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闇と血に塗れたカラオケボックス

カリカリカリカリ………


私は黒板に書かれた文字をノートに書き写している。

いつも通りの日常。いつも通りのマイライフ。これといった感動もないしこれといった悲しみもない。ひどく無気力な世界。


ファーっと、出そうになるあくびを私は咬み殺す。一応お嬢様ですから、こんな神経してても。それ相応の振る舞いはしないといけないわけさ。

しかし疲れが抜けない。あの日以来、私の体はだるくてだるくて仕方がないの。

歩いてる時だって眠いし授業の時なんて尚更。常に何かを考え続けて、落書きをし続けないともたないぐらいだ。

それに………


「だから世界は面白いんですよ」頭の中で変な声がよぎる

バキン!力余ってシャーペンを折ってしまう。


「………大丈夫かなイリナさん。」「ここんとこずっとああだよね」


ひそひそひそーと周りの奴らが話をしているのが聞こえてくる。

くそーーまたシャーペンを買いに行かなきゃならなくなった……………いや、鉛筆に変えたほうがいいのかな?そっちの方が安く済むし…………

そうなんだよ、あの日以来低身長に悩むあの男の顔が全然離れてくれないんだ。


私は筆箱から替えのシャーペンを取り出す。昨日シャーペンを買う時に嫌な予感があったので予備として余分に買っておいたんだけど…………はぁ、役にたってしまった。予感が的中してしまった。


カチカチカチー


シャーペンをノックするこの音………全然好きにはなれそうにないなぁ


カッチカチカチカチカッチ!


こう、軽快なリズムで鳴らしても好きになれそうにないなぁ


むーーー…………あの日以来自分の無気力さをより際立って感じる。だってあそこでは死にたくなくて、頭と体をフルに活用したから今のこのなにも働かせてない状態がバカらしくてバカらしくて………シャーペンをノックし続けでもしないと無情感に押しつぶされてしまいそうだ。


カチカチカッチ、カッチカチーグッグッグググググッグッッ


カチっというまで押し込まずに、押したフリをしてグッって音を出す。完璧に押してはいけない、こう、押してるの?押してないの?のギリギリの狭間を狙うかのように押し込まなくてはいけないのだ。

……………何をしているんだろう私は。暇をつぶしてある程度無気力状態から脱出しようとしているのに、なんでシャーペンをノックしてるんだ。自分の何もやることのなさがハッキリとしてしまうぞ。


私はシャーペンをタップすることをやめ、落書きの為に特別に用意した裏紙を取り出し落書きをし始める。

この裏紙は特別製で、この授業で使うプリントのコピーなんだ。裏は白紙だけれど表に返せばまるで授業を受けているかのように見えるって寸法さ。


しかし何を書こうか………


書くことが思いつかず、私はシャーペンを持て余し、紙にサラサラと気もなく線を描いていく。


シャッシャッシャッと、数学の時以外には不釣り合いな音が出る。

あれだなぁ、やっぱり芸術ってのはある程度までは慣れなんだよなぁ。

書き続けてたらある程度までは上手になるもので、授業中ずっと描き続けた私の絵はある程度までは上達していた。美術の授業で5が取れるぐらいにはなっているだろう。それに、家事全般を私はこなしているせいか家庭科もいい点数を取れている。これは副教科オール5取れるな………あっ、そうだ。


私は紙にお鍋を描いた。あの、昔のおばあちゃんがシチューを作ってるような感じの表面は黄色で両手の取っ手が付いているやつだ。


うーーん………鍋ねぇ、鍋かぁ、鍋ぇ?……やっぱり鍋ってキッチンにあるよね。

私はキッチンを描きたし、鍋をコンロに置き火をつけた。

キッチンは私が夢見ている様な豪華で、派手で無駄な装飾が施されたものだ。実用性などどうでもいい、見た目が良ければそれでいい。みたいなキッチンである。「そこに宝石必要!?」みたいな、「なんで照明がシャンデリア!?」みたいな確実に無駄なやつ。

私の家のキッチンはお金はかかっているのだけれど、実用性に特化したもので、見た目の派手さがない。

やはり生きている限りとびっきりの贅沢をしてみたい。キッチンでも食器でもソファーでも枕でもシャワーヘッドとかでもね、無駄な宝石とか埋めてみたい。そして周りの人間に「金持ちってやっぱりバカだね」って思われてみたい。だってバカが出来るって素晴らしいことじゃないか。普通なら楽しめないことなんだから。


鍋………連想されるものは何かな、同年代の女の子はきっとキムチとかゴマ豆乳とかコラーゲンとかだろうけど生憎私はそんなことは考えつかない。私が思いつくのはただ1つ、石狩鍋だ。


わからない人なんていないとは思うけれど、いたら私のこの気持ちを共有できなくなるので説明させてもらうね。

そもそも石狩鍋というのは名前の通りに北海道でできたもので、鮭がメインの味噌ベースの鍋だ。宇宙戦艦ヤ○トで例えるなら味噌がヤマトで波動砲が鮭。他の具材は側面につけられた機関銃ってところかな。

機関銃により相手にチクチクとある程度のダメージを与え、波動砲で1発大きいのをかましてノックアウトさ!


とまぁね、そんな感じで私は石狩鍋が大好きなのです。

しかし鍋をコンロに置いたのはいいものの、小さく描きすぎて具材を描けないよ……うーん…………どうしたものかなぁ。


あっそうだ。


私はコンロを消し、シンクを書き足していく。

そうだそうだ、夢はないけれど鍋を洗っていることにしよう。

水栓から水が出てきて、鍋にあたり水しぶきが上がる……ように書く。


なかなかうまくいったけれど、これだけだと物足りないよね………あっ、人を描きたそう。

女の人でもいいけど家事におわれる主婦を描くっていうのは、なんか気乗りしないなぁ。………男を描こう。休日に奥さんの代わりに食器を洗ってあげる心優しい旦那さんって感じの。

よーし、そうと決まればどんどん描いちゃうよー!

やっぱり優しいってことは常に笑っている感じの方がいいのかな………それに、まぁ私の願望としてそういう人はイケメンであって欲しいからカッコよく描こう。鼻筋がハッキリしていて目が細くて髪は長すぎなくて短くなくて、それに染めてるのはよくないね。ありのままの自分で勝負してもらいたいから髪の色は黒で…………身長はどうしたものかなぁ、正直高くなくてもいいんだよね。優しくてある程度かっこ良ければいいし…………


私は思ったことを描いていく。


エプロンいいねぇ、やっぱり男の人は青が似合うよねぇ。おっと影もつけて、こう、リアル感を出そう。影のあるイケメンていうのもいいからね。


シャーペンがスイスイと進んでいく。

今授業は問題演習の時間だから、はたから見れば私がすごく好調に問題を解いているように見えるだろう。


後はここに線を足して、真上にシャンデリア付け加えて……………うん。完成!


紙には青色のエプロンを付けたカイさんが背伸びをしながら鍋を洗っている様子が描かれていた。汗をかきながら真剣な表情で鍋に立ち向かっている。でもどこか、その横顔は笑っているようにも見えなくもない。笑顔がにじみ出ているような………


「………………………」


私はそれを綺麗に折り畳み、バッグからファイルを取り出し綺麗に収納する。


描いてたらいつの間にかあの低身長野郎になっていたなんて………もうやだ。あの日以来本当に私の頭から離れてくれない。

全く、私の頭の中に来ないでほしいよ。牛乳でも飲んで腹を下していて欲しい。

あの表面世界のことについては綺麗さっぱり忘れるつもりなのに………なぜこんなにも心にひっかかってしまうのだろう。あんな危険で野蛮な世界に、なぜ私は四六時中頭を悩ませているのだろう。

………そんなの簡単なことだ、現実がつまらないからに決まっている。やるべきことが見つからなくて、心揺さぶられることがない。感動もない、絶望もない、挫折もない。あるのは一抹の悲しみとマンガという作られた楽しみだけ。

こんな世界だ、心のフックに引っかかることが何もなくて、あっちの未知なる世界の、知的で冒険的な出来事に自然とかかってしまう。


全く、私は命が惜しいからあんな世界のことを忘れなきゃいけないというのに。


私は上手くいった絵に少しの残念さを覚えながらも、家に帰ったらシュレッダーで裁断しようと決めていた。




そして時間は進み放課後。


………これといってやることがない。また家に帰ってお昼寝でもしようかな。


「ねぇ、イリナちゃん」


私がバッグに教科書などを入れている時に後ろから声をかけられる。

振り向くとそこには先日私に声をかけてきた集団がいた。

…………またカフェなの?


「なんですか?」


………妙だ。

リーダー格みたいな女の人はいたって普通なのに、取り巻きの雰囲気が気持ち悪い。まるでびっくりパーティーの仕掛け人みたいな………これから起こることを想像して楽しんでいるかのような、浮き足立った感じに笑っている。


「これからカラオケに行くんだけれど、どうかな?一緒に行かない?」


か、カラオケ……だって?

…………それは私がこの世で最も忌み嫌う言葉じゃないか。なんであんな薄い壁一枚でしか隔たれていない空間で大声で歌えるんだ。

いや、歌うのは好きよ?大好きよ?でもだからってそんな場所で大声で歌うっていうのはねぇ………

それに友達と一緒に行ったとして声を聞かれるわけでしょ?………無理だわー。自信があるないとかじゃなくて、恥ずかしすぎる。

歌うんなら家のお風呂か鼻歌かハミングでいいと私は思うよ。


ふーーーー。私は心の中で深呼吸をする。

断りたいんだけれど、生憎前回断っているから私が感じの悪い女だと思われてしまうような気がしてならない。

いや、まぁ十分に感じ悪いのだけれどもお嬢様ってイメージのせいでより増して感じ悪く見られてしまうのではないだろうか………


いや、友達が欲しいとかじゃないよ?別にいらないし。こんな学校の生徒と友達になったところで絶対に心の底から楽しむことなどできないだろうから。

………でも、ものごとを曲解されてしまうのは嫌なんだよなぁ。私だってある程度はいいことしてるもん!図書室の本棚に本が逆さまに入ってる時なんて直してあげてるもん!


どうする?どうする?どうするんだい?私は一体どうすればいいんだい!?


「…………わかりました。歌いはしませんがついては行きたいと思います。」


そうだよ、歌わなければいいんだよ。マイクを持たなければいいんだよ。


「わぁ、本当!?ありがとう!!それじゃあ今すぐにいこうよ!!」




というわけで私たちは7人の女集団となり都会を練り歩いている。とは言ったものの喋っているのは私以外の女の子たちだけで、私は一言も喋っていない。ハブられてる感が否めない。

てかさぁ、これ絶対私いらないよね。私を誘ったんならもう少し質問とか会話とかしようよ。ある意味ではこの集団の今日の主役は私なんだからね?招待したってことは。

…………まぁ、質問されてもまともに答える気はないけどね。


「それでさぁ、3組の永井くんいるじゃん。永井くん、彼女出来たんだって」


「ええぇ、ショックゥーー。私狙ってたのにぃ〜」


女が声に合わせてくねくね動くと、周りの女の子たちがそれを見てギャハハハハ!と笑う。

くそぅ、横から腹立たしい声が聞こえてきやがる……一体全体私になんの恨みがあるんだ。その煩わしい声を止めて欲しいよ本当。

腹立たしい、拳が自然と握られていく。あぁ、ぬいぐるみがあったら抱きつきたい。だけれどないからあの女どもを締め上げたい。


この、何もすることのできない拳を後ろに回してブラブラと振る。あーー手首が気持ちいいなぁ。


いやーーもうどうしようもないね。先日戦った怪物とは違うけれど、逃げるのが最上の方法な気がする。

こういう女子のグループってなぜか強い権力を持っているんだよね。男子と馬があいやすいからかな?まぁ、どうでもいいんだけれどさ。要は権力のある人間にたてつくような馬鹿な真似はするべきじゃないってことかな。

そんなことしたらイジメられるからね。集団でニヤニヤしながら影で、もしくは堂々とイジメてくるから奴ら。これだから馬鹿に権力を持たせるのは嫌なんだ………


テックテクと他愛ないことを考えながら歩いているといつの間にか路地裏に来ていた。

はて………駅前のことはよくわからないけれどここを通るのが近道なのかな?


「イリナちゃん。ここを通ったら後すぐだからさ、通るのは仕方がないんだよね」


やっぱりか………しかし近道なんてする必要あるだろうか。正直3〜6分ぐらいなら全然惜しくないから正規のルートを通って欲しい。

こういう所でなんか不良みたいな奴に絡まれるんだよね…………


なんて考えるとゾロゾロと他の通路からガラの悪そうな男達が湧いてくる。

やっぱり言わんこっちゃない。こういう奴らは何をしでかすかわからないからね………さっさと逃げよう。


しかし私の前を歩く女集団はそんなものに怖気付くこともなく前を歩き続ける。

いやいや、蛮勇は良くないよ君たち。前を塞いでいる男達が見えないの?そんなものに向かって歩くなんて蜂の巣に顔を突っ込むのと同じぐらい馬鹿げたことだよ


「ふふふ…………」


そして、男達の元まで行った女共は笑いながらこちらへと振り返る。

………馬鹿は私だったのか


「やぁ、イリナちゃんこんにちは。いや、時間的にはもうこんばんはなのかな?まぁ、こんにちはでいいかな。とにかくこんにちはイリナちゃん。」


リーダー格の女は私の方をニヤニヤしながら口を開く。


「おい、由香理が連れてきた女上玉じゃねーか」「ああ、楽しみだな……ふふ」


周りの男共は下衆以下の顔で私を見つめてはいやらしく笑っている。

………全く、これだから最近の中学生は嫌いなんだ。バレなければ何をしてもいいと思っているところとか…………それと、由香理か


「驚いた?イリナちゃんいや、驚いたよね?」


驚いた、か………


「………はっ、確かに驚いたといえば驚きました。貴方がこれほどまでの人数の男達を手なずけられていることが。………全く、いったい何をやって何回やればそうなるんでしょうかね?私には皆目見当もつきませんよ。」


そんなに喋ったことも登場シーンも少ないからなんとも言えないけれど、誰かをイジメていそうではあったのだ。あの他の人達と群がっているくせに他人には優しい奴。あういうのって友達にならない奴をイジメやすいからなぁ。気にくわないから?友達が欲しいから?…………まぁ私が知ったこっちゃないけれどそういうクズ野郎って本当に現実にいるんだね。漫画の中だけだと思ってた。それと別にこいつらに急に囲まれたことについてはそこまで驚きはないかな。もっとすごい化け物に追いかけられたわけだし。


「ふふふっ、いくらでも言えばいいよイリナちゃん。私は現状に満足してるからね…………そうそう、なんでイリナちゃんがこんな目に遭っているか知っているかな?」


周りの男共が今にも動き出しそうだ。それに奴らは中学生だろうね。高校生とかだったら由香理じゃあ支配下に置けないからね。男共に飲み込まれてしまう。


状況から判断するにこれは私に対してのイジメであり、ここまで手が込んでいるから楽しいからやる快楽先行型じゃなくて、私に何かしらの因縁があるから行った計画的イジメ…………むぅ、困ったなぁ。思い当たる節がない。


「分からない?それじゃあ教えてあげるね」


私が図りあぐねていると由香理とやらが口を開く。


「気に食わなかったんだよ。私達を見下しているその態度とかさ………ほら、今もそうだ。その目だよ。こんな状況に陥ったのにまだ私達を冷たく見下ろしているその目が気にくわないんだ。」


…………見下しているねぇ、自覚はないんだけれどなー。あっ、先日の断り方が悪かったのかな?


「だから私は私の友達にお願いしてイリナちゃんを身も心もボロボロにしようと思ったんだ。」


由香理とやらは終始私に向けて笑顔を送る。………全く、ここまで笑顔が顔についていたら気持ち悪いっていうのに………自覚しろよ


私がいつも通りの表情で由香理とやらを見つめていると、由香理の顔がギリっと歪む。


「やめろよ!その目を!なんでこんな状況で私を見下せるの!?謝ってよ!許しを乞うてよ!土下座してよ!!」


由香理は声を荒らげながら、地団駄をし続ける。

………本当、なんで私はこんなことに巻き込まれたんだ。こんなめんどくさい女に目をつけられたんだ。


「…………嫌です♪♪」


メシッッ


私は返事をするや否や近くまで来ていた男の顔を掴み、膝蹴りを決める。

これから荒事をするから、音符をつけることによって可愛さを生み出し、恐怖を相殺した。いやーー我ながら頭がいいね。


膝蹴りを決めるとすぐに、流れるように次の敵の元まで一歩で近づき、足を踏みつけてその足の膝に蹴りをする。


パキンと、何かが割れる音が辺りに響き渡る。


そしてすぐさま次の男の元へと向かう。


そもそもだ、中学一年生程度なら女の方がまだ身体的に有利もしくは互角なのだ。それに加えカイさ………どなたでしたっけ?忘れちゃいましたよ。まぁ、とにかくどなたから怪物の烙印を私は押されてしまったわけだ。そんな女が果たしてこんな男共に負けるだろうか?


バッタバッタと相手の足の骨、もしくは顔面を集中的に狙い男達の動きを封じていく。


「や、野郎!」


男が私に掴みかかってくる。

野郎じゃないよ。私は女だよ。


横に回転しながら移動することで相手の腕をかわす。その時に相手の腕を掴み、私の背中が相手側に向いた時にもう片方の腕の肘を相手の二の腕に叩きつける。

そうするとなぜか男の人の腕が変な方向に曲がる。


由香理とやら、君が最もやってはいけなかったことは私を怒らせたことじゃない。こんな人目がない路地裏でことを行おうとしたことだ。

ここなら私も誰の目も気にせずに、人の骨を折れるってもんだよ。


「な、何あの化け物は………!!」


私が男共の骨を折り続けているのを見て由香理は叫ぶ。


「くそッ、こうも小さい小道じゃあの女を囲めもしない!」


そう、さっきみたいに道の合流地点ならまだ広くて私を囲めただろうけど、今私は狭い路地へと逃げ込んでいるのだ。一列にならないと通れないぐらいの道幅だ。これも路地裏なんかでことを行うべきではなかったもう1つの理由かな。


とは言ったものの相手の数が多すぎる。このまま戦っていたら表通りにたどり着く前に捕まりそうだ。


そう判断した私は男達と戦うことをやめて、後ろの方へと走る。

元来た道じゃないから不安だけれど、とにかく逃げるが勝ちだ。全力で走って人目が多い場所に行こう。


右左と時には狭い通路を走り続ける。

後ろの方でものに突っかかる音とか人を踏みつける音が聞こえるけれど……気にしない気にしない!


「……まじかい」


通路の先まで走ると、そこは行き止まりだった。


「へっへっへ…………ようやく追い詰めたぜ」


私が来た道から男達が流れ込んでくる。

ああ、くそ。道中で何人かリタイヤしたのか人数は少なくなってはいるけれど………うん。それでもこの人数は不可能だね。


私は壁の方まで後退する。

捕まったら何をされるかなんて想像が出来る………キャーー!!せっかく前回までは守りきれたというのに!こんなところで!


走ったせいか、私の顎を伝って汗が落ちる。


「はぁ、はぁ………やっと追いついた」


遅れた由香理が辿り着く。


「はぁ………苦労させやがって。いい加減私の友達達にボロボロにされる決心はついた?つうか決心をつけろよ。ここまできたらもう無理だろうが!」


由香理は急に目つきが変わり、壁を力いっぱい殴りながら怒鳴りつける。


あら?由香理さん、あなたはそんな口調でしたか?


「ああ、くそ!面倒をかけさせやがって!お前はさっさと男達にヤられてればいいんだよ!」


ガンガンガンガン!と壁を蹴って地面を蹴り続ける。


こっわぁーー何この人。あいつの取り巻きの方々が怯えているよ…………ああ、なるほどね。

人望じゃなくて恐怖でお友達を作るタイプなのか………嫌な人だなぁ全く。


「ふぅーーー……………」


一通り気分が落ち着いてきたのか、蹴るのをやめて息を整える。


「よし、みんな。あいつをさっさとやっちゃって」


そして、合図とともに男達が我先にと重なり合うかのように押し寄せてくる。

まるで、生きているものを追い求めて食い殺すゾンビの大群みたいだ。


くそっ、どうする?頑張ってこいつらを叩き潰すか?………いけるのか!?

いや、もういけるいけないじゃなくてやらないとやられる!

私が腹を決めて走り出した瞬間、私に影が落ちる。


…………なんだ?


私が上を向くと、制服姿の男の子が壁から飛び降りていた。

そして、目の前にまで来ていた男の顔面を蹴り飛ばす!


「うごっ!」


「きゃー!!」


顔面を蹴られた男は吹き飛ばされて、由香理にぶつかり由香理もろとも倒れる。その時に、横にあったビール瓶を入れる箱に顔を擦らせてしまい血が流れる。


「よっこらしょー!さーてお嬢さん、大丈夫?大丈夫だよね?よーし!大丈夫だな!」


男の子はこちらへと振り返り、笑顔を向ける。


制服からして別の中学校だ。あっちの中学校は………公立だったかな。


「僕は相内って言うんだ。いや、何、君は名乗らなくていいぞ。どうせこれから交流なんてないだろうからな」


さて。と言いながら相内くんは男達の方へと振り向く。


「全く、気持ち悪い奴らだぜ。女の子を寄ってたかってイジメやがって…………」


「お、おい。あいつ今相内って言ったのか?」


「相内って………あの変な3人組のか?」


「気にくわないものがあったら片っ端から潰していくあの変な3人組?」


…………なんか、いい人じゃない?


「ああ、そうだよ。僕達は面白いことが大好きなんだわ。なのにお前らときたら人の眼の前で汚いものを見せ続けやがって………腹立つんだよ。」


見せ続ける?まるでいままでずっとやってきたみたいな…………


「おい、やばいぞ。相内っつったら仲間もろとも敵を再起不能にするっていうバーサーカーだろ?」


「あ、ああ!あいつの仲間がよくあいつにのされているよな!」


「や、やばい逃げろ!ここにいたら全員殺されるぞ!」


捨て台詞を吐きながら、男達は我先にと逃げ帰っていく。

…………え?ちょっ、私もう逃げ場ないんですけど!ええ!?私はまさか助けた人にボコボコにされるの!?


「あーー安心しろ。仲間っていっても僕が殴るのは特定の人物だけだ。君のことは殴らないよ。」


………その人可哀想だなぁ。


「あ、ありがとうございます。」


私はお辞儀をする。


「いいよいいよお礼だなんて、僕は彼らを追ってたんだ。そこに君が偶然標的にされていて、偶然僕が助けただけなんだからさ」


腕を頭の後ろで組み、笑う相内君。

な、なんてかっこいい男の子なんだ………


「あ、あの………そうということは相内君の他のお友達もこの辺に来ているってことですか?」


それならその人達にもお礼をしておきたい。なんせ私の大事なものを助けてくれた人なんだから。


「あーーあいつらは来てないぞ。家でス○ブラやってる。」


…………はぁ?


「あいつら僕がやっているイジメ撲滅運動に乗り気じゃないんだよ。1人は[イジメぐらい自分でなんとかしろよ]って言うしもう1人は[あははっ、この世からイジメをなくすことなんて不可能だからね。それなら家で君たちを眺めていた方が有益だ]って言ってゲームしてるんだよ。」


…………まじか、それなら確かに敵もろとも成敗された方がいいね。


「いや、まぁ、そんな憎まれ口を叩いてるけど1人はすげー泣き虫なんだよ。いつもいつも泣いててさ…………あいつ自覚してないけどよくいじめられてたんだぜ?」


へーー誰だかわからないけど興味深い人だなー。


「…………なんでこんな話を君にしているんだろうな………それじゃあ僕は帰るから。んじゃあね」


そして、相内君は私が走って来た道へと歩いていく。


「…………ちょっと待ってください!」


「………ん?どうしたの?」


「いや、あの………もう少し、相内君のお話を聞かせていただけないでしょうか?」


私は少し、………いや、かなり彼らに興味を抱いていた。彼らのように奇抜で、いままで見たことも聞いたこともない性格が魅力的に見えた。

今のこの最高につまらない私生活の刺激になり得ると思ったから…………


「……………いいぜ。僕達の話は最高に密度が濃いからな。長時間話を聞く覚悟があるのなら、聞かせてやらんこともない。」


相内君はニヤッと笑う。


それを見て、私も心の中で満面の笑みを浮かべる。


「どうか、よろしくお願いします!」


こうして私達は公園のベンチで話し込んだ。

泣き虫な男の名前が飯田狩虎というやつで、そのくせ卯年で牡羊座で名前負けしているとか。何故か常に変顔をしているとか。

岩村遼鋭という男は爽やかなダンディーボーイだとか。細マッチョだとか。

飯田狩虎のことについてはそこまで多く言わなかったけれど、最も興味を惹かれたのはその男だった。


「狩虎はな、泣き虫で弱虫で気が弱い奴で人見知りなんだよ。運動も苦手な方だしな…………そのせいかあいつはよくイジメられててな、だけど狩虎は全然それに気づいてないんだよ!周りの人間からいろんなことをやられても[はぁ、こんなスキンシップの取り方があるのか」とか[やっぱり俺って泣き虫だなー]とか言いながら泣いてんの。仕方ないから僕が後でそいつらをしめてやるんだけど、それを見た狩虎は[乱暴だなぁ]って言って僕をいさめるんだよ。笑っちまうよな。イジメた相手じゃなくて助けた仲間を責めるんだぜ?」


イジメをどうでもいいと思っている彼は実はイジメられていて、けれどもそれを自覚していない……………変な人だ。いままで見聞きした中で最も変な人だ。


「それに、あいつは優しいんだよ。………いや、これじゃあ過小評価だ。あいつは優しいんじゃない。して欲しくないことと、して欲しいことを熟知しているんだ。人にいっぱい泣かされて、涙を止めるために沢山のことを経験してきたからな。だから友達相手には些細なことに気を配って気を遣って嫌な思いをさせないように努めるんだ。でもな、あいつがいったん人を嫌いになったらやべーよ。相手の嫌がることをためらうこともなくやるからな。そしてそんなことをやった自分を嫌いになるんだよな……………全く、才能があるというのに…………あいつは自己嫌悪の塊なんだよ。」


それに、飯田さんの事について語るときの相内君の顔は、なんというか輝いていた。自慢のものを語るときみたいに生き生きしていた。


「まぁ、あいつは自分が何をされようと怒らないからなおさら凄んだけどな!」


ふぅーん………飯田狩虎ねぇ〜…………奇妙なお方だ。


そんなこんなで話は盛り上がり、夜も8時を回っていた。


「おっと、もうこんな時間か。あいつらは全然心配してないだろうけど一応は早く帰ってやらないとな」


相内君はベンチから飛び上がり、こちらに振り返る。


「ありがとうございました。大変参考になりました。」


なんの参考になったかなんてわからないけれど、知っておいて損はない気がする。


「おう、それじゃあな!」


そして相内君は走って夜の闇に溶け込んでいった。


……………面白おかしい人だったなぁ。なんというかかけ離れていて…………また会うことはないだろうから残念だな………


何分間か相内君が走っていった方向を見つめ、私も家に帰った。




翌日、私は学校の教室に来たのだけれど………なぜか周りの人達の雰囲気が違う。

なんというか恐れているというか避けられているというか………………


私は自分の席に向かい、座り、中に今日使う教科書類を入れようとした所、机の中に何か紙が入っているのに気がついた。

それを取り出し広げてみると


[お前みたいな野郎はいなくなるべきだ!]とか、[ゴミ、クズ!]とか私を馬鹿にするようなことが書かれていた。


「大丈夫?由香理ちゃん。イリナにいじめられたんでしょ?」


後ろから女子たちの声が聞こえる。


振り返ると由香理が女子数人に囲まれていた。そして、その顔には昨日倒れた時にできた傷を隠すように絆創膏が貼られていた。


…………あーーそういうことか。直接的に虐めるつもりなのか……………


私はその紙達をファイルに入れた。家に帰ったらシュレッダーで細断するために


こうして私はいつも通り誰とも話をせずに学校生活を終えた。帰る時に男子達に紙を投げつけられたが…………まぁどうでもいい。気にしたら負けだ。


こうして私は1ヶ月ほど周りからいじめられながらの学校生活を送った。

これといった目立つような事………例えば殴る蹴るとか、女子トイレに連れてかれて性的イジメを加えるとかはなかったけれど(そんな事しようものなら全員グーパンでノックダウンだ)机に落書きとか物を入れられるとか無視されるなんて事をされた。

まぁ、落書きは別に消す必要もないだろう。物を入れられるのも家で細断すればいいわけだし。無視に関しては入学当初の状況からなんら変わらないし。


私はこの学校で友達が欲しいわけではなかったから悲しくもなんともなかったけれど、シュレッダーのゴミを捨てるペースが縮まった事に関しては面倒だと思うようになってきた。



「はぁ…………コミュ症になりそう」


今私の会話相手といえば縫いぐるみぐらいだ。手を掴んで動かして会話をする………はぁ、これだけはしたくなかったんだけれどなぁ


「クマさん。私ねぇ、暇で暇でしょうがないよ。」


クマの縫いぐるみと会話をする。

だけれど、クマの縫いぐるみから返事をもらえるなんて事はあるはずがなく。自室で独り、言葉を吐き続ける。


「どうしたらいいんだろう。誤解を解いたほうがいいのかな?」


クマさんは何も喋らない。


「……………はぁ、なにをやってんだが」


私は他の縫いぐるみがかたまっているところにクマの縫いぐるみを投げる。あーー縫いぐるみは愛でるものだというのになんで会話してるんだろう。


私は大の字に寝転がり、天井を見上げる。

誤解を解こうと思えば多分解ける。結構な労力と日数があれば…………だけれど正直解かなくてもいいかなーとか思っている自分もいたりする。

話をしない所とかいつもと変わらないし、学校じゃ目立った事もできないからね。

イジメを律するために加害者をイジメた所で、それがイジメであるという事実は拭えない。いかに正当性を謳ったところで、加害である事は否めない。


しかし暇だ。何かこう、ワクワクするような事ないかなー。

チラッと頭にあの男の顔がよぎる。


…………いや、さすがにあっちの世界は行きたくないわ。

私は頭の中に出てきた顔にビンタをし、頭の中から追い出す。


はぁ…………本当にどうしよう。

チラッとまた私の頭にあの顔がよぎる。


だからお前はいいって言ってるだろ!私の頭から出てけ!

往復ビンタをかまし、私の頭から追い出す。


気軽に話せる友達とか欲しいなー

チラッと私の頭の中に顔が腫れ上がったあの男が現れる。


……………ブチッッッ



〜20分後〜


「……………おや?お久しぶりじゃないですか!ここにはもう来る気がないと言ってたのに………あの…………なんかありました?」


私は目の前にいる男の声を無視して、男の方に歩み寄っていく。


「あのーーーどうしたんですか?そんな怖い顔して」


私は歩いていたのを早歩きにし、早歩きから駆け足にし、駆け足からダッシュへと速度を上げていく。


「あ、あの?ちょっ、その速度でこっちにきたら…………」


私は相手の殴りやすそうな部分を品定めしながら走る。


「ちょっ、ちょちょちょっ!その速度だと止まれな………」


「私の頭の中に現れるなぁぁぁあ!!!」


全体重と速度を乗せたパンチを男の顔面に叩き込む!


「なんでぇぇぇええええ!?!?」


そして、殴られた男は吹き飛び地面を滑って行く!


「オボボボボボボボ!!!」


はぁ………はぁ………はぁ……………すごくスッキリした!


「なにするんですかいきなり!僕に何か恨みでもあるんですか!?」


男は鼻血まみれの顔を上げて私の方を凝視する!


「あります!おおいにあります!私の頭に不当に入ってくるという脳内不法侵入という重い罰則をあなたは犯しましたからね!」


「脳内不法侵入!?なんですかそれは!」


背が小さい男は声を荒らげて反論をする。

背が小さい男…………もう分かるよね。そう、私は表面世界にきてカイさんを今しがた殴り飛ばしたのだ。


「脳内不法侵入とは相手を洗脳して自分のイメージを植え込み、毎日毎日思い出させるという極悪な罪です!」


「そんな事してるわけないじゃないですか!僕はワープと水の魔力しか持ってないんですよ!?」


「知るかーー!!水とワープで頑張って私を洗脳したんでしょ!?」


「水とワープで洗脳ってどうやるんですか!!僕は相手を窒息させる方法しか思いつきませんよ!?」


むぐぐぐ………確かに、相手を殺す方法しか思いつかない。


「…………それは、こう……あーもー頑張ったんだよ!」


「証拠ないのかよ!!」


……………やば、どうしよう。


「……………あのーなんかあったんですか?僕でよければ相談にのりますよ?」


カイさんから思いがけない提案。私に思いっきり殴られたというのに………この人はどれだけ優しいんだ。


「……………いや、別に、辛い事なんてなかったから。ちょっとカイさんのこと殴りたくなっただけだから」


「理不尽極まりないですね!」


むぐーー!学校でイジメられているなんて口が裂けても言えない!てかイジメられてないし?どちらかというと私がだんまり決め込んでいるわけだから私があいつらをイジメているというか?…………虚しい。やっぱり虚勢をはるのはやめよう。


「まぁ、それは嘘ですが。とにかく現実で何かあったとかそういうのはないですから。」


「………はぁ、そうですか。」


………………こうして私達の間は無言となったのであった…………いや、どうしましょう


「そ、それじゃあ私は帰らしていただきます。」


「いや、帰らせませんよ!?僕を理不尽に殴っておいてそう簡単に帰らせると思っているんですか!?」


帰ろうとしている私の肩をがっしりと掴む。

てかやっぱり根に持ってるのか殴ったこと!


「いいじゃないですかパンチの1つや2つぐらい!減るもんじゃないんですから!」


「確かにあなたの拳は減ってないでしょうけどこちとら鼻血垂れ流してるんですよ!僕の体の鉄分が不足します!」


そして私はカイさんにずるずると引きずられ、勇者領のオシャレなカッフェへと連れて行かれた。カッフェであるカッフェ。カフェなんて物よりも重みのある素晴らしき場所さ。ホットミルクとホットチョコとコーヒー牛乳が置いてあるからね


私はホットチョコを、カイさんは鉄分が多く取れそうな緑黄色ジュースとやらを頼んでいた。見た目は緑で緑を塗りつぶしたみたいな緑しかないような色で、緑色の濃淡で味の濃さが判別できるほどだ。

…………すごく不味そう。


「うひゃーー不味いなーこれ。舌が死にそうだ。鉄分を補給する必要がなかったらこんなもの飲む必要なんてなかったんですけどね」


…………あっ、そうですか。


「んで、私を呼び止めてしかもこんなホットチョコを奢ってくれるってことは、私に何か用があるってことですよね?」


私はホットチョコをスプーンで回しながら質問をする。


「いや、奢りでは………まぁとにかく。その通りです。今日は貴方に言わなければいけないことがあるです。」


ゴソゴソと腰につけているポーチから新聞らしきものを取り出す。


「ここを読んでください。」


そして、指さされた場所を見ると………


「…………へ?なんですかこれは」


その新聞らしきものの正面にデカデカと[超大型新人現る!]という見出しが書かれていた。

そしてその下に私が雷を放ち怪物を攻撃している写真が掲載されていた。


「内容はこうです。[先日、新しく勇者となったブロンドの美少女さんは洗礼の儀式においてモンスターの統率者グレイトバイソンを倒した。これは魔族の魔王達に並ぶ偉業だ。これで勇者領も安泰だろう。]………です。」


……………は?


「いや、私は倒してないですよ?だって、ほら。倒したのはカイさんですし」


氷の槍を突き刺したのはカイさんだ。私がしたことではない。


「そうなんですけど………事実っていうのは変なふうに捉えられることが多いじゃないですか。そんな感じで今回も事実がねじ曲がって伝わってしまったわけです。」


……………もうやだこの世界。


「えーーっと、それはつまり。私の顔と名前と成した偉業がこの世界に広まったというわけですか?」


「まぁ、そういうことです。」


……………私は生きられるのか?


「こうなってしまったらさっさと現実に戻る方がいいでしょうね。魔族が徒党を組んで挑んできたら流石の貴方でも今のままじゃあ倒せないでしょう。」


………その通りだ。私は今回こそ逃げるべきなのだろう。だって私は狙われ続けるのだからわ、

……………だけれど


「ですが、私は今日からもう逃げる気はありません。というか現実に逃げてももうあそこは安全な場所とは言えなくなりましたから。」


今日私はノリでこの世界に来たけれど、カイさんを殴るためだけに来たのだけれど、本当はもう1つ理由があった。

それは、そう。カイさんに会えればこの世界での行き方を知ることが出来る。現実のストレスから少しでも逃げるために、私はこの世界で楽しんだり息抜きをしたいのだ。

現実は最早私からすればベリーハードモード。いや、息をするだけでもコマンドを要求されるようなタクティカルモードだ。

それならこっちの世界で力で敵を叩き伏せる方がずっと楽。ちょうどゲームみたいで面白そう。


「はーーこれはまた考えを大きく変えましたね。やっぱり何かあったんですね?」


「いいじゃないですかそんなことは。私はこの世界で生きる。それだけわかればもう十分でしょ?」


私はごまかす。現実で起こっていることなんてカイさんには知られたくない。いや、カイさんだけではない、父にも知られたくない。

どうせ私が無視し続ければいいだけなのだから。

…………あれ?なんでカイさんにも知られたくないんだ?


「………分かりました。そうと決まればすぐさま修行をしましょう。技の習得は結構難しいですからね。」


カイさんは不味い顔をしながら緑黄色ジュースを飲み干す。私も不味い顔をしながらホットチョコを飲み干す。何これ、無糖でしかも香辛料入ってるんだけど……………



というわけで勇者領から出た私たちは木に向かっていた。


「いいですか?お腹に力を入れるんですよ。想像してください。あなたの目の前に身長170cmなのに体重が筋肉のせいで90キロもある成人男性を。その人が今あなたのお腹を殴ろうとしてます。ならあなたはどの時に力を入れますか?拳が当たる瞬間に力を入れますよね?その時を想像しながらお腹に力を入れてください」


うーーん………何言ってんだこいつ…………


私は彼の説明を無視して木に指を向ける。


「いや、まぁあれですよ。一回出たからといって、それと高威力で出すっていうのは別物ですからね。僕がアドバイスを与えたからといってそう簡単には………」


バチチチチチチ!!!


私の指から電撃が放たれ、木を貫通していく。そして、その木達に火が付き燃え上がっていく。


「…………まぁ、あれですよ。これは結構簡単な部類の方ですから、1発で出来るのも不思議じゃないです。」


今度は私が手をクルクルと回すと雷が空をクルクルと馳け廻る。


「…………………ま、まぁまぁまぁ。これも結構か、かん簡単ですか、から…………」


今度は私は雷を纏う。うーん………スーパーサ○ヤ人みたいでかっこいいね


「……………………まぁ、ねぇ?うん。できるのは当然というかなんというか………まぁ、うん。当たり前だよね?うんうんうんうん…………いや、次のが一番難しいですから。魔力と一体化するのは最高難易度で………」


「ほっ、あ出来た!」


私の体が雷へとなっていく。腕を振れば高速で雷が地面焼き焦がす。


「出来ましたよ!ほら、魔力と一体になれました!次は一体なにをすればいいんですか!?」


私は飛んだり跳ねたりしてはしゃぐ。

なんというか………すごく楽しいのだ。技を習得していく達成感とか、強くなっていく高揚感とかが。


「…………そんな………………僕は1ヶ月かかったのに…………………」


だけれどカイさんは私とは反対でひどく落ち込んでいた。木に頭をつけて、全体重を頭にかけて落ち込んでいる。


「カイさん。次はなにをやればいいんですか?」


なぜ落ち込んでいるのかわからないけれど、今私は自分のレベルアップをしなくてはいけないのだ。落ち込んでいようが教えてもらわないと。


「…………ははっ、ははは!いや、もう終わりですよ。僕から教えられることはありません。免許皆伝?………ははっ!免許皆伝ですよ!持ってけ凄腕怪盗!」


不自然な笑みを浮かべながら、カイさんはこちらへと振り返る。

あれ?おかしいな、目が少し輝いているような……………


「ありがとうございます!それで?技を習得した私は、あとはなにをすればいいのですか!?」


まさかこれだけというのはあるまい。血の滲むような鍛錬やらなにやらをするんでしょ?分かってるって。


「いや、あとはひたすら実戦です。」


「実戦ですか?」


「はい。モンスターとか魔族とか敵と戦ってもらいます。」


…………はぁ?


「え?いや、こう鍛錬とかないんですか?重力が十倍の部屋で修行に励むとか………」


「あーーそんなのないですね。この世界は努力しても自身の能力は上がらないんですよ。」


「え?ちょっとそれはどういうことですか?」


「ですから、たとえ僕達が格下の相手をたくさん倒したところでド○クエみたいにレベルが上がるようなことはないってことです。」


……………マジで言ってるのかよ。


「え?じゃあこの世界は面白いとこなにもないじゃないですか」


レベリングが出来ない。技はもうすべて習得済み。…………うん。速攻売られるねそんなゲームは。


「いや、まぁこの世界では自分の技に磨きをかけたり、形を変えたり用途を変えたりとかできるんですよ。」


「…………技に磨きをかけるとか多様性を増やすとかって自身のレベルアップじゃないんですか?」


ドラクエならメ○がメ○ミになるよね。


「ああ、磨きを上げるというのは研ぎ澄ませるということです。量を多くさせることではありません。」


なにを言っているのかがよくわからない。


「要は粘土と同じですよ。決められた量でなにを作るか。………たとえば尖らせたり、渦を作ったり、薄く伸ばしたり、切ってやりみたいな形にしたり、ねじったり…………などなど形を変えると同じ形質でも能力の幅が広がるんです。」


ああ、確かに怪物を倒すときにカイさんは水をわざわざ尖らせて、しかも回転まで加えていたっけ………。あれはカッコつけるためじゃなくて威力を上げるという正当な理由があったのか。


「ちなみに僕は水を1ミリの薄さにまで出来ます。」


カイさんと私の間に厚さ1ミリの水の板が作られる。

ワーーオ、なんてロマンチックな光景だろうか。


「あと技だけでなくたくさんのダンジョンやお宝があるので、それを荒らしまわるのも楽しみの1つですかね。」


…………現実にも荒らして楽しんでいる人がいるから反論し辛いなー


「なるほどですね…………うーん。やっぱりそれって面白いんですか?」


うーーん………なんとも言えないなー。それならドラ○エとかの方が数千倍も面白いと思う。


「まぁそうですね。馬鹿には面白くない世界ですね。」


………馬鹿には面白くない?


「それは聞き捨てなりませんね。それじゃあまるで私が馬鹿みたいじゃないですか。」


「いや?そんなことは言ってないですよ。頭使って戦略を練ることができない人からすればクソつまんない世の中だと言ったんです。もちろんあなたはそうじゃないですよね?」


くっ………発言にトゲがある


「いや、まぁ私からすればそういうのは得意分野ですけどね。力だけでなんとかするなんて考え方は野蛮ですよ。」


あぁぁあ!!さっき力だけでなんとかなるとか言わなければよかったー!


「ですよね、僕はそう信じていました。………バカには行きづらい世の中なんですよ。現実と違って」


はぁ…………なんだろう。結構シビアな世界なんだねここって。あれか、スト○ートファイターの3Dバージョンみたいな奴なのか。コマンド覚えたら後は状況に合わせて……………むーー、スト○ートファイター苦手なんだけどなぁ


「というわけで実践が大事なこの世の中。僕達はいろいろな街、村、町をめぐっていろいろなモンスターと戦いましょう!」


「なるほど。そこでさっきのお話通り、実践を通して色々と技の応用が出来るようにすると。」


「はい。地域ごとに出るモンスターは全然違うので、それに対応しているといつの間にかいろいろなことができるようになっているわけですね。それを狙います。」


なるほどね。ようやくこの小説でも冒険みたいなことが出来るわけだね。


「分かりました。それじゃあ今日は準備に充てて明日から冒険ですね。」


「なに言ってるんですか。もう準備は整ってますよ。」


そういうとカイさんはポーチから黒色の立方体を取り出し、遠くへと投げる。

そうするとガシャシャーンとその場に巨大な荷物の塊が現れた。

丸かったり刃先が分かれていたりする剣や、大きかったり小さかったり真ん中に穴が空いていたりする盾。その他には薬草が入った袋やら宝石やら人形やら寝袋やら本やら金魚が入っている水槽やらが山のように積み上げられている。


「あなたと別れた後に、こうなるのではないかと準備をしておいたんです。いやーー備えあれば憂いなしとはいいますが、正しくその通りですね。冒険に出るのが1日遅れるところでしたよ。」


「……………1日ぐらい遅れたかったんですけどね。」


だってもうそろそろ日が暮れそうだからね。家に帰ってご飯を食べたい。


「なに言ってるんですか。あなたは今命を狙われているんですよ?こっちの世界で頑張ると決めたのならば行動は早いに越したことはありません。1日の差が命取りです。」


ふーーむ、そういうものだろうか?


「そういうものです。さっ、準備はもう整っているわけですから出発しましょう!目指すは東の村イアリカです!」


こうして私達は表面世界で冒険をすることとなった。………私が、現実のことを少しでも忘れられるように。



1時間後


「あのーーまだですか?まだつかないんですか?結構な距離を歩いてますよ?」


なぜ?1時間もあれば隣町に普通はつくでしょ。この世界どれだけ広いの?

私は今、山というか山地というか荒野を歩いている。ちょっと高めの。


「もう少しですよ。もう少しで街の外観が見えてくるはずですから…………多分」


「多分?」


「…………多文化相対主義についてどう思いますか?」


私が笑いながらカイさんの肩に手を乗せると、カイさんも笑いながら答えてくれる。


「さぁ、私にはよくわかりません。というか言葉の意味すら分かりません。」


私は肩に置いていた手をどき、髪を払う。ここら辺、砂っぽくて気持ち悪いんだよね。


「あーー……あっはっはっ、そうですね。確かにその通りです。お勉強と読書が大好きな人にしか分からないですよね。」


「ということはつまりお勉強と読書が大好きなんですか?」


「いや、大好きではないですよ。どちらかといえば僕は知識を集めるのが大好きなだけです。」


知識を集める………なるほどね。


「それじゃあこんな世界に来ないで本を漁っている方が良いんじゃないですか?」


この世界には戦いしかないように思える。というか初めにやった洗礼の儀がもはや戦いなのだから、知識なんて程遠い…………


「まぁ、確かにこの世界の常識は知識なんてものから程遠いでしょう。戦闘しかないようなものですから。………ですが、ここには未曾有の経験が所狭しとあります。経験は生きていくための大切な知識ですからね、かき集めないわけにはいかないでしょう。」


カイさんは涼やかな顔を私に向ける。


「ふーーん………そうですか。」


私とはこの世界に来るための動機が全然違うんだなぁ………あれ?もしかして私と一緒に同行しているのも面白い経験を得るため?私を助けるためではなく?


「おっ、ほらーー。やっぱりもう少しだったんですよ。街が見えてきましたよ。」


私が頭の中でボヤーッと考えていると、カイさんがそれ見たことか。と言わんばかりに声をはりあげる。


む………確かに村だ。塀に囲まれた村が確かにある。だけれどちょっとさ、もうちょっと言及しないといけないものがあるとおもんだけれど……………


大きな塀で囲まれた村には簡単に人は入れないだろう。………まぁ私ならば入れるだろうけど。いや、そうじゃない。一般ピーポーならば入れないだろう。

だけれどさ、今私たちの目の前にあるように……いや、いるように。村の上空を飛び回って村を襲っているあの巨大なドラゴンからすれば余裕で入れてしまうだろうね。てか入っていってるし。


「…………なんですかこれ。」


私は隣にいるカイさんに声をかける。だって、行く先の村が襲われているなんておかしいでしょ。


「あーードラゴンに襲われてますね………よし!助けに行きましょう!」


「なんで!?いや、さっさとここから去りましょうよ!なんでドラゴンと戦う必要があるんですか!?」


うおぉお!!炎を吐いてるよあのドラゴン!うわっ、あっちは氷を吐いてるし!


「え?なんでですか?戦いの経験を積むんですよね?それならドラゴンと戦うなんてピッタリじゃないですか。それに村人を助けないといけないですし。」


「いや、まぁ、うん。はい。その通りですよ?村人を助けなくちゃいけないですよ?なんと言ったって私たちは勇者ですから。…………だけれど相手が強すぎると言いますか、私にはどうしようもないと言いますか………助けれそうにもないというか…………」


戦う覚悟はできていたけれど、初っ端からドラゴンとは思いもつかなかった!

いやーー無理だって。今の私には無理だって。だって私が戦った怪物、グレイトバイソン?よりは確かに弱いと思うけど5匹ぐらいいるし


しかし、私の必死の呼びかけにカイさんは不思議そうに答えた


「…………?あんなの倒せなかったら貴方この世界で生きていけないですよ?」


「…………え?」


「あれは中の上クラスのモンスターなんですが、私達に戦いを挑みに来るやつらはそれの五百倍は強いと思った方がいいですよ。」


ちょっ、ちょちょっとまって……考えさせて…………つまり、え?えーっと?


「あれを倒せないとお話にならない?」


「イエァ」


ぐっと親指を立てる。


「それを先に言ってよ!」


それを見て聞いた瞬間、私は村に向かって駆け出す!

距離はだいたい4〜5㎞?まぁ、2分以内につくでしょう。


「あっ、そうそう。説明し忘れてましたが」


「なに!?」


私の走りに合わせてカイさんも走って追いついてくる。

なんだ?敵を倒すにあたってのヒント?


「あの村の名産品は木彫りのアップルヴァリィドなんですよ。お土産にどうです?」


ええぇぇえ!?今ここでお土産の話されても困るんだけど!

てか!


「アップルヴァリィドってなんですか!?」


名前からして格好可愛いに違いない!こんな状況でも興味を惹かれてしまう!


「アップルヴァリィドと言うのは地面に埋まっている人喰いりんごです。」


「あーーーーこんな状況じゃなければ凄くツッコミたい!」


ほとんど全力で走っているからそんな余裕はない!


「人喰いりんごという恐ろしい肩書きですが見た目は可愛いんですよ。捕食するときにちょっと怖くなるだけで………まぁ、マスコット的な位置取りですね。」


人喰いなのにマスコットなの!?救いようがないねこの世界!


「ちなみに食べたらりんごの味がするそうです。」


「そりゃそうでしょうね!!アップルですから!!」


「いや、でも人を食べてるんですよ?それはつまり植物ではないというわけで、光合成によって作られるりんご特有の糖の一種を持っていないということになります。それじゃあスクロースやしょ糖に変換されるものが少なくて全然甘くないはずなんですけど……………」


「カイさん!いいですか!?現実に二次元を持ち込んだら軽蔑の目で見られるように、ファンタジーに現実を持ち込んではいけません!2つとも別の法則で回り続けているからです!」


現実ではオタクは馬鹿にされるように、ファンタジーの世界で「これはこうでああだからそんなことはあり得ない。」というやつも馬鹿にされるのだ。

そうなってんだからどしようもないんだよ!!


「なるほどぉ!確かにあなたのいうとおりですね!………よし!わかりました!今度お礼にアップルヴァリィドを食べさせてあげましょう!」


「いいですよ!それなら普通のリンゴを食べますから!」


味が変わらないのならフジのリンゴを食べるね!


っと、そんなやり取りをしているうちに塀の目の前にまで来てしまった。

うひゃーー高いなー。


「んっしょ!」


ダン!


私は思いっきりジャンプをする!

するとすぐさま塀の上まで来ることができた。


うわーー街が荒らされまくってるよ。


塀の中の街は荒廃そのものだった。

ドラゴンに焼かれ凍らされ吹き飛ばされ砕かれている。住民は………ある程度の人数は生き延びているようだ。すでにドラゴンたちに囲まれてはいるけれど…………


「早く行かないと!」


私はすぐさま人達のところへと走っていく!そして、人達の前に立ち、ドラゴンたちを見据える。


「ゆ、勇者様だ!勇者様が助けに来てくれたぞ!」「これもきっと神様のおかげだ………南無三」「しかもよく見ると結構な美人じゃないか」「女神様だ!」


…………やばい、歯痒い。


「あーーそんなニヤニヤしなくてもいいじゃないですか。」


前からカイさんが来る。てか私そんなニヤニヤしてたの?


「勇者なんですから助けに来たら喜ばれるのは当たり前です。そんな、いちいちニヤニヤしていたら相手に足元すくわれてしまいますよ。」


「はいはい、わかりましたわかりました。それじゃあ頑張って倒しますよ。」


お灸を据えられた私は、空を飛んでいる5匹のドラゴンに対峙する。

空を飛んでいるってことは雷を使うかジャンプをして攻撃するかのどちからだよね。


グッグッ、ダン!


私は思いっきり力を入れてジャンプをする。

速くないと躱されそうな気がしたから、とにかく速く飛び出す!


メシャッ!


私のパンチがドラゴンの胴体にめり込む!


「グォオォおおああああああ!!!」


そうするとドラゴンは悲鳴をあげ、翼の羽ばたきは止み、私もろとも地面へと落ちていく。

あれ?弱い?これならなんとかなりそうだ。


ボッ……ゴウウウウウゥゥウ!!!!


巨大な炎の竜巻が発生し、上空にいる私めがけて飛んでくる。


ああ、やっぱりだ!なんとかなると思ったらいつもやられそうになる!


きっと風を作り出せるドラゴンがいて、それと合体技をしたのだろう。

炎の竜巻は民家を巻き込み、燃やし、上空へと吹き飛ばしながら迫り来る。


やばいって!さすがにアレに巻き込まれたらただでは済まないよね!?

でもどうすればいいの!?正直空中を歩くことなんて出来ないだろうし…………雷で相殺出来るかな?


私は雷をありったけ放つ。


バチチチチチチ!…………ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!!


しかし、竜巻は遅くなることも小さくなることもなく、私に向かってくる。しかも最悪なことに雷が吸収されてしまい、竜巻は燃え上りながら数多の雷を体内に宿し、より破壊的に、よりデンジャラスになって襲いかかる!


キャアァァアア!!やってしまったぁあぁああ!!!これは流石に危ないって!!見た目が酷すぎる!

雷と炎が竜巻を取り囲み、赤と黄色がぶつかり合う。電撃が時たま竜巻から漏れ出すと、それは上空にある木片にぶつかり焼き焦がす!


どうすればいいの!?雷なんて効かないし、あの中に突っ込めば致命傷。空中にいるから逃げることもできない…………手がない!!


私は仕方なく、他に頼るものがないから仕方なくカイさんの方を見る。そして、カイさんはそれに気づいたのか…………


グッ


と笑顔で私に親指を立てて励ましてくれる

腹立つなあいつ!強者は余裕で高みの見物かい!?妬ましい限りだよ!!


ああ、くそ!竜巻がどんどん迫ってくる!避けられないよこんなもの!

〜〜〜〜〜!仕方ない!食らおう!腹をくくろう!

でも、その前に…………


バチチチチチチ!!


私の体が光に包まれていく!


歩いている時にカイさんは言っていたのだ。

どうやら私の能力は充電式で、長い時間は放電できないけれど溜めれば溜めるほど威力が上がると。

あの攻撃を耐えきれば、奴らにキツイ1発を食らわせてやる!


ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


来る!


ゴウウウウウゥゥウアアォォオォオ!!!!


竜巻からすればちっぽけな私は、簡単に飲み込まれてしまった。


目を閉じていたから、視覚には頼れないけれど、最初に感じことは熱いであった。炎が私を絡め取る。そして次に感じたことが遠心力によって四肢が裂けるような痛み。どちらを向いているかわからないほど、風によってもみくちゃにされた。そして、最後に感じたことが「私死んだな」であった。岩の破裂音。雷の轟。火が木々に燃え移りは風によってかき消され、燃え移りは風によってかき消されを繰り返す音。それが同時に聞こえてきて、私は生きている心地がしなかった。とてもこの世のこととは思えなかった。


それが何秒続いたのかなんてわからない。早く終わってくれという思いしかなかった私は時間を計る暇など無かったのだ。


そんな、死にそうな音と痛みが続いていた時、突如何もない空間に出た。


身体中に痛みしかないから微弱にしか感じられないけど…………寒い。凍えそうだ。


うっすらと目を開けるとそこには紺色の空が広がっていた。月がすぐ目の前に、雲は私の真下に広がっている。

ああ、なんて綺麗なんだ…………私の体が血に塗れてなかったらよりそう思えたのだろうに………


私は手を伸ばす。月に向かって。目の前で大きく光り続ける月を、今ならつかめそうな気がしたから………………


スッ


だけれど私の手は月を掴むことはできなかった。ただ空しく空を掴むだけ。


………………少しぐらい、夢を見させてくれてもいいじゃないか……………


私は、持ち上げた手をそのままにし、指を一本立てる。


「つまらないんだよ。現実世界も、表面世界も。」


ピシッ


指から一本の稲妻が生み出され、上空へと向かって進んでいく。そして、


パーーーン…………


稲妻は上空で分かれ、無数の光の矢となって降り注いでいく。そして雲の中に入った瞬間


ばちばちバチバチバチバチバチ!!!


雲の中で貯められていた静電気が、イリナの雷に呼応して激しい稲妻へと変化する。


木炭は風により限りなく細かくされていた。それにより、空気中の水分とぶつかり、プラスとマイナスの電荷を作り上げていたのだ。

あとは大きな流れを作り出し、静電気たちを巻き込むだけ。

しかしイリナはそんなことを考えていたはずもない。「雷は雲からできるよね」という発想からテキトウに、今回のことをしようと思ったのだ。まぐれではあるけれど、起きることは必然であったのは否めない。


雲から作り出された無数の雷は、ぶつかる相手を追い求めた。いや、そんなものはもう決まっている。イリナの意志によって生み出された雷が、誰に向かうかなんて予想するまでもない。


バシンンン!!カッ!!!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!


「グォオォオああああ!!!」「キュルルルるるるる!!!」「ギェアァァァァァアアアア!!!」「なんで僕までぇぇぇえ!?!?」


にっくき相手達の悲鳴が村中にこだまする。


………………悲鳴は聞こえなかったけれど、まぁ、大丈夫だろう。


そして、上昇を終えたイリナは自由落下を始める。


ああ、焼けた肌に冷たい風が心地良い。

イリナは頭から落ちていく。


雲の中に入ると私の体は濡れ、雲を出れば風によってまた水が吹き飛ばされる。

ああ、でも少し寒すぎるかな。このままじゃ風邪をひいてしまいそうだ。


私はずっと落ちていく。私を遮るものは何もない。落ちることができるから、私の体は落ちていく。いつまでも進み続けられる。

月がどんどん遠くなっていく。ああ………なぜか悲しい気分。だから私は目を閉じた。


このまま落ち続ければ、私は一体どうなるのだろうか……………ふふっ、そんなの、考えるまでもないか。


フワッ


私の体を、何かが優しく受け止める。鎧の冷たさ…………いや、今の私にはそれがすごく、温かく感じる。常に私を満たしてくれているような…………暖かな優しさに心を包まれる。

心が癒えていく。そんなはずはないのに、体も癒えていく気がする。


なんでここまで温かいのだろう……………ああそうか、なんだ、簡単なことだ。私は、面白いことを求めてこの世界に逃げ込んだわけじゃないのか。

彼は私を労ってくれる。彼は私に声をかけてくれる。彼は私に優しさを教えてくれる。彼は常に私を笑わせてくれる。………なんだ、本当に簡単なことじゃないか。私が求めているものを、彼は持っているんだ。些細なことで、彼は私を支えてくれる。


彼のような優しさを…………私は………求めていたんだ。


私は目を開けた。目の前にいる彼を見るために。


「なんで僕に雷を落としたんですか?危うく大阪のオカンスタイルになるところでした。」


剣によって胴体以降は無事だが、頭がチリチリになっているカイさんが困った顔をしていた。


「何か悪いことでもしました?したのならちゃんと謝りますけど……………」


「…………ぷっ、あははははははは!!」


「ど、どうしたんですかいきなり!?」


私は大声を上げて笑った。

やっぱり彼は優しすぎる。雷を打たれたのに、それでも私を助け、しかも打たれた原因が自分の落ち度だと思っている。全く……………なんで彼はこうも優しいのだろうか…………


「あはははは!!あーー…………怒ってないですよ。あれは私の過度なスキンシップだと思っておいてください。」


「それにしてはあまりにもオーバーといいますか…………」


「気にしない気にしない!考えたら負けだよ!カイさん!」


私は笑った。とにかく笑った。カイさんが不思議な顔をして私を心配していたけれど、とにかく私は笑った。

理解できると、簡単に吹っ切れた。分かれば簡単に世界が変わった。

その通りだ…………なんて簡単なことだろうか。私は彼と…………ずっといたいのだ。



そんなこんなでカイさんに治療をしてもらった私は、村人達からお礼としてアップルヴァリィドの木彫り人形と、村に伝わる剣をもらった。

アップルヴァリィドの木彫り人形は普通の状態と捕食形態の2つの形に分かれていた。

普通の状態は確かにまん丸で、頬を赤らめて恥ずかしそうに地面に埋まりながらこちらを見ているが、捕食形態になると、原型を残さないほど変形して異形の魔物みたいになっていた。


そして、私たちは村を出て次の村へと向かった。


「ねぇカイさん」


「なんですか?」


私たちは次の村へと続く小道を横になって歩く。


「口調さ、どっちのほうが好き?」


「どっちと言いますと?」


「[麗しゅう皆様おはようございます。]か[やぁやぁやぁ、おはよう!]。どっちがいい?」


「極端ですねぇ…………まぁ、それなら後者ですかね。実は僕、堅っ苦しいの苦手なんですよ。」


ふーーーん…………そうなんだ。


「分かった、そうするね。それとさ、私の名前知りたくないの?」


今まで一度も名乗っていないんだよなー


「あーーーそうですねぇ。知りたいっちゃあ知りたいですけど、そこまで親交の深くない人間に名前を名乗りたくないでしょうから…………うーん、どうしようかなぁ。………あっ、そうだ。僕のことを気に入ってくれて、信用に足る人物だと思ってくれたら、名乗ってください。」


…………用心深い人だなーー。


「………わかりまし……わかった、そうするね。」


私は笑った。

別に、今でもいいんだけれどなぁ


こうして私たちは他愛ない話をしながら次の街へと向かったのだ。



〜一年後〜


今日も今日とて学校。いつも通りの毎日。ほんの少し、イジメられているだけで、これといった実害はない。


はぁ、止まないものだねぇーーイジメというのは。

しかし最近あれだな、由香理ちゃんから何かされるってことがないな…………相内君に何かされたのかな?


とまぁそんな感じで無気力のまま放課後を迎えた私は神経を奮いたたせ、家まで走った。


そう、あの世界に行くためだ。表面世界。この世から人だけを取り除いた世界。そこには素性不明の謎の知識野郎カイさんがいて、いろいろな不思議やら楽しいことやらで満たされている。

そう、ここ1年間はアップルヴァリィドを探してアップルヴァリィドを捕獲してアップルヴァリィドを食べてアップルヴァリィドの缶詰を作っていた。

……………まぁ、うん。仕方ない。私達も色々と忙しかったのだ。特にカイさん。「生徒会がなんたらー」と言って私達の予定が合わなかった。

なので私の名前も言えてない。さすがにアップルヴァリィド狩りをしただけで名前を言うというのはやでしょ。

もっとロマンチックな状況で!もっとエクセントリックな状況で!乙女というのは名乗りたいものなのさ!

……………とか言ったところで名前を言うタイミングを失っただけなのは内緒である。


私は家に着くと、すぐさま自室で座禅をする。

本当、もうちょっとかっこいい方法で行きたいんだけれど………………


というわけで来ました表面世界。


特に言うこともないので待ち合わせ場所にさっさと行こう。


勇者領の変なカフェ


「で、カイさん。何をするつもりですか?今回は」


私はホットミルクを飲む。前回はホットチョコで失敗したからね、失敗し辛いホットミルクを頼んだ。

カイさんはホットコーヒー。なんでそうも苦い物を飲みたがるんだろうねー


「何をするって言われても色々なところに行くしかないじゃないですか。」


「はぁ、つまらないなぁ。もっとこう、アクティブなことしないの?」


「いやいや、冒険なんてアクティブ極まりないじゃないですか。何か運命的な出会いがあるかもしれないじゃないですか。」


「運命って…………そうそうないよそんなの?」


「ないない言ってるから起こらないんですよ。1日一回[どうか私に運命を!]と唱えていれば、案外起こるもんですよ?」


「何その盲目狂信は………神様舐めてるでしょ。すごいのよ?神様いなかったら私たち生まれてないから。アダムとイブがいなかったら私達生まれてないんだよ?」


「そうですねーー。肋骨からアダムでしたっけ?イブでしたっけ?どちらかが生まれたんですよね。それは面白いですよ。人間の可能性つき破っちゃってますから」


「だから神様なんじゃないの?人間の理を超えた存在だから…………なに?まさか神様信じてないタイプ?」


まぁアダムもイブも神様ではないのだけれど…………そんなことはどうでもいい。ぶっちゃけ私信じてないからね、こういうの。カトリックだろうとなんだろうと経典や書物は鵜呑みにしたら火傷するからね。


「神話は神話ですよ。そんなもの、科学的にはあり得ないなんて考えるのは無粋です。人間はまだ全ての法則を発見できてはいないんですよ?それなのに、いないと決めつけるなんてことできるわけがないじゃないですか。だから僕は否定する気はありません。でもだからといってそれを完全に信じきれるほど、僕の頭は柔らかくありません。…………なので僕の結論はこうです。基本的には信じないが、誰かが神様がいることを証明して、見せてくれるのならば僕は信じる。と言ったところですかね。神様を簡単に否定するなんて、勿体無いじゃないですか」


ホットコーヒーを一気飲みするカイさん。気品のかけらもない。ただ単純にこの人はコーヒーが好きなんだろうなぁ………気取ってない感じだ。


「ふーーん…………ガチガチの理系みたいな顔してるのにね〜〜。意外だなー」


「そうですかね?理系だからこそ、否定する材料がないのであれば物事は否定しちゃいけないんですよ。…………まっ、文系理系は高校生からですからね。中学生には無用の言葉ですよ」


…………あっ、そうだったか。私としたことがうっかりだ。お父さんがよく言ってたから勝手に覚えてしまったのだ。いやーーー刷込みってやつ?


「ツメが甘いですねー書いている人の[やっべ、忘れてた!]って顔が思い浮かびますよ。書くんならちゃんと書ききらないと。それだから人間として大成しないんですよ…………」


カイさんは空に向かって話しかけている。………一体全体なにがどうなっているの?


「………カイさん。そこに誰かいるの?」


「ん?ああ、全然。誰もいないですよ。布団でぬくぬくしながら知恵を絞り出している人なんて全然………………」


「……………?まっ、まぁいないんならいいんだけどさ…………」


なんだろう………私の直感が[この事実は知っても知らなくてもどうでもいいものだ]と囁いている。これは…………興味を示す必要はないね。


「それじゃあそろそろ行こうよ。こんな所で飲み物飲んでいてもつまらないからさ」


私はテーブルに手をつき立ち上がる。


「そりゃあただの水分摂取ですからね。面白さなんてないでしょうね。………と、ちょっと待ってください。」


私がその席から離れようとするとカイさんは引き止める。


「実は王様にとある依頼を受けていてですね」


「依頼?………何さそれ」


王様って言えばあのエロ魔神でしょ?あの野郎人の許可なくセクハラしてくるから嫌いなんだよね…………次触ってきたら顔にお口を増やしちゃうゾ☆

…………うん。可愛さで相殺しようかと思ったけど気持ち悪さが増えただけだね。


「実はとある村で誘拐事件が発生してましてね………1日ごとに3人消えていくらしいんですよ。」


「1日ごとに3人?それは結構な量じゃないの?」


「そうなんですよ。これが現実の出来事だったら連日新聞に取り上げられるレベルですよね。まっ、この世界には魔力があるので今回の数字はすごく多いってわけじゃないんですがね。」


ああ、そうか、そうだよね。魔力があるから基本が通じないもんね。


「ですが今回の件は結構凄いですよ。形跡が何もないんです。血液も、人を引きずった跡も、暴れた跡も何もないんです。無論叫んでもいないです。誰も不審な音を聞いてないんです。」


「つまり?」


「つまり、犯人は警戒しきっている相手に対して凶器も使わずに、声を出させる暇もなく、音も出さずに一撃で気を失わせる。もしくは眠らせたってわけですね。」


「…………なんかそれだけ聞くと凄い手練れって感じだね」


「はい。もう、凄いですよ。能力がどんなのかというのも気になりますが、やはりその方の身体能力に僕は興味津々です。こんな所業をなす人間の体…………気になりますねぇ。」


カイさんはテーブルを見てニヤニヤと笑う。


「……………カイさんさ、今回の事件すごく楽しみでしょ。」


「はい、すごく楽しみです。個人的に興味が尽きない事案ですね。目的、魔力、身体能力、完全犯罪のトリック…………これらの謎が今回はうじゃうじゃ漂っています。これが楽しみじゃない訳ないじゃないですか!」


うーーん…………1年付き合ってきて分かったけど、この人自分が面白いと思ったことにとことんまで突っ込むタイプなんだよね。

面白いことはとことんまでやるタイプ…………に近い。興味があるものはトコトンまでやるって感じだ。


「私が行かないと言っても1人で行きそうだもんね………」


「はい!僕1人でも行きますよ!腕がもがれても行きますし、両脚を切断されても行きますよ。テケテケばりの匍匐前進見せてやりますよ!!」


「だめ!テケテケはNGワード!なんであんな怖いもの引き合いに出すのさ!」


私あれのせいで何日間か寝れなかったからね!もう、どんだけ怖いのさあれ!考えた人がいるのなら叩きのめしたいよ本当に!


「…………はぁ、分かったよ。私も行くよ。どうせ暇してるんだもん、謎解きでもなんでもするよ」


カイさんが話しながら背中のバッグから地図を取り出し机に広げる。

地図には1箇所赤丸がついていた。そこがきっと目的地なのだろうが………ワァオ、ここからすごく遠い。歩いて1日かかるんじゃないのこれ?


「歩いたら1日かかりますが、なんと僕ここに一度行っているんですよねー。瞬間移動できるのですぐに着きますよ。」


1日かかるところに昔行ってるって…………この人実は勉強とかしてないでこの世界で篭ってるんじゃないの?


「なーーるほどね。今すぐに行かなくても日暮れまでには着くと」


「何言ってるんですか今すぐに行くんですよ!早めに行って事情聴取です!尾行です!推理です!衝撃の事実です!カーチェイスからの迫真のバトル展開!ハイエナの如く嗅ぎ、喰い漁るんですよぉぉお!!!」


わぁぁぁあああ!!いつもクールなカイさんがどうでもいい状況で熱くなっていルゥ!!ああ、なんなのこの人ミステリーファン!?まさかのミステリーファンだったんですかカイさんんんん!!!


「お、おう…………」


「おや、喜んでないですね?こんな素晴らしいことを貴方は喜べないんですか!?なぜ!?どうして!?アガサクリスティの小説を読んで犯人に対して[あんた一回庭先で出てきただけじゃないですかー!]って言う醍醐味を貴方は一度も味わったことがないんですか!?」


「味わったことがなーーい!!生憎私はマンガ一本だったもんでね!硬派なミステリーは読まない主義なんだよ!」


「なっ、そりゃ貴方人生損しているというか無いようなもんですよ![家も買わず小説も書かない男は無駄な人生を送っている。]からも分かるようにそもそも小説読まないなんて人生はないんですよ。考えられてすらいないんですよ。論外。蚊帳の外。アウトオブザクエスチョン!です」


私女なんだけどなぁ


「…………はぁ、分かったよ。少しぐらい読んであげるよ」


何というかカイさんが熱い時というのは珍しいのだ。きっと、これは彼が最も伝えたかったことなんだろうね。それならば素直に言葉を受け取ろうじゃないか


「本当ですか!?それならば最初はなにがいいですかねー、シンプルにシャーロックホームズとか?………いいですねぇ。重たくないですもんね、これが一番ですよ。」


シャーロックホームズ………聞いたことはあるけれど詳しくまでは知らないなーー。

なるほど、それなら明日にでも図書館から借りて読んでみよう。


「あっ、シャーロックホームズすらも無理だというのならズッ○ケ三人組ですね。文字が大きくて読みやすいですよ。」


「…………お気遣いありがとう」


ズッコケ三人組って…………読んだことないけれどあれ児童書じゃなかった?いや、あれ?違うのか?小学館?……まぁ、分からないや。


「ふふふっ、絶対に読んでくださいよ。損はしないはずでから…………ふぅ、それじゃあそろそろ行きましょうか。」


カイさんは地図を折り畳み背中のバッグに入れる


「そうだね、さっさと行こう。楽しみだってことはわかったから。」


私はカイさんの肩に手を置く。

カイさんのワープ能力は触れないと発動しないのだ。


「それじゃあ行きましょう!」


シュン!こうして私達は次の街へと向かった。名前は何だったかな…………インディグネイフィア?なんかそんなだったはず。




さて、そのインディグネイフィア?みたいな所が目の前にあるのだが、第一印象は普通の村だなー。である。大きさも普通。村を囲む堀も塀もない。民家は木造。人がちらほら見える。まさしく普通の村だ。

だがやはりということか、村中の雰囲気が少しピリピリしているような気がする。


「ここの特産品は何でしたっけ………魔力を縫い上げた法被だったかな?」


カイさんが宙に指をぐるぐるとする。きっと思い出す時にやる癖とかだろう。


「法被って…………日本じゃないんだからざぁー」


「いや、まぁ魔力製ですから。日本の物とは一線を画しますよ。」


と言いながらカイさんは村の門をくぐる。堀や塀はないが柵はあるのだ。低めの。軽くジャンプすれば飛び越せるぐらいのやつ。だけれどこういうのは気分だ。わざわざ側面から入るなんて斜にも程があるでしょう。


私もそのあとについていき門をくぐる。

やはり人の雰囲気がピリピリしている。私たちが入った時、村人達は私達をギラッと睨んだ。きっと今はよそ者に対して敏感なんだろう。そりゃそうだ、誘拐事件があり得ない頻度で起こっているのだ。全てを疑ってかからないと解決はしないだろう。


しかし、私達の姿を見た瞬間、村人達の顔は無警戒の状態となる。顔を崩した………と言ったところか。それとも肩の荷を降ろしたなのだろうか?とにかく全身から安心、安堵を感じた。


「勇者様だ!」「私達の状況が上に通じたようだ!勇者様が救いに来てくださったぞ!」「しかもお二人とも高貴だ!」「ああ…………つか女の方可愛いよな」


いつも思うが気恥ずかしい。特に一番最後、歯が浮きそう。


「これこれ、皆の者静まらぬか…………勇者様。私がこの村の村長のグラハムです。今日は捜査のために来てくださったのですな?」


そして、群衆の中から老人が姿を現わす。グラハムか………強そうな名前だなー


「そうなんですよ。なんでも人がいなくなってるとか………民は私達が守るべき存在です。こんな物騒な事件さっさと解決して皆様に安息を取り返しましょう」


カイさんが当たり障りのないことを言う。

うわーー内心そんなこと思ってないくせによく言うよ。


「立ち話もなんですから私の家で今回の件の概要を説明させていただきます。よろしいでしょうか?」


「いいですよ。もうそろそろ日が暮れそうですし」


私達の背後にある夕陽が今にも山に沈んで行こうとしている。星は森に、夕陽は山に帰るってことかな。


私達は群がる村人達の隙間をぬって村長の家に向かう。村人達の顔は安堵と緊張と不安で満たされていた。…………不安?なんだなんだ、私達じゃ力不足だとでも?………今回のことは正直興味なかったけど、奴らの顔は気にくわないね。これは今回頑張って見返してやらないと……………


「それで、今回は何も痕跡がないらしいですが………」


村長と向かい合うように私達は座り合う。窓に村人達が張り付いているねぇ。こいつは気持ち悪い


「はい、そうなんです。昨日で58人め、亥の刻から子の刻の間に3人必ず消えるんです。それに消えるのは決まって男なんです。ガタイの良い、腕っ節の強い男達だけ」


な、なんだってー!?拉致って聞いていたから被害者は女性だと思っていたのにまさかの男!?しかもガタイの良いやつら!?

なんだなんだ、犯人はまさかマッチョがタイプの女性なの!?


「どうじゃ、不思議じゃろ?」


私の顔を見ておどけて笑う村長。

いや、不思議じゃないわけないでしょ。


「なるほどですね…………場所はランダムですか?」


「ランダムじゃ。これといった法則もない。人数が少ない集団で、はぐれた者がいつの間にか消えるんです。家にいた人が消えたっていう事例もあるぐらいですじゃ」


家の中の人間すらも消えるのか…………


「なるほど……………なんとなくわかってきましたよ。それじゃあ現場に行きましょうか。」



と言ってもどこで消えたのかなんて分からないので、いるときに消えたと思われる家に向かった。


「ああ、痕跡ないって言ってもこれは流石に隠しきれなかったのね」


引きずった跡とかは確かにないけれど、これだけはどうしようもなかったのだろう。

扉が破壊されていた。真ん中から衝撃が与えられたようで、扉の真ん中の損傷が激しい。てか無い。真ん中が吹き飛んでいる


「ああ、もう分かりました。なんだ………この犯人バカですね。何故わざわざ家に入ったんでしょうか………そうしなければもう少しの間狩りを続けられたというのに…………」


カイさんはやれやれといった感じで家を見つめていた。

…………狩り?何言ってんの?


「……………あっそうか、イリナさんはまだ分からないですよね。分かるわけがない。別に僕がさっさと今言っても良いんですがそれじゃあつまらないでしょうし…………」


私はきっと怪訝な顔をしてたんだろう、カイさんが笑う。

うーーん………全然話についていけない。一体全体何がどうなってるんだろう。


「ヒントでもあげましょうかね。1つめは人が誘拐されたという事。なんの痕跡もなく、まるで消えたかのように。2つめはどうしてもこの家に入りたかったって事。誘拐に優先順位でもあるんでしょうかね?最後に、こいつは大勢を相手できるほど強くはない。これさえあれば後はなんとかなるでしょう。僕はここではっているのでイリナさんは今回の事について考えておいてください。わかったら簡単ですから」


そしてカイさんは村にある見張り台へと歩いて行った。


「………………一体なんなんだよ」


そして、家の前に取り残された私はポツリと言葉を漏らした。

なんだかよく分からない展開になってきた………なんなんだよ一体。あんなに楽しみにしてたのにこの家を見た瞬間につまらなそうにして…………扉がどうかしたの?


私は扉をじーーっと見た。でも、これといった何かは見つからない。破壊された跡だけ…………本当、何が何だかさっぱり………


私は扉を見る事をやめ、あてもなく村をさまよう事にした。

優先順位とか言ってたよね…………誘拐するのには順序があるのかな?…………儀式?うわっ、この言葉が出た途端胡散臭くなった。

それでも人を誘拐するのに順序が必要だなんて、それこそ儀式めいた事じゃないと説明つかないっていうか………………うーーん………よく分からないなぁ。

それに、この犯人は弱いって言ってたよね…………

強い人間の誘拐、順序、犯人は弱い…………

自分を強くしようとでもしてるのかな?よく分からないなぁ。


ポタリ

私の方に雨粒が1つ、落ちる。


そういえば………なんかこんな事カイさん言ってたな


「この世界の不可思議は全て魔力のせいにできます。魔力の存在自体があり得ない、非現実的なのですから当たり前ですよね。人知を超えた力であり、限界のその先の力。それだけにこの力は努力した事のないものをつけあがらせます。何もしなくても限界を超えられるんですから。…………そうして驕り高ぶった者はルールを無視するようになります。いや、倫理観と言うべきなのでしょうか?とにかく、簡単に過ちを犯すようになります。簡単に……………人の命を刈りとるようになります。そんなの、間違いだという事は簡単に分かるのに……………悲しいですよ僕は」


こんな事を歩いている時に言ってたな……………はぁ、私と同じ中学生とは思えないよ。尊敬しちゃうね。


だがこの話の大切なのは、分からないのは全て魔力のせいにする事ができるっていう所だ。今回の謎はもう出尽くした。後はどう組み立てるか………………


ザアァア…………


雨が降り続ける。本格的な土砂降りだ、外にいたら濡れてしまう。


私は引き返し、村長の家へと向かう。宿屋に行きたいのはヤマヤマだが悔しい事にどこにあるのかわからない。そんなのを探して濡れるぐらいなら知ってる場所にさっさと行こう。

ここで警戒しないといけないのは時間帯だけれど……………まぁ、確かに暗いけれどまだ亥の刻にはなってないだろうから大丈夫だろう。それに私女だし。ゴリゴリの筋肉野郎じゃないし。てかそういうの私のタイプじゃないし。暑苦しいのって苦手なんだよねー


私は走って村長の家へと向かう。雷と一体化すればすぐなんだけれど、そんな事したらこの周辺にいる人が感電してしまう。


バシャバシャ!

水がはねる。が、その時にはもうすでに次の地面を私の足は踏みつけている。

うーーん!やっぱり速く走れるって気持ちいいなぁ!


そしてすぐに私は村長の家に着き、雨宿りをさせてもらった。

カイさんは…………まだ高台かな。ここにはいないね


私は村長の家の玄関に腰を落ち着かせる。


さてさて、さっきの続きと行こうかな。

どうやって組み立てようか…………やっぱり強くなるために今回の事はやってるんじゃないのかな?なんかそんな気がするよ。そしてその手段として誘拐…………夜の決まった時間に事を行うのには能力もしくは儀式においての制約?条件?ここから考えるに犯人の能力は…………

[夜の決まった時間に完全に自分の気配を消して人間を誘拐する事によって己を強化する事ができる]………………はぁ?なにこれ、欲張りすぎでしょ。


私は玄関先で寝転がった。

うーーん…………考えた能力が当たっているのかどうかは分からないけれどある程度は正しい気がするなぁ。自分を強化する部分とか……………


そして私は目を閉じた。考えるのは好きだけれど甘いものがないと眠たくなるんだよね……………


ヒタヒタヒタ


誰かが歩いてくるのが聞こえる。

居間の方から聞こえるからきっと村長さんだろう。

ああ、眠いだよ。少し眠らせてよね。頭が重たいんだよ…………

と声に出した気がするが、きっと出てないだろう。眠たくて口すらも開かない。


ヒタヒタヒタ


あーーもぅ、いいから。近づいてきて起こそうとしなくていいから。あれよ?これ、私寝てないからね?目を瞑ってるだけで、寝てるわけじゃないのよ。ちゃんと話聞いてるから、寝てませんから!先生は本当にわかってない、確かに授業中に目を瞑るのはいけないよ?分かってる。わかってるさ、だけれどね?意図的に目を瞑れば意識があるまま眠気が払えるのよ。それをなぜ先生は理解してくれないんだ!


私は片目を半開きにして真上を見た


すると男が私にナイフを振り下ろしていた!

ナイフはもう男の腰の位置にまで来ていて、あと少しで私の首を綺麗に切断できそうだ。


「!!!」


バチバチバチバチンんん!!!


私の体から電撃が放たれ、村長の家が吹き飛ばされる!!


「はぁはぁ、一体なんなのさ!!」


ズズズズズ………

私の目の前にいた人影は影の中にとけていった。


影!あいつは影に隠れれる能力なの!?いや、ちょっと待って、その前に………


私はこの場から離れるために全力で駆け出す!

その前に!なんで村長の家の内部にいたんだ!?鍵はかけた!村長も案内したあと家にずっといた!しかもその時も鍵をかけてたらしいから潜伏もできないはずなのに……………


「あっ!」


村長家にいたんじゃないの!?それじゃあまさか私の雷に巻き込まれたとか!?いやーー!やっちゃったねこれ!!さすがにこれはやっちゃったよね!!


ズズズズズオォォオ!!


闇の塊が私を追いかけてくる!

なんじゃこりゃ!アメリカのB級映画を見ている気分だよ!


バシャバシャバシャバシャ!!!

雨で濡れた道をとにかく走り続ける!


どうしようどうしよう!取り敢えず相手が今どこにいるのかを把握して………


私は右に曲がり細い道へと入っていく!

と、取り敢えずあの闇の塊みたいなのを振り切らないと!


しかしその闇の塊みたいなやつもまた私を追いかけるように右に曲がった!


キャアァァァ!?なにやってくれちゃってんの!?追いかけてくるな!!迫ってくるな!!てか近づくな!!


雷を出せばこの闇を照らす事ができるからある程度有効だとは思うんだけど、このすごい土砂降りのせいで道路に水が溜まっている。雷が雨水を伝って万が一にも外を歩いている住民に感電でもしたら………


「そうだよ!あんな派手なことしたのになんで誰も外に出てないんだよ!」


私は壁を交互に蹴って屋根へと向かう。

とにかく今はカイさんと合流しよう!今回の犯人と能力に目星をつけているカイさんなら解決策も…………


ズゴゴゴゴゴゴゴご


闇の塊が家を飲み込み砕きながら迫ってくる。

ひいぃぃ!?いいかな!?今なら雷放っても被害でない!?どうなの!?


「〜〜〜〜!!えーーい!!!走れ私!!」


なんか私走ってばっかりだ!なんで!?誰かに追いかけられる性だとでも言いたいのかい!?それは困った!ストーカーには気をつけなくちゃね今後!!


私は屋根を伝って高台へと向かう!


たん!たんたん!たんたん!!


くそ!考えろ私!闇だ!多分今回の犯人は闇を使うんだ!闇と影を同意にしていいのかは分からないけれど直感がそう言っている!

多分に影に隠れて接近して人を誘拐したのだろう。いや、もしかしたらさっき家屋を巻き込んで壊したように、中に人を入れて殺したんじゃないのか?それならば痕跡も形跡も残さないで済むし………………


「カイさん!ちょっと手を貸してよ!」


私は高台までたどり着くとジャンプして高台にしがみつく。


しかし、そこにカイさんはいなかった。


え?ちょっと待ってね。まさかカイさん………

私は高台に上がる。


うん………いないね。ちょうどいい隙間に挟まっているってこともないね…………


ぺたん


私はその場で尻餅をついた。

あはは…………なんでさ。なんでなんだよ……だって、え?能力わかってたんでしょ?いくらでも対策練れたでしょ?それなのに…………なんで殺されるんだよ!


ガン!バァァアンン!!


私は高台を力の限り殴る。そうすると高台は崩れ落ち、私も地面へと落ちていった。


ああ、ダメだ。頭が真っ白だよ。なんで私の周りには人がいないんだろう。いたとしても、なんで消えていくんだろう…………嫌いだ。私は人生が大っ嫌いだ。

せっかく、私を優しく受け止めてくれる人が見つかったのにその人まで殺されちゃうなんて……………こんな人生、享受する価値もない。


ドサっ


私は地面に大の字で着地する。

ああ、体が硬いせいだ。全然痛くない。


私を追いかけて闇の塊が上空から降り注ぐ。

別に、もう、私は殺されても後悔は全然ないよ…………あっ、でもなるべく痛みは抑えてよね。痛いのは苦手なんだ…………


ザブシュっっ


闇が霧散する


「たっく…………貴方がそんな簡単に死んでいいわけないでしょう?いや、人間がそんな簡単に生を放棄していいと思ってるんですか?」


カイさんが私と闇の間に割って入ってくる。

手には真っ黒な刀。これは魔力を断ち切る刀だ。


「え?あれ?死んだんじゃ」


「いや、なんで勝手に殺してるんです。僕ほどの手練れがこんな雑魚野郎に万が一にも遅れをとるわけないというのに………」


やれやれと首を振るカイさん


「この雨は僕が降らせたものでしてね、相手の居場所を察知するためのものなんですよ。それで僕はこの雨の探知能力を使って犯人が事件を起こしていくのを追いかけていたんです」


犯人が、事件を起こしていく?


「力をつけ切ったのでしょう。この村全員がいなくなっていました。僕達が1日早く来ていればこうはならなかったんでしょうがね……………」


ウゾウゾウゾ


闇が集まり人の形へと形成されていく。


「全く、素晴らしい能力ですねぇ犯人さん」


私達の目の前に立っていたのは村長だった。手を組んでニヤニヤと笑っている。

こいつが、この村を全滅させたのか…………別にこれといった交流もなかったから憎しみはわかない


「あっ、こいつは村長じゃないですよ。化けの皮を被っているだけです」


はぁ?化けの皮?


「くっくっくっ………さすがと言ったところだな」


バリバリ

村長の体が崩れていき、中から新たな人が現れる。


「俺の名はホムラ。ただのしがない魔族さ」


「…………こいつの能力はサクリファイス。人を生贄にして自分を強化するクソ能力です。」


ボッ

サクリファイスの能力を持つホムラの手から闇が吹き出る


「あいつは人を生贄にしないとあの闇を操ることはできないんです。ただ、逆を言えば人を生贄にすればするほど闇を操り、力を引き出せるってことです。また、犠牲にした人間が強ければ強いほどより効果が増します。」


待ってよ………えっと48人だっけ?犠牲になったのは…………いや、もう村が全滅してたわけだから村人全員?


「ただし、この能力はそう簡単なものじゃないです。まず第一に順序を決めてそれに沿わなくてはならない。次に、儀式を始めるときは闇を操れない状態でなければなりません。そしてこれが一番厄介です。途中で順番を誤れば儀式は中止。もう自分の強化はできません。」


ふ、複雑すぎる!なにそのルールにがんじがらめな感じは!めんどくさい能力だなー!


「まぁ、地力が足りなかったから3人ずつにでもしたんでしょうね。そして順調にいっていた時に僕たちが来て焦って、順番も関係なく村人全員を葬り去ったと…………確かに君の能力は強化さえされれば強いですが、短時間で大量に使えば威力が減っていきますもんね。」


ふーーーん……………なるほどね


「よく知ってるじゃないかにいちゃん。博識かい?」


「博識かどうかはわかりませんが、この世界の書物は全て読みました。たいていのことは知ってますよ。」


わ、ワァーオ!ある程度は読んでるとは思っていたけれど全部だったか!こいつはきちがい!一般人から逸脱してるね!


「ふっはっはっはっはっ!どうりでここに派遣されたわけだ。一通りの能力の知識がある人間なんて、この世には貴重だもんな!」


ズゾゾゾ!!


ホムラの腕から闇の塊が放たれる!


「そうですかね?知識がないのに能力を言い当てれる人間の方が僕はすごいと思いますよ。」


ザン!

それをカイさんは縦に断ち切る!


「いるんですよねー。この世にはそういう天才タイプの人間が…………悲しいかな、僕は天才じゃなくて秀才なだけですからね」


降りしきる雨によって作られた水たまりに、道路の水が集まり水の柱が作られる。それが至る所で作られ、大量の水の束がホムラがいる所に叩きつけられる!!


バシャバシャバシャ!!

道路と水が跳ね飛ぶ!


「あーー強いなぁ、さすがは勇者様だ。そう簡単には行かねーよなーー」


しかし、ホムラの頭上を闇が覆い、触れた水を飲み込んでいく。

さっきみたいに内部に取り込んでいるのか…………


「………今回は見学していて下さい。魔族との正しい戦い方をお教えします。」


私の顔を見てそう言うとカイさんはホムラに向かって駆け出す!


「まず第一に魔族というのは身体能力が我々よりも低く、魔力が高いのが特徴です。また、勇者に対抗するため視力もかなりいいです!」


襲いかかる闇をカイさんは斬り伏せていく


「解説しながら戦うのか?余裕だなーにいちゃん。」


「ええ、余りに余ってますよ。余裕どころか完暇です。こんなの、戦ってないのと同じです。」


バシュバシュ!


地面から水が数発打ち出される!


「くっ………」


ぞぞぞ………

それを闇が飲み込む


「階級が上がるごとに身体能力と魔力は上がっていきます。これは勇者も同じですね。ただ勇者は身体能力に重きを、魔族は魔力に重きを置いています。」


ホムラの周りから闇の塊が出現し、四方からカイさんに襲いかかる!


「つまり、どんなに微弱でも魔族間の階級差によって身体能力の差が広がるんです!そしてこのホムラという男は魔族にしてはまぁ動ける方ですね!きっと幹部といったところではないでしょうか?」


ダン!

それをカイさんはジャンプをすることでかわす!


「さぁどうだかな!?案外魔王様かもしれないだろ!?」


ボボボボボボ!!

無数の闇が上空のカイさんめがけて発射される!


「それはありえません!魔王は魔族の中のスタイルとは完全に違う法則で動いています!彼らは身体能力の上昇を捨て、魔力の上昇に全てを注ぎ込みました!そのため彼らは魔族の中で最も動けないんです!ただし魔力は桁違いです!最高幹部なんかとでは天と地ほどの差になってしまったんです!!」


パァン!パァン!サササン!パァン!


剣が闇を切り裂いていくと闇が霧散し弾け飛ぶ!


「これらを総括するに、魔族の倒し方は……………」


タンッシュン!


カイさんが地面に着した瞬間、高速移動をしてその場から消えた!


「なっ、どこにいった……………」


「身体能力をフルに使った超高速移動で敵を置き去りにすることです」


ブシャァああ!!!!!


ホムラの背後にいるカイさんがホムラの腕を切り捨てる!


「あああぁぁぁあ!!!」


ホムラの悲鳴が響き渡る


「と言っても魔族は目がいいですからね。これが使えるのは格下まで、同類もしくは格上と出会ったら動き回って隙をつくしかないでしょう」


チャキ

カイさんは剣を持ち上げる。どうやらホムラにとどめを刺すようだ


「え?いや、カイさん。何もそこまでやる必要はないでしょ。殺さないでどっかに放り投げでもした方が…………」


私は起き上がりカイさんの方に近づく。


「イリナさん。確かにあなたの言う通りだ。こんな奴、本当は殺さない方がいいんですよ。ただ………こいつは殺人を犯した。しかも村一個を潰すほどのものをやり遂げたんですよ。ですがこいつは法律では罰せられません。なんせこの世界には法律がないですからね。それならば僕たちがこいつを裁かなければなりません。罪を犯した者には当然裁きを与えなければいけません」


ギリッ

カイさんの腕に力が入る


「で、でも!そんな、こいつを裁くためにカイさんが手を汚す必要はないでしょ!どこかの崖にでも投げ落としてさ…………」


はぁ………

カイさんはため息を吐いた


「崖に突き落として殺すなんてことは責任からの逃げです。命を扱うということは真面目に向き合わなければいけません。辛いからって自然に殺させるのは間違いですよ。」


くそっ!なんて強情な人なんだ!そんなに殺したいのか!


「だから!何もカイさんが………」


ザシュッ


ホムラの右手に握られたナイフがカイさんの首を捉える。


ブシュゥゥゥうう

カイさんの首から血が吹き出る!その量と勢いは凄まじく、市販されている大きめの水鉄砲を撃った時並みの軌道で空を駆ける


「あっ…………ああ、あああぁぁぁあ!!!!」


私はすぐさまカイさんに向かって走り出す!


「へへっ、やってやったぜっぇあぁっ!!」


起き上がったホムラの顔面を私は殴り飛ばす!!


「ああ、血が!血が全然止まらない!なんで!?なんでこんな事に!!」


そんなの決まってる!私が長引かせて、その隙をついてホムラがカイさんの首を切ったからだ!

なんだ簡単だ!実に簡単!私が馬鹿だったから、私が躊躇ったから!カイさんがこんな目に!


「あ、ああそうだ!ワープ!ワープすればいいんだよ!ほら、早く!早くさ!!」


しかしカイさんは一向にワープをしようとしない。

くそっ、まさか………


私はカイさんが持っていた黒色の剣を拝借して立ち上がる。


「お前………今すぐに殺してやるから待ってろ」


私は顔面のあまりの痛さに震えているホムラに近づき剣を振り上げる。


カイさんを救うためだ、仕方がない。

私は、こいつを、殺す。私が犯したミスだ。それを私がきっちりと精算しなくては


ホムラが痛みで歪んだ顔を私に向ける。表情全てから懇願の意図が汲み取れる


「……………ゔっ」


くそっ、ダメだ。なんでそんな目で見るのさ。なんで私をそんな、怯えきった目で見るのさ!私は悪くない!お前が、カイさんに斬りかかるから悪いんだ!私はカイさんを救うためにお前を殺す。もうそれは決定事項なんだ、そんな顔しても止まらないよ


「はぁ…………はぁ………………」


剣を握っている手が震える


ああ、でもすごく可哀想だ。私よりも大人の人が、私にこんなに怯えている。

痛みと恐怖で埋め尽くされた顔、震える手足、口から溢れる血。全てが私に語りかけてくる。「殺すのかい?君は、こんな怯えきった人間を手にかけるのかい?」って…………ウオエッ!吐きそう……………ダメだ、可哀想だよ。私は人の命を摘み取るなんてことできないよ…………


「ゴホッゴボボ!!」


私の後ろでカイさんが苦しそうに喉から血を吐き出す。


ああ、でもダメなんだ!カイさんを救うにはこいつを今私の手で殺さないといけないんだ!どんなに可哀想でも、私はこの剣を降り下ろさないと!


グググッッ

腕に力が込められるが、一向に振り下ろされない。

なんで!?どうして!?どうして私の手は動かないの!?

私は覚悟を決めたんだ!今こいつを殺して私はカイさんを救うって!決めたんだよ!決めたんだから動けよぉおおお!!!!


「うっ、うううっあああああああああ!!!!!」


ブシャアアアああ………………

私の体が赤く染まる。


ああ、そうか。そうだったのか…………なんでカイさんがホムラを殺そうとしたのかがわかった。自分1人で全てを背負いこむつもりなんだ。ホムラを生かせばまた同じことを繰り返す。そしてまた誰かがあいつの凶行をとめる為に動いて捕まえて、そして、殺す事になるんだろう。私のような辛い思いをして。


自分1人だけがその思いをすれば、他の人は幸せだろうってこと?私達はこんな思いしないで済むんだから幸せだってこと?

……………ははは、ダメだよ。それはいけない。いずれ自分が潰れるだけだよそんなこと。1人で背負うにはあまりにも重い。カッコつけるにはあまりにも不謹慎。優しさにしてはあまりにも……あまりにも…………過激だ。


それなら私も一緒に背負おう。カイさんだけ、辛い思いをさせるなんてこと、私には出来ないよ。こんなに優しい人を、こんな業で縛り付けるなんて、それこそ過ちだ。

こういうのは私のように誰1人として寄り付かない。いじめられっ子の方がお似合いだよ


私は真っ赤に染まったままカイさんに寄り添う。

カイさんを救ったはずなのに、私の心は重たいまま。闇に閉ざされたかのように、闇に囚われたかのように、闇に…………蝕まれたように。

それでも私はカイさんに笑いかけた。笑いかけなければいけなかった。心配させてはいけない。心の不安を見せてはいけない。そんなものを見せたらこの人は、こんな体だというのに私を気遣うのだから。


「私ね、イリナって言うんだ」


私はもう、何も、背負わせないと決めたのだから。

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