お帰りはあちらです
「…………」
「…………」
私は押し入れの中にいる男と無言で見つめ合っている。
言っておくが、押し入れの中にはいるがこいつは22世紀からきた青いロボットのような不思議アイテムを出して毎日を面白おかしくしてくれる存在ではない。
ただの、そう、ただの。
不審者だ。
私は男から視線を反らさないまま黙って携帯をジーパンのお尻のポケットから取り出して後ろ手に操作した。
そしてそのままゆっくりと耳に当てる。
「あ、もしもし、警察ですか?」
「だあー!待て待て待て!!話せば分かる!!これは不可抗力だ!!」
「家の押し入れに不法侵入した男が今、目の前にいるのですが」
「ちょっ、頼むから一回待ってくれ!」
「そいつを倒した場合、正当防衛で通用しますよね?」
「倒すな!話を聞け!!!」
「あ、大丈夫ですか。
はい、住所は東京都、あっ」
「ていっ!」
押し入れから身を乗り出し手を伸ばした男に携帯を奪われ、通話を切られてしまった。
ち、仕方ない。
ここは武力行使だ。
近くにあった金属バッドを振りかざす。
「ちょっ、待てって!お願いしますから待って下さい!これには海より深〜い事情があるんです!!」
涙目で押し入れの中で土下座をするので、一旦バッドを肩の上に置くことにした。
「とりあえず携帯を私に返却した後、海より深〜い事情をいますぐ三十文字以内に説明せよ」
「え、三十……?」
「出来ない場合はこの場から武力による強制退場がなされます」
再びバッドを振りかざすフリをすると男は慌てた。
「あー分かった!分かった!三十だな!!
携帯?とやらは返す!
で、えーと、セーレと戦ってて部屋に逃げ込んだらいつの間にかここにいた!」
「セーレ?」
なんじゃらほい。
「我がハヤム国に敵対する国だ。
相手は卑怯にも魔力不可侵結界を張って俺の魔法を封じやがって」
「はい、アウトー」
今度は迷い無くバッドを男に向かって降り下ろした。
が、目に見えない何かに阻止される。
それにより攻撃は男の顔面ギリギリで止まっていた。
握ったバッドに伝わる感触は突き立てのお餅を力一杯叩いたような感じだ。
「お、おまっ!危ないじゃないか!!?」
「……何、コレ」
「何って障壁だろうが」
「障壁?盾みたいな物か?」
何かの小説とかで見たことがある言葉だ。
「ああ、守りの結界だ。
普段はもっとしっかりとした壁何だがなんだここは……具現化し辛いな」
「……話を詳しく聞こうか」
「……そう言って襲って来たりしないよな?」
「しない、こんな物見せられるって言うか体験したら多少は信じようと思う」
「こんな物?」
「気にするな、さあ、話せ」
「何か態度でかいなお前」
「気にするな、さあ、話せ」
「……とりあえずこの武器を下ろしてくれないか?」
「…………分かった……ちっ」
「舌打ち!?」
そこから男の話は長かった。
思わず押し入れの中に茶を勧める位だ。
何故押し入れの中にだって?
答えは簡単、何故か男が押し入れから出られなかったからだ。
手とか足とか一部分は出せるのにいざ出ようとしたらいつの間にかこっちに背を向けた状態になる。
何回か試したが十回目くらいで諦めた。
とりあえず長い話を簡潔に纏めたらこうだ。
魔法大国ハヤムと武装大国セーレは長く友好国だったが、新しくセーレの王となったハリスは何を思ったかその条約を破って戦を仕掛けてきた。
この男はハヤムの魔法剣士なのだがハヤム王から極秘で受けた任務の帰りに奇襲を受けた。
後は先ほどの言葉通り魔法を使えなくされ、剣で応戦していたが多勢に無勢。
追い詰められ、立て直す為に隠れてたらいきなり明かりが差して私がいた……と。
とにかくこの男、話が長い、そして脱線しまくりだ。
何故か途中でハヤム国王万歳みたいな話になったり魔法剣士の凄さとはと言う話になる。
男の好物の話になった時は思わずハリセンで殴った。
どうやらこの障壁、殺傷能力の無い攻撃には作用しないらしい。
ちなみにハリセンは何故か部屋にあった。
そんなこんなで何とか話を聞き出し、一口茶を飲んからまず一言。
「この世界には魔法と言う概念は存在しない」
「何ィ!?」
「障壁とやらが通常の状態とは違うのはここでは魔法が無い事とお前が魔法を使えると言う事が何か混ざりあってこうなったんだろう」
「何かってなんちゅう適当な……」
「後、薄々分かっていると思うがここはお前のいる世界とは別の世界だ。
多分帰るには押し入れのふすまを閉めたら帰れる。
と言う訳でアデュー」
「ちょっ、待てよ!」
扉を締めようとしたら全力で阻止された。
お前はキムタクか。
「何だよ、さっさと帰れよ。
こちとらさっさと寝たいんだ、お帰りはあちらですよ」
「嫌だっ!!!
帰ったら絶対殺されるって!
殺されに帰れってか!?
俺はまだ死にたくない!」
「剣士が死にたくないとかほざくな。
………あー、もう、しゃあないな」
私は部屋の棚の一つから目的の物を取り出して男に放り投げた。
「?何だこれは?」
「閃光弾とカラーボールと小麦粉弾、後マッチ」
「閃光弾?カラーボール?」
「閃光弾は強い光と音で相手を無傷で無力化させる物で、カラーボールは投げつけたら中から暗闇で光る塗料が出てくるやつ。
小麦粉弾は中に小麦粉が詰まっていてマッチは火を点ける道具」
「前半二つは分かるが後半二つは何故だ」
「粉塵爆発って知ってるか?」
「何だそれ」
説明するのが面倒なのでタブレットを操作して映像を見せた。
「こう言う使用方法」
「待て、何だその魔道具は!?」
「めんどいからパス」
「なっ!?」
「黙って聞け、じゃないと返して貰うぞ」
そう言うと男は奪われ無い様に体の後に道具を隠した。
ガキか。
「向こうに戻ったらわざと音を立てるとか何やらして敵を一ヶ所に集めて閃光弾、もしくは小麦粉弾を使って敵を無効化するとか陽動に使ってその間に逃げるとか出来るだろう。
もし迎撃するつもりなら遠くの敵にカラーボールを投げつければ夜でも追跡できる。
逆に、マントとかに付けてそれを紐で引っ張るとか風ではためかせるとか犬がいるなら犬とか動く物につけたりして相手の気を惹ける。
それで何とかなるだろう。
後は自分で考えろ」
「なるほど、早速その策を使わせて貰うぞ!!
こんな色々とありがとうな!」
「おう、じゃあな」
「えっ……」
男が深々と頭を下げた隙に素早くふすまを閉めた。
一呼吸置いてから再びふすまを開くと今度は普通に布団だけが現れた。
さあ、寝るか。