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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・序
28/152

二人の勅使 (その1)

 お読みくださっている皆様、ヴォオス戦記を書いている人、南波です。

 今、<かいているひと>を変換したところ、欠いている人と出てきました。じぶんのパソコンからかなり的確にディスられました。

 いきなり話が脱線しましたが、ちょっとしたお知らせがあります。

 今回の『二人の勅使』なのですが、目標をここまでと定めて書き進めたところ三万二千文字以上になってしまいました。

 二万文字ぐらいまでならOKだろうと、何の根拠もなく投稿してきた自分ですが、さすがに三万超えは読んでくださる方々に対する負担が大き過ぎる思い、三部に分けることにしました。

 三部に分けはしますが、三週に分けて掲載するわけではなく、12時、15時、17時頃を目安に『二人の勅使』全文を投稿する予定です。

 ここ何週かは土曜17時頃に一話を投稿するというペースでしたが、今回だけはことなる投稿の形を取らせていただきますのでご容赦くださいますようお願いいたします。

 なお、始めから三部構成にするつもりで書いていたわけではないので、ボリューム的にかなりばらついた感じになっております。

 読みにくいかとは思いますがお付き合いいただければ幸いです。

 


 手綱を握る手が汗ばみ、細かく震えていることをルートルーンは自覚していた。

 寒風の中馬を進めると、風は身を切るほど冷たい。それでも、浮かんでくる嫌な汗は引く気配をみせない。

 今さらになって怯えているのか? 自らに問う。

 隠しようも、ごまかしようもない。怯えているのだ。


 父との決別を――。


 ロンドウェイクは王弟にして大将軍であり、武勇に秀で、才知に富み、肖像画でしか見たことのないウィレアム一世が現代に存在していたら、父のような輝きを放っていたのではないかと思っていた。

 先代国王バールリウスが娘に対してそうであったように、ロンドウェイクもルートルーンを溺愛していた。

 己に厳しく、それでいて周囲には公正に当たるその姿は、王族のかがみであった。

 そんなロンドウェイクが唯一例外としていた存在がルートルーンであった。他では見せない笑みを、常に自分に向けてくれる。それが嬉しく、誇らしくて、父の名を汚さぬようにと、ルートルーンも自身を磨く糧としてきた。


 おごることのないように、自分を戒めてこられたのは、心無い廷臣たちが伯父である先代国王バールリウスを侮り、弟であるロンドウェイクこそ国王にふさわしいなどと口にする都度、その者を厳しくいさめ、自身は弟として、また一人の臣下として政務をこなす父の姿を見て来たからだ。

 驕ることなく努めるその姿から、ルートルーンは今の自分を形成するすべてを学んでいた。


 いったいいつから、父は王族としての道を、いや、人としての道を踏み外していたのだろうか。生まれてから十四年。憧れを持って見続けてきた自分の目は、始めから曇っていたのだろうか? そうは思はない。父がその胸の内に抱えていた多くの想いや感情の中から、ルートルーンのためになるものだけを選び出し、それ以外のすべては深く深く、胸の内から腹の底に沈めて隠してきただけなのであろう。

 自分は未熟な存在だ。それでも、息子として、父に対して出来ることがあったのではないかと考える。道を誤らないように支えることが出来たのではないかと、拭いようのない後悔がわきあがってくる。


 おそらく、そう考えることそのものが、驕りなのかもしれない。

 父がもし正直に自分のしていることを打ち明けてくれていたら、自分に何が出来ただろうか?

 何も出来なかったにちがいない。現実を受け入れることが出来ず、ただただ言葉をなくして立ち尽くすだけだっただろう。

 カーシュナーが容赦なく叩きつけるように現実と向かい合わせてくれなければ、自分はいまだに答えを出せないまま、思考の迷宮でさまよい続けていただろう。

 おそらくカーシュナーは、自分の未熟さを見越して、盗賊ギルド殲滅に同行させたのだ。


 誰かに手を引いてもらい、目の前に現実を用意してもらわねば、それが厳しいものであることすら知ることが出来ない。自分はまだその程度の存在でしかないのだ。

 だが、そこに留まり続けることは許されない。

 王族としての責務であるとか、父の罪業ざいごうであるとか、そんなことはではなく、自分自身が、今のままの自分であることを許せなかった。





 出立前のわずかな時間に、どうしても話をしたくてカーシュナーを探した。

 カーシュナーを前にして、ルートルーンは恐れを、不安を、戸惑いを、身の内にある弱さのすべてを吐き出した。自分の言葉を聞いて、自分自身が深く傷つく。

 私はこんなに情けない人間だったのかと。

 リードリットに対して大見得を切っておきながら、いまだにこんな程度なのかと。


「そんなものです」

 まるで心の声を直接聞いたかのように、カーシュナーは言葉をかけてくれた。

 思わずカーシュナーの顔を見つめる。

「そんなものですよ。殿下」

 そこにいたわりはなく、教え諭すような響きもない。ただ事実を伝えようとしているだけの声だ。


「……これでよいというのか?」

「良いも悪いもなく、人はそこから始めるしかないのです。己が今立つ場所を知らねば、進むべき先を見つけることも出来ません。殿下が自分を不甲斐なく思うのなら、そこが殿下の始まりです。行くもよし。留まるもよし。退くもよし。心の向く方へ進めばいいのです」


「私は王族だ。前に進む以外の道はない」

「それが自身の心の向かう先でなければ、どれほど懸命に進まれようと、最後には道を踏み外すだけです。お父上のように」

「…………」

「自分に問いかけなさい。問い続けなさい。その上で心が前を向かなかったら、退きなさい。所詮人は望まぬことなど成し得ることは出来ないのですから」


「それでよいのだろうか?」

「厳しいようですが、殿下のなさることには、必ず誰かの、もしくは多くの人々の人生や生活が関わってきます。やってみました。やはりダメでした。それで多くのものを失うのは、殿下ではなく、むしろ殿下の行動に関わる人々なのです。成せぬと始めからわかっていることに、力無き人々を代価として賭けるのは、人の身を売りさばくこととどれほどの違いがありましょう? 出来ぬ自分を認め、退くこともまた一つの貢献の形なのです」

 簡単に言えば、迷惑だから出来もしないことをしようとするなということだ。


 王族に対するげんとは思えない厳しさだが、ルートルーンが求めていたのは、この容赦ない現実だった。同情から来る憐れみや、慰めの言葉など聞きたくない。そんなことにどれほど意味があるのか。今必要なのは、甘やかすやさしさなどではなく、前を向くための厳しさなのだ。


 リードリットがこの男を心底信頼していた理由がよくわかる。本来であれば不敬にあたることだが、この男は王族であるリードリットや自分を、一つ上の存在として特別視するのではなく、一人の人間として扱うのだ。もちろんその言動がリードリットやルートルーンを軽んじるものになるという意味ではない。


 苦しみも痛みも、迷いも悩みも、それは王族であろうと、平民であろうと、差はない。誰もが抱え、苦悩する。平民だから苦労が多く、王族だから気楽に生きられるわけではない。胸を重くする想いは誰の胸にも等しくのしかかってくるのだ。この男は、その意味が分かっている。きっと多くの苦悩を乗り越えて来たに違いない。

 だからだろう。厳しいが、乗り越えるべき道を示し、寄り添ってくれる。

 それでいて、その厳しさについてこれない者は容赦なく切り捨てる。

 手を差し伸べるやさしさと、切り捨てる厳しさの両方を併せ持つ。前に進みたい者にとって、この男以上に頼むに足る背中を見せてくれる者は他にいないだろう。


 ルートルーンはカーシュナーの言葉を素直に受け入れた。その素直さこそが、ルートルーンのもっとも優れた資質だった。

 その上で、ルートルーンは己の中の苦しみと痛み、迷いと悩みが渦巻く胸の内をかき分け、その底で浮かび上がれずもがいたていた己の本心をすくい上げた。


 父と決別し、自分の中にある憧れを超える。


 それ以外の答えはなかった。同時にそれ以外の答えを探すことに対する、自分自身への激しい怒りがあることに驚く。それは、これまで抱いたことがないほどの荒々しさでルートルーンの心を揺さぶった。


「ありがとう。迷いが晴れたなどと言うつもりはないが、それでも、自分の心の向きだけはわかった。私は前へ進む。私の行動が、多くの人々の人生に直接つながっているという事実を背負ったうえでだ」

 胸を張って宣言する。リードリットは常にそうしていた。自分の心の芯を強く鍛え上げるために、下を向いてはいけないのだ。

 カーシュナーは何も言わない。だが、そんなルートルーンの想いを我がことのように誇らしく笑ってくれた。


 それで十分だった。自分は笑顔に支えられる人間なのだと、つくづく思った。これまでは父の笑顔が喜びであり、成長していく自分にとっての支えだった。その支えを失い、頼りなくふらついていた心を、今またカーシュナーの笑顔に支えられた。

 笑おうと思った。自分もいつか誰かを支えられるように、笑顔を絶やさずにいようと、目の前の笑顔に誓った――。





 誓いが、怯え、惑いだした心を再び支えてくれる。

 そうだ。迷わないなどということは出来ないのだ。出来ない自分を受け入れよう。そのうえで、前へ進むのだ。


 にじみ出る嫌な汗は治まらない。それでもルートルーンは前を見据えて馬を駆る。

 炊事の煙だろうか。前方におびただしい数の煙の柱が立ち上り、風にさらわれ、遠くの景色を霞ませる。

 父であるロンドウェイクとクロクスに対峙する瞬間が、間近に迫っていた――。









「そこを行くは何奴か!」

 誰何すいかの声が周囲に響く。巡回のヴォオス兵が、見慣れぬ一団を発見したのだ。

 共に巡回に当たっていた兵士たちが素早く一団を取り囲む。その動きはよく訓練され、微塵の乱れもない。


「良い動きだ。真面目に職務に励んでいるようだな」

 囲まれた一団の中から、一人の騎士が進み出て、兵士たちに声をかける。

「なんだ、貴様! ふざける……」

 上からの発言にカチンときた兵士が怒鳴りつけようとしたが、相手の正体に気がつき慌てて息を呑む。


「レ、レオフリード将軍!!」


 王都の守備を任されているはずのレオフリードの出現に、巡回の兵士たちは混乱し、馬から降りて慌ててひざまずく。なかでも、知らぬこととはいえ、将軍に対して怒声を上げてしまった兵士は、雪の中に平伏して震えていた。


「気に病むな。どんな時も油断なく職務に励んでいる姿が確認出来たのだ。将軍という立場にある者として、心強く思う」

 雪の中でひざまずいては身体が冷えると、兵士たちを立たせてから、レオフリードが声をかけてやる。兵士たちの間に、安堵と、予想外の高評価に喜びが広がる。<完全なる騎士>と称されるレオフリード将軍からの褒め言葉が嬉しくないヴォオス軍兵士は一人もいないのだ。


「あ、あの、何故レオフリード将軍が、このようなところに……」

 部隊長の一人とおぼしき兵士が、当然の疑問を口にする。レオフリードは南方国境に一時的な安定が訪れたことに伴い、一万の兵と共に王都の守備のため呼び戻されていたのだ。誰もがその身は王都にあるものと思っている。

 平民出身者のみと思われる部隊の隊長は、無用な口出しと叱責されるかと身構えたが、レオフリードは気分を害した風もなく、全員に命じると、馬を進めながら話し始める。


「私はこれより、勅命ちょくめいにより詔書しょうしょを持ってライドバッハの元へと向かうところだ」

 予想外に重大な内容に、説明を受けた兵士たちが息を呑む。軍全体から見れば末端に位置する人間ではあるが、だからといって事の重大性がわからないわけではない。


「貴族連合軍の本営の方へは別の勅使ちょくしが向かっている。お主らに細かい話が下りてくるまでいま少し時間がかかるだろう。私も立場上これ以上のことは言えん」

 レオフリードの言葉に、うそは一つも含まれていない。だが、兵士たちの頭の中で構築されたであろう状況認識は、現実とはまるでかけ離れたものになっている。

 兵士たちにとって、勅命を下した国王はいまだにバールリウスであり、全軍を指揮する大将軍はロンドウェイクで、実権を握っているのはクロクスということになっているからだ。


「国王陛下が……。大丈夫なのですか?」

「言葉が過ぎるぞ」

 しかりつけるように発せられたわけではないが、言外に含まれた言葉を的確にくみ取った上で発せられたレオフリードの言葉に、兵士が青ざめる。

「我らはヴォオス軍の兵士だ。いついかなる時であろうとも、我らの忠誠は、国王陛下の元にある。世間が何と言おうと、そのことを間違えてはならん」


「どうか、お許しを!」

「わかればよいのだ。それより、この先の布陣と、状況を知っていたら教えてはくれぬか? 出会う巡回の兵ごとに説明して回っていては、勅命を果たせるのがいつになるかわからぬ」

 それ以上は叱責せず、レオフリードは現実的な質問に切り替えた。

 レオフリードの配慮が伝わった兵士が、安堵の表情を浮かべる。


「この先は貴族連合軍の各軍が、一定距離を保って陣を構えております。軍師エルフェニウス様が遊撃部隊を組織し、ブレンダン様とジィズベルト様の軍を率いて貴族連合軍を離れたため、一戦も交えることなく引き返すことになった他の貴族方の兵士たちが殺気立ち、少々厄介な状況になっております」

「ほう。エルフェニウスが動いたか」

 五大家の情報網のおかげで、どうやら先発したヨアネス将軍がただの一戦でもって破れ、その後を追っていた貴族連合軍がやむなく後退し、増援軍を率いて後発したロンドウェイクと合流しようとしているという話は聞いていたが、エルフェニウスが別働隊を組織し、軍から離れていたことは初耳だった。


「大将軍の許可は得ていないらしく、コンラット将軍が独断でお許しになられたそうで、状況次第では責めを負うことになるのではと、我らも危惧しているところです」

 貴族連合軍の総指揮を任されていたコンラットは、下級貴族出身で、いわば現場の叩上げで将軍職にまで登りつめた男だった。問題児だったシヴァに目をかけていたように、これまで多くの兵士たちを、身分に関係なく、その能力と働きを評価し、上へと引き上げていた。身分が低いというだけで蔑むような者が多い貴族出身の将官が多い中、その人柄のおかげでコンラットは兵士たちから絶大な人気を誇っていた。


「その心配は無用であろう。エルフェニウスの独断が、どのような結果を招こうとも、コンラット卿が処罰されるようなことにはならん。仮に何らかの行き違いがあり、罰を受けるようなことがあっても、その名誉はすぐに回復される」

「まことでございますか!」

「俺自身が、責任をもってそうなるように取り計らう。安心しろ」


 レオフリードの言葉に、兵士たちが満面の笑みを浮かべる。

「でしたら、せめてものお礼と言っては何ですが、貴族連合軍の陣を抜けるまで先導させていただきます。先程も申し上げましたが、我らは殺気立った各貴族の兵士たちが、無用ないさかいを起こさぬよう警告もかねて各陣の境界を巡回いたしておりました。我らと一緒にいれば、どこの軍からも邪魔されることなく、貴族連合軍を抜けることが出来ます」

「それはありがたいな。無用な混乱を生みたくない。お主らの好意に素直に甘えさせてもらうとしよう」


 その後は付き添ってくれた兵士たちの掲げる巡回の旗のおかげか、各貴族の私兵部隊に出会うも、足止めをくうようなことなく貴族連合軍の布陣を抜けることが出来た。


「レオフリード様。ご武運を」

 ここまで付き添ってくれた兵士たちが、不安気な表情で見送る。

 勅命とはいえ、これからライドバッハの陣に向かうのだ。何があるかわからない。

 兵士たちの言葉に、レオフリードはわざわざ馬の足を止めて振り向くと、素直に礼を述べた。その上で貴族らしからぬ言葉を口にする。


「命を惜しめ。けして使い捨てられるな。部隊へ合流したら、皆に伝えよ。このレオフリード、お主らの命が無駄に使われることがないよう全力を尽くす。俺を信じて、命を惜しんでくれ」

 あまりにも予想外な言葉に、言われた兵士たちは、咄嗟に返す言葉が出てこなかった。

 だが、多くの貴族が平民出の一般兵に対し、物でも見るような目を向けて来るのに対し、レオフリードの目には真摯な光があった。

「必ず伝えます」

 兵士の言葉に満足気にレオフリードは微笑むと、馬首を返し、白一色の世界を、ライドバッハの反乱軍の元へと駆け去って行った。


「……こりゃあ、なんか大事が持ち上がるぞ!」

 兵士の一人が興奮して声を上げる。

「あのレオフリード将軍が、急ぐ足を止めてまで警告してくれたんだ。絶対にただ事じゃねえ!」

「……たぶん理不尽な命令が出るたぐいのことだぞ」

「俺たちが無駄死にするようなやつな!」

 ひとしきり興奮にまかせて盛り上がったところで、レオフリードが駆け去った方に視線を向ける。ふぶき始めたため、レオフリードの姿はすでに確認出来なくなっていた。吹きつけてきた強い風が、物理的以上に、精神を冷たく撫で上げる。何とも言えない不安がこみ上げてくる。


「……戻ろう。将軍に言われるまでもない。俺たちだって犬死はまっぴらだ。将軍の言葉を仲間たちに伝えよう」

 巡回の兵士たちは、まるで敵兵にでも追われているかのような勢いで走り出した――。


(その2)に続きます。

10/24 誤字脱字等修正

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