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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
110/152

終幕 (その3)

 お待たせいたしました。

 終幕その3の確認作業が終わりましたので、投稿します。

 いろいろと書きたいのですが、明日の仕事に備えてもう寝ないとまずいので、ここまでにします。


 それでは終幕その3の本編をどうぞ!

「殿下はご無事か?」

 周囲のイェ・ソン騎兵たちが、到着した赤玲騎士団新人部隊によって退けられると、レフィスレクスは馬を降り、ヨナタンに問いかけた。


「まだ意識は戻られませんが、心配はいらないかと思います。呼吸も正常ですし、すぐに意識を取り戻されるでしょう」

 答えつつ、それでもヨナタンはルートルーンを無理に起こそうとはしない。

 そもそもルートルーンを捕らえる目的で振るわれた一撃だ。重傷や致命傷に至るような力加減ではなかった。それでも頭部への強い衝撃であったことに変わりはない。そうすることが許される状況になってくれたおかげで、ヨナタンはルートルーンをゆっくりと休ませることにしたのだ。


「お主も早く治療をした方がいい。少し血を流し過ぎだ」

 興奮もあり、あまり痛みを感じず、意識もはっきりとしているヨナタンではあるが、腹部の負傷個所からはまだ出血が続いている。

 レフィスレクスが降らせた血の雨と、巻き上げた泥でひどく汚れているが、それでもはっきりとわかるくらい、ヨナタンの顔色は悪かった。

 

 そこに、ルートルーン保護のために駆けつけたファティマとテレシアが合流する。

 ルートルーンの無事と、互いの状況を交換し合うと、レフィスレクスは助力を願い出た。

 この戦いに参加していたドルトスタット家の騎兵は、イェ・ソン騎兵の別動隊を足止めするべくこの戦場から少し離れた場所で死戦していた。

 ルートルーンの安全が確保出来たことで、レフィスレクスもようやく戻ることが出来る。


 テレシアが兵千を率い、レフィスレクスに続く。

 残りの赤玲騎士団新人部隊は、イェ・ソン騎兵の残存兵力の殲滅に尽くす側、いまだ合流出来ていないリードリットと、生き残りの先輩騎士たちを捜索するべく森林の奥深くへと散って行った。

 この場に残るのは、再び全体の指揮に戻ったファティマと、護衛の一小隊のみであった。



 戦いは終わった。

 一部でまだ戦闘が継続されてはいるが、それは戦い敗れた敗残兵の掃討戦に過ぎない。それはもはや戦後処理の一部に含まれる。

 気を緩めてこそいないが、それでも戦の最中のような張り詰めた空気はすでに去っている。

 ファティマもその意識の多くを、ヨナタンを筆頭に、負傷者の回収、手当てに振り向けていた。


 そこに、一人の兵士がふらりと近づいてくる。

 駆けるでも足を引きずるでもなく、ごく普通に歩いてくる。

 ファティマはあまりに自然に近づいてくるその男を、ルートルーンの私兵の誰かかと考えた。

 護衛に立つ他の赤玲騎士たちも、戦況が落ち着き、主の無事を確かめに来たのかと考えた。

 その兵士はそれほど何の気負いもなく、むしろ仲間に囲まれ安心しきっているかのように、平静を保ち近づいて来たのだ。


 この時治療を受けていたヨナタンが顔を上げたのは、その男を知っているか、いないかの差だった。

 周囲の微妙な空気の変化を感じ取ったヨナタンは、軍師としての自分を完膚なきまでに叩きのめしてくれた男に対する警戒を、解かなかったのではなく、あまりにも一方的な敗北を喫してしまったがために、解きたくても解くことが出来ない状態にあった。


 治療に当たっていた赤玲騎士の静止を無視して周囲の変化を確認したのは、ひとえに解くことが出来なかった警戒心から出た反射のようなものであった。

 だがそれが、結果として主を救うことになった。


「その男は敵ですっ!」

 腹部の傷から再び血が噴き出すのも気に留めず、ヨナタンが絶叫する。

 まるで当たり前のようにルートルーンに近づきつつあった兵士は、逃げたと見せかけ徒歩で戻って来たウェスターシュだった。


 ウェスターシュはヨナタンが頭を上げた瞬間には走り出していた。

 護衛の騎士たちがヨナタンの言葉に反応を見せたときには、既にその守りを通り抜けている。

 ゆっくり休めるようにと毛布を何重にも重ねた即席の寝床に横たわるルートルーンの周囲には、気を利かせて護衛の騎士は立っていない。


 ウェスターシュがこの戦いでヨナタンを圧倒せず、僅差でこの場に辿り着いていれば、ヴォオスの歴史は大きく変わっていただろう。

 だが皮肉なことに、ウェスターシュはヨナタンを完全に手玉に取ったことにより、奇襲を成功させることが出来なかったのだ。

 

 唯一ヨナタンの叫びに対応出来たファティマによって、その奇襲を阻まれてしまったからだ。


「殿下を守れっ!」

 ウェスターシュの前に馬を割り込ませたファティマが、冷静に命令を下す。

 その声に、一歩反応が遅れていた団員たちも、即座にウェスターシュとルートルーンの間に馬を入れた。

 

 普通ならこれで終わりだ。

 だが、この期に及んでなお、ウェスターシュは微塵の焦りも見せず、さらに一歩踏み込んだ。


「その男を並みの兵士と侮ってはいけないっ! シヴァ様やオリオン様を相手にしているつもりで当たるんだっ!」

 治療をしてくれていた赤玲騎士を押し退け、馬蹄にかき混ぜられた血泥を、転がるようにルートルーンの下へと駆けつけながら、ヨナタンが更に警告を発する。


 まるでその言葉を合図にしたかのように、ウェスターシュはそれまで抑えていた百戦の気を、一気に開放する。

 強烈な気に当てられた馬たちが、一瞬我を忘れて主たちの制御下から離れてしまう。

 間合いに入ったことで振り下ろされたファティマの斬撃も、馬が乱れてしまったことで空を斬る。

 そしてウェスターシュは、足元のぬかるみなどないかのように、驚くべき速度と体捌きで、立ち塞がる人馬の壁の間をすり抜けて行った。


「ああああああああっっっ!!」

 もはや遮るもののないウェスターシュとルートルーンの距離に、駆けつけることが出来ないヨナタンが、言葉にならない絶叫を上げる。


 身動みじろぎ一つしないルートルーンに、ウェスターシュは不敵な笑みを向ける。

 この期に及んで、あくまでリードリットの首にこだわるほどウェスターシュは愚かでもなければ小さい男でもない。

 だが、今後の立ち回りを視野に入れると、ただ混乱をもたらしただけで終わってしまっては、クロクスが描いた筋書きの、最低限の目的を達成しただけに終わってしまう。

 

 他人の評価など気に留めるウェスターシュではないが、大きなことを成すためにはそれなりに名声が必要な場合があり、悪評は足を引っ張る場合もある。

 ウェスターシュはルートルーンの首を取ることで、その両方を補おうと考えたのだ。


 一度逃げに徹したのも、戦場全体の戦況を把握していたので、この場の戦闘が早期に収束すれば、厄介なレフィスレクスが部下を救出に向かうため、この場を離れると確信していたからだ。

 来ないはずの赤玲騎士団の増援が到着した時点で、ウェスターシュはここまでを瞬時に計算して見せたのだ。


(もうちょっと先を見てみたかったガキだが、仕方ない。悪く思うなよ)


 ここまでのことをしておいて、ウェスターシュはルートルーンという獲物にそこまでの価値を見出していない。

 大陸全土を見渡した時、大国の王位継承権第一位という肩書以上の価値を、現在のルートルーンは持ち合わせていないのだ。

 たとえ本人にどれほどの価値があろうと、社会的な価値基準において、肩書を超えることは難しい。


 これがレフィスレクスの首であれば、ウェスターシュも全力を出したのだろうが、まだこれからの新芽を摘むような行為に、どこか自嘲めいたものすら感じていたウェスターシュの動きには、何が何でもという気概は存在してはいなかった。


 そのおかげかもしれない。

 ウェスターシュは背後、というより頭上から襲い掛かって来た鋭い剣先を察知し、咄嗟に回避することに成功した。

 さすがのウェスターシュでも、想定外の方向からの攻撃には驚く。

 もしルートルーンに集中しきっていたら、あるいはここでウェスターシュの人生は終わっていたかもしれない。


(少し甘く見過ぎたな)


 レフィスレクスさえ回避してしまえば、あとは何の問題もないと考えていた自分に苦笑する。

 そして直後に繰り出された鋭い突きも回避する。

 回避しつつ、自分の虚を衝くことに成功した相手をしっかりと観察する。


 それは、始めにかわして見せた護衛の隊長であるファティマだった。

 いったいどうやってと考えると同時に、ファティマだけでなく、周囲にも観察の目を向ける。 

 答えはすぐにわかった。

 というより、この行動を可能にする要素は一つしかなかった。


 一度抜かれた相手を、馬で回り込んだのでは間に合わない。

 長距離であれば可能だろうが、ごく短い距離では、小回りの利く人間の方が早く行動出来る。ましてや相手はウェスターシュだ。その速度は常人のそれをはるかに凌駕する。

 ファティマは咄嗟に馬で追うことを諦めると、自分と同じようにかわされ、抜かれていく仲間を足場にして、空中を一直線に追撃したのだ。


 ウェスターシュはファティマの突きを回避しつつ、蹴りを飛ばす。しかも、同時に泥をファティマの目を狙って飛ばすしたたかさまでみせる。

 だがファティマは、この攻撃を当たり前のように回避した。


こいつもか(、、、、、)


 レフィスレクスは別格として、先に手を合わせたルートルーンも、正規の剣術だけではない、ある意味喧嘩慣れしていると表現出来るような動きを見せていた。

 ルートルーンは鞘を、剣を使うのと同じくらい自然に扱い、目の前の女騎士は、まさに喧嘩技である目潰しを、当たり前に見切って見せた。

 命のやり取りに、卑怯も何もあったものではないのだが、明らかに戦場そのものの経験が少ないはずの少年と少女が見せた荒々しさに、ウェスターシュはその背後にいる人物が見えるような気がした。


 少し遊びたい欲求がうずいたが、さすがのウェスターシュも、数を頼りに攻められては勝ち目がない。

 特に赤玲騎士団は戦術上毒を用いた罠なども使用する。

 距離を取られ、一斉に毒矢を射られたら手の打ちようがない。

 遊びはなしだと内心呟きながら、ウェスターシュは反撃に転じた。


 一撃。


 たったそれだけで、ファティマは自分と目の前の男の彼我の差を思い知らされた。

 何とか受け流すことには成功したが、これほど重く、鋭く、速い攻撃を、そう何度も回避することは出来ない。

 むしろ始めの一撃を回避出来ただけでも上出来と言えただろう。


「早く……」

 仲間の団員に指示を出そうとしたが、続く斬撃の前に、言葉を紡ぐことすら出来ない。

 焦る気持ちを必死に抑え込み、ファティマは死と隣り合わせの剣舞を踊った。

 

 ここまでファティマは無駄な言葉は一切発してこなかった。

 目の前の男に対し、その素性を質すこともしない。

 今この時において、それは意味のない行動だからだ。

 徹底的に冷静に、必要なことに焦点を絞って判断を下してきた。

 それが出来ていたからこそ、ファティマはルートルーンの窮地に間に合うことが出来たのだ。


 だがその冷静さが、状況の絶望さを明確に意識させる。

 自分ではこの男に勝てない。

 それどころか、いつまで足止め出来るかもわからない。

 次の瞬間には斬り捨てられ、肉の塊と化すかもしれない。


 ファティマはそのすべてを思考から押し退けた。


 目の前の男の前に、少しでも長く立ち続ける。

 ただそれだけに集中する。

 そこからファティマの驚異的な粘りが発揮された。


 もはやきれいに回避することも捨てている。

 ウェスターシュが剣を一閃させるごとに、ファティマの身体の一部から血の飛沫が上がる。

 だが、同時に致命傷は負っていない。

 それどころか、九割方守りに回らざるを得ないが、残りの一割はしっかりと反撃に出ている。


 初めてウェスターシュの中に焦りが生まれる。

 この時この場においては、一瞬の遅れが結果を左右しかねない。

 ウェスターシュも覚悟を決めて攻め方を変える。

 

 ファティマの反撃が、ウェスターシュの右上腕を捉えたとき、ウェスターシュの斬撃がファティマの頭上に振り下ろされた。

 防御を犠牲にしての強引な攻めが、ファティマの粘りを振り切ったのだ。

 ファティマが死を意識したその瞬間。


 一つの剣戟が響き渡った。


 意識を失っていたルートルーンが、ファティマとウェスターシュの斬撃の間に、その剣をねじ込んだのだ。


「ちぃっ!」

 ウェスターシュが舌を打つ。


 目覚めたルートルーンは、自分が意識を失っている間に状況が一変したことなど知りようもなかったが、ウェスターシュの存在そのものに反応したのだ。

 そのまま状況の確認などに意識を振らず、目の前のウェスターシュにのみ集中する。

 この男の強さは、身をもって思い知っている。他のことに意識を割いている余裕などなかった。


 この動きにファティマも連動する。

 

 ウェスターシュと比較すれば、二人はまだ未熟な剣士かもしれない。

 だが、二人がこの時点で修めていた業は、ウェスターシュに及ばないだけで、けして未熟なものではなかった。

 むしろ、常人の限界域に手を掛けてすらいる。


 圧倒的実力を有する敵を前に、驚異的な集中を見せる二人は、声を掛け合うどころか意識を向け合うことすらせず、状況のすべてを利用し、二身一体とも言えるような、驚きの連携を見せた。

 どちらも勝つことは出来ない。

 だが、一太刀の下に斬り伏せられるほどには引き離されていない。

 一人が全力で守るとき、一人は全力で攻める。

 そしてその守りは、自分の身一つを守るための守りではなく、その一撃に対し、最も効率よく受けられる方が請け負う。

 ルートルーンとファティマは、これを無意識の内に行っているのだ。


 一対二という戦況における、もっとも理想的な戦闘術――。


 それはむしろ、意識しては成し得ない領域の戦いだったのかもしれない。

 だがそれを実現させたのは、紛れもなく二人が日々積み上げた研鑽が、理想を型に出来るだけの領域まで到達していたからだ。

 二人は無意識の領域で一つにつながっていた。


 その戦いはウェスターシュにとって、レフィスレクスを相手取る以上に厄介なものであった。

 それでも負けることはない。

 負けることはないが、追い込むことが困難な戦いだった。


 二剣を操って見せたレフィスレクスとの攻防は、あくまで人体構造の範囲内での攻撃に限られた。

 それ故その剣技は究極を極め、隙を見せない互いの構えを崩すために牽制を織り交ぜた高度な駆け引きが必要だった。

 その一撃は必殺を極め、攻防どちらかに比重を傾けるような真似は不可能。一度でも守勢に回ってしまうと、挽回することが困難なほど、張り詰めた高次元の戦いだった。


 次元が一段階下がる二剣を相手取った戦いではあるが、頭脳が二つある分牽制が機能しずらく、防御が切り崩しにくくなり、人体構造に縛られない分攻撃も変則的になる。

 攻めにくく、守りにくい。

 攻撃力がレフィスレクスに劣る分、致命的な間違いを犯さない限り負けることはないのだが、短期決着を望むウェスターシュにとっては最悪の相手となってしまっていた。


 時間が過ぎていく。


 ほんの数瞬の間に無数の攻防を繰り広げた三者のもとに、一度は抜かれた赤玲騎士たちが駆けつける。

 それは本来有利に働くはずの展開だったのだが、良くも悪くも追い込まれ、ウェスターシュ一点に集中していたルートルーンとファティマの意識を乱すことにもなった。


 ウェスターシュを囲もうとしたその動きは、ウェスターシュからの直接の攻撃を阻む効果があったが、同時に二人の連携を阻むことにもなってしまう。

 その事実に気がついていたのは、加勢に加わった赤玲騎士ではなく、助けられたはずのルートルーンとファティマと、何より追い込まれたはずのウェスターシュだけだった。


 ウェスターシュは敢えて包囲の輪に飛び込む。

 馬上からの攻撃は、地上で受ける側が圧倒的に不利になる。

 だが、根本的な実力に大きな開きがあるウェスターシュと赤玲騎士団の新人との間では、その常識は通用しない。

 

 振り下ろされる剣を難なく捌きながら、ウェスターシュは鋭い突きを返していく。

 十人以上いた護衛騎士たちだったが、ウェスターシュの反撃を腹部に受け、次々と落馬していく。

 それも一瞬のうちにだ。


 これに反応しないファティマではない。

 仲間たちを助けるため、ルートルーンに先んじて、一歩早く踏み出す。

 そしてその一歩が、状況を決定づけてしまう一歩となった。


 崩れた連携の隙を、見逃すウェスターシュではない。

 邪魔な赤玲騎士を圧倒すると、素早くファティマへと向き直った。

 女性特有の身体の柔らかさを活かした剣術を使う相手であったが、ここまでの短くも濃密な戦いでその特性を見極めている。

 一歩先んじたことで、ルートルーンの守りの有効範囲から出てしまったファティマを、防御のために掲げた剣ごと、一刀のもと斬り捨てる。


 肩口を切り裂かれたファティマであったが、砕かれた剣のおかげで何とか致命傷は免れていた。

 だが、そこに降りかかるウェスターシュの二の太刀を受ける術はない。

 完全に詰んでしまった状況であるが、ウェスターシュの二の太刀に対し、一歩遅れてルートルーンが間に合う。


 再びファティマを守るべく繰り出されたルートルーンの剣であったが、斬撃は襲ってこなかった。

 ルートルーンとウェスターシュの視線が交わる。

 互いの瞳には、ルートルーンの目がすべてを悟って悔恨に見開かれる様が映り、ウェスターシュの目が、獲物を罠にかけた狩人のように光る様が映った。


 ウェスターシュは連携の乱れを衝いただけでなく、そのままルートルーンを誘い出す罠に利用したのだ。

 ルートルーンがファティマを守る行動に出ることを、ウェスターシュは完全に見抜いていた。

 先程までと異なり、ファティマを先に倒されているこの状況には、ルートルーンを守る刃は存在しない。

 ウェスターシュの目的はルートルーンの首を取ること。

 ファティマへのとどめなど、ルートルーンを討つことが出来れば、刺さなくてもいいほど些末なことなのだ。

  

 ウェスターシュの斬撃が、ルートルーンの脳天目掛けて振り下ろされる。

 ルートルーンも何とか剣の軌道を戻そうとするが、間に合わない。

 護衛の騎士は皆倒れ、必死に駆け寄ろうとしていたヨナタンも、ぬかるみに足を取られて倒れている。

 ずいぶんと手間取らされたが、ウェスターシュがようやく目的を果たそうとしたその時、全く予想していなかった邪魔が入った。

 猛然と駆け付けた騎士が一人、ウェスターシュの剣を弾いて立ち塞がる。


「殿下に剣を向けるとは、どういうつもりだっ!」

 凄まじい大喝が響き渡る。

 戦いに割り込んだ騎士の正体に初めに気が付いたのは、助けられたルートルーンではなく、邪魔をされたウェスターシュの方であった。


「負け犬が、今頃になってしゃしゃり出てくるなっ!」

 騎士が怒りをぶつけたのに対し、ウェスターシュは心底からの侮蔑を叩きつける。

 現れたのは、逃亡貴族の首領格であった、ローベルトであった。


「貴様らを雇ったのは、リードリットを討つためであって、殿下に危害を加えるためではない。さっさと手を引けっ!」

「どこまでズレていやがるっ! この期に及んで、まだ雇い主が自分だと思っているのかっ! それとも、命が惜しくてかつての主の息子の足でも舐めに来たのか? 負け犬の首領には似合いの無様さだが、今はそれを笑ってやる気分じゃねえんだよっ!」

 自分の思考からはるかに遅れた発想で行動しているローベルトに対し、本気で苛立つウェスターシュは、珍しくムキになって怒鳴り返した。

 ウェスターシュが最も嫌いな察しの悪い人間を、なじらずにはいられなかったのだ。


「この御方はいずれヴォオスの国王となられる御方だ。貴様のような下賤の者が、剣を向けていい御方ではないっ!」

 馬から降りながら、ローベルトがなおもウェスターシュを罵倒する。

 そして、降りると同時に乗馬をルートルーンの方に押しやる。ルートルーンをこの場から逃がすためだ。


「負け犬がギャンギャンと、ズレたことを喚くなっ! 目障りだっ!」

 言葉の通じない相手に、ウェスターシュがついにキレる。

 だが、キレつつも行動だけは最適な選択肢を選らぶ。

 ウェスターシュが振るった剣はローベルトではなく、降りたばかりの乗馬の首筋に振り下ろされていた。


 悲鳴を上げつつ乗馬が倒れる。

 危うくヨナタンがその下敷きになるところだったが、何とか回避する。

 足掻いてもがき続けるヨナタンは、もはや泥の塊と化していた。

 そんなヨナタンに意識を向ける者は、一人もいない。


小賢こざかしい真似をっ!」

 ルートルーンを逃がすことに失敗したローベルトが、ウェスターシュに斬りつける。

「駄目だっ! ローベルト卿っ!」

 ルートルーンが咄嗟に叫ぶが、間に合わない。

 振り下ろされたローベルトの一撃を、ウェスターシュはいともあっさり弾き返す。

 驚愕に見開かれたローベルトの瞳に、侮蔑で顔を歪める自分を映しながら、ウェスターシュは返す刀でローベルトの胴を斬り捨てた。


「まったく、これじゃあ何がしたくてのこのこ出てきたのかわからんな。道化すら務まらん愚かな負け犬が。そこでゆっくりと死にながら、かつての主の息子が死ぬところを見物していろ」

 嗜虐的に目を光らせながら、ウェスターシュは血の泡を吹くローベルトに、侮蔑の言葉を投げつけた。

 一見無防備に見えるウェスターシュに、ルートルーンが斬りつける。


「負け犬と同じ轍を踏むな。飼い主っ!」

 実力で勝る相手に、不用意に攻め込んではならない。

 それは相手の間合いに踏み込む行為に外ならず、回避されたが最後、待っているのは踏み込んでしまった自分自身の死だけだ。


 さすがにウェスターシュの実力を思い知らされているルートルーンは、ローベルトのようにあっさりと斬り捨てられはしなかった。

 だが、襲い掛かる連撃の前に、防御も追いつかなくなる。

 そして最後の一撃で、その剣を弾き飛ばされてしまう。


「もう十分だろう。これ以上見苦しく足掻くな」

 冷たく一言吐き捨てると、ウェスターシュは剣を振り上げた。

 いったい幾度目の窮地だろうか。

 ルートルーンは迫る白刃を見上げながら、そんなことを思った。


 だが、見苦しい足掻きはまだ終わっていなかった。

 ウェスターシュの剣が振り下ろされたとき、そこに泥にまみれたヨナタンが飛び掛かったのだ。

 ルートルーンとファティマを相手取りつつ、他の護衛騎士にまで意識を向け、さらにそこにローベルトまで加わったウェスターシュにとって、重傷を負い、泥の中でもがいていたヨナタンの動きまで把握することは、さすがに処理限界を超えていた。

 意識の外に置いていたヨナタンが腕にしがみついたことで、その軌道が大きく逸れ、ルートルーンは致命的な一撃から逃れることになる。


「いい加減にしろっ! この糞ガキがあぁっ!」

 一段も二段も上の立場から、常に余裕をのぞかせつつ見下していたウェスターシュであったが、再三にわたる妨害に、この時だけは真っ直ぐな苛立ちをヨナタンに叩き付けた。

 腕にしがみつくヨナタンを、苛立ちを形にするかのように、荒々しく地面に叩き付ける。


「ヨナタンッ!」

 叫ぶルートルーンの目の前で、叩き付けられた衝撃で腹部の傷がさらに大きくなってしまったのか、ヨナタンの腹部から、泥を押し流して新たな鮮血が零れ落ちる。


 たった一撃。


 わずかな時間。


 ルートルーンを守るべく支払った代償に対して、ローベルトとヨナタンが得たものは、たったそれだけだった。


 だが、そのわずかな時間が、事態を救うことになる。


 駆けつける馬蹄の轟きが鼓膜を打ち、一瞬にして大きくなる。

 そして轟きは、一つの騎馬の影をこの場に届ける。


 またかという思いで振り向いたウェスターシュであったが、新たに現れた騎馬の正体に、思わずその眼を見開く。

 曙光を受けて輝く金色の瞳を中心に、まるで燃え盛る紅蓮の炎がごとき赤髪が踊っている。

 駆けつけた騎影は、国王リードリットその人であった。


 待ち望んでいた相手の出現であったが、ウェスターシュは歓喜するのではなく、自分の計算に大きな疑問を抱くことになった。

 いや、それは疑問ではない。

 明確な間違いであったと、嫌でも悟らされる。


(神を屠りし者の末裔――。 これほどだったのか……)


 リードリットが放つ王者の威のあまりの強大さに、ウェスターシュは自分がリードリットの力量を見誤っていたことを受け入れる。


 状況を瞬時に見て取ったリードリットは、一瞬の間も置かず、まるで紅の獅子のような咆哮を上げ、ウェスターシュに迫った。

 振り下ろされる剣は通常の剣の三倍もの厚みがあり、存在そのものが見る者の魂を震え上がらせる。

 だが、ウェスターシュは怯えも震えることもなく、自身に迫る白刃を迎え撃った。


「なあっ!!」


 そのあまりの威力に驚愕の声を上げる。


 騎馬の突進であることを差し引いても余りあるほどの強烈なその一撃は、ウェスターシュの度肝を抜いた。

 始めにファティマから受けていた上腕への一撃がこの時致命的に響く。

 受けてはいけない。

 そう思ったときにはすでに手遅れだった。

 咄嗟に反転してその威力を逃がそうとしたが間に合わず、ウェスターシュの剣は受けた部分を粉々に砕かれ、肩口を大きく切り裂かれていた。


 ウェスターシュは一瞬たりとも迷わなかった。

 反転の勢いそのままに、脱兎のごとく駆け出し、主を倒され空馬となっていた赤玲騎士の馬の一頭を捕らえると、直後にはその馬上に身体を預け、全速で逃げにかかった。

 その背にリードリットの白刃が迫ったが、浅く切り裂かれただけに終わり、何とかその攻撃範囲から逃れることに成功する。


「追えっ! だがかなりの手練れだっ! 近づかずに矢で仕留めよっ!」

 一足遅れてこの場に到着した赤玲騎士に、リードリットが指示を出す。

 ここまで護衛としてリードリットに同行していた赤玲騎士たちは、半数を残してウェスターシュの追跡に向かう。


 同じくリードリットに一歩遅れて到着したアナベルは、現場の惨状に一片の動揺も見せることなく残りの赤玲騎士に指示を出し、自身も泥に半ば埋まるように横たわっていたヨナタンを引きずり起こしてやる。


「陛下。ご無事で何よりでございます」

 自分を守るために傷ついたファティマに肩を貸しながら、ルートルーンは従姉であるリードリットに頭を下げた。


「お預かりした赤玲騎士団をこのような事態に追いやってしまい、申し開きのしようもごさいません。いかなる処罰も受け入れる所存でございます」

 頭を下げたまま、深い悔恨をにじませた声で、この戦いで支払うことになった多くの犠牲に対し、自身の大将としての責任を果たそうとする。


「……陛下。今回の失策のすべては、私の実力不足によるものです。殿下に責はございません。どうか処罰は私めにお下しください」

 アナベルに支えられながら、泥と血にまみれたヨナタンが願い出る。


「それは違うぞ、ヨナタン。お主に策を預けたのも、その策を採用したのもこの私だ。勝てば多くの恩賞と名声を賜るのが大将である以上、敗れた時にその全責任を負うのもまた大将でなくてはならない。そうでなくてどうして兵士たちが命をかけて戦ってくれようか。信賞必罰。これが正しく行われなければ、軍組織は崩壊する。秩序を、範を示すべき立場にある私が乱してどうする。お主はさがっておれ」

 ルートルーンが厳しく諭して下がらせようとする。


「ですが、殿下……」

「二人共、もうよい!」

 それでもヨナタンが引き下がろうとせず、さらに言葉を重ねようとしたところに、リードリットが言葉を挟む。


「責を問われなければならない者がいるとすれば、それはこの私だ。敵を逃亡貴族のみと見誤り、その背後にいたクロクスの策略を見抜けぬまま、寡兵でお主らを戦地に送り込んでしまった私の失策だ。新人たちが独自に判断を下し、駆けつけてくれなければ、私はお主ら全員を失っていただろう。お主らはむしろ良く戦た。その働きに感謝こそすれ、責めることなどありえん。詫びなければならいのは私の方だ。すまなかった」

 そう言ってリードリットは深々と頭を下げた。

 これには普段口うるさいアナベルも、一言も口を挟まなかった。


「陛下。殿下。御二人の会話に口を挟むご無礼をお許しください」

 それまで黙っていたファティマが、堪え切れなくなって口を挟む。

「かまわん。申せ」

 その口調から、戦いが終わった安堵感ではなく、むしろ窮地に追い込まれているかのような切迫した響きを感じ取ったリードリットが、悔恨の表情を引き締め直して話を促す。


「現在シュタッツベーレン領を中心としたヴォオス北部が、魔物の大海嘯だいかいしょうにさらされております」

「なんだとっ!!」

 初めて知る緊急事態に、リードリットが思わず声を大きくする。


「我らは領民総出で死戦するシュタッツベーレンを後にしてこの地に赴きました。かの地は今も激戦が続いていることでしょう。どうか、一兵でも多く、ヴォオス北部へお送りください」

 肩を貸してくれていたルートルーンから一歩離れると、ファティマはリードリットの前にひざまずいた。

 大海嘯に関する知識を持たないルートルーンとヨナタンだけが、この場で話についていけていない。


「わかった。医療班と最低限必要な人員を残し、北へ向かう。取り逃がしたイェ・ソン人共にはもうかまうな。今すぐ五体満足な兵を招集し、隊を編成する」

 今は悔やんでいる時間すらないことを悟ったリードリットが、即座に決断を下す。


「隊は私自ら率いるっ! 急げっ!」

「へ、陛下っ! いったい何が起きているのですかっ!? だいかいしょうとはいったい……」

 指示を出すリードリットに、事情がわからないルートルーンが困惑を浮かべながら尋ねる。

 これに対し、リードリットは手短に、大海嘯が何なのかを説明した。

 ルートルーンの目が驚愕に見開かれる。


「私もお供いたします」

「頼む。本来であればゆっくり休ませてやりたいところではあるが、今は一兵でも必要だ。お主は自身の私設部隊の状況確認と、隊の再編を行てくれ」

 断られるかと思っていたルートルーンは、リードリットが申し出をあっさり承諾してくれたことで、より事態の深刻さを思い知った。


「私も行きます」

「いや、さすがにその傷では……」

 無礼にもリードリットの言葉を遮ると、ファティマはさらに言い募った。


「前線に出ることは無理かもしれませんが、後方支援の指揮を執るくらいのことは出来ます。自領の窮地であるにもかかわらず、我らに行動の自由を与えてくださったヘルダロイダ様に、僅かなりとも恩返しをしたいのです」

「前線に出ぬと約束するのであれば許可しよう。だが、まずはその肩の治療が先だ。向こうで治療しているような余裕はない。ついてくると意地を張るのであれば、お主も急げよ」

「ありがとうございます」

 ファティマは深く一礼すると、自らの足で救護兵の元へと向かった。


「たいした騎士ですね」

 その背を見送りながら、ルートルーンが感嘆の言葉を口にする。

「ああ、直接会うのは初めてか。あれがカーシュナーの弟子だ」

「あの者が!」

 話だけはリードリットから聞いていたルートルーンは、驚くと同時に深く納得もした。


「あれで剣を手にしてまだ二年も経たないそうだ」

「なあっ!」

 新人部隊を率いてきたのだから、入隊してから日が浅いことはわかっていたが、改めて数字を言葉にされると、そこには驚きしか存在しない。


「あれはゾン人だ。ゾンで女性がどのような扱いを受けているか、お主も知っていよう。それまで剣を持つどころか、逆らうことすら許されずに生きて来たはずだ」

 リードリットの言葉に、ルートルーンは大きくうなずいた。カーシュナーの影響で、ゾンの文化を改めて深く学び直している。

 ゾンでは女性は家長の所有財産であり、奴隷が家畜であるなら、女性は完全に物として扱われている。


「それを考えれば、あの者の成長速度はありえないほど早い。あれの剣は、けして天才の剣ではない。一を聞いて十を知るかのように、一足飛びで己を高めてきたわけではない。十を知り、その十を身につけるべく十の努力を行う。すべては日々の積み重ねが作り上げたのだ。人を育てるのに、環境は重要な役割を果たすが、それ以上に、意志の力が重要なのだということを改めて思い知らされる」

 リードリットも、ルートルーンと同じく、ファティマの背を見つめて感嘆のため息を吐く。


「高い目標を定め、理想を描き、理想の中に存在する自分自身を目指して歩み続けている。まったく。あやつの背中(、、、、、、)はどこまで先にあるのかと、呆れる思いだ」

 その言葉で、ルートルーンはファティマが理想として思い描いている自分の姿を、カーシュナーの背中に重ねていることを悟った。


「あの背中を追っているのであれば、成長も早いはずです。先に出会ったのに、もう既に追い越されているかもしれません」

 そう言うとルートルーンは、苦笑いを浮かべた。

 ルートルーンの中にも、目指す先に同じ背中があるからだ。


「あれはきっと己の理想に辿り着けるだろう。人々を導き、明日の世界を変えていくはずだ」

「そうですね。ゾン人でありながら、ヴォオス人が大半を占める赤玲騎士団の新人部隊をまとめ上げているのですから、間違いないでしょう。彼女の元には、きっと多くの人が集まるでしょう」

 まるでまぶしいものでも見るかのようにファティマを見つめるルートルーンに、リードリットがカーシュナーに植え付けられたいたずら心を発揮する。


「人は集まるだろうな。あれは必ず美しく成長する。人の視線を掴んで離さないだろう。たとえば一国の王子の視線なんかをな」

 そう言ってリードリットはルートルーンの横顔をうかがう。

 慌てるか、赤くなるか。果たしてどちらだろうかとニヤリと笑う。


「そうですね」

 だが、返って来たのはそのどちらの反応でもなかった。

 からかいの言葉を堂々と認められてしまい、逆にリードリットの方が慌てる。


「ちょっ、なっ! ゆ、許さんぞ! 待て、まだそういうのは早い!」

「何を言っておられるのですか、陛下?」

 意味不明なことを、しどろもどろになりながら口にする従姉に、まだ少年の領域から脱し切れていない従弟が小首をかしげる。

 その様子に、ヨナタンを部下に任せたアナベルが吹き出す。


「こ、こらっ! 何を笑っておるのだ。アナベル!」

 笑われてしまったことに、リードリットがむくれる側で、ルートルーンは誰にも見向きもされない男の元に足を向けた。


「……ローベルト卿。介錯が必要か?」

 もはや死を待つだけのローベルトにそっと尋ねる。

 その問いかけに対し、ローベルトは小さく首を横に振った。

「……私の不徳が、多くの者を死なせました。私は自分の選択に後悔はしておりません。我が忠誠は、最後までロンドウェイク様の元にございます。ですが、私には共に戦い死んでいった者たちに対する責任がございます。残されたわずかな時間だけでも、向き合う義務がございます」

「わかった」

 それだけ言い残すと、ルートルーンは部隊再編のため、散ってしまった部下を探しに向かった。

 慰めも同情も置いていかなかったルートルーンに、ローベルトは改めてその器の大きさを感じた。


 ため息を一つ吐く。

 ほんのわずかな空気と共に、ローベルトの中にあった多くのものが去っていく。

 ローベルトは、少し楽になれたような気がした。

 そこに一つの影が落ちる。


「……何の用だ」

 影の主はリードリットだった。

「貴様などに用などあるわけがなかろう。私はただ、独り言をつぶやきに来ただけだ」

「…………」

 反射的に言い返そうとしたが、ローベルトの中には、すでにリードリットに対する反発すら残されてはいなかった。


「あと二年。ないしは三年。私はルートルーンに王位を譲り退位する」

「無責任だな。王位を何だと思っているのだ」

 減らず口を叩きつつも、ローベルトは近い未来に王冠を戴くルートルーンの姿を幻視し、わずかに口角を緩めた。


「お主らのしたことは、すべて無意味だったのだ。馬鹿めっ!」

 辛辣な言葉を口にしている割に、その顔には労りの色がある。

「無念であろう」

「……そうだな」

 その言葉は苦痛の呻きと共に吐き出された。


「では一刻も早く、その無念と己の愚かしさを叔父上に伝えに行け」

 そう言うとリードリットは、懐剣を取り出した。

 王族がいざという時、自害するために常に持ち歩くものだ。

「ついでにルートルーンの戴冠の件も伝えてくれ」

「……わかった」

 その憎まれ口のすべてが、自分を痛みから解放しようというリードリットの恩情であることを、ローベルトは理解していた。

 故に感謝は微塵も表に出さない。


 リードリットはただ無言で、懐剣をローベルトの首筋に当てると、スッと引いた。

 残されていたローベルトの僅かな時間が、一瞬で終わりを迎える。

 ウェスターシュに見下されたように、この世に何も残すことが出来なかった不器用な男は、たった一つの土産話だけを手に、この世を去った。


 逃亡貴族が起こした反乱が、ここに終結したのであった――。









 この後、リードリットに率いられた僅か数千の兵力が、ヴォオス北部の危機を救う。


 これに従ったルートルーンは、逃亡貴族の反乱の鎮圧だけでなく、再びヴォオスに侵攻してきたイェ・ソン軍残党をも撃破したとして、その獅子奮迅の活躍を讃えられ、国内だけでなく、近隣諸国にまでその勇名を轟かせた。

 当人の不満とは別に――。


 この戦いでルートルーンが真に得たものは、ヨナタンを筆頭とした仲間たちとの深い絆と、レフィスレクスとの友好くらいのものであった。

 その中に、ファティマとの間で交わしたカーシュナーに関する情報交換が、淡く、それでいて確かな繋がりになったことを知っているのは、ごく僅かな者たちだけであった。

 そのごく僅かな者たちは、少年と少女の、まだ明確な名前を付けることが出来ないくらいの淡い心の交流を、微笑ましく見守った。

 若干一名のみが、子離れ出来ない母親のような渋面を浮かべたことに、必死で笑いをこらえたことを、その若干一名は知る由もなかった――。

 長かった~。

 でも書いてて楽しかった~。

 本音を言わせてもらえれば、これよりもっと、個人個人に焦点を当てて物語を書きたかったです。

 特にファティマ。


 でもそれをやるとただでさえ長かった話が、さらに長くなってしまうので、さすがに無理でした。

 やっぱりキャラが多過ぎるんだよな~。

 でも、キャラの顔が見えていないと、なかなか会話なんかが上手く進まないんですよね。

 あとキャラ考えるの楽しいし(苦笑)


 とりあえず話も一区切りとなり、舞台は再びゾンへと戻ります。

 風呂敷をだいぶ大きく広げてしまったので、ここらで一度整理し直そうと思います。

 なので、またしばらく投稿間隔があいてしまうかもしれませんが、なるべく早くお届け出来るよう頑張ります。


 まだまだ終わりの見えないヴォオス戦記を、どうかこれからもよろしくお願いいたします。

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