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雷雲は涙する〜後編〜

ふらふらと私は歩道を歩く。

高校生になってから重たくなったバッグを背負いながら、まるで滑るかのように、浮いているかのように漂う。

向こうから来るおじさんを早めに視認して、左にはける。その時にほんの少しもつれたけれど………大丈夫。転んではいない。


9月になっていた。4月からはや5ヶ月も経っていた。学校には気が向いた時に今のようにフラフラしながら行っていた。

気分がいい時には学校に行った。

憂鬱な時には学校に行かなかった。

気分が悪すぎて吐きそうな時にも学校に行った。ずっと家にいると押しつぶされそうで………そして、自分のこの感情に食い殺されそうだったから。

学校に行けばほんの少し気分が紛れた。授業があるし、うるさいクラスメイトの声があったからだ。悲しいかな、一番嫌っていたもので、今私は孤独を紛らわしていて心の支えにしている。


フラつきながら学校について自分の席に着席した私は、頬杖をついてブスッとしながら机の上に出していた教科書を読んでいた。

4月から私の生活態度は変わった。きちんと座るのが面倒くさい。顔を作るのが面倒くさい。正直どうでもよかった。周りの目なんてどうでもいい。親の目なんてどうでもいい。


もう私の世界は終わっているのだから。


鐘が鳴り、授業が始まる。

私はノートにシャーペンを、フィットするように置き参考書の問題を書き写す。

シャシャシャシャ!

問題を書き終えた私は考えられる限りの考察と公式を綺麗な字で隙間なく、速く書き殴っていく。

目の前で行われている授業なんて私の頭には入ってきていない。あんなもの、何ヶ月か前にやった下らないものだ。聞くに値しない。

ノートには数列が、規則よく法則を示している。


私は4月から、余りにもやる事がないから勉強をずっとしていた。そしてマンガは読まなくなった。ファンタジーは特に。

別の世界の話なんて今の私には興味がない。何故そんなものに楽しさを見出す?私は吐き気しかしないよ。

勉強をし続けたせいか成績は急激に跳ね上がり、今じゃこの学校の上位10番以内の学力だ。

だからこんな授業、私からすればただの遊びだ。だから私は吐きそうな時は学校に来る。

遊んでる時は苦しいのがまぎれる。



そして放課後となり私はさっさと帰路につく。クラスメイトに遊びに誘われるのが面倒くさいからだ。


古文単語を頭の中で反芻しながら私はフラフラと歩いた。


家に着いた私はすぐに自室へと向かう。どうせ父親は仕事だろうし、居間とかでやることなんてなに1つない。食欲もないしテレビも見る気になれない。勉強してる方が幾分かマシだ。


「おいイリナ………大丈夫か?」


私が居間を通り抜けた時、右から父が出てきた。いつも通りいないと思っていたけれど、今日は早く帰ってきていたのか。

父は心配そうな顔をして私を見ている。


「ここ最近………いや、4月からだな。顔色が全然良くないぞ。」


…………そこまで悪かったかな。毎日鏡で確認してたんだけど


「学校の出席日数も悪いし…………いや、気分が優れないのであれば休んで構わないんだがな。成績も悪くなくて、いままでで最良なぐらいだしな…………勉強しすぎなら少し休んだらどうだ?」


…………初めて父に心配されたかもしれない


「…………大丈夫です。私はいたって元気です。それに、学校を少し休んでいるのは勉強のしすぎなんかじゃないです。ただ、少し熱っぽかっただけです。」


「………………そうか………。それならいいんだけれどな………………」


父はその言葉を最後に、口を開くことなく私を心配そうに見ていた。

………いや、最後じゃなかったか。私が部屋に入る時にこんなことを言ってたっけか


「何か辛いことがあったらいつでも相談してくれていいんだぞ。こんなおっさんじゃ役に立てることも少ないだろうけれどな………」


「…………ありがとうお父様。でも、私は大丈夫だから。」


私はそう言って部屋に入って行った。


ありがとうお父さん。私はその気遣いだけで十分だよ


私はほんの少し、お父さんが言った言葉をかみ締めたのち勉強をし眠った。



「……………あぁーー気分が悪い」


朝起きた私は布団の上で寝転がっていた。

真っ白な寝巻きが朝の日差しを反射していた。


目覚まし時計を見る限りでは時間は5時。雀がうるさい時間帯だ。

いつもならこの部屋で勉強をしている時間帯だけれど、今日は居間に行ってボーッとすることにした。多分、今の生活に少し飽きが来たのだろう。…………多分そうだろう。そういうことにしよう。


ガチャリとドアを開くと、居間にはスーツを着た父が立っていた。久しぶりに見る格好だけれど、やはりピシッと決まっている。


「ん?どうしたイリナ?いつもはこんな時間に起きてこないのに…………具合悪いのか?」


「…………少しだけ具合が悪いです」


知らなかった。まさかお父さんがこんな時間に会社に行く準備をしていたなんて………


「おお、それは大変だ。それじゃ今日は学校休むか。私が後で学校に連絡入れといてあげるからな、イリナは部屋に戻って寝ときなさい」


お父さんは鞄に書類などを入れながら私に話しかける。

…………部屋に居たくなかったからこっちに来たんだけどなぁ


「わかりました………」


私はお父さんの言葉に従い、自室へと戻り布団に入る。

ああ、硬いと柔らかいの中間のような触感。いつもなら心地よく感じるのだけれど、今日だけは気持ち悪い。ここに居たくないのに結局ここにいるからだ………


…………ああ、ダメだ。なんでわたしこんなことばっかりしてるんだろう。勉強なんて下らないことをやり続けて…………虚しいなぁ。余計に孤独を感じるだけじゃん。


私は両目を片手で覆う。

お父さんにほんの少し触れて私の孤独が更に露呈したからだろうか、孤独を感じずにはいられない。

ダメだ、潰れそう。自分自身の重さに耐えきれない。

本来なら学校に行ってこの気持ちから逃げるはずなんだけど、お父さんが学校に電話するって言ってたから無理だ。だから私は仕方なくこの気持ちに向き合わなきゃいけないのか……………


自分の腕に塞がれた両目を開く。

…………真っ暗だ、何も見えない。


「………………いいや、また逃げちゃえ。」


耐えられない。直視できない。直視したくない。なんでこんな辛い現実を見なくちゃいけないのさ。それならどうでもいいことに逃げ続けた方がずっと楽だ………………


「………そうだよ。4月からの私は変だよ。あっちの世界の私が死んだ時から、私はもう、私じゃいられなかったからね」


私は逃げるために目を閉じ、浅いまどろみに沈んだ。いや。深かったのかな?夢を見たということは…………



ここ最近私は夢を見ない。というか夢を見ないようにしていた。極端まで睡眠時間を短くして、浅い眠りをしないように心がけていたからだ。

何となく、分かっていた。私が夢を見るとしたら一体どんなものが映像として流れるのか。

錐状体とニューロンに刻み込まれたこの光景は、目を閉じただけでもありありと蘇るからだ。夢なんか見始めたら…………かろうじて維持している[私でない私]が崩れるのは明白だからだ。


しかし、中途半端に長いこの眠りが私に夢を見させた。

心に染み込んだ画像がフィルムのように繋がり合い、1つの映画となり私の心に映写される。

その映画を見ていた観客席の私は終始涙を流していたように思う。安い感涙映画などじゃ私は泣かない。だけれど、私はこの心に映し出された安い感涙映画と言わざるを得ないちっぽけな物。笑い合う仲のパートナーが無くなるというちっぽけな小作品に私は涙を流していた。


そして、その映画を見たときに、夢を見たときに私は現実を理解させられたのだった。



「…………何時だろう」


今日何度目だろうか?自室の天井を見上げるのは……………

ゆっくりと目を開いた私は窓の外に目を向ける。

もう陽が沈む。きっと6時半頃だろう………


私は両手をついて起き上がる。

その時、顎を伝って雫が落ちて布団を濡らした。

……………どんなに現実を理解しようが、納得はしない。するつもりは………ない。

どうせ毎日の怠惰な日常で忘れ去られるんだ。あんな現実でない世界のことなんか覚えておく必要すらもない


私は目を擦りあげ居間へと向かう。

結構いい時間だから夕飯を作らなきゃいけないんだ。


今日は何のご飯を作ろうかと考えていた私であったが、居間の扉を開けた時に絶句した。


食卓の上に夕食が並べられていたのだ。

大きな皿に入れられた赤、白、黄、緑で彩られたサラダに肉汁溢れるお肉。砂糖とごま油がよく効いたきんぴらごぼうに冷奴。白い湯気のたつ炊きたてほかほかな白米と、玉ねぎとワカメのお味噌汁。


ぐぅぅ…………


このご飯を見た時にお腹がなった。

そう言えば朝昼と抜いてたんだもんな……………


「お、自分から起きてきたのか。ちょうどいいタイミングだ、ご飯ができたぞ」


そして何より驚いたのはお父さんがエプロンを付けてキッチンに立っていたことだ。

きっと調理に使った調理器具を洗っているのだろう。


朝にあんなに慌しく仕事の準備をしていたから、てっきり今日はいつも通り遅いのかと思っていたんだけれどな…………いや、それよりもエプロン姿だ。あんな姿初めて見た。


「イリナが少し具合が悪いっていうから会社を早引きしてきた。たまには父親らしいことをしてやりたいからな」


濡れた手を手拭いで拭き取りながら、食卓の元まで歩いていくお父さん。

確かに料理はできるって言ってたけどここまで上手いなんて知らなかった……………


「さぁイリナ、座りなさい。ご飯にしよう」


「あ……は、はい。」


私は慌てて食卓につきお箸を取る。

両手を合掌させて


「いただきます。」


と、お父さんと私が声をハモらせながら言い、私はひとまずきんぴらごぼうに手を伸ばした。


初めてのお父さんの手料理だ………


スッと口にきんぴらごぼうを運び、モクモクと咀嚼する。


「………美味しい……………」


私の口から声が漏れる


「ふふ、そうだろ?私の手料理は男親の中ではトップを取り得るほどのものだからね。不味いわけがないさ…………うむ、我ながら美味しいな。」


そう言いながらお父さんは冷奴に醤油をかけて、小さく切り口に入れる。


冷奴は手料理じゃないと思うんだけどね……………

私は箸を持ちながら笑っていた。なんというか、家族団欒というやつを味わった。

美味しい手料理を食べながら、日頃のことを話して笑い合う。

………楽しかった。そして何より嬉しかった。寝ていた時に見たものなど忘れてしまうほど、私の心はこの団欒で満たされていた。



「イリナ。少しこの本を読んでみたらどうだ?」


食事もある程度ひと段落ついてきた時、父が足元に置いていた紙袋から一冊の本を取り出し私に渡す。

紙質と表紙を見る限り小説だとわかる。題名は…………[地底800マイル]?あれ?これはちょっと危なっかしい名前だね


「思うにイリナはここ最近根を詰めて勉強しすぎだ。学生の本分は確かに勉学だがある程度の息抜きは必要なんだ。だからさっき、仕事場から帰ってくる時に少しファンタジー系の小説を見繕って買ってきたんだ」


裏表紙を見てみると、主人公の名前がイリナであることが分かった。

ほーーー私と同じ名前か。これは面白そうだね。


「本屋ではそれが最近売れているらしくてな。顔見知りの店員からすっごい勧められたんだ。どうだ?少し読んでみたらどうだ?」


私はその言葉を聞く前から本を読み始めていた。

[主人公のイリナは地底に広がる世界アンダーグラウンドで勇者として毎日敵方の魔族と魔物を狩り続けていた。なぜならイリナには悪を憎む心と、弱き者を思い遣る優しき心を持っていたからだ。]………ふふっ。こっちのイリナは私と違って優しいのか…………私は別に、そんなこと考えずに敵を倒していたからね。当てはまらないよ。


ペラっ

私は続けて読み始める


[弱き者がピンチの時、イリナは稲妻のごとく現れ、悪を挫いた。それはまさしく勇者と呼ぶに相応しく、また、英雄と呼ぶにも相応しい。]


稲妻………勇者…………ま、まさかね…………


ペラペラッ

私のページをめくる手が早まる


[可憐であり、それでいて頼もしい彼女は世界を旅し続けた。時には王の命を受けて巨悪を滅ぼしたが、基本彼女は根無し草。世界中の救いを求める声を逃さないために、旅をし続けたのだ。「悪は変わらず悪だというのなら、私は常にそれを罰せよう。正義は変わらず正義なら、私はそれを守り続けよう」それが口癖の彼女。そんな彼女は世界を頼れる相棒である………]


そこから先は次のページに書かれているはずだ。捲ればすぐに見える。見えるのだけれど…………


プルプルプルプル…………

手が震えて、次のページをめくれない。


自然と息が荒くなる。

共通点が多すぎる。この小説のイリナと、私というイリナが。

次のページを捲れば嫌でも分かる。相棒の名前がもし……………いや、あり得ない。あり得ないはずなんだよ。だってあの気恥ずかしいセリフはカイに教えてもらって言い始めた言葉なんだ。だから、あの言葉を知っているのはカイと私と助けた村人だけ。でも村人はこの世界の住人じゃないから小説なんて書けるはずがない。

つまり、私とカイしかこの小説は書けないんだ!

だからこの小説の中のイリナと言うものの相棒がカイであることは絶対にない!絶対にないんだよ!


でも……………


グッッッ

紙の端をつまんでいる指に力が入る。

………もし、もしだよ。もし、これの相棒の名前がカイだとしたら、それはつまりカイが生きているってことでしょ?私とカイしか知らない秘密を知っているのだから……………


私の指はページをめくろうとしたり戻したりを繰り返す。


……………!!腹をくくったよ私は!!捲るしかない!!


ピュッッ!!


私は勢いよくページを捲る!


「…………あ………」


私の口から情けない声が漏れる


「………どうしたイリナ?間の抜けたような声を出………して……………ほ、ほんとうにどうしたんだ?」


そして、声が漏れた直後に涙がポタポタと小説に垂れ落ちる。


[カイという少年と共に世界に平和をもたらしていた。…………]


カイ…………カイ…………………!!


「だ、大丈夫………大丈夫だからお父さん…………」


私は溢れ出る涙を指ですくいながら、そのページを凝視していた。

[カイ]の文字が少し滲んでいる。


生きていたの……………?

ずっとずっと見ようとしなかった現実を今日見てきたのに、それを嘲笑うかのように私の前に現れるの?

………最初に出会った時もそうだ。私が人生に愚痴っていた時に、それを笑いながら蹴飛ばしてきた。カイはそういう人間だったか。人の不幸を笑い飛ばして、最終的に幸福にすり替えてしまう。


………………私はカイに会わなくちゃならない。


私は本を閉じ、手に持ち自室へと向かう。


「大丈夫かイリナ?まさかこれから勉強か?」


「………違いますよ。私はこれから、この小説を読み込むんですよ」


私はそう言い残し居間を後にした。


そうだ。勉強なんてものやっている場合ではない。これから私にはやらなきゃいけないことが沢山あるんだ。筆者の特定と在学学校の把握。もしかしたらカイの記憶が無くなっているかもしれないから思い出してもらう為の方法の模索と、プランニング。親に頼み込んで転校を許可してもらう……………ああ、やることが多すぎる!


私は自室の扉を思いっきり開けた。別にこの扉が素晴らしき世界につながっているわけではない。ただ、この一歩だ。この一歩が大切なのだ。


今まで現実から逃げていた私からはもうさよならだ。もうクヨクヨしている暇がないのだ。


やることが多すぎる?

……………ふふっ、こんなの、今の私からすれば少なすぎるくらいさ。


憂鬱で陰鬱な私などもういない。あるのはただ、この威光に溢れた世界に対する想いと、死んでしまった私がいたもう1つの世界に対する厚き希望。ただそれだけだ

ようやく終わったといった感じです。次は狩虎のほんの少しの昔話でも書こうかなと思っております。


わからない点などがあれば質問してください。未熟者ゆえ沢山あると思います。


重要関連作品

狩虎とイリナが出会い始まった本編まだまだ更新中→https://ncode.syosetu.com/n2411cs/

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