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ヴォオス戦記  作者: 南波 四十一
ヴォオス戦記・乱
105/152

窮地!(その2)

 今回は一話が二万文字を超えたことと、真ん中あたりでそれ程不自然ではない感じで分割出来そうだったので、読みやすさを考慮し、一話を二回に分けて投稿いたします。

 と言っても、前回がそもそも(その1)だったので、一つの話を三つに分けただけなんですがね(苦笑)


 というわけですので、今日はこの後(その3)も投稿いたします。

 いつもとは若干投稿形式が異なりややこしいかもしれませんが、(その3)の方もお読みいただければ幸いです。


 それではヴォオス戦記の本編をどうぞ!

 イェ・ソン騎兵の想定外の出現により、分散撤退を余儀なくされた赤玲騎士団にあって、千騎長で幹部の一人でもあるロッテは、前線で味方を援護していたユリアと似た役割を、スザンナがいる本隊と、撤退中の前線との中間地点でこなしていた。


 ロッテの役割は、単騎、もしくは二、三騎に分かれて撤退している団員を、小隊規模にまとめるための、言わば目印的な役目だった。

 前線ではないとは言え、既に隊としてのていをなしていない現在の赤玲騎士団は、本隊であるスザンナの周辺にまでイェ・ソン騎兵に食い込まれてしまっている。

 赤玲騎士団が展開していたこの地点は、もはや全域が戦場であり、赤玲騎士団の有効勢力圏は存在しない状況だ。


 その中で味方の目印になるべく行動しているロッテの存在は、当然敵であるイェ・ソン騎兵の注意も引き付ける。

 ある意味、一撃離脱後に姿を消す戦法を取っているユリアよりも、はるかに危険な役割をロッテはこなしていた。

 こうした役割を、打ち合わせもなく即興でこなせるだけの判断力が今の赤玲騎士団幹部にはあり、この柔軟な対応を、即断即決で行えたからこそ、赤玲騎士団はその陣容を大きく乱されこそすれ、被害を最小限に抑えることが出来ているのだ。


 合流させた一小隊が、運悪くイェ・ソン騎兵部隊と遭遇していしまい、乱戦に持ち込まれてしまった。

 これを知ったロッテは急ぎ向かおうとしたが、一足早くフランシスカ率いる部隊が救出に駆け付けたことを知り、中間位置での役割もフランシスカに任せると、自身は前線の残りの団員を救出すべく、ユリアが奮闘する最前線へと向かった。


「おそらくもう百は残ってはいないはずです」

 前線へと向かう途中、さらに一小隊分の団員を集めることに成功したロッテに、団員の一人が報告する。

「そうか。ならお前たちはあたしと来い。イェ・ソン人共は勝手のわからないこの森の中を、あたしらを追って走っているせいで、統率が崩れてきている。このまま崩れっぱなしってことはないだろうから、今のうちに横撃を叩き込んで、一度その出鼻を挫く」

 劣勢からの逆襲に、団員たちは気合のこもった声で応えた。


 そしてロッテは、窮地に陥ったユリアのもとに駆け付けたのであった――。









 若干場違いな絶叫に、邪魔をされたツェベグデードだけでなく、助けられたユリアまで呆気にとられる。

 だが次の瞬間、ロッテに付き従って来た赤玲騎士団がその場になだれ込んで来たおかげで、ロッテの絶叫は一瞬で忘れ去られた。


「邪魔をするなっ!」

 一瞬の自失から瞬時に立ち直ったツェベグデードが、怒りも露にロッテに剣を振り下ろす。

 ユリアを一人の戦士と認めたにもかかわらず、女性に対する侮りから、怒りに任せて振り下ろされたツェベグデードの剣は、あまりに正直過ぎた。

 ロッテは脚だけで乗馬を操りながら、左手に構えた盾で、ツェベグデードの一撃をしっかりと(、、、、、)受け止める。


「なにっ!」

 振り下ろした剣が盾の溝にはまってしまったことに、ツェベグデードが驚きの声を上げる。

 そして次の瞬間、ロッテが構えた盾を捻ったことで、剣をもぎ取られそうになる。

 ツェベグデードが慌てて剣を取り戻そうとした次の瞬間。

 ロッテは素早く捻る向きを変え、ツェベグデードの力も利用して、剣をへし折って見せた。


 間髪入れずに突き込まれたロッテの剣を、ツェベグデードは半分に折れてしまった剣で慌てて防ぐ。

 続けざまに斬撃を叩き込まれたツェベグデードは、何とかその攻撃を防ぐも、攻め手を封じられてしまっているため反撃することが出来ない。


「ツェベグデードっ! ダンバモーゲを回収したぞっ!」

 苦戦するツェベグデードに味方から声が掛かる。

 言葉にこそしないが、それは撤退を促すものであった。


 ツェベグデードは折れた剣をロッテに投げつけると、出来た一瞬の隙を衝いて馬首を返した。

 その背を一突きにしてやりたかったロッテであったが、ツェベグデードの馬術の技量が勝り、一歩届かず取り逃がしてしまう。


「走れるかっ!」

 ロッテはそれ以上ツェベグデードにこだわらず、一瞬で切り替え、ユリアに向き直る。

「走るさ……」

 走れるではなく、走る。

 自身の状態には一切触れず、ユリアは成すべきことのみ口にする。


「撤退だっ! 向こうに無理をする理由はない。下手に追うと逆に引き込まれるぞっ!」

 イェ・ソン騎兵を押し込んでいた赤玲騎士団員たちが、ロッテの言葉に従い即座に馬首を返す。

 その動きに反応したイェ・ソン騎兵のうち何人かが、撤退する仲間から離れて赤玲騎士団の背後に迫るが、奇襲に参加せずに身を潜めていた赤玲騎士に背後を取られ、慌てたところを反転した赤玲騎士に襲われ、全員一刀もとに斬り伏せられてしまった。


「馬鹿が……」

 その様を目にしたツェベグデードが、忌々し気に吐き捨てる。

 猛々しいと言えば聞こえはいいが、考えの足りない同国人に、苛立ちを隠せない。

 平原をただ真っ直ぐに突き進む戦いにおいては無類の強さを発揮するイェ・ソン騎兵だが、戦術理解度が低いため、この森林部のように、地形が入り組み、視界が悪い状況になると、判断を誤ることが多い。

 個人の判断が戦況を覆すこともあるが、今回のように、我の強いイェ・ソン人気質が最悪の形で表面化することの方が多いのだ。


「命令に従えない奴は勝手に死ね」

 不機嫌に言い捨てると、ツェベグデードは態勢を立て直すために本隊へと急いだ。

 森林戦という状況は確かに不利だが、それでも数的優位の方が勝っている。 

 ここで踏み止まって戦うことは簡単だが、それでは全体としての数的優位を生かす機会を逸する可能性がある。

 そして、それが戦局全体を決定付ける機会である可能性もあるのだ。


 ここはヴォオスだ。

 イェ・ソン人にこれ以上の援軍はこないが、ヴォオス軍が動き出せば数的優位などあっさりと覆されてしまう。

 時間が経てば経つほど、この森林戦での戦況に関係なく、イェ・ソン騎兵は追い詰められることになる。

 目的を果たし、一刻も早く撤退することが望ましい。

 そのためにも、再結集しつつある赤玲騎士団を、もう一度打ち砕く必要がある。

 小さな功や矜持にとらわれている場合ではないのだ。


 そんなイェ・ソン人の心理を見抜いていたロッテは、周囲への警戒を捨て、全速力でこの場から離れていた。

 前線では地形のせいで本隊からはぐれた部隊と偶然遭遇する可能性が高い。

 ユリアを治療するにも、イェ・ソン騎兵の本隊が近くにいる間は馬を止めるわけにはいかなかった。

 そのことを理解しているユリアは、深手を負いながらも弱音一つ吐かず、全速で駆ける仲間に必死でついていく。


「ロッテ。少し速度を落とそう。いくら何でも無茶だっ!」

 古参の団員の一人が、傷口を抱えるようにして走るユリアに、痛ましげな視線を送りながら提案する。

「……ありがとう。でも大丈夫。今すぐ死ぬとかっていう傷じゃないから」

 それに答えたのはロッテではなく、声を出すのも辛いはずのユリア本人だった。


「速度は落とさない。さっきの男みたいに、冷静に状況を判断出来る指揮官がイェ・ソン人共の中にいる以上、こちらはイェ・ソン人共がまとまりを取り戻す前に集結する必要がある。それに、それが出来たとしても、数的不利が覆るわけじゃない。私たちが今最優先に考えなくてはならないことは、ルートルーン殿下をお守りすることだ。今はそれだけを考えて走れ」

 その声にも、団員たちに見せるその背中にも、微塵の揺らぎも見られない。

 それでも、いや、だからこそ、団員たちはロッテが自分の感情を押し殺して、赤玲騎士団幹部としての役目を果たそうとしているのだと理解した。


「……わかった。その代わりに、ユリアに並走することを許してほしい」

「遅れれば置いていく」

「ありがとう」

 古参の団員は、一瞬だけロッテの背中に触れると、馬足を調整してユリアに並んだ。


「ごめんね」

 ユリアが隣に並んだ団員に詫びる。

「謝るのはあたしの方さ。もしロッテと立場が逆だったら、あんたも同じことを言ったんだろ?」

「まあね」

「あんたたち幹部の責任を軽く考えていたわけじゃないんだけど、赤玲騎士団はあたしにとっては家族も同然だからさ、つい情が先に来ちゃった。年が下のあんたらが、感情を抑えて全体を見てくれている時に、あたしは目先のことにとらわれた。あんたらを支えるのが古参のあたしの役目なのに、不甲斐ないよ」

 古参の団員はそう言うと、小さく首を振った。


「それは優しいからだよ。でも、今は引っ込めておいて。あたしのことよりも、ロッテを支えてあげて。この様じゃあどっちみち、あたしはもう戦力外だからね」

 唇の端には笑みまで浮かべているが、その眼が隠し切れない悔しさを映している。

「任せて。でも、今はあんたの隣にいるから」

「……ありがとう」

 ユリアは引っ込めきれなかった仲間の優しさに、苦笑を浮かべたのであった――。









「ウェスターシュがこちらに向きを変えたか。確かに、先に赤玲騎士団を叩いておく方が全体的な優位が確定する。もたもたしてはいられんな」

 ツェベグデードと別れて赤玲騎士団に追撃をかけていたサンイルウェスは、ウェスターシュからの指示が届く前に、その動きの変化から作戦変更を察していた。


 直情型で我の強いイェ・ソン人は、一個の兵としは優秀だが、細かな戦術を駆使するような集団戦闘ではヴォオス人に及ばない。

 簡単に言えば、考えることを苦手としている人種だ。

 そんなイェ・ソン人の中で、サンイルウェスは数少ない思考型のイェ・ソン人だった。

 

 今は滅びてしまったが、野盗に身を落とす前は部族の長の息子として、族長である父を補佐し、同時に一族を率いる役目も負っていた。

 その環境のおかげか、サンイルウェスには物事を落ち着いて考えるというイェ・ソン人らしからぬ能力が備わり、野盗に身を落としてからは、野盗団の頭脳的役割を果たしてきた。


 ウェスターシュを受け入れる判断を後押ししたのもサンイルウェスで、この時のサンイルウェスの決断がなければ、野盗団は終わらない冬が去った次の冬を超えることは出来ず、瓦解して多くの者が死んでいただろう。


 戦況を見る目も優秀で、規模の割に広く展開している戦況から、核となる戦いがあると見抜いたウェスターシュが別動隊を率いて二方面作戦に出たにもかかわらず、赤玲騎士団を挟撃する展開に動きを変えた意図を正確に理解してみせたのだ。


「各部隊を呼び戻せ。ソドノムネゲンが赤玲騎士団の頭を押さえる。俺たちはその喉元に食らいつくぞ」

 これまでイェ・ソン騎兵は分散している赤玲騎士団を各個撃破するべく追っていた。

 数で勝るのだから当然の策なのだが、ここまで芳しい成果は上げられていない。

 イェ・ソン人が不得手とする森林部であることに加え、赤玲騎士団がこの地の地形をよく理解していることが原因だ。


 だが、これまで無秩序にも見える予測し難い動きでイェ・ソン騎兵の追跡をかわしてきた赤玲騎士団が、ここにきてその動きを変え始めた。

 犠牲をいとわず合流し、一方向へと流れ始めたのだ。

 サンイルウェスはこの動きを、リードリットと合流するためのものではないかと推測した。


 悔しいが兵の練度は赤玲騎士団の方が上だ。

 地の利もある以上、あと一刻ほど耐えれば、イェ・ソン騎兵が安易な力押しが出来なくなるだけの組織力を取り戻せる。

 にもかかわらず強硬手段に出てきたということは、ウェスターシュが向かった戦場にリードリットがおり、主を守るべく、いかなる犠牲を払おうと、リードリットとの合流を急いでいる可能性が高い。


 サンイルウェスの読みはほぼ正解だった。

 唯一の読み間違いは、赤玲騎士団が合流を図っているのがリードリットではなく、ルートルーンであるという一点のみだ。

 そしてその違いは、今の赤玲騎士団の行動を左右することはない。

 なので、サンイルウェスの読みは、赤玲騎士団の動きを読むという意味においては完璧であった。

 サンイルウェス率いる部隊は、各個撃破にうってつけの赤玲騎士の小集団を見つけても見向きもせず、彼女たちが向かおうとしている方向に全速力で駆け続けた――。









 ソドノムネゲンによってその進行を阻まれてしまった赤玲騎士団本隊は、サンイルウェスの動きから、イェ・ソン人たちが自分たちを挟撃するべく、その動きを変えたことに気づいていた。


 スザンナの意図としては、追跡してくるイェ・ソン騎兵を振り切り、ルートルーンの部隊を追うイェ・ソン騎兵部隊を横撃し、ルートルーンの部隊が態勢を整えるまでの壁となることだった。

 だが、イェ・ソン騎兵がルートルーンを追うのをやめ、自分たちに照準を絞ったため、移動しながら合流を重ね、最低限の陣容を整えるという目論見は叶わなくなってしまった。


「どうする、団長っ!」

 団員の一人が問いかける。

 状況が変わった以上、対応しないわけにはいかない。

 だが状況は、即座に判断を下すには難し過ぎた。


「……ここで迎え撃つ。合流はここでいったん打ち切り、この場にいる者だけで陣形を作る。フランシスカに伝令を出せ。この時点で合流出来ない者たちをまとめさせ、遊撃部隊として行動させろ。総員迎撃準備にかかれっ!」


 こちらに敵戦力が集中したということは、当初の目的であったルートルーン部隊を追跡する敵部隊を阻むという目的がある意味果たされたことを意味する。

 この場で起こる最悪の事態は、赤玲騎士団の壊滅などではない。

 リードリットとルートルーンが害されることこそ最悪なのだ。


「状況を見て、撤退していただければいいのだが……。無理だろうな」

 こんな状況にありながら、スザンナは思わず苦笑を漏らした。

 リードリットもルートルーンも、自分たちを見捨て、自身の身の安全を第一に考えるということが出来ない人たちだ。

 主の無謀を諫めるため、腹心としてアナベルやヨナタンが常にそばに控えている。

 大概のことには耳を傾け、自身に非があれば素直にその言葉に従う二人だが、仲間の命がかかっている状況で、その意思を曲げることはない。


 リードリットはまだわかる。だが、ルートルーンまでがそのような性格になってしまったのは、現王宮に仕える者すべにとって大きな誤算であった。

 王族としてしっかりと教育を受けて来たルートルーンは、生来の優しさとは別に、王族として、支配する者の在り方を学んでいた。

 それまで他者を切り捨てるという選択を迫られたことがなかったルートルーンであったが、いざとなれば立場に即した判断が出来るであろう片鱗があった。

 それは優しさとはまた別の、立場が育てた人間性だ。


 だが、終わらない冬の最後の年を経て、ルートルーンは大きく変わった。

 立場にとらわれず、己の意思、信念といったものに根差した判断を下せるようになった。

 王族という特権意識を排した今のルートルーンには、王族という決まりきった型は存在しない。

 そのため、本来の性質である優しさに基づいて考え、決断し、行動するようになった。

 敵であるローベルトにかけた情けを、状況の変化に伴い切り捨てるだけの大人の判断は出来ても、リードリットが手塩にかけて育てた赤玲騎士団を見捨てるだけの非情さは身についてはいない。

 残虐で冷酷な君主は誰も幸せにはしないが、情が厚過ぎるというのも、こういった場面では大いに問題となる。


 スザンナは苦笑の次にため息をついた。

 この状況を上手く収めるには、勝つしかない。

 現状勝ちの目は見えない。

 だが、守りたい人たちが自分たちを諦めてくれない以上、勝ちの目が出るまで粘り強く戦うしかない。

 全く予想していなかった敵の出現によって追い詰められている現状ではあるが、ここはヴォオスだ。まだ何が起こるかわからない。

 少なくとも時間が自分たちの味方であることを、スザンナは理解していた。


 最初の襲撃が赤玲騎士団を襲う。

 これまでは後退しながら罠にかけるなど、敵の虚を衝く戦い方をしてきたが、スザンナの選んだ戦法は守りだった。

 下手に攻め込まず、守りに徹しながら、じりじりと後退していく。

 地形を上手く利用した赤玲騎士団の守りは堅く、イェ・ソン騎兵は攻めあぐね、次第に攻撃が雑になり始める。


 すでに日は暮れ、闇の底に沈んだかのような暗さに閉じ込められたイェ・ソン騎兵は、その機動力はおろか数の利さえも活かせなくなり、時間ばかりが過ぎていった。

 攻撃は散発的になり、その攻撃にも先程までのような気迫は感じられなくなっている。

 そして、イェ・ソン騎兵の攻撃がついにやむ。


 地形的に、より守りやすい位置へと移動することに成功したスザンナは、油断することなくその場を砦のように固め、さらに守りに徹する。

 イェ・ソン人たちが諦めるか、朝まで待機してくれれば楽なのだが、敵地であるヴォオス深くまで攻め込むのは並大抵の覚悟ではないはずだ。

 今は引いていても、必ず再び攻勢に出てくる。

 その時こそが、赤玲騎士団にとっても好機なのだ。


 自分たちが的になることで、イェ・ソン騎兵の攻撃を一手に引き受け、その隙をフランシスカに託した遊撃戦力に衝いてもらう。

 スザンナがこの場で描ける勝利の図は、ここまで的確にイェ・ソン人たちを操り自分たちを苦しめている敵の主要人物の討伐だけだ。

 数で劣る以上、現状を逆転させるには、敵大将の首を取る以外にない。


 そのためなら、スザンナはいくらでも耐えるつもりだ。

 だが、数で劣るスザンナたちが、敵主要人物の討伐を狙ったように、数で勝るイェ・ソン騎兵たちも赤玲騎士団の主要人物を狙って動き始めたことを、スザンナは知る由もなかった――。









「おいっ! なんで攻めねえんだよっ!」

 兵を引く指示を出したウェスターシュに対し、ダンバモーゲが苛立ちをぶつける。

「うるさいよ」

 対してウェスターシュは、食ってかかってくるダンバモーゲの右腕を、手にしていた小枝で殴りつけて黙らせる。

 ユリアに肘関節を砕かれた右腕は、今は応急処置の添え木を当てられ吊られているが、ウェスターシュはその肘を殴りつけたのだ。

 痛みにうずくまるダンバモーゲを無視して、ウェスターシュは小枝で地面に作戦図を描き、説明を始める。


「赤玲騎士団は合流出来ずに結果として二手に分かれた。引いた場所を砦化して厳しく守っている連中は俺たちを引き付けておくための囮だ。崩せないわけじゃないが、崩すには時間がかかるし、何より相当の被害を覚悟しなきゃならない」


「覚悟のない者など、ここには一人もおらんぞ」

 ソドノムネゲンが口を挟む。

「わかってる。だからって無駄死にを増やすのは、無能な指揮官のすることだ。死ぬ気で突っ込む必要があるときは、俺も容赦なく指示を出す。だが、今は別の手で攻める方が早くて確実だ」


「何をすればいい?」

 現状力押しが下策であると理解しているサンイルウェスが、話を進める。

 状況をしっかりと理解している人間は、自分を含めて四人しかいない。

 先程口を挟んだソドノムネゲンと、ウェスターシュの話を黙って聞いているツェベグデードとロブサンだけだ。

 戦況は優位。だが、時間的猶予がないという現実を、実感として理解出来ている者がいないのだ。

 ダンバモーゲが黙らされたときに誰も口出しをしなかったのも、ウェスターシュがやらなければ他の誰かが黙らせたからだ。


「赤玲騎士団にとれる手立ては少ない。逆転を狙うのなら、今この場にいる俺たちの首を取る以外に逆転の目はない。それ以外となると、ヴォオス軍が動いて俺たちが撤退せざるを得ない状況に持ち込むために、持久戦に出るくらいだ。実際この先で自陣を要塞化している連中は、自分らの命を捨ててもこの場に俺たちを釘付けにする覚悟だろう。まともに相手をするだけ馬鹿を見る」 

 ウェスターシュの言葉に四人がうなずく。


お前たちが(、、、、、)狙うのは、遊撃兵力として今も姿をくらませている連中の士官どもだ。連中は女だが、よく訓練が行き届いている一流の兵士だ。数の力の意味を理解出来ているし、実際数で劣るにもかかわらず、ここまで俺たちに対抗出来ているのは、地の利だけじゃなく、組織力に差があるからだ」

 ツェベグデードは不満気な唸りを上げたが、反論を口にはしなかった。

 兵の質の差を、指揮官として肌で感じていたからだ。


「話はわかったが、こちらが遊撃兵力に集中すれば、守りに徹している連中が、我らの背後ないし側面を衝いてくるのではないか?」

 サンイルウェスが尋ねる。

「くるだろうな」

 ウェスターシュがあっさりとうなずく。

「おいっ!」

 それまで殴られた腕を抱えて黙っていたダンバモーゲが反射的にツッコミを入れたが、ウェスターシュが再び小枝を振り上げると慌ててその間合いから逃げていく。

 それを見たウェスターシュはゲラゲラと笑い、それ以上ダンバモーゲを相手にしようとはしなかった。


「守りに徹している連中を率いているのがおそらく赤玲騎士団の団長だろう。優秀なだけじゃなく、腹が据わっていて冷静だ。こっちが付け入る隙を見せれば、逃さず衝いてくるはずだ」

「それがわかっていて、どうやって遊撃兵力に集中するんだよっ! 数で勝っていたって、下手に挟撃されりゃあ大きな痛手を受けることだってあるんだぞっ!」

 離れたところからダンバモーゲが文句を言う。

 とにかくウェスターシュのすること言うことにケチをつけずにはいられないのだ。


「その通り。ちゃんとわかってるじゃんかダンバモーゲ。敵もそのことを分かっている。そして、勝ちの目が少ない分、隙を見せれば必ずそこに食らいついてくる」

おびき出そうというのだな」

 ウェスターシュの意図を理解したサンイルウェスが、一つうなずく。


「そこまでいかなくていい。守ることに徹している連中の意識の中に、攻め気をほんの少し植え付けることが出来れば、あの守りにもほころびが出来る」

「わずかばかりの綻びでは何も出来んぞ。こちらが向かえばすぐにそんな綻びなど修正してしまうだろう?」

 ソドノムネゲンが尋ねる。


「あいつらを倒せるような戦力を向ければ、そりゃあそうなる。間違えるなよソドノムネゲン。今、赤玲騎士団を倒す必要はない。赤玲騎士共を集団として機能させている士官共を討てればそれでいいんだ。それさえ出来れば、残りの連中は放っておいてもいいくらいだ」

 ウェスターシュの答えに、ソドノムネゲンはうなずいた。


「ウェスターシュ。本当に敵の国王を探さなくていいのですか?」

 それまで黙っていたロブサンが、思い切って口を開く。

 過去のことはすべて忘れ、実力だけで現在の上下関係を築き直した野盗団ではあるが、それでも幹部の中では一際年が若く、性格も大人しいロブサンが、求められもしないのに口を開くのは珍しい。


「まあ、普通の国王なら逃げるだろうな」

「なら……」

「だが、この国の国王は逃げない」

 ロブサンの言葉を遮って、ウェスターシュは言い切る。


「お前も少しは知っているだろ。リードリットがヴォオスの上流社会の間でどんな扱いを受けて来たか?」

「はい。どこまで本当かは知りませんが、ここ最近では一番の英雄物語ですから、いろいろなところで耳にします」

 ウェスターシュの問いかけに、ロブサンは素直に答える。


「クロクスの手下から仕入れた情報によると、ほとんど本当の話らしい」

「自分が保護した女を妾にしようと押し掛けた貴族の腰の骨を踏み砕いて、二度と立てないようにして、その私兵たち全員の金玉も蹴り潰したっていうあの話もですかっ!」

「ああ、ビルトセイル家の前当主な。クロクスに掛け合って、力ずくで手に入れられるなら好きにしていいって言質まで取っておいて、無様にやられた狒々爺(ひひじじい)だよ。たしか去年だか一昨年だかに、その傷がもとで死んだはずだ。部下の金玉蹴り潰しも本当らしいぜ。股間を押さえて悶絶する騎士の集団が担架で大勢運ばれたのを、ベルフィストの住人たちが見ていて、しばらくの間ずっと笑い話の種になっていたらしいぞ」

 二人の会話に、他の幹部たちが何とも言えない表情になる。


「肝心なのはそっちじゃない。リードリットが赤玲騎士団を設立するまでの間、いや、設立して以降もだな。王族貴族をひっくるめた上流社会からつまはじきにされていたことの方だ。それまでのリードリットは、父親と侍女以外味方のいない孤独な人間だった。上流社会の人間と交わらなかったことで、その感性は王族や貴族のものとはかなり違う。武人として生き、赤玲騎士団を設立したことで、ようやく居場所を手に入れたリードリットにとって、赤玲騎士団とは失うことの出来ない存在になっている。あいつにこれを見捨てることは出来ない」


「ずいぶんと甘い話だ。所詮は女ということか」

 サンイルウェスが吐き捨てるように言う。

「国王だろうが乞食だろうが、孤独の辛さは皆同じってことさ」

 ウェスターシュは肩をすくめながら言った。

 もちろんそれはリードリットを擁護しての言葉ではない。

 ウェスターシュにとって、それは計算に組み込むことが出来る確実性の高い要素に過ぎず、話が甘かろうが辛かろうがどうでもいいことなのだ。


「だが、ここで俺たちがもたついていると、リードリットは赤玲騎士団にこの場を預けても問題ないと判断し、援軍を求めてこの場から離脱する可能性がある。凶暴だとか短絡的だとか言われているが、当初の目的だった逃亡貴族共はきっちり討伐している。軍事においてはけして馬鹿じゃない。状況に見切りをつけたら、行動も早いだろう」

 ソドノムネゲンが、水攻めで壊滅した逃亡貴族軍主力の大量の死体を思い出し、うなずく。


「リードリットをこの地に留まらせ、俺たちの目の前に引きずり出す方法は単純だ。次の一戦で赤玲騎士団を圧倒する。そうすればいちいち探し回らなくても、向こうから突っ込んでくる」

「なんだ。簡単じゃねえかっ! 回りくどいこと言ってねえで、始めからそう言えよっ!」

「おまえがいちいち口を挟んでこなければ、とっくに話は終わっていたさ」

 懲りずに口を挟んでくるダンバモーゲに、ウェスターシュが嫌味を返す。


「やることは理解した。だが、まだ一つだけ確認出来ていないことがある。囮役の赤玲騎士団をどう倒す? まだ具体的な話は聞いていないぞ」

 ウェスタ―スの嫌味に対して喚き散らすダンバモーゲを無視して、ツェベグデードが尋ねる。


「向こうのことは気にするな。俺が何とかする」

「お主が部隊を率いるというのか?」

「部隊なんか率いねえさ。数で行けば徹底的に守りを固めちまうからな」

 ソドノムネゲンの問いに、ウェスターシュが首を横に振る。


「少数精鋭で忍び込もうというわけか」

 サンイルウェスが一つうなずく。

 数の力で遊撃兵力を倒すためには、当然敵の囮相手に数を割くわけにはいかない。

 敵兵力を壊滅させることが目的ではない以上、暗殺に近い手段に出るのは当然だ。


「正確には少数精鋭じゃない」

「小隊規模で動くのか? さすがにそれは気づかれるのではないか?」

「それも違う。行くのは俺一人だ(、、、、)

 ウェスターシュの言葉に幹部全員が目をむく。


「お前が腕が立つのはわかっている。だが、いくら何でも無茶が過ぎる」

 首をひと振りすると、ツェベグデードが反対する。

「止めんなよ、ツェベグデード。本人がやるて言ってんだ。やってもらおうじゃねえか」

 ウェスターシュを止めようとするツェベグデードを、いやらしい笑みを浮かべたダンバモーゲが止める。


「だがよ。やってみました。駄目でしたじゃあ、済ませねえぞ」

 ウェスターシュの言葉を失言と受け取り、追い詰めようとする。

「そりゃあ、済まねえだろうさ。駄目だったときは、俺の命がねえからな」

「ほう。言うじゃねえか。駄目だったら、おめおめ逃げ帰って来てもいいんだぜ」

 ダンバモーゲがニヤニヤしながら嫌味を言う。先ほどのお返しのつもりなのだろう。


「なんだ。珍しく優しいな。ツェベグデードのお迎えで、おめおめ逃げ帰って来ただけあって、人の心の痛みを理解出来るようにでもなったか?」

 しかし、返って来たのは最大級の侮辱であった。

 反射的に殴り掛かって来たダンバモーゲの左手を取ると軽く捻り、体を入れ替え様に足を払うとあっさりと地面に組み伏せる。


「左腕もへし折ってやろうか?」

 手首を極めつつ、肩と肘も同時に捻り上げながら、ウェスターシュが尋ねる。

 あと少し体重を掛けるだけで、ダンバモーゲの左腕は完全に破壊されてしまう。


「やめてやれ。ダンバモーゲもこれ以上ウェスターシュに突っかかるなら、今回の仕事から外すぞ。報酬と戦いの条件をここまで引き上げてくれたのはウェスターシュなんだ。文句があるなら今後の自分の食い扶持は、自分で稼いでもらうぞ」

 ツェベグデードの仲裁により、何とか腕を折られずに開放してもらったダンバモーゲは、一言の詫びも礼も言わず、ただ腹を立ててその場から去って行った。


「あれは頭が悪いというより、いつまで経っても大人になりきれんのだろう。相手にする」

 呆れ返りつつ、ソドノムネゲンがとりなす。

「あれはあれで可愛いもんさ」

 ソドノムネゲンの言葉を証明するかのように、怒りのままどすどすと地面を踏みつけながら去って行くダンバモーゲの後姿を見て、ウェスターシュは笑った。


「本当に一人でやるのか?」

「やるって言っても、一人で全員をぶっ殺してくるわけじゃないんだ。問題ない」

「まあ、ダンバモーゲのようにムキになるようなお主ではないからな。きちんと勝算あってのことなのだろう」

 単独での敵陣潜入はどう考えても無謀でしかないのだが、これまでのウェスターシュの実績から、ソドノムネゲンたちは納得した。


「それより、そっちの方こそ大丈夫だろうな? これをしくじれば奴ら、全滅覚悟で時間稼ぎに出てくるはずだ。そうなったらこの計画も難しくなる」

「わかっている。敵の幹部もこれまでの動きでおおよそ把握している。始めから幹部を討つことだけに集中すれば、必ず届くはずだ」

 そのために道を強引に切り開く必要があり、ツェベグデードたちが払う犠牲は大きなものになる。

 だが、それは無駄な犠牲ではなく、必要な犠牲だ。

 その意味を幹部たちはしっかりと理解している。


「じゃあ、任せる」

 これ以上言葉はいらないと判断したウェスターシュは、自身の役目を果たすため、闇の中へと足を踏み出した――。

(その3)に続きます。

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