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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・序
19/152

第三の男

 それは、昼と夜の狭間、世界がもっとも静まり返る時間に突如沸き起こった。

 猛々しい雄たけびが、すべてを影絵のように見せる夜明け間近の薄明かりの中、凍りついたように動かない大気を蹴り破るように響き渡る。


 レダム砦で夜間の当直任務に就いていた兵士たちが、不意の出来事に、砦の南城壁・・・に集まってくる。

 彼らは砦の北方に布陣するライドバッハに備え、監視の任務に就いていた。それが、砦の南側から突然いくさの気配が沸き上がったため、顔面を蒼白にして右往左往していた。


 目を凝らして状況の把握に努めようとするが、時間帯が悪い。薄明かりの中すべてが影に呑まれ、悪い夢でも見ているようにしか見えない。

 しばらく呆然と眺めていたが、我に返った兵士の一人が、砦の責任者であるヘンドリックに異常を知らせるために慌てて砦の中へと駆けて行く。


 知らせを受けてヘンドリックが城壁上に姿を現した時には、砦中のすべての兵士が起き出し、混乱にのみ込まれていた。

 ヨアネス将軍の使者を迎え、ようやく人心地つき、久しぶりにまともに眠れたというのに、何の騒ぎかと起き出したヘンドリックは、これを悪い夢と考え、もう一度砦の硬い士官用ベッドに引き返したい誘惑を覚えた。しかし、目の前で繰り広げられる戦いは、ヘンドリックを眠りの世界へ返してくれそうもなかった。


 いったいどこのどいつが、誰と戦っているのか?

 敵は北にいるはずなのに、何故砦の南が戦場になっているのか?

 自分はいったいどうすればいいのか?

 答えの出ない問いかけにヘンドリックの頭は占められ、身動きできなくなってしまった。


 ふと見ると、戦場から一騎離れ、砦目指して死に物狂いで駆け寄せて来る。

 時と共に顔をのぞかせる太陽のおかげで、暗い影の人形のようだった騎馬に色がつき、その正体をヘンドリックにさらす。

 ヴォオス騎兵だ。


「レダム砦に問う! 貴様らはライドバッハに寝返ったということか!」

 騎士は砦に近づくと、大音声で詰問した。いつでも城壁上からの弓による攻撃から逃げられるように距離を取り、身構えている。その姿が騎士のレダム砦に対する不信感をより一層際立たせている。


 問われたヘンドリックは仰天した。

 今さらライドバッハに下るくらいなら、とっくの昔にそうしている。

 ヘンドリックは慌てて叫び返した。

「誤解だ! 私は国を裏切ったりはしない!」


 声は届いたはずだが、騎士は黙り込んだまま答えない。警戒も当然解こうとはしない。

 ヘンドリックが焦れて、再び声を上げようとしたとき、騎士から再び詰問の声が送られてきた。


「ヨアネス将軍は、貴殿から送られた情報を信じて、夜を徹しての強行軍で兵を届けたというのに、どうして白装束をまとった兵が伏せられ、我々の側面をいたのだ! 反乱軍は北に布陣し動きを止めていたのではないのか!」

 

 騎士の詰問に、ヘンドリックはきもをつぶした。

 白装束をまとった伏兵! そんな報告は一つも受けてはいない。

 その瞬間、ヘンドリックは何が起きたのか悟った。

 これ見よがしに動きを止めたライドバッハの十万を上回る大軍は、その存在そのものが、レダム砦の監視をすり抜け、王都から北上して来る援軍を襲撃するための伏兵を通過させるためのおとりだったのだ。それが証拠に、ヴォオス軍は見分けられるようになったにもかかわらず、戦っているはずの相手の姿はいまだに雪にまぎれてしまい上手く見分けることが出来ない。


 気づいたが故に、ヘンドリックの胆はつぶれた上に縮み上がることになった。

 警戒監視していたにもかかわらず、敵に裏をかかれ、敵軍の通過を見落としてしまったのだ。言い訳出来ることではない。


「ま、待てっ! 待ってくれっ! 私は裏切ったのではない! 敵の策略にはめられたのだ! 誓ってライドバッハに味方したわけではない!」


「ならば行動で示せ! 我が軍は強行軍の影響で極度の疲労状態にある。まともに抗戦することは不可能な状況だ! お主らは直ちに砦より打って出て、敵側面を衝き、我が軍が砦に撤退する援護をせよ! 敵兵を見逃した不首尾を挽回する機会は、他にはないと思え!」

 騎士はなじるように言い捨てると、さっさと戦場へと引き返して行った。


 ヘンドリックは監視に立っていた兵士たち一人一人を殴りつけてやりたい衝動に駆られたが、今はそんなことをしている場合ではなかった。怒りに顔を強張らせると、砦中に響くような大声で、命令を下した。

「全部隊出撃だ! ここで失態を取り戻せなければ、全員帰る場所などないと思え!」

 ヘンドリック以上に胆をつぶし、顔面を蒼白にしていた見張りの兵たちは、我先にと階段を駆け下り、己の乗馬へと走った。

 ヘンドリックも尻に火がついたような勢いで出撃の支度を整える。


 十分もしない内に城門が開かれ、ヘンドリックを先頭に、騎馬三千騎が追われるように飛び出すと、味方を追い込む白装束の敵兵の群れ目指して突撃を開始した――。









 城門を開け放ち、必死で馬を駆るレダム砦の騎士たちが突撃して来るのを眺めながら、ミヒュールは指示を飛ばした。

 指示に従い、ヴォオス軍が・・・・・・レダム砦方向に移動し始め、それを追うように白装束の軍が移動する。

 ヴォオス軍の後方部隊、つまりレダム砦により近い方にいる部隊が速度を上げ、砦へと向かう。レダム砦から出撃した兵士たちとすれ違い様、激励の声などかけている。

 部隊はレダム砦の騎士たちと位置を入れ替えると、半数は砦の中へとなだれ込み、もう半数は反転するとレダム砦の騎士たちの後を追った。


 ヘンドリックは余力のある兵が加勢し、突撃に加わってくれたと考え、余計に力を入れて馬に拍車を入れた。汚名をそそぐのに疲弊しているはずの味方の手を借りるわけにはいかないからだ。

 白装束の敵が目前に迫った瞬間、驚愕の悲鳴が背後から響いて来た。反射的に馬上で振り返ると、加勢に加わってくれたはずの味方が、ヘンドリックの部隊後方に矢を射かけ始めていたのだ。


 動揺が部隊に走り、突撃の勢いが鈍る。その隙を逃さず、白装束の兵士たちからも矢の雨が飛来した。

 矢は騎士ではなく馬を狙ったもので、矢を受けた馬たちが次々と転倒し、後続の騎兵たちはかわしきれずに巻き込まれた。そのさらに後続が慌てて手綱を引いたが、前の様子がわからないうえに、味方からの矢に追われている部隊後方からの追突を受け、部隊は大混乱に陥った。


 先頭を走っていたヘンドリックも、馬と自身の右肩に矢傷を受けて放り出される。運よく馬の下敷きにはならなかったが、右肩の痛みから満足に受け身も取れず、背中をしたたかに打ちつけてしまった。下が雪でなければ重傷を負っていただろう。


 全身の痛みに耐えながら立ち上がる。

「おのれライドバッハ! 謀ったな!」

 個性はないが、悔しさのにじんだ怒声を吐き出す。

 その声を耳にした白装束の兵が、あざけりを込めた返答を返した。

「貴様を罠にかけたのはミヒュール様だ! いともあっさり……」

「驕るなっ!」

 その言葉を、ミヒュールの静かな叱声がさえぎる。

「戦いの最中に言葉など不要。一兵でも逃がせばこの策の意味がなくなる。直ちに全員捕らえよ。投降せぬ者は殺してかまわんが、武器を捨てた者をむげに扱うな。同じヴォオス人だということを忘れるな」


 勝利を目前にしてゆるみかけていた兵士たちの表情が引き締まる。

 兵士たちは投降を呼びかけるとともに、従わない者たちは容赦なく斬り捨てていった。 

 敗北を悟ったヘンドリックは、一度は死を覚悟して抵抗を試みたが、倒れていく部下たちと、かつての同僚に説得され、剣を投げ捨てた。そして、抵抗を続ける部下たちに武器を捨てるように呼びかける。

 それでも引かなかった数名の騎士が討たれたが、抵抗は程なく納まり、レダム砦は陥落した。


 ミヒュールが用いた策はこのようなものだった。

 レダム砦の偵察兵が、十万を超える大軍に目を奪われ、小さな動きを捉えられないでいることを見抜くと、兵士たちに全員白装束を身にまとわせた。隠密行動が不可欠であることから、馬にも白布をまとわせたうえで板を噛ませて口を塞ぎ、進軍の途中で部隊を本隊から切り離すと、大きく迂回しながらレダム砦の監視網を抜けていたのだ。


 レダム砦の偵察部隊の仕事を責めることは出来ないだろう。十万対三千という恐怖に縛れていたレダム砦の偵察兵は、どうしても十万の大軍から目を離せなかったのだ。何より、圧倒的過ぎる兵力差がある以上、策を用いる必要がない。十万の兵で囲まれれば、降伏以外に生き残る道はないのだ。


 この策は、もちろんレダム砦を落とすために用いられたわけではない。レダム砦を通して、増援のヨアネス将軍に対して用いられたのだ。

 使者からもたらされたレダム砦の偵察情報により、足を止めた反乱軍に対して、ヨアネス将軍はレダム砦を放棄せず、押さえに動くはずである。

 レダム砦に入るのは、当初不可能と考えられていた。それは王国軍と反乱軍の位置的関係上やむを得ないことであった。そのため、突破されることを前提に、レダム砦の南方に陣を敷き、反乱軍の動きを抑えつつ、後続の貴族連合軍と合流して軍に厚みを持たせる計画であった。


 だがそこに、反乱軍が多くの暴徒を兵力として吸収した結果、軍組織としての力が低下し、軍容を整えるために時間を割かなければならなくなったという情報が入ったことで、ヨアネス将軍に欲が生まれる。戦力を分散投入した王国軍としては、どこかで耐え、反乱軍に対抗出来るだけの戦力が整うのを待たねばならなかった。砦に拠って耐えるのと、十万の大軍を受け止めつつ後退するのとでは、難易度が格段に違ってくる。ヨアネス将軍の選択は当然のことと言えた。


 ヨアネス将軍の選択を見抜いたうえで、ミヒュールは王国軍を各個撃破するために、行軍速度を抑えていたヨアネス将軍の足を速めさせたのだ。反乱軍の組織力低下は事実だ。だが、それは王国軍が考えているほどではない。正面決戦でも十分勝機はあるが、それには大きな犠牲がつきまとう。それはそのまま国力の低下を意味した。

 反乱を成し遂げても、弱体化した結果、他国に征服されてしまっては何の意味もないのだ。


 ミヒュールはヨアネス将軍の使者が引き返すのを確認すると軍を二つに分け、片方をヴォオス正規軍の軍装に戻し、さも強行軍の末に、レダム砦の監視網を抜けた反乱軍に襲われたように見せかけ、ヘンドリックを釣り出した。そして、失地の回復に必死なヘンドリックは、敵の側面を衝こうとして逆にミヒュールの軍にからめとられ、三倍以上の戦力に完全に包囲されてしまったのだ。


 ミヒュールはヘンドリックだけを残すと降伏した残りの部下は反乱軍本隊へと送った。分けて管理すれば、ヘンドリックの命を部下に対する人質とし、部下たちの命をヘンドリックに対する人質として利用することが出来るからだ。

 そのことを理解しているヘンドリックは、諦めきった表情で、わずか半刻前までは自身が責任者として管理していたレダム砦に、自分自身が管理される立場となって帰ることとなった。


 ヘンドリックと共にレダム砦に入ったミヒュールは、事前にヨアネス将軍の増援軍に対して放っておいた偵察部隊の帰還を待った。程なく戻った偵察兵により、状況を把握する。すべては予定通り運んでいた。

 五千の兵士をヘンドリックの部下に変装させ、各所に配置する。そして、砦内の各所に罠を仕掛け、ヨアネス将軍の到着を待ち受けた――。









 ヨアネス将軍率いる増援軍は、同日の夕刻にレダム砦にその姿を見せた。

 総数三万五千の兵士すべてが砦内に入ることは不可能なので、士官とその従者、および攻城戦に秀でた部隊のみが砦内に入ることになっている。


 ヘンドリックは出迎えのため城外に出ると馬を降り、姿勢を正してヨアネス将軍を待った。手当ては一通り済ませてあるが、矢を受けた右肩がひどく傷む。だが、表に出すわけにはいかず、ヘンドリックは痛みに耐えて平静を装った。

 砦に入る者のみが軍から離れ、残りの者は野営の準備に入る。

 寒風の中、緊張のため額に薄っすら汗を浮かべながら待つヘンドリックは、ミヒュールからの指示を繰り返し反芻はんすうしていた。


 降伏し、ライドバッハについたヘンドリックであったが、ここで再び王国軍側に寝返ることは可能であった。三千の部下を見捨ててヨアネス将軍に庇護を求めることは出来る。だが、ミヒュールの策を知るにつけ、ここで寝返ったところで、敗北の運命は避けられそうになかった。

 ライドバッハやエルフェニウスの陰に隠れがちで、あまり印象に残っていなかったが、ヘンドリックに対して説かれた策は辛辣であり、なおかつ効果的であった。そしておそらく、自分がそう考え、寝返ることなど出来ないと、自分自身で己を説得してしまうであろう心理状態を見抜かれていることも感じ取れた。


 腹をくくったヘンドリックは、ヨアネス将軍が目の前に迫ると、直立不動の姿勢で顔を上げて待った。

「出迎えご苦労。ヘンドリック、よく持ちこたえてくれた」

 ねぎらいの言葉が、今は胸に刺さる。

「ありがとうございます」

 ヘンドリックは短く答えた。余計なことを口走ると、不信感を与えるのではないかと不安だったからだ。

 

 足を止めて長々と話し込むような場所ではないので、ヘンドリックは即座に馬に乗り、案内役を務めた。

 砦の城門間近まで来たとき、後方からヘンドリックを呼ぶ声が追いかけてくる。

 何事かとただすと、場外で野営の準備を手伝うために出ていた兵士たちが、到着したばかりの兵士たちともめ事を起こしたというものであった。

「将軍、お見苦しいところをお見せし、申し訳ありません。兵士たちもここ数日は神経が擦り切れるような思いをしていたもので、感情的になりやすくなっているようです。いさめてまいりますので、先に砦に入り、長い行軍の疲れを癒してください。部屋の方はすでに整えてありますので」


 部下の不始末に頭を下げるヘンドリックに、ヨアネスは鷹揚にうなずくと馬を進めていった。

 ヘンドリックは、ミヒュールが用意した従者に案内を申しつけると、自分は起こってもいないもめ事の仲裁に向かった。

 ある程度離れたところで、ヘンドリックは振り返った。ちょうどヨアネス将軍が城門を潜るところだった。

 ヘンドリックはこれから起こる惨劇から目を背けると、体裁などおかまいなしに、全力でその場から逃げだした――。





 ヨアネス将軍及び軍幹部たちの大半が城門を潜ると、急ごしらえの格子が落下し、城門を塞いだ。

 何事かと声が上がる中、砦内の各所から、火矢を構えた兵士たちが現れ、城壁上からは無数のツボが投げつけられた。

 瞬時に事態を察したヨアネスは火矢が放たれる前に囲みを突破しようと試みたが、伏せられていた無数の鎖が一瞬にして張られ、城門近くのわずかな空間に捕らえられてしまった。


 次の手を迷っている間に次々と火矢が放たれ、投げつけられたツボからこぼれ出た大量の油に引火する。 恐慌状態に陥った馬たちが目をむいて暴れ、背に乗せた主たちを次々と振り落していく。

 落ちた先は地獄の入り口でしかなく、レダム砦は一瞬にして絶叫が轟く火炎地獄と化した。

 

 これを合図に四方八方から、白装束に身を包んで隠れていた兵士たちが襲い掛かる。砦の背後からも伏兵が現れ、格子によって分断されていた軍の残りの幹部と兵士たちに襲い掛かっていった。

 野営の準備に入っていた兵士たちは突然の襲撃に慌てふためき、中には炊事用の火を天幕に燃え移らせてしまい、自分たちの手で焼き討ちを始める者もいた。


 指揮する者がいない増援軍は大混乱に陥ったが、それでもミヒュールが率いた兵力の三倍以上もの兵力があったため、持ち直すかに見えた。だが、地平線から響く、視界を埋め尽くす人の波を目にした瞬間、増援軍は結束を失い、組織的抵抗も出来ないまま、三分の一の兵力によって抑え込まれてしまった。 

 そこに、反乱軍の本隊である十万超の大兵力が合流し、完全に心を折られてしまった増援軍は、自発的に武器を捨て、反乱軍に投降した。


 動員兵力の総数では反乱軍に劣るものの、その質でははるかに上回っていた王国軍は、兵力を分散投入したことにより、各個撃破されてしまうことになった。また、どちらもヴォオス人である。ライドバッハの威名は傀儡と化している王家に対する漠然とした忠誠心をはるかに凌駕し、抵抗の意志を挫く大きな力にもなっていたため、決死の覚悟で抵抗しようという意欲を生まなかったのだ。


 ここでも、ミヒュールは戦後・・の国力回復を視野に入れ、極力ヴォオス軍全体の兵力の損耗を避ける戦術を用いたのであった。

 ヘンドリックのレダム砦兵力に対してもそうだったが、虚をつくことにより精神を乱し、そこに大兵力をぶつけることで、戦い倒すのではなく、その前提である闘志そのものをへし折り、戦わずして勝利を得るという戦術は、両陣営に大きな人的被害を出すことがないので、非常に効率の良いものであった。極力流血を避けることにより、復讐心を生むこともない。おかげで、同国人であるということを有効利用しやすくなり、捕虜として捕らえるのではなく、新たな戦力として取り込むことも出来るのだ。


 ミヒュールは思い描いた通りの結果に一つうなずいただけで、表情一つ変えることなく反乱軍の本隊へ、戦果の報告に向かった。その後をヘンドリックが従う。

 ミヒュールに気がついた将兵が、左右から賞賛の声をかけてくる。ここでも驕ることなく、如才ない受け答えで通過していった。ライドバッハを旗印に掲げている以上、前に出過ぎることは、組織に無用なばつを作ることになる。だが、軍師として兵を指揮する以上へりくだるような態度をとることも出来ない。命令する者とされる者の間にある垣根を曖昧あいまいにすることは、軍規に乱れを生む原因になるからだ。

 勝ち誇らず、謙遜し過ぎずという微妙な態度が必要なのだ。


 衛兵の人垣を抜けると、そこにはいつもの白髪白髭に厳しい表情を浮かべたライドバッハの姿があった。

 戦士ではないので、当然筋骨隆々とはいかないが、無駄な肉のない引き締まった身体をしている。超然としたその姿からは、容易にその心の内を測ることは出来ない。

 何を考え、何故このような大反乱を起こしたのか、ミヒュールもその真意をつかみかねていた。言葉通り宰相クロクスの排除だけが目的なはずはないのだ。


 内心の思いなどおくびにも出さず、ミヒュールは戦果を報告し、ミヒュールの策に合わせて全軍を動かしてくれたことに感謝した。万が一、ライドバッハがミヒュールを取り除きたいと考えていたら、ミヒュールはレダム砦で増援軍の反撃に遭い、三倍以上の兵力を相手にすることになっていた。だが、そうはならず、虚を突いて抑え込んだ増援軍を十万の兵で包囲し、ミヒュールは勝利を手にした。とりあえず、まだ自分は必要なようだと自虐的な自己満足にミヒュールはひたった。


「見事な戦果だ。ミヒュール」

 静かだがよく通る声で、ライドバッハはねぎらいの言葉をかける。

「ヘンドリック千騎長も、よく決断してくれた。内心思うところがあるだろうが、これはけしてお主に国を裏切らせるようなことではない。だが、ここから先の戦いに、お主の参戦を強要するつもりはない。ゆっくり考えてくれ。やはり納得がいかぬというときは、いつでも去ってくれてかまわん。国の現状と、そこから想像し得る未来を見つめて決めてくれ」


 実績が言葉に力を与える。ライドバッハがかけた言葉は、ヘンドリックの心情に大きな変化をもたらした。宰相クロクスのおかげで取り立てられたわけではないヘンドリックは、ヴォオス軍では少数派のロンドウェイク派の千騎長だった。ロンドウェイクに忠誠を誓えばこそ、わずか三千の兵を励まし、反乱軍に下らずレダム砦を守っていたのだ。

 だが、このまま王国軍が勝利したところで、ロンドウェイクは、ひいては王族は、この先どうなるのか? クロクスの支配に呑み込まれてしまうだけではないのか? ライドバッハが本当にクロクスの排除が目的で兵を起こしたのであれば、反乱軍で力を尽くすことこそ、ロンドウェイクに対する忠義を果たすことになるのではないか?


 ヘンドリックの中で疑問は一つの形となり、ライドバッハの言葉に大きくうなずかせた。

「ヴォオスの未来のため、この剣をライドバッハ様にお預けいたします」

「決断に感謝する」

 ライドバッハは、短いが力のこもった返事を返した。


 ヘンドリックはこのとき、内心でライドバッハの能力と、その能力から来る野心を測ろうとしていた。反乱が成功し、クロクスを取り除けば、国は新たな行政体制に移行するだろう。クロクスに取り入ることで役職についたような人材は淘汰されるはずだ。

 その功により、ライドバッハは軍を退き、宰相職に就くのもかまわない。その能力から考えれば、他に人材はいないとすら言える。

 だが、それで終わるのだろうか? その有り余る才能がその程度の結果で満足するのだろうか? 結局は第二のクロクスを生み出すだけのことではないのか? 

 その時にこそ行動すればいい。まだ取り除いてもいない害悪クロクスの、その後を心配していては何も出来なくなってしまう。今は行動の時だ。


 ヘンドリックはミヒュールと共にライドバッハの前から辞し、切り離されていた部下たちの元へと向かう。その隣を、何ら感情を表に出さずにミヒュールが歩く。


(どうにもわかりやすい男だ。これで本心を隠しているつもりなのだから、苦労が絶えぬであろうな)


 隣で歩くミヒュールが、ヘンドリックの内心を見透かして、下手な同情をする。ヘンドリック本人は気づいていないようだが、心の内が顔に出過ぎているのだ。何より、ライドバッハを測ろうとすること自体が間違っている。剣の実力だけならば、将軍職も十分に務まる男なのだが、それ以外が伴わず、千騎長止まりのどこか残念な男なのである。

 その背を見送ったライドバッハも側近に、

「まあ、あれはあれで正直者ということだ。あの男はあれで良い」

 と、漏らしたほどであった。


 ミヒュールは案内をしながら今後の確認をする。

「ヘンドリック殿には基本的にこれまで通りの部隊編成でお願いしたいのだが、麾下きかの百騎長をお借りしたい」

「百騎長を?」

「反乱軍の大半が、戦闘訓練経験のない者たちだ。数の利を生かすための指揮官が不足しているのだ」

「百騎長で務まるでしょうか? 十万以上の大軍勢です。指揮下に入る人数は今まで以上でしょう。まして相手は素人です」

「前進と停止が出来れば十分です。退却は命令されなくても、不利になれば勝手に逃げ散るでしょうから」

 ミヒュールにしては珍しく皮肉が効いた言い回しをする。


「そんなことで勝てるのですか?」

 ヘンドリックが真に受けて聞き返す。

「逃げ散るような場面を作らなければいいのです。逆に、そこまで追い込まれるようでは、反乱など成し得ません」

 ようは負けなければいい。ミヒュールはそう言っているのだ。それは傲慢とも取れる言葉であったが、淡々と語るため不思議と嫌味にならない。ゆるぎない自信と、それを過信に変えない冷静さが同時にうかがえる。何よりそこには、ライドバッハに頼る素振りが微塵もなかった。それは、十万人以上もの人間が集まっているにもかかわらず、ミヒュールただ一人であった。


 その姿勢に、ヘンドリックは改めて、かつてのヴォオス軍軍師第三席に座していた男の実力の片鱗を垣間見た気がした。本当の実力がどれほどのものなのか、想像もつかない。事実、自分はこの男の戦術によって翻弄され、レダム砦を失っているのだ。ヨアネス将軍も、成すすべなく敗れ去り、その命を失っている。


「万事ミヒュール卿の指示に従おう。私も部下たちも、それぞれの場所で全力を尽くしましょう」

「そう言っていただけると助かる」

 ミヒュールは素直に礼を述べると、ヘンドリックを部下たちの元へと案内した。そしてその場でヘンドリックと配下の百騎長たちに今後の指示を与えると、自身の天幕へと引き返した。


 贅沢とは無縁の天幕は、とても将軍職と同格とされる軍師十席の一つに座を占めていた者の内装ではなく、一般兵の天幕を一人で使用している程度の質素さだった。

 平民出から王立学院に入り、卒業後はライドバッハに招かれて幕僚に加わり、あっという間に十席に座を占めるまでになった。

 才能と努力の結果と言えばそれまでだが、この驚異的な速度での出世に嫉妬を覚えない者は少ない。エルフェニウスは元々大貴族の御曹司であるため、嫉妬はされてもそれを面に出されることはないが、強力な後ろ盾を持たないミヒュールはそうもいかなかった。

 成り上がりという目で常に見られるため、派手な行動は慎んでいる。先程も、ヘンドリックに対して上からものを言わずにいたのもそのためだ。


 元々贅沢には頓着しない性分であったこともあり、ミヒュールは特に気にすることもなく、軍支給の薄手の毛布にくるまると横になった。寒さが厳しいため、そこはさすがに二枚使用している。

 ライドバッハに献策が容れられて以降雪景色にまぎれての隠密行動が続いたため、さすがに疲労を覚えていた。それでも眠りに落ちるまでのわずかな時間、今後の両軍の動きを考察する。


 ヴォオス西部地方に謎の軍勢が現れたことには、さすがのミヒュールも驚かされた。具体的なことは何も言わないが、貴族連合軍から西部地方の勢力を引き剥がすために、ライドバッハが何らかの手を打っていたことは明らかだ。仮にミヒュールに全軍の指揮権があったとして、同様の成果を上げることが出来るかと問われれば、いなと答えるしかなかった。

 元々王国軍が兵力を集中することが出来ない状況を作る下準備を、ライドバッハが密かにしていたおかげで、すべての対応が後手に回らざるを得なかった結果、兵力を順次投入するしかなかった王国軍を各個撃破することが出来ている。王都での情報操作が最大限の効果を発揮した証拠だ。


 今回のミヒュールの功も、ライドバッハの長期的な戦略の上に成り立ったものに過ぎず、ミヒュール自身は成功して当たり前と思っている。

 本番はここからだ。ミヒュールが勝ち続けている限り、ライドバッハは兵権をミヒュールに預けてくれるだろう。おそらく、その上でミヒュールが敗北した時の対策も巡らされているはずだ。

 それはそれでかまわない。現時点でミヒュールの力がライドバッハに及んでいないことは承知している。


 十万の大兵力を持って、エルフェニウスと戦える。それだけで十分だった。

 ミヒュールの目から見ても、エルフェニウスは天才と言えた。ライドバッハ以外に彼を超える存在は他にはいないと言い切れる。

 ミヒュール自身を除いて――。


 初めてエルフェニウスに対し、対等以上の立場で向き合うことが出来る。

 常にエルフェニウスを優位な立場に立たせていた生まれた家の格の違いは存在しない。

 あるのは大兵力をどれだけ使いこなせるかという戦場での才能の差だけだ。

 エルフェニウスとミヒュールの、真の才能の差が勝敗を分かつ。


 仮に勝敗が決し、ミヒュールに軍配が上がっても、それはライドバッハの勝利となるだろう。ミヒュールがエルフェニウスに劣り、二人の間での雌雄が決したとしても、最終的な勝利を治めるのはライドバッハだ。

 歴史的なミヒュールの評価は覆らないかもしれない。だが、真の優劣の差は、互いが知ることになる。

 それで十分だ。

 他の誰でもない。エルフェニウスが、ミヒュールの真の実力を理解していれば、それで満足出来る。それからライドバッハを目指せばいい。


 世の中がよく見え過ぎる目を持つが故に、達観し、見極め、不可能を夢と称して無謀な賭けに挑むようなことをしない男は、その才能に対して不似合いなほど小さな野心を胸に、眠りの底へと落ちていった――。

   








 レダム砦南方三日の距離に、貴族連合軍はいた。その軍中に、エルフェニウスの姿がある。

 行軍は強行軍に近いものがあり、脱落者が出始めていた。

 やむなく行軍速度を落として対応したが、全体のまとまりのなさに対する苛立ちは抑えようもなかった。このままではロンドウェイク率いる後発の増援軍に追いつかれかねない。

 合流することそのものは問題ないのだが、先発のヨアネス将軍との間が開きすぎている。先発の増援軍と合流することを目的に行軍を急がせていたにもかかわず、結果はいかんともしがたかった。

 隣で馬を進めるコンラット将軍も、表情を曇らせている。


 この時点で、エルフェニウスはレダム砦の陥落およびヨアネス将軍麾下きか三万五千の兵が、ミヒュールの策に敗れ去っていることを知らない。

 斥候を放ってはいるが、行軍の足が遅いためヨアネス将軍との距離を詰められず、得られる情報も古いものばかりになってしまう。


 ライドバッハの軍が、どうやら行軍の足を止め、素人集団を訓練し、軍の整備を行っているようだが、決めつけるには軍そのものの規模が大き過ぎる。はるか手前で兵を分け、レダム砦を大きく迂回して背後を突くことも可能性として考慮に入れなくてはならない。

 王都でのかく乱工作の影響で後手に回らざるを得なかったとは言え、やはりヨアネス将軍と三万五千の兵を先発させたことは間違いだったと言える。だが、出さなければ出さなかったで、人心の離反は計り知れないものがあったはずだ。下手をすれば、北部地方で中立の立場をとっている貴族たちが、積極的にライドバッハの反乱に加担した可能性もある。弱気な姿勢を見せるわけにはいかなかったのだ。


 王国軍の兵士は、その動員兵力の多くを食糧難により削減され、減らされた兵力の大半も隣接国との国境線に釘づけにされている。食料状況は南のゾン国以外はすべてヴォオスよりも逼迫ひっぱくした状況にある。北西に位置するルオ・リシタ、北東に位置するイェ・ソン、東に位置するエストバ。

 どの国も、いつ食料を求めてヴォオスに侵略して来るかわからない。いっそのことライドバッハの背後を突く形になるルオ・リシタやイェ・ソンあたりが攻め入ってくれれば反乱軍に動揺が走るかもしれないが、あのライドバッハのことである。対応はせず、北部地方を捨てる可能性もある。もっとも、そこまで危機的状況になれば、静観を決め込んでいるクライツベルヘン家以外の五大家も動いてくれるだろう。


 南部国境の要であるミデンブルク城塞からもたらされたトカッド城塞陥落の報は吉報であり、おかげでミデンブルク城塞から一万の兵力を王都に回すことで、新たな増援軍を編成することが叶った。

 だが、ここで一つの気がかりがエルフェニウスの意識の隅に引っかかる。

 ゾンからの侵略に、しばらくの間は注意を傾ける必要がなくなることは大きいが、これまで攻略の糸口すら見つからなかったトカッド城塞が、一夜にして陥落したことそのものが、ある意味問題なのだ。


 ミデンブルク城塞をあずかる二人の将軍、レオフリードとドルクは、ともにヴォオスになくてはならない名将だが、この時期に兵を積極的に動かすような人間ではない。

 リードリット王女の独断と報告は上がっているが、王女の性格を考慮すると、余計に一夜でトカッド城塞を陥落させることなど出来るはずがないのだ。

 真っ向から勇を競い、勝利し、名誉を得る。それ以外の戦い方など考えもしないはずなのだ。であれば、堅守を誇るトカッド城塞を相手に、ミデンブルク城塞にある兵力だけではとても攻略するだけの攻撃力はない。

 何らかの策を弄し、内側から崩さなければ不可能なのだ。


 細かい情報が一切入らないため判断することは出来ないが、あの男・・・がミデンブルクに向かった直後にこの戦果である。その腹の底も、実力のほども全く知れないだけに、手放しに喜んでばかりもいられなかった。

 これは単なる勘でしかないが、エルフェニウスは正面のライドバッハよりも、背後で好転し始めた事態そのものの方が不気味だった。





 この日の夕刻、エルフェニウスの表情が苦虫を噛み潰したかのように歪められる事態が発生した。

 先発していたヨアネス将軍の敗北と、その行方がようとして知れなかったアペンドール伯爵が、エストバとの境にある東部国境の要、フローリンゲン城塞をあずかるレイナウド将軍を口説き落とし、協力を取り付けたという凶報が、立て続けに入ったからだ。


 ヨアネス将軍の敗北により、ヴォオス軍は三万以上の兵力を失ったことになる。その軍勢の一部が反乱軍に吸収されたであろうことは、これまでの流れからすれば疑いようもないだろう。両軍の戦力差がさらに開いたことになる。

 守るものの多いヴォオス軍と、失うものは己の命のみという、捨て身の反乱軍とでは、戦力の使い方が異なる。全軍を一点に集中出来ないヴォオス軍はどうしても不利にならざるを得ない。


 加えて、ここにきてのレイナウド将軍の離反である。

 前大将軍であるゴドフリートの親友にして、ヴォオスを代表するかつての英雄の一人であるアペンドール伯爵を抑えられなかったことが、ここにきて大きな痛手を生んだ。

 アペンドール伯爵家とレイナウド将軍の家は、共に古くからの名家であり、建国時より親交が深かった。だが、レイナウド将軍はヴォオス軍にあって、クロクス側の将軍であったため警戒が甘くなっていたのだ。


 これにより、反乱軍は新たな角度から攻め込むことが可能となった。逆にヴォオス軍は東の情報を遮断されたに等しい。

 フローリンゲン城塞の軍が、エストバに対して背中を向けて即座に城塞を空け、貴族連合軍の側面に襲い掛かる可能性はさすがにないと言えるが、東部貴族の領内に攻め入る可能性は高い。

 東部貴族はその守備勢力を率いて貴族連合軍に参加している。騎兵の千騎も出せば、十分な威圧行為になる。西部貴族が謎の侵略集団によって分解しかけた状況が、今度は東部貴族の間で起こるのだ。

 そうなれば貴族連合軍は、もはやその形を留めることは出来ないだろう。


 エルフェニウスはコンラット将軍に進軍を止めるよう進言する。これを受けてコンラット将軍の指示が飛ぶ。

「大将軍へと急使を出せ! 各領主方にも使いを出し、進軍を中断する!」

 事態の急変に顔を強張らせた伝令たちが、即座に馬を走らせた。

「エルフェニウス卿。こんなことを口にするべきではないかもしれんが、これはいよいよ進退窮まったかもしれんぞ」

「常識で考えればそうでしょう。ここは大きな決断が必要です」

 答えるエルフェニウスの目に、普段にはない高ぶりのようなものがうかがえる。


「何を考えている?」

「身動きが取れない状況だからこそ、動きます。今すぐに」

「殿下の許可は……」

「むろん仰いでいる時間はありません。ここで何もせず、敗北の責めを負うのであれば、勝って軍規違反の責を負います」

 冷静沈着な普段の姿と違い、物言いこそ穏やかだが、内なる闘志がむき出しになっている。

 

 コンラットは一瞬、追いつめられて自棄に走ったかと考えたが、エルフェニウスの瞳はいまだに知性の輝きを放っていた。むしろ、普段以上に活性化している雰囲気だ。

 おそらく人生で初めての試練であろう。並の人間であればその重圧に押し潰され、実力の半分も発揮出来なくなる。だが、目の前の若き天才は、今初めてその真の実力を発揮しようとしている。

 コンラットは不謹慎と知りながら、大声で笑った。周囲の兵士や士官が驚いて振り返る。


「殿下のお怒りは俺が受ける。お主はその実力を最大限に発揮することだけを考えてくれ。一応貴族連合軍の総指揮権は俺にある。お主の行動のすべてを、俺が承認しよう」

 予想外の言葉に、エルフェニウスは一瞬驚きに目を見張る。だが、即座に理解し、深く頭を下げた。

 保身を考えるつもりなど毛頭なかった。すべての責任を負う覚悟でもいた。だから、そんな自分の身を気にかけてくれる人間がいるとは思っていなかったのだ。


「今から出来ることはあるか? 時間がなかろう」

「では、さっそく予備の馬と糧食の用意をお願いします。それと……」

「それと?」

「ブレンダンとジィズベルトをお貸し願いたい」


 ブレンダンは巨漢の雄牛乗りであり、ジィズベルトはヴォオス西部随一の武人である。この貴族連合軍の攻めの要とも言える武人たちだ。

 この二人を指名するということは、すなわち攻める・・・ということである。

「わかった。連れて行ってかまわん。だが、ブレンダンは東部貴族の一人だ。東の要衝フローリンゲン城塞が寝返った今、自身の領地が危ない。承諾するだろうか?」

「承諾してくれるでしょう。ジィズベルトを選んだのには、その実力もありますが、西部の領主たちがこぞって帰還する中、一人貴族連合軍に残ってみせた経緯があるからです。何かと衝突することの多い二人ですが、それだけ互いを意識しているからです。ジィズベルトに出来たことを、出来ないと言えるブレンダンではありません」


「だが、奴の領地はどうする? なまじ他の東部貴族が領地に戻り守備を固めると、やつの領地だけが手薄なまま悪目立ちすることになる。それではフローリンゲン城塞が兵を動かした場合の格好の標的になってしまうぞ」

「ブレンダンの領地には、後続のヴォオス軍から兵を割き、影武者をたてて領地に返し守らせます。巨漢の上に雄牛に乗るその姿は印象が強く、そのため、巨漢と雄牛がそろっていれば、それがブレンダンであると容易に思い込ませることが出来ます。領地に返したと見せかけ、反乱軍の虚を衝きます」

 コンラットは一つうなずくと、納得してみせた。


「では、その件は俺が手配しよう。我らが王国軍は、まだ一度も反乱軍に対し明確な一撃を加えていない。このままでは態度を保留している連中が雪崩を打って反乱軍に傾きかねん。エルフェニウスよ。大きな功でなくてよい。国中に王国軍の意志を示す一撃を加えてきてくれ」

「必ず」

 エルフェニウスは短く答えると、ブレンダンとジィズベルトに会うためにその場を辞した。


 レダム砦とヨアネス将軍に関して一切口にしなかったが、ミヒュールが用いた戦術は、エルフェニウスの想定の内にあった。にもかかわらず、それをみすみすさせてしまったことに対し、少なからぬ屈辱を感じている。

 軍全体のためでもあるが、何より自身の存在証明のために、エルフェニウスはミヒュールを倒さねばならない。それが出来なくて、どうしてその先にいるライドバッハを超えることが出来ようか。

 エルフェニウスは柄にもなく高ぶっている自分自身を不思議そうに俯瞰ふかんで眺めつつ、それでいて初めて感じる熱さと冷たさを同時に感じさせる緊張感を楽しんでいた――。


 

8/25 誤字脱字等修正

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