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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
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ヴォルクの失脚

 逃げると決めたルオ・リシタ軍の撤退速度は速かった。

 元々の体格差もあるが、騎兵戦を主体とせず、戦士の個々の能力に任せた地上戦を得意とするルオ・リシタ軍の主要な移動手段は徒歩になる。

 進軍の速度を上げようと考えれば、単純に走るしかない。

 走ることに慣れているルオ・リシタの戦士たちは、ヴォオス歩兵よりも早く、長い距離を走ることが出来るのだ。


 追撃を諦めたブレンダンは、歩兵の一部と工兵部隊を都市ヘルヴェンへと戻し、逃げ遅れたルオ・リシタ戦士の掃討と、都市ヘルヴェンの都市機能回復を命じた。

 自身は残りの兵力と共にレオフリードとの合流を図る。


 驚いたことに、都市ヘルヴェンの北門一帯を火の海に呑み込んだ大爆発を、ルオ・リシタの六王子の内、実に五人もが生き残っていた。

 炎に呑まれて命を落としたのはスヴェルドの民を率いたロージオン王子ただ一人であり、残りの五人の王子たちは、何とか都市ヘルヴェンから脱出していた。

 もっとも、そのうちの一人であったオレンベルクの民を率いたヴセールヴォロト王子は、ブレンダンとの壮絶な一騎打ちの末、敗れて首を失うことになった。


 残り四人となった王子たちは、互いに助け合うことなどなく、敗戦の責任をヴォルク将軍に転嫁し、何とか故郷へと逃げ延びるべく、ひたすら北を目指して走っていた。

 ヴォルクのもとには今なお二万近くの戦士たちがいる。

 ここにいる一万の戦士たちが合流出来れば、まだ三万のルオ・リシタの戦士が自分たちを守ることになる。

 もはや生き延びることだけしか考えられなくなってしまっている王子たちには、三万の戦力で状況を覆そうなどという気概はなかった。


 四人の王子たちとは異なる理由で合流を図っていたヴォルクは、必死の形相で逃げてくる都市ヘルヴェン攻撃部隊の残存戦力と、とある森林にて合流することに成功した。

 態勢を立て直し、何とか挽回の機会をうかがおうとするヴォルクに対し、王子たちは猛反発した。

「貴様、本当はヴォオス軍の火計を知っておったのではあるまいなっ!」

 王子たちの中では最も軽傷なエヴスターヒーが、誰よりも一番の被害者のような顔をして難くせ以外の何ものでもない言葉をヴォルクに投げつける。


 カッとなったファーツィが前に出るのを制したヴォルクは、もはや王族に対する礼など捨て、ゴミでも見るような視線で見下す。

「持ち場を離れ、勝手に前線に出て来たのは誰だ? その結果六人の王子が先陣を切ることになったのは、誰のわがままのせいだ? 全て貴様であろうがっ! ヴォオス軍と通じておるというのであれば、貴様が最も怪しいわっ!」

 滅多にないヴォルクの怒声に、エヴスターヒーのみならず、他の王子たちも青ざめる。

 そしてヴォルクの言葉に、都市ヘルヴェンから逃れてきたすべての戦士たちの視線がエヴスターヒーに突き刺さった。

 仲間であるはずのイヴァーノの民の生き残りまでもがエヴスターヒーから距離を取り、冷たく見つめている。


「と、とにかく、この戦は終わりだ。残って戦うと言うのなら、貴様一人で戦えばいいだろうがっ!」

 このままではなぶり殺しにされかねないと恐れたエヴスターヒーは、必死で戦士たちの意識を逸らすべく、目の前の問題に飛びついた。

 命からがら都市ヘルヴェンから逃げてきた戦士たちは、再びあの焦熱地獄へ戻るなどまっぴらだった。

 だが、王子たちがいくら反対しようと、最終的な決定権は総指揮官であるヴォルクにある。

 ヴォルクが引き返して戦うと言えば、従わざるを得ない。

 仮に脱走して無事ルオ・リシタへ逃げ延びたとしても、ヴォルクがルオ・リシタへ帰還すれば脱走の罪は暴かれ、今度はルオ・リシタ人から追われることになる。

 それは生き残った四人の王子も同じだ。


「敗戦の責任を負うのがそれほど恐ろしいか。体勢を立て直すだと? 消耗しきった我らに、糧食もなく、どうやって再び戦う力を取り戻せと言うのだっ!」

 ダグローブの民を率いるパヴェルレイモンが、比較的まともな反論をする。

 だが、糧食が底をついたのは、十分な糧食を用意出来ないにもかかわらずヴォオス侵攻を決めたアレクザンドールの失策であり、何より戦に負けたのはパヴェルレイモンを含めた王子たちだ。


 他人の失策も、他人の敗北も、すべては指揮官に還る。

 そうでなければ軍は軍としての形を失う。

 パヴェルレイモンの言葉が単なる責任転嫁でしかないとしても、ヴォルクは無関係ではいられないのだ。


「殿下。私が恐れるものはただ一つです。それは、このまま何も得ることが出来ずに帰り、ルオ・リシタの民が飢えて死んでいく様を見ることです」 

 それはひどく静かな声であった。

 先程の怒声とは打って変わって、真冬の湖のように、深く冷たい感情に満たされていた。

 ヴォルクの脳裏では、息子のリエーフが死に逝く様を、ただ見ていることしか出来なかった悪夢が再生されていた。


「貴様たちっ! 何のためにヴォオスまで来たと思っているっ! 我らの目的を思い出せっ! 命を惜しんで手ぶらで帰れる道理があると思うなっ!」

 ヴォルクに制され、それまで我慢を続けていたファーツィがここで激発する。

 ルオ・リシタの戦士たちは、祖国で待つ、飢えに苦しむ女子供や年寄りのために、食料を奪いに来たのだ。なんの戦果もなく帰るということは、その人々に死ねというも同然であった。


「知るか、そんなもんっ!」

 そう吐き捨てたのは、ドゥーラの民を率いるサヴァトスラーフ王子であった。

 体格ではヴセールヴォロト王子には及ばないが、戦士としての実力は勝るとも劣らない、ルオ・リシタきっての実力者だ。

「食いもんがねえんだ。弱えぇ連中が死ぬのは当然だろっ! 数が減ったらまた増やしゃいいだけの話だ。俺一人生き残れば、二、三年で元の人数に戻してやらあっ! そういやあ、てめえのとこのガキも死んだんだったか? 女房イカレちまったらしいが、小一時間も俺んとこに寄越しゃあ、しっかり次の種仕込んでやるぞ! てめえと違って俺の種は玉切れ(、、、)にはならねえからなっ!」

 一国の王子とは思えない下卑た笑みを受けべながら、それ以上に下卑た言葉を並べ立てて馬鹿笑いする。


 場が凍りつき、このルオ・リシタ軍を一つの組織として維持してきた目に見えない何かが壊れたことを、戦士たちは悟った。


 サヴァトスラーフの言葉にキレたのは、以外にもヴォルク本人ではなく、副官のファーツィの方であった。

 怒りがあまりにも深すぎて、それを表に出すことが出来ないファーツィは、無言、無表情なまま、ヴォルクが止めるいとまもないほどの速さで斬撃をサヴァトスラーフに見舞った。

 思いがけない方角からの斬撃であったが、サヴァトスラーフは2メートルに達する巨体を柔らかくしならせて、ファーツィの鋭い斬撃を危なげなくかわしてみせる。


「貴様っ! 誰に剣を向けているつもりかっ!」

 王族であるサヴァトスラーフ王子に斬りつけたファーツィに対し、エヴスターヒーが怒声を上げるが、誰一人取り合おうとしない。

 エヴスターヒーは、ルオ・リシタ軍の中で完全に立場を失っていた。


「ファーツィ!!」

「ヴォルク様っ! お止めくださいますなっ!」

 主の方を見ようともせず、ファーツィは背中でヴォルクの制止を拒絶した。

 その背中は、どうしても止めるというのであれば、この背を斬って止めてくれと語っている。

 ヴォルクはその覚悟のほどを見て取ったが、それでもファーツィの行動を許すわけにはいかなかった。

 剣を抜き、二人の間に割って入ろうとしたヴォルクであったが、そのヴォルクよりも早く、ドゥーラの民の戦士たちがサヴァトスラーフとファーツィの二人を囲み、ヴォルクの行動を阻む。


(始めからそのつもりかっ!)


 ドゥーラの民の戦士たちの動きが、すべてを証明した。

 サヴァトスラーフの目的は、王家に対する反逆を理由にヴォルクを除き、父であるアレクザンドールからの処罰を回避したうえで、このルオ・リシタ軍の実権を握ることだったのだ。

 サヴァトスラーフとしてはヴォルク自身を釣り出し、斬り伏せてやるつもりでいたが、この際目の前の腰巾着でもよかった。


 部下の罪は上官の罪でもある。

 王命に背いたなどの明白な罪状がないかぎり、王族に対して実際に剣を振るうということは、ルオ・リシタ国そのものに敵対したことになる。

 ヴォルクがルオ・リシタに対して反意が無いことを証明するには、この場は大人しく捕らえられ、王都ザシャログラードまで戻り、アレクザンドールに釈明のうえ、判断を待つしかない。

 それを拒めば、ヴォルクは自らの意思で反逆を認めたことになる。


「終わったな、ヴォルク」

 自分を差し置いて、ルオ・リシタ最強などともてはやされるヴォルクのことを、サヴァトスラーフは心底嫌っていた。

 その高潔ぶった態度が何より気に入らない。

 サヴァトスラーフの歪んでねじ曲がり、あらぬ方を向いているその感性からすれば、あれだけコケにされても耐えようとしたヴォルクよりも、突っかかって来た目の前の腰巾着の方がまだマシだった。


 サヴァトスラーフの真の目的は、他の王子たち同様敗戦の責任をヴォルクになすりつけることにあるが、この機に乗じて残り三人の王子を討ち、<王座へと至る道>という迷宮で行われる、次期国王を決定する神聖なる儀式という名の殺し合いを省いて、自身の即位を確実なものにしようという腹黒い考えがあった。

 今回の遠征が、食料不足で滅びかけている国を救うためであることを考えれば、どこまでも己一人の利益だけを追い求めるサヴァトスラーフは、ファーツィが敬愛してやまないヴォルクの対極に位置する人間であった。


 怒りに任せて剣を抜いたファーツィであったが、怒りが突き抜けた結果、心が冷え切り、その冷たさは熱くなった思考を冷却していた。

 もともと思慮に富み、物事を冷静に分析出来るだけの頭を持っているからこそ、ヴォルクほどの男の副官が務まるのだ。

 だが、冷たくなった思考は冷静さを取り戻したわけではない。

 怒りに任せて殺そうとしていたものが、ヴォルクにとって、この先害悪にしかならないという判断から、冷徹に、ただ殺すことだけを考えている。

 怒りのはけ口を求めた攻撃がなくなり、ファーツィの斬撃が鋭さを増す。


 サヴァトスラーフにとって、危険な相手と判断していたのは、ゲラルジー、ヴセールヴォロト、ヴォルクの三人だけであり、内二人はすでにヴォオス人の手によって首を失っている。

 サヴァトスラーフにとって敵視しえる存在はもはやヴォルクただ一人であり、それ以外の人間は、サヴァトスラーフにとってなんの意味も持たなかった。

 目の前で不意に雰囲気を変え、冷たい視線でにらみつけてくるルオ・リシタ軍の総指揮官であるヴォルクの副官を務める男の名前さえ憶えていない。

 サヴァトスラーフはルオ・リシタの戦士たちが愛用する大型の戦斧ではなく、通常の戦斧を両手に構え、嗜虐的な笑みを浮かべてファーツィの鋭い眼光を跳ね返した。


「主人の目の前で、いぬをばらすのも面しれえかもな」

 サヴァトスラーフはあくまでヴォルクを挑発するための材料として、ファーツィを料理しにかかった。

 簡単に殺してしまってはヴォルクを挑発するには足りないと考えたサヴァトスラーフは、まずはファーツィの左腕を切り落とそうと考え、戦斧を振り下ろした。

 次に右脚、その次に右腕。左脚を切り落として芋虫のように地面に這わせてから、最後に首を斬る。

 サヴァトスラーフは胴体だけになった身体が時折びくりと動く光景を見るのがたまらなく好きな男だった。

 その光景があまりにも滑稽で、退屈した時などは、よく奴隷をばらして大笑いしている。

 ヴォルクが同じ光景を見ても、けして笑わないことをサヴァトスラーフは知っていた。

 だからこそヴォルクの副官を使って見せつけてやりたいのだ。

 その時ヴォルクがどんな顔をするかを想像したサヴァトスラーフは、楽しみ過ぎて吼えるように笑った。


 重量のある武器であるはずの戦斧が、その先端を霞ませるほどの速度でファーツィの左腕に迫る。それとほぼ同時に、左手に構えたもう一本の戦斧が、ファーツィの右脚を奪おうと襲い掛かる。

 その場にいるすべての戦士たちが血の雨が降ることを予測したが、ヴォオスの大地がファーツィの血を呑み込むことはなかった。


 ファーツィは左腕に襲い掛かって来た戦斧を手首のひねりだけで払いのけ、右足に襲い掛かって来た戦斧は、わずかに後退しただけでかわしてみせる。

 間髪入れずに戦斧をすかされ体勢を崩したサヴァトスラーフの左側面に踏み込み、胴薙ぎを叩き込む。

 決まればサヴァトスラーフははらわたをぶちまけてのたうち回るところだったが、回避も防御も完全に無視し、すかされたことで崩れた態勢と、戦斧の重さを利用して、恐ろしい速度で回転し、右手の戦斧でファーツィの首を薙ぎ払ってくる。

 後から繰り出したサヴァトスラーフの一撃はギリギリのところでファーツィの胴薙ぎに追いつき、必殺の一撃だったファーツィの胴薙ぎを、脇腹を浅く斬られるだけに留めてみせた。


「血ぃ流すなんざ、犯していた女に噛みつかれて以来だぜっ! 褒めてやるぞ、腰巾着っ!」

 脇腹から流れる鮮血にちらりと視線を落とすと、サヴァトスラーフは突然の贈り物を受け取った子供のように、嬉しそうにわらった。

 嗤う顔の中で、奥まった両の瞳だけが、狂喜の色を浮かべている。

 王子からお褒めの言葉をいただいたファーツィはそれに対し、何の反応も返さない。

 怒りもなければ嫌悪すらなく、ただひたすらサヴァトスラーフを殺すことだけに集中している。


「もちっとだけ遊んでやらあっ!」

 サヴァトスラーフはひと声吼えると、戦斧の嵐でファーツィを呑み込んだ。

 右と左の戦斧が交互に襲い掛かって来たかと思えば、構える剣ごとファーツィを三枚に降ろそうと、大上段に構えて振り下ろしてくる。

 自分に対して膂力で勝り、体格でも勝る相手に、ファーツィは防戦一方に追いやられてしまう。

 だが、ファーツィは追い込まれながらも慌てることはなく、戦斧の嵐を一つ一つ捌いてかわしていく。


 二人を囲むドゥーラの戦士たちは、あっという間に決着がつくものと思い込んでいたが、大気を震わす鋼と鋼がぶつかり合う凄まじい金属音が、いつまでも鳴り止まないことに次第に焦りを覚え始めていた。

 サヴァトスラーフの強さは自分たちが一番よく知っている。並の戦士では十人が束になってかかったとしても、相手にならない。

 並の戦士どころか、ヴォルクの参謀として後方に控え、まともに戦う姿を見せたこともないようなファーツィが対抗しうるような戦士ではないのだ。


 だが、現実は拮抗した戦いを繰り広げている。

 今も防御に徹し、サヴァトスラーフが五回攻撃する間に、牽制程度の攻撃を一回返すのがやっとの状況ではあるが、今のところサヴァトスラーフの戦斧がファーツィを捉える気配はない。

「打ち合えっ! この根性なしがっ! 亀相手にしてんじゃねえんだぞっ!」

 堅い守りを崩すことが出来ないサヴァトスラーフが、苛立ち罵る。

 ファーツィはその苛立ちを煽るかのように、さらに後退して守りを固める。


「逃げてんじゃねえっっ!!」

 苛立ちが限界に達したサヴァトスラーフは、開いた間合いを無造作に詰める。

「貴様ら、ファーツィが普段誰の剣の相手をしていると思っているのだ?」

 人垣を作ってヴォルクの邪魔をしていたドゥーラの戦士たちに、ヴォルクが冷たく問いかける。

 予定と異なる展開に不安を覚え始めていた戦士たちの顔色が変わる。

 ただでさえヴォルクと相対さなければならないことで極度の緊張を強いられていた戦士たちは、主を振り返りたい衝動に駆られたが、たとえ一瞬でもヴォルクから目を離せば命がないことを理解しているだけに、精神的重圧に挟まれ、呼吸が乱れだす。


 決定的瞬間は、ヴォルクが問いを発した直後に訪れた。

 不用意な一歩が、サヴァトスラーフに死への入り口を潜らせる。

 ファーツィはサヴァトスラーフを苛立たせるように後退したが、それでいて重心は前に掛けて待ち構えていたのだ。

 それまでの防戦一方の戦いから、誰も、相対しているサヴァトスラーフさえも、この間での反撃を予想していなかった。


 サヴァトスラーフも都市ヘルヴェンでの火計により、少なからぬ手傷を負っていた。戦いに影響が出るほどの重傷は負っていなかったが、火傷と爆風で飛散した瓦礫を受けて体中に裂傷を負っていた。

 傲慢なその性格は、痛みになど負けない屈強さをもたらしたが、同時に悪条件に対する自身の焦りに対しては愚鈍さをもたらしてしまった。

 万全の体調であれば決して見逃したりはしなかったであろうファーツィのわずかな重心の違いも、この時のサヴァトスラーフの目には映らなかった。


 踏み出したサヴァトスラーフの足が、大地を離れているほんの一瞬の間に、ファーツィはそれまで一度も見せなかった鋭い踏み込みから、それ以上に鋭い突きを放つ。

 ただ光の筋が走っただけにしか見えなかった一撃は、サヴァトスラーフの下顎を砕き、頸椎を粉砕してぼんのくぼからその切っ先を現した。

 

 白目を剥いたサヴァトスラーフの死体からファーツィが剣を引き抜くと、まるでそれまでの人生で犯したすべての蛮行を詫びるかのように、膝の折れた身体は土下座でもしているかのように崩れ落ちた。

「この私と本気で剣を交えて技量を磨き続けて来た男が、弱いわけがなかろう」

 目を逸らしてはいけない。

 わかっていたにもかかわらず、ドゥーラの戦士たちはサヴァトスラーフの敗北に動揺し、背後を振り返ってしまっていた。

 そんな戦士たちに、まるで耳元でささやくかのような距離まで近づいていたヴォルクが、先程の自身の問いかけに対する答えを教えてやる。

 反射的に振り向いた戦士たちは、焦りの表情を浮かべたその首を、連続して宙に飛ばすことになった。

 ヴォルクはたった一閃で、三人の戦士たちの首を斬り飛ばしたのである。


「反逆だっ!! これは王家に対する明らかな反逆行為だっ!!」

 待ってましたとばかりにエヴリスターヒーが騒ぎ出す。

 自身が王位を目指すうえで大きな障害だったサヴァトスラーフが死ぬというおまけまで付き、エヴスターヒーは狂喜して叫び回る。

「ヴォルクよっ! 上官でもある貴様も罪はまぬがれんぞっ! 剣を捨てて直ちに投降しろっ! 従わない場合は反逆の意思ありと見なし、この場で処分するっ!」


 エヴスターヒーの言葉で、ファーツィはようやく普段の冷静な頭脳を取り戻す。

 主であるヴォルクにとって、将来必ず災いの種となるであろう存在を排除することで、かえってヴォルクを窮地に追いやってしまったのだ。

 サヴァトスラーフには、この場でヴォルクを害する明確な意思があった。

 その上での口汚い挑発であったから、ファーツィは即座に反応したのだ。

 だが、あの時点ではヴォルク個人に対する挑発でしかなく、ルオ・リシタ軍総指揮官に対する明確な反意とは言い難かった。

 腹の中身がどうであったにしろ、その範囲を明確にしなかったのはファーツィの落ち度であり、サヴァトスラーフを討った後では覆しようがなかった。


 表面上の事実だけをなぞれば、エヴスターヒーの言葉は正しかった。

 ヴォルクはやむなく剣を鞘に納める。

 

(ざまぁ見ろっ!!)


 エヴスターヒーが心の中で薄汚れた喝采を上げる。

「ヴォルクを捕らえよっ! その反逆者は殺してしまえっ!」

 ルオ・リシタ軍内での立場を失くしていたエヴスターヒーであったが、場を支配していたサヴァトスラーフが死に、総指揮官であるヴォルクがファーツィの失態から共に失脚したことで、再び軍内での発言力を取り戻したと考え、命令を下す。

 だが、エヴスターヒーの命令に対して、戦士たちはダグローブの民を率いるパヴェルレイモン王子に視線を向けた。

 完全に無視された形になったエヴスターヒーが、子供のように地団太を踏んで悔しがる。


「あんちゃん、なにしてんだ? おどってんのか?」

 そんなエヴスターヒーに対して、のんびりと話しかけたのが、もう一人の王子、バリヤーグの民を率いるのではなく、連れて来てもらったファッジエヴナ王子であった。

 怒りのあまりファッジエヴナの接近に気がついていなかったエヴスターヒーが、尻尾を踏まれた猫のように飛び上がる。

「おっ、驚かすんじゃないっ! ファッジエヴナっ!」

 エヴスターヒーは背後に突如出現した小山のような大男を怒鳴りつけた。

「ごめ~ん」

 ファッジエヴナは素直に謝った。


 ファッジエヴナは今回のヴォオス侵攻に加わった全戦士の中で、もっとも大きな男であった。身長は2メートル20センチにも達し、ルオ・リシタには珍しい重心の低いあんこ型の体形をしている。体重は優にエヴスターヒーの三倍以上はあり、小山という例えが少しも大げさではない戦士であった。

 力がすべてのルオ・リシタ軍にあって、何故戦士たちがファッジエヴナにではなくパヴェルレイモンに指示を求めたかといえば、

「若様、こちらへ。あのお方と関わり合いになってはなりません」

「は~い」

 と、世話役の戦士に促されて素直にエヴスターヒーのもとを去っていくファッジエヴナの足りなさ(、、、、)が原因だった。


「おいっ! パヴェ……」

 パヴェルレイモン王子にエヴスターヒーが近寄ろうとした瞬間、ダグローブの戦士たちが一斉に身構えた。

 ヴォルクのためにファーツィがサヴァトスラーフを斬ったことは罪になるが、パヴェルレイモンを守るために戦士たちがエヴスターヒーを細切れにしても罪にはならない。

 顔面を悔しさで引きつらせつつも、エヴスターヒーは引き下がった。


 この隙にヴォルクはファーツィに目くばせをし、逃げるように促す。

 ファーツィはこの時、何とかして残りすべての王子を討ち、その罪を背負って自害しようと考えていた。 ファーツィがサヴァトスラーフを討った事実は変えられない。だが、そもそも王子たちは都市ヘルヴェン攻略の失敗をヴォルクに着せようとしていた。

 どちらに転んだところで、ヴォルクに未来さきはなかったのだ。

 だからこそ、ここで残り全ての王子を討つことが出来れば、事実が王子たちの都合のいいように歪められることなく国王のもとへと届けられる可能性が出てくる。

 そうなればファーツィの罪はあくまでファーツィ個人のものとして処分され、ヴォルクは罪に問われない可能性が出てくる。

 だがファーツィの考えを見透かしたヴォルクの瞳は、ファーツィに行動に出ることを許さなかった。 


 ファーツィは唇が咬み切れてしまうのではないかと思えるほど強く噛みしめると、戦士たちの視線がパヴェルレイモン王子に向けられている隙を衝いて馬に駆け寄り、その場から逃走した。

 こうなったらルオ・リシタ軍よりも先に王都ザシャログラードへと帰還し、奥方であるイオアーナやニーナたちの身の安全を確保したうえで、ヴォルクを奪還するしかない。

 ルオ・リシタでの栄達の道は断たれた。

 であれば、国王だろうが王子だろうが、もはや義理立てするつもりはない。

 自分はあくまでヴォルクに対して忠誠を誓ったのであって、国に対して誓いを立てたわけではない。


「追えっ! 奴を逃がすなっ!」

 エヴスターヒーが、主であるサヴァトスラーフを殺されたドゥーラの民の戦士たちに命令する。

 ドゥーラの戦士たちであれば聞き入れると思ったのだ。

「必要ない。放っておけ。どうせヴォオス軍が始末してくれるだろう」

 パヴェルレイモンがエヴスターヒーの言葉を否定する。 

 誰もサヴァトスラーフを倒すような男を追いかけたくはなかったので、ドゥーラの民の戦士たちはパヴェルレイモンの言葉に従う。


「くっ! この根性なし共がっ!」

 エヴスターヒーが侮蔑を込めて吐き捨てると、ドゥーラの民の戦士たちが、殺意に満ちた目で睨みつけた。

「な、なんだその目はっ! わ、私はルオ・リシタの王子だぞっ!」

 それでもつまらない虚勢を張るエヴスターヒーに、戦士たちが詰め寄る。

「ヴォルクに縄を掛けろ。こんなところでいつまでももたついていると、ヴォオス軍に追いつかれるぞ」

 他の王子たちよりもはるかに重傷を負っているパヴェルレイモンが、エヴスターヒーと戦士たちに冷たい一瞥をくれると馬を進め始めた。

 置いていかれてはかなわないと、戦士たちも慌てて後を追う。


(死にぞこないがっ! 何の取り柄もないくせに仕切りおってっ! まあいい。あの傷ではどうせ王都まではもつまい。それまでせいぜい威張り散らすが良い)


 内心でパヴェルレイモン王子を激しく罵りつつ、エヴスターヒーも戦士たちに続いた。

 エヴスターヒーとしても、こんなところでヴォオス軍に追いつかれたくはないのだ。


 昨日まで、ルオ・リシタ軍五万の戦士たちを束ねていたヴォルクだったが、今日はその身体に縄目を掛けられ、己一人の身も自由にならない境遇に陥っていた。明日は己の命を保てているかもわからない。

 ヴォルクは願った。

 どうかファーツィが無事逃げ延び、自分のことを諦めてくれることを――。

 


 

 

 

   

 

 今回はキリが良かったので短めにまとまりました。

 いつもこのくらいに収まるといいんですけどね(苦笑)


 次回は2月24日投稿予定です。

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