は騎士になれれば上出来で、騎士階級出身者は、百騎長が上限とみなされている。

 騎士階級出身でありながら、将軍職にまで上り詰めたシヴァは、例外中の例外なのだ。


 この五千の編成の偏りは、ほとんど全員が平民出身者であったことにその原因の一つはあった。


 そしてもう一つの原因は、全員がレオフリードに対し、絶対的な忠誠を誓っており、そのためレオフリードが忠誠を誓ったリードリットに対しても、絶対的な忠誠心を抱いていることにあった。

 その頑固さはレオフリードやリードリットには心地良いが、自陣に取り込もうと工作していたサミュエルには不愉快以外の何ものでもなかったのだ。


 頑固者の集団にいる二人の千騎長には、この五千の戦力をまとめ上げ、サミュエルに対抗するだけの知恵はなかった。

 レオフリードが大将軍になって以降、考える役目はサミュエルが一人で担っていたからだ。

 それでも何もしないわけにはいかない。

 いや、むしろこの愛すべき頑固者たちはどこまでも行動の人々であった。

 下手な考え休むに似たりというが、自分たちの頭の程度をわきまえている彼らは、五千の兵力をすべて一つの城門にぶつけ、突破を図るという、はっきり言えば何も考えてはいない行動を選択した。


 いざ彼らが行動を起こそうとしたそのとき、間一髪のところで止めた人物がいた。


 リタである。


 あらゆる情報を集めていたリタは、第二城壁外に締め出された王都治安軍の残存部隊が無謀な行動に出る可能性に気づき、急遽自ら地下を飛び出し、止めに入ったのだ。


「王都を戦場にするつもりかいっ!」

 鋭い一喝に、突然現れた絶世の美女に見とれていた治安軍の面々は、一瞬で現実に引き戻された。

 そして不快感をあらわにする。


「女が戦に口を挟むなっ!」

 百騎長の一人がリタを怒鳴りつけるのを、千騎長の一人が止める。

「お主は確か、地下競売場襲撃の際に共に戦った者ではないか?」

 この王都ベルフィストにあっても滅多に出会えない程の美貌の持ち主を、千騎長のアンドレアスはしっかりと覚えていた。

 五大家筆頭クライツベルヘン家の子息、カーシュナーの信頼も厚かったはずだ。


「出撃間際だぞ。何を騒いでいるっ!」

 そこへもう一人の千騎長ブロースが駆けつけてくる。

 敢えて目立つようにその美貌をさらしていたリタにすぐに気がつき、眉をしかめる。

 ブロースもその美貌から即座にその素性を思い出したのだ。


「こんなところで何をしている?」

「あんたらの暴走を止めに来てやったんだよ。こっちは忙しいんだ。手を煩わせんじゃないよっ!」

「貴様、さっきから黙っていれば好き放題言いおって、顔が良ければ何でも許されると思うなっ!」

 ブロースに対する返答を聞き、先程リタを怒鳴りつけた百騎長が再び声を荒げる。

 その百騎長に妖しげな視線を投げるとリタは言い放った。


「そこらの美女には許されなくても、あたしは許されるのさ。絶世の美女だからね」


 欠片の恥ずかしげもなく言い放たれた言葉に、百騎長は即座に返す言葉が出てこなかった。

 それは呆れ果てたのではなく、その言葉を押し通せるだけの強さを秘めたリタの眼光に射すくめられてしまったからである。

 それは百騎長だけではなく、その周囲にいる兵士たちも同様だった。

 鍛え上げられているからこそ、リタが言葉と共に解き放った百戦の気の、凍りつかんばかりの冷たさに反応したのだ。


 さすがにアンドレアスとブロースは気を呑まれるようなことはなかったが、こめかみを冷汗が伝うのを抑えることは出来なかった。


「聞きな。あんたらにはこんな馬鹿げた特攻なんかより、はるかに重要な役目がある。だから、今すぐこの馬鹿騒ぎをやめな」

「……そうはいかん。第二城壁内の状況がわからんのだ。力づくでもこじ開けて、状況を把握しなければならん」

 年長者であるブロースが答える。


「あんたらまだそんな状況だったのかい」

 サミュエルの徹底した情報統制はたいしたものだが、いくらなんでも考えがなさ過ぎる。

 状況を鑑みればある程度の状況は予測出来るだろうに、ブロースもアンドレアスもまるでわかっていない。

 リタはあからさまに呆れてみせた。


「何にも知らないんなら教えてやるよ。サミュエルを筆頭に、あんたら以外の王都治安軍は、現在先王バールリウスを人質に王宮を占拠している。あんたらはサミュエルから見切りをつけられたのさ」

「なんだとっ!!」

 リタがもたらした情報に、ブロースたちは騒然となった。


「ならばなおのこと、こうしてはおれん! 直ちに王宮の解放に向かうっ!」

「あんたらでそれが可能なら、あたしだってわざわざ止めに来たりはしないよっ!」

 リタの鋭い一喝が、再び無謀な行動を起こそうとし始めた兵士たち凍りつかせる。

 頭の回転の速いリタは、素直に言うことを聞く馬鹿は可愛く思えるが、話の通じない馬鹿には我慢が出来ないのだ。


 二、三人ぶち殺して黙らせてやろうかと、リタが物騒なことを考えた時、別の人物がリタと治安軍の間に割って入った。

 体格は見上げるほど大きく、顔は外套のフードによって隠れてしまっているが、その存在感だけで自然と治安軍を鎮めてしまった。


「旦那。あんまり気楽に出歩いてほしくないんだけどねえ」

 すぐにその正体に気がついたリタが、割って入った人物に抗議する。

「お主の判断が正しいことはわかっておる。だが、こやつらのように物分かりの悪い連中には、それなりのわからせ方というものがあるのだ。ここはわしに任せてくれ」

 そういうと割って入った人物はフードを上げた。


「なあっ! ゴ、ゴドフリート様っ!!」

 ブロースは割って入った人物の正体に気がつくと慌てて馬を降り、ひざまずこうとした。

「やめなっ!」

 その動きを、殺気すらこめられた鋭い声でリタが制する。

 そのあまりの鋭さに、さすがのブロースもその場に凍りつき、動きを止めた。


「旦那もあんま目立たないでよ。サミュエルは未だにあんたを血眼になって捜してんだからさ」

「すまん。すまん」

 まるで孫娘にでも叱られたかのようにゴドフリートは素直に謝り、再び深くフードを被り直した。

「あんたらもここにゴドフリートの旦那がいることを気取られるような真似すんじゃないよっ!」

 明らかにゴドフリートに対する時とは圧力の違うリタの言葉に、ブロースたちも少しずつだが事態を理解し始めた。


「この者の言葉はわしが保証する。時間もない。まずは話を聞いてくれ」

 現ヴォオス国宰相であり、二代前の大将軍の言葉に、ブロースたちは素直に従った。

「権威の狗だな」

 その様子に、リタが辛辣な言葉を吐く。

「そう言うな。お主はその素性からその能力が知られておらん。いきなりあれこれ頭ごなしに命令されても、素直に聞けるわけがなかろう」

 機嫌を損ねたリタを、ゴドフリートがなだめる。


 そもそも国王であるリードリット自身がヴォオス貴族から敬遠されている状況では、その下で職務に励むゴドフリートの苦労は並大抵のものではない。

 王宮においてリタは、国王であるリードリットの友人であるが、宰相であるゴドフリートにとっては王都の管理、運営における非合法の協力者であった。

 長く王宮を離れ、文官としての経験もないゴドフリートの政治力は未だに小さい。

 ディルクメウスも惜しみなく協力をし、五大家の圧力もあって大半の貴族たちが大人しくしているおかげで国の再建という重責をなんとか果たしているが、剣を取っての武官としての戦いとは違い、たった一つの失言が命取りにもなりかねない文官たちの心理戦をゴドフリートが制して来れたのは、邪魔になりそうな人間をリタが影で処理してくれていたからであった。


 リタは、カーシュナーの頼みだから仕方なくと言っているが、その目は並の文官などよりはるかに政治が見えている。

 ヴォオスの宰相としての職務は、ある意味表立ったことをゴドフリートが処理し、それを円滑に行わせるために、リタが裏でその下処理を済ませているような状況にある。

 今日までの成果は間違いなくリタの存在あってのものであり、ゴドフリートはリタの性格と歯に衣着せぬ物言いもあって、恩義を感じるとともに、得ることが出来なかった娘のように思っているのであった。


「しょうがないね。こだわってる時間もないし、聞く耳さえあればそれでよしとしておくかい」

 本気で機嫌を損ねていたわけではないリタは、ゴドフリートの取りなしにうなずいてやった。

 言葉通り、この頭の固すぎる連中にこれ以上時間を割いている余裕がないのも事実であった。


「あんたらは余計なことは考えず、第三、第四城壁内の治安維持に勤めな。特に商業区の日常を守ることが一番重要だ。それに、第二、第一城壁内は貴族様方の(、、、、、)領域だ。サミュエルたちも下手な手出しは出来ない。もし仮に反乱を起こした貴族連中がこの王都を支配することに成功したとして、万が一のことがありゃ、責任を取らされるのはサミュエル本人だ。いつも以上に治安には気を配るだろうさ」

 リタの皮肉に全員がニヤリと笑う。


「だが、それでどうやってバールリウス様をお助けするのだ? 何もしないでは状況は良くはならんぞ」

 アンドレアスが疑問を口にする。

「何もしていないわけじゃないさ。連中が大人しく王宮に張り付いていてくれれば、こっちとしては第二城壁の内側に閉じ込めているようなもんだからね。逃がさなければどうとでもなる」

 それはまさしく発想の転換であった。

 ブロースもアンドレアスも、リタの言葉に呆気に取られる。


 それは逆にリタにとっては頭の痛いことであった。

 この連中をずっとリタが監視しているわけにはいかない。

 ゴドフリートが指揮するなどということも論外だ。

 ゴドフリートの所在が知れれば、サミュエルは多少王都の治安が乱れようと、かまわず兵を第二城壁の外に出してくる。そうなればここにいる連中との衝突は避けられない。

 甘い幻想しか描いていない貴族連中にとってはベルフィストの評判が多少落ちようともどうということもないだろうが、リードリットにとってはかなりの打撃となってしまう。

 それだけは避けねばならない。


「あんたらの忠義が厚く、窮地にあっては行動しようとする兵士たちであることはわかった」

 リタのこの一言だけで兵士たちの空気がガラリと変わる。

 本人が堂々と口にするように、絶世の美女の言葉は、単純な男たちには効果てきめんなのだ。

「でもね、今は柔軟な対応こそが必要とされている。立場や階級なんてどうでもいい。もう少し頭の柔らかい奴はいないのかい? こっちの意図をちゃんと酌める人間がいてくれないと話にならないんだよ」


 リタの言葉に兵士たちは互いの顔を見合わせた。

 本来であればこの場で前へ出るべき二人の千騎長も、戦場における瞬間的な判断であれば問題ないが、今回のように政治的な判断も必要とされるような状況は手に余るのだ。


「隊長っ! 推薦してもいいっすか?」

 誰も答えられずにいる状況下で、アンドレアスの部下とおぼしき兵士が手を挙げた。

「ヘインか。うちにそこまで頭の回る奴がいたか?」

 隊長としては実に情けない言葉であるが、この場にいる者たちは良くも悪くも似た者同士で、まとまりはいいがその分応用が利かない。

 隊長であるアンドレアスが苦手なことは、部下たちも苦手なのだ。


「本部に勤める弟のヨナタンなんすけど、俺と違って頭すげえいいんすよ」

「……ヨナタン? あの細っこい奴はお前の弟だったのかっ! 全く似ていないな」

「良く言われるんすよ」

 若干頭の悪そうな会話を続けるアンドレアスとヘインに対し、リタが苛立ち始める。


「とりあえず連れといで。時間がないんだ。急ぎなっ!」

 彼らに任せておくと話が進みそうもないので、リタは直接ヘインに命令した。

 場所が王都治安軍本部の前であったので、待たされる心配はないだろうが、それでもヘインが全速力で駆け出したのを見て安心する。

 考えが浅い分、行動は速いのだ。


 兄に引きずられて本部から出て来たのは、文官としてもどこか頼りなげに見える、まだ少年といってもいいような風貌の男だった。

 それでも、出て来たヨナタンはすでに状況を理解しているようで、真っ先にリタの前へと進み出た。


「あたしは必要となるまでここにいる連中には通常業務に従事していてもらいたい。理由はわかるね?」

「……現段階で行動を起こすことは王都を戦場にすることにしかなりません。陛下と反乱軍の戦いの決着がつくまではサミュエル様、じゃなくてサミュエルは思い切った行動には出られないので、サミュエルが何らかの行動を起こすまでは、陛下の勝利を信じて待機しておくべきだからでしょうか?」

 ヨナタンの回答にリタは思わず目を見張った。

 隣に立つゴドフリートも、感心した様子でうなずく。


(こりゃあ、掘り出し物かもしれないね)


「そこまでわかっていて、なんでこいつらを止めないかったんだい?」

 それでも敢えてリタは意地悪く尋ねてみた。

「と、止めはしたんです。でも皆さんは、私も含めた王都の全住民を守るという使命感が強いため、どんな言葉も自分たちを気遣っての言葉と受け取り、余計にやる気になってしまいまして……」

 その時の様子が目に浮かぶようで、リタは途方に暮れたであろうヨナタンに同情した。


「さっきの言葉で、だいぶ状況が理解出来ているようだけど、他にも推測出来ることはあるかい? 間違ってもいい。思う通りに言ってみな」

 リタに真っ直ぐ見つめられたヨナタンは、顔を真っ赤にしながら、それでも懸命に答え始める。


「サ、サミュエルの行動は、けして独断ではありません。半数以上の治安兵が行動を共にしたことからも、それは間違いないと思います。レオフリード様の推挙を受けて治安軍の責任者という重職に就きながら、それを踏みにじった今回の行動は、サミュエルの本当の主が、陛下に対してだけでなく、レオフリード様に対しても明確な敵意を抱いている者であると考えられます」


 黒幕の正体――。


 リタはこの時まで対応に追われていたため、そこまで考えが回っていなかったが、ヨナタンの言葉で改めて黒幕の正体に意識を向けた。


 誰の命令でサミュエルは動いたのか?


 リードリットの敵は多い。特に貴族社会において、その存在は今でも嫌悪の対象となっている。

 その傾向は、今までのようにあからさまに嫌悪を露わに出来なくなって以降、より増したとすら言える。

 誰が黒幕であってもおかしくない状況だ。

 だが、五大家が裏切りでもしない限り、今のリードリット陣営をここまで翻弄することが出来るだけの実力を兼ね備えた貴族は存在しない。

 

 クロクスの権勢下ではその実力を隠し、事あるに備えて雌伏の時を堪え忍んでいた者が、ここに来て行動に出たのであれば知りようもないが、これだけの規模の謀略を手掛けるには、個人の力では不可能である。

 当然それなりの組織力が必要となり、組織を構えた時点でその存在を隠し通すことは不可能となる。

 不可能が二度続けば、それは絶対となる。

 現在のヴォオスには、誰にも知られていない第三勢力など存在しないのだ。


 であればいったい誰がサミュエルを動かしたのか?


 ヴォオス内の現行勢力では不可能となれば、答えは一つしかない。


 国外勢力の謀略だ――。


 隣国であるルオ・リシタ、イェ・ソン、エストバは直接的な行動に出た。残るはゾンのみであるが、ゾンにはカーシュナーがいる。

 あいつがいて、事態がここまで追い込まれるまで気がつかないわけがない。

 リタのゾン方面の情報網にもそんな可能性はかかっていはいなかった。


 隣国のはかりごとではないとなると、もはや答えは出たも同然であった。


 クロクスの逆襲に間違いない。


 逆に、規模の大きさを考えればクロクス以外にはありえない。

 この結論がリタに多くの手札を与えることになる。

 リタは先の一年、クライツベルヘンを拠点にクロクスの牙城を崩すべく、徹底的に調べを進めていた。

 クロクスが国内に築き上げていた勢力の牙城の地図は、すべて頭に入っている。

 今度はその地図に記されているあらゆる通路を逆用するだけのことだ。


「お手柄だ。あんたの一言は、あんたが思う以上にあたしの助けになったよ」

 そう言って向けられた自然な笑みは、ヨナタンにとって最高のご褒美となった。

 真っ赤な顔がさらに茹で上がり、体中の血液が顔面に集中してしまったのではないかと心配になるほど顔を赤くしたヨナタンの肩に手を置くと、くるりと振り向かせ、治安軍の残存部隊に向き直らせた。


「これからこのヨナタンが、あたしの言葉の代弁者になる。この王都に、リードリット陛下のお味方となって戦えるのはあんたらだけだ。ヨナタンの言うことしっかりと守って、軽々しく行動するんじゃないよ。その時が来るまで、力溜めて待ってな。裏切り者のサミュエルはこの瞬間までじっと待ち続けたんだ。根気勝負でも負けんじゃないよっ!」

 リタに認められたと気付いたヨナタンと、自分たちの重要性を改めて知らされた治安軍残存部隊は表情を引き締めた。


「理解出来たようだね。じゃあ解散しな。夜勤のある者はそれぞれの仕事に、それ以外の者たちは明日以降の仕事に備えな」

 リタの言葉に兵士たちはそれぞれに割り当てられている職務へと戻って行った。

 そんな中、ブロースとアンドレアスが歩み寄ってくる。


「世話を掛けた。我らはどうも短絡的でな」

 そう言って頭を下げたのはブロースであった。

 千騎長の地位にありながら、素性が怪しげなリタにあっさりと頭を下げられるあたり、度量の大きさが知れる。


「どうか我らの力、有効に活用していただきたい。そなたの言葉は、ゴドフリート様の言葉と同等と考え、必ず従おう」

 アンドレアスもブロースにならって頭を下げる。

 宰相であるゴドフリートと同等とは言い過ぎだが、リタとしてはとにかく従ってくれればそれでかまわない。


「任せときな。こっちも当てにさせてもらうよ」

 そう言うとリタは二人に微笑んだ。

 いい歳をした千騎長二人が思わず頬を染める。

 ごく自然にたらし込むことにかけては、リタもカーシュナーに負けてはいない。

 その笑みを引き締めると、リタは千騎長の二人とヨナタンにだけ聞こえる声で告げた。


「今回のサミュエルの謀反で、大将軍レオフリードはその体面を損ねた。わかるね?」

 三人は表情を強張らせてうなずく。

 最終的には承認を与えたリードリットの責任ということになるのだが、サミュエルを王都治安軍の責任者に推挙したのはレオフリードだ。その人となりに直接触れ、適任と判断を下した以上、リードリットが責任を問わなかったとしても、貴族社会におけるレオフリードの政治的立場は揺らぐことになる。


 今はまだリードリットのこれまでの蛮行と、即位直後の大粛清のおかげでリードリットに対する恐怖から大人しくしている貴族たちも、リードリットが今後善政を布いて行けば、反乱とはまた違う形でその力を削ぎにかかるはずだ。

 それは、リードリットが法を尊重するのであれば、これまでのように直接的な暴力で相手を黙らせるというわけにはいかなくなるからだ。


 クロクスは金の魔力で圧倒的な数の国内有力者たちを従えてきたが、リードリットはその行いの正しさで人々を従えようとしている。

 それは民衆に対しては成功しているが、ヴォオスのごく一部の人間にすぎない貴族たちに対しては、まるで効果を上げていない。

 結果として反乱も起こっている。

 特権意識の塊である大半の貴族たちを服従させるには、今後もレオフリードの存在は重要となってくるのだ。


「これ以上傷口を広げないためにも、大陸経済からの信頼だけは守り通さなきゃならない。ヴォオスが今後も変わらずヴォオスであり続けるためにはね」

 リタのこの言葉の重みを本当の意味で理解出来ていたのはヨナタンだけであった。

 仮に今回の大侵攻を乗り切り、リードリットが再び玉座に還ろうとも、ヴォオスが大陸経済の中心でいられなくなってしまえば、リードリットはその政策を大きく制限されることになる。

 その結果犠牲になるのは民衆であり、今リードリットを支えている戦女神の威光など、あっという間にその光を失ってしまうだろう。


 三賢王時代以来のヴォオス改革の可能性は消え去り、場合によっては三愚王時代以上の暗黒時代へと向かいかねない。

 それも回復の可能性が見込めない下り坂の闇の中へだ。


 事の重大さに気がついたヨナタンの背中に、リタがそっと手を置く。

「お前が背負う必要はない。今ここで、その責任を背負うのはあたしの役目さ」

 ヨナタンはこの瞬間初めてリタという人間の大きさを知った。

 人が持つ器の大きさとはここまで至るのかと、圧倒される。


 ヨナタン自身は重圧を認識した瞬間から小刻みに身体が震え、異常に汗をかき始めていた。

 自分の判断が今後のヴォオスの未来に影響する。

 より良い未来を望むなら、失敗は絶対に許されない。

 いくらリタの指示を伝えるだけの役目とはいえ、ヨナタンの一言で五千もの兵士が動くのだ。

 その重圧は計り知れなかった。


 だが、リタはその重圧を自分が引き受けると言う。

 それは仮にヨナタンが失敗したとしても、その失敗も含めて自分の責任であると言っているのだ。

 それは重圧に押し潰されかけている自分に対する配慮であった。

 そして、その配慮が出来ること自体が、リタという人間の器の大きさを示していた。


 重圧はそのままに、だが、心自体は軽くなる。

 それは責任をリタが肩代わりしてくれたからだ。

 安堵の想いに満たされつつも、心の一部にはわだかまりが生じる。

 それは、安堵してしまった自分に対するうしろめたさだった。


 ヨナタンは兄の様な太い腕も、豪胆な精神も持ち合わせてはいない。

 だが、それでも男だった。

 いや、まだ十五にすぎないヨナタンの聡明な心の中には、間違いなくここでゆずりたくないと叫ぶ、頑固な男の子の魂が存在した。


 女性一人に背負わせてたまるかっ!


 それはひどく単純で、子供じみた感情の発露と言えたが、兄のおかげで戦いとは無縁の生活を送ってくることが出来たヨナタンに、初めて戦いを覚悟させた。

 その想いはあまりにも男の子(、、、)過ぎて、女性(、、)であるリタには上手く伝わらなかった。だがその想いは、同じ男であるブロースとアンドレアスの二人には伝わった。


 どちらも分厚くてまめだらけの手でヨナタンの背中を叩く。

 何か怒られるようなことをしただろうかとヨナタンは慌てたが、初めて目を合わせた二人の視線が、真っ直ぐに自分を見てくれていることに気がつくと、自分がこの二人から認められたのだと理解した。

 驚きと共に、わずかながらの誇らしさがヨナタンの中に生まれる。


「皆様の助けとなれるよう、精一杯務めさせていただきますっ! よろしくお願いしますっ!」

 そう言うとヨナタンは身体を二つ折りにしそうなほど深く頭を下げた。

「こちらこそよろしく頼む」

「我らが不甲斐ないばかりに戦いに巻き込んでしまってすまんな。必ず守る故、力を貸してくれ」

「はいっ!」

 元気良く応えるヨナタンの肩に、ブロースとアンドレアスは手を置いた。


「予想以上に上手くいって良かったよ」

 そんな三人の様子を眺めながら、リタはゴドフリートに言った。

 リタのように頭の切れる女性には、いささか暑苦しく感じられるが、それでも男同士の絆というものは見ていて心地良かった。


「これを吉兆と捉え、事態を引っくり返さんとな」

 ゴドフリートも裏切りを働く者たちがいるその裏側に、このような者たちがいてくれることに目を細めていた。

「旦那の出番はまだだからね。変に感化されたりしないでおくれよ」

 本来こんな場所にいられてはたまったものではないリタが、非難交じりの視線で忠告する。


「わかっておる。今度こそ大人しく地下に潜っているさ。今のわしの仕事は先陣切って戦うことではないからな。この事態がどのような形で終息するか予測し、その後の対応を検討しておかねばならんからな」

「わかってんじゃないか。今はみんな手いっぱいなんだ。旦那がヴォオスの未来をしっかりと見据えていてくれないと、リーが作ったせっかくの流れが止まっちまう。そうなったらもう一度動かすのは並大抵のことじゃないからね」

 ヴォオスの未来を表と裏で支える二人には、現状に対する対応だけでなく、その先の対応まで求められているのだ。


「いささかお主の負担が大き過ぎるように思えるのだがな?」

 ゴドフリートの言葉はかなりひかえめなものであった。

 リタ以外の人間であれば、その半分も背負うことは出来ないだろう。

「こいつが全部きれいに片付いたら、しばらくゆっくりとさせてもらうさ」

 だが、そんな重圧の影響など微塵も見せずにリタは笑った。


「さて、どこから切り崩してやろうかね」

 第二城壁を見つめながら、とても王宮と先王を押さえられ、窮地に追い込まれているとは思えない態度でリタは呟いた。

 事実リタは追い込まれたなどとは欠片も考えてはいない。

 正攻法では何も出来ない状況でも、盗賊のやり方であればいくらでもやりようはあるのだ。


「カーシュも面白い時に王都にいられなくてさぞ悔しいだろうね。まあ、話のタネに、せいぜい引っ掻き回してやるさ」

 リタはいかにも質の悪そうな笑みを浮かべると、王都治安軍本部に背を向けた。

 その思考はすでにはるか先へと向けられていた――。  

 評価してくださった方、ありがとうございます。

 励みになります。

 しかもありがたいことに高評価!

 今後も頑張りますのよろしくお願いします。


 次回は5月26日投稿予定です。

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