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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・序
32/152

決戦前

 貴族連合軍は異様な空気に包まれていた。

 それも当然で、全軍を率いるべき大将軍と、この軍の実質的な支配者が、そろって国賊に指定されたのだから無理もない。

 勅使ちょくしとして訪れたルートルーンは、クロクスとロンドウェイク以外の者のことは口にしなかったが、両者同様地下競売場に関わっていた者たちも同じ運命をたどることになるのは確実だ。


 すなわち死罪――。


 自分たちが処罰されるということに対していまだに理不尽な怒りに囚われ、反省の二文字をまるで意識していない彼らではあるが、その理不尽が押し通せない類のものであることだけは理解していた。

 もはや自暴自棄になった彼らは、その行動も言動も粗暴になり、苛立ちと不安を周囲に叩きつけて発散しようと醜くもがいていた。


 その姿が配下の兵士たちにどう映っているのか、彼らの思考にはない。兵士たちが感情を持ち、物事を考えるという当たり前のことすら、彼らは知らないのだ。彼らにとって、兵士とは所有する・・であり、自分たちの意のままに行動することが当たり前の存在であった。

 今まで自分が立っていた場所が、音を立てて崩れていることに、彼らは気がつていない。

 おそらく生涯の最後の瞬間まで気がつくことはないだろう。愚か者とはそう言う生き物だ。


 混沌渦巻く貴族連合軍で、もっとも迷惑を被っていたのが、地下競売場やクロクスの多くの不正となんの関わりもなかった貴族たちだ。彼らはただクロクスがもたらす利益に頭を下げ、これまでついて来ただけだ。この国の真の支配者がクロクスであることは疑う余地がない。だがそれは、クロクスの支配を受け入れたわけではない。逆らえないということと、従属することは、似ているようで違うのだ。


 貴族連合軍が崩壊もせずに今もあり続けるのは、単にその口火を切る者がいないためだった。そういった意味で言うと、エルフェニウス、ブレンダン、ジィズベルト、コンラットという気骨を持った者たちの不在が、クロクスとロンドウェイクに味方した。もしこの場に四者の内の一人でもいれば、貴族連合軍は割れていたはずだ。


 貴族連合軍の中の誰がクロクスと背徳の地下競売場で、ただれたつながりを持っているのかわからない無実の貴族たちは、互いに結託を持ち掛け、集団でこの貴族連合軍から離脱することが出来ないでいた。互いがそれぞれの人間的醜さを、腹の中で嫌悪しあってきた仲である。誰もが疑わしく思え、本心など打ち明けようがなかったのだ。

 相手を間違えれば直ちにクロクスの耳に入り、見せしめに拷問なり、公開処刑されるのが関の山だ。下手は打てないのだ。


 何一つ建設的な要素を持たないまま、ケルクラーデンの野に布陣した貴族連合軍の中心で、クロクスがハゲ上がった卵頭を茹で上がらせていた。

「王都を空けたのが間違いだった……」

 今頃になって入って来た王都の情報にクロクスが歯噛みする。

 当人が言うように、クロクスの犯した失策はただ一手。王都をリードリットの帰還に前後して空けてしまったことだけなのだ。


 ロンドウェイクが苦心していたように、クロクスも、ヴォオス以上にこの終わらない冬の被害が大きい近隣諸国が、いつヴォオスに喰らいついてくるかと神経を尖らせていた。そうでなければ今頃は各国境線に貼りつけてあるヴォオス軍全軍に招集をかけ、これに貴族連合軍を合わせて数の力でライドバッハを圧倒していた。

 しかし、抑止力としての効果を発揮するだけの数の兵力を国境線上に配置しておくことは必要なことであった。隙を見せて一国が喰らいつけば、他の国々もそれを契機に兵を起こす可能性が高い。今は支配が目的ではない。略奪が目的なのだ。恒久的な支配を確立することが出来るだけの兵力は必要ない。瞬間的な爆発力があればいいのだ。

 誰もが食わなければ死ぬ。領土や財宝は確かに生活を豊かにするが、人は食わなければ苦しみながら死ぬことになる。いざとなればどれだけの兵士が死ぬことになろうと、隣国はヴォオスに対する侵略をためらわないだろう。


 今日までに築き上げたものすべてを損なわずに事態の解決を図ろうとしたところに、クロクスの失敗があった。仮に他国の侵略を誘発することになったとしても、全兵力を集結して、短期間で勝ちを奪い取るべきだったのだ。

 悔いてもせんないことではあるが、使い捨てる程度の価値しかなかったはずのリードリットに、ここまでの状況に追い込まれるとは、完全に誤算であった。


 こうなってくると、クライツベルヘン家がわずかなりとも兵を出し、リードリットの担ぎ出しなどを提案してきたことが怪しくなる。

 始めからここまでのことが五大家によって仕組まれていたのではないという疑いもわいてくる。

 疑い始めるときりがない。配下の貴族たちも、裏切りの機会をうかがっているのではないかと思えてくる。そしてその疑惑が、正鵠せいこくを射てしまっている時点で、貴族連合軍が振るサイコロに、勝ちの目はなかった。


 茹で上がっていたクロクスのハゲ頭から赤みが引く。それまでの苛立ちから一転、なにやら暗躍を始めたのであった。





 意外なことに、クロクスが采配に口出しをしてこないおかげで、まとまりがないままではあるが、ロンドウェイクの指揮の下、いくさの準備は着々と進んでいた。

 一度目覚めた血の力は二度と眠ることはない。

 ロンドウェイクはこれまでとは比べ物にならない覇気をまとい、貴族連合軍に君臨していた。

 リードリットが燃えるような輝きを放っているのに対し、ロンドウェイクはすべての光を吸い取るかのような、重い空気を発している。

 その暗い重力が、魅力というよりは呪力となって兵士たちを縛っていた。


「相手の陣容はどうなっておる?」

 偵察から帰還した兵士にロンドウェイクがたずねる。今までの重みを感じさせた声が、石のように硬い。

 答えようとした兵士は声を出すために、まず唾を飲み下した。


「兵のほとんどがクライツベルヘン家の兵士で、総勢約三万でございます」

「王都にはレオフリードと共に帰還させたミデンブルクからの一万の兵があったはずだが、姿はないのだな?」

「ございません。伏兵の可能性も考慮し、広範囲にわたって兵を送り出しましたが、元々見通しの良い土地であったこともあり、伏兵として機能する範囲には一兵も確認することは出来ませんでした」

「ということは、王都の混乱はだいぶ激しいようだな。足場固めも済まない内に、こちらの半数ほどの兵力で正面決戦を挑もうとは、戦を知らんにも程がある」

 兵士の報告に、ロンドウェイクが鼻で笑う。


 ロンドウェイクからすれば、リードリットは馬鹿正直に王都からのこのこ出てなど来ず、王都にこもっていればよかったのだ。

 ベルフィストの城壁は堅牢だ。三万の兵があれば、貴族連合軍に対し、長く持ちこたえることが出来る。おそらくリードリットは五大家にいいように担がれていることもわからず、何も考えずに王を気取っているのだろう。どこまでがリードリットの意思なのかはわからないが、根本は五大家の意向のはずだ。であれば、クライツベルヘン以外の五大家も兵を動かしているのは間違いない。

 連中はただ増援が来るまで時を稼げばいいだけなのだ。貴族連合軍の背後に五大家の軍が迫ったとき、そこで初めて正面から打って出ればいい。挟撃される形になる貴族連合軍はどうすることも出来ない。


「……五大家が兵を進められない何かがあるのか?」

 そこでロンドウェイクの脳裏に北に陣取る反乱軍の存在がよぎる。

「ライドバッハがこの状況を座して眺めているだけなどということはあるまい。五大家の軍を足止めしつつ、私とリードリットを互いに削り合わせ、消耗したところを一気に討つ算段か? であれば、反乱軍の動きを察知した五大家が、戦場を押し上げることで強引に合流を図ってもおかしくはない。この一戦に勝った者がこの国の覇権を握るのだ。王都の掌握など二の次でもかまわんと考えてもおかしくはない。それに、あわよくば、間に挟まれることになる私と反乱軍をぶつけようという腹もあるのかもしれんな」


 幾通りにも読める状況を、ロンドウェイクは検討していった。

 もしこの場にシヴァがいて、そんなロンドウェイクの姿を見ることが出来たら、腹を抱えて嘲笑っただろう。

 ロンドウェイクの思考は、考え方の起点がそもそも間違っているのだ。どこまでもリードリットを侮り、蚊帳の外に置こうとしている時点で、見えてくるのは自分に都合のいい展開だけだった。


 ロンドウェイクとしては、クロクスが飛ばした激に応えて、各地のヴォオス軍が集まるまで待ちたいところであった。全体的な戦力を考えれば、いまだにクロクスとロンドウェイクは優勢なのだ。だが、現状手持ちの兵力では五大家、もしくは反乱軍に呑み込まれかねない状況なのだ。


「向うにもそれなりの理由があるのだろうが、わざわざ出てきてくれたのは好都合だ。小賢しい赤毛の首を手土産に、私が王都の城壁を使わせてもらうことにしよう。兵さえそろえば、五大家も反乱軍も、ひねり潰してくれるわ!」

 早い勝負を選択したロンドウェイクは、全軍に出撃を命じた――。









「さて、楽しみですな。いくさを高みの見物するのは生まれて初めてでございます」

 リードリットの隣に馬を進めたライドバッハが声を弾ませる。これまで一言の助言もない。本気で高みの見物としゃれ込むつもりのようだ。

「さて、カーシュの仕掛け通りに運んでくれればよいがな。運ばねばお主の出番になるぞ」

 リードリットが応える。

「お言葉の割には、かけらの懸念もうかがえませんな。信頼しておられるのですな」

 ライドバッハの冷やかすような言葉に、リードリットはニヤリと笑うと、

「お主が負け戦をのんきに眺めておるはずがなかろう? お主のその態度こそが、何よりもこの戦の結末を予言しておるわ!」

 ぴしゃりとやり返した。


 額を叩き、「これは一本取られましたな」と言って大笑いする陰で、ライドバッハはこの場に居ないカーシュナーの顔をちらりと思い浮かべていた。ただ戦い、勝つだけでは終わるまい。あの男は何か考えがあるはずだ。


 いつまでそのような変装を続けるのかと、ライドバッハはカーシュナーに問いかけた。五大家は国政に関わらないというのは、王家や他の貴族たちに、権力の拡大という脅威を与えないための配慮から、暗黙の裡に五大家が定めたことだ。法に則て定められたものではない。


 カーシュナーは年齢的にも、能力的にも、次の世代を牽引けんいんすべき存在だ。あと十年。上手くすれば二十年はライドバッハ自身が国を支えることが出来るだろうが、永遠に生き続けられる人間など存在しない。

 そろそろ変装を解き、歴史の表舞台に出たらどうかと、ライドバッハは促したのだ。渡来人の血を受け継ぐカーシュナーの本来の容姿は非常に人目を引く。物事の裏側で画策し、事態を望む方向に導くには目立ち過ぎるのはよくわかる。だが、これからはそんなことも言ってはいられない。その才能が発揮されるべき場所は表舞台なのだから。


 何とも言い難い表情で答えをはぐらかしたあの男は、まだ何か腹の中にでかいものを隠しているのだろう。そのためにも、その名と正体を表にはさらしたくないのかもしれない。

 次の一戦で、大きなうねりを見せたヴォオスの歴史は、一時ではあろうが落ち着きを取り戻すはずだ。近隣諸国の動き次第ではあるが、国内が荒れることはもうあるまい。

 それでも隠すということは、その目が国外に向けられていることを意味する。


 私はもしかすると、一国に冠絶する知恵者などではなく、そうなるであろう人物の観察者として、この世に生を受けたのかもしれない。

 そんなことをふと思ったライドバッハであったが、観察対象よりも何年も先に死ぬ観察者などあり得ないなと思い直した。


 リードリットは何も感じていないのだろうか? それともあの男が巧みに感じさせないように立ち回っているのか?

 つい、いたずら心を出してつついてみたくなるが、若い二人の距離感に、白髪頭のおっさんがちょっかいを出すのは、いかにも鬱陶しくて格好の悪いことだと思い、ライドバッハは表に出すことなく呑み込んだ。


 そこに、一人の兵士が馬を飛ばしてくる。見事な身ごなしで馬から降りると、リードリットの前にひざまずき報告する。

「貴族連合軍、動きました」

「わかった。ヴァールーフ! こちらも動くぞ!」

 報告を受け、リードリットが号令を下す。

 レオフリードが不在ということもあるが、兵力の大半がクライツベルヘン軍の兵士であることから、元々クライツベルヘン軍の総指揮官であるヴァールーフが全体を管理している。


「誘いに乗ってきましたな」

 ヴァールーフが嬉しそうに言う。

 歴史の転換点になるであろう戦に関われることが、武人として素直に嬉しいのだ。この場に居ない兄のアインノルトと、弟のセインデルトには悪いが、存分に暴れさせてもらうつもりだ。


「王都からわざわざ出てきてやったのだ。乗ってもらわんとこちらが困る。これでヴォオス東部の貴族領辺りにでも引きこもられたら時間が無駄になるからな」

 リードリットが笑って答える。

 笑っているが、もしそうなった場合、クロクスに兵を集める時間を与えることになる。そうなったとしても勝てると考えてはいるが、リードリットが本当に行いたい、困窮した人々の救済が遅れることになる。


「あちらさんは六万対三万の戦いと考えているのでしょうな」

 ヴァールーフが意地の悪い笑みを浮かべる。普段はまるで似ていないのだが、こういう顔をするとカーシュナーと血が繋がっているのがよくわかる。

「いるだろう。兵士たちは無条件で自分たちに対して忠誠を示すものだと頭から思い込んでいるような馬鹿ばかりだからな」

 リードリットも意地悪く笑って、貴族連合軍が陣を張る方角をにらみ据える。

「現実を思い知らせてやりに行くぞ」

 リードリットの言葉に、ヴァールーフとライドバッハは、凄味のある声で笑った――。









 動き出した貴族連合軍に、疲弊しきった一団が合流した。

 <豚の尻尾ぶたのしっぽ>より脱出し、重傷を負ったエルフェニウスを守ってここまで敗走して来たブレンダンとジィズベルトたちであった。

 一団は異様な空気をまとった貴族たちによって歓迎され、迎え入れられた。


 敗戦の責を互いが負うと言って譲らずここまで来てしまったブレンダンとジィズベルトは、躁状態そうじょうたいに近い人々の歓待ぶりにおおいに戸惑うことになった。

「よくぞ戻られた!」

「これは我らに勝利せよという神の天啓だ!」

 興奮した貴族たちが口々にはやしたてる。


「軍医を呼んでくれ! 重傷者がいるのだ!」

 ブレンダンが喉を嗄らさんばかりに叫んでも、誰も聞こうとしない。

らちがあかん! ブレンダンここを頼む! 俺が軍医を探してくる!」

 業を煮やしたジィズベルトが、ブレンダンの返事も待たずに群がる貴族たちを押しのけて囲みから出て行く。途中「どけっ!」というジィズベルトの怒声が響いたが、すぐに喧騒の中に呑み込まれてしまう。


「いったい何があったというのだ……」

 辟易をしながらブレンダンはつぶやいた。





 喧騒騒ぎはロンドウェイクとクロクスが、自ら足を運びブレンダンを迎え入れに行くまで続いた。

 ロンドウェイクはわかるが、クロクスまでこの場に居ることを奇妙に思いながらも、ブレンダンは二人に招かれるまま、急遽設営された天幕へと向かった。

 矢傷を負い重体のエルフェニウスは、父親であるアルスメール侯爵が引き受けてくれたので、ブレンダンは守り切れなかった悔恨も込めて深く頭を下げた。


 天幕に入るとすぐ、ジィズベルトも合流した。軍医を見つけ出したところに迎えの兵が来たそうで、

「そんな手配をする時間があったのなら、まず先に負傷者の収容の手筈をしろ!」

 と、怒りもあらわに天幕に入って来ていた。


「無事の帰還なによりであった」

 クロクスがねぎらいの言葉をかける。

「アペンドール伯爵こそ討ちましたが、我ら両名ともに戦場にて兵を失い、エルフェニウス卿のみ救い出し逃げ戻った次第でございます。軍規に背き兵を動かし、無様に破れて帰参いたしましたこと、申し開き様もございません。いかなる処罰も受ける所存でございます」

 ブレンダンが二人の前にひざまずき、首を垂れる。

「私も、いかなる処分もお受けする覚悟でございます」

 その隣にジィズベルトもひざまずく。


「なんと、アペンドール伯爵を討ったか! ならば十分な戦果ではないか。どうしてお主らを罰することが出来ようか。恥じ入ることなどない。面を上げ、胸を張るがよい」

 二人の予想に反して、叱責の言葉が投げつけられることはなかった。これがロンドウェイクの言葉なら、まだ得心も行くが、クロクスの口から出たとなるといよいよ怪しい。自分たちを処罰できない程の事態が起こったに違いない。

 先程からしゃべるのはクロクスに任せているのか、一言も発していないロンドウェイクがまとう気配も、王都を発つ前に挨拶をさせてもらった時とは比較にならない程の激しさがある。

 剛勇で名高いブレンダンとジィズベルトが、思わず身を引くほどの覇気だ。


「察しの良いお主らのことだ。先程の喧騒と合わせて、お主らが不在の間に何事かあったと見当をつけておることだろう」

 二人の機嫌でも取るかのように微笑んでいた表情を一気に引き締めると、クロクスは話題を変えた。それは同時に、クロクスの先程の言葉が本当で、敗戦の責を問わないということも意味していた。


「王都でとんでもない政変が起こったのだ。」

「政変ですか?」

 ジィズベルトが警戒もあらわにクロクスの言葉を繰り返す。

「ヴォオスの至尊の座である王位は、今、簒奪者リードリットがその座を占めておる」

「なあっ!」

 予想だにしていなかった内容に、さすがの二人も驚きの声を上げずにはいられなかった。


「ど、どういうことでございますか!」

「陛下は、陛下はどうなられたのですか!」

 自分の話に二人が食いついたことに、クロクスは腹の中でニヤリと笑った。

 リードリットの側には、一騎当千の強者、<完全なる騎士>レオフリードがいる。貴族連合軍は頭数こそそろっていたが、実力的に突出した騎士、つまりはその強さでレオフリードに対抗しうるだけの実力者がいなかったのだ。ブレンダンとジィズベルトがレオフリードに勝てるとは思わないが、一刀のもとに斬り伏せられるようなことはないだろう。


 倍の兵力を要し、伏兵などの奇策を用いにくい地での決戦である。それは力と力の正面対決を意味し、単純に兵力で勝る貴族連合軍の方が有利ではあった。だが、貴族連合軍は無数に亀裂の入った岩に過ぎず、いつひび割れ砕け散っても不思議はない。

 己の権勢に絶対的な自信を持つクロクスではあったが、現実が見えないほど愚かではない。本来万の兵が激突する戦場では、いかに武勇に優れていようと、一人の人間に戦局を変えることなど出来ない。だが、結束などという言葉とはほど遠い今の貴族連合軍では、たった一か所のほころびから、全体が崩壊しかねないのだ。


 大将軍という立場に就いたことから前線に出て来るとは思えないが、数的不利の状況を覆すために個人の武勇に頼る可能性もある。そうなったときのためにも、レオフリードに対抗しうる駒として、ブレンダンとジィズベルトの二人が必要なのだ。


「あまりにも突然のことで、わしもまだ王都の状況を把握出来ておらん。リードリットはあの気性だ。陛下の御身がどうなったか……」

 クロクスはここで言葉をとぎらせた。後は二人が勝手に頭の中で補足してくれるだろう。

 ブレンダンとジィズベルトは一瞬ロンドウェイクに視線を向け、すぐに逸らした。身を包む冷たいほどの覇気も、先程から一言も口を開こうとしないことも、すべて合点がいく。

 兄の身を想うとともに、姪と争わねばならなくなったのだ。神経が尖るのは無理もない話である。


「宰相殿は十分な戦果と評価してくださいましたが、それでも私にとっては敗北以外の何ものでもなく、そそがなくてはならない汚点でございます。どうか名誉を挽回する機会をお与えいただけますようお願い申し上げます」

 ジィズベルトが表情を引き締めて願い出る。その隣では、ブレンダンが「私も!」と言って願い出た。


「そう言ってくれるものと期待しておったぞ! お主ら二人は大将軍と共に先陣を駆けてくれ!」

「お任せを!」

 大将軍が先鋒に立つということも驚きだが、むざむざ兵を失って帰還した自分たちに、王弟と共に先鋒を任されるとは思っていなかった二人は、一気に塞いでいた気分が高揚し、疲れも吹き飛ぶ思いだった。

「この場で小休止としよう。お主ら二人は少しでも疲れを取るよう努めてくれ」

「休憩など必要ありません! 今すぐにでも戦えます!」

 ブレンダンが鼻息荒く息巻く。

「なんとも頼もしいかぎりだ。だが、心して聞いてくれ。簒奪者の陣営には、レオフリードがついている。しかも、不遜なことに大将軍を名乗ってだ」

「なあっ!」

 ブレンダンとジィズベルトが驚きの声を上げる。


「事情は分からん。だが、あのレオフリードがそこまでするのだ。本意であろうとなかろうと、すべて飲み込んだうえでのことであろう。甘い覚悟であるはずがない。惜しい男ではあるが、同時にアペンドール伯爵以上に恐ろしい男でもある。任せられるのはお主らだけだ。そのつもりでしっかりと身体を休めてくれ」

 ブレンダンとジィズベルトは、なるほどとうなずいた。気を張ってこそいるが、エルフェニウスの容体に配慮しつつ、反乱軍の追手を警戒しながら昼も夜もなく駆け続けて来た。精神は擦り切れ、体力は底をつきかけているような今の状態では、あのレオフリードに対抗することなど出来まい。

 二人は納得すると、二人のために用意された天幕へと素直に向かった。


「相変わらず口が上手いな」

 呆れ半分にロンドウェイクが言う。

「貴重な戦力だ。有効に使わなくてはならん。言葉一つでいかようにも働いてくれるなら、喉が嗄れてもしゃべり続けてやるわ」

 上手く二人を丸め込めたことに気を良くしながら、クロクスがニヤリと笑いながら答えた。

「御膳立ては整えた。万が一にもリードリットなんぞに後れを取るでないぞ」

「つまらん心配をいたすな。お主はこの一戦の後、どうやって俺を退けるか策でもめぐらせておけ。間違っても私とリードリットが共倒れすることなどないのだからな」


 言葉と共に、冷たい覇気がクロクスの喉を締め付ける。

 皮肉の一つでも吐くかと思っていたロンドウェイクであったが、クロクスが無言で返してきたため、拍子抜けして立ち上がる。

 本当は自分が放った覇気に抑え込まれて言い返せなかっただけなのだが、ロンドウェイクは気がついていなかった。不意に目覚めた王家の血の力を、ロンドウェイクはまだ把握しきれていないのだ。


 本来政敵であるクロクスとこれ以上顔を合わせていたくないロンドウェイクは、天幕を後にする。

 これまで大将軍として努めてきた本能が、この最後の休憩の必要性を理解していたが、自身は微塵の疲れも感じていない。身体の内で血が暴れるような感覚が、ロンドウェイクを衝動的に突き動かそうとする。


 この一戦――。


 この一戦に勝利すれば、すべてを手にすることが出来る。何の根拠もないが、ロンドウェイクは確信していた。

 それはくだらない妄想などではなく、真実であった。ただ、勝利すればという条件付きの――。

 目の前にある勝利を、ロンドウェイクだけが掴み取れると信じていた。

 遅れて天幕から出たクロクスは、そんなロンドウェイクの背中を、冷めきった眼で一瞬だけ眺め、捨てるように視線を剥がしたのであった――。

  



 

11/7 誤字脱字等修正

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