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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
57/152

裏切りの末路

 ゼルクローの山中で膠着状態に陥っていたエストバ軍とドルトスタット軍の戦いが、いよいよ動き出そうとしていた。

「そろそろだな」

 そう言って兵士たちを見渡したのは、ドルトスタット家の当主、クリストフェルンであった。


 五大家の一角、ドルトスタット家の当主であるクリストフェルンは、騎士として一流の実力の持ち主であったが、それ以上に<守護者>としての実力に優れた狩人であった。そのクリストフェルンの目から見ても、この山中に陣取ったエストバ軍は優秀だった。

 高所を押さえられていることもあるが、持久戦と割り切っていることが結果につながっていると言えた。

 これが逆に数でドルトスタット軍に勝り、短期決戦を望んでいたら、エストバ軍はとうの昔に敗れ去っていただろう。

 動き回ってくれる方が、ドルトスタット軍としては戦いやすいのだ。


 クリストフェルンとしては、ぎりぎりまでドルトスタット軍をこの場に足止めし、いざとなったら撤退すればいいと考えているエストバ軍に、欲をかかせる必要があった。

 数で勝りはするが一万に対して二万でしかない。

 強引な攻めはドルトスタット軍の被害を増大させ、エストバ軍に被害が少ない段階での撤退を決意させるに過ぎない。

 そうなれば、敗北感を持たないエストバ軍は態勢が整い次第いつでもヴォオスへの再侵攻を開始することが出来る。

 それはヴォオスが最も望まない結果であり、クリストフェルンとしても、そんな結末は願い下げだった。


 時刻はすでに夕刻を過ぎ、昼と呼ぶには光に乏しく、夜と呼ぶには闇の勢力はまだ影の中にある。

 見えるようで見えない逢魔時おうまがとき――。

 <神にして全世界の王>魔神ラタトスの眷属たちと長きに亘り戦い続けた<守護者>にとって、最も恐ろしく、神経を研ぎ澄ませて戦い続けた時間。

 それは裏を返せば、対人間に対しては絶対的な実力を発揮出来る時間であった。


 クリストフェルンがここまで膠着状態を維持し続けたのには理由がある。

 数的不利の状況にありながら、ヴォオス軍に対し、わずかに優位を維持し続けているエストバ軍は、その結果を自信に変えていた。

 圧倒的優位は過信しか生まない。だが、不利な状況から造り出した優位は、戦う者に確かな自信を植え付ける。

 不利を跳ね返したという自信だ。


 この戦場に選ばれたエストバ兵は、特に山岳戦に優れた兵士で構成されている。

 エストバ兵の中にも、騎馬戦ではヴォオス軍には及ばないが、山岳戦ではけして負けないという自負がある。

 そして状況は、彼らが思い描いた通りに進行している。

 元々強かった山岳戦に対する自信が、より深まるのは当然だった。


 不利な状況から互角の状況に、そして互角の状況から、わずかではあるが優勢な状況へと変わりつつある。


 勝てるかもしれない――。


 口には出さずとも、彼らの中でドルトスタット軍を打ち破る光景が、色彩豊かに描かれ始めていた。

 その絵筆の持ち主がクリストフェルンであることも知らずに――。


 これは急ぎフローリンゲン城塞へと向かっていた最中の、予定外の戦いである。

 心に焦りが生まれても何の不思議もない状況で、クリストフェルンは望む結果を得るために、敢えて時間をかけたのだ。

 並大抵の胆力で出来ることではない。

 万が一この間にフローリンゲン城塞が陥ちるようなことがあれば、クリストフェルンは小さな勝利に固執し、ヴォオスに決定的な敗北を招いた愚か者として、生涯誹られ続けることになる。それは自分だけにとどまらず、二人の息子と、その後に続く孫の代までしがみついてくる不名誉だ。

 それでもクリストフェルンはギリギリの計算で今回の策(、、、、)を採用したのだった。


 不意に戦いの気配が上方で生まれる。

 それと呼応するかのように、下方でも戦いの気配が生まれる。

 クリストフェルンは二つの戦いに挟まれながら、何故か小さくほくそ笑んだ。そしてわずかな(、、、、)部下たちを率い、無音で移動する。

 ドルトスタット軍の本陣であった場所は、すでにもぬけの殻となっていた――。









 クリストフェルンから大攻勢をかけると告げられ、エストバ軍の守りの綻びから敵本陣への襲撃を任されたケルネルスは、仲間たちと共にその時(、、、)を待ち続けていた。

 レイナウドのためにと託された最後のとどめを、ケルネルスは期待裏切らずに応えるつもりでいる。

 もっとも、そのとどめの矛先は、クリストフェルンの期待とは真逆の方向に向けられているが――。


 戦いの気配が不意に生まれ、ケルネルスは無意識に腰の剣へと手を置いた。

 微妙な違和感を感じたが、戦いを前にして神経が高ぶっているのだと決めつけ、その違和感を頭から振り払う。

 思ったよりも気配が近い。

 そう思った直後、

「て、敵襲っ!!」

 という慌てた声が遠くから流れてくるのを耳にし、ドルトスタット軍が襲撃をかけるのではなく、逆にかけられたのだと判断した。

「大見得を切っておいてその様かっ!」

 ケルネルスはクリストフェルンの端正な顔を思い出し、その顔に唾を吐くように言葉を吐き捨てた。


 口ほどにもないクリストフェルンの醜態に、ケルネルスは深まりつつある闇のように嗤う。

 だが、仕事ははるかにやりやすくなった。

 戦場が混乱すれば、ケルネルスたちの動きに不審な点があっても、クリストフェルンが即座に逃げ出すということはない。

 ここでの勝利など、ケルネルスにはどうでもいいことであり、目的はあくまでクリストフェルンの首一つなのだ。


「行くぞっ!」

 ケルネルスは吼えるように号令をかけると、傾斜のきつい山の斜面を、先頭きって駆けあがって行った。

 続く兵士たちも、若さを生かして遅れずに続いていく。

 かなりの距離を一気に駆け上がったが、戦場までは辿り着かない。

 戦いの気配も上方へと移動しているようで、ケルネルスは舌打ちするとさらに斜面を駆けあがって行った。


「エストバ兵めっ! 奇襲を掛けておきながら、あっさりと押し戻されたようだな。頼りにならん連中だっ!」

 ケルネルスは荒くなりだした呼吸の合間にエストバ兵を罵った。

 荒れた地面の様子から、襲撃はこの場所で起こったはずで、上から追い落とせとまでは言わないが、せめてこの場を維持していれば、今この瞬間、勝利は確定していたのだ。


 徐々に深まる黄昏の闇が、ケルネルスの視界を幻惑する。

 すでに見えなくなっているはずのものが、まだ見える景色によって、見えているように錯覚させる。

 ケルネルスがエストバ兵による襲撃地点と判断した場所は、確かに争ったかのような痕跡を残していた。だが、この場で戦いがあったとすれば、なくてはならないもの(、、)が一つもないことに、ケルネルスは気がつかなかった。


 戦の痕跡に付き物の、兵士の死体だ――。


 この場所を襲撃地点と錯覚した時点で、ケルネルスの脳はまだ確認していない残りの戦の痕跡を、あるものとして(、、、、、、、)認識を補完してしまったのだ。


 確かな明かりがあれば、ケルネルスはこの場所に残された痕跡の異常に気がついただろう。

 また、完全な闇に閉ざされていれば、ケルネルスは状況確認に時間を割き、判断を急がなかったはずだ。 だが、黄昏にわずかに残された光がケルネルスの判断を急がせ、ケルネルスの認識以上にその勢力を広げていた闇が、痕跡の異常を覆い隠してしまったのだ。


 ケルネルスはクリストフェルンが仕掛けた逢魔時の幻惑に、気づかぬ内にはまり込んでいたのであった。


 斜面を駆けあがった先で、不意に視界が開けた。

 そこは過去に山崩れのあった場所で、ゼルクローの植生は未だにその場所を再生するには至っていなかった。

 勢い余って飛び出したところでケルネルスは慌てて足を止める。

 この山中にいるエストバ軍は、ケルネルスにとっては利用すべき道具に過ぎないが、だからといって味方というわけでもない。

 下手に開けた場所などに身を置けば、いつどこから狙われるかわからない。


 ドルトスタット軍はどこへ行った? 


 いつの間にか追いかけていたはずの戦いの気配が消えている。

 だが、ケルネルスが戸惑っていられたのもほんの一瞬で、その開けた地形の山頂側からエストバ軍が飛び出してきたのだ。


 ケルネルス同様エストバ軍も飛び出したはいいが慌てて足を止め、戸惑いを見せる。

 そしてケルネルスたちの存在に気がつくと、止めた足を再び回転させ、ケルネルスたちへと迫ったのであった――。








 ゼルクローへの襲撃と、ドルトスタット軍の足止めを任されたこの部隊を率いるのは、エストバ軍の将軍ではなく、文官のバルワントであった。

 文官といっても元はエストバ軍の将軍にまで登りつめたほどの男で、大病を患い、軍籍を退いて以降はバーユイシャに望まれ文官として王宮に出仕していた。


 終わらない冬の最中に国王であるバーユイシャはその無策無能ぶりからその評価を落とし、民心の離反を招いてしまった。

 バーユイシャを見限ったのは民衆だけでなく、エストバ軍の中枢もバーユイシャに対して不穏な動きを見せ始めていた。

 結局すべては終わらない冬の高く積もった雪の下に隠されてしまい、エストバではヴォオスのような政変は起こらなかったが、その状況が国王であるバーユイシャに大きな心理的影響を与えたことは間違いなかった。


 今回のヴォオス侵攻に際しても、バーユイシャはエストバ軍中枢部の顔触れを一新して事に当たっており、現在のエストバ軍にはゼルクロー襲撃部隊の指揮を安心して任せられるような人物は一人もいなかった。

 そのためバーユイシャは信頼の厚いバルワントに部隊の指揮を命じ、バルワントはその期待に全力で応えていた。

 その結果、エストバ軍は山中に引きずり込んだドルトスタット軍に対して優勢に戦いを進めている。

 しかも、ヴォオス正規軍ではなく、あの五大家の一角であるドルトスタット軍を相手にだ。


 五大家に関する情報はおそろしく少ない。

 エストバも過去何度となく密偵を潜り込ませてみたが、わかることと言えば領民の暮らしぶりくらいのもので、一歩でも五大家の実態に近づこうものなら、誰一人返っては来なかった。

 帰らない程度で済めばいいが、場合によっては探りを入れるように指示した人間が突然死することもある。

 どう考えても報復殺人だ。


 そんな得体の知れない五大家の一角であるドルトスタット家を相手取ることに、バルワントは大きな不安を抱えていたが、兵士たちの確かな仕事ぶりと、それに伴う結果により、不安は山岳戦に対する自信へと変換されつつあった。


「ドルトスタット軍に動き有りっ! 右翼に兵を集中させているようですっ!」

 緊張を含んだ声がバルワントの鼓膜を揺らす。

 優勢な状況下でも緊張感を解かない兵士に、バルワントは満足だった。


「左翼からの報告はどうなっているかっ!」

「先程定時連絡がありましたが、動きはありませんっ!」

 バルワントに問われた兵士が即座に答える。

「数では向こうが上だ。おそらく我が軍の右翼に兵力を集中し、力技での一点突破を決意したのだろう。敵は血を流す覚悟だっ! 気を引き締めろっ!」

 バルワントの言葉に、本陣の空気が一気に引き締まる。


「左翼に伝令。後退しつつ中央へと移動するように伝えろっ!」

「中央は右翼の支援のため、左翼と連携しつつ右翼後方へ入れっ! ただし、右翼への攻撃が陽動である可能性もある。ドルトスタット軍の中央突破に警戒するよう伝えろっ!」

「本陣は直ちに移動。連中の目的は一点突破からの本陣襲撃だっ! 死にたくなければさっさとしろっ!」

 次々と繰り出される的確な指示に、兵士たちの動きも良くなる。

 

「敵は身を削って我々に消耗戦を仕掛けてきたっ! 我らが主導で行う消耗戦なら構わんが、奴らの主導で消耗戦をやられれば、削れるのは我らの身の方だっ! 奴らのやりたいようにさせるなっ!」

 最後の檄を飛ばし終わると、バルワントは用意されたかごへと乗り込んだ。

 それはバーユイシャのように怠惰から来る傲慢ではなく、病によって足を悪くしたための対応であった。 その証拠に、かごを担ぐのは奴隷ではなく、屈強なエストバ兵の仕事になっている。

 いざとなればかごなど捨ててさっさと逃げ出すような奴隷に、バルワントの命を預けるわけにはいかないからだ。


「報告っ! ドルトスタット軍の攻勢を押し返すことに成功した模様ですっ!」

 予想外の吉報に、バルワントの思考が一気に回転する。 

 ドルトスタット軍の一点突破を阻止するために、エストバ軍は横陣に構えていた部隊を移動させ、縦に厚みのある状態となっている。

 ドルトスタット側が崩れたのなら、この防御陣は一転して強力な槍となってドルトスタット軍の左翼を貫き通すことが出来るようになる。


 エストバ軍とドルトスタット軍の膠着は、ドルトスタット側の兵力がこちらの倍存在することで成り立っていた。もしここでドルトスタット軍の兵力を大きく削ぐことが出来れば、勝敗まで一気に決することが出来るかもしれない。


「作戦変更っ! 下がるなっ! ドルトスタット軍の脇腹を食い破ってやれっ!」

 バルワントの指示に、兵士たちがときの声を上げて走り出す。

 倍の敵を相手に善戦し、ついには優勢な状況にまで戦況を逆転させたエストバ兵たちも、バルワント同様ここは攻め時と感じていたのだ。


 将兵一丸となったエストバ軍は、まるで生きた山崩れのような勢いで、ドルトスタット軍目掛けて駆け下っていった――。









 斜面を駆け上がって来たケルネルスたちと、斜面を駆け下って来たエストバ兵たちが、山崩れの跡地で出会う。 

 どちらも戦う味方の背中に出会うものと考えていたため戸惑いが生まれたが、駆け下って来たエストバ軍は戸惑いとは無関係に、足を止めることが出来ずにそのままケルネルスたちへと襲い掛かった。

 ヴォオスを裏切ったケルネルスたちにエストバ軍と戦う理由はないが、エストバ軍にはそんなことは関係ない。

 ヴォオス人がヴォオス軍の軍装に身を包み、ドルトスタット軍側から現れたのだ。

 敵以外の何者でもない。


 説明の無意味さが理解出来るケルネルスは、一瞬のためらいの後、剣を抜き放った。

 上方で戦っていたはずのドルトスタット軍とエストバ軍はどこに行ったのか?

 疑問がケルネルスの脳裏で赤色に点滅するが、考えている余裕はない。

 クリストフェルンの首を狙っていたが、目の前の状況を乗り切らなければ、首を失うのはケルネルスの方になる。


「各自この場を乗り切り撤退しろっ!」

 ケルネルスは何とか一言だけ指示を飛ばすと、眼前に迫ったエストバ兵に斬りつけた――。









 戸惑いつつも激突したエストバ軍とケルネルスたちを、ドルトスタット兵たちは冷静に観察していた。

 彼らの中にはエストバ軍の軍装に身を包んだ者たちも多数いた。

 ケルネルスたちとエストバ軍が追いかけていた戦いは、ドルトスタット軍が仕掛けた偽りの戦いだったのだ。


 友軍の動きが確認しづらくなる逢魔時を狙って、クリストフェルンはケルネルスたちとエストバ軍を自作自演のドルトスタット軍とエストバ軍の戦いで誘い出し、両者をぶつけたのだ。

 ケルネルスの嘘に矛盾はなかった。

 だが、無意識に鞘に納めてしまったレイナウドの剣が、ケルネルスの人柄が、これまでにクリストフェルンが知り得た人物像とは異なることを告げてしまったのだ。


 レイナウドが息子のように信頼し、ケルネルスをかわいがっていたように、ケルネルスもまるで父から学ぶかのように、敬いの姿勢でもってレイナウドに仕えていた。

 ケルネルスが語ったように、伏兵の襲撃に遭い、そこで不幸にもレイナウドが命を落とし、形見としてレイナウドの剣だけを持ち帰ること自体何の不思議もない。

 これまでのケルネルスの言動から判断すれば、自分の身を犠牲にしてでも、レイナウドの遺体をエストバ軍に辱めさせないために持ち帰っていただろ。

 

 だが、レイナウドを失った状況下で、冷静に判断を下し、部隊の全滅を避けるための判断と指示を下さなければならないのは、副官を務めていたケルネルスの役目になる。

 真にレイナウドのことを想うのならば、その亡骸にこだわらず、一人でも多くの味方を救うことに尽力すべきだ。

 そしてケルネルスはそう判断を下し、生き残りの兵をまとめ、クリストフェルンのもとへ参じたと説明した。

 これが事実であるのならば、レイナウドの剣はやはり形見として持ち帰られたことになる。


 では、何故それほどまでに大切なレイナウドの剣がケルネルスの鞘に納められているのかが問題になる。

 剣とは、戦う者にとって<魂>であり、鞘とはその<魂>が帰る場所である。

 仮に鞘までは持ち帰れず、レイナウドの剣しか持ち帰ることが出来なかったとしても、それを空いている自分の鞘に押し込んだりはしない。

 帰るべきではない(ばしょ)に剣を納めるのは、(たましい)に対する冒涜に他ならないからだ。


 だがケルネルスは平気な顔をしてレイナウドの剣を自身の腰に佩いている。

 何故そんなことをしているのか?

 それはケルネルス自身がレイナウドの剣を所持していることに気がついていないからだ。

 どういった経緯でレイナウドの剣がケルネルスの鞘に収まったのかはわからない。

 ただ、その事実がケルネルスの言葉の矛盾を突き、言葉の嘘をクリストフェルンに気づかせたのだ。


 見る目が変わるれば見えて来るものも変わってくる。

 クリストフェルンは確認のため、ケルネルスを見るのではなく、彼が引き連れて来た兵士たちを観察した。

 そこには、あってしかるべきはずの悲しみの代わりに興奮が存在し、レイナウドに向けられた忠誠からではなく、ケルネルスに向けられた忠誠から来る団結があった。

 

 クリストフェルンは、その言葉とは裏腹に、ケルネルスたちのレイナウドに対する想いのなさを見抜き、ケルネルスたちが直接ないし間接的にレイナウドの死に関わっていると判断した。

 そして、エストバ軍とケルネルスたちを討つために、両者を直接互いにぶつけるという今回の作戦を決行したのであった。


 <守護者>並の技量を誇る者たちを密かに送り出し、その約半数をエストバ軍の兵士に扮装させ、ケルネルスたちとエストバ軍に、あたかも両軍の間に戦端が開かれたかのように錯覚させて誘い出す。

 彼らが派手に戦いを偽装する裏で、ドルトスタット軍は逢魔時に揺れる闇の中を無音で渡り、隊を二分して中腹で激突するであろう両軍をさらに挟み込む位置へと移動した。


 クリストフェルンの誘いに乗り、両軍が激突すると、クリストフェルンは侵略者と裏切り者たちが、互いの血を貪る様をただ静かに観察して待った。

 地形的不利に加えて数の上でも半数以下のケルネルスたちは、エストバ軍の勢いに抗しきれず、山崩れで押し流される若木のようになぎ倒され、山腹から蹴り落とされていった。


 ケルネルスたちの負けっぷりの良さがクリストフェルンに幸運を運び込む。

 ここまで冷静に守りに徹し、隙を見せてこなかったエストバ軍の本陣が、勝利の勢いに引きずられ、攻勢に出たのだ。

 ここで一気に勝負を決めてしまおうという算段なのだろう。

 その決断力と、決断してからの行動の速さから、クリストフェルンはエストバ軍の指揮官の技量の確かさを感じた。


 だが、その優秀さが今回は裏目に出ることになる。

 エストバ軍の指揮官であるバルワントは、ケルネルスの裏切りについては、国王であるバーユイシャから計画の一部として知らされている。だが、その裏切り者がさらに欲をかき、五大家の首を狙ってこの戦場に現れたことまでは知らなかった。

 ましてその裏切り者を、クリストフェルンが自分を釣り出すための捨て駒として利用するなどとは想像すら出来なかった。

 勝利の手応えは確かなものがあり、バルワントが戦局を決定づける好機と判断したことを責められる者は誰もいないだろう。


 動くころ合いを図っていたクリストフェルンは、勢いに乗って下るエストバ軍の後を、忍び寄る狼のように追い始めた――。









「くそっ! ふざけるなっ!」

 エストバ軍によって大打撃を喰らうはめになったケルネルスが思わず吐き捨てる。

 ただ利用するだけ。そう割り切っていた相手に蹴散らされた屈辱に、さすがのケルネルスも怒りに顔を歪めている。

 ケルネルス自身はその強さからエストバ兵を散々に斬り伏せてやったが、味方の損害を考えると何の慰めにもならなかった。


 どれほど認めたくなくても、ここまではっきりと打ち負かされれば嫌でも認めないわけにはいかない。

 自分はクリストフェルンによって罠にはめられたのだ。

 戦いが始まる前までは、その首を狙ってやって来た自分に対して背中を見せるその粗忽さを嘲笑っていたが、手玉に取られて笑い者にされたのは自分の方であった。


 こうなったら頭を切り替え、さっさとヴォオスを離れてしまうのが得策だ。

 あの方の指示はすでに十分こなしているのだ。ゼルクローのような一地方都市の山中で起きた出来事など、あの方は気にもされないはずだ。手柄は次の機会を待てばいい。今は生き残ることが肝心だ。

 

 ケルネルスは心を決めると足の回転をさらに早めた。

 ふもとへ降りきってしまえば馬は目と鼻の先だ。

 徒歩のエストバ兵など何万いようが簡単に振り切れる。

 だが、ケルネルスはふもとに辿り着く前に、ドルトスタット軍の壁に阻まれてしまった。

 こちらを振り切るのは容易なことではない。


「いったいどうやって我らの背後に……」

 考えるだけ無駄と知りつつ、ケルネルスは口にせずにはおれなかった。

 当然その問いに答えてくれる者などいない。だが、仮に答えが得られたとしても、ケルネルスは信じられなかっただろう。

 ドルトスタット軍は当初の位置からわずかばかり上空へと移動していたに過ぎず、ケルネルスたちはそうとは知らずにドルトスタット軍の真下を通り過ぎて行ったのだ。


 隊を二分したクリストフェルンは、自身がそのうちの六千を率いて山を登り、エストバ軍とケルネルスたちを誘い出すために四千の兵を陽動として送り出していた。

 そして残ったドルトスタット軍は、音もなく樹上に上がり、木の葉一枚揺らすことなく樹木に擬態して、ケルネルスたちが通過するのを持ったのであった。

 それは山岳戦に優れるエストバ兵にも不可能な技術であり、もし同様の作戦を取ろうものなら、たちまち異変に気づかれ射落とされてしまうだろう。


「切り開けっ! 他に道はないっ!」

 足は止めず、さらに加速させつつケルネルスは叫んだ。

 死に物狂いの仲間たちも、獣のように咆哮して応える。

 だが、その声は直後に悲鳴に変わった。

 黒く塗られた鎖が膝下あたりの位置に張り巡らされていたのだ。


 足を取られて次々とケルネルたちは倒れていった。

 不意を衝かれたことと、走りに勢いが付き過ぎていたため、全員満足に受け身も取れずに斜面に叩きつけられる。

 後続も足をゆるめることが出来ず、倒れている仲間の背中へと飛び込み、とどめを刺していく。


 ケルネルスは一歩前を走っていた仲間が派手に足をすくわれるのを目にした瞬間、反射的に飛び上がり、単純だが非常に効果的だった罠を回避した。

 着地と同時にケルネルスは再び走り出す。足をもつれさせるどころかふらつきもしない。

 伊達にレイナウドが将軍へと推挙しようとしたわけではない。

 その身体能力は将軍並に優れていた。


 ケルネルスの他にも罠を回避し、勢いを増してドルトスタット軍に迫る兵士たちがいた。

 ケルネルスだけでなく、この中にはレイナウドに見い出され、その実力を磨かれた猛者たちが多くいたのだ。

 両者はついにぶつかり合い、ドルトスタット側からのみ悲鳴が上がった。

 一人一人の実力に優れるドルトスタット兵であったが、さすがに相手が悪い。

 突っ込んで来た相手は全員レイナウドの秘蔵っ子ともいえる強者たちばかりだったのだ。


 転倒した者たちも、軽傷の者は即座に起き上がり、ドルトスタット軍の壁に斬り込んでいく。

 不慣れなはずの山地での戦いであったが、エストバ軍との戦いの中で早くもそのコツを掴んだようで、ドルトスタット兵を相手にしても一歩も引かないどころか、ケルネルスが楔を打ち込んだこの一点においては局地戦を優位に進めていた。


「いかんっ! 守りを厚くしろっ!」

「早く兵を回してくれっ! このままでは抜かれるぞっ!」

 焦るドルトスタット兵に対して、ケルネルスたちはその恐るべき突破力で、ついにドルトスタット兵の壁に穴を穿つことに成功する。

 一人が素早くその穴を抜けると、二人、三人とドルトスタット軍の後方へと抜けていく。


 突破には成功したが、ドルトスタット軍の数的優位は変わらない。

 この穴もすぐに塞がれてしまうだろう。

 ケルネルスは力戦して脱出口を守り、一兵でも多く脱出させようと努めた。

 脱出者が十人を超え、二十人に達した時、背後から怒号と悲鳴が同時に上がった。

 何事かと焦りを覚えたが、振り返っているような余裕はない。

 ケルネルスはぎりぎりまでねばるとドルトスタット軍の兵の穴が埋められる寸前に、その包囲の外側へと脱出した。


 先に逃れた仲間と合流すべく、ケルネルスは再び走り出した。

 だが、いくらも下らぬうちにその足は地面に縫い付けられたように止められてしまった。

 およそ三十人。

 ケルネルスが必死で逃がした仲間の死体の中に、たった一人のドルトスタット軍の兵が立ち、自分を待ち構えていたのだ。


「裏切りの首謀者ケルネルスだなっ! 貴様の目論見は破れたっ! 剣を捨て、潔く投降しろっ!」

 その声の若さにケルネルスは驚いた。

 逢魔時が夜に溶け込み始め、もはや互いの姿などはっきりと視認出来ない状況であるが、それだけに相手の骨格がより明確に伝わってくる。

 上背こそあるが、まだ戦士として完成を見ないその骨格から、相手がまだ少年と呼んでもいい年齢であることがわかる。


 ケルネルスは慌てて間合いを取ると樹上に目をやった。

 そこに弓兵が潜んでいると考えたのだ。

 先に逃がした仲間たちは、自分がこの先栄達するために必要な人材と見込んだ者たちだった。

 剣の腕前も並ではない。

 たった一人の、それもまだ子供のような年齢の相手に後れを取ることなど考えられなかった。


 背後に木を背負い、周囲を警戒していたケルネルスの脇を、遅れて脱出してきた仲間が駆け抜けて行く。

 木と闇が邪魔をしてケルネルスに気がつかなかったのだ。

 自分同様先に脱出したはずの仲間たちが無残に倒れる姿を目にした男たちは、怒声を発して少年に斬りかかって行った。


「待てっ! お前た……」

 慌てて止めようとするケルネルスであったが、その言葉は間に合わなかった。

 五人に斬りかかられた少年は、恐るべき速さで踏み込んだ。

 一人の間合い深くに踏み込むと、近すぎて斬ることも守ることも出来なくなってしまった男の腹を切り裂き、素早く残る四人と自分の間に内臓をぶちまける男を置き、四人同時に相手取ることを避けた。

 そして一番手前にいた男の斬撃をかわし、その横腹を切り裂く。

 そのまま動きを止めることなく流れるように倒した相手をかわすと、すれ違い様に身を低くして、さらに隣の男の膝裏を切り裂いた。


 苦鳴を上げて崩れる男の首を断ち、とどめを刺した少年は、首があらぬ方へと曲がってしまった男を、残り二人の足元目掛けて蹴りつけた。

 少年を真っ二つにしようと飛び込んできた男は、仲間の死体に足を取られ、どうすることも出来ずに地面へと倒れ込む。だが男は、地面と抱擁を交わす前に少年が鋭く放った突きで喉を破られ、悲鳴にすらならない笛のような音を喉から発して地面に叩きつけられた。


 一瞬のうちに四人の仲間を倒され、残る一人となった男は、一瞬呆然とすると、反射的に背を向け、逃げ出そうとした。

 だが、少年は容赦などせず、男の背中を鋭く一突きして倒した。


 五人の仲間が剣を打ち合うことすら出来ずに倒される様を目の当たりさせられたケルネルスは、背にしていた木のもとを離れ、一歩踏み出した。

 正直目の前の事実は受け入れがたかったが、ケルネルスは冷徹に状況を分析し、自身に行動を促す。

 この少年以外に兵が伏せられている可能性はない。

 先程考えた様な、この少年に意識を向けさせ、その隙に弓兵によって狙撃させるなどという姑息な手段は必要ない。


 ここにいるのは真の天才なのだ――。


 ケルネルスの頭には、不思議と「逃げる」という選択肢はなかった。

 レイナウドにより鍛え上げられた己の実力は、けして目の前の少年に劣るものではないという自負が、改めてケルネルスの背筋を伸ばす。

 ここで少年一人に止められてしまうような自分であれば、この先生き残ったところで、自身が望むような自分になることなど出来はすまい。


「俺の名はケルネルス。貴様の名は?」

「我が名はレフィスレクス。ドルトスタット家が当主、クリストフェルンの息子だ」

 少年の答えに、ケルネルスは得心がいった。

 兄であるベルンハルトとは面識があり、その実力を警戒していたが、レフィスレクスに関する世間の噂は、そのベルンハルトすら上回るというものだった。

 話半分に聞き流していたが、どうやらその実力は噂以上であったようだ。


 それ以上の会話は無用であった。

 ケルネルスは少年の踏み込みを警戒し、正眼に構えて身体の力を抜く。

 時間をかけて戦っているようなゆとりはないのだが、目の前の少年はケルネルスに一瞬の隙も許してはくれないはずだ。

 それに、この少年と対峙するよりも、ドルトスタット兵に囲まれる方がはるかにマシと言えた。


 ケルネルスたちの予想外の突破力に対し、単独で動いたレフィスレクスは、ドルトスタット兵が援護に来てくれるまで待っても良かった。

 だが、レフィスレクスはそうしなかった。

 目の前の男は、恩義があるはずのレイナウド将軍を裏切ったのだ。

 その目を見ればわかる。

 裏切りは、やむを得ない事情からではなく、男の野心から行われたのだ。


 まだ十五歳でしかないレフィスレクスにも、男であるならば、大望を抱くその気持ちは理解出来る。

 だが、そのために恩人を裏切るという行為は、まだ十五歳でしかないレフィスレクスには、ひどく汚く、醜いものにしか見えなかったのだ。

 レイナウド将軍の仇を討とうなどとは思わない。

 レフィスレクスの中にあるのは、この男の野心を支える醜く強い心を折ってやりたいという、若く、青臭い怒りだった。


 これまで斬って来た相手も強かった。

 一方的に、何もさせることなく葬り去ったが、それは、後手に回ってからでは同じようには倒せないだけの実力の持ち主たちだったからだ。

 そして、最後に残った目の前の男の実力は、格が違った。


 対峙しただけでわかる。

 その構えの隙のなさもさることながら、この圧倒的不利な状況下において、精神的な揺らぎをみせないその強さは、本物であった。

 

 心臓が一拍討つ。

 互いのこめかみを、大粒の汗が一滴伝い、顎に溜まって地面に落ちる。

 ほんの数瞬。

 だが、時は確実に動いていた。


 地上から昼の残滓が消え去り、完全な夜へと移行する。


 視覚が失われたその刹那、レフィスレクスは動いた。

 その瞬間を正確に知っていたレフィスレクスに迷いはない。

 だが、<守護者>としての能力を持たないケルネルスにとって、完全な闇が訪れたその一瞬は、戦いの感覚が五感から、残る四感へと切り替わる、隙とすら呼べないわずかな瞬間だった。


 ケルネルスは見えないはずの目で、レフィスレクスの動きを追ってしまう。

 当然何も捉えることは出来ない。

 だが、そのまま斬られるほどケルネルスも弱くなかった。

 残る四感が察知した情報から本能が身体を動かし、レフィスレクスの致命的な一撃をかろうじてかわす。


 一拍遅れてしまった分、かわしきることは出来ず、ケルネルスは利き腕である右腕を斬られてしまった。

 この斬撃で利き腕を狙うレフィスレクスの勝負勘に、ケルネルスは戦慄を覚える。

 万が一ケルネルスに反応されていれば、次に守勢に回るのはレフィスレクスの方になる。

 まともな剣士であれば、わずかではあるが反応や対応が鈍る利き腕ではない左側を攻め、優位を確立しようとしたはずだ。

 だが、レフィスレクスは初手で勝負をかけ、より大きな優位を確立することに成功したのだ。


 そこから嵐のような斬撃がケルネルスに襲い掛かった。

 斬る。突く。薙ぐ。払う。

 闇に溶け込んだ剣先を、ケルネルスは何とか左腕一本でしのいでみせる。

 だが、その場に踏み止まることは出来ず、ひたすら後退し、態勢の立て直しを図る。

 不意にかかとが何かにぶつかり、ケルネルスは背中を木の幹に打ちつけた。

 その隙を逃すレフィスレクスではない。

 レフィスレクスはケルネルスに体当たりせんばかりの勢いで飛び込んだ。


 甘いっ!


 ケルネルスはレフィスレクスの剣の軌道が、自分の中心軸からわずかではあるが左に逸れていることを見抜いていた。

 これならばかわせる。

 ケルネルスは渾身の力を振り絞ると右に飛び、左の脇腹をわずかに切り裂かれただけでなんとかかわしてみせた。


 幹を打つ音がケルネルスの耳に届く。

 あの勢いで剣を突き立てては、そう簡単に抜けはすまい。

 ケルネルスはこの好機を逃すまいと、脇腹の痛みなど無視して強引に身体を反転させると、横薙ぎに剣を振り抜いた。

 だが、そこにあるはずのレフィスレクスの身体をどこにもなく、ケルネルスの一撃は空を薙いだだけで浅く木の幹に食い込んで止まった。


 物音がしたわけではない。

 それはまさしく勘であった。

 ケルネルスは素早く頭上を振り仰ぐと、そこに木の幹を駆け上がり、空中で一回転しているレフィスレクスを見出した。

 

 空中で視線が合う。

 身を捻りつつ、レフィスレクスはすでにケルネルスを頭上から斬る動作に入りつつある。

 ケルネルスの敵は、ここまで見越して先程の突きを放っていたのだ。


 だが、幸運は私に味方した!


 一瞬の戸惑いもなくレフィスレクスの動きを察知することが出来たケルネルスは、この時初めてレフィスレクスに対して先手を打てる状況にあった。

 一瞬、いや、あと半瞬でも気がつくのが遅ければ、ケルネルスは自分がどうやって殺されたのかもわからないまま死んでいただろう。

 だが、その半瞬がケルネルスに勝利をもたらしたのであった。


 まだ回転しきらないレフィスレクスの無防備な背中目掛け、ケルネルスは剣を振り上げた。

 いや、振り上げたつもりだった。

 だが、振り上げられたケルネルスの両手には何もなく、剣はわずかに木の幹に食い込んだままであった。


「馬鹿なっっっああぁぁっ!!」


 それは驚愕の様でありながら失望の様であり、それでいて怒りの全てが込められた絶叫だった。


 まるでこれから訪れる死を、自ら願い招くように差し伸べられたケルネルスの両手の隙間をすり抜け、レフィスレクスの剣がケルネルスの胸を切り裂いた。

 ケルネルスはそのまま祈りでも捧げるかのように両腕を真上に振り上げたままの姿勢で膝を折り、足元に自らの鮮血で創り出した血溜まりへと突っ伏した。


 大量出血ですでに意識が途切れかけているケルネルスが、木の幹に食い込んだままの剣を睨みつけ、無念を吐き出した。

「剣さえ抜けていれば……」

 確かに、剣がケルネルスの手ではなく、木の幹から抜けていれば、今地に伏しているのはレフィスレクスの方だっただろう。

 

 ケルネルスはそうすることに何の意味もないとわかっていつつも剣の柄へと手を伸ばし、剣を抜こうとした。

 剣の食い込みは子供でも抜ける程度にしか食い込んでいないにもかかわらず、引き抜くことは出来なかった。

 未練がましく剣の柄を握るケルネルスに、レフィスレクスは冷たく言い放った。


「その剣はレイナウド将軍の剣だ。主を裏切った者の罪を、最後に裁いたのだ」

「……そうか、あの時私はこの剣を自分の鞘に収めてしまったのか」

「レイナウド将軍の剣が貴様への疑念を生み、裏切りを明らかにした」

「たったそれだけのことだったのか……。たかが剣一本のために、私の野望は……」

 そこまで呟き、ケルネルスは事切れた。

 事切れると同時に剣は幹から抜け、地に落ちる。

 まるで役目を果たし、満足したかのように――。


 レフィスレクスはケルネルスの死体からレイナウドの剣を取り返すと丁寧に拭い、懐から取り出した真新しい布で丁寧包んだ。

「剣とは魂というが、今日初めて実感した」

 レフィスレクスはそう呟くと、自身の剣の上に、愛おしそうに手を置いた。


 先程まで激しく打ち交わされていた剣戟の音もいつの間にかやみ、激しくも短いヴォオス人同士の戦いは終わっていた。

 だが、まだ別の戦いの喧騒が、山腹辺りから響いている。

 本当の決着はまだついてはいない。

 レフィスレクスは父を援護するために、山肌を駆けあがって行った。


 その背後には、三十を超える裏切り者たちの死体が、闇の中に横たわっていた――。

 

 

次回は4月14日投稿予定です。

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