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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
123/152

セキズデニンの戦果

 何とか1月中に投稿出来ました。


 時間が欲しい!


 愚痴が長くなりそうなので、とっとと黙ります。


 それではヴォオス戦記の本編をどうぞ!

 大地を焼くゾンの太陽が、一日の仕事にようやくを見切りをつけ、夜の闇に帰ろうと地平線に触れる。

 影は長く伸び、焼かれた大地が朱に染まるが、その赤が夕日によってもたらされたものなのか、欲望をぶつけ合った人間たちが撒き散らした血によって染められたものなのかを気に止める者は、骸だけが転がるこの大地には一人もいない。


 そこは新たな火種が燻るキャヴディル。

 隣接する南部八貴族領であるデニゾバ、ナルバンタラーで奴隷の反乱が大きな問題になっているのに対し、キャヴディルでは野盗と思しき大集団による奴隷狩りが大きな問題となっていた。


 野盗と断定しないのには訳がある。

 それは、その行動が野盗にしては無駄がなく、むしろ軍隊的に洗練されており、とてもならず者の集まりとは思えなかったからだ。

 加えて領主であるジャフェルの頭を悩ませているのが、この野盗の正体が隣国サーヴェリラの正規兵である可能性があることだ。


 ジャフェルが疑念を抱くに至った理由は、一度だけ成功した撃退時に、野盗たちが残していった装備品にあった。

 日頃は神出鬼没で撤退も驚くほど速いこの野盗たちは、キャヴディル軍が知らせを受けて駆けつけたときにはすでに目的を果たして立ち去った後ということがほとんどなのだが、この時は事前に襲撃情報があり、襲撃そのものの阻止こそ間に合わなかったが、襲撃途中にキャヴディル軍は駆けつけることが出来た。


 このキャヴディル軍の到着に対し、野盗たちは対抗するのではなく、即座に撤退に移った。

 一戦も交えずに逃げ出した臆病者を嘲笑い、その背を追ったキャヴディル軍であったが、その背に追いつく前に野盗の伏兵による矢の雨を思い切り浴びることになり、追撃からの討伐は叶わなかった。


 それでも襲撃を受けていた集落の人的被害はなく、キャヴディル軍はこの日初めて野盗の襲撃から領民全員を守ることに成功した。

 事後処理に当たっていた兵士の一人が、急ぎ撤退した野盗たちが落としていったと思われる剣を拾い上げ、あることに気がついた。

 その剣がサーヴェリラ軍の正規の支給品装備であることにだ。


 野盗の持ち物である。盗品と考えるのが普通だ。

 だが、そう考えるにはこの日押収された野盗の装備品と思われる剣の数は多過ぎた。

 一、二本であれば盗品、もしくは過去に戦場に遺棄されていた装備品を拾って手にしたと考えられるが、これが二十を超えるとなると単なる偶然と片付けることは出来ない。

 軍の物資が横流しされた可能性もあるが、始めに押収した剣がサーヴェリラ軍の装備であると気付いた兵士がその考えを否定した。

 

 その兵士は元サーヴェリラ兵で、終わらない冬に際して漁業と農業でその懐を豊かにし、機嫌を良くしていた領主から運よく何の問題ものなく除隊と移住を許され、経済的により豊かなキャヴディルへと移り住んだ者だった。

 商人になるべく移住をしたのだが、その元手を賭博で失ってしまい、やむなくキャヴディル軍へと入隊したのは本人の自業自得以外の何ものでもなかったが、過去の経験がこの時生きた。


 横流し品であることを否定した理由は、押収した剣の品質にあった。

 粗悪品ではなく、押収した全ての剣が一級品の装備だったからだ。

 それは最新の装備品であり、サーヴェリラ兵の中でも特にその実力が認められた者から優先的に支給される。

 軍備品は本来質が劣るものであっても厳しく管理されている。

 それでも軍備品の横領がなくなることはないのだが、武器関連に関しては管理の厳しさが異なる。

 ことに高品質のものとなると、何時誰に、何処で支給されたかまで記録に残されている。

 野盗が大量に入手するのはかなり困難なものなのだ。


 だが事実として目の前に大量のサーヴェリラ製の剣がある。

 ではどう考えるべきか? 

 野盗の背後にサーヴェリラ家がついているか、あるいは野盗を装ったサーヴェリラ兵が直接キャヴディルに襲撃を加えていると考えるべきだろう。

 確かな証拠とは言い難い。

 だがそうと考えない限り、この状況を説明することは誰にも出来なかった。


 キャヴディルは南部八貴族領の中でもっとも繁栄している貴族領だ。

 鉱物資源に恵まれ、そのことからゾン中央との繋がりも強く、ゾン中央と東部貴族の間に緊張が走る現在、中央支持の姿勢を早くから打ち出してもいる。


 対してサーヴェリラは鉱物資源に乏しく、特徴と言えば領地が海に面しているため海産物が豊富で農耕も盛んなことくらいだ。

 漁業も農業も、本来であれば多くの富をサーヴェリラにもたらすものなのだが、ゾンでも特に暑さの厳しい南部八貴族領ではこれらの輸出が限られてしまい、海産物は特に難しかった。

 また、過去の経緯からサーヴェリラは王家・中央貴族に対し根の深い反発を抱いている。


 そうした背景から、中央貴族たちはキャヴディルは認めるが、サーヴェリラを僻地の田舎領と見下してきた。

 結果サーヴェリラの心情はより深く、激しく反中央に傾き、同時にその中央を支持するキャヴディルに対しては強い敵意を募らせた。

 反発の歴史はゾン南部が開拓され、八つの貴族領が誕生した直後から始まっていた。

 ただ、豊かとは言ってもキャヴディルの繁栄はゾン全体で見れば平均的なものに過ぎない。

 サーヴェリラのキャヴディルに対する敵意がどれだけ蓄積されても、国王に逆らってまで挙兵するには至らなかった。

 だが表面に現れない分敵意は発散されることはなく濃度を増し、状況の変化に左右されることなく腹の底深くに淀み続けた。


 サーヴェリラ領主カマルラマンはこれまでの人生でキャヴディルへの敵意と妬みを隠しきることが出来ず、キャヴディル領主ジャフェルは黒く漏れ出るカマルラマンの邪念を明確に察していた。

 中央派であるデニゾバ領主セキズデニンが、東部貴族派のナルバンタラー領へ侵攻し、本来貴族同士の私闘を許さない国王がこの事態を静観したことにより、南部八貴族領はこれまで中央の権威で抑えつけられてきた他家に対する感情を一気に噴き出させた。

 キャヴディル領主ジャフェルとしては、サーヴェリラ領主カマルラマンの腹の中を探らずにはいられない状況であった。


 ここで疑惑を質そうと事を急がないのがジャフェルという男であった。

 ジャフェルも男である。

 怒りを感じることもあれば、己を高めたいという野心も持っている。

 だが何を第一に考えるべきかというところで選択を誤るような男ではなかった。


 ジャフェルが第一に考えたことは領民の安定した生活だった。

 領主であるということを絶対的権力と考えているゾン貴族が多い中で、領民の生活の豊かさが税収となり、領主である自身の豊かさにつながるという事実を正確に理解しているジャフェルは、奪うことによって得られる利益よりも、守ることによって得られる利益の方が最終的に大きいことも理解していた。


 セキズデニンの行動に対して、ジャフェル個人としての考えは否定的であったが、エバベキルの対応のまずさを考慮すれば、領地を持つ貴族としては面子を保つという意味でも当然の対応とも言える。

 エバベキルが東部貴族派であることを考慮すれば、被害がデニゾバではなく自領であるキャヴディルに向いていれば、ジャフェルもセキズデニンと同じ立場に追い込まれていただろう。


 南部八貴族領にはその誕生時から意図的に火種が組み込まれていた。

 南方民族の地において、八貴族すべてに独自の奴隷狩り権限と奴隷市場の所有権限が与えられたなかったのは、与えられた貴族と与えられなかった貴族との間に不和を生じさせることが目的だったからだ。

 それが当時の国王による南部八貴族領を制御下に置くための見え透いた処置だということは理解出来ていても、それによって生じる利益の差は、八つの貴族の間に目に見えない亀裂を作ることに成功していた。


 デニゾバとナルバンタラーの間に戦端は開かれてしまった。

 これが二領間の問題のまま終わればいいと願っているが、これまでの南部八貴族の過去と、現在のゾン全体の状況と合わせて鑑みると、その望みは極めて薄いと結論せざるを得なかった。

 ジャフェルはこの戦火を南部八貴族領全体に飛び火させないためにも、サーヴェリラとの関係をこれ以上悪化させないための方策に頭を悩ましていた。


「ジャフェル様、一大事にございます」

 普段慌てることのない腹心の部下の言葉の陰に、隠し切れない焦りを聞き取ったジャフェルは、嫌な予感に胸中を満たされた。


「どうした?」

 胸中の思いはおくびにも出さず、ジャフェルは部下を安心させるようにゆったりを答えた。

「サーヴェリラより書状が届いております」

「書状? 使者ではなくか?」

 貴族間のやり取りに書状が用いられるのは珍しいことではない。

 だがそれは両貴族間の関係性に大きく左右されるもので、それは関係が近しい貴族間でしか行われない。

 内容の軽重にもよるが、親しい間柄でもない相手に書状で一方的に意見を送り付けるのは非礼とみなされるため、使者を立てるのが一般的で、キャヴディルとサーヴェリラの間では、これまでずっと使者を立てていた。


 使者も立てずに書状だけ送って寄越したのは緊急の要件の可能性もあるが、部下の態度を見るとどうやら書状を運んだ者の態度はあまり友好的なものではなかったようだ。

 考えていても始まらないと思ったジャフェルは部下から書状を受け取るとその中身をあらためた。

 そしてその内容に絶句する。


 書状の内容を要約すると、そこにはつい先ほどまで頭を悩ませていた問題が、そっくりそのまま書き綴られていた。

 キャヴディルとの境に近い集落が野盗の襲撃を受けたこと。

 これを撃退したところ、野盗たちがキャヴディル軍の正規装備品を多数装備していることが判明したこと。

 この事実をもって野盗の襲撃はそれを装ったキャヴディルの侵略行為と断定し、さらわれた領民の奪還と、侵略に対する報復を行うとする宣戦布告までが記されていた。


 書状を睨んだまま絶句する自分を、部下が不安げに見つめていることに気づいたジャフェルは、取り繕うことをやめ、素の表情を向けた。

 そして無言のまま書状を部下に渡す。

 受け取った部下は書状に視線を落とし、ジャフェル同様言葉を失った。

 ジャフェルは部下が固まっているうちに気持ちを立て直し、即座に意識を切り替えた。


「戦の準備だ」

 まだ固まり続ける部下に、ジャフェルは静かに告げた。

「お待ちくださいっ! これは何かの間違いです。被害を受けているのは我々も同じ。急ぎ使者を立て、サーヴェリラの誤解を解くべきです」

 主の言葉に、ようやく言葉を取り戻した部下が慌てて諫める。

 だがその言葉に、主は苦り切った表情で静かに首を横に振った。


「これは何かの間違いなどではない。まぎれもなく何者かによる謀略だ。これがデニゾバやコークテラ、メヴィケントとなれば誤解の可能性もあるだろうし、交渉の余地もあっただろうが、サーヴェリラが相手ではどうにもならない。この時期にここまで一方的な宣戦布告をしてきたのだ。この謀略がサーヴェリラによって仕組まれた可能性もある」

「開戦の口実のためですか?」

 それまで動揺し青い顔をしていた部下だったが、ジャフェルの話を聞き、今ではむしろ怒りで顔を赤くしていた。


「それはわからん。開戦の口実作りのためならキャヴディルに野盗を放つ意味はない。だがそんなことは今更考えるだけ無駄だ。カマルラマンは既に決断を下したのだからな」

 戦いは避けられないのではなく、すでに始まっているのだと理解した部下は表情を引き締めた。

「直ちに準備にかかります」

 言うが早いか、部下は踵を返してジャフェルの前から去っていった。


 領地と領民を守る。

 その決意に変わりはないが、この時代の流れの中で守りに入ることがはたして正解なのかという考えがジャフェルの頭にこびりついた。

 だがジャフェルはその考えを無理矢理頭の中からこそぎ落とす。


 戦乱から生き残るために、南部八貴族領を支配する。

 勝ち切れば守り切れる。

 結果は同じように思えるが、意味合いが全く異なる。

 自領の民は守れるかもしれないが、他の貴族領の領民たちは全員が地獄を見ることになる。

 南部八貴族領全体を見ることができ、そのことに心を砕くことが出来るが故に、ジャフェルは攻めに出るのではなく、守りに徹する道を選んだ。


 彼はこの選択を、後に後悔することになる――。









「サーヴェリラが餌に食いつきました」

 ハムザの報告に、セキズデニンは頬を歪めた。


 キャヴディル領主ジャフェルの頭を悩ませていたのは、その領地をはるか以前から欲していたサーヴェリラ領主カマルラマンではなく、ナルバンタラーへ侵攻中のセキズデニンだった。

 

 カマルラマンの野心については、その野心を向けられているジャフェルに限らず、南部八貴族の当主の間では周知の事実だった。

 だがこれまではその野心を実現する術がまったくなかったため、誰も気に留めるようなことはなかった。


 貧富に差がある以上、富める者を羨むのは貧しい者だけとは限らない。

 むしろ一定以上の富を持つ者の方が、自分以上に富を持つ者に向ける視線は陰湿なものになる。

 貴族が二人以上いれば当たり前に起こることであり、カマルラマンだけが特別なわけではない。


 セキズデニンが意識を向けていた相手は、動かしたカマルラマンではなく、ジャフェルだった。

 南部八貴族の中で、セキズデニンが唯一警戒する男がジャフェルなのだ。

 カマルラマンの存在は、あまりにも容易く踊り始めた時点でセキズデニンの意識から消えていた。


 敵として見た時のジャフェルは、高度な教育を受け、それを活かせるだけの知性に富み、軍隊指揮にも秀でた相手になる。

 加えて個人の剣技においては南部八貴族領において最強と目されるほどの腕の持ち主だ。

 真正面からぶつかっては、さすがのセキズデニンでも現状の戦力では攻略の糸口が見い出せない。


 デニゾバ領とキャヴディル領が離れていれば、先に他の領地を支配し、勢力を拡大することで戦力差を広げ、力で押し潰すことも出来たのだが、キャヴディル領はセキズデニンの野心にふたをするかのようにデニゾバに隣接しており、戦力の拡大を図ることも出来ない。

 まさに目の上の瘤のように邪魔な存在だった。


 セキズデニンにとって南部八貴族領の攻略は、ジャフェルが治めるキャブディル攻略と同義であり、その野心の天王山はいきなり目の前にそびえていた。

 キャヴディル領の切り崩しにセキズデニンが選んだ策がサーヴェリラ領主カマルラマンを動かすことであり、そのためにこれまで野盗として活動させて隠していた非正規戦力を動かしたのだ。

 この時セキズデニンは、今現在交戦しているナルバンタラー領主エバベキルではなく、キャヴディル領主ジャフェルと戦っていた。


「別動隊は予定通りキャヴディル、サーヴェリラ両領から撤退しましたが、いかがいたしますか?」

 ハムザが次の指示を待つ。

 ちなみに別動隊とは、ダマド野盗団が台頭するまでデニゾバ東部辺境を縄張りとしていた野盗団で、自領の戦力を他領の目から隠すために組織された非正規部隊だ。

 この戦力を維持するために、デニゾバ東部の領民たちはセキズデニンに納めるための税に加え、野盗団にも上納金を納めることになり、二重の搾取に苦しめられたが、そのことをセキズデニンはまったく意に介さなかった。


「野盗の装備からデニゾバ軍の装備に変更させ、何時でもキャヴディルに向かえるようにしておけ」

例のもの(、、、、)はいかがいたしますか?」

 セキズデニンの命令に、ハムザが細かい確認を入れる。

「別動隊に配備させておけ。間違ってもキャヴディル軍に見破られるようなことがないよう扱いは徹底させろ。勝敗の鍵となるものだ」

「かしこまりました」

「それとおぬしも旅支度を済ませておけ。使者に立ってもらうことになる」

 セキズデニンの命令に頭を下げると、ハムザは命令を実行するために下がった。


 下がる部下には目もくれず、セキズデニンの思考は高速で回転していた。

 最終的な結末へ向けての布石は済んでいる。

 後はそのすべてをつなげるだけだ。

 最大の障害であるキャヴディルに集中するためにも、まずは確実にナルバンタラーを攻め落とす必要がある。

 そのためのセキズデニンの戦略に、ほころびは一切のなかった――。









 乾燥した草原に火を放ったかのように、ナルバンタラー領はその身を急速に焼かれていた。

 散発的に発生していたはずの奴隷の反乱が、まるで優秀な指揮官を得た部隊のように連携し、恐るべき速さで周辺集落を焼きながら合流する。

 この事態を偶然と判断したナルバンタラー領主エバベキルの判断を非難するのは酷と言えるだろう。

 これまでのゾンの歴史の中で、奴隷による大規模な反乱は何度かあったが、それはどれも始めから万を超える数の奴隷の集まりが蜂起したことで起こったもので、百にも満たない小規模な反乱が、寄り集まって大規模な反乱勢力にまで発展したことなどこれまでに一度もなかったのだから。


 兵を各地へ反乱鎮圧のために派遣していたエバベキルは、セキズデニンの宣戦布告を受け、規模の小さな反乱はやむなく放置し、慌てて兵をデニゾバとの境へと集めた。

 領民も急ぎ徴兵し、友好関係にあるサーヴェリラ領主カマルラマンに向けて援軍としてデニゾバ領へと侵攻してもらえるよう特使も出した。

 サーヴェリラ領との間には王家・中央貴族派として嫌悪するキャヴディル領があったが、エバベキルは本来高潔と評するに値するキャブディル領主ジャフェルの人間性を単にお人好しとして鼻で笑い、特使に対する妨害はないと高を括っていた。

 そしてエバベキルの読み通り、正規の書面を持つナルバンタラーの特使は何の問題もなくキャブディル領を通過した。


 領主として対応出来ることはしっかりとこなしたエバベキルであったが、事態は望む方向に進んではくれなかった。

 これが奴隷の反乱だけであれば、エバベキルは対応しきれただろう。

 だが攻め込んで来たデニゾバ軍の侵攻があまりにも早く、反乱に目を向ける余裕が削られてしまったのだ。

 また、奴隷の反乱を軽く見ていたことも事態の悪化を加速させる原因の一つとなってしまった。

 奴隷を人間ではなく、家畜と同様にしか認識出来ていないゾン貴族の悪癖で、奴隷がものを考えるという事実をどうしても受け入れられないのだ。


 デニゾバ軍に向き合うナルバンタラー軍は、その背後で自領の奴隷が一つの軍勢力に育ちつつあることを見落とし、手遅れになるまで気づくことが出来なかった。

 結果として自領の奴隷に軍の背後を衝かれることになり、それによって崩れた隙をデニゾバ軍に一気に衝かれ、エバベキルは邸を構えるナルバンタラーの主要都市まで後退せざるを得なくなった。


 この時点でエバベキルの支配力はナルバンタラー南部から切り離され、南部一帯が無法地帯と化してしまう。

 だが皮肉なことに、反乱奴隷が組織化されたおかげで奴隷による無秩序な破壊や殺戮は行われず、逆にエバベキルの支配力が及ばなくなったことで暴徒化したのは、これまでその庇護下にあった領民たちであった。

 こうしてナルバンタラー南部は、力なき者たちの怨嗟の声で満たされることになた。

 

 反乱奴隷の動きがエバベキルの予測を裏切った背景には、セキズデニンによって送り込まれたオメルという名の密偵の働きがすべてと言ってよかった。

 オメルはナルバンタラー南部の主要集落の奴隷の中から利発な者たちを選び、秘かに接触して反乱を先導し、物資を支援することによって選び出した者たちを奴隷の中でも指導者的立場へと押し上げた。

 ナルバンタラー征服後はデニゾバ、ナルバンタラーの二領にまたがる新領地において高い地位を約束し、言葉巧みに手なずけ、意のままに操った。

 それでいて表には一切姿を現さず、その存在をナルバンタラー軍だけでなく、操られている他の奴隷たちにすら気づかせなかった。

 そして反乱奴隷が集結すると以降の接触はデニゾバ軍に譲り、自身は奴隷による反乱の渦から完全にその痕跡を消してしまった。


 ナルバンタラーの領地で手に入れた戦力を傘下に加えたセキズデニンの行動は早かった。

 エバベキルが防衛力の高い都市に籠る間に反乱奴隷軍を南部から東部へと移し、そのまま対サーヴェリラ戦に備えていたキャヴディルの背後を襲撃させた。

 セキズデニン同様奴隷を開放して領民として迎え入れ、正規の軍人として配備し、領民も徴兵していたおかげで領主のジャフェルは何とか対応出来たが、サーヴェリラ軍の侵攻位置とは真逆の位置への派兵は、対サーヴェリラ戦における明確な戦力の低下となった。


 新戦力を正面の敵であるナルバンタラー軍に使わなかったセキズデニンであったが、それは長期戦を覚悟してのことではなかった。

 南部八貴族領攻略のための準備と戦略において、セキズデニンは自身の優位を疑ってはいない。

 だが戦力という点においては、状況を甘く見てはいない。

 南部八貴族領の各領主が抱える戦力には大きな差はない。それはそうなるように南部八貴族領誕生時に当時の国王が画策したからだ。

 野盗として外部に戦力を保有していたセキズデニンではあったが、デニゾバ以外の七領を相手に圧倒出来るほどの戦力ではない。正面からぶつかるのであれば、対ナルバンタラーを優位に進められる程度で、圧倒するのは難しい戦力だ。


 自身が治めるデニゾバ、キャヴディル、ナルバンタラー、サーヴェリラの四領の状況は掌握しているが、残る四領に関しては密偵をわずかに送り込めているだけに過ぎない。

 ナルバンタラーに時間をかけ過ぎると残りの四領の動き次第ではセキズデニンの野望は大きく時間を取られることになる。

 老人になってから南部八貴族領を手中に収めても、その時にはセキズデニンが望むゾン一の美女パラセネムは老いて枯れてしまっている。美女はパラセネム以外にもいくらでも存在するが、その野心を後押しするほどの飢えを植え付けた女はパラセネムただ一人だ。

 パラセネムを得て初めてセキズデニンの野望は達せられたことになる。その部分を妥協して得るものに、意味などないのだ。


 セキズデニンはナルバンタラーを攻略するために、事前にエバベキルが立て籠もった都市に密偵を放っており、二つの流言を広めるだけでエバベキルを窮地に追いやった。


「エバベキルの支配下では奴隷のままだが、デニゾバ領主セキズデニンに従えば領民に取り立てられ、活躍次第では第一級領民にもなれる」

 という流言を奴隷の間にばら撒き、

「エバベキルはセキズデニンに命乞いするために、都市の領民をセキズデニンに奴隷として差し出す」

 という流言を領民の間に流した。


 この噂を耳にしたエバベキルは怒り狂い、自身に対して少しでも反意を感じさせる行動をとる者たちを徹底的に力で弾圧した。

 セキズデニンはエバベキルの人間性とこれまでの行動からこの反応を予測しており、買収していたナルバンタラー兵にエバベキルの命令以上に厳しい取り締まりを行わせることでいとも簡単に都市内部で暴動を起こさせた。


 城門は内側から開かれ、都市にデニゾバ軍がなだれ込む。

 ナルバンタラー軍も必死にデニゾバ軍を阻もうとするが、奴隷のまま歩兵として従軍している下級兵たちが従わず、デニゾバ軍に都市深くへと侵攻されてしまう。

 守りを固めて持久戦の構えを見せていたエバベキルは、想定外の事態に対応策を練るのではなく、自身の喉元に迫ったデニゾバ軍に恐怖し、奮戦する兵士も守るべき領民も放り出して都市からの脱出を図った。


 だがそんなエバベキルの行動を完璧に読んでいたセキズデニンによって逃走路には兵士が伏せられており、待ち構えていたデニゾバ軍によってエバベキルは包囲されて捕らえられた。

 そして抵抗を続けるナルバンタラー軍残党の心を折るために、捕らえたその日うちにエバベキルを筆頭に、その親族全員が公開処刑された。 

 弾圧の影響からか、領民たちの中で嘆き悲しむ者、怒り狂う者はおらず、処刑はむしろ恨みに満ちた歓声の中で行われた。


 内部崩壊から一気に攻め落とされたナルバンタラー軍は、敗れはしたが短期間に攻め落とされたが故にその兵力は多くが無傷で残っていた。

 セキズデニンは協力した奴隷兵たちをまず奴隷の身分から解放し、領民としての権利は次の戦で功績を挙げた者のみ与えると約束したうえでこれまででは考えられないほどの十分な食事と、清潔な装備を与えた。

 それらはすべて元々はナルバンタラー軍の備品であり、セキズデニンの懐から出たものではもなかったが、それについて言及する者は一人もなく、これまで家畜以下の扱いを受けてきた奴隷たちはその士気を大いに上げた。


 奴隷に対してゾン貴族としては異例な寛大さを見せたセキズデニンは、正規兵たちに対しては厳しい選択を課した。

 軍門に下るか、鉱山奴隷に身を堕とすかの二択だ。

 寛大な措置を受けた奴隷たちの暮らしは辛いものであったが、それでも鉱山奴隷から比べたらずいぶんとましなものだった。

 ゾンでは犯罪に対する刑罰として、鉱山での強制労働が課せられることもあり、同じ奴隷になるにしても、その中で最も恐れられているのが鉱山奴隷で、一度送られたら自分の足で帰ってくることはない。

 事実上の死刑宣告であり、公開処刑されたエバベキルとその親族と違い、そこには長く辛い死が待っている。


 幾人かの将校が気骨を見せ、軍門に下ることを拒んだが、元々忠誠心が低かったエバベキル軍の将校たちは、主が最後に戦う自分たちを見捨てていったことをもあり、エバベキルに対する忠誠をあっさりと放り捨てた。

 投降は認められたが、次の戦いで実績のなかった者は即座に奴隷兵に堕とされるという厳しい条件が付けくわえられており、誰もが大きな不満を抱えたが、先に軍門に下ることを拒んだ者たちが裸にされて徹底的に鞭打たれて鎖につながれ連れていかれるのを見ると、敗残兵であるにもかかわらず、いきなり奴隷にされず、機会を与えられただけマシであることを理解した。


 鞭を見せたうえでセキズデニンは彼らに飴を投げ与えた。

 功績をあげた者は新たな軍編成においてしかるべき地位が与えられることと、それは個人ではなく小隊単位でのものであることだった。

 これまでのナルバンタラー軍において実力を評価されず、不遇な扱いを受けていた下級将校とその部下たちが俄然やる気を出す。

 逆にこれまで政治的な後ろ盾で高い地位を得ていた将校たちは、奴隷に堕ちるのは絶対に回避しなくてはならないが、これまで虐げてきた者たちの下風に立たないためにも、死に物狂いで戦わなくてはならなくなった。

 セキズデニンはナルバンタラー軍の内情を利用し、敵兵力を士気高く取り込むことに成功した。


 そこに、キャブディルからの救援要請の使者が到着する。

 セキズデニンは一度冷たく笑うと、丁重に使者を迎えた。

 その裏で、セキズデニンはサーヴェリラに向けて腹心のハムザを密使として送り出したのであった――。









 元々友好関係にあったデニゾバ領主セキズデニンから援軍の確約を得たキャブディル領主ジャフェルは、背後を乱すナルバンタラーの反乱奴隷たちをデニゾバ軍に任せ、最低限の防衛戦力を領地の西側に残すとそれ以外の戦力を東に集中し、自身もサーヴェリラ軍を撃退すべく前線へと向かった。


 キャヴディル軍とサーヴェリラ軍の戦力は約三千と互角。

 だが守るキャヴディル軍に対し、攻め込むサーヴェリラ軍には勢いがあり、勢いに押されて士気も高かった。

 そこにジャフェルが到着すると、押され気味だったキャヴディル軍の士気は大いに上がった。

 しかし戦況を見て取ったジャフェルは上がった士気に乗じず、むしろ押されていた状況を利用してサーヴェリラ軍を自領に引き込んだ。


 均衡が崩れたと思ったサーヴェリラ領主カマルラマンは、キャヴディル軍の防衛線を一気に切り崩そうと攻勢をかけた。

 長年抑え続けるしかなかったキャヴディルに対する欲望を、ようやく念願叶って開放することが出来たカマルラマンは急ぎ過ぎた。

 本来諫めるべき家臣たちも主の興奮にあてられ、その足を速めてしまう。

 その陣容は長く伸び、最後尾を行く糧食部隊を守るのは、わずかな兵だけになっていた。


 キャヴディルはジャフェルの領地だ。その地形は小さな岩場から亀裂のような谷間まで頭の中に入っている。

 不利な戦況を逆手に取り、逃げると見せてサーヴェリラ軍を引き込んだジャフェルは、撤退時に伏せておいたわずか百騎ばかりの兵でもってサーヴェリラ軍糧食部隊を襲撃し、その大部分を焼き払って見せた。


 この報にサーヴェリラ軍の足が一気に鈍る。

 これを見逃すジャフェルではない。

 いつでも反転出来るように準備していたキャヴディル軍はそれまでの鬱憤うっぷんを晴らすべく猛攻をかけ、戦線を押し戻すと逆にサーヴェリラ領内まで押し返した。

 勢いのままさらに攻め込もうとする兵士たちをジャフェルは見事な統率力で引き留めると深追いはせず、強固な防衛線を築いた。

 自身がサーヴェリラ軍を自領に引き込んで罠にはめたように、勢いに任せて敵の領地に踏み込み過ぎて足元をすくわれることを避けたのだ。


 対するカマルラマンとサーヴェリラ軍の意気消沈振りはひどかった。

 糧食の多くを失い、人的被害も五百を超え、わずか一戦で戦線の維持は難しいものになってしまっていた。

 守りに比重を置いていたジャフェルが相手だったからまだ踏み止まっていられたが、ジャフェルが兵を抑えず、罠の危険性も無視して追撃をかけていたら、サーヴェリラ軍は崩壊していただろう。

 それがわかるだけに、余計にカマルラマンと兵士たちの気持ちは沈んだ。


 誰もが下を向く中、顔を真っ直ぐに上げて現れた男がいた。

 セキズデニンの腹心の部下であるハムザだ。


 王家・中央貴族派のジャフェルとセキズデニンの関係が良好なことはカマルラマンも知っている。

 キャヴディル軍の救援にデニゾバ軍が駆け付け戦況を知り、休戦に向けた調停役を買って出たのかと推測する。

 だがセキズデニンの使者として現れたハムザがもたらした情報は、カマルラマンの予想をはるかに上回るものだった。


 ゾン人らしからぬ潔癖な性格の持ち主であるジャフェルは、王の許可なく私戦に及んだセキズデニンを強く非難しており、状況が落ち着いて後、王国軍と共にデニゾバ軍を討つ計画を立てているというものだった。


 カマルラマンはキャヴディルの豊かさに魅了され、それを治めるジャフェルを嫉妬から逆恨みしていたが、そもそもがゾン人らしからぬ生真面目さを持つジャフェルとは性格が合わず、人間としても嫌っていた。

 ハムザからもたらされた情報はカマルラマンが持つジャフェルの人物像に合致しており、王家の犬らしい、いかにもやりそうなことだと思えた。


 キャヴディルからの救援要請を受け、表向きこれに応えるべくデニゾバ軍本隊は動いているが、対サーヴェリラ戦に利用するだけでなく、後に討伐するつもりのデニゾバ軍の戦力をサーヴェリラ軍にぶつけることで削ごうというジャフェルの悪辣な策を見抜いたとするセキズデニンは、ジャフェルの姑息な策を逆用するべくサーヴェリラ軍と同盟を結ぶために密使を派遣したこと、その上ですでにキャヴディル軍を討つべく策を用意した別動隊を派遣していることも伝えた。


 王家・中央貴族派のデニゾバと違い、王家に特に強い反意を抱いているサーヴェリラ領主カマルラマンは、デニゾバ領主セキズデニンに対しても反発を覚えていた。

 そのセキズデニンからの同盟の提案に対しても同様の反発を覚えたカマルラマンだったが、ハムザの説得により、その考えを変えた。


 ハムザはこれから先のゾンの可能性をもってカマルラマンを口説き落としていた。

 仮にサーヴェリラがキャヴディルを攻め落として併合出来たとしても、王家・中央貴族が東部貴族を討伐し、ゾン全体の権力を取り戻した場合、二領程度の戦力では差し向けられるであろうゾン軍の討伐軍には対抗出来ないこと。


 何より王家・中央貴族がその時東部貴族派だった南部八貴族のみを討伐対象とはせず、南部八貴族領そのものを攻め滅ぼし、東部貴族のような脅威が今後発生しないようにゾン南部の地を完全に王家の管理下に置くだろうということが予測出来ること。


 対抗処置として、デニゾバとサーヴェリラで南部八貴族領を併合し、戦力の膠着状態を作って王家・中央貴族と東部貴族による争いに加わらずに状況を見極め、均衡が崩れて後、戦況優位な側へと加担する。

 王家・中央貴族側が優位であればデニゾバがサーヴェリラと和解する形で両戦力共に王家・中央貴族派に加わり、東部貴族側が優位であればサーヴェリラがデニゾバと和解する形で東部貴族派に加わる。

 この際に重要なことは、南部貴族の戦力が、王家・中央貴族派、東部貴族派どちらにとっても容易には攻略出来ないものであることだった。


 どちらの陣営が覇権を握ろうと、無傷での勝利はあり得ない。疲弊した相手であれば、自身の保有戦力が十分であれば、相手に自分の存在を認めさせることが出来る。

 逆に、大貴族としてゾン貴族社会において揺るぎない地位を確立出来なければ、サーヴェリラがキャヴディルに勝とうが、デニゾバがナルバンタラーに勝とうが、最終的には潰されて終わることになる。


 ハムザの話を理解したカマルラマンは、これまでのこだわりを捨て、同盟に同意した。

 そもそも敗色が濃厚な状況下でデニゾバの誘いを断って、ここから逆転出来るだけの用意がカマルラマンにはなかった。

 加えて、デニゾバは断られればキャヴディルの救援要請に応え、戦いに参加するだろう。

 そうなればサーヴェリラ軍はキャヴディル軍とデニゾバ軍を相手にしなくてはならなくなる。

 敗北は確実であり、領土的野心のないジャフェルが降伏を受け入れたとしても、ナルバンタラーを攻め滅ぼしたデニゾバによってサーヴェリラは滅ぼされる可能性もある。

 その事実に気づいたとき、カマルラマンと幹部将校たちは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 同盟に対し、実は選択肢などなかったのだ。


 カマルラマンが同盟に同意すると、ハムザはキャヴディル軍攻略のための策をカマルラマンに伝えた。

 それは救援要請に応えて派遣した別動隊がキャヴディル軍と合流し、食事に毒を混ぜるという悪辣なものだった。

 さすがに一瞬眉をしかめたカマルラマンと幹部将校たちであったが、すでに踏み出した一歩は、最低でも南部八貴族領を半分は支配しなければ破滅へと向かう道にしるされていることを理解していたので、即座に気持ちを切り替えた。


 ハムザが去ってその日の夜。キャヴディル軍は壊滅した。

 なんとか戦場から脱出しようとしたジャフェルであったが、同じように毒に苦しんでいたはずのデニゾバ軍別動隊から飛来した毒矢を受け、誰にも知られることなく非業の死を遂げた。

 勢いに乗ったサーヴェリラ軍はそのまま一気にキャヴディルの主要都市を征服し、ジャフェルの親族を捕らえ、支配を完全なものとするために処刑した。


 ナルバンタラーではセキズデニンが同様の手法で短期間でナルバンタラー軍残党と領民を手なずけて見せたので、カマルラマンもこれでキャヴディル併合は八割がた成ったと考えた。

 だがキャヴディル軍残党の反応も、領民の反応も、ナルバンタラーとは全く異なった。

 戦に毒を用いたことに対してキャヴディル軍残党はもとより、領民たちも恐怖以上に激しい怒りを覚えたからだ。


 武力でもってこれに対応したカマルラマンであったが、サーヴェリラ軍ではそもそも毒を用いたことを知るのは幹部将校たちだけであり、境の防衛戦にあたっていたキャヴディル軍の兵士たちは一人残さず捕虜にするか殺害している。情報封鎖は完璧だったはずだ。

 それなのに、何故キャヴディル軍残党や領民たちがこれほど早く毒を用いたことを知りえたのかを不審に思っていたところに、その答えが現れた。

 同盟を結んだはずのデニゾバ軍が、盟友の敵討ちという大義名分を掲げてキャヴディルに攻め込んで来たのだ。


 キャヴディル軍残党と領民たちは歓呼をもってデニゾバ軍を迎え、その戦列に加わった。

 都市の城壁に拠ってこれを迎え撃とうと考えたカマルラマンであったが、幹部将校の一人が毒殺され、自身の食事にも毒が盛られると、誰もが暗殺者と成り得るキャヴディル領では眠ることも出来なくなり、都市から討って出た。

 

 カマルラマンを筆頭に、サーヴェリラ軍はセキズデニンの悪辣極まりない奸計に激怒し、これがセキズデニンの計略であるとキャヴディルの領民に説いたが、その言葉は聞き入れられるどころかこの期に及んで醜い流言をばら撒く卑劣漢として受け取られ、領民のさらなる怒りを生み出す結果に終わった。


 サーヴェリラ領に逃げ込めればまだ体勢を立て直せる可能性があるサーヴェリラ軍であったが、それをさせるセキズデニンではない。

 サーヴェリラ軍がキャヴディルへと攻め込むための道を開いたデニゾバ軍別動隊によって今度は退路を断たれ、復讐に燃えるサーヴェリラ軍残党と領民、自身の進退がかかった戦いに死に物狂いで挑む旧ナルバンタラー軍兵士によって完膚なきまで叩きのめされた。


 セキズデニンは間髪入れずにサーヴェリラに進軍。

 戦力の大半を失ったサーヴェリラに対抗する術はなく、サーヴェリラ主要都市は一日と保たずに陥落した。

 南部八貴族領はセキズデニンによって戦乱の火蓋を切られ、長い混乱が続くと目されていた。

 だが蓋を開ければ結果は圧倒的だった。

 セキズデニンは季節も変わらぬうちに、南部八貴族領の半分に当たる四領を支配下に持つ大貴族へと成りあがっていた。


 この結果に、王家・中央貴族派と東部貴族派は共に度肝を抜かれ、今頃になってセキズデニンの情報集めに奔走することになった。

 幾人かの人物たちが反応の鈍い者たちを嘲り見下したが、価値のない者へは嘲笑すら時間の無駄と切り捨て、ゾンを己の望む方向へと向けるべく蠢動を始めた。


 膠着状態あったゾンは、注目の薄かった南部八貴族領の戦いでセキズデニンがもたらした急激な変化により、望むと望まぬとにかかわらず動き出すのであった――。

 しばらくは仕事が忙しい時期が続くので次はいつ投稿出来るかわかりませんが、頑張ります!

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