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アウトソール

アウトソール5

作者: 雄郎

<1>

ヒヤリとした経験は今までに何回もあった。

落ちたら死ぬ高さでのレールプレシジョン、

タイミングが数秒ずれていたら大怪我するようなフリップの失敗。

でも、そのたびに回避してきた。普段のトレーニングも決して手は抜いたことはなかった。

集中力をなくすと怪我をするということは充分知っているつもりだった。

だが、ユウキはどこかで自分は怪我をしないのではないかと思っていた。

その本当に小さな油断はふと瞬間に現れた。

とある企業のプロモーション映像の撮影中。

大勢のトレイサーが街中を走りぬけるシーンを撮っているときに、ユウキは怪我をした。

木製の机を飛び越えたさきが階段になっており、その階段の角の部分に着地してしまい、

滑って足首を内側に曲がった状態で着地してしまった。

他のトレイサーたちが走る中で、ユウキはその場でうずくまった。

すぐに立ち上がろうと思ったが、足首に激痛が走った。

「カット!カット!ユウキくん大丈夫?」

ユウキは大丈夫ですと言った。ユウキのもとに救護スタッフがかけつける。

「アイシングして。ほら、他の人たちは次の場所に行って」

心配したトレイサーたちが駆け寄ったが、監督の指示で先にある広場へ移っていった。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

ユウキはしきりに謝ったが、救護スタッフは気にする様子もなく、

クーラーボックスから氷のうを取り出した。

「大丈夫。すぐに冷やせば、酷くはならないから。ちゃんと足は上げておいてね」

スタッフは椅子を二つ用意した。片方の椅子にユウキを座らせ、

痛めた右足をもう一方の椅子に乗せた。

ズボンを捲り上げて、スタッフが氷のうを足首に乗せた。そのとき痛めた部分がチラリと見えた。

(マジかよ。凄い腫れてるじゃん)

今日の撮影はどうなるんだろう、監督にはなんて謝ろう、シュウジさんには何て言えば良い、

ユウキの頭の中には色々な考えが走り抜けていった。



<2>

「えっ、来月潰れる?」

バイト終わりの安堵感が吹き飛んだ。たったいまタカは店長から衝撃の事実を聞かされたのだ。

「うん、ここ土地を持っている人がさ、急に土地代を上げるとか言い出したんだ~。

うちは売上げがあんまり良くないから、本部もこれ以上土地代を出すことができないとか言い出して、

何度が地主と話し合ったんだけど、上手くいかなくてねー。この店は今月一杯でおしまいだよ」

「そんなこと急に言われても困りますよ」

「まあ、大島くんは若いから、すぐに次の仕事見つかるよ!!じゃあお疲れ様!」

店長は無理やり話を止めて、自分の事務机に向かった。

「お、お疲れ様です」

言いたいことが山ほどあって、口から出そうになったが、タカはなんとか押さえ込んだ。

(来月からどうするよ。家賃、食費、ケータイ代、交通費・・・)

タカは自分の貯金口座を思い出して、その後の生活プランを考えた。

(とりあえず次の仕事を早く見つけないといけない。けど、見つからない場合もある。

貯金を崩せばなんとか2ヶ月くらいなら生活できる。親は・・・・頼ることはできない)

タカは店から出て、次の仕事の当てを考えた。

(次もファミレスかな。いや、客商売は飽きた。なんか違う仕事したい。誰か紹介してくれないかな)

ふとタカの頭にマサトの顔が浮かんだ。

(マサトさんが宮崎に帰ってから、半年が過ぎたのか。最近、時間が過ぎるのが早いよ)



<3>

怪我から1週間が過ぎた。ユウキは自分の部屋で足につけられたギブスを眺めていた。

プロモーションの撮影自体はユウキ以外にもたくさんのトレイサーがいたので、終了することはできた。

シュウジも怒ることはせずに、怪我をしてもJUMPからは外さないと言ってくれた。

(怪我を治すことに集中しよう。先生が10日もすればギブスが取るといってたし、それまでの我慢だ)

部屋のすみに置かれた松葉杖を見た。ユウキは片足だけで移動し、松葉杖を手に取った。

(まさか自分がこんなものを使うようになるなんて思っても見なかったな)

そのとき携帯電話が鳴った。松葉杖を離して、携帯電話を取った。

「お疲れ様。ユウキ、いま電話は大丈夫か?」

電話の声はシュウジだった。

「はい、大丈夫です」

「実はJUMPが主催しているイベントで怪我人が出たんだ。

怪我したのは子供なんだがちょっとめんどくさい親がいてな」

「えっ、どういうことですか?」

「俺は現場を見てないから分からないけど、どうもスタッフの対応が不味かったらしい。

親が訴えるぞってごねている」

「そんなのって・・・・」

「まあ法的には上手くやるつもりさ。裁判する用意もある。

ただ、不味いのはその親がうちのメインスポンサー会社の偉いさんみたいで、

その会社からのスポンサー契約が切られそうなんだ。

今回の事件が原因で他のスポンサーも降り始めている」

「大丈夫なんですか?」

「JUMPとしての事業はしばらくストップだ。

それで何人かのパフォーマーの契約を打ち切っている」

「そんな・・・・」

「ユウキ、お前はJUMPのメインパフォーマーだ。

本来は怪我してもお前との契約は結んでおきたかった。

けど、会社のこれからのことを考えると、いったんお前との契約は解除しておきたいと思ってる」

「解除ですか・・・」

「ああ、だが会社を立て直したら、必ずまた契約を結びなおす。

絶対だ。それまでの辛抱だからな。決して気を落とすんじゃないぞ」

はいと答えたが、ユウキの耳にはそれからのシュウジの言葉が耳に入らなかった。



<4>

「タカさん、JUMPのこと聞きましたか?」

何をモチーフにしているのか分からない岩のオブジェクトに足を乗せて

ストレッチをしていたタカにレイジが声をかけてきた。

「知らないけど、なんかあった?」

「ネットで見たんですけど、ちょっとイベントで問題があって、

スポンサー降りて、経営がマジやばいらしいですよ」

レイジは腕を大きく回しながら言った。その横にいるカズキが続く。

「あのJUMPのシュウジって奴は金儲けのことしか考えてないからそうなるんですよ」

タカはそうなのかなとつぶやき、意識を伸ばしている筋肉に向けた。

レイジとカズキはたまたま知り合ったトレイサー仲間だった。

二人とも大学生で、パルクールを始めて半年ほどであった。

「これもネットで見たんですけど、ユウキくんもなんかー怪我したみたっすよ」

と腕の回す動作から腰の回す動作に移ったレイジが言った。

「ユウキが?」タカは岩のオブジェクトから足を下ろした。

「はい撮影中に怪我したらしいです。それでJUMPとの契約も切られたみたいで、

まじシュウジって奴は最悪だよな」

だよなーとカズキがレイジの言葉に同意した。

「ちょっとごめん。キミたち」

3人に警備員が声をかけてきた。

「この公園でアクロバットな行為は禁止されてますから、向こうに行ってもらえませんか?」

「えっ、俺らまだ何もしてませんよ」

「前にキミたちみたいな格好している人たちが怪我をして救急車を呼ぶ騒ぎになったんですよ。

公園で運動するのはいいけど、人に迷惑がかかるから辞めてほしいんです」

「お前、マジふざけんなよ」

レイジとカズキが警備員に詰め寄ったが、タカがそれを止めた。

「いいよ、行こう。すいませんでした」

タカは謝って、その場を離れた。レイジとカズキは警備員を睨みながら、タカの後についていった。

しばらく3人は無言で歩いた。

「あの公園は今まで何も言われなかったのに・・・なあタカさん、最近こういうの多くないですか?」

「注意されるのはよくあることだろ」

「でも、ストレッチしてただけですよ」

「仕方ない。注意されたら素直に移動するんだ。警察でも呼ばれたらどうする?」

タカの言葉に二人は黙った。

「で、俺らはどこに向かってるんです?」

「ん、考えてない。どっか近くに練習できるところある?」

「あの公園以外だとこの辺りにはないですよ。

でもさっきの警備員のせいで気分悪くて練習って気になれませんよ」

「うーん、日を改めるか?」

「マジすいません。夏休みが終わって、明日から大学が始まるんで、

今までみたいに頻繁には練習できなくなります」

「夏休み?もう9月だぜ?」

「大学の夏休みは9月後半まであるんですよ」

「マジ、すいません」

とレイジとカズキは言ったが、あまり申し訳なさそうな感じがなかった。

9月後半まで続く夏休みって夢のようだなと思ったが、

仕事をしていない自分もある意味では夏休みなのではないかとも思った。



<5>

ユウキは久しぶりにトンネル公園に来ていた。まだ松葉杖を使わないと歩けないので、

パルクールをすることは出来なかったが、

リハビリがてらに外に出たのだ。自宅の近くにある公園だが、

高校を辞めてからはなぜか来ることはなかった。

公園の様子は変わってなかったが、林の横にあるアスレチック遊具がなくなっていた。

(せっかく腕のトレーニングをしようと思ったのに)

かつて大小様々な遊具が置かれていた場所には、

ボール遊び禁止、バーベキュー禁止、アクロバット行為禁止という看板が立っていた。

「ユウキ?」

恨めしそうに看板を見ていたユウキの背後から声がした。振り返るとタカがいた。

「タカ?」

「お前、久しぶりじゃん!元気してたかよ」

といってタカが近寄る。

「どう見ても元気じゃないだろ。ほら見ろ」

ユウキは松葉杖とギブスがはめられた足をタカに向けた。

「ああ、色々あったんだよな・・・・」

「別にパルクールで怪我することは当たり前だろ」

「けど、JUMPとの契約が・・・・」

「関係ない。それにシュウジさんはいま大変な時期なんだ。今までお世話になったから、

俺のことで迷惑かけるわけにはいかない」

「おお、困ったことがあるなら、何でも言ってくれよ」

タカとユウキは近くにあったベンチに腰掛けた。

「で、タカはいま何してるの?大学生?」

「いやフリーターだけど」

「ふーん」

ユウキは地面に生えている草をむしり始めた。

「けっこう前だけど、俺マサトさんに会った」

「宮崎に帰ったんだよな」

「ああ、最後に見送ったんだ。お前も来ればよかったのに。

昔はマサトさんにこの公園で動きを見てもらって・・・・あっ!」

タカが立ち上がった。

「なんだよ大声出して」

「遊具がない!なんでだ!」

「気づくの遅いよ」

「いつからないんだ?」

「俺も久しぶりにトンネル公園に来たから分からない」

タカはまたベンチに座った。

「とにかくお前も来ればよかったんだ」

「俺はいけないよ」

ユウキはむしった草を投げた。

「いけない?どういうことだよ」

「さっきも言ったけど俺はシュウジさんに凄くお世話になっている。

仕事の依頼もシュウジさんが受けてるし、現場ではどういう風にすればいいか色々教えてもらった。

マサトさんのことは好きだけど、シュウジさんのことを考えたら、会うことはできないよ」

「マサトさんとシュウジさんは仲が悪いのか?」

「分からない。ただ、よく喧嘩してた」

「昔は仲良さそうだったんだけどな、俺らとファミレスでパルクールの動画を見たり、

色々と喋ったじゃん」

「方向性の違いって奴だよ」ユウキは空を見上げた。

「同じことやってるんじゃないのかよ。二人が夢中だったものって違うものだったのかよ」

「おい、タカ。なんか変だぞ」

「べ、別に」

そのとき二人の前を自転車が通り、少しするとキィーとブレーキ音が聞こえた。

二人は音のほうを見ると、中年の男性警察官がいた。

「ちょっとキミたち、何してるのかな?」

口調は丁寧な感じだったが、どこかに高圧的な態度があった。

「なんですか?」とユウキが答える

「キミら大学生?」

「違います」「僕も違います」

「ふーん社会人?でも、普通の社会人がこんな昼間から公園いないよね。

あっ、もしかしてニートって奴?」

「違いますよ!」とタカが答えた。

「じゃあ仕事してるの?」

「いや今はしてないっていうか働いてた店が潰れたので・・・・」

ユウキはタカのほうを見た。

「そっちの彼は?」

「俺も仕事はしてません」

「まあ何か悪いことしてるようには見えないからもう行くけど、

若いものが昼間から公園でブラブラしてたら駄目だよ」

といって警察官は自転車に乗っていった。しばらく二人は黙っていたが、

ユウキは自分の横においた松葉杖を地面に叩きつけた。

「クソ!!なんだよあの警官!!」

と怒鳴って座ったままギブスがはめられていない足で地面と松葉杖を何度も蹴った。

「おい、松葉杖が壊れると、お前歩けなくなるだろ」

ユウキは蹴るのをとめて、再び空を見上げた。



<6>

人生には三度のモテキがあるということ昔何かの本で読んだ。

じゃあ、いま自分は何キなんだろうとタカは考えた。

(サイアクキ、サイテイキ、ヨクナイキ)

浮かんでくる言葉はどれもネガティブなものばかりだった。

トンネル公園でまた飯でも食おうと言ってユウキと別れた。

帰り道、タカは負の感情に心が包まれ、そこから様々なよくない未来のイメージが溢れた。

(これらかどうなるんだよ)

駅に入り、ホームでベンチに座った。気分が落ち込み、目の前にあるものがよく認識できなかった。

だから、隣に人が座ったことも気づかず。その人が自分に向けてきた視線にも気づけなかった。

「ねえー」

横を見ると、肩まで伸ばした茶髪、七部袖シャツに白色ロングスカートという格好をした女性がいた。

タカは自分が知っている女性トレイサーの顔を思い返したが、目の前にいる顔とは一致しなかった。

「私のこと覚えてる?」

「白井マイ?」

「よかったー。覚えててくれたんだ」

タカの記憶には黒髪、制服、ジャージ姿のマイのイメージしかなかったので、

目の前にいる女性が自分の知っている白井マイとはなかなか繋がらなかった。

「大島くんはいま何してるの?」

「働いているけど、そっちは?」

「私は大学生だよ。いまからサークルの飲み会」

「た、楽しそうだね」

「まだパルクール続けてるの?」

「もちろん、今日も練習帰りさ」

「島崎くんも続けてる?あっ、前はけっこう島崎くんテレビで見たけど、最近は見ないよね」

「ああ、まあユウキも色々とあるんだよ」

「色々か。でも、高校時代の大島くんと島崎くんはシンプルに自分の好きなことやっているように

見えたな」

「うーん、そうかな・・・・」

「高校のとき島崎くんは女子人気が凄かったよね」

「えっ、本当に?」

「うん。私も島崎くんのことが好きだったよ」

「えっ、それも本当に?」思わず声がひっくり返った。

「うっそ!っていうか気づいてないわけ?島崎くんが学校辞めた日に私泣いてたじゃん。

他にも大島くんに島崎くんのことを色々と聞いてたの覚えてない?

まあ、私も隠してたところあったから仕方ないかな」

「なんで隠す必要があるの?」

「ええー、だって島崎くんって女子に超人気だったんだよ。たくさん告白したい子がいたのに、

私だけ好きって言えないじゃん」

やっぱり白井マイの話はよく分からないとタカは思った。

「それに当時は大島くんもちょっと気になってた」

「・・・・・・」

タカは言葉を失った。

「やだ、うっそ冗談だよ。でも、カッコいいなとは思った。

自分で選んだやりたいことをやっている感じが青春って感じだった。

いまも大島くんは高校のときのままだよ」

「高校のときのまま?」

「うん、あっ、あんまり勘違いはしないでね。私、いまちゃんと彼氏はいるんだから」

といってマイはスマートフォンの待ちうけ画面を見せた。そこにはマイと若い男性が写っていた。

「イケメンでしょ。まあ、大島くんは私が高校時代にカッコいいって思った人だから、

シャンと胸張って生きてくれたまえよ。さっきの様子見ていると、電車に飛び込む感じがしたもん」

とそのとき電車が到着するアナウンスが流れた。

「あっ、私はこの電車だから。じゃあね、パルクール頑張って!」

「あの、白井さん?」

なに?と言って、マイが振り返る。

「いま楽しい?」

「楽しいよ。楽しいって思ってる」

と言ってマイは電車に乗り込んで、電車のドアが閉まっても、タカに向かって笑顔で手を振った。





<7>

ユウキの携帯にはここ1年ほど知らない番号から電話が掛かってくることが多かった。

そのほとんどがイタズラ電話で、最近では登録していない番号には出ないようにしていた。

トンネル公園でまた飯でも食おうと言ってタカと別れた日の夜。

電話帳に登録してない番号からの着信があった。最初は無視していたが、

何度もかけてくるので、文句を言ってやろうと思い電話に出た。

「もしもし」

苛立った声を出したユウキだったが、電話の向こうから聞こえた懐かしい声に、

思わず電話を落としそうになった。

「久しぶり元気してるか?」

マサトだった。

「マサトさん?なんで?」

「おいおい、いきなりそりゃないぜ。もう1年ぶりくらいだろう。

宮崎に帰る前に会いたかったけど、お前忙しそうだったからさ」

「は、はい」

「色々と大変なんだって?シュウジから聞いたよ」

「えっ、シュウジさんから?でも、マサトさんってシュウジさんと・・・・」

「仲悪いっていうんだろ。確かに行き違いもあったけど、仲が悪いってわけじゃないよ」

「でも、シュウジさんはJUMPに誘っても入らなかったって」

「それはJUMPがシュウジやユウキみたいな凄い面子でばっかりだったから、

凡人の俺は退散しただけだよ」

「凡人って!」

「シュウジは商売上手で、ユウキはパルクールがめちゃ上手い。俺はよく知ってるよ」

「違いますよ。マサトさんは凄いですよ!もう一回東京こないんですか?」

マサトは少しの間黙った。

「こっちで親父の仕事を手伝っている。ペンキ屋だ。俺はまだ職人さんのお手伝いとか雑用ばっかりで、

毎日怒られながら働いているよ。そんなときにふと思うんだ、東京でもっと頑張っとけば良かった、

JUMPの誘いに乗れば良かった。仕事を投げ出して、新幹線乗って宮崎を抜け出そうと何回も思った。

でも、俺はこっちで頑張るって決めたんだ。それは本当に自分が決めたことだから、

そこを曲げると俺は本当の駄目人間になっちまう」

「マサトさん」

「なに悪いことばかりじゃないぞ。実はこないだ同窓会に行って、

久しぶりに高校の同級生と会ったんだ。いやーみんな変わってなかったよ。

そこで高校時代は地味だった女の子と再会して、アドレス交換したら、

なんかトントン拍子に話が進んで、いまその子と付き合ってるんだ」

「なんですかそれ」ユウキは笑った。

「それだけじゃないぞ。その同窓会で学校の先生をやっている奴と知り合ってな。

そいつの学校は土日に体育館を解放して、

スポーツの教室を開いているらしい。俺がパルクールの話をすると、

凄い乗り気になってくれて、色々と動いてくれたんだ。

いま子供相手にパルクール教室をやってるよ」

「えっ、凄いじゃないですか」

「ああ、教えること経験があるから難しくないけど、親の了解と取るのが難しかったね。

最初はこっちのこと信頼してくれなかったから、

真剣に話してさ、子供たちが変わっていく様子を見せたら、最終的には全員と仲良くなったよ」

「宮崎行ってみたいです」

「おう、いつでもこい。ユウキ、パルクールは人生だけど、パルクールだけが人生じゃない。

俺は少しパルクールから離れることで色々なことが見れるようになった。仕事に就けたし、

彼女も出来た。そしたらまた違った角度でパルクールが見れるようになった」

「違った角度?」

「パルクールってのは良く生きる術なんだ」

「良く生きる・・・・」

「みんなよく生きたいから何かに打ち込むんだ、仕事でもいい、恋愛でもいい、趣味でもいい。

そこで俺はパルクールを選んだ。でも、いつのまにか良く生きるってことを忘れた。

だから、苦しかったんだと思う」

「俺、わからないです」

「分からなくていいよ。ただ、パルクールだけが良く生きる術じゃないってことを覚えておいてほしい。色々なことを経験したら、本当に分かることだと思う。俺は何も出来ずに東京から逃げたけど、

それも今に繋がっていると思えば、悪いことじゃないよ。

だから、お前はいまは最悪かもしれないけど、それは次の最高に繋がっていると思えば、大丈夫だろ?」

「生きる術とか分からないけど、マサトさんの言いたいことなんとなく分かりました。

俺、色々やってみます。チャレンジしていきます」

それでいいんだとマサトは言った。




<8>

「あんまり二人で入ったことないな」

タカとユウキはファミレスで向かい合って座っていた。

「ユウキが呼び出すのって珍しいよな。遅刻もしなかったし」

二人はメニューを見ていた。

「こないだマサトさんから電話があったよ」

「えっ、本当に?マサトさん何だって?」

「彼女が出来て、仕事も頑張ってるって言ってた。楽しそうだったよ」

「楽しそうって・・・・」

「うん、なんか話せて吹っ切れた。決まった?」

「俺はドリアでいい」

「お腹すかないのか?」

「金ないから仕方ないだろ」

分かったといって、ユウキは備え付けのボタンを押した。すぐに店員がくる。

「すいません。ドリアとハヤシライスとスープセット、ピザとドリンクバー2個」

店員はユウキの注文を取ると、ドリンクバーはあちらになりますと言って、席を離れた。

「おい、俺はドリンクバー注文してないぞ」

「おごりだ。ピザも一緒に食おうぜ」

「・・・・・・」

「俺、また海外に行く」

「まだ足治ってないだろ」

ユウキの足にはギブスがなかった。しかし、まだ満足に歩けるまで回復はしてなかった。

「足が完璧に治ってからだよ。それまで英語の勉強するんだ」

「今度はどこに行く?イギリスのケンブリッチ?フランスのリース?」

「違うよ。パルクールもするけど、それはメインじゃない。

色々な景色とか見たり、人に会いたいんだ」

「金はどうするんだよ」

「貯金もあるし、あとバイトも始める。たぶん半年後くらいに出発して、

1年くらいは放浪の旅したいな」

「俺も日本から出たいよ」

「なんで?」

店員が料理を運んできた。二人はまだドリンクを入れてないことに気づいた。

「ユウキ、何飲むんだ?」

「オレンジジュース」

「分かった」タカはコップを二つ持って、ドリンクバーに向かった。

オレンジジュースとコーラが入った二つのコップををテーブルにおいて、タカは席に座った。

「なあ、いまの俺には金がない。だから、俺は日本を出ることはできない。

俺がこの国を出たいのは、日本・・・・自分の取り巻く環境みたいなものが

間違っていると思うからなんだ。でも、俺にそれを変える力がない」

ユウキはハヤシライスを食べながら、タカの話を聞く。

「金もない、仕事もない、彼女もいない。なんもないんだぜ」

「そういうネガティブなこと言うなよ。さっさとドリアを食え、ピザも」

「でも力をつけて、自分に取り囲むものたちを変えていく。そういう風に生まれてきたんだと思う」

「難しいよ。わかんないぜ」

「分かっている。俺は無力だ。それだけの話だ」

ユウキはハヤシライスを食べるのを止めた。そして、タカを見た。

「頑張れよ、無職」

「お前もな、中卒」




<9>

冬の寒さが厳しさを増していき、吐く息が白くなる早朝。

まだ日が昇らず薄暗い中、タカは呼吸を荒くしながら、一つの車止めのレールを使って、動いていた。

手をついて飛び越えたり、レールの上でバランスを取ったりと様々な方向や動きを練習していた。

静かな空間にタカの息づかいとレールが揺れるたびにでる金属音が響いている。

「に、兄ちゃん。身軽やなあ」

タカは動きを止めた、声をかけられた方を見た。

そこにはボロボロのジャケットを着た年配の男性が立っていた。

男性は白髪まじりのボサボサの頭をかきながら、ニコニコと笑っていた。

手にはパンパンに膨れ上がった紙袋を持っていた。

「うん、何も背負ってないからね」

「カッコええわ、兄ちゃん。カッコええわ、兄ちゃん」

と呟きながら男性はよたよたと歩きながら、その場を離れていった。

タカは次は何の動きをしようかと考え、レールに足を乗せたときに、靴裏が見えた。

アウトソールのつま先部分が削れて、ミッドソールの白い部分がむき出しになっていた。


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