ゴリラを食べる人々
私が赤道に近いその国の、熱帯雨林に囲まれたその村を訪れたのは、大陸にあるすべての国を回ってみたいと始めた旅の途中のことだった。
あまりに無謀な探検をしすぎて後悔していた。日本の森の中ならそのうちどこかへ出られるだろうと気楽に高をくくれるが、野生のこの大陸ではそういうわけに行かないのだと思い知った。
太陽が西へ傾いて行く。
バックパックの重さと絶望が肩にのしかかる。
自分の人生はこの異国の地で終わりなのかもしれない。お袋、親父、ばぁちゃん、美樹……ごめん──
そう考えた時、ジャングルの隙間に光が見えた。
意外なほどに文明的な集落がそこにあった。
電気などは通っていないようだが、そこかしこで松明の炎が明々と燃えており、私が見た光とはそれだった。
建物はすべてしっかりとした造りの木造だ。井戸の水を汲んでいる少女が私に気づき、こちらを見た。14歳ぐらいだろうか? 私は敵意のないことを示すため、笑顔で手を振り、通じるだろうかと思いながら英語で話しかけてみた。
「こんにちは」
すると少女はフレンドリーな笑顔を見せ、流暢な英語で挨拶を返してきた。
「あら、こんにちは。旅のお方」
私はそれでも警戒は解かなかった。これまでの旅でさんざん思い知らされていた。日本人は『甘い』と舐められる──フレンドリーに近づいてきた親切な男たちに身ぐるみ剥がされたこともあった。
そんな本心は隠しながら、笑顔で聞いた。
「迷ってしまった旅の者です。今夜一晩でも泊めていただきたいのですが可能ですか?」
「迷っちゃったのね」
少女はくすっと笑い、流暢な英語で言った。
「村長さんのところへ案内してあげるわ。ついて来てね」
少女は色鮮やかな一枚布のガンガに身を包んでいた。ヒラヒラと揺れるその後ろ姿と頭の上に乗せた瓶を交互に見ながら、彼女のあとをついて行くと、すぐに一際立派な木造の建物の中へ案内された。
「ようこそ、旅のお人」
扉に掛けられた布をめくると、目のギョロリとおおきな白髪の老人が、まるで私が来ることがわかっていたように、地べたに座ったままそう言った。
「説明はよろしい。今晩は泊まっていきなさい」
「助かります」
私はようやく安心した。
一軒の空き家を貸してもらった。
扉には布が掛けてあるだけで不用心ではあるが、密林の中で寝るよりは随分とましだ。動物の革らしきものを引き伸ばして作ったベッドがあり、寝そべってみると意外にいい感じだった。
「ハヤオ」
最初に会ったあの少女が布をめくり、顔を覗かせた。
「これからみんなで夕食よ。食べるでしょ?」
外へ出てみると空はもう赤く暮れかけていた。
「君の名前をまだ聞いてなかったね」
少女に尋ねると──
「ルルよ」と返ってきた。
美しい名前だと思った。
広場へ行くと村の者が全員集まっているようで、五十人以上が輪になって火を囲んでいた。非常におおきな鉄鍋が火の上に置かれ、既にぐつぐつと煮立っている。そこから何やら香辛料と獣肉の香りが漂っている。半日以上何も食べていなかった私のお腹が、ぐうと鳴った。
「来たか、客人」
村長が私を手招きした。
「わしの隣に座りなさい」
「ここはいいところですね」
赤い空に昇っていく湯気を見ながら、言われる通りに隣に座らせてもらい、村長に笑顔を見せた。
「できれば日本のみんなにも紹介したいぐらいです」
「それは困る」
村長はおおきな目をギョロリと見開き、首を横に振った。
「この生活を壊されたくないんだ。できれば秘密にしてくれ」
「なるほど……わかりました」
村長が黙ると周囲の人々の会話が耳に入ってきた。みんな流暢な英語で会話をしていた。私は村長に聞いてみた。
「どうしてみんな英語を話すのですか?」
「定期的に先進国の人間がこの村を訪れる」
村長は横目で睨むように私を見ると、答えた。
「少し前からそうなっているんだ」
「はぁ……」
よくわからなかったが、なんだか複雑な話のような気がしたので、それ以上は聞かなかった。
「あら!?」
反対側の私の隣に座っていたルルが、声をあげた。
「それってスマートフォン?」
見ると私のズボンのポケットからスマホが少し飛び出している。
「見せて! 見たい!」
ルルがせがむのがかわいかった。ポケットから取り出してみせ、電気のない場所なので充電が切れないよう、落としてあった電源を入れると、画面が点いた。珍しそうにルルは目を輝かせたが、村長は興味もなさそうだった。
「これ……、誰?」
待ち受け画面を見て、ルルが私に聞く。
そこにはお袋と親父、ばぁちゃんと、そして大学生の妹が写っている。私がこの旅に出る前、ばぁちゃんが「これをお守りにしなさい」と言って撮影させたものだった。
「僕の家族だよ」
そう言って教えると、珍しがっていたルルがなんだか急に大人しくなった。その宝石のような目に、哀しみのような色が浮かぶのを私は不思議に思った。
女性たちが木の椀に鍋の中をよそい、みんなに配った。私のところへも持ってきてくれた。
香辛料の香り立つ赤い汁の中に、黒っぽい肉の塊が、数種類の野菜とともに沈んでいた。ウガリというトウモロコシ粉を練ったものをスプーン代わりにして、周りのみんなは食べはじめた。
私は食べるのを躊躇して、村長に聞いた。
「これは……何の肉なんですか?」
「ゴリラだよ」
「ゴリラ?」
この大陸でゴリラ食が過去に行われていたことは知っていた。しかし現在では禁止されているはずだ。ゴリラが絶滅危惧種に指定され、またエボラ熱の危険があることから──
「……でも、まさか」
一応、冗談を疑ってみた。
「あんな巨大で、力も強いものを、どうやって捕まえるんですか? 罠でも仕掛けて? でも暴れられたら──」
「ゴリラを捕まえるのはたやすいのだ」
村長は私の言葉を遮った。
「性質が優しいからな。それに孤独になると弱い。群れているのを一頭だけ切り離してやれば気弱になる。子ゴリラは親が殺されれば簡単に生きることを諦める」
どうやら本当らしかった。
「私たちの主食はゴリラなの」
反対側の私の隣でルルが、なんだか寂しそうに言った。
「毎日ゴリラを食べているのよ」
景色が私を取り巻いてぐるぐると回った。
ゴリラと聞いて、私はさらに躊躇した。
しかし村長が『わしらの主食が食えんのか』というように睨むのと、何より香辛料のもたらす強烈な食欲と自身の飢えに負けた。
噛みつくと肉はとても固かった。
しかしそのことがかえって食欲を増進させる。噛めば噛むほど肉の旨味が口の中に広がり、スパイスの効いた汁がそれを体の奥深くまで流し込んだ。
「どうかね?」
村長が目を見開いて私に聞く。
「うまいかね?」
「う、うまいです」
私は正直にそう答えた。
「ゴリラ肉がこんなにうまいなんて……」
そこには禁忌を犯す甘い味のようなものも混ざっていた。ゴリラといえば動物とはいえ、人間に近いものというイメージがある。それを食用とすることには、善悪の垣根を飛び越えるような快感があった。
「よしよし」
満足そうな笑いを含んだ声で、村長が言った。
「ゴリラを食べたな? なら、おまえはもうゴリラだ」
見ると村長は鍋の中のものを食べてはいなかった。ウガリに塩をかけて、それだけを食べている。老人にこの固い肉は噛み切れないのだろうなどと、この時は思った。
「楽しんでるか、ルル?」
「あ、サイディ。……うん、ちゃんと食べてるわよ」
ルルの隣に若い男がやって来て座った。背の高い、精悍な感じの青年だ。
二人がなんだかやけに親しそうなのを見て、私は少し嫉妬を覚えた。
「よし。好き嫌いはだめだ。ちゃんとよく噛んで肉を食べるんだぞ」
「わかってるわよ、サイディ……」
ルルはゴリラ肉が好きではないのだろうと思った。黒い肉を口にするたび、ルルの表情が曇る。なんだか悲しそうに見えるのをかわいいと思った。
村のみんなが笑顔で私の周りに集まってきた。ビールを勧めてくれる人もいた。都会の油断ならない人々と違い、遥かに親切だ。よくわからない村長を除いては、みんな穏やかで、優しくて、人間的だった。
与えられた家に戻り、革のベッドに横になった。
遠くで何か獣の咆哮が聞こえる。しかしここにいれば安心なはずだ。明々と燃える松明の火が守ってくれる。
ゴリラ肉の味がまだ口の中に残っている。一緒にぬるいビールも飲まされたが、あれはやたらドロッとしていて、まるで味のない粥のようで、はっきり言ってまずかった。
疲れた──。しかしこの村があってくれて助かった。
村長にこの近くに町があるかどうかを聞くのを忘れていた。明日になったらそれを聞いて、多少遠くてもそっちの方角へ旅立とう。
ゴリラ肉は意外なほどにうまかったが、二日連続は勘弁だ。何より禁止されているゴリラ食を主食にしているような危険な村からは早く離れたほうがいいと思った。
「ハヤオ」
外から少女の声が聞こえた。
「入ってもいい?」
「ルル?」
私は身を起こし、答えた。
「どうしたの? OKだよ、入っておいで」
月明かりを背に、ルルの黒い影が覗き込んだ。
「お話があるの」
入ってくると、ルルは地べたに綺麗に座り込んだ。
「話って?」
するとルルは真剣な声音で、こう言った。
「逃げて。今すぐ、この村から」
「何を……?」
私は思わず苦笑してしまった。
「僕に危険な夜のジャングルの中へ迷い込めっていうのかい?」
「危険じゃない。この辺りには人間を捕食するような動物はいないの」
暗い中で、ルルの美しい唇と瞳が光っていた。
「少なくともここにいるよりは安全よ」
「ちょっと……落ち着いて?」
私はなだめるように両手で彼女の肩に手を触れると、言い聞かせた。
「ここにいるより安全なことはないよ、少なくとも、今はね」
「あなたの家族の写真を見た時、思ったの」
ルルは引かなかった。
「あなたを無事に、家族の元へ帰してあげなきゃって」
「何を言ってるのか、さっぱりわからないよ」
「理由は聞かないで。早く逃げて」
一つの方角を指さし、切羽詰まった声でルルが言う。
「三時間も歩けば人間の敷いた道路があるはずよ」
「ごめん。疲れてるんだよ」
私は彼女の肩を押し返し、出て行ってもらおうとした。
「寝させてくれ。君が心配するようなことは何もないから──ね?」
「あなたが今日、食べたのは、ゴリラの肉なんかじゃないわ」
ルルが唐突におかしなことを言い出した。
「証拠を見せてあげる。ついて来て」
手を引っ張られた。意外なほどに強い力だった。私は仕方なく立ち上がり、外へ出て、ルルに導かれるままに歩き出した。
村の明かりから離れるにつれ、夜のジャングルは重苦しい闇と湿気に包まれていった。松明の光が届かない場所は、文字通り一寸先も見えない。ルルは迷いのない足取りで私の手を強く引き、木々の隙間を縫うように進んでいく。
「ルル、どこへ行くんだ……?」
声をひそめて尋ねるが、ルルは答えず、ただ私の手を引く力を強めるだけだった。彼女の掌は異様なほど冷たかった。
やがて、草木が途切れ、小さな木造の小屋の前に出た。村にあった立派な家々とは異なり、まるで何かを隠すように鬱蒼とした茂みの奥にひっそりと佇んでいる。鍵の壊れた扉をルルがそっと押し開けると、カビと金属の混ざったような、不快な臭いが鼻をついた。
ルルが小さなランプに火を灯す。
薄暗い光が部屋の中を照らし出した瞬間、私は息を飲んだ。
そこにあったのは、精肉用の大きなまな板と、血に染まった幾本もの刃物。そして部屋の隅に積み上げられた、大量の衣類だった。
「……なんだ、これは」
吸い寄せられるように衣類の山へ近づく。そこには、使い古された登山リュック、高級なカメラバッグ、壊れた時計、そして幾つものパスポートや身分証明書が散乱していた。
パスポートを拾い上げ、ページをめくる。
白人の男性、東南アジア系の女性、そして――日本人と思われる若い男の顔写真。どれもスタンプが押され、世界中を旅していた形跡があった。
『定期的に先進国の人間がこの村を訪れる……』
村長の言葉が、頭の中で鋭い不協和音となって響いた。
「この人たちは……彼らはどこへ行ったんだ?」
私の声は震えていた。ルルは悲しげに目を伏せ、小さく首を横に振った。
「もしかして……」
考えたくもないことを、私は口にした。
「今日、食べた、あの肉は……」
「だから言ってるの」
ルルの涙が地面に落ちる音がした。
「何も聞かずに早く逃げて」
そういうわけにはいかないと思った。
真相をはっきりさせるまでは、ここを逃げ出すわけにはいかないと──
「どういうことなのかわかるまでは逃げない」
私は言い張った。
「つまり君たちは……そういうことなのか? やって来た人間を捕まえて──?」
ルルがうつむき、黙り込む。
「なぜだ? なぜ、そんなひどいことを──?」
「……ひどい?」
ルルが唸るような声を出した。
「ただ食べるために捕まえてるだけよ? あなたたちが……私たちにしたことと同じ──」
彼女の様子が変わったことに危険を覚えた。足が勝手に逃げ出そうとした。──が、私はあくまでも真相を知ろうとした。
「僕たちが……?」
震える声で、聞いた。
「僕たちが、何をした?」
それには答えず、低い声でルルが聞く。
「逃げないの?」
「逃げない!」
声が裏返った。
「どういうことかわかるまで、絶対に逃げ出したりしないぞ!」
「じゃあ……」
ルルの体格が変わりはじめた。
「私があなたを殺して、食べる」
ランプの炎が灯す狭い小屋の中で、ルルはバキバキと骨の軋むような音を立て、みるみるその姿を変えた。
「村の秘密を知られるわけにはいかないもの」
黒い体毛に全身を覆われた巨大なゴリラが、流暢な英語でそう言った。声はもう、かわいかったルルのものではなく、低く、深い、獣の声だった。身に纏っていたガンガがまるでよだれかけのように小さくその首に巻きついている。
のしかかられ、一瞬呼吸が止まった。少女のものとはとても思えない重量と筋肉の塊が、私を地面へ押しつけいていた。
その太すぎる黒い手が伸びてきて、私の首を絞めようとする。
「ルル! やめてくれ!」
私は必死に叫んだ。
「僕は君たちに何もしていない!」
ルルの私を押さえつける力が、緩んだ。
がくんと頭を垂れ、私の横にゆっくりと落ちてきた。その口から野太くもか細い声が、涙混じりに漏れる。
「もう……こんな生活、嫌……」
彼女が体を浮かせた。私を蹂躙していた力が消えた。
逃げ出そうと思えば、出来た。ルルは私に「逃げて」と言っていた。望み通りに逃げ出せば、きっと追っては来ないだろう。
しかし彼女をほっておけなかった。
「ルル……? ルルなんだよね?」
優しい声で、私は巨大なゴリラに話しかけた。
「どうか話してほしい、どういうことなのか──。大丈夫、村の秘密は守るから。誰にも言わないから。だって僕は君のことが大好きだからね」
ルルが顔を上げた。
大きな黒い顔。その奥にある小さな目から、涙が一筋、流れ落ちた。
「私もハヤオが……好き」
言いながら、ゴリラが少女の姿に戻っていく。
「私……本当は……お肉なんか食べたくないの」
軽い少女の体重が、私の上に重なった。
「話してくれ。どういうことなのか」
私が言うと、ようやくルルは、何もかもを諦めたような顔をして、話しはじめた。
「私たちは……人間じゃないの。昔は人間の言葉なんて話せなかったし、ただのゴリラだったのよ」
私の胸に顔を埋め、ルルは静かに語った。その体は小さく震えていた。
「あの村に住む人間たちは、私たちを狩って食べていた。私はまだ産まれてもなかったけど、おじさんやおばさんの話では、その頃はただそれだけだったらしいの。ただの弱肉強食……」
私は彼女の髪を撫でながら、ただ「うん……、うん……」と相槌を打ちながら、なんとか理解しようと努力しながら、その話を聞いた。
「そこへ先進国から、密猟者たちがやって来た──」
そこでルルは半身を起こし、私の顔をまっすぐに見つめ、涙をぼろぼろと零しながら、話を打ち切った。
「あなたは密猟者じゃない! あんな優しそうな家族もいる! あなたはここでゴリラになるべきじゃないの! 逃げて! 何も聞かずに──」
「ルル……」
戸口のほうで不気味な声がした。
「話しおったな……?」
振り返ると、ギョロリとした目で私とルルを睨む村長の姿がそこにあった。その後ろには村人たちを引き連れている。
村人たちは、夕食の時にはあれほどフレンドリーだったのに、今は全員が表情のない、理性を感じない目でこちらを見つめていた。
「村長さま!」
ルルが悲痛な声で叫ぶ。
「このひとは密猟者じゃない! 家族もいるの! どうか、逃がしてあげて!」
「二人とも捕まえろ」
村長は冷たい声で男たちに命じた。
私は素速く立ち上がり、台の上の肉包丁を取ろうとした。しかし男たちのほうが早く、私を取り押さえた。
「放して!」
ルルも捕まり、抵抗していた。
「仲間でしょ!」
しかし男たちはあくまで無表情に、村長に言われた通りの仕事をこなした。私とルルは羽交い締めにされ、白髪の老人の前へ突き出された。
「まだ貯蔵庫の肉が尽きておらん」
村長は私たちにではなく、男たちに向かい、言った。
「肉を捌くなら新鮮なほうがよい。二人とも畜舎に閉じ込めておけ」
男たちによって乱暴に引きずられていった先は、小屋の地下へと続く、泥とカビの臭いが充満する暗い穴ぐらだった。頭の上で重い木製の扉が大きな音を立てて閉ざされ、頑丈な施錠の音が響く。
完全な闇の中、私は冷たい土の上に放り出されていた。すぐ隣で、ルルの押し殺したすすり泣きが聞こえる。
「ハヤオ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ルル、怪我はないか? 大丈夫だ、僕がなんとかして……」と、私は励ましの言葉をかけた──
いや、正直に言おう。私はみっともないぐらいに取り乱した。ルルがすすり泣く横で、私は捕らえられた猿のように騒いでいた。「出せキ◯ガイ」とか「お母さん」とか色々と口にしたように思う。これから食われるのだと想像すると正気ではいられなかった。
不意に上の階――先ほどの捌き場から、ギシギシと床板を踏み鳴らす足音と、ボソボソとした低く湿った話し声が聞こえてきたので、私はハッとして騒ぐのをやめ、聞き耳を立てた。村長と数人の男たちだ。天井の隙間から、ランプの灯す明かりと会話が漏れ聞こえてくる。
「村長、あの肉、明日捌くのか?」
「そうだ」と、村長の声がした。
「ルルも食うのか?」
「あれはまだ若い。ゴリラの形態にして熟成させれば旨みが増す」
村長の声が冷酷に言う。
「あの娘は余計なことを喋りすぎた。肉にする前に、あの生肉の棚を開けろ。見せてやれ、罰を与えるんだ。あの日本人と一緒にな」
ガタゴトと重いものが引きずられる音がした。私たちの横の壁が、ガラガラと上向きに開いた。
そこは『畜舎』のさらに奥にある、もう一つの空間――貯蔵肉を保管する場所のようだった。明かりが天井から差し込まれ、その凄惨な光景が私の視界に飛び込んできた。
私は息を呑み、喉の奥から込み上げる猛烈な嘔吐感を抑えきれなくなった。
そこに吊るされていたのは、単なる『人肉』ではなかった。
壁一面に打ち込まれた太い鉄のフックに、いくつもの『解体途中の肉体』がぶら下がっていた。
ある肉体は胸から腹にかけて大きく引き裂かれ、黄色い脂肪層と赤黒い内臓が露わになり、そこからポタポタと黒ずんだ血が床の洗面器に垂れ落ちていた。
別の肉体は、頭部だけが人間の男の顔を残したまま、首から下が完全に皮を剥がされ、ピンク色の筋肉線維が剥き出しになっていた。その目は開かれたまま、白濁した瞳でこちらを見つめているようだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
私の横ではルルが、ずっと謝っている。
「聞け、客人」
天井の鉄格子から、ランプの明かりを差し入れながら、村長が冷ややかな目で見下ろしてきた。
「先進国の密猟者どもはな、絶滅危惧種のゴリラを狩りにここへ来た。自然の理を破壊しにやって来た、許されざる者たちだったのだ。奴らはゴリラを殺し、皮を剥ぎ、肉を食うつもりだった。しかし、まさか逆に自分が食われることになるとは思いもしなかったであろうな」
私は足の震えが止まらなくなりながら、それを聞いた。
「おまえが夕食時、美味そうに噛み締めていた肉……あれは三ヶ月前にこの村のことを聞きつけて取材に来た、フランス人のジャーナリストの太ももだよ。……よい出汁が出ていたであろう?」
胃の中のものが一気に逆流した。
あの甘く、濃密で、噛めば噛むほど旨味が溢れた肉。禁忌を侵す快感だと思い込んで貪り喰ったあの塊は、自分と同じようにこの村に迷い込み、引き裂かれ、解体された人間の肉だったのだ。
私が激しく吐瀉し、床に這いつくばって絶叫する横で、ルルが再び悲鳴を上げ始めた。
頭上では、村長が蔑むような笑い声をあげ、男たちが解体用の鋸と肉を削ぎ落とすための巨大な刃物をシャリ……シャリ……と研ぎ始めているのが聞こえた。金属の擦れ合う乾いた音が、暗闇の地下室にどこまでも残酷に響き渡っていた。
ふいに明かりが消えた。
村長と男たちが、小屋を出ていく気配がする。
そういえば捌くのは明日だと言っていた。
上に誰もいなくなったようだ。
「ルル……!」
チャンスだと思った。
「さっきみたいにゴリラになって、ここの壁を壊すとかして逃げ出すことはできないか?」
「無理よ……」
弱々しい声でルルが言う。
「私はただのゴリラだもん……。化け物じゃないもん……」
「そ、そうか……」
そうか、ルルは化け物じゃなく、ただのゴリラなのか──それなら頭を使える人間の自分がなんとかしないとな、などと考えた。
やはりルルの言う通り、サッサと逃げておけばよかったと考え、すぐに今さらそんなことを考えてもどうにもならないと思い直した。
考えを巡らしていると冷静になってきた。暗闇にも目が慣れた。吊るされている解体された人肉の光景にも強烈な腐臭にもいつの間にか慣れてしまった。胸から下を失い、カッと目と口を開いて固まっている白人女性に、頭の中で『痛かった?』などと聞いていた。
「さっきはごめんよ」
ルルに謝った。
「みっともないところを見せてしまって……」
「あんなの……ふつうよ」
気遣うようにルルが言う。
「これから食べられると思ったら、ああなるのがふつうよ。人間でも、ゴリラでも」
「君はゴリラなの?」
今さら真相なんてどうでもいい気がしながら、私は聞いていた。
「村の人たちも……みんな? 人間にしか見えないのに」
「元々あの村には人間が住んでいたわ」
涙混じりにルルは教えてくれた。
「ゴリラだけじゃなく、森の動物を狩って暮らしていたと聞くわ」
「それがどうして──?」
「密猟者のせいだって」
話しているうちにルルの声も落ち着いてきた。
「私はよく知らない……。でも、大人たちから聞いた話だと、先進国からやって来た密猟者たちが、このあたりのゴリラを狩りつくそうとしたの。村の人たちは、お金になるからって密猟者たちの手伝いをした……。ゴリラをたくさん殺して、そのお肉を自分たちも食べていたらしいわ」
「それが……どうして君たちが人間になったんだ?」
「村に呪術者がやって来たの」
「呪術者……?」
「そう。森の奥に住んでいた、とても古い呪術者よ」
ルルの声は、暗闇の中で掠れていた。
「その人は、密猟者と村人たちがゴリラを虐殺して、肉を貪り喰う姿を見て怒ったの。そして、人間たちに呪いをかけた……。『喰らった者の姿と知能を、喰われた者に与える』っていう呪い」
喰らった者の姿と知能を、喰われた者に……。
「密猟者と村人たちは、殺したゴリラの肉を食べ続けるうちに、少しずつ知能も姿もゴリラになっていったの。そして呪術者は、ゴリラたちにも呪いの力を与え、元々果物と昆虫ぐらいしか食べないゴリラに、知能の弱った人間を襲わせ、そのお肉を食べさせたんだって」
その光景が頭に浮かんだ。
ゴリラたちがその怪力をふるい、知能の弱った人間たちを襲い、貪り食う光景が──
「ゴリラが人間を食べると、逆のことが起こったの」
ルルの声が遠くに聞こえるようだった。
「ゴリラたちはどんどん姿も知能も人間になっていって、食べた人間の言語も話せるようになって──。でも心はゴリラなの。ゴリラのままなの。優しいし、仲間想いだから、必ず人間がゴリラの姿になってしまう前に──人間の姿をとどめてるうちに殺して食べるのよ」
「どこが優しいんだよ!?」
思わず怒鳴ってしまった。
「ルル!」
暗闇の中に、若い男の声がした。
「サイディ?」
ルルがその男の名前らしきものを口にした。
「今、助けるよ」
若い男の声がそう言い、重い扉が開く音がする。
「村長はわかってない! 俺たちが仲間のルルを食べるわけがないじゃないか!」
「うん、信じてた」
ルルの声に笑みが混じる。
「でも……大丈夫? 村長にバレたら──」
「おまえは俺の妹みたいなものだ。何が何でも守る!」
ルルが上から伸びてきた腕に掴まり、引き上げられていく。助かったと安心したら涙が止まらなくなった。
「待って。ハヤオも──」
上でルルと男が会話するのが聞こえた。
「あれは明日の晩ごはんだよ。置いて行け」
「待って!」
精一杯、憐れみを乞う声を私は出した。
「助けてくれ! お願いだ!」
「それにあの肉を食べたんだ」
サイディの無慈悲な言葉が続いた。
「どうせそのうちゴリラになる」
「それじゃそれこそ仲間じゃない?」
ルルが私をかばってくれた。
「一緒に逃げてくれるんでしょ? もう村には戻れない。仲間は多いほうがいいじゃない」
なんだか気になることを聞いたような気がするが、それどころではなかった。ただここから抜け出したい、助かりたい──それだけを祈り、私は二人の出してくれる結論を待った。
「仕方がないな……」
サイディが腕を伸ばしてきた。
「掴まれ」
外へ出ると、爽やかな暑気が私を包んだ。夜風が肌をなで、自分がまだ生きていることを実感させた。湿った土とカビの充満する穴ぐらから抜け出した私は、膝をついて激しく咳き込んだ。月明かりの下、私を引き上げてくれたサイディという名の青年が、冷たい目で見下ろしている。
「立て。村長が気づく前に森を出る」
サイディの手には、先ほどの作業場から持ち出したと思われる大きな鉈が握られていた。
「ハヤオ、走れる?」
ルルが私の腕を取り、案じるように顔を覗き込む。
「うん……走れる。ありがとう、ルル、サイディ……」
「礼には及ばない」
サイディはそっけなく言い捨て、闇の広がるジャングルへと足を踏み入れた。
真っ暗な中を、ルルとサイディはまるで獣のように駆けた。私はルルに手を引かれているのでなんとかついて走ることができた。
サイディが背中を向けたまま、私に言う。
「言っておくが、お前を助けたのはルルに泣きつかれたからだ。そして……お前がすでに『あの肉』を喰らったからだ」
「……どういう意味だ?」
走りながら、私は息を荒らげて尋ねた。木々の枝が顔や腕をかすめ、肌の上に痺れるような痛みを刻んでいく。
「言ったはずだ。あの肉を食べれば、姿と知能が置き換わるとな」
サイディは振り返りもせず、迷いのない足取りで密林を突き進む。
「村長たちは、お前がゴリラへ変わってしまう前に殺して喰うつもりだった。仲間の姿をしたものを食いたくはない。何より人間の姿をした肉のほうが、俺たちにとっては『美味』であり、人間としての姿や知能を保つための補給源になるからだ。……だが、喰われた肉が体内で消化されれば、呪いは急速に進行する」
「進行するって……僕が、ゴリラになるというのか!?」
「そうだ」
ルルが走るペースを緩め、痛ましそうに私を見た。
「今日食べたお肉の分だけ、あなたの体はゴリラに近づいていく……。お肉を食べるのをやめれば、そこで止まるかもしれない。でも、もしまた人間のお肉を食べたら……あなたは完全にゴリラになって、人間の言葉も忘れてしまう」
背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走った。
あの、噛めば噛むほど溢れ出た旨味。禁忌を侵す甘い背徳感。あれは単なる人肉の味ではなく、私の遺伝子や存在そのものを『ゴリラ』へと塗り替えていく呪いの味だったのだ。
村長の言葉が脳裏に甦る。
『ゴリラを食べたな? なら、おまえはもうゴリラだ』
自分が自分ではなくなっていく。
日本の、あの穏やかな日常。大学のキャンパス、お袋の作る味噌汁、親父の小言、ばぁちゃんの優しい笑顔、妹の笑い声――それらすべてが、遠い過去の幻影のように霞んでいく感覚がした。
「でも……私たちはどうするの?」
ルルがサイディに聞くその声を、私はぼんやりと耳にした。
「私たちも……お肉を食べなかったら、ゴリラに戻ってしまうわ」
「みんなでゴリラになればいい」
サイディが答えた。
「俺はもう決心している。村長の言いなりになるのはもう、まっぴらだ。新しい群れを作って、新しい森で暮らそう」
「僕は……ゴリラになるのか……」
私が放心しながら呟くと、サイディが振り向いた。そして厳しい声音で言う。
「俺たちは人間になっても心はゴリラだ。仲間を大切にし、争いごとは好まない。……おまえはその逆だ。ゴリラになっても心は人間のままだ。つまり、仲間を平気で裏切り、争いごとを好む。そんなやつを本当は連れて行きたくなんかないんだぞ」
「争いごとは好まない……だと!?」
私はつい、激昂してしまった。
「あんな……むごたらしいことをしておいて、どの口がそんなことを言うんだ!」
「俺たちは村長の言いなりになってやらされただけだ」
「笑わせるな!」
唾を吐きかけてやった。
「村長一人を悪者にして自分たちは罪を逃れるつもりか!? 『村長一人』──じゃない、『村長一匹』? 『村長一頭』? とにかく──あの爺さんもゴリラなんだろう!?」
「村長は人間だ」
サイディの言葉に私は絶句し、頭の中が真っ白になった。
「話したでしょ? 森の奥に住む、呪術者の話──」
ルルが話を引き継いだ。
「村長がその呪術者よ」
ざわっ……と、森がざわめいた。
「ルル、サイディ」
空の上からあの老人の声が降ってきた。
「わしから逃げられるとでも思ったか」
「村長!?」
「村長さま!」
「おまえらは人間を食った猛獣だ。そんなものはな、人間の法で裁かねばならん」
「何を勝手な……!」
自分の声とは思えないほどに荒々しい声が私の喉から出ていた。
「人間の法で裁くというなら、まず自分が何をしたのかを自覚しろ!」
「今日は闇が重たいな……」
村長の声は私を無視した。
「呪具も必要ないほどだ」
サイディが手に持つ鉈を強く握りしめる音が聞こえた。
月が黒い雲で翳った。
「サイディ」
村長の声が、空から降った。
「豚になれ」
サイディが握りしめていた鉈を落とした。
苦しみながら、その体が黒い豚に変わっていくのを見ながら、私もルルも何もできなかった。
「ルル」
続けざまに村長の声が降ってくる。
「おまえはウサギだ」
ルルが悲鳴をあげた。
体がぐにゃりとゼリーのように溶けたかと思うと、人間大の黒ウサギになって、その場にうずくまり、力なくうなだれた。
足を地面に縫いつけられたように二人ともそこにじっとしている。言葉はもう喋れないようで、サイディはただフゴフゴと鼻を鳴らし、ルルはただがっくりと頭を垂れている。
次は自分の番かと思うとそれを見ているどころではなかった。
サイディが落とした鉈を拾うと、そんなことをしてもどうにもならないのに、私はそれをブンブン振り回して身を守ろうとした。
村長の声が、しばらく止まった。
しかし、ついにそれは降ってきた。
「……日本人」
なんだか自信なさげな声音で、村長は呪文の言葉を唱えた。
「おまえは首がもげて飛ぶ」
少し肩がこったような感覚があった。
ただそれだけで、それ以上は何も起きなかった。
主語がおおきすぎたのだ。きっと今頃、すべての日本人が肩こりを感じただろうと思えた。
すぐに気づいた。村長は私の名前を覚えていない。発音が難しいのか、そういえばルル以外の村人から名前を呼んでもらった記憶がなかった。
「仕方がない……」
空から聞こえていた声が、地上に降りてきた。
「おまえには直接、この手で呪いをかけてやる」
がさり、と草を揺らす音がし、月明かりの下に村長の姿が現れた。一人だ。暗い中でもこちらを睨むギョロリとした白い目玉が見えた。
「おまえは既にその体に呪具を取り込んでいる」
私をまっすぐ睨みつけながら、白髪の呪術師が言う。
「知能が低下し、ただの動物に──人間としてはアホとなる。その速度を早めてやる」
鉈を振り上げて、死にものぐるいで私は村長めがけて突進した。
しかし、遅かった。
こちらに村長が手をかざしたのを見ると、自分の体が自分のものではなくなったかのように、動きを封じられた。
私の中で、細胞が組み換えられていく──
理性が消えていくのも言語化できないほどに、私の知能は急速に低下していった。
ただ、感じた。
野生の怒りというようなものを──
気がつくと、目の前に村長が倒れていた。
自分の体を見ると、人間のままだった。ただし全裸で、着ていたものがすべてバラバラに裂けて地面に散らばっている。
「ハヤオ!」
ルルの声に振り返った。
彼女は人間の姿に戻っていた。元通りガンガを身に纏い、顔じゅうを涙でびしょびしょに濡らして笑っている。
「……何が起こったんだ?」
私が聞くと、これも人間の姿を取り戻したサイディが全裸で立ち上がり、私に教えるように言った。
「おまえは村長の呪いでゴリラ化を急速に進められ、ゴリラになった。しかし村長には誤算があったようだ。知能が低下しただけにとどまらず、巨大化し、そして人間の心が暴走した。……圧倒的だった。村長はあっという間に首をへし折られた」
「僕が……やったのか?」
目の前でギョロリと目を開いたまま動かなくなっている老人を見下ろしながら、私は呆然とした。
サイディが呟く。
「あんな狂暴なゴリラは見たことがなかった」
「でも……!」
ルルが私に駆け寄り、抱きついてきた。
「食べなかったよ? ハヤオは人間を……村長を食べなかった!」
ルルが何を言いたいのか、私にはわかったような気がした。
体はゴリラになろうとも私は人間だ。密猟者たちのように強欲で、村長のように残忍なのだろう──。しかしそれだけではない。人間には同族を喰らいたくなどない理性も、家族を想う心も、好きになってしまったものを守りたいと想う愛情も、慈しみの心も、ちゃんとあるのだ。ゴリラほどには情が厚くはないのかもしれないが──
「村長は死んだ──」
サイディが呟くように言った。
「村のみんなも連れて、移住しよう。あの村には人間がやって来る。村長がそうなるよう、情報を流していたからな」
月が明るさを増し、祝福するように木々の隙間から、猿の仲間の声が騒がしく聞こえてきた。
あれから一年が経った。
私達は今、移住した新しい森の中でひっそりと群れを作って暮らしている。
あの時、村長に呪いを強制的に加速させられた後遺症か、日ごとに自分の知能が低下していくのが分かる。思考は次第にシンプルになり、複雑な言語を組み立てるのが難しくなってきた。姿も知能も、どんどんゴリラに近づいている。
日本の家族には、短くメールを送った。
『もう日本には帰れなくなりました。探さないでほしい。悲しいけれど、これだけはわかってほしい。僕は生きている。ここで幸せにやってる。詳しいことが話せなくてごめん。みんな大好きだよ』
本当のことを話したところで、信じてもらえるはずもない。
いま、愛らしい雌のゴリラが私に身を寄せ、毛づくろいをしてくれている。ルルはもう人間の言葉を話さない。姿もすっかりゴリラに戻った。だが、しかし彼女の心はルルのままだ。私を見つめるその瞳は何も変わらずかわいくて、そして私のことを信じてくれる。
ルルとの間に授かった三頭の子ゴリラたちも元気にすくすく育っている。まだ小さな身体なのに冒険好きで、いつも私やルルをハラハラさせるが、元気に走り回る姿を見るのが何よりの幸せだ。
サイディの背中には見事な銀色の毛が生え揃った。堂々たるシルバーバックだ。彼が群れのリーダーでいてくれる限り、私たちの生活は安全だ。
彼には本当に感謝している。本来、ゴリラの群れではリーダーの雄がすべての雌を独占するのが掟だ。だが元人間の心を持つ彼は、私とルルが愛し合い、寄り添って生きることを静かに許してくれた。
……そろそろ、スマートフォンの充電が切れそうだ。
画面のバッテリー残量は「1%」を示している。
残された最後の電力を使い、私はこの手記を『小説家になろう』に投稿することに決めた。
キーボードを打つ指先は太く、黒い毛に覆われ、操作すら覚束ない。こうして文章を綴っている間にも、私のゴリラ化は止まらない。画面に映る自分の顔は、もうどこからどう見ても完全なゴリラだ。
この話を信じてもらえなくても構わない。
こんな荒唐無稽な話を信じられないのが普通だろう。
だが、これはすべて、私がこの身で体験した紛れもない事実なのだ。
やばい、いよいよ充電が切れる。
こんな鬱蒼とした密林の奥深くでも、かろうじて電波が届いている。それにしても、いい時代になったものだ。世界中、どこにいても、ネットで。ホント、便利な世の中だ
あは
は
ウホ




