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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
60/152

オス峠の戦い

 オス峠は一見緩やかな山越えの街道に見えるが、街道を囲む山地は意外に複雑な地形をしており、主要街道として使われていたころはよく山賊の襲撃地点になることが多い場所であった。

 そのため幾度となく迂回路の整備が進められたが、迂回方面を流れる河川が夏の嵐で氾濫することが多く、なかなか整備は進まなかった。

 そのため、まず河川の治水工事が始まり、夏の嵐が来ても氾濫が起こらなくなって始めて迂回路は完成した。


 その迂回路が完成して十年。

 使われなくなった街道は、予想に反してあまり荒れてはいなかった。

 この地に住みついた野盗たちが利用し、最低限の補修を行っていたからだ。

 もっとも、その事実を知ったのは、実はつい最近のことであった。


 この地は赤玲騎士団の新人であるテレシアの人生から、すべてを奪った野盗たちが根城にしていた場所だったのだ。

 その野盗団による襲撃に偶然遭遇した赤玲騎士団の新人たちは野盗団を討伐し、この場所に根城があることを聞き出すと、討伐軍を編成して野盗たちを一掃したのであった。

 そして、野盗団攻略の際にこの地の特性に気がついた赤玲騎士団の幹部であるスザンナから、反乱軍の迎撃に利用してはとの提案を受け、リードリットはここオス峠に布陣することにした。


 この地は長らく放置されている間に野盗たちによって砦化されており、再び放置することで新たな野盗を招き入れることになりかねないと判断したリードリットは、野盗団討伐後に赤玲騎士団の新人たちに築城を学ばせるため、この地に正式な砦を築き、国内の治安維持を目的とした新たな拠点とすることを定めたばかりであった。

 そのため、実はすでにこの地に赤玲騎士団の新人五千が砦を築くために派遣されていたのである。


 この件はそれほど重要性の高い案件ではなかったことと、赤玲騎士団の立場が未だにヴォオスおいて特殊な位置にあり、ヴォオス軍と絡めて処理が進められなかったことから、情報が伏せられたわけではないが、大々的に発表もされず、結果として真・貴族連合軍に対して防衛拠点と五千の兵力を伏せる結果となったのであった。


 真・貴族連合軍はオス峠方面へと放っていた斥候が戻らないことから、再度斥候を放ちつつ、リードリットの居所をオス峠方面と見当をつけ、進軍して来ていた。

 もし真・貴族連合軍がはるか手前で情報の整理を行っていれば、オス峠によるリードリットの待ち伏せを察知することができ、時間を消費することになるが、オス峠を大きく迂回することで兵力差を生かせる開けた地形にリードリットを引きずり出すことが出来ていた。

 だが、オス峠の事情をまったく知らない真・貴族連合軍は驕りを進軍の勢いに変えてしまい、一人機嫌の悪いフェルディナントに引きずられるように迂回可能地点を通り過ぎてしまったのだ。


 新たに送り出した斥候が前方のオス峠に兵が伏せられているとの情報を持ち帰るも、今さら下手に進路を変更すると側面ないし背後を衝かれることに気がついた真・貴族連合軍は、さして迷いもせずに正面突破策を選択した。

 元々数で劣る赤玲騎士団を真正面から撃破するつもりで進軍して来たのだ。地の利を取られた程度で進路を変えたとあっては、リードリットから逃げたと誹られかねない。

 結局真・貴族連合軍は実利よりも体面を優先したのであった。


 リードリットは左右の山に兵を分けて伏せさせ、真・貴族連合軍が近づくと、左右同時に突撃を開始した。

 伏兵を承知していた真・貴族連合軍は、慌てず軍を二分して、リードリットの最初の攻撃を受け止めに出た。

 この辺りはさすがにマクシミリアンも優秀で、急造の寄せ集めにすぎない貴族の私兵たちを見事に掌握していた。


 赤玲騎士団は右翼をスザンナ、左翼をフランシスカが指揮し、中央軍はリードリットが自ら指揮を執っている。

 両翼の先陣にはこれまでの赤玲騎士団にはいなかった重装騎兵が配置されており、三騎一体となって迎撃の壁を作る真・貴族連合軍にぶつかって行った。

 矢どころか槍すら弾き返す重装騎兵が密集して突進する。しかも、この重装騎兵の馬だけヴォオス産の軍馬ではなく、体格で一回り以上大きいルオ・リシタ産の軍馬が用いられている。

 破城槌を思わせるその突進は、赤玲騎士団に新たな戦術をもたらしていた。


 予想をはるかに上回る突破力に、マクシミリアンが配置した壁役の部隊が歪められ、守りの壁に出来た隙間から後続の軽装騎兵が飛び込み、真・貴族連合軍の両翼が一気に崩される。

 だが、マクシミリアンも良く戦況を見極め、予備兵力を投入して守りを厚くし、何とか赤玲騎士団の猛攻をしのいでみせる。


 侮っていた相手の予想外の猛攻に、後手に回って中央を薄くしてしまった真・貴族連合軍が本当の恐怖を知るのはこの後であった。

 両翼での戦いで中央の兵力が援護のために削られるのを待っていたリードリットは、戦況の変化を待たずに見切ると、得意の正面突破を仕掛けた。


 巻き上がる砂塵の量に、マクシミリアンは眉をしかめる。左右の兵力だけでおそらく一万近くいる。間違いなく赤玲騎士団の全戦力のはずで、正面突撃に割ける兵力など、多くて千だ。

 だが、巻き上がる砂塵はどう見てもそんな程度の規模ではないことを示している。

 念のため本陣を後方に下げて赤玲騎士団の中央軍を受け止めることにしたマクシミリアンは、この時直感に従ったおかげで命拾いすることになる。


 リードリットはこの時五千の兵を率いていた。

 その背後を守るように従うのが、現赤玲騎士団団長であるアナベルで、両脇を固めるようにして馬を走らせているのがロッテとユリアの二人だった。

 これだけでも十分強力なのだが、ここにまったく予定外の人物が紛れ込んでいた。

 赤玲騎士団の新人に築城技術を指導するためにオス峠に入っていたセインデルトである。


 セインデルトはヴォオスでも屈指の建築家で、近年はミデンブルク城塞の修復にあたり、第五城壁及びその内側に広がることになる新たな都市の設計建設のために、現在は王都ベルフィストにいた。

 頼んだわけではないが、たまには軍事拠点の建設もやっておかないと腕が鈍るという本人の希望から、リードリットは築城の指導をカーシュナーの兄に任せていたのだ。


 この戦いにも、たまには戦に参加しないと戦いの勘が鈍ると言って、強引に突撃部隊に加わって来た。

 一時期ミデンブルク城塞を活動拠点にしていたので、セインデルトの存在はそれなりに知っていたが、実際に剣を取って戦う姿を見たことはない。

 本当に大丈夫だろうかとリードリットは疑ったが、いざ突撃の号令を放つと、それまで建築家の顔をしていたセインデルトが、戦い慣れた赤玲騎士団員が青ざめるほどの百戦の気を纏い、恐るべき戦士へと変貌を遂げた。

 そのセインデルトの護衛役として従って来ていた騎士五人も、全員セインデルトに何ら劣らぬ技量の持ち主ばかりで、この小集団だけで、兵百騎に相当した。


 真・貴族連合軍はこの強力な布陣を突き刺され、受け止めることすら出来ずに貫かれた。

 先頭を走るリードリットに対し、まともに打ち合える騎士は一人もおらず、ヴォオス全土にその名を轟かす各貴族自慢の騎士たちが、嵐になぎ倒される案山子のように倒されていく。

 リードリットの鬼神のごとき活躍のせいで霞んでしまったが、ロッテとユリアも名のある騎士を奥の手を用いずに仕留めている。


 セインデルトはあくまで冷静に、突進の側面に身を置いて、敵からの横撃を阻んでいた。

「陛下っ! これ以上深く敵陣に攻め入るのは危険ですっ! 包囲されますっ!」

「うむっ! 頃合というところかっ! 伯父上に一言挨拶しておきたかったのだがなっ!」

 セインデルトに言われるまでもなく、この辺りが潮時と見切っていたリードリットが応える。

 背後や側面から攻められては、どんなに優れた軍でも犠牲を出す。


「しんがりはお任せくださいっ!」

「なんだっ! 暴れ足りんのかっ!」

「まったく足りませんっ!」

 セインデルトの答えにリードリットは短く笑うと、突撃の方向を鋭く左に転じ、フランシスカ率いる左翼と交戦中の真・貴族連合軍右翼の背後に襲い掛かっていった。


 リードリットが突撃に見切りをつけた地点は、偶然にも先程までマクシミリアンが本陣を構えていた地点であった。

 もしマクシミリアンが念のため本陣を下げずにこの場に留まっていたら、戦いは早々に決着を見ていただろう。

 マクシミリアンと真・貴族連合軍は危ういところで命拾いしたのであった。


 リードリットは真・貴族連合軍の右翼をさらにズタズタにすると、それ以上は欲張らず、素早く兵を引いた。

 赤玲騎士団の実力はここ数ヶ月で飛躍的に上昇したが、それでも新兵が大半を占める現在の赤玲騎士団は、足を止めての乱戦に弱かった。

 今回の戦いで圧勝出来たのは、ひとえに真・貴族連合軍の驕りと、得意な突撃を主軸に戦ったことが功を奏した結果だった。

 これが初陣となった者も多く、赤玲騎士団の陣営は大いに沸き返った。


 対して、敗れた真・貴族連合軍は荒れていた。

 出鼻を見事に挫かれたことも大きく、早くも浮足立つ者まで出始めている。

 また、名のある騎士たちが、多くの兵士たちの前でリードリットに斬り伏せられたのも痛かった。

 これまでヴォオス全土に広まっていたリードリットの新たな武勲は、かなり強引な手段で王位に就いたリードリットの、民衆に対する人気取りとして脚色されたおとぎ話のようなものとして鼻であしらってきていた。

 

 だが、現実にその人間離れした強さを見せつけられた兵士たちの間では、戦女神の逆鱗に触れることを恐れ、脱走を企てる兵士まで出始めていた。

 真・貴族連合軍に参加した貴族たちは皆一様に特権意識が強く、領民や兵士たちからの支持率が低い者ばかりである。

 特権意識が強いから、それを失くそうとするリードリットが目障りなのだが、平民たちからすれば歓迎すべきことであった。

 そのことが理解出来ず、領民や兵士も自分と同じように考えていると思い込んでしまうあたりが彼らの限界であり、時代の流れに取り残された原因でもあった。


「今さら腑抜けたことを口にするなっ!」

 マクシミリアンが浮足立つ貴族たちを一喝する。

「我らはもう兵を挙げたのだっ! 降伏は死と同義と思えっ! あのリードリットが二度も温情を掛けるなどと思うなっ!」

 リードリットは地下競売場の関係者たちに対し、処罰の対象はあくまで直接関係した者のみとし、その一族縁者にまでは裁きの手を伸ばさなかった。

 

 だが、今回は違う。

 自分たちがいくら認めていなくとも、法的に国王として認められてしまったリードリットに対し、反旗をひるがえしたのだ。

 仮にリードリットが今回もなんらかの温情を掛けようとしたとしても、さすがに今回はまわりの者たちが許さないだろう。

 統治に公正さは必要だが、過度の甘さは害にしかならない。


 裁くべき時は裁く――。 


 今回の反乱は、成功以外はすべて一族郎党打ち首の、地獄行きしか待っていないのだ。


 これまで勝ち戦と決め込み、真剣みが足りていなかった貴族たちもようやく真剣な顔つきになる。

「連中がオス峠に防衛拠点を構えたということは、リードリットが得意としている正面決戦では勝てないと判断したということだ。それに、赤玲騎士団の実力が予想外だったことは認めるが、それでもこの初戦ではっきりと分かったことがある。体力、体格では男の方が上ということだ。その差を埋めているのは馬であり、先程の破壊力も、所詮は馬の突破力から生み出された力にすぎん」

 そこでマクシミリアンは言葉を切ると集まっている貴族たちの顔を見渡した。


「強さの秘密はわかった。ではどう対処すればいい?」

 貴族の一人が問いかける。

「簡単だ。走らせるな」

 マクシミリアンの答えは単純だった。


「奴らの拠点に一気に攻め寄り、奴らの騎馬の力を封じる。まさかこの中に、女との力比べに自信がないなどと言う者はいまいな?」 

 マクシミリアンの皮肉めいた確認にうなずく者はいなかった。

「軍を再編後、直ちに突撃をかける。奴らに時間をやるなっ!」

 腹を括った貴族たちは、マクシミリアンの指示に従った。

 こうして体勢を立て直した真・貴族連合軍は、巻き返しを誓うのであった――。









「さて、馬鹿共は次にどう動くと思う?」

 会議用の大天幕の中で、リードリットはアナベル以下四人の幹部と、新人たちの中から主だった者たちを会議の場に集めていた。

 新人の中にはファティマの姿もあり、それ以外にはルオ・リシタ人のマルファ、ヴォオス人のヴィルフェルミナ、ソフィー、テレシアがいた。


 マルファはルオ・リシタ人として見てもずば抜けた巨体を誇る女戦士で、ファティマとの模擬戦以降一番の親友となり、どん欲に腕を磨いたことで戦士としてずいぶんと様になるようになっていた。


 ヴィルフェルミナは貴族の未亡人で、遺産問題で命の危機にさらされていたが、頼る当てがなくて途方に暮れていた。

 そんな折リードリットが戴冠し、王位を得たことで、ヴィルフェルミナは同じ女性として庇護してもらえるのではないかと考え王宮に参上し、その願いは聞き入れられ、無事相続問題は解決した。

 だが、復興を目指して多くの人間が、身分の上下も性別すらも越えて尽力する様を目にしたヴィルフェルミナは、これから先続くであろう相続した遺産をただ食いつぶしていくだけの日々を想像し、自分も誰かの役に立ちたいと考え、赤玲騎士団の新人募集に応募した。


 マルファには遠く及ばないがヴォオス人女性としては大柄で、亡き夫の趣味であった乗馬で鍛えられていたことから、以外にも厳しい訓練についていくことができ、生来の才能もあって新人の中で頭角を露わした。

 命を狙われた経験から剣術の訓練にはとり憑かれたかのように積極的に取り組み、模範試合でのファティマの実力に憧れ、自主訓練を共にすることで師弟関係のようなものが出来上がってしまった。

 若干思い込みの激しいところがあるが、友情に厚く、努力を惜しまず、何より貴族としての身分を振りかざさない分別を持ち合わせており、同じ新人たちからの人望は厚かった。


ソフィーは終わらない冬の最中に全滅した村の唯一の生き残りで、人生に絶望して自殺しようとしていたところを、地方を調査して回っていたゴドフリートとヴァールーフに発見され、保護されて王都の難民収容施設に預けられた。

 終わらない冬が終わり、難民たちの多くが故郷へと帰って行ったが、誰一人待つ者のいない村へと帰りたくなかったソフィーは、他の村の難民たちからの誘いも断って、王都に残った。

 農村の暮らしはソフィーに失ったものすべてを鮮明に思い出させる。それは今のソフィーには耐えられない痛みだった。


 学もなければ手に職もないただの農婦であったソフィーであるが、贅沢を言わなければ働き口はいくつかあった。

 住み込みの家政婦にでもなろうかと考えていた時、赤玲騎士団の新人募集があり、ソフィーは迷った末、この募集に応募した。

 今までの暮らしから最も離れた暮らしに身を置きたかったのだ。


 動機としては弱く、訓練の厳しさについていくにはあまりに頼りない目的であったが、自分と同じような境遇の女性が大勢応募し、ここで生きるしか道はないというほどの覚悟で訓練に喰らいつく姿に引っ張られ、ソフィーは新人の前に必ず最初に立ちはだかる「現実の厳しさ」を何とか越えることが出来た。


 これまで戦いとは無縁の人生を送って来たソフィーではあるが、先輩である赤玲騎士団員の多くが患っている、「アナベル様、格好良い~!」病にかかり、アナベルの訓練視察の際に少しでもいいところを見せようと努力した結果、新人たちの中でも頭一つ抜きん出る存在となっていた。

 本人だけが気がついていないが、おっとりとした外見とは裏腹に、恐ろしいほどの運動神経の持ち主で、素質だけで見れば新人たちの中では随一の存在であった。


 憧れのアナベルと激闘を交わしたファティマには、亡くしてしまった娘の面影を重ねており、そこに加えてこれまでの苦難に満ちたゾンでの暮らしと女性の立場を知ると、勝手にファティマ応援団を結成してその修練の補佐を行うようになった。

 結果誰より多くファティマと手合せすることになり、その実力はわずか数ヶ月で平均的なヴォオス騎士を上回るほどにまで成長した。

 これをきっかけに二人は姉妹のように中を深め、信頼の絆で結ばれた。


 テレシアは以前は商人である夫と共に、王都ベルフィストに店舗を構え、国内だけでなく、近隣諸国にまで買い付けの足を延ばすやり手の商人として生きていた。

 だが、終わらない冬の最中に最後の仕入れに向かった帰りに野盗に襲われ、テレシアは夫と仕入れた積荷の全てを失ってしまった。


 テレシアの不幸はこれだけでは止まらず、夫を亡くしたことで商売の基盤が失われ、積荷を失ったことで納品が叶わず、多額の賠償金を支払うことになり、最後には店を手放さなくてはならなくなってしまった。

 絶望してもおかしくない状況で、テレシアは復讐のために動き出した。

 何一つ残らなかったことで、テレシアの中から惜しむ気持ちが失われたのだ。

 もはや自分の命すら惜しくはない。


 復讐の手段を模索していた折、赤玲騎士団の新人募集があり、テレシアは復讐の基本となる強さを手に入れようと考え、募集に応募する。

 模擬戦で己の弱さを思い知らされたテレシアは、寝る間も惜しんで修練に励み、着実に実力をつけていく。

 その実力が認められ、実戦訓練を兼ねた隊商路巡回に抜擢され、そこで偶然憎き野盗団と遭遇することになる。


 この時部隊を率いていたスザンナは、野盗団の規模と、部隊の実力とを秤に掛け、ヴォオス正規軍への通報を選択した。

 慌てたテレシアはこれまでの経緯を打ち明け、戦いの許可を求めた。だが、スザンナはテレシアの求めに対して首を縦には振らなかった。

 軍事行動に私戦を持ち込むことは、組織立った行動を阻害し、大きな被害を産む危険性をはらんでいるからだ。


 ここでテレシアを後押ししたのがファティマであった。

 たとえ大きな犠牲を払おうとも、果たされなくてはならない想いがある。

 想いは長く胸に留め置くと腐り、持ち主をも腐らせる。

 ファティマはテレシアの焦りの理由を理解していた。

 もしここで取り逃がしたとして、今後の人生で再度見つけ出せる保証はどこにもない。ここで討たなければ、テレシアの復讐の念は生涯晴れることなく、その胸の内を焦がし続ける。


 ファティマの気持ちが他の新人たちにも伝播し、今にも暴発しかねないまでに高まっていく。

 スザンナは素早く暴発して乱戦に突入した場合と、自ら新人たちを統率して攻撃を仕掛けた場合の被害を秤に掛けた。

 考えるまでもなく組織立って戦う方が被害を押さえられるに決まっている。

 何よりスザンナ自身がテレシアの不幸の元となった野盗団を壊滅してやりたい気持ちでいっぱいなのだ。


 事前にコンラット将軍から戦闘許可をもらっていたこともあり、スザンナは野盗団との戦闘を決意する。

 野盗団も果敢に反撃して来たが、多くの新人たちの中から選抜されてこの場にいるファティマたちの敵ではなかった。

 首領は捕らえられ、近隣一帯の野盗団がアジトとしているオス峠の砦の情報を得ると、テレシアは復讐を果たした。


 この時の決断が現在のオス峠での優位を生み出すことになる。

 復讐を果たしたテレシアは、胸の内を焦がし続けていた想いが果たされ消えると、そこに大きな空洞が出来てしまったことに気がついた。

 だがその空洞はすぐに埋まることになる。

 自分の復讐のために、命を懸けて共に戦ってくれた仲間たちへの気持ちであふれ返ったからだ。


 復讐を終えたテレシアは、ここで初めて仲間たちと正面から向き合うことが出来るようになり、遅まきながら仲間たちとの友誼を深めた。


 ファティマを含めた新人五人は、リードリットの問いに対して頭を悩ませた。

 個人としての力量を高めている段階の彼女たちにとって、戦術的思考はまだはるか先にあるものだからだ。

 それでもファティマは自分なりの考えを口にする。


「反乱軍は編成を終えたらすぐに反撃に出てくるのではないでしょうか?」

「何故そう思う? つい先程手痛い目にあったばかりだぞ?」

 ファティマの答えに、リードリットが疑問を上乗せする。

「負けたからです」

 ファティマの答えは単純だった。

 リードリットも片眉だけを器用に上げ、先を促す。


「反乱軍の敗戦は、赤玲騎士団に対する侮りから生まれた油断が最大の原因です。だからといって深く反省するような性格ではない貴族たちは、敗戦が兵士たちに浸透し、士気が低下する前に負けを取り戻そうとするでしょう。負けたのは油断していたからであり、油断さえしなければ負けるはずはないと考えているのですから」

 ファティマの目はかなり正確に真・貴族連合軍の心理を洞察していた。

 抜けているのはマクシミリアンが現在の赤玲騎士団の強さの特性を見抜き、その弱点を狙っているということくらいだ。

 この辺りの洞察は、マクシミリアンという人間を知らないファティマにはまだ難しかった。


「敵が間を置かずに攻めてくるとして、ではどう迎え撃つ?」

 リードリットが今度は対応策についてたずねてくる。

「先程の戦いでの手応えから判断する限り、反乱軍の飛び道具は弓だけのようです。間合いが詰められれば投げ槍が飛んでくる可能性もあるでしょうが、高所に位置する我が軍の方が飛び道具の射程で優位に立てます。基本力技に頼らざるを得ない反乱軍に対し、矢を惜しまず射かけつづけ、近づかせないことを基本にし、犠牲覚悟で砦に攻め寄せたら、砦外に待機している別働隊で背後から襲撃をかければ、反乱軍に大きな打撃を与えられると思います」


「合格だ」

 ファティマの回答に、リードリットは満足そうにうなずいた。

 ほっと息をつくファティマの肩や背中を、仲間たちが「お疲れっ!」とばかりにつつく。

 それがくすぐったくて、ファティマは身をくねらせて逃げた。

 

 ファティマの対応策は、マクシミリアンに対する洞察が抜けていても問題のない対応だった。むしろ初の本格戦闘の最中でも、敵の状況をしっかりと観察し、敵戦力を推測していたのは見事と言えた。

 集団戦の訓練途中から、戦況を俯瞰で把握しようとしていたようだが、その心がけが将としての器を育てたようだ。


「陛下。おまけで付けた兵器もお試しください」

 基本戦術がファティマの提案を二、三修正したものに決定すると、セインデルトがリードリットに提案した。

 築城技術の指導と、砦の整備は依頼した記憶があるが、兵器の新設など頼んだ覚えがなかったリードリットが片眉を跳ねあげる。

 

「ついでに使用訓練も終了しています」

 にこにこと愛想の良い笑みを浮かべ、セインデルトが話を進めていく。

「ちょっと待て。まず、おまけで何を取り付けたのか説明しろ」

 リードリットの当たり前の要請に、セインデルトはいかにも面倒くさそうな顔をする。

「せ・つ・め・い・し・ろっ!!」

 一音ごとにはっきり区切り、強調する。


 セインデルトにはミデンブルク城塞に、修理にかこつけて、城主のドルクとレオフリードすら知らない秘密の仕掛けを施していた前科がある。

 おかげでゾン国側のトカッド城塞を陥落させることが出来たが、自分の管理下にある砦に、自分が知らない物が設置されているというのは気分の良いものではない。


「固定式の大型弩です」

「なにぃっ!!」

 セインデルトは何気なくさらっと答えたが、なかなかに高価な代物であるため、上級貴族の城館でも設置されていないことの方が多い兵器の一つだ。  

 文字通り弩を大型化させた武器で、矢だけではなく、槍や石なども飛ばすことが出来る。投石機よりも命中精度が格段に高く、狙いを正確に定めやすい作りになっている。


「そんなものを、こんな使うかどうかもわからん砦に設置したというのか!」

 オス峠の砦は、野盗たちにアジトとして再度利用させないために軍事拠点に改修されることになった砦で、本格的な軍事利用を考慮に入れての改修ではない。

 生活区画があり、厩舎があり、それを囲む簡易的な防護壁があればそれで十分だったのだ。


「ご安心を。大型弩と言ってもその簡易版に当たるもので、材料もここで調達して、赤玲騎士団員で加工、製造したものです。だからおまけなんですよ」

「そんなものが役に立つのか?」

「槍とかをバンバン飛ばそうとしなければ使えます。射程も正規品の約九割は確保出来ていますし、耐久度で劣る以外は大差ないはずです。むしろ操作性をかなり簡略化したので連射性能が上がりましたから、一戦限りで考えた場合、私的には正規品より上だと思います」


 話だけ聞くとなかなかの高性能品に思え、リードリットは興味がわいた。

「とりあえず現物を見てみよう。どれだけの戦果が期待出来るかで、戦術に組み込んで考えるべきかどうか判断出来る」

 そう言うとリードリットは簡易版大型弩の確認に向かった。


 そこには大型弩以前に、リードリットが想像していたものとは全く異なる防護壁が出来上がっていた。

 改修前の状況を知らないのでどれほど手を加えたのかはわからないが、軍事拠点としての重要度が高い砦並の防護壁がそこに存在したのだ。

 そしてその防護壁の上に、不必要と思えるほどの数の大型弩が据えられている。

 見れば確かに明らかに大型弩は簡略化されており、一見すると子供の工作かと思わせるほど簡素な造りをしている。


「先程も説明しましたが、金属補強がない分耐久性に劣ります。また、機能性のみを追求いたしましたので、見た目が安っぽく見えます。実際掛かっているのは人件費ぐらいですのでかなり安いです」

 セインデルトは簡潔に説明すると、実際に操作しながら詳細について説明した。

 始めはかなりがっかりしていたリードリットであったが、この簡易版大型弩の長所を理解すると、たちまち表情を改めた。


「これは、使えるを通り越して戦術の主軸に据えてもいい代物だぞ」

「まあ、拠点防衛にはなかなか有効でしょうね」

 セインデルトはドヤ顔のまま謙遜してみせる。

 こういうところは弟のカーシュナーとよく似ておりイラッとさせられる。


「作戦を一部練り直す。この大型弩の扱いに長けているセインデルトにはこの場の指揮を任せる。いいな?」

 苛立たされるが有能極まりないこと間違いなしのこの男を遊ばせておくような余裕はない。リードリットは戦いの新たな主軸となったこの場所をカーシュナーの兄に託した。

「お任せください」

 わざとらしいほど丁寧に頭を下げるセインデルトの後頭部に拳骨を振り下ろしてやりたい衝動に駆られたリードリットであったが、なんとかその衝動を抑えると変更箇所の指示に向かった。

 カーシュナーであれば殴ってもすぐに復活するだろうが、他の人間はそうはいかないとアナベルからきつく戒められていたからだ。


「さて、そろそろ向こうも動き出す頃合いかな」

 まるでセインデルトの言葉が聞こえたかのように、真・貴族連合軍が動き出した――。









 盾を頭上に構え、密集形態で真・貴族連合軍は突進した。

 矢戦は始めから捨てている。高所を押さえられている以上仕掛けたところで自分たちの方が多く血を流すことにしかならないからだ。

 

 弓の射程内に入ると予想通り矢の雨が真・貴族連合軍に襲い掛かる。

 だが、当初の予想よりもその勢いは弱く、覚悟していた被害も少なく済んだ。

 砦から赤玲騎士団が姿を現し、迎撃に打って出る。


「遅いわっ! もはや距離は詰めた。この距離では馬足は最大速度には届かんぞっ!」

 そう言って吠えたのは、先鋒を買って出たフェルディナントであった。

 先程の戦いでは相手の力を読み誤り、無様に押し込まれてしまったが、今度はこちらが力でねじ伏せる番だと復讐に燃えている。


 だがその強気も、次の瞬間大気を打った恐ろしい数の矢が奏でた羽音によって吹き消されてしまう。

 一瞬空が陰り、瞬時にして影が抜けていく。

 陽光を遮断するほどの数の矢が、大気に放たれたのだ。


 フェルディナントの後続は、先鋒が易々と赤玲騎士団の砦に襲い掛かったことで、敵の矢が残り少ないと判断し、守りを捨てて速度を上げた直後の事であった。

 束ねられて放たれた矢は空中で解け、拡散して死の雨と化す。

 それまで赤玲騎士団は通常の弓兵による攻撃のみであったため、真・貴族連合軍はその射程を明確に見切っていた。

 そのため砦からの矢はまだ届かないという余裕があった。

 セインデルトはまさにその余裕を狙いすまし、通常の弓による攻撃よりもはるかに飛距離のある大型弩で一斉掃射をかけたのだ。


 予期せぬ矢の雨にさらされた真・貴族連合軍の足が乱れる。

 そこに追い打ちをかけるべく、即座に第二射、三射が続き、セインデルトが勝手に設置した簡易式大型弩は真・貴族連合軍に致命的な打撃を与えたのであった。


 後続を断たれた形になったフェルディナント率いる先鋒部隊に動揺が走る。

 敵陣でいきなり孤立させられたのだ。動揺するなという方が無理がある。


 馬足の鈍ったフェルディナントに対して、リードリットは正面から迎撃の部隊を叩きつけた。

 それに呼応して砦外で待機していた部隊が左右から攻撃を仕掛け、三方から囲まれることになった真・貴族連合軍の先鋒部隊は引き際を誤り、完全に包囲されてしまった。


 これを救出しようと真・貴族連合軍が後続部隊を送り出すも、再び放たれた矢の雨によって阻まれ、躊躇している間に先鋒部隊は壊滅してしまった。

 これを率いていたフェルディナントは何とか脱出を図ろうとしたところをスザンナによって討たれ、名だたる騎士たちも、次々と赤玲騎士団の実力者たちに討たれた。


 正面から迎撃に当たった部隊に配属されていたファティマも、苦戦の末ディーフェンター家の筆頭騎士を討ち取り功を上げた。

 他の新人たちも先輩騎士の活躍に引っ張られるようにして活躍し、それぞれ貴族出身の上級騎士の首級を上げてみせた。


 中でもこの戦いを任された四人の幹部たちの活躍は目覚ましく、フェルディナントの首級を上げたスザンナを筆頭に、フランシスカ、ロッテ、ユリアの三人も、先鋒部隊に加わっていた他の貴族の首級を上げ、赤玲騎士団創設者であるリードリットと、現赤玲騎士団団長であるアナベルの二人を温存したまま敵先鋒部隊の殲滅に成功していた。


 もはや救出は不可能と諦めた真・貴族連合軍は一度兵を引き、守りを固めた。

 想定外の事態に各貴族たちが右往左往しているであろう姿が、軍の再編の無様さからうかがい知ることが出来る。


 リードリットはここを勝機と見定め、時を置かずに追撃を掛けることにした。

 攻城戦や力のぶつかり合いとなる地上戦では後れを取ることもあるが、騎兵戦であればヴォオス正規軍の精鋭が相手であろうと引けを取らない自信がある。

 全兵力をつぎ込み、ここで一気に勝敗を決してしまおうと自らも馬にまたがったその時、王都からまったく予期していない形で使者が訪れ、その攻撃に待ったをかけた。


 それは、国王バールリウス(、、、、、、、、)による、王女リードリット(、、、、、、、、)と赤玲騎士団に対する投降命令だった――。

 いよいよゴールデンウィークの始まりですね。

 皆さん良い休日をお過ごしください。

 南波はあまり休めません。休日出勤まであります。

 真っ黒です(笑)


 次回は5月5日投稿予定です。

 くしくも南波の休日出勤日っ! くぅっ!

 少ない休みを利用して、少しでも書き溜めを進めたいと思いつつ、プレイ5時間ちょいで止まったままのモンハンをやりたい今日この頃。

 ああっ、誘惑が、ゆうわくがぁ~!!

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[気になる点] >った乗馬で鍛えられていたことから、以外にも厳しい訓練についていくことがで 以外→意外
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