<ヘルヴェン会戦>の終わり
腹を括ったファーツィは、六人の王子たちによる都市ヘルヴェン攻略の失敗から、王子たちと合流して以降の出来事を明かした。それはルオ・リシタ軍にとって恥に当たる部分であったが、ルオ・リシタに見切りをつけたファーツィにとってはどうでもいいことであった。
こうしている間もルオ・リシタ軍は北上を続けている。この先の平地で確実にルオ・リシタ軍を捉え、ヴォルクを奪い返すためにも、万全の態勢を整える必要がある。
ファーツィの状況説明を聞き終えると、ライドバッハは、ファーツィに剣と馬を返し、ヴォオス軍の鎧を与えた。
それは特殊な任務を帯びる遊撃兵に与えられる装備で、ファーツィはこれから向かう戦場で、完全な自由を与えられたことを意味した。
鎧の意味を知ったファーツィが、忌々しげに尋ねる。
「この鎧を利用して、俺が逃げることは考えんのか?」
ありがたくはあるが、こうもあっさり信用され過ぎると、逆に居心地が悪い。
「逃げたければ逃げろ。用があるのはヴォルク将軍に対してであって、主を見捨てて逃げ出すような、どうでもいい男など、何をどうしようがかまいはせん」
ファーツィの問いに対して、ライドバッハは本当にどうでもよさそうに答えた。
この男は人間的に価値がないと判断した相手のことなど、歯牙にもかけないのだろう。
自分もそうだ。
もしここでヴォルクを見殺しにし、己の身一つの安泰を図るような性根であったら、自分自身を見下しただろう。
ライドバッハはヴォルクという人間の価値を真に理解し、そのヴォルクを救出したいというファーツィの言葉を信じたのだ。
それはあくまでファーツィという人間を信用したのではなく、ヴォルクの求心力を信じたに他ならない。
捉えようによっては軽んじられたとも言えるが、ファーツィにはむしろその方が心地良かった。
「ファーツィよ。お主の忠告は全軍に周知徹底させる。そのうえで抜けがあると思える場所はすべてしらみつぶしにしろ。ルオ・リシタ軍のことは、この場の誰よりもお主が一番よく分かっているのだからな」
「言われるまでもない。お主らは連中を逃がさぬようにしてくれればそれでいい」
ライドバッハはファーツィの言葉にうなずくと、早速新たな指示を全軍に下した。
マティウスが新たな指示に従い、伏兵の配置の変更に向かう。
後の対応をマティウスに託すと、ライドバッハはこの部隊のもう一人の将軍に、予想外の命令を下した。
「シヴァ。貴様は騎兵五千を率い、ハウデンベルクへと向かえ」
これからルオ・リシタ軍三万と一戦交えようかというこの時に、予想外の命令を受けたシヴァが片眉をクイッと上げて疑問を示す。
「対ルオ・リシタ戦の勝敗は、ミヒュールの策ですでに決しておる。あとはどれだけヴォオスの今後にとって有益な終わり方をするかの問題でしかない。それよりも、ヴォオスにとってこの三国同時侵攻の最大の難関はこれからおとずれる。今回のイェ・ソンの動きは通常とあまりに違い過ぎる。王都よりオリオンを主将にジィズベルトとエルフェニウスが出陣し、五大家のボルストヴァルト家も動いてくれたが、それでもイェ・ソンが相手では将が足りん。行って暴れて来い」
シヴァは了解の印に上げていた眉を下げた。
「一応確認しとくっすけど、陛下の方に向かわなくてもいいんですかい?」
三国同時侵攻は脅威以外の何ものでもないが、貴族の一斉蜂起も捨てては置けない。三国とは違い、その位置はすでにヴォオス国内深くにある。これに対してリードリット自ら赤玲騎士団を率いて迎撃に向かったが、今までのように無鉄砲が黙認されていた王女時代とは違う。今やリードリットは国王なのだ。万が一もあってはならない身だ。
「そちらはザーセン家が動くそうだ。レイブランド卿がその命に懸けてお守りすると言って来ておる」
「命に懸けてって、今年中に死にそうな爺さんの命じゃないっすか」
シヴァがニヤリと笑って悪態をつく。
五大家ザーセン家の現当主レイブランドは、ヴォオス貴族最年長の八十三歳なのだ。
「馬鹿を申すな。あのお方はあと二十年は生きるぞ」
「いや、そしたら百超えるじゃないっすか」
「そんなに陛下が心配か?」
今度はライドバッハがニヤリと笑って問いかけてくる。
「一応ダチに頼まれているんでね。目ぇ離した隙に死んじゃたじゃあ、合わせる顔がないんでね」
話の方向が良からぬ方へと向かい出したことを素早く察したシヴァが、すかさす楯を使ってかわしにかかる。
「確かに戦に絶対はない。私も出来れば陛下のご出陣は控えていただきたかった。だが、出ると言った以上もはやお止めすることは出来まい。貴様を援軍に向かわせることも考えたが、やはりどう考えても貴様の力が最も必要とされるのは、ハウデンベルクだ。オリオンが傑出して強いことはわかっている。だが、軍を率いての戦闘はこれが初めてだ。だから今回対ルオ・リシタ戦には加えず、負担の少ない貴族の反乱鎮圧のために控えさせていたのだ。もっとも、その配慮が裏目に出てしまったのは私の考えの甘さが原因だ」
「その尻拭いを俺がっすか?」
「そうだ。お前がだ」
「汚ったねえ! 開き直った!」
「貴様に気を遣うつもりはない」
「言い切った!」
「さっさと行け。ここに貴様の仕事はない」
ライドバッハはある意味シヴァのおふざけにつき合い、そのおふざけを逆手にとって仕事を容赦なく押しつけた。
さりげなくライドバッハを口撃するつもりでいたシヴァは、ものの見事にやり返され、呻きを上げる。
「それに、逃げ回るルオ・リシタ戦士などに興味あるまい。死に物狂いのイェ・ソンの騎士を退け、友の初陣を助けて来い」
「へい、へい。あっちにはエルフェニウスがいるんでしたっけ? なんか伝言ありますかい?」
「ない。エルフェニウスに口を出す必要など、もはやない」
ライドバッハの言葉にシヴァはニヤリと笑った。
「じゃあ、ないってことを伝えておきますよ」
「余計な真似をするな」
憮然として答えるライドバッハに肩をすくめると、シヴァはハウデンベルクへと向かうために背を向けた。
ライドバッハの背中を追いかけるエルフェニウスには、先程のライドバッハの言葉は、すでに認められていることを意味する。聞けば嬉しいに決まっている。
「シヴァ。どうせ余計なことをするつもりなら、ミヒュールの戦果も合わせて伝えてやれ」
ライドバッハの言葉に、シヴァは首だけ振り向かせると、意地の悪い笑みを浮かべた。
「本当、人を使うのが上手い人だよ、あんたは」
そう言うとシヴァはゲラゲラと笑った。
これから強敵イェ・ソンを相手にしようというのに欠片の気負いもないその背中に、ライドバッハは頼もしさを感じつつ、もしここにさらにカーシュナーがいれば、イェ・ソンは地上から消滅しただろうなと恐ろしいことを考え、一人笑った。
「あやつの苦労を思えば、こちらはまだ楽な方なのだろうな。仕方ない。その苦労、少し軽くしてやるとするか」
ライドバッハはそう言うと、目の前の戦いに集中した――。
◆
味方であるはずのルオ・リシタ軍中で捕らえらているヴォルクは、不意に視界が開け、自分たちが死地へ迷い込んでしまったことに気がついた。
周囲の地形を見回し、脳内のヴォオス地図と照らし合わせる。
この場所が、ヴォオス軍の伏兵を警戒していた地点の一つであることは間違いなかった。
警告を発しようとしたその時、不意に背後から蹴りつけられた。
後ろ手に縛れていたヴォルクは受け身を取ることも、身を捻ることも出来ず、顔から地面へと突っ込むしかなった。
「誰が止まれと言った!」
蹴りつけた戦士がわざわざヴォルクの上にまたがり、居丈高に怒鳴り散らす。
ヴォルクは身体の向きを変えると、自分を睨み下ろす戦士の目をまともに見つめ返した。
それまでの威勢が嘘のように、戦士はたじろぎ、それを見ていた他の戦士たちがゲラゲラと嘲笑う。
「パヴェルレイモン王子に伝えて……」
「黙れ、クソがあぁっ!!」
ヴォルクの言葉を遮ると、戦士はたじろいでしまった事と、それを笑われた屈辱から、容赦なくヴォルクを踏みつけた。
それを見ていた戦士たちも加わり、ヴォルクは自力では起き上がれないほど痛めつけられてしまった。
「何をしている、貴様らっ!」
そこに部隊長が現れ、戦士たちを怒鳴り散らす。
見張りのはずが勝手にヴォルクを私刑にかけていた戦士たちは慌てたが、部隊長の叱責理由はそこにはなく、ヴォルクが自力で歩けなくなってしまった事にあった。
「こいつがいねえと敗戦の責任が俺たちまで回って来かねねえんだぞっ! てめえらルオ・リシタまでこいつを担いで行けっ! わかったかっ!」
部隊長の言葉に最初にヴォルクを蹴りつけた戦士が、他の戦士から冷たい視線を受ける。
「て、てめえらだって散々蹴り飛ばしただろうがっ!」
戦士の言葉を無視すると、他の戦士たちはさっさと行軍の列に戻ってしまう。一人残された戦士は部隊長からの冷たい視線に嫌々ながらヴォルクの身体を抱え上げた。
「クソ重い……」
都市ヘルヴェンでの敗戦からこちら、必死で逃げ続けた戦士の体力では、ヴォルクを抱えて全体の行軍速度についていくのは不可能であった。
「仕方ねえな。ちょっと待ってろっ!」
余計な真似をした戦士のことなどどうでもいいが、ヴォルクを置いていくわけにはいかない。もし置いて行こうものなら、ヴォルクが処罰される前に自分があの世行きになってしまう。
部隊長はしばらく姿を消すと、ヴォルクの馬を連れて戻って来た。
ルオ・リシタ屈指の名馬なので、パヴェルレイモンが手に入れたのだが、ヴォルクが捕らえられて以降狂暴化してしまい、誰も乗ることが出来ないでいたのだ。
途中で噛みつかれたのだろう。戻って来た部隊長は頭から血を流しており、ひどく不機嫌だった。
「さっさと乗せろっ!」
殺気立った部隊長の命令に、戦士は素早く従った。部隊長の手綱を取っていない方の手が、戦斧の柄にかかっていたからだ。
ヴォルクを乗せた途端、馬を突然大人しくなった。戦士はいつ気が変わって暴れ出すかわからないので、素早くヴォルクの身体を皮ひもで固定する。
ヴォルクがしっかりと鞍に固定されると、馬は勝手に歩き始めた。
「現金な奴だな……」
噛みつかれた部隊長が呆れた声を上げる。
そのとき不意に、数歩進んだ馬が足を止め、ちらりと背後を確認した。
そして次の瞬間、周囲にいた他の戦士たちの度肝を抜くほどの勢いで後ろ足を蹴りあげた。
ヴォルクを散々に蹴りつけた戦士は、首が完全に真後ろを向くほどの威力で蹴りつけられ、その場で即死した。
満足気に鼻息を吐き出した馬は、周囲の戦士たちを押し退けて、悠然とその場を後にした。
「……そりゃそうだよな」
ビクン、ビクンと痙攣する戦士を見下ろしながら、部隊長は呟いた。
こうしてヴォルクが意識を失ってしまったために、ルオ・リシタ軍は貴重な忠告を受けることが出来なくなり、この後窮地に陥るのであった――。
◆
「どこにこれほどの数の兵を隠していたのだっ!」
平地の中ほど以上まで進んだとき、突如右後方からヴォオス軍の不意打ちを受けたパヴェルレイモンは狼狽の声を上げた。
パヴェルレイモンもヴォルクやファーツィほどではないが、都市ヘルヴェンまでの行軍中にある程度ヴォオスの地形を頭に入れていた。
レオフリード率いるヴォオス軍を引き離すために、騎兵では進みにくい森林を一直線に抜けて来た。大きく迂回しなくてはならないレオフリードは、まだここまでは辿り着かないはずだ。
こんな場所に一万を超える軍勢がいるはずがないのだ。
「進めっ! この先の森林へ入ってしまえば、いくらでも立て直せるっ!」
パヴェルレイモンの檄が飛ぶ。だが、直後に目指していたその森林から、さらに一万ほどの軍勢が現れ、ルオ・リシタ軍の進行を阻止する。
普段であれば前を塞がれた程度で足を止めるようなルオ・リシタの戦士たちではないが、都市ヘルヴェンで途切れてしまった気力は、容易には回復しない。
「ファッジエヴナはいるかっ!」
パヴェルレイモンが叫ぶ。
「後方ですっ!」
「なにっ! あれほど前にいろと言っておいたのに……」
「なんでも腹が減って動きたくないとごねているらしいです」
「腹が減っているのは皆同じだっ!」
怒りを吐き捨てたパヴェルレイモンは、直ちに頭を切り替えた。
「貴様らっ! どこに逃げようと、平地を走る限り必ずヴォオス軍に追いつかれ、背中を斬りつけられて死ぬぞっ! 我らが生き残るには前方の森へ入るしかない! 前方の敵は多くて一万。対する我らは三万だ! ルオ・リシタの戦士らしく、敵をねじ伏せ蹂躙し、進むのだ!」
実際のルオ・リシタの戦士たちの数は、レオフリードらの奮闘により、すでに三万を一割近く割り込んでいた。それでも個々の能力が高いルオ・リシタ戦士が三万弱いる。力さえ発揮出来れば、短時間で前方の敵を突破することは可能なはずだ。
「突破するぞっ! 我に続けっ!」
パヴェルレイモンはひと声吼えると、乗馬に拍車を入れる。
重傷の身で一人飛び出す格好になったパヴェルレイモンを、同族のダグローブの戦士たちが追い、それ以外の部族の戦士たちが場の流れで仕方なくついていく。
ちらりと振り向いたパヴェルレイモンは、その様子に大きく舌打ちした。
パヴェルレイモンは六人の王子たちの中ではもっとも平均的な能力を持った王子だった。
戦士としての実力は上の下。指導者としての能力は中の上といったところだった。
これは実は、どちらも上の上という突出した実力を有していたゲラルジー王子に次ぐ優秀さだった。
生まれ育った国がルオ・リシタでなければ、王子たちの中でもっとも国王にふさわしい人物だっただろう。
だが、強さがすべてのルオ・リシタでは、戦士としての技量で輝かず、ロージオン王子のように王宮内で大きな発言権を持つだけの政治力もなかったパヴェルレイモンは、ルオ・リシタ国内では評価されることはなく、軽視されていた。
エヴスターヒーのように軽蔑されていないだけマシと言えたが、窮地にあって戦士たちの求心力たり得るには不十分だった。
だからといって投げ出すわけにはいかない。
ここでルオ・リシタ軍がバラバラに動けば、この地がパヴェルレイモンの墓場になりかねないからだ。
最悪ダグローブの戦士たちと共に脱出出来ればかまわないが、そこまで状況を好転させるには、ここで戦士たちにもう一働きさせなくてはならない。
一人馬に乗るパヴェルレイモンは、自分が同国人の気を引くことに失敗した事には気がつけたが、敵国人であるヴォオス軍兵士からはしっかりと注目されていることに気がつくことが出来なかった。
それは自国でのこれまでの扱いで、心に卑屈な思いが居座ってしまったパヴェルレイモンらしい失態だった。
突進して来るヴォオス軍歩兵の間から一騎、矢のような勢いでパヴェルレイモン目掛けて飛び出して来る。
「ルオ・リシタの名のある戦士とお見受けする。我はヴォオス軍の将が一人、マティウス! いざ、尋常に勝負っ!」
高らかに名乗りを上げたマティウスに対し、パヴェルレイモンは皮肉な笑みを唇の端に浮かべながら、それでも声高らかに名乗り返す。
「我はルオ・リシタ国のダグローブの民を率いるパヴェルレイモン王子である。この首取れるものなら取ってみよっ!」
両者は同時に抜剣すると、一直線に互いに向かって突進した。
すれ違う刹那の瞬間に、咬み合う刃の響きが戦場の空気を震わせ、両者は剣を振り抜いた姿勢で互いの背後を数歩駆け抜けた。
マティウスが素早く手綱を引き、馬首を返したのに対し、パヴェルレイモンは首だけをぐるりと回して背後に顔を向けた。
次の瞬間わずかな皮だけで繋がっていたパヴェルレイモンの首が胴体から滑り落ち、上下逆さになってぶら下がると、頭部の重みに引きずられるように、身体ごと乗馬からずり落ちる。
落下の衝撃でパヴェルレイモンの首は完全に千切れ、血の尾を引きながら地面を転がった。
マティウスの実力もさることながら、パヴェルレイモンの不幸は都市ヘルヴェンで負った深手であった。
ある意味パヴェルレイモンの命運は、都市ヘルヴェンで尽きていたと言える。
転がったパヴェルレイモンの首は苦悶に歪むことなく、敗れたにもかかわらず、どこか満足気な表情を浮かべていた。
ルオ・リシタの戦士として、何より王子として、堂々と正面から挑まれた以上逃げるわけにはいかなかった。
パヴェルレイモンはマティウスに挑まれた時点で自身の死を受け入れていた。その上で自身の死をもってルオ・リシタ戦士の奮起を促す材料としようとした。
そこまで読み取ることは出来なかったが、パヴェルレイモンが纏った覚悟のほどを、この戦場にいる誰よりも正確に理解したのは、その背中を追う仲間の戦士たちではなく、皮肉にも敵であるマティウスであった。
そしてマティウスは、パヴェルレイモンの覚悟を最大級の敬意をもって受け止めた。
二人の間にしか存在しない理解は、パヴェルレイモンの軽んじられ続けた人生の最後に、小さな満足をもたらしたのだった――。
マティウスは一人の騎士として、死を覚悟して戦った一人の戦士に短い黙とうを捧げた。
目を開いた直後には、一人の騎士ではなく、ヴォオス軍の将軍の一人として、パヴェルレイモンの首に剣を突き刺し、こちらに向かって突進して来るルオ・リシタの戦士たちに向かって、その首を高々と掲げてみせた。
「パヴェルレイモン王子の首、このマティウスが討ち取った!」
その咆哮はルオ・リシタ軍の背後から迫るライドバッハ率いる別働隊のもとまで轟いた。
ライドバッハはニヤリと笑い、ルオ・リシタの戦士たちからは、大した実力もないくせに一騎打ちなどに応じ、おめおめ討たれたパヴェルレイモンに対する侮蔑の声が上がる。
パヴェルレイモンの死に対して怒りの雄たけびを上げたのは、同族のダグローブの戦士たちだけだった。
マティウスはそのままルオ・リシタ軍に突っ込むような真似はせず、後続の歩兵たちの間に戻っていく。
高く掲げたままのパヴェルレイモンの首は、ヴォオス軍の士気を大いに鼓舞した。
「陣形を整えろっ!」
マティウスの指示により、兵士たちは突進を止めるとそれぞれの役目を果たすべく、その場で陣形を整えていく。
ヴォオス軍の前に堅固は盾の壁が出来上がり、その背後に弓兵が整列して呼吸を整える。
「十分に引きつけろっ!」
荒かった呼吸が落ち着くとともに、緊張が高まっていく。
「構えっ!」
一糸乱れぬ統率で弓が引き絞られ、まるで定規で測ったかのような角度で弓兵全員が構えに入った。
それはヘルヴェン城塞兵の練度の高さが窺える見事な動きであった。
「放てっ!」
マティウスの合図に合わせて一斉に矢が放たれ、一瞬ルオ・リシタ軍の頭上に影を落としてから、一気に死の雨となって降り注いでいく。
常なら二、三本くらったところで平気な顔をして突進してくるルオ・リシタの戦士たちであったが、気が挫かれていたことと、空腹による体力の限界により、その場にバタバタと倒れていく。
敵が怯んだことを確認すると、マティウスは先頭に立って歩兵を率い、再びルオ・リシタ軍へと襲いかかって行った。
パヴェルレイモンの後を追うかのような猛攻を見せたダグローブの戦士たちには苦戦したが、戦うか逃げるかをいまだに迷っていたその他の部族の戦士たちは、勢いに乗ったヴォオス兵の敵ではなかった。
正面のマティウスたちを回避しようとして勝手に分散し、自ら数の利を失い各個撃破されていく。
頭を抑えられた格好になったルオ・リシタ軍は、右後方からライドバッハに押し込まれたこともあり、南へ向かって無秩序に広がって行った。
戦況はレオフリードの到着を待たずに決着するかに見えたが、ルオ・リシタ軍が大きく崩れたことで軍の中央付近でのろのろと歩いていたファッジエヴナ王子が偶然最前線に放り出される恰好となり、戦況が一変する。
巨人兵団とも言われるルオ・リシタ軍にあって、ファッジエヴナは人波に浮かぶ小島のように抜きん出て大きく、挟撃するヴォオス軍兵士たちの目にも嫌でも飛び込んでいた。
その巨体が突如干潮に取り残された小島のように現れた。
状況の急激な変化についていけなかったファッジエヴナは、戦場のど真ん中にいるとは思えない穏やかな空気を纏い、キョロキョロと周囲を見回して仲間の戦士たちを探していた。
ファッジエヴナがどれ程抜けていようがのんきであろうが、ヴォオス軍兵士には関係ない。その一目で大将首とわかる巨体に、ヴォオス兵は一斉に群がったのであった。
「その首、もらった!」
「死ねっ! くそデブ!」
口々に威勢のいい言葉を吐きながら、ヴォオス兵が殺到すると、ファッジエヴナは無造作に手にしていた棍棒を一振りした。
まるで殺気を感じさせないその巨体は、恐怖よりも侮りを覚えさせる。
元々ヴォオス兵はルオ・リシタ戦士に対して体格では劣るが、勝る素早さを生かして対抗して来た。
それ故ファッジエヴナのいかにも鈍重そうな巨体は、ヴォオス兵には格好の的と映ったのだ。
ファッジエヴナの間合いも測らず無防備に近づいた十人ほどのヴォオス兵が、人の背丈を超えて宙を舞い、くしゃくしゃになった肉体の一部を血飛沫と共に撒き散らしながら吹き飛ばされていくあり得ない光景がヴォオス兵たちの目に飛び込んだ。
これまで想像すらしたこともない光景を目の当たりにしたヴォオス兵たちは、顔を仲間の生暖かい血で汚しながらも、これが現実の出来事として即座に呑み込むことが出来ず、戦いの最中にあって完全に停止してしまった。
微動だに出来ないでいるヴォオス兵たちの頭上に、振り上げたファッジエヴナの棍棒が、今度は叩き潰すために振り下ろされてくる。
五人ほどの兵士が人間とは思えないような角度に折り曲げられて地面に血の一文字を描いたところで、ヴォオス兵はやっと現実に追いつき、初めて恐怖に呑まれた。
一瞬で二十人近くのヴォオス兵を殺したファッジエヴナには、今も殺気はない。あるのは子供の残酷な無邪気さだけであった。
「お~い。みんなどこ~」
棍棒から血をしたたらせながら、ファッジエヴナが仲間を呼ぶ。
その声の響きからは、まるで迷子になった幼子のような不安が聞き取れる。
とてもこれほどの惨劇を引き起こした人物と同一人物とは思えない。
ファッジエヴナの声を聞きつけて、はぐれてしまったバリヤーグの民の戦士たちが引き返してくる。
これを迎撃しようと立ち向かったヴォオス兵たちであったが、ファッジエヴナの異常さに気を呑まれ、萎縮してしまっていたため、バリヤーグの戦士たちにあっさりと退けられてしまった。
マティウスとライドバッハの部隊によって南へと押し返されていたルオ・リシタ軍であったが、この一点の綻びに気がつくと、これまでの逃げの姿勢が一転、突如死に物狂いの反撃に出て来たのであった。
この流れに対し、訳がわからないままではあったがファッジエヴナが加わったことで、ルオ・リシタ軍は本来の破壊力を取り戻し、半包囲状態であったヴォオス軍を真っ二つに引き裂き、活路を見出した。
もしこの場にヴォルクが指揮権を持ったまま存在していれば、数で劣るヴォオス軍は一気に蹴散らされ、逆に窮地に追い込まれていたかもしれない。
だが、戦場全体を見渡し、その流れの中から的確な指示を下すことの出来る人間がいない今のルオ・リシタ軍は、せっかくの好機にあって半数以上が事態の変化を知ることすらなく南下を続けてしまっていた。
ヴォオス軍の包囲を突破したファッジエヴナたちであったが、後続が続かなかったためその数は三千にも満たず、突破の勢いを持続させるにはあまりにも少な過ぎた。
一度は破られた包囲の輪も、ルオ・リシタ軍の勢いの衰えを見越していたライドバッハとマティウスによって繕い直されてしまい、ファッジエヴナたちは再度包囲されるどころか、二重、三重に包囲されてしまい、完全に捕らえられてしまった。
だがここからが厄介であった。
無邪気に暴れまくるファッジエヴナがどうにも手に負えなかったのだ。
その手に持つ棍棒は、ルオ・リシタでは精霊が宿ると伝えられる銀香木を徹底的に乾燥させたもので、鋼をも上回る強度を誇り、ファッジエヴナの人間離れした怪力と合わさり、周囲に死体の山ではなく、叩き潰された肉塊の山を築き上げていた。
包囲したのだから距離を取り、矢で射殺したいところなのだが、恐れ知らずに無秩序な突進を繰り返すため動きが読めず、なかなか仕留められない内に次々と犠牲者が増えてしまう。
「はらへったぞ~~っ!!」
ファッジエヴナはひと声吼えるとさらに激しく暴れまわり始めた。
空腹による苛立ちから殺されるヴォオス兵はたまったものではない。
どこまでもズレている間の抜けた戦士ではあるが、今回のルオ・リシタ軍侵攻で、最も多くのヴォオス人を殺しているのだから始末が悪い。
なんとかして討ち取ってやりたいが、近づくことすらままならないヴォオス兵たちは、逃げられないように囲むので精一杯だった。
「よく包囲した。お前たちは下がっていろ」
ファッジエヴナたちを包囲する部隊と、南下するルオ・リシタ軍をさらに南へと押し込んでいた部隊の両方を指揮していたマティウスが包囲部隊の戦況を聞き、駆けつける。
ファッジエヴナの圧倒的な戦闘力にどうすることも出来ないでいた兵士たちの間から歓声が上がり、人垣が割れてマティウスの前にファッジエヴナへと通じる道を作り出す。
その動きにファッジエヴナも反応し、不意に開けた道の先を睨みつける。
だが、その視線の先からは、一騎の騎馬が散歩でもするかのようにゆっくりと近づいてくるだけであった。
真っ直ぐな敵意を向けられれば自然と反応出来るファッジエヴナであったが、予想外の事態にはなかなか反応出来ない。
それまでの暴れ振りが嘘のように停止してしまったファッジエヴナの代わりに、他のルオ・リシタ戦士たちがマティウスに襲い掛かろうと一歩前に出る。
その瞬間、マティウスは懐から林檎を一つ取り出して、ファッジエヴナに振ってみせた。
「食べるか?」
その一言でファッジエヴナのなけなしの理性は吹き飛んだ。
「罠ですっ! 殿下っ!」
ファッジエヴナは自分を止めるルオ・リシタ戦士たちに、それまでヴォオス兵たちに向けていたものなど比較にならない程の憎悪を叩きつけると、押し止めようとする戦士たちを棍棒の一薙ぎで吹き飛ばしてしまった。
そして飢えに両目を血走らせ、涎を垂らしながらマティウスの持つ林檎目掛けて突進して行く。
「ちゃんと取れよ」
マティウスはまるで幼子と遊ぶ父親のようなやさしさでひと声かけると、自分に向かってくるファッジエヴナ目掛けて林檎を放り投げた。
緩やかな放物線を描きながら頭上を越えていく林檎を、ファッジエヴナは魅入られたように見上げ、視線で追う。
ファッジエヴナは棍棒を持たない方の手を上げると、空中で見事に林檎を捕らえた。
だがその代償として、ファッジエブナの大きい頭部は林檎の代わりに地面の上で弾むことになった。
誰もが戦場の空に不似合いな、鮮やかな紅色をした林檎を目で追った瞬間、マティウスが疾風のようにファッジエヴナの脇をすり抜け、一刀のもとに切り落としたのだ。
マティウスはこの戦いでルオ・リシタ国の二人の王子の首級を上げたことになる。
ファッジエヴナのかなり身長が低くなった巨体がブルッと震え、せっかく取ることに成功した林檎を握り潰す。
林檎の果汁はファッジエヴナの腕を伝い、戦場にはあまりに不似合いな甘酸っぱい香りを撒き散らした。
「残りの戦士たちを討ち取れっ!」
マティウスはいともあっさり討ち取ったファッジエヴナを振り返りもせず、兵士たちに檄を飛ばした。
パヴェルレイモンに対して払われた敬意は、ファッジエヴナに対して払われることはなく、代わりに剣に付着したファッジエヴナの血を振り払っただけだった。
マティウスはファッジエヴナを戦士として認めなかったのだ。
マティウスの周囲から歓声が上がると同時に、南へとルオ・リシタ軍を追い詰めていたヴォオス軍の別部隊からも歓声が上がる。
戦場にレオフリード率いるヴォオス軍の本隊が到着したのだ。
「ルオ・リシタの戦士たちよっ! 武器を捨て、投降せよ!」
すかさずマティウスが投降を呼びかけ、戦いが終わったという空気を作り出しにかかる。
ルオ・リシタの戦士は、なかなか素直に負けを認めることが出来ない人種だ。
仮に部隊長が降伏を受け入れたとしても、その部下たちも素直に降伏することは少ない。
一人一人が独立した戦士であるため、他人の敗北によって決した勝敗を、己の敗北として受け入れることが難しいのだ。
だが、大敗の空気を読むくらいの知能はルオ・リシタの戦士たちにもある。
戦士である分、理屈よりも戦場の空気の方がより本能に敗北を浸透させるのだ。
ルオ・リシタ軍の真の敗北は、ヴォルクを指揮官の座から引きずりおろしてしまった時点で決していた。
ライドバッハからすれば、すべては無駄なあがきでしかなく、それによって被らなければならなかった両軍の被害は、無駄以外の何ものでもなかった。
そして、その無駄な被害はすぐには治まらなかった。
降伏を良しとせず、最後まで戦おうとする部族があり、各所で小競り合いが続く。
ルオ・リシタの戦士にとって、降伏とは奴隷に身を落として生きながらえることでしかなく、ルオ・リシタでの奴隷がどのような扱いを受けるかは、虐げ続けて来た自分たちが一番よく知っていた。
奴隷になるくらいなら死んだ方がましというやけくそな抵抗は、激しくはあったが前に進もうとする力のないむなしい抵抗に過ぎず、その抵抗にもまるで方向性がないため、戦士たちは次々と各個撃破されていく。
加えてファッジエヴナが倒れたことでヴォオス兵の手に余るほどの傑出した戦士がいなくなったこともあり、最後の悪あがきは問題なく鎮圧されていった。
「こちらの戦況はどうなっている?」
状況確認に追われているライドバッハとマティウスのもとに、レオフリードに守られながら、シュタッツベーレン家の女当主ヘルダロイダが現れ尋ねた。
「そちらで王子の一人であるエヴスターヒーを確認しておりませんか? もしくはヴォルク将軍の所在についての情報があればお教え願いたいのですが」
問いに対して性急とも言える問いを投げ返したのはライドバッハであった。
問いを無視された形となったヘルダロイダであったが、それだけで事態がまだ決着を見ていないことを悟ると、気を悪くするでもなく素直に答えた。
もっとも、その答えはどちらもわからないという、満足とは真逆に位置する答えであった。
「マティウス。投降した戦士たちの見張りはレオフリード卿の部下たちに引き継ぎ、お主は急ぎ周辺に捜索の網を張ってくれ」
「直ちにっ!」
マティウスは答えると同時に即座に行動に移ろうとした。
だが、そのマティウスをレオフリードが制止する。
「先程おかしなところを走る二騎の騎影を目にした。気にはなったがこちらに合流することを優先したのでそのまま放置したが、もしかすると……」
「それはどこだ?」
その情報にライドバッハが喰いつく。
ライドバッハの計画をまだ聞かされていないレオフリードは、ライドバッハの食い気味の反応に面食らいつつも、森林部の影に張り付くように移動する点にしか見えない騎影を指さした。
「エヴスターヒー王子は、六人の王子の中でももっとも玉座から縁遠い人物と聞き及んでおりますが、ライドバッハ卿がそこまで重要視する何かがあるのですか? ヴォルク将軍ならばわかりますが?」
レオフリードは何気ない動作で馬を返しつつ、背に負っていた大弓を外し、慌てるでもなく弦を張りつつライドバッハに問いかけた。
点でしかなかった騎影はもはや視認することも出来なくなってしまったが、レオフリードはいささかも慌てない。
「奴自身の価値など今でもたかが知れている。だが、奴が王子の中で一人生き残っているかもしれないという事実が重要なのだ。奴が残れば現王朝の血筋が残る。ルオ・リシタの七大貴族の中に流れる王家の血は絶やさねばならん。最低限戦士の資質を持つ男児はな」
「なるほど。ではその最後の血筋とやらを断つとしましょう」
そう言うとレオフリードは、幻獣<斬鈴>の角より削り出した家伝の大弓を目一杯引き絞った。
並の者では引くことすら出来ないと言われる大弓が、まるで飴で出来ているかのようにしなり、恐ろしいほどの力をたくわえていく。
レオフリードは一瞬だけ空を見つめて風を読むと、わずかに角度を修正しただけで、迷わず矢を射放った。
矢を送り出すとともに大気を切り裂いた弦が、恐ろしいほどの轟音を響かせ、周囲にいた兵士たちを驚かせる。
大気を矢羽が切り裂く音を後に残しながら、レオフリードが放った矢は、常識ではあり得ない飛距離を飛び、一瞬でライドバッハたちの視界から消え去った。
レオフリードに発見され、とんでもない位置から狙われていることなど全く知らないエヴスターヒーは、ルオ・リシタ軍が大敗を喫したにもかかわらず、ニヤニヤ笑いを抑えることが出来ないでいた。
「死にやがったっ! あいつら全員死にやがったっ! ざまあみやがれっ! 長子であるこの俺様をないがしろにした報いだっ!」
同族の戦士にすら見放され、一人戦場で取り残されていたエヴスターヒーであったが、孤立したことが幸いし、戦いには加わらず、自分一人だけ助かろうと戦況を慎重に見極めていたおかげで、ヴォオス軍の一瞬の隙を衝くことに成功したのだった。
そしてなんとか包囲網を無事すり抜け、戦場から脱出する。
しかも脱出に際し、偶然馬に括りつけられているヴォルクを発見し、手綱を引いて連れて来ている。
エヴスターヒーにしてみれば、自分以外の次期国王候補者たちが全員死に絶え、敗戦の責任を負わせられるヴォルクまで手に入れることが出来たおかげで、次期国王の座が確実なものとなったのだ。笑いが止まらないのも無理のない話だ。
あとは何が何でもルオ・リシタへと帰還を果たせばいい。
ルオ・リシタにとって絶望的な敗戦も、エヴスターヒーにとってはすべてを手に入れることが出来た戦いとなったのだ。
「考えてみればこいつも哀れな男だ。我の強い連中の総大将に据えられ、満足な補給もないまま退くことの出来ない戦いに送り出されたのだからな」
言葉には憐れみがあふれているが、その声には嘲り以外の何ものも含まれてはいない。
「父上の癇癪で即座に打ち首にならなかったら、俺の専属奴隷としてもらい受けてやるとするか」
そう言うとエヴスターヒーはいやらしく笑った。瞳には復讐の炎が踊っている。
エヴスターヒーは背後を振り向き一安心する。
自分を追跡する騎馬の影は見られず、未だにどこぞの部族が無駄な抵抗をしてヴォオス軍の注意を自分から逸らしてくれていたからだ。
「全員死ね。もし連中をヴォオス軍が皆殺しにしたら、王位に就いたあかつきには、ヴォオスとの国交の正常化を考えてやってもいいかもしれんな。何と言ってもこのエヴスターヒー王に対して反意を示した愚か者たちを、この王に代わって成敗するのだからな」
一国の王子でありながら、自国の戦士たちの死を嗤うエヴスターヒーの顔には、一欠片の王者の威厳もなかった。
勝ち誇るエヴスターヒーの目が、不意に小さな光の点を捉える。
一番星が輝くには時間的に早過ぎるが、エヴスターヒーはその光を勝手に新王を祝う吉兆と捉え、前を向いた。
首が疲れたのだ。
だが、直後にエヴスターヒーは馬上から前方へと、突き飛ばされたかのように体勢を崩して落馬する。
頸椎から矢羽をはやし、喉から先端の鋭い鏃をのぞかせたエヴスターヒーの身体は、首を異様に後ろに反らせた姿勢で宙に投げ出されると真っ逆さまに落下した。
不気味な音を響かせて地面に叩きつけられたエヴスターヒーの身体は、首の骨が完全に砕かれ、後頭部を背中にめり込ませて転がる。
同国人の誰にも知られることなく、エヴスターヒーはヴォオスの大地で死んだ。
その死は王族に全くふさわしからぬ無様な最期であった。
エヴスターヒーの亡骸に、手綱を掴まれていたヴォルクの乗馬が近づいていく。
落馬の瞬間手綱を思いきり引かれたことに怒りを覚え、大きな瞳が血走っている。
馬は死んだ今でもしっかりと手綱を握るエヴスターヒーの手を苛立たしげに踏み潰すと自由を取り戻した。
そしてわざとエヴスターヒーの死体の上を踏みつけてから馬首を返すと、近づいてくるなじみのある匂いの方へと足を向けた。
すべての王子がヴォオスの地に倒れ、<ヘルヴェン会戦>はヴォオス軍の勝利でその幕を下ろしたのであった――。
次回は3月10日投稿予定です。
書き溜めが尽きたぁっ!! や、やばい!




