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掻き消す雨音 光射す雨雲

シリアスとは一体…………

私はいつも自分自身を演じなくてはならない。誰がどう見てもお嬢様であるかのように。

私はいつも自分自身を演じなくてはならない。そうすると孤独を埋めるのが簡単だから。

私はいつも自分自身を演じなくてはならない。本当の自分というものがイマイチ…………分からないから。


「はい、○○○君。ここの問題の答えはなんですか?」


黒板の前に立つ教師が教科書を片手に持 ちながら生徒を指名する。

そして、当てられた生徒は気だるそうに立ち上がると答えをさっさと言い、すぐさま席に座り内職をし始める。


ここは私立の中学校。勉強しかせず、勉強しか出来ないものが集まる気味の悪い場所。

まぁ、私立だからこれが当たり前なんだろうけどさ…………勉強が大切なこともわかるけどさ………………本当に気持ち悪い。人間味を感じない。


確かに学歴とかは大切だと思う。高学歴だとお金をよく稼げる職にありつけるからね。医者になれたら将来安泰だもんね。

でも、もしそんな、勉強しかやってこなかった奴が医者がなったとしたら、私はそんな医者に体を触られたくない。気色悪い。ゾッとする。安全とか以前に生理的に無理。私は人間に診察してもらいたいの。


…………まぁ、人間味がないっていうのは私にも当てはまるのだろうけど………


私は綺麗な姿勢で、真っ直ぐに座っている。今のように授業を受けるときだって、お弁当を食べるときだって、1人で帰るときだって私の姿勢は真っ直ぐだ。

昔からずっとこの姿勢。それが癖になって無意識のうちにずっと私は真っ直ぐになっている………というわけではない。私はこの姿勢が全然慣れない。

常に意識し続けないと、保てない。

「いやいや、ずっとやっていたら慣れるでしょ?」と私に言いたい人がいるかもしれない。うん、たぶん大多数の人がそういうだろう。

でもね、私はそうじゃないから困っているの。嫌いなものを受け入れられなくて困っている。

「あそこのパンケーキ超美味しいんだよねー。今度一緒に食べに行こうよぉ〜」みたいなことを言いっているけれど裏では「本当あいつムカつくよね」のようなことを言い合うことを、私はどうやら出来ないらしい。

流行に乗り遅れてるなー私は。


さて、こんな私 イリナ=ヘリエルは意外にも中学1年生。しかも数日前に入学したばかりでさえある。

なぜこんな息詰まるような私立に入学してしまったのか………なんてことはない。ただ私の家がお金持ちで、親から良い中学校、高校、大学に入って来い。という圧力が強く、私はそれに従い今の中学校を選んだだけだ。

その結果息がつまるような生活をしている訳だけれども…………まぁ後悔はしてない。しようがない。これが私の運命だと受け入れるしかない。そういう星のもとに生まれてしまったんだから


カリカリカリカリ…………


先生が話しているときにあちこちから何かを書く音が響き渡る。

気の毒な先生だ………いや、でも適当に教えてても勝手に有名な高校に入ってくれるんだから、悪いことばっかりではないのか。

よかったね先生。


まぁ私は適当にこなすだけだけどね


先生の授業に合わせ板書をし、その日の授業は終わった。



「ねぇ、イリナちゃん。これから一緒に新しく出来た喫茶店に行かない?あそこで一緒に勉強しようよ」


放課後。帰る支度を整えていると三、四人ほどの女子に話しかけられる。

えーっと…………顔は見覚えあるんだけど名前はなんて言うんだったっけ……………

私はこの学校の生徒の名前を覚える気はない。だって嫌いだから


「私はご遠慮させていただきます。今日は少し用事がありまして」


なんで新しい喫茶店で勉強するのさ。人がたくさん入ってくるんだから集中できないだろうに………………

しかもなぜわざわざ苦いコーヒーなんて飲もうと思うの?そこはホットチョコとかホットミルクとか熱々のコーヒー牛乳とかを飲むべきだと私は思うよ


「えーーイリナちゃん用事って、何?デートとか?」


目の前にいる女子のグループはニヤニヤし始める。


…………はぁ、今時の中学生はこれだから面倒くさい。

発情期真っ只中なのかい?


「……………そういうことで良いですよ。今日のは急ぎの用事ですのでこんな所で無駄な時間を過ごせません。」


それでは。と捨て台詞を残し私は教室を後にする。まぁ、急いでるのは本当だからね。あんな奴らには構ってられないよ


………ギリッ


女子グループのリーダー格らしき人間の顔が険しくなったような気がするけど………………まぁ、どうでもいいや




「イリナよ…………今日からお前は勇者だ。私の地位を受け継いで、あの世界においての戦いを終わらせて欲しい」


目の前にいる父は外国人だと言うのに日本語をペラペラと喋る。やはり語学は慣れなんだなぁ


「分かりましたお父様」


目の前にいる父に頭をさげる。

ここは私の家だ。そして、お金持ちであることからもわかるように家が大きい。

…………自慢はそれぐらいにして、今私たちがやっているのは伝承の儀式とかいうやつで、父からあの世界での地位を譲り受け、私が勇者となる日なのだ。

こんな大切な儀式に遅れるわけにはいかない。しかも理由が名前の知らない女達に引き止められたからなんて言語道断だ。


「それではこの鎧を受け取れ我が娘よ」


父から手渡された鎧を見てみると黒色でフリフリのスカートが付いている鎧だった。鎧というかもう服だ。

うわーーー派手だなぁ。こんなの絶対に着たくない!人の目をひいてしまう!


そんな表情が出ていたのだろう。父は笑いながら言葉を付け足す


「はっはっはっ、安心しろイリナ。この鎧はこの世界でつけるものなんだが………これを着ていると透明になれるんだ。どんなに派手でも人の目には付かない」


…………なんていうか久しぶりの父との会話だ。

父は毎日夜遅くまで仕事をしている。何処かの会社の偉い人で、会社に夜遅くまで残っていないといけないらしい。

その他にも色々と………いや、言ってしまおう。私の母親、つまり父の妻は私が幼い頃に家を出て行ったらしい。

理由は知らない。聞く気にもならない。こんないい父を捨てるなんて馬鹿すぎる。

………まぁ、とにかく母と別れた父は仕事に没頭し始めた。孤独を埋めるためなのか、忘れるためなのか。そこも私はわからない。

だけれど、それが父にとっていいのであれば私は何も言わない。


「…………分かりました」


しかし、派手なのに人目につかない鎧か………面白いなぁ


「よしっ、これで伝承の儀式は終わりだ。………これからあの世界に行ってみたらどうだ?あそこは楽しいぞ。嫌なことも何もかもが忘れられる」


私の顔が陰っていたのだろうか?………そんな心配をさせてしまうなんて…………

ここで分かりました。なんていったら父を心配させてしまう。…………それに、久しぶりに父と話していたいし…………


「……………私はこれから仕事なんだ。だから、行っておいで」


「……………分かりました」




こうして私はあの世界………人呼んで表面世界へと来た。

行き方は自室で座禅を組むだけ。………なんか、こう。地味だなぁ


「なんというか、予想の垂直落下ですね」


目の前に広がるのはいつもと変わらぬ景色。

確かに少しは壊れていたり建物が洞窟になっていたりするけど…………やっぱり第一印象は[変わらない]その一言だ。


これじゃあ嫌なことなんて何1つ忘れられないじゃない。私の知っている世界で派手な鎧を着ているだけの恥ずかしい記憶しか生まれない……………期待するべきじゃなかった


「しかし、ここから離れた場所にはもしかしたら別の世界が広がっているかもしれないですもんね」


独り言だと言うのに敬語か…………本当、口調だけはもう板についてしまった。


周りを見渡し、行くべき方向を探る。


あっち側は私の学校だから行きたくない。

西側は…………小学校か。…………あっ、そうだ。

そう言えば家の裏側には他の小学校があったんだった。山奥で、やんちゃな子供が多いんだよなー。私がいた小学校の生徒達はあっちの小学校を馬鹿にしてたけど、私は羨ましかった。

のびのびと成長していて、友達と仲良く遊んで、ふざけあって……………本当に、羨ましい。


私の足はいつの間にか家とは逆の方向に進んでいた。

もう生徒はいない。というかこの世界にいるわけがないのだけれど、でもあの学校は私の憧れそのものだ。行ってみないわけにはいかない。もしかしたら少し気分が晴れるかもしれないし。


といってもやはり学区が違うということはそれ相応に距離があるというわけで、結構な時間を歩いた。

30分ぐらい?まぁ、別に急いでないからいいんだけどさ……………


「えーっと、大垣山小学校?」


大垣?大きなガキって聞こえるのは私だけだろうか


大垣山小学校は建てられてから結構な年数が経っているようだ。見てみるといたるところにひびが入っていて、所々のガラスは割れている。屋上は吹き飛び、2階3階部分は斜めに切り崩されている。年季が入っているというのはまさにこの事を言うのだろう。見ていて心が複雑になってきた。

………………いやいや、さすがにそれはないって。もしこれが自然劣化ならどんだけの時間放置しなきゃならないのさ。

……………ノリツッコミって難しいなー

しかしもし、自然劣化じゃないのならばもしかしてこれ…………なんか、戦闘とかあったの?うわーー。やだなぁーー。爆音とか破裂音とかは何も聞こえないから今は戦闘はないんだろうけどさ。それはいいんだけど本当にこの世界で戦闘とかあるんだ…………魔族と勇者が戦ってるっていうのは本当なのか。


この世界。人呼んで表面世界とは現実の世界の鏡写しの世界だ。人だけがいない現実といっても過言ではない。

現実で建物が建てば表面世界ではそっくり同じものが勝手に作られる。しかし、逆はそうはならない。こっちで物を作る。もしくは建てたとしても現実では再現されないのだ。

一方通行な世界。

さて、そんな世界ではどうやら私のような勇者と魔族が戦っているようなのだ。理由は分かっていない。誰もが忘れてしまうほど膨大な時間、戦ってきたのだ。

てかさぁ、メモぐらいしといてほしい。忘れてしまうことはメモしようよ。手記が最も便利だと言うのに………まったくもー。歴史はちゃん記さなきゃいけないでしょうに


「学校は悲惨な状態ですね…………この調子だとグラウンドも酷いのでは………………」


何がどうあって、何が理由なのかは分からないけど確実に大規模な戦闘が起こったのだろう。今気がついたのだけど、窓から向こうの景色を見ようとしたら、本来床があるべき場所に空がある。

どうやらグラウンド側の廊下と教室は吹き飛んでいるらしい。


まぁ、ここで起こった戦闘がどれだけの規模だったのかは確認するべきか……


私は腹をくくってグラウンド側へと行く。まっ、腹をくくったところで戦闘があるわけでもないから無駄な行いなんだけども……


学校とフェンスの間を通ってグラウンドへと行く。

その時に学校の側面を見ると、もうズタボロだ。グラウンド側はズタボロなんてものじゃなく、そもそもないわけだけども…………


そして、グラウンドを出ると目の前に異常な光景が広がっていた。


グラウンドから無数の岩が突き出しているのだ。岩と言うよりかは岩の柱の方がしっくりくるな…………

岩の柱は天高く伸び上がっている。しかし、その中の結構な数がまるで溶かされたかのように中腹から切り倒されている。あるものには岩の真ん中に穴が空いていたりもする。


これってまさか熱?…………どんだけよ


「………………え?」


私は地面を見ているとあることに気づいた。岩の柱?なんだ。そんなこと、これに比べたら些細なことじゃないか。来たばかりの私でも頑張ればかわせるかもしれない。でもこれは、無理だ………


私の目に映っていたのは影だ。グラウンドをすっぽりと覆い尽くすほどの大きな人の形の影。

………………太陽は私の正面。確かこの学校には山があったんだよね……………私の目の前に。んで山の影が見えないと、何かに遮られているせいで……………はぁ、前を見たくない


でも私は顔を上げた。恐怖よりも好奇心が勝ってしまったからだ。


「……………うわーー………………帰りたいですね」


岩でできた人がいた。顔はまさに鬼のようで見ているだけで足がすくむ。

そしてそれは山を抱きかかえるように腕が山を包み込んでいた。そして、その人型の岩のもう1つの腕が抱きかかえた山の頂上に伸びている。きっとそこに敵がいたのだろう。叩き潰そうとしたに違いない。

しかし山の頂上にいた者も反撃したのだろう。人型の岩の指が3本ほどが溶かされていて、額には大きな穴が開けられている。胴体は熱でバッサリと溶かされ、焼き切られている。


……………ここはこういう場所なのか。私はどうやらこの世界のことを簡単に考えていたようだ。嫌なことを忘れる?ここにいたらトラウマが確実に増えるね。


「これは…………この世界には近づかないのが得策ですね。現実でのんびりと暮らしていたほうがいいでしょう」


これは困った。勇者になった当日に挫折を感じるなんて…………いや、まぁどうしようもないよ。こんなの見せられたら初心者はくじけるものだよ。

だって山のように大きな岩を作り出せる人間がいて、しかもそんな化け物のような岩の塊。いや、まぁ岩製の化け物を溶かしてしまうような者もいるわけだ。

無理無理。私の階級がなんなのか分からないけどさすがにそんなのには勝てないよ。

自分の命を守るので精一杯だよ。


私はすぐさま回れ右をした。

こんなところさっさとおさらばして家に帰って父にばれないように必死にコツコツ集めたマンガを読んでやる!


「グルルルルル……………」


しかし、振り向いた目の前にはよく分からない変な鬼がいた。鬼だ。変な鬼だ。両手に西洋刀(いや、サーベルの方がいいのかな?………わからない!)を持った鬼が私を見下ろしていたのだ


「あはっ、あっはっはっはっ!いやーー、やっぱり来るんじゃなかったですねこんな世界!」


ダッ!


全速力で走って逃げる!

なんで?そこはさ、さっさと家に帰ってマンガを読む流れだったよね?モンスターなんて出る必要ないよね?まして強そうな鬼である必要はないよね?もうちょっと弱めなスラ○ムあたりを出すべきでは!?


…………あれ?鬼の足音が聞こえないな…………まさかまけたの?


チラッと後ろの方を振り返ると、鬼の姿はなかった。

なんだ。あの鬼は鈍足なのか………この私でもまけるなんて遅い奴だねまった…………


シャン!


「キャア!?」


後ろから何か音が聞こえた気がしたので反射的に伏せると、私の頭上で剣が振られる。


え!?剣!?剣と言いましたか!?剣と言ったんですか!?!?


「もう嫌だァァァァァアアアア!!!」


ダッ!


後ろを見ずに全力で走る!

どうせ鬼でしょ!どうせ鬼なんでしょ!?

なんで私の背後にいつの間にかいるのさぁ!そういうドッキリ要素いらないから!私に求められてるのはシリアスそのものだから!


ガシッ!


だがしかし、私が全力で走ったところで所詮は少女である。鬼に追いつかれるのは当然のことで、後ろから肩をがっしりと掴まれた。


「ひっ!?」


私が後ろを振り向いた時には既に鬼は剣を振り下ろしていた。

ああ、私の人生はこんなところで終わってしまうのか………………あっ、そういえば今週のジャ○プまだ読んでないや


スパーン!


私が死を覚悟した瞬間、私の頭上で強烈な破裂音が響き渡る。

私の頭上に男がいた。そして、男は私を抱きかかえるように腕で私の体を支え、空いたもう片方の手を使い鬼の顔を吹き飛ばしていた。

デコピン。どうやら男が繰り出した技はただのそれだけのようだ。


ピチャ

だが、デコピンの衝撃で鬼から血が噴き出し私の顔に付着する。


………あれ?なにこの赤い液体は………まさか、ね。うん。そんな訳がない。これがきっと血の訳がない。これはきっとあれだ……………イチゴとトマトのミックスジュースだ。

………………キャアァァアア!?血!?血!?!?血!?!?!?!?


「大丈夫ですか?」


「キャアァァアアァァァ!!!!!」


私は全力で走って逃げた!初めての血に恐怖を覚えたというのがもっともな理由だけれど、もうひとつは見知らぬ男に声をかけられたからだ。

仲間?とか敵?とかそんなの今はどうでもいいよ!てか分からない!分からなすぎる!もう何が何だか全然わからない!


「あっ、ちょ!」


男は私を掴もうと手を伸ばすが、空を切るだけだった。


なんなのいったい!?なんで鬼がいるの?なんで男の人がいるの!?

てかなんでデコピンで倒せるの!?!?


走り出すとすぐさま森が私の目の前に現れる。

なんだなんだ!?この学校は山のみならず森も所有しているの!?豪勢だね!!


森の中をがむしゃらに走っていると右側から蝶みたいなモンスターが現れた!

蝶!?羽が生えた女の人!?


「もう嫌ァァァァ!!!!」


私は、目の前に急に蛾が飛んできたときのように目を閉じて右手を突き出す!


ベチャ


そうすると、私の手を伝って顔になぜか生暖かい液体が付着した………付着した?あれ?これもさっきと同じ感触だ………………


「血だぁぁぁ!!血だぁぁぁ!!!ああもうやだぁぁああああ!!!」


私は加速する。このよくわからない状況から脱するために………………この、血まみれな状況から脱出するために


「ちょっと落ち着いてください!」


後ろから男の人の声が聞こえる気がするけど構ってられない!私は今この圧倒的にカオスな状況から逃げなくちゃいけないんだ!


私の体はぐんぐんぐんぐん加速する。走り始めたときとは比べ物にならないほどだ。


ガサガサ!


すると真上から大きな蜘蛛が糸にぶら下がって落ちてくる。背中には鬼すらも載せてだ。


「キャアァァアア!!真上から来ないでよ!!!貴方はバイ○ハザードの敵キャラか何かですか!?!?」


私は体制を低くしてスライディングの状態になる!

そうすると私は蜘蛛と地面の間に滑り込むことができた。私と蜘蛛の間は私を横に並べたのが3人分といったところだ。

よし!これでかわせ……

しかし、そうは問屋は卸さない。私が蜘蛛の下を通過する直前に鬼が落ちてきたのだ。きっと自分の体重を支えきれなかったのだろう。

なんで!?手綱は!?手綱はどうしたんだよぉぉお!!!


私は反射的に鬼の頬をビンタしていた


メリメリメリと奇怪な音が私の中に響き渡る。

そして私は鬼をそのままどこかに吹き飛ばし、蜘蛛をなんとかやり過ごすことができた。


はっはっはっ!やった!やったね!後はこのまま走って森を抜けるだけだ!いやーー実にかんた……


私はスライディングのスピードを上乗せし、元の体制に戻り全速力で走り始めるが……しかし。


ひょこっと地面から頭が出てくる。


え、何これ………なんか茶色いんですけど。人間の頭みたいな大きさなんだけど………………え?モグラ?人?……よく分からない!


「って!踏んでしまううう!!!!」


どうするどうする!!止まる!?止まれちゃうかこのスピードを!!

正直私がこんな速さで走れる訳がないってぐらいの速さで走ってるよ!?軽く車を追い抜けるぐらいだよ!?

ああもう誰だよ!シリアスな展開とかいったのにこんな状況を作り出してるのはいったい誰だよ!!


ああああああもうううううう!!!!


「うりゃあぁぁぁあああ!!!!!!!」


ダン!!!


私は地面を思いっきり蹴り飛ばし、上方へと思いっきりジャンプした。

するとモグラの遥か上空まで行き、モグラを踏まずに済んだ。


ほっ………よかったーー…………あ?遥か上空?


「っっっっきゃあああああ!!!!」


うわうわうわうわうわうわ!何これ何これ!高!高すぎる!ってキャアァァアア!?!?


私はどうやら石で作られた人のようなものと同じ高さまで来てしまったようだ。

私の目の前に仰々しい顔がある。なんというかそんな筈はないのに見ただけで睨まれているようにさえ覚えてしまう。それほどまでの迫力がこの石像にはある。

しかしまぁこう近くで見ると細部にもよくこだわっていて、製作者が素晴らしい才能を持っていることがわかるね……………


「って、そんなこと言ってる場合じゃないいいいいい!!!」


うわぁぁあああ!!嘘でしょおおおおお!?!?山の向こう側がなぜか崖になっているんですけども!?!?誰かハッスルしちゃったのかな!?頑張りすぎて山を崖にしちゃったのかな!?


私はどうにか方向転換しようと手足をばたつかせるが、大した効果はない。

見ていて滑稽なだけだ。


きゃあああああ!!!!もうやだぁぁあ!トラウマが増えた!もう来ない!私はもうここには来ない!ここまで散々な目にあうのなら私は家に帰って寝る!

……………生きて帰れたらね!!!!


「ああ、なんで世界というのはこうも残酷なんでしょうか…………………」


「残酷?当たり前じゃないですか」


私が死を覚悟した時、私の後ろで声がした。と思いきやすぐさま私は体を掴まれ抱き寄せられる。さっき私に声をかけた男だ。


なっ、何をいきなりしだすんだこの男は!


「だから世界は面白いんですよ」


「………………え?」


男が突然言った言葉に私は声を失った。世界が面白い?……………何を言っているんだ、そんなわけがないじゃないか。この世が楽しいのであれば、私は今頃こんな思いはしていない。


「おっと、口を閉じていてください。舌を噛んじゃいますよ」


と言うや否やすぐさま私に衝撃が走る!


バシャアアアンンン!!!


真下に水が固めて貯められていたのだ。まるで水がクッションのように私たちの落下の力を抑える。水なのに………形があるかのように私たちを優しく受け止める。

……………もうちょっと早めに言って欲しかった


「あっはっはっ!そう睨まないでくださいよ!楽しかったんですから結果オーライじゃないですか!」


男は顔も体もびしょびしょに濡らしながら口を大きく開けて笑う。


誰が楽しかったと思う?私は何回も命の危険にあわされたんだよ?しかも身体中びしゃびしゃだし


と内心毒づきながらも私はドキドキしていた。濡れた髪をかき上げ、くったいなく笑うその姿が私には眩しかったからだ。だって私は多分そんな表情ができそうにないから……

それに……………彼が普通にカッコよかったから………………


「僕の名前はカイと言います。何気に勇者もやっています。」


こうして私はカイと出会った。

口調は真面目なのに顔がそれに合っていない。いや、知的な雰囲気はあるのだけれどここまで真面目そうな感じではないのだ。

この不安定な感じが私を強く惹きつけた。私のように不安定で………なのに私と違って自分という確立した何かを持っていそうで………だから私は興味と注意を強く惹きつけられた。




とまぁそんなことを言ったところで私は彼に恥ずかしい部分を見せてしまったわけなので、地面に降ろしてもらい面と向かい合うとね、恥ずかしくて何かを喋れるはずがないわけだ。


いやぁぁあ!!もうやだ!!逃げたい!全力でこの場から逃げたい!


「くっ……そ、それで………ふふっ、貴方はな、なぜあそこにいたんですか?」


身をよじり、必死に笑いをこらえるカイとやら。

いやぁあ!もうやだ!笑うなヤァア!


「…………実は私ここに来るのが初めてなんです」


質問の返事になってないような気がするけど……………まっ、いいか。


「はぁーー、てことはあれですね?貴方も中学一年生なんですね?」


「貴方も?ってことはカイさんも中学一年生なんですか?」


「いやーーそうなんですよ。恥ずかしながら私、こんなに背が低いですが中学生なんです」


確かにカイさんの身長は小さめで私よりも少し小さいぐらいだ。

まぁ女子の方が発達発育は早いから当然と言っちゃ当然なわけだけれど。

しかし、私と同い年か…………じゃあなんで


「なんでこの世界に慣れてるかって?簡単ですよ。親の目を盗んで前々からここに来てたんです」


ケラケラと笑うカイさん。

………よく笑う人だ。知性的だとはとても思えない


「だから他の人よりも体の使い方も慣れてますし力も体に十分に馴染んでいます。ですから貴方がさっきしたように力をコントロールできずに慌てふためくようなことは……………ふふふっ、ないですよ」


話の途中でさっきのことを思い出したのだろうまた笑い始める。

…………もう忘れてくれないかなぁ


「……………力の使い方と言われてもイマイチわからないですね」


そもそも力とはなんなんだい?の領域だ。この男が何を言っているのかがさっぱりわからない


「んーーっと、簡単に言えば魔族と戦う力ですね。まずはじめに全員に魔力というものが与えられています」


おっと、説明をし始めたね。メモメモ………あっ、メモ帳がない。いつも持ち歩いているのに………どうやらこの世界には日常品は持ち込めないらしい。

仕方ない、覚えるか


「これは人によってそれぞれ種類があります。たとえば僕は水の魔力を授かりました。」


手のひらに水でできた立方体を作り出し握りつぶす。水を握りつぶすというのは言っていて気持ち悪いけれど、そうしたのだ。


「ですがこの魔力というのはそこまで種類がありません。聞いた話では100種類ぐらいだと言われています。まっ、とにかくつまり、魔力が他の人とかぶるなんてことは結構あるみたいなんですよ」


100種類…………結構多い気がするけれどなぁ


「そこで貴方はこう思ったかもしれない。[え?それじゃあ私とかぶっちゃう人が出てくるの?それは困るわぁ。いや、私は困らないんだけど被っちゃった人が可哀想。私のような可憐な少女と被ってしまうなんてお気の毒以外の何物でもないわ]ってね」


いや、思うわけないでしょ。


「そんな貴方、心配はいりませんよ!どうやら魔力には得意不得意があるようで苦手な攻撃方法とか得意な攻め方とか形状とかがあるみたいです!」


因みに僕の魔力は高射出と形状は立方体が得意なようです。

と言いながらその場で水で立方体を作り出し、指から水を出し岩を貫通させる。

………なぜセールスマン口調なんだろう


「人には人の乳酸菌と言いますが人には人の魔力体型とも言えますね。」


ふーーん…………性格みたいなものか。似ていてもどこか違うところとかそっくりだ。


「なるほどですね………それじゃあ自分の魔力を知るためにはどうすればいいんですか?」


魔力探知機とか魔力識別機みたいなマシーンがあってその中に乗り込むとか面白そうだ。


「いや、そのですね……うーんとまぁ、あれなんですよ」


私が質問した途端困った顔になるカイさん。

ぽりぽりと頭を指でかき、もう片方の手で地面をかき始める。


「あれ?………なんかやましいことでもあるのでしょうか?」


外で大声で言えないような儀式とかをしなきゃならないのであれば速攻私はここを立ち去ろう。私はサービス精神が旺盛ではないのだ。そんなことでサービスシーンを作る気はない。


「やましいことはないんですけど魔力の発動条件が結構辛いものであるというか……命の危険があるというか…………」


…………命の……え?なんと言ったの?


「自分よりも強い相手と戦って、ピンチな状況に陥った時に自分の限界を突破しないと能力は発動しないんです」


…………………はぁ?


「……………帰ります!それでは!」


私はさっさと立ち上がり元来た道へと引き返す。

マンガじゃあるまいしなぜそんな熱血男気友情努力勝利な世界観で構成しているのさ。命がいくつあっても足りないよ!


「いや!大丈夫ですから!今回だけサービスとして僕が全力でサポートしますから!」


私の腕をがっちりと掴むカイさん。だが足腰に力を入れてないらしく私が歩くのに合わせてずるずると引きずられていく。


「サービスってなんですか!私はそのようなサービスを頼んだ記憶はありません!詐欺ですね?架空請求の発展系ですね!?」


「ち、違いますよ!僕は親切心で貴方を助けようと言っているんです!あれですよ?保護者がいるいないで洗礼の儀式の生存確率が飛躍的に上がるんですよ!?」


「洗礼の儀式!?生存確率!?物騒な名前がドシドシ私を追撃してきますね!もしかしてその洗礼の儀式というやつは死ぬ可能性が大いにあるってことですか!?」


「当たり前じゃないですか!戦う相手が親友とかだったら窮地に追い込まれることもないですからね!」


ワーオ!カイさんと戦うのかと思っていたけどまさかのぶっつけ本番なのか!俄然逃げたくなった!


「そこで、保護者として上級者がその儀式を見守ってあげるのです。そうすることで生存確率が50%まで跳ね上げることができます」


「50%!?確率跳ね上げてそれだけですか!?どれほどシビアな世界なんですか!!」


「当然ですよ!現実と違ってこの世界はイージーモードだと思っていましたか?とんでもない!ここは現実とは違うベクトルでハードモードです!(ステータス)ではなくて力が必要なんですよ!」


「あっ、因みに保護者がいないと1%ほどまで下がります。」と付け加えるカイさん。


「それじゃあ尚更離してください!さっさと私はこの世界からおさらばしてもう一生来ないようにしますから!関わらないようにしますから!」


前には進めているけどカイさんの腕が離れそうにもない!


「それに、さっきも私よく分からないほど飛べましたからきっと身体能力が跳ね上がっているんだと思います!なので逃げ延びるぐらいなんとかなると思うんです!」


さっきのジャンプ力は半端ではない。山を飛び越えてしまっていたからね…………それに、よくよく考えると大抵のモンスターは一撃で倒せてたし。

頑張ればなんとかなる気がする。


ピタッ。


私の言葉を聞いてカイさんの動きが止まる。それはつまり私の動きも止まったということだ。

彼は足に力を入れて私の歩行を止めたのだ。


「…………確かに貴方の身体能力は上がっています。それに、さっきのジャンプをするという経験を経て貴方はある程度その力をコントロールが出来るようになったでしょう」


ほらー!それなら私でもなんとかなるでしょ!


「しかし!運命というのはなぜか逃げられないもので、貴方が自分の家に戻るまでに圧倒的壁というものが立ちはだかります。この世界は、人々に限界というものを叩きつけてくる性質があるんですよ。つまり、それがこの世界の運命なのでしょう。運命であり法則であり宿命です。だから僕達は受け入れないといけないのです。」


私の目をまっすぐに見据えて真剣に話し始めるカイさん。

その目は真剣そのもので、その言葉を安易に切り捨てることなどできそうにもない。

運命……宿命……法則…………なんとも反論し辛い言葉が羅列されている。


「…………運命というのならば仕方ないでしょう。私はその、越えられない圧倒的な壁にぶつからなければいけないのでしょう。」


私は今まで全ての運命を受け入れてきた。中学校もわざわざ自分を殺して私立にした。自分を殺して口調も姿勢も変えた。父との会話も控えた。


でもね


「ですが、貴方からとやかく運命を受け入れろと言われたところで、それをそう簡単に受け入れられそうにもありません。私は、自分で判断し理解し吟味した運命しか受け入れる気はありません。」


私の判断では、好戦的であることは最善ではないとなった。

まず初めに私はどうやらえげつないほどの身体能力を授かっている。これから察するに多分私は結構強いのだろう。そして、それはつまり洗礼の儀式とやらで出てくるモンスターの強さが異常だということにつながる。

山の上の岩具のように、この世界は異常な力を持った化け物の溜まり場だ。その中には好戦的なやつもいるだろう。そんな世界で初戦で大金星をあげたら私は奴らにロックオンされる。それはつまり私の今後の生活が危ういということで、中学校生活ですら危うい状況 (というかクリボッチなだけなのだが)である私は板挟み状態になってしまうのだ。

ましてや興味を持った奴らが現実世界でも押しかけてきたら私の命は消え果ててしまう。

それだけは避けたい。なんとしてでも避けたい。両方の世界で常に命を狙われるようなことを私は避けたいのだ。

自意識過剰だと言われても仕方がない。行動と言うのは最悪な事態を想定し続けないといけないものだ


「カイさん。貴方の意見も十分計りました。ですが………今の私のこの世界の知識ではそれは正しくないとなりました。ですから私は敵から全力で逃げます。全身全霊をかけて私は逃げます。」


私はしっかりとカイさんの目を見据える。

私が言っているのはどんな敵だろうと全力で逃げ続けるというチキン野郎宣言だ。責めたきゃ責めればいい。だが私はこの意思を断固として曲げるつもりはない。


「………ふぅーー、分かりました。どうやら貴方の意思は鋼のように硬く、雷のように鋭いのですね。つけいる隙もないですよ」


私の意思が伝わったのかカイさんは笑いながら私の手を離す。


「……………しかし、貴方が選んだ道は確実に蛇の道だと理解しておいて下さい。今まで敵から逃げて、逃げ切れた人は1人としていませんからね。」


………つまり、成功確率0%ということか


「……………まっ、死にそうになったら戦いますが、そうでなければ私は全力で逃げさせて頂きます。」


なにを言おうが死にたくはないからね


「ははっ、いやー貴方は面白い人ですね…………それじゃあ頑張ってください。僕はそこら辺で自分の魔力磨きでもしてますね」


とカイさんは言うとさっさと山の方へと入っていった。


…………あと腐れなく、爽快な人だったな………いや、よく考えると変人だったか。見ず知らずの他人の心配をする人なんてそうはいないもんな………………


「あーーー駄目ですね、忘れなきゃいけないのに……………」


くそぉ、この世界のことは全て忘れて現実でいつも通りの生活を送らなきゃならないのに…………目を開けていると顔がちらつく


私は上を見上げ、片手で顔を覆う


目を閉じても………見えてしまう。瞼の裏にあの男の顔がはっきりと映り込む。

影が映るほど、凝視はしてないはずなんだけどなぁ。


私は顔を思いっきりビンタし、帰路につく。

帰路はきろでも鬼の路であるのだけれど……やるしかないよね。私は、この世界に未練を残す気はないから。

だから私は歩き続けるのだ。





というわけで私は今全速力で走っている。

え?歩いてたんじゃないのかって?……………歩いてたよ!我が家を視界に捉えられるぐらいまでは歩けてたよ!


ドンガラガッシャーン!と私の背の方向の家やら木やら岩山やらが吹き飛び続ける。

そして、吹き飛ばされた物物が地面に強烈な爆発音を響かせながら墜落していく。


砂塵が舞い上がり、巨大な建物は吹き飛び、それが地面に衝突してより大きな砂塵を生み出していく。

まるで敵の大群に追われているかのようだ。


なんてこった!話が急転しすぎだよ!

いきなり私の家の前で大爆発が起こったかと思ったらこんなに追いかけ回されて……………ここまで大迫力だとは思わなかったね!


見知った道なので私は右に曲がったり左に曲がったりしてとりあえず姿を隠せそうな森へと向かっているのだけれど、あいにく相手は道を曲がるという言葉を知らないようで目の前にあるものすべてを吹き飛ばしながら私を直線的に追いかけてくる。


なぜ!?なんで離れた私の位置がわかるの!?……………これが相手の魔力なの?相手の位置を探る能力とか素が強くないと効果発揮しないじゃない。………あーそうか。敵は素の力だけで木とか家とか岩とかを吹き飛ばしてるのか。なるほどねー


知りたくなかった事実とはまさにこのこと!魔力とか使わないであの身体能力なのか!


しかも私よりも足が速いからだんだん砂煙が近づいてくるんだよね。

やばい!これは逃げ切れない!私に魔力があったらともかくない訳だし、しかも身体能力ですら劣ってるなんて逃げ目がない!


ドン!ドン!ドン!ドンドン!ドンドン!


そんなことを考えている合間にも後方の爆発音は刻々と大きさを増し、また間隔が短くなっていく。


くそ!もっと速くなるのか!それじゃあもう逃げ切れそうにもない!

………と思わせてしかし、もう私の目の前には森が広がっている。


森ですよ?木を隠すなら森に。という言葉があるように隠れるのならばやはり森に限る!

意味が違う?まぁ、気にしない気にしない!これは私を鼓舞させるためのテキトウな言葉だからね!気にしちゃ負けだよ!


ガサガサガサ!


私は獣道ではなくあえて藪の中に突っ込んでいく。無駄なことはわかっているけれど、何か工夫をしないと落ち着かないの。


しっかし、相手の能力が探知系なのならば森に逃げ込んでも無駄だよね…………どうしたものか。

いや、待てよ?探知は探知でも仕方によって大きく変わるんじゃないのかな?


例えばさ、敵は私がいる位置を把握するものであったとしても平面的なのか、立体的なのかで対処の仕方も全然変わる訳だ。

平面的なのならば木の上に登るか地面に潜るかすればいい。まっ、地面には潜れないよね。そんな短期間に地面を掘れるわけがないのだから。つまり木の上を移動すればいいってことだ。

でも三次元的なのならば逃げようがない。何処にいても方向がばれてしまう。登ろうが降りようが跳び越えようがばれてしまうわけだ。

それに、透視をして探知をするタイプだったらこちらも逃げようがない。何処にいても見られている訳だし。


つまり何を言いたいかというとすごく運が良ければ逃げ切れるかもしれないって事だけさ!


バキバキバキバキバキ!


とうとう敵は森に入ってきたようだ。木がぶち折れ上空などに吹き飛んでいく音がする。また、藪に足をとらわれている気配はない。

くそっ、私がかわさなきゃいけなかった木を吹き飛ばしながら来るから、その分私よりも時間ロスをしないで済むのか。これじゃあ差が縮まる一方だ。判断ミスだ、獣道を行くべきだった。


どうするどうするどうするどうする?このままじゃ追いつかれてしまう


スタ


考えながら走っていたせいだろう。藪を抜けるつもりではなかったのに抜けてしまい獣道へと出てしまった。


いや、獣道に出ることは正解なのか。藪は私の速さを遅くするだけだから…………あれ?


「ここは…………さっきの場所!?」


ここは私がパニクって無我夢中に走り続けた場所だね。まさかここまで私は走ってきてしまったのか…………家から離れていく一方だ。でも…………


ダッ!


私は全速力で走り続ける


走るしかない!

とにかく!今は!何も方法がないから走り続けるしかない!


ガッ!ズザザザザザ!!!


「いったぁぁあああ!?」


走っていると地面の何かにつまずき盛大にヘッドスライディングをする私。


いったーーーー!!!うわっ、膝から血が出た!もう血に関しては覚悟を決めたから驚きはしないけれど、どうでもいいところで流血したのは恥ずかしいー!本当もうやになっちゃう!


ギロッと私はつまずいた部分を睨みつける。


「………あっ」


ただ、そこを見た瞬間私の怒りは何処かに吹き飛んでいた。

そうか……これがあったか。いや、でもこれは大きな賭けになるんじゃないのかな………………仕方ないか。これしか方法ないもんね。

腹をくくろうか私。ここで勝てば私は逃げ切れる。




ズッザザザザザ!!!!


大きな塊が森のど真ん中で急に止まり出す。


フゥーー……………フゥーー……………と荒い鼻息が辺りにこだまする。


大きな塊………真っ赤で口が裂けていていてニヤニヤと笑っている仮面を被った大男は辺りを見渡す。

いや、大男は適切ではない。その塊を人と呼ぶにはあまりにも大きく、またあまりにも人間部分が少ないのだ。


背中に鷲のような翼を生やし、下半身は牛のようなバッファローのようなミノタウロスのような茶色で肉厚で獣のような足をつけている。蹄も分厚い。この蹄が巨体の速さを生み出しているのだろう。


怪物と言って差し支えないそれは辺りをキョロキョロと見渡す。


よーしよし、いいぞぉ。いいぞぉ。そのままどっかに走って行ってくれーー!!


怪物がイリナを探している最中、イリナは狭く薄暗い空間で身体を丸めていた。


「ゴォォォオおおおおお!!!!!」


バキバキバキバキ!バキバキバキ!!!


怪物はイリナを探すため辺りの木をなぎ倒していく!


ひいぃぃぃ!?木の上にいるとでも思ったのかな!?残念!そんな単純なところにいるわけがないでしょ!


あらかた辺りの木をなぎ倒した怪物は今度は地面を見始める。

といってもこの辺りには地面を掘ったような形跡はない。ある一か所、怪物の目の前にある穴を除いては。

深さはざっと1.5メートル前後。そして、その穴の側面には道があり、それはイリナの家がある方角へと向かっているようにも見える。


ズン………ズン………ズン………ズン………


怪物は穴の方へとゆっくりと近づいていく。


……………グッ


そして、怪物は腕を上げ、もう片方の手を地面につける。


「ヴゥゥゥウウオオオオオオ!!!!!」


バァァアァァアンンンん!!!


怪物は穴の隣に拳を叩きつけるとその周辺の地面は吹き飛び鼓膜が破れてしまうのではないかというほどの轟音が生み出される!


衝撃波が辺りを舐めまわし、周りの木々がざわめく。砂煙は天高くまで伸び上がり、そして落ちてきたもので辺りが砂っぽくなっていく。ここに立てば髪の毛がじゃりじゃりすること間違いなしだろう。


怪物の拳によって作られた穴は巨大で、工事現場でよく見かけるショベルカーなら余裕をもって埋めれるほどだ。

だがしかし、そこには人のようなものは何もなく。あるのはただの岩と砂と土だけだ。

また、地面にはイリナの家の方向へと向かっている道もなかった。


「ヴゥゥオォオぉぉおオォオ!……オォオお…………オお…………」


ズン………ズン………ズン………ズン………


怪物は雄叫びをあげると、森の奥へと歩いて行った。


「………………行きましたかね?」


足音は段々と通り過ぎていく。

こいつはもしかして……………


「ふっふっふっふっ…………なんとかやり過ごせましたね」


あーーーなんだろうこの達成感!寝っ転がって漫画を読み漁りたい気分だ!ここは狭くてできないけど!


私は今地中にいる。地中である地中。地面の中。地球の内部に侵入中だ。


え?さっき穴は潰されただろって?あーーあんなの私が地面にパンチを打ち込んで作ったダミーだよ。

本命は、モグラなのか人なのかよく分からない奴が作った地中の道さ。

地中にいないと思わせるにはまず地中を探させないといけない。探して、いないのならばそこにはいない。と思うのは当然の心理だからね。


私は道をハイハイで進んでいく


しっかし今回はすごい冒険をしてしまった。

いや、こんな地中の大迷路みたいなところを進んでいるから今ちゃんと冒険しているだろ!っていうツッコミはなし。私が言っている冒険は大きな賭けに出たということだ。

そもそも相手の魔力が三次元まで対応する探知能力、もしくは透視能力であったのならまず私は確実に死んでいただろう。


まずこれが私の1つ目の賭けだ。これはさっきも言った通りのことなので深くは追求しない。そして次が今回の最も勝つ可能性が低かった賭けだ。


そもそも、平面であれ立体であれ方向を指し示すものならば私が地中にもぐろうが木の上で移動しようが私のいる方角が指し示されてしまう。

それはつまり、私がどこにいようが探知できるというわけなんだよね。

得意げな顔で言っているけれどそんなことは当たり前。だって探知能力の利点はそこなんだからさ。


まぁ、その大前提を考えた上で、それじゃあ私があの怪物と同じ位置に来たらどうなるのだろうか。

三次元なら真下だと指し示されるだろう。でも、それじゃあ二次元ならどうなるの?

真下にいるよ。と教えてくれるのだろうか?それともその間だけは指し示されないのだろうか?それとも…………追跡が完了したと勘違いして能力が切れるのだろうか?

なんだそのゴミ能力。戦闘中に使えないんじゃ消しカスを丸めることができるトイレットペーパーの芯よりも使い道がないじゃん。と私も最初は考えたけれど、そもそもあの怪物と面と向かって闘ったとして、あの怪物の裏をとれる人間などいるのだろうか?ぶっちゃけあの力と速さは異常だ。絶対時速120キロは軽くでてたね。そんな奴が戦闘中相手の方向を教えてもらう必要性が出てくる場面なんてまずないだろう。だから私は同じ位置に相手が来た時に探知は自動で解除される。ということに賭けた。

それに、発動条件も何かしらあるとふんでいた。考えた相手がいったい今どこにいるのかを知れるなんてプライバシーの侵害以外の何物でもない。そんな能力は最高裁で即刻廃止になるべきである。………なんて怪物に言ったところでどうしようもないけれど、さすがにそれは反則でしょ。と思った私はもしかしたら一度視認しないと能力が発動しないんじゃないのか?と勝手に考えた。


だって家の前で私があの怪物を見れたということは相手も私を見れたというわけでしょ?

と私は勝手に考えたわけだ。


勝手に考え、勝手に推測し、勝手に反則だと決めつけ選んだ私の読みを私は信じたのだ。


んで、その結果私は生きている。

状況証拠とも言えないような薄っぺらい証拠どもを勝手に積み上げて判断した、当ってる確率など少数第ハンドレットぐらいまで0が続きそうなものを勝ち取れてしまったのだ。


はぁ…………なんてことに幸運を使ってしまったのだろうか。

まっ、そのおかげで生きているんだから文句はないけどね。

いやーでも成功率0%って言ってたけど私クリアできそうだね。


しっかしこの道はどこまで進むんだ?てかどこに向かっているんだ?短いと判断して潜り込んだのにここまで長いとは…………私の知らない地形に出てしまったら道に迷ってしまうよ。


あーーーしかし真っ暗だ。手探りで壁を伝わないと進めないほどだ。辺り一面が闇そのものだ。

そういえば闇って音の門って書くのは音しか聞こえないからなのかな?もしそうなら聞くも音を認識するためには耳が音の門になってるからって意味なのかな?…………まっいいか。どうでもいい。知ったところで役立つわけでもないし。


いやーーもういい加減地上に出てよ!どこまで続くの!?あのモグラみたいな人どんだけ時間を無駄にすれば気がすむ……ん?


結構な距離を進んでいると後方から何かが爆発するような音が聞こえたような気がした。


爆発って、そんなわけないよね。ここが変な世界だからってそうそう爆発なんて起こるわけが…………


どぉーん


…………あれ?おかしいな。ちょっと爆発音みたいなのが聞こえてきたぞ。それもさっき怪物が地面を殴った時の音に酷似しているし


ドォーン


あぁ、はっきりと聞こえた!今度こそはっきりと聞こえた!あの怪物野郎が地面を思いっきり叩いたときと同じ音がはっきりと聞こえた!


ドォーンん


そして、今度は爆発音後、私の顔に風がそよいだ。もちろん私の後方から。勿論とはいいたくなかったけどね。

………………私が進んだ道に瓦礫でも落ちたのかな?


ダッ!


直感した私はすぐさまハイハイの速度を上げる!

キャアァァアア!!もしかしてばれた!?私が下にいることがばれた!?

そんなはずはない!だって、少し不自然だけどちゃんと地上の穴は塞いできた!注意深く見られたらそりゃバレるけどなんの変哲もない普通の道を凝視する奴なんているわけが………………あっ


「血を拭き取るのを忘れてた!!」


何でそういうところで詰めが甘いんだ私はぁぁあ!!!

しかも、さっきのパンチじゃこの穴まで届かなかったのに何で今回は届いているんだ?

……………まさか、さっきのは本気じゃなかったのか!!


やばいやばいやばいやばいやばい!!!


爆発音が近づいてきている!

いや、今回の相手の力は相当なものだから結構離れていても聞こえるんだよね。だから相手と私とじゃそこまで近くないのかもしれない!でも近づいてきているってことは追いつかれてしまう!


全力でハイハイしていると前方にほんの少しの光を見つけた。


やったあああああああ!!!!!

ここで地上に出て全力で逃げればもしかしたら撒けるかもしれない!


あとちょっと!あとちょっと!あとちょっと!


そして、私は地上に出た!


まっぶし!ずっと暗闇にいたからだね!…………キャアァ!!私今日すごくついてる!


なんと出た先は私の家の目の前だった。


よっし!あとは家に入って自室で座禅を組むだけだ!………………


「………………あっ」


10分間座禅しなきゃいけないのか!!!


そういうことか!成功率0%の意味はそういうことだったのか!相手の強さでもなんでもない、自室で10分間もの間座禅を組まなきゃいけないという圧倒的な時間ロスのせいだったのか!


どうする?どうする!?正直今回の策はもう使えないぞ。そう簡単にモグラの抜け道を見つけられるわけがない。

やはり今ここから全力で逃げて視界から外れるのが得策か…………よし!逃げよう!


「ゴォォォオおおオォオおアァアアアァァァァァアアアア!!!!!!!」


辺りに爆音が響き渡る!

なんというか、イヤホンの音量を最大にしちゃったのを知らずにつけた時ぐらいの音と衝撃が私の耳を貫く!


「…………………」


私はすぐ後ろを振り返った。

ああそうさ、言わなくてもわかるよね。怪物が私の後方に立っていたんだ。

きっとこの道が私の家に向かっていることを勘付いて、地中の道を壊している途中に切り上げてここまで走ってきてたのだろう。私はハイハイに夢中で気付かなかったけど


たっく…………やっぱ付いてないや。ついてたとしても悲運の女神様ぐらいだろう。


「本当…………大っ嫌いですよこの世界は」


グン!!


私の言葉が終わった直後に怪物は私の目の前まで高速で迫る!


「ぐっ………」


そして、放たれた拳を私は両手を使うことでいなしすぐさま後ろに逃げることで距離をとる。


くそっ………逃げる?それとも戦う?どっちが最善なの?


バババババババババババ!


重たい連撃が絶え間なく私に襲いかかる!


「…………っっっ!!」


私はそれを全神経を集中させて、さばき続ける。

くそっ!考えている暇がない!今はこれをどうにかすることの方が先決だ!


しかし、私が相手のパンチのみに神経を集中していたせいで相手の蹴りに反応することができなかった。

私は腹に重たい一撃をもらい地面を滑り転がっていく!


「ゔっ……ヴエッ!!」


口から血が吐き出される。嫌なことに真っ赤である。


くそっ…………お腹が超痛い。しかも、こんなに血が出るなんて……………マンガのやられシーンの時ってこんなに辛くて痛い思いをしてたんだ。


私はよろよろと起き上がり、再度怪物の攻撃をさばき始める。


タタタタタタタタンンン!!グォッ!


来た!


そして、蹴りが来た時私はそれを止めて、足を掴んだ。

ヘッヘッヘッ、そう簡単に同じ攻撃を食らうと思うな………あれ?これってやられる時の悪役と同じセリフだ。


と気付いた時にはもう遅い。怪物は空中にほんの少し浮き上がり、足を掴んでいる私もろとも空中で回転する。


そして、先に着地した怪物は空中にいる私の心臓めがけて手先をまるで刃物であるかのように鋭すぎる手刀を繰り出す!


ズボッ!!!!!


「ゔぅっ…………………」


かろうじて左手で右にそらすことはできたが、私の右胸に怪物の手が刺さる。血は大量に胸と口から流れ出ていく。…………が、


ガシッ!


私は怪物の手を両腕で掴んだ。


「ふっふっふっ…………ブッ……………つーかまーえた……………」


メキメキメキメキメキ…………ブシュッ!!


私は両腕がまるで万力であるかのように力を入れ怪物の片手をへし折る。

私よりも強いのは確かなのだろう。試練とはそういうものだ。圧倒的なまでの困難をぶつけないと成立しない。だから片手対片手なら私には勝機がないだろう。でも片手対両手なら勝てるかもしれないよね。へし折れるかもしれないよね。


へし折った腕を私の体から引き抜き、私は怪物を………思いっきり…………遠くへと投げ飛ばす!!


「い、いまの………うぢにい、家……に…………」


くそっ、頑張って時間を作ったんだ。ここで、自室に行ければもしかしたら10分間座禅を組めるかもしれない…………だから、速く、もっと速く私の体よ動いてくれ…………!!


ドサッ


そんな私の指令を無視して私の体は勝手に地面に倒れる。


くそぉ…………あの怪物の手がデカすぎるんだよ………………目元が霞む……………………意識が……保て…………………ない……………


そのまま私の意識は途絶える。


「あーーーー良いところまで行ってたんですけどね……………仕方ない。助けてあげましょうか。」


カイはイリナの家の斜め後ろの家の屋根からこの一部始終を眺めていた。

屋根から飛び降り、イリナの元まで走り、担ぐ。


バッサバッサ…………


するとさっきの怪物が飛んでこちらへと向かってきた。

折られた手を庇い、身体中が怒りのせいか真っ赤だ。


「怒りプンプンって感じですね……………」


そして怪物は着地し、すぐさま戦闘態勢になる。


「ゴォオオォオぉアアアアァァオァァァァァアアアアアアア!!!」


怪物は今までよりも長い雄叫びを上げ続ける。


はぁ………


「……………………」


カイは無表情のままイリナの白くなっていく顔を見つめていた。


「ゴォオオォオォォオオォオオアァァアア……………!!!!」


すると急に怪物は雄叫びをあげるのを止める。まるで何かに脅えるかのように、まるで何かの危険を察知したかのように


「……………死にたいのかい?」


「!!!!」


ダン!!

カイの一言を聞いた瞬間、怪物は空高く飛んでどこかに飛んで行ってしまった。


「ごめんね、名前も知らない淑女さん。少し、勇者領に行くのに遅れてしまった」


そう、ポツリと言うとカイとイリナは一瞬でその場から姿を消した。





「……………はっ!」


ガバ!起き上がると目の前には真っ白な空間が広がっていた。

うわっ、何これ………私の家と同じぐらいの大きさだ。

てかなんで私はここで寝てたの?


「おっ、お目覚めですか。」


傍から声が聞こえたので振り向いてみるとそこには真っ赤なりんごを剥いているカイさんがいた。


「………………私の体に何かしました?」


なぜかは分からないけど鎧が脱がされていてしかも上着も脱がされていた。しかも傍には異性が……………なんか、嫌な予感がする。


「何かしました?と言われましても事後処理のために服を脱がせましたとしか言いようがありませんよね」


私のほうを向きながらりんごを剥き続けるカイさん。うわーー、すごく器用だなー。


「じ、事後処理!?あなたは一体私の体に何をして、何が付着したというんですか!?」


ベットで服にシミができる行為なんて……………ブッ!いやァァァァァアアアア!!!


「ん?なんか勘違いしてるようですけどあなたの血で染まったんじゃないですか」


「キャアァァアアあぁぁああぁあああ!!血!?血って言ったんですか今!!!わ、私のバー………いやァァァァァアア!!!!」


嘘だぁあぁぁ……………私の初めてがこんなよくわからないことで………………


「…………?何を言ってるんですか?突き刺されたんですから当然でしょ。あなたも見ましたよね?そのシーンを」


「はぁぁあ!?私が許可したというんですか!?つ、つまり貴方は無理矢理ではなく私と貴方の間にはちゃんとした、両者共々の承諾があったと言うんですね!?!?冗談じゃない!!貴方は私をどれだけいじめれば気が済むんですか!?」


私は半ば半ギレ状態でベッドを殴りつける。

するとモフんと味気ない音が返ってきた。くそっ、今ではこのちょうど良い感じの高反発ベットですら腹立たしい!!


「…………………あーーなるほどですね、貴方はどうやら勘違いをしているようだ。それはモンスターにやられたものですよ」


「もっ、もっもっもっ、もんす……………え?もっもっもっもっもっ、ももももモンスターにやられたんですかぁぁあ!!!???」


じ、人外だなんて……………ダメだ。生きる希望が燃え尽きた。


私はその場に倒れた。


「だ、大丈夫ですか!?………なぜ泣いてるんですか?」


「お、お嫁に行けない……………」


こうして私の人生は終わった。私の目からずっと流れ続けた涙がベッドのシーツに作った水溜りのように後は勝手に干上がっていくのを待つだけだ。行くあても生き方もわからない。潤いはすぐさま消えていく……………ああ、やっぱりこんな世界、こなければよかった……………

なんて、シリアスな話だろうか……………




まぁ、そんなシリアスな話なんてあるわけもなく、私はカイさんからちゃんと事の成り行きを説明してもらい立ち直ることができた。


「はぁ………なんだ。そういうことですか。それならちゃんと言ってくださいよ」


「いや、僕はちゃんとあれで通じると思って喋ってたんですよ。ですから悪いのは僕ではありません。貴方の煩悩が肥大なのが悪いんです。」


「煩悩が肥大!?と言いますがそもそもなんで上着を脱がせてるんですか!!セクハラで訴えますよ!?」


便利なことにこのベッドルーム?みたいなところには変えの服がたくさん用意されているのだ。多種多様でありデザイン豊富。ファッションセンスがない私からすればなんとも言えないが、ファッションに熱い人が見れば興奮すること間違いなしだろう。

ということで私は適当な物を見繕って着させてもらっている。


「いや、脱がせたのは僕じゃありませんから。ここに在中している看護婦の方々ですから」


ほっ…………なら安心だ


「ということで私の安全が確保されたので本題に入りますが、なぜ私を助けてくれたのですか?」


いや、まぁなんとなくはわかっているのだけれどね。

カイさんが見せたあの優しさが原因の1つであろう。


「んーーー…………貴方が頑張っていたから、そして見ていて面白かったからです。」


「…………は?」


「いやーーー幾重にも策をめぐらして幾重にも思考を巡らせて逃げ続けてたあたりとか僕もう見てて興奮しちゃいましたよ。………僕を楽しませてくれたお礼として貴方を助けたんです。ですからもしさっきの戦いがつまらなかったら助けるつもりはありませんでした」


……………え?カイさんってそういうタイプの人なの?


「いやいや、僕は快楽主義者でかつ女性が苦しむ姿に興奮を覚える変態野郎じゃないですよ。」


ははっ、とりんごを剥きながら笑うカイさん。

…………いったいいつまで皮を剥くんだろう。


「僕はなぜか人が頑張っている姿を見ると身体中が熱くなってしまうんですよ。応援したくなるというか力を貸したくなるというかただ単純に楽しんでいるというか……………」


ふーーん…………良い人なんだね。私と違って。


「カイさんは良い人なんですね。基本他人に無関心な私と違って」


「いや、僕も基本は他人に無関心ですよ。困難に誰かがぶつかった時だけ好意を寄せる、ただそれだけです。」


…………よく分からないなぁ


「……………世間一般に優しいと言われる人には2種類あります。1つは人が困っている時に積極的に手を差し伸べるタイプ。そしてもう1つは他人に無関心であり、頼まれれば誰であろうと無関心なのに嫌われたくないから助けるタイプです。もちろん僕はこの中間者(marginal man)です。」


さーて、もう既に例外者が出現しているね。


「まっ、誰もが言っていることですが甘いと優しいは違うっていうのも言っておきますか。ちなみに僕はこの中間者(marginal man)です。」


……………え?カイさんは全てにおいての例外者なの?


「まぁとにかく、そういうことです。優しいのではなくあまりにも頑張っているから少しぐらいは助けてあげようと思っただけです」


と言いながらりんごを剥き続けるカイさん


「………………あのー、いつまで皮を剥くつもりですか?」


皮っていうかもう既に身の大部分を削り取ってるよね。りんごが細々としているよ。


「いや、それが全然赤いのが消えなくってですね……………」


見ると確かにりんごが真っ赤である。

…………あれ?気のせいかな、りんごだけじゃなくて指も真っ赤なんだけど


「カイさん実は不器用ですよね!?指ごとりんごを剥いてますよ!!」


ひゃーー!よく見るとカイさんの真下の床が真っ赤だ!不器用にもほどがあるでしょ!


「え?…………うわぁぁあああ!!なんかチクチクすると思ったら!!!」


それだけかよ!?


というわけで床の血を拭き、指の血も拭かせていただきました。血を拭ってわかったけど全ての指を切っていた。一体どんな皮の剥き方をすればああなるのだろうか……………


「それでどうするんですか?わかりましたよね?逃げることの不可能さを」


今度はカイさんにベッドで寝てもらい私がりんごを切っている。

生憎私は1人でいることが多いからあらかたの家事はこなせる。りんごを剥くなど夕飯後の朝飯前さ。


「そうですね……………悲しいことに不可能さを理解してしまいましたからね」


しかしさらに悲しいことに今日は金曜日でしかも明日の学校は休みだ。つまり今の私には余裕があるということであり考える余地があってしまうということだ。これがもし今日が火曜日とかならば考える余地などなく速攻で倒す方にシフトチェンジができただろう。だけれど、私は今回のことを学習し反省し計画を練り直し、逃げるという方法に再チャレンジができるほどの時間があってしまうのだ。

倒すことと逃げることでは圧倒的に逃げることの方が終わった後の利益が多い。だからなるべくひきたくないのだ。


「戦うというのならば僕は応援しますよ。でも逃げることをまた考えるというのならば僕はあなたの元から去ります。あっどうも」


切ったりんごを手渡す。


「正直さっき頑張って逃げてくださいと言ったのはどう頑張っても不可能だということを知ってもらうためでもありました。話してもわからない人には体感してもらうのが一番早いですからね」


シャリっと心地の良い音が響く。

しかしこのりんごは蜜がたっぷりだね、切っているだけですごくいい匂いがしてくるよ。


話を聞く限りではなるほど、つまり後腐れなく去って行ったのはこうなることがわかっていたからってわけか……………うーむ恐ろしい。


「……………そこまで言うのならば戦いますよ。それで、応援というのはどういうものをしてくれるんですか?敵の弱点とか戦い方とか教えてくれるんですか?」


「え?応援というのはつまり応援ですよ。チアリーダーみたく観戦して[頑張れー頑張れー]って言うだけです」


……………マジで言っているのかこの男


「いや、でも1人でチアリーダーは可笑しいですね…………チアボーイとでもしましょうか」


「はーーい、りんごはボッシュウトでーす!」


ドゥルッドゥルッドゥルッドゥゥと言いながら食べようとしていたりんごをむしり取る。


「ああ、何するんですか!せっかくちょうどいいサイズに切られていたので素材を楽しみながら食べれていたのに!!」


カイさんの初めて見せる怒りのような気がする。


「声援だけじゃなくてアドバイスとか攻略法とかを教えてくれたらあげます。」


「いや、でも洗礼の儀式っていうのはそういうことをしちゃいけないわけでして………」


「そんなに100%りんごジュースを飲みたいんですか?」


今の私ならこんなりんごを握りつぶすぐらい訳ないんだよ?


「ああ!折角こんなに美味しいものをジュースにしようっていうんですか!?鬼!女ったらし!女々しい!」


「全て女に言ってはいけない言葉ですね」


ミチミチミチ………


りんごの形が少し変形する


「ああ!わかりました!わかりましたからどうかそれだけはご勘弁を!!」


「宜しい、それでは教えてもらいましょうか?」


ほとんど脅迫だけど、私が安全に家に帰るためだ。仕方がない。神様も閻魔様も許してくれるに違いない。


「……………えーっとですね。貴方がさっき戦った相手はこの世界のモンスターを統括するボスのうちの1人なんですよ。」


……………なんかすごいビックネームが


「ですから貴方があいつを怪物と呼ぶのは当然です。だってこの世界のモンスターの中で一番強い訳ですから」


……………洗礼にしてはあまりにも重たすぎるきがするんだけど


「まぁ僕から言わせればそんな怪物の腕をへし折った貴方も十分に化け物ですけどね…………っと口が滑った。それじゃあ貴方が言う怪物の特徴ですが」


今私のことを怪物って言ったの?何を言ってるんだか、確かに私は男子よりも足も筋力も脚力も優れているけれど今の歳なら男子よりも女子の方が足が速いのは当たり前だし、力があるのもあたりまえだよね。だから私は普通だよ。


「あの怪物の特徴は何と言っても怪力ですね。あそこまで深く掘ったモグラの道が押しつぶされてしまいましたから」


そこなんだよ。私はあそこが壊されないと踏んで逃げ隠れたんだよ。

いや、まぁ相手を欺くためってのが最もではあったんだけれど簡単には壊されない場所に逃げ込むっていうのもある程度は意識していたわけさ。

でもまさか一撃で壊されるとは思ってもみなかった……………結構深かったよ?10メートルは確実にあったよ?


「そうですね。つまり相手は地の力が強いってわけですからほとんど勝ち目がないってわけですね。」


何か魔力を持ってればまだ抵抗できるだろうけどね…………うん、無理。単純な力比べだからね、マイク・タイソンに関節技と蹴りとマットに腰を下ろすことを禁止された曙がボクシングで戦いを挑んでいるようなものだよ。

…………失礼だけれど、絶望以外のなにもない。いや、相撲なら勝てるけどやっぱり土俵が違うからね……相撲だけに?


「まぁ、勝とうと思えばそうですね。ですが勝つ必要はないわけです。要は魔力を習得して逃げる、もしくは威嚇でもして逃がせばいいわけですから」


よくもまぁ簡単に言ってくれるね


「そんな簡単にいくものですかね?魔力を得てみたら私も探知系の能力で相手との力の差が埋まらなくてその場で即殺されるようなことにならないですか?」


「まぁ、そうなったらそうなったらです。その時は僕があの怪物を追い返してあげますから。」


………最初っからやってほしい


「ん?なんですかその[最初っからやれや]オーラは。言っときますけど僕は人を甘やかすつもりはありませんよ」


「へぇーーーそうですか…………」


新たに剥こうとしていたりんごをギリギリと握りしめる。


「はい。たとえ貴方の馬鹿力によって僕の愛しきりんごが粉々にマッシュされようがこの信念だけは粉々にされはしませ……」


私はそっと、笑顔でカイさんの頭に手を置く。手の血管が少し浮き出ているように見えるけれどそれは幻覚だから。私はソフトに彼の頭を握りしめているからね


「………んがしかし、僕の頭をマッシュされるのは堪らないのであと少しぐらいはお手伝いをしましょうか」


「少しと言わず全部手伝えよ」


「あだだだだだだ!!!ミゲルミゲル!あっ間違えた!もげるもげる!」


私の腕を両手で力を込めて離そうとしてベッドの上でバタバタと暴れ回るカイさん。

あはははっ、おかしいな!私は全然力を入れてないんだけどな!カスほども力を入れてないよ!!


「割れる!本当に割れますから!スイカが輪ゴムのせいで中身が弾けるかのように頭が割れますって!」


ギギギギギギギ……………


カイさんは私の手を引き剥がそうとするが不思議なことに離れることはなかった。

私の手とカイさんの頭はまるで運命共同体であるかのように、ピッタリと寄り添い、離れることを厭うかのように結ばれている。私達は今日という日が馴れ初めの日時であり、また初対面であるはずなのに……………これはきっとこれまでの輪廻転生のあいだで運命づけられた、縁ある間柄なのではないだろうか…………すなわち掟を定められた関係ということだ。

まぁ、私は前世とか輪廻転生とかは信じてないけどね。私キリシタンだから

とにかく私の腕とカイさんの頭は不思議な力で結ばれている。

ああ、これが俗に言う離れ難き宿命 もしくは契り人なのか…………いや、そもそも頭と手じゃ人とは言えないよね。契り物?


「なに下らないことに妄想を咲かせてるんですか!ああ、はち切れる!僕の頭の内容物が日の目に当たってしまう!」


「大丈夫。もう夜でしかも室内だから」


「そう意味じゃあだだだだだだ!!!!………あーーくそぉお!!!」


ビシャ!!!


あたりに水が飛び散る。

そして私の手にも冷た〜い感触が伝わる。


なんとも不思議なことにカイさんが水になったのだ。まるで水に一体化したかのように


「ふぅー………危なかった〜。危うく生温かい液体をあたりに撒き散らすところでしたよ」


周りに飛び散った水が喋り出す。

うわっ、気持ち悪い…………まるで体のバラバラになった肉片が蠢いて喋りかけているかのようだ。


「とまぁこのように勇者は自分の魔力と一体化をすることができるんですよ。なのでこの姿である程度は加勢してあげます。………本当にこう言うのって無しなんですよ?貴方の脅しに屈服して仕方なくやるんですからね」


ようやく水が一箇所に集まり人間の姿を形成していく。

ウニョウニョウニョウニョいいながら水が上へ上へと行きながら形を作っていくのだ。

うわーー………………キモい


「脅した記憶はないですが、どうもありがとうございます。おかげさまで安全に試練に向かえそうです。」


はぁ……やはり人の善意というのは体に染み入るなぁ。

私はカイさんに満面の笑みを浮かべた。


「…………悪女はやはり天使にしか見えないものなんですね」


カイさんがりんごをしゃりっと食べながらそんなことを零す。

なにを言ってるんだこの人は、天使に見えるのならばそれは紛れもなく天使でしょうが。


こうして私達はある程度の情報交換と作戦と段取りを決めて怪物に向かうことにした。




「いいですか、この戦いで大事なことは諦めずに相手に立ち向かうことです。さっきみたく逃げることを考えてはいけませんよ。」


私の家の道中、カイさんはこの事を口を酸っぱくして言い続けた。

ふっ、私はもう学習したからね。同じ轍を二度踏むなんてことはありえないさ。と内心で反抗し続けたけどね。


「……………そういえば走ってきたからそんなに長くは感じませんでしたが、私が負傷した時にどうやって勇者領に私を運んだんですか?」


走っていたから全然わからないけれど、たぶん結構な距離があったんじゃないのかな?

そんな距離をまさか負傷者を担いで走ったなんてことはないだろう。ましてあんなにぽっかりと穴が空いていたらなおさらない。


「ん?あーーあれは別能力と言いますか家系といいますか後で取り込んだ能力と言いますか……………」


「どういうことですか?」


「んーーっと…………まぁ、言っちゃいますね。実は僕の家系は特別でして後付けでもう1つ能力を付け加えることができるんですよ」


「えーーっなんですかそれ!!反則にもほどがあるでしょ!!なんですかその血統至上主義みたいな不平等極まりない世界は!」


一昔というか大昔前の政治方策じゃないか!貴族と王族がまるで巨人であるかのように辺りを練り歩き跋扈しているあの状態に近しいぞ!


「いやいやいや、それを僕に言われてもどうしようもないですよ。僕が決めたことじゃないですし…………まぁ、と言っても付加できる能力には限りがありますのでスッゲー得ってわけではないんですけどね。」


水がうねうねと黒板の形へとなっていく。しかし所詮は水、めっちゃくちゃ見辛い。


「自分を好きな場所に送るテレポート 仲間との意思伝達を可能とするコミュニケーション 仲間を守る時に力が跳ね上がるガードマン この3つです。本当はもう1つ放棄することという意味でブレイク というのもあるのですが………まぁ、これは不人気ですね。実につまらない能力です。」


「放棄する…………ということはつまり?」


「簡単に言えばこの世界で生きることを破棄することです。また、この世界での死は現実での死にも直結するわけですから生存放棄ってわけですね。つまり自殺です。」


「………はぁ、そのような無意味な能力もあるのですね。」


「悪いことばかりではないですよ。それを選ぶと好きな時に死ねて、しかも自分の能力を好きな人間に与えることができるんですから。」


…………それは、いいことなのか?


「死んで仲間を強化させられるってわけですか……………確かにそれは選びたくないですね。」


確かにこれは不人気になるな。


「ですよね、なのでメジャーなのは最初に述べた3つなわけですよ。ちなみに僕はワープの能力を得ることにしました。仲間を守る時に力を発揮するとか仲間との意思伝達を可能にするとか、こう仲間を連呼するこの時代の風潮に飽き飽きしていたので選びませんでした。」


空をボケーっと見ながら言われたら説得力がないね


「裏で陰口を言いまくるような仲間を量産するこの時代にはあの能力はピッタリですが、本来の意味的には似つかわしくないですね。表面的だからそんな能力を選んで仲間意識を強調しなくちゃいけないんですよ。本当の仲間なら、仲間がピンチになったら勝手に頑張れますし勝手に強くなります。」


後半は私にはよくわからないけれど、確かにここ最近の全員友達とか全員仲間だとか、全員一等賞みたいな風潮には疑問を抱いていた。なぜか、気持ち悪いのだ。作られたような持ち上げられただけのような感情と表情が。

私のクラスメイト(と言っても名前は覚えていないが)のような表層的な集まりが増えつつあるように感じる。


「…………それとなく言いたいことは分かりました。つまりカイさんは私を反則じみた方法で得たワープ能力で勇者領まで運んでくれたわけですね。」


「…………言い方が悪いですがそういうことです。」


「そうですか………分かりました。それじゃぁすぐにでも戦いましょう。もうするべき用意も後腐れもないですから。」


私達が立っているのはあの怪物が出てきた時に私がいた位置よりも少し後ろだ。

カイさんが言うには「洗礼の儀式というのは定められた範囲を超えることがトリガーとなっているので、そのギリギリで待機し続けることはできます。」だとのこと。


分からないことはなくなった。あとは目の前に現れるであろう敵を死に物狂いで退けるだけだ、しかも上級者が味方をしてくれてサポートまでしてくれるというのだからこれを逃す手はないだろう。


すウーーッと私は深呼吸をする。

頭に血が駆け巡るこの感覚が、私の意識を研ぎ澄ませていく。


「よしっ!」


そして私は走り出す!

もう受け身である必要はない、出現した瞬間にぶん殴ってやる!


ヒュゥゥうドンンン!!!


そして注意深く上空を見てみると、なるほど。確かにすごい勢いであの怪物が落下してくるのが見える。

そして、前回と同じようにまるで爆弾かのように地面に着地した瞬間強力な爆風と大きな砂埃が舞い上がる


それを見て、私はさらに加速する。ウカウカしてられない。いや、のんびりしてられない。私は、さっきの借りを返すためにひとまず不意打ちをしたいのだ。


ダン!


私が飛び上がり、怪物の顔の位置に来るのと怪物が私を視認するために顔をゆっくりと上げたのはほぼ同時だった。


「積年の恨みぃいぃい!!」


がん!!


と私は怪物の仮面を全力で殴り、怪物はそのままズザザザーと吹き飛んでいく。顔面から滑っているので痛そうだ


そして私はそのまま走り追撃をする。攻撃できる時に攻撃をし続けないと、こいつを弱らせることができないからだ。


倒れている怪物の腹を思いっきり蹴り飛ばし、地面を滑って行くところにさらに追い討ちをかける。


ガンガンガンガンガン!


マウントをとってはいけない、そんな状態になれば相手に途中で私の体を掴まれてしまうかもしれないから。だから私は怪物を蹴り続ける。見た目はちょっと良くないけれど、これほど効率の良い戦い方はないだろう。


あれ?これ倒せるんじゃない?ずっとこの攻撃をし続ければ倒せる気がする………


とか思うとね、大抵人間って思い通りにいかなくなるわけですよ。


蹴り飛ばされ地面を滑っていく怪物が、止まるために地面に手をつける。

ふっふっふっ、止まったところで私の追撃をかわそうなど不可能なことだよ


ビキっ


私が怪物まであと一歩のところまで迫った時に異変が起こった。

怪物が止まるために地面につけていた手の周辺で、小さな亀裂が生まれる。


ビキビキビキビキビキ!


その小さな亀裂はどんどんと数を増し、繋がり大きな亀裂となって周辺を這い回る。そして………


ボゴン!!


亀裂は裂け目となり、破壊を生み出す。怪物と私の周りの地面が崩れ去り、私たちを飲み込もうと黒色の空洞が姿を見せる。

へぇーー、ここの地面って空洞だったのか………じゃなくて!ここから離れないと落ちてしまう!


私はすぐさまその場から離れる。怪物は穴に落ちていく。でもどうせ……


そう、どうせ生きているのだ。バッサバッサと羽ばたく音が聞こえ始めるとすぐさま地面を突き破り着地する怪物。

怒りのせいか全身が真っ赤だ。


「ヴォォおおおオォォオォおおお!!!」


あたりに巨大な雄叫びがこだまする。本当に、ここが魔王の城とかなら似つかわしいのだけれど住宅地でされると場違いなことは否めない。そして今頃だけれど腕が再生している…………さっきの私の苦労は一体なんだったのだろう。


さぁ、悲しみに暮れている暇はない、ここからが本番だね。あいつが攻撃をし始めてからは、私が無駄口を叩くようなことはできなくなるだろう。

というわけで最後の無駄口をさせていただきます。そもそも人という字は1人で立っているものだと言われている。そりゃあ人は自分の足で立つという進化を遂げたんだから当たり前なわけだけれど、だからってそれを理由に人を寄せ付けずに自分の力で生きていくのは間違いだと思う。

人は自分で立っているものだけれど、そもそも人を人と呼ぶことは滅多になく、大抵の場合は人間と呼ぶからだ。人は動物だけれど人間は私達である。人と人との間に生まれる相互作用を大切にしていくのが人間であり私達なのだ。

………となんとなく言っているけれどこれは私の適当な考えだから真に受けないほうがいいよ!


「ヴォォオアアァォアア!!!」


私の無駄話が終わるのを待っていてくれたのか、終わった瞬間に走り寄ってくる怪物。


ブン!!


そして、相変わらずの重たい一撃があたりの空気を巻き込みながら私の顔の横を通過する。

かわしてなかったら一体お顔はどうなっていたのだろうか……


何発もの拳が地面やら空気やらをぶち抜きながら降り注ぐ。


………さっきと違って大振りで隙だらけだ!


「もらったぁあ!」


飛び後ろ回し蹴りを相手の攻撃してない方の二の腕に決める。

ふふふ、ここと太ももを攻撃されて悶絶しない人間はいないさ!


だけれど、よく考えると相手は人間ではないので悶絶することもなく私の足をがっしりと掴んできた


「……え?」


唖然とするも、すぐさま私の体は持ち上げられる。足を持たれているので逆さまの状態だ。そして…………


ダンダンダンダンダン!!


私を左右に振りながら地面に叩きつける。

雑巾じゃないんだからこんなにもいとも容易く私を振り回さないでほしい!


「ーーーーっっ!!」


辛うじて頭を腕で庇うことは出来ているけど、頭以外はすべてボロボロだ。

くそーーっ、こうやって私を虐める為にわざとトロイ攻撃して反撃の隙を作ってやがったのか………腹立つなー!!


心の中で怒り散らしたところで相手の攻撃が止まることはない。こうしている間も私の体は地面に叩きつけられているのだ。ああ、ほらもうあと少しでまた叩きつけられる………


「ふんっ!!」


地面にぶつかる瞬間、私は両腕に力を込めて地面を力の限り掴んで押し出す。

まぁ、地面を押すことなんてできないからつまり私の体が地面に平行に進んだってことだね。


ズザザザー!


しかし、常に同じ向きを保ってられる物体はないというのは常識なので、私は顔面を地面にぶつけながら滑り、怪物の股下を抜ける。

そのまま怪物の膝裏に全力のパンチをお見舞いし、体勢が崩れた時に相手の首に両腕をかける。

ふふふ、脚に反比例して腕が長いことが災いしたね。


鼻血を垂らしながらキメ顔をする私。

…………しまらないなぁ


ググググっっ


いたたた!!足が、足が引っ張られる!!

けれど、私の足を引っ張ればこの怪物の首も締まるわけだ。引っ張り続けたら死ぬよ?


このカラクリを理解したのか怪物は私の足から手を離す。


ガシっ


だけれどすぐさま空いた手で後ろの私の胴体を握り、もう片方の腕で私の手を引っぺがす。

そして、私の体は怪物の前に持って行かれて両腕で握られる


ギリギリギリギリ………と私の体から不快な音が出始める。

あぁぁああぁあああ!!体が……へしゃげそう!本当にこれはやばい!両手で抵抗しているのに全然力が衰えない!


ブッ!

口から血が吹き出る。

メシメシメシっと体から嫌な音が響き始める。

あぁぁああぁあああ!!本当に、このままじゃ死んでしまう!

だって体の感覚が全然ないんだもの、苦しみがない。潰されている感触や痛みや悲しみもない。


こんな所で死ぬんだ………まぁ、これと言ってやり残したこととか心残りとかはないからいいんだけどさ。

自分のやりたいことがあったわけじゃないし夢や目標があったわけでもない。本当に、どうでもいい人生だったように思える。

自分を殺して、運命だとか聞こえのいい言葉に逃げ続けていただけだったから………

はぁ、なんで私はこうもつまらない生き方をしていたのだろうか。


私は握りつぶされている時に死を悟っていた。


好きな人もいるわけじゃないからね………あーーさっさと殺してほしい。これが私の運命だったと受け入れてやるからさ……ん?


気づいた時には私は相手の仮面を掴んでいた。


運命ね………また私はそんな下らない言葉に逃げようとしていたのか……

甘ったれてんじゃねーよ。そんな、[ネ]以上に役立たなくて使い道のない言葉に私はなぜすがるんだ。

そんなものにすがり続けた結果がこれじゃないか。それなのに私はまだ、この言葉を信じ続けるのか?


不思議と右手に力が宿る。ギシギシ言いながら私の右腕は後ろに引かれる。


つまらない。もういい加減飽き飽きしている。

壁が目の前に現れたら、言い訳をしてすぐさま逃げる私の性格に。体の方は力を持て余していて困っているのだ。


仮面を掴んだ左手を、仮面もろともスライドさせる。


現れた怪物の顔はゴリラのようなシワだらけで、なのに目は大きくぎょろついていた。


…………なんだ、顔は普通の化け物か。これでイケメンだったら殴り辛かったから助かったけど


「いい加減……離れろよこのマッパ野郎!」


顔面を思いっきり殴りつける!


「ヴォアっっ」


そうすると怪物は後ろに吹き飛んで行った。

やっぱり、仮面で隠しているぐらいだから弱点は顔だったのか………


「ゔっっ………」


胴体を握り締められたせいで臓器やら骨やらが深刻なダメージを受けたようだ。全然立てない。せっかく、相手の弱点を晒すことができたのにこのままじゃあ……………


「ヴアァオォオアアアアアア!!!」


起き上がった怪物は怒り狂い、関係のない地面やら家やらに八つ当たりをしながら私のところに走ってくる。


関係のない家が吹き飛ばされ壊されていく。

くそっ、このままじゃあ私もあの家々みたく粉々に吹き飛ばされてしまう。

でも、体が全然動かない!必死に動かさそうとしているのにうんともすんとも何も言わない!

本当に、このままじゃあ…………


ダンダンダンダンダン………


音がどんどん近づいてくる


ダダダダダダダダダッ


今はまだ死にたくない。ほんの少し、やるべき何かが見つかった気がするから………それに、やっぱりこんな怪物に殺されたくない!


怪物は空高くに飛び上がり、自分の拳を握り、ハンマーのように扱う。あれを私に叩きつけるつもりなのか……………


足は動かない、体は手で支えてないと倒れてしまう。つまりは逃げられないってわけか……はははははははは!!!それなら簡単さ!!

逃げられないんなら………


「戦うまで!!!」


私はギリッと拳を握りなおす。

そうするとなんだか身体中から力が溢れ出てくるような感覚が私の身体中を駆け巡る。

こんなピンチの状況じゃあそんなただの感覚にだってすがりたくなる。今は少しでも、自分に力があると思い込みたい。この化け物に向かう為の勇気を生み出したい。

私の目の前にある壁そのものを……破壊する勇気を私は欲している!


私はガタガタでズタボロな体に鞭を打って立ち上がる。


「うぁあぁああああああ!!!」


パリっ


私の体中が光っているような気がするけど……まぁ気のせいでしょう!きっと私の強くなりたいという思いが見せてる幻覚だ!


倒す!倒す!倒す倒す倒す倒す!


バチバチバチバチバチ!!!


光が辺りを覆い尽くし、草や木が焼ける匂いが漂う


「ぶっ飛べえぇぇえええ!!!」


私が怪物に向けて拳を振るった瞬間、光り輝く龍が5匹、私の周りから姿を現わす。


「…………は?」


ズアアァァァアアァア!!

5匹の龍は怪物に襲いかかり、私の目の前が明るく………いや、明るくなんて表現の仕方は過小だ。もう目の前が真っ白だ。ホワイトアウトだよ。


「ヴアァオォオぉおぉあぁああああ!!」


辺りに怪物の叫び声が響き渡る!

そして、龍が怪物に噛み付くと雷が怪物を覆い尽くし焼き焦がす。


「いやーー魔力が目覚めたみたいですねぇ。よかったよかった。」


もっそもっそと水溜りが近寄ってくる。


…………そう言えばこいついたんだよな


「なぜサポートしなかったんですか?」


「いやーー付け入る隙がなかったんですよ。ですから僕があなたの戦いをのんびり観戦していたわけではないんです。えぇ……」


水が人の形へと成っていく


「……………それで、これが魔力だと言うのならばどんな能力だと思いますか?」


怪物は、私が出したと思われる龍の残り3匹の攻撃をかわしている。

この図はなんと表現したらいいのだろうか………壮絶としか言いようがない。それほどまでに現実離れした光景なのだ。


「これは電気だと思いますよ。さっきの光といい、周辺の野草を焼き焦がしたところといい電気そのものです。」


ふーーん………


バチ!


カイさんに向けて電撃を放つ


「あっぶない!………何をするんですか!僕は水なんですから無闇矢鱈に電撃を向けないでください!電気分解しちゃうんですよ!」


「いや、本当に出るのかなーと思ったんですが……出るものなんですね」


ついでに分解されればより確証を持てたというのに。

爆音が響いている方向を見るといまだに怪物と龍が戦っていた。


「…………あれで倒せますかね」


「さぁ、どうでしょうか。モンスターのボスですからあんなのじゃ倒せないと思いますよ。……ですが、ある程度は時間が稼げるでしょうからそのうちに現実に戻ることはできるでしょうね」


現実に戻るね…………


「もう私動けないんですけど」


膝がガックガック震えているのだ。正直今立っていられるのが不思議なくらいに骨がボッキボキなんだよね。

全く、レディーには優しく接しなさいとル○ン三世に教わらなかったの?


「…………仕方ないですね。僕がお姫様抱っこをしてあげましょう。」


ゲスい笑みを浮かべながら近寄ってくるカイさん。

くそーー私が動けないことをいいことにイヤラシイことをしようって魂胆か!こいつめ、ル○ン三世から女の接し方の手ほどきを受けているな!?

………仕方ない、彼には分解されてもらうとしましょうか。


私が変態いい加減野郎に指を向けた時


ギュオオオオオオオ!!!


私と変態ゲスクズ野郎の間を極太のビームが通り過ぎていく。そして、背後にある高層マンションが吹き飛ぶ


ビームが飛んできた方向を見ると、怪物の口から煙がのぼっていた。


「な、なんですかあ……」


私の言葉が終わらないうちにカイさんは私を抱きかかえ走り出す。


「な、何するんですか!」


「うるさい!黙ってないと舌に噛みつきますよ!」


言っていることはてきとうだけど、顔は真剣そのものだ


「想定外だ………おかしい………あいつはビームを使わないはずなんですけどね………」


まぁ、この人でも知らないことはあるってことか………


「それでどうするんですか?このまま逃げ続けるんですか?」


マンションや家の屋根を伝って勇者領の方向へと走っていく。

そうすると、その後を追うかのように家屋の破壊が起きる。

これは………あの怪物が追っているのか


「いや、一度勇者領まで逃げて貴方の回復に専念します。その後あいつを2人で倒しましょう」


「次は私の手助けをちゃんとしてくれるんですか」


「あははは!当たり前じゃないですか!僕は正義の味方ですよ?人が困っていたら全力で助けますよ!」


さっきは全然助けてくれなかったくせに……


「それじゃあなんでワープをしないんですか?それをすればあっという間じゃないですか」


「したいのは山々なんですけどあいにく敵が見ている時には使えないんですよ」


まじかぁ、そこまで使える能力ではないのか


ズズズン………


私たちがいるビルが崩れ落ちる。そして周りにはいい感じに飛び移れる場所がなかった。


「ちっ………それじゃあちょっと今から戦いますので貴方は安静にしていてください。」


ぐぐっ………パン!


ビルの屋上から地面へと弓のように向かうカイさんと私。着地しそして私を後ろの家の壁に寝かせ、怪物に向かう。


「タダですら勝率6割ぐらいなのにあんな反則じみたレーザーを使われたら勝てるかどうか…………」


チラッと私の方を見るカイさん


「やるしかないですね……………」


腰の鞘から刀を引き抜く。

引き抜かれた刀は光を反射し続け真っ白だ。


ダダダダダダ!!!


カイさんは旋回するように怪物に向かう。

私のことを考えて?………心憎いことをやってくれるね


そして怪物が巨大なレーザーを放つと水の階段を作り出し、当たらないギリギリの高さまでジャンプする。


「フン!」


キィィインン!!


カイさんの刀と怪物の爪が激しくぶつかる!


「うわっ!」


そうすると力比べに負けたカイさんが吹き飛ばされる


「え!?まさかカイさんって私よりも弱いんですか!?」


ズザザザーと吹き飛ばされるとすぐさま移動しレーザーやらをかわし続けるカイさん。


「僕が弱いんじゃないですよ!貴方が馬鹿なだけです!」


怪物の攻撃を受け止めながら弁解をするカイさん。舌を噛まないように注意してね。


「…………それは私が馬鹿力だと言いたいのですか?」


「あつ、そうです!馬鹿なんじゃなくて馬鹿力だと言いたかったんです!!」


キィィイン!ンキィィインン!!


金属音が何回も響き渡る。

馬鹿じゃなくて馬鹿力だとしてもそれを女の私に言うのはどうかと思うけどね


「まっ、剣さえあれば力なんて必要ないですからね。最も求められるのは速さ、もしくは隙を生み出す力ですから」


言うや否やカイさんの周りに水が浮かび上がり、怪物に襲いかかる。


ボゴン!ボゴンボゴン!………ボコン!!


放たれた水は、水らしからぬことに地面を穿つ。だがしかしさすがは怪物。機敏な動きで攻撃をすべて避け続けるのだ


「よいしょ!」


スパン!ブシュううううう!!!!


だけれどもその隙をついてカイさんは怪物の懐に飛び込み片手を切り落とす


「ヴアァオォオぉぉァァァァァアアアア!!!」


怪物はそのせいで雄叫びをあげ、体の色は赤色から黒色へと変わっていく。


ひゅんひゅんヒュンヒュンザシュッ


それを見た瞬間、カイさんは私に剣を投げつけた


「いいですか!その剣は魔力を断ち切ることができる優れものです!なのでそれを使って自分の身を守ってください!」


黒色に光る怪物の周りに赤色の塊が集まりだす。正直私にはよくわからないけれど、マンガとかだと大抵ああいうのってオーラとか力の塊とかだったりするんだよね。

だとすると大変なことだ。今の私じゃ確実に避けきれないだろう…………本当に、心憎いことをやってくれるねカイさん。


「いや!でもそれじゃあカイさんがまともに攻撃を食らってしまうじゃないですか!」


「攻撃を食らう?………全く、面白いことを言ってくれますね。」


カイさんの周りから水が溢れ出す。いや、それだけじゃない。私たちの周りから水という水が飛んで集結していく。


「僕はそもそも攻撃を食らう気満々ですよ。」


ピシッッ


するとカイさんの周りにある水が一瞬のうちに氷になり、無数の氷槍へと姿を変える。


「貴方は世界が残酷だと言った。……そんなの当たり前じゃないですか。私たち人間は動物だ。そして、動物にとって生きるということは残酷であるということです。常に限界は潜んでいる。常に危険とリスクは潜んでいるのですから。」


カイさんはそのうちの1つを掴み、エネルギーを貯めている怪物に向ける。


「野生動物は常にこの危険と隣り合わせで、常に意識を研ぎ澄ませてたくましく生き抜いています。だから自分の上達を感じ、喜びを感じ、人生を満喫できるのです。だというのに最近の若者は家に閉じこもって危険なことに向かおうともしません。全く、つまらないですね。」


すべての氷の槍が回り始める


「世界に怯え、周りに怯え、内に閉じこもるのは勝手です。その行動はちゃんと自分の命を守れていますから、無駄に行動するよりは長生きできるでしょうね。だからそれを選んだとしても間違いではないと思います。それは人それぞれですからね。ですが……………」


バシュシュシュシュシュシュ!!!

ギュオォォオああああああ!!!


氷の槍が怪物に向けて放たれるのと怪物が今までの数十倍はあるレーザーを放出するのは同時だった。


「どっちが命を無駄にしているかなんて、一目瞭然でしょう!!」


ドドドドドドドドドドどんンンンンンンンン!!!!!


ぶつかった所から放射状に巨大な爆発が起こる!私がいる位置なんてその爆発にあっさりと飲み込まれてしまった。

けれど、カイさんが渡してくれた刀が私の周りに結界を張ってくれたのか、私はこの爆発に巻き込まれずに済んだようだ


爆発が終わり、辺りを見渡すと私たちのいる地形が窪んでいることがわかった。

どうやら魔力のぶつかり合いによってクレーターが出来てしまったようだ。

つか私以外の人影が見えないんだけれど、まさか両名とも相打ち?………まじか、この傷直せないんだけど


ドサドサドサ………


すると怪物がいた方から土が滑り落ちていく音が聞こえる。まさか、怪物は助かったの?


「ヴォォオオオ……………」


もそもそと巨大な体躯が起き上がり、辺りを見渡す。


や、やばい…………このままじゃあ殺されてしまう


ドス!


「ヴオッッ!!」


ドズウンン


私が後ずさりを始めた時、怪物の背中と顔に氷の槍が突き刺さる


「ですから僕は、現実や困難が好きなんですよ………………」


怪物の首を切り裂いてこちらへと振り向く


「いやーー危なかった危なかった。レーザーに巻き込まれて死ぬところでしたよ!」


怪物の後ろから現れたのは満身創痍のカイさんだった。

体の右側の服が、たぶんレーザーの熱によって溶かされたのだろう。ところどころが焼け落ちている。

それに、右腕がなくなっているのだ。


「凍らせてある程度は止血したんですが…………まぁしゃあないってやつですね!血が出て痛みを感じるのは生きてる証拠ですから!!」


片腕をなくしたというのにわっはっはっはっはっ!!と笑うカイさん。やっぱりこいつ快楽主義者なんじゃないのか?


「だから僕は快楽主義者じゃないですって!ただ楽しいことが好きな優しい人格者なだけですって!だから享楽主義者と言ってほしいものです」


私の近くまで来ると剣を拾い上げて、片手のせいかやりにくそうに鞘に収める。


「………よくもまぁそんなことが言えますね。」


初めてまともに戦ったのが逃げ切れないとふんだときじゃないか。


「いやいやいや、助けたんですからそういうことは綺麗さっぱり忘れてください。助けられた者は助けてくれた者のいままでの汚い行いを忘れてあげなくちゃいけないと私のお父さんの友達が言ってました」


やっぱり自分でも汚いって思っているじゃないか!


「まぁまぁ、それじゃあ僕につかまってください。かるーく勇者領まで行ってかるーく回復してかるーく家に帰してあげますから」


左手を差し出すカイさん。


……………ちぇっ、仕方ない。今回は素直に手を掴んでやろう。


私はカイさんの手をがっしりと握りしめ、ガタガタの体に無理強いをさせて立ち上がる。


「………あれ、どうしてそんなに可愛らしい笑顔を浮かべてるんですか?そんなに家に帰るのが楽しみなんですか?」


………いつの間に笑っていたのだろうか


「笑ってない!これは……私の癖です。」


嘘つけ!と私は心の中で茶々を入れる。私はいつも無表情だというのに


「へぇーそうなんですか。可愛らしい癖ですね……それじゃあ勇者領にひとっ飛びですよ!!」




ピュンとすぐさま勇者領へと移動し、ベッドで丸一日寝て、家の前までカイさんに送ってもらった。


「それじゃあ貴方はここから元の世界に帰るのですね。お達者で」


別れ際に手を振ってくれるカイさん


「………あのーー、私の名前教えましょうか?貴方と言われるのも少しくすぐったいので」


「………?何故ですか?貴方はもう二度とこの世界に来るつもりはないんですよね?それならば、僕が貴方の名前を覚えたところで意味はないじゃないですか」


………確かにその通りだ。私は一体何を考えているのだろうか………当たり前じゃないか。もう私はここに来ることはないし、カイさんと会うことなどさらにないのだから。

家に帰り平穏な生活を送ると決めているのだから。


「そう………ですよ……ね。はぁ、私は一体何を言ってるんですかね」


さっさと帰ろう。私は心を締め直し、玄関に向かう階段をのぼっていく。


カツーンカツーンと靴が階段を踏みしめる音が聞こえる。


「あっ、そうだ。最後に貴方に言いたいことがあります。」


中段ぐらいまでのぼった時、カイさんが声をかけてきた。


「……なんですか?」


私は振り返る


「……………牛乳って1日にどれくらい飲んでますか?」


…………なんでこいつは最後の最後でしまらないんだ。


「……………腹下すまで飲め!」


私はしまらないこの男に乱暴に言葉を吐き、走って階段を駆け上る。

全く、なんでこうも最後に締めれないんだ!普通の時はかっこいいのに…………身長のことなんて気にしてるんじゃないよ!


そして、玄関の前まで来て私は立ち止まる。


でも………ううん。やっぱりなんでもない。考えてはいけない、未練を残してはいけない。

私はこの世界の事をさっぱりと忘れ、日常生活をなんとなく、無気力に送るのだ。

それでも………何故だろう。彼のことを考えると笑顔が不思議と溢れてしまう。おかしいなぁ、たった1日2日の出会いなのに…………


「……………忘れれるかなぁ」


「ん?何か言いましたか?」


「言ってない!ちょっとお腹がなっただけです!」


こうして私は笑顔で扉を押し開けた。現実に戻るために、私を助けてくれた変人で奇妙で優しい彼を忘れるために…………

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