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録音したのに、俺の声だけ入っていなかった

作者: 海狼ゆうき
掲載日:2026/03/26

 最初は、ただのミスだと思った。

「……あれ?」

 スマホの画面を見る。

 ボイスメモ。

 再生中。

 昨日録音した打ち合わせの音声。

「……」

 イヤホンから、

 相手の声が聞こえる。

『それで、この部分なんですけど——』

 問題ない。

 ちゃんと録れている。

 はずだった。

「……」

 少し待つ。

 自分が話していたはずのタイミング。

 そこで——

 無音になる。

「……?」

 眉をひそめる。

 おかしい。

 確かに喋っていた。

 普通に会話していた。

 それなのに、

 何も入っていない。

「……」

 再生を戻す。

 もう一度聞く。

 相手の声。

 環境音。

 机を叩く音。

 紙をめくる音。

 全部入っている。

 でも——

 自分の声だけが、

 完全に消えている。

「……は?」

 思わず声が出る。

 でも、

 その声も、

 どこか現実感がない。

「……」

 イヤホンを外す。

 スピーカーで再生する。

 同じだ。

 自分のパートだけ、

 綺麗に消えている。

「……」

 タイミング的に、

 ノイズとかじゃない。

 完全に、

 “そこだけ削除されている”状態。

「……そんなことあるか?」

 呟く。

 スマホの不具合か。

 アプリのバグか。

「……」

 別の録音を開く。

 一週間前。

 同じような打ち合わせ。

 再生する。

『はい、それで——』

 相手の声。

 普通。

 そして——

 自分の番。

 無音。

「……」

 止める。

 息が少し乱れる。

「……」

 さらに遡る。

 二週間前。

 三週間前。

「……」

 全部同じだ。

 自分の声だけが、

 一切入っていない。

「……」

 背筋が冷たくなる。

 昨日だけじゃない。

 もっと前から、

 ずっと。

「……」

 記憶を辿る。

 違和感はなかったか。

 何か、

 おかしいことは。

「……」

 思い出せない。

 でも、

 気づいていなかっただけかもしれない。

「……」

 スマホを強く握る。

 試す。

 新しく録音する。

 ボイスメモを開く。

 録音ボタン。

 押す。

「……テスト」

 自分で言う。

 はっきりと。

「……聞こえるか」

 続けて話す。

 数秒。

 停止。

 再生。

「……」

 波形はある。

 ちゃんと動いている。

 音は記録されているはずだ。

 でも——

 再生すると、

 無音。

「……」

 何も入っていない。

 完全に。

「……は?」

 声が震える。

 今、確実に喋った。

 自分の耳で聞いた。

 なのに、

 録音されていない。

「……」

 もう一度やる。

 録音。

「テスト、テスト」

 停止。

 再生。

 無音。

「……」

 何度やっても同じ。

 結果は変わらない。

「……」

 スマホを机に置く。

 手が、

 少し震えている。

「……」

 これは、

 機械の問題じゃない。

 直感で分かる。

 もっと、

 別の何かだ。

「……」

 そのとき、

 ふと、

 思いつく。

「……動画は?」

 カメラを起動する。

 動画モード。

 自分を映す。

「……」

 画面の中に、

 自分がいる。

 ちゃんと映っている。

「……」

 少し安心する。

 録画ボタンを押す。

「テスト」

 喋る。

 数秒。

 停止。

 再生。

「……」

 映像はある。

 自分が映っている。

 動いている。

 口も動いている。

 でも——

 音が、

 入っていない。

「……」

 喉が乾く。

 息が浅くなる。

「……」

 映像の中の自分は、

 何かを話している。

 でも、

 何も聞こえない。

「……」

 イヤホンをつける。

 音量を上げる。

 最大にする。

 それでも——

 無音。

「……」

 スマホを置く。

 もう、

 言い訳はできない。

「……」

 これは、

 録音の問題じゃない。

 機械の問題でもない。

「……」

 自分の声が、

 “記録されていない”。

「……」

 その事実だけが、

 静かに、

 現実として残った。


 その日から、会話に違和感が混ざり始めた。

「それで、この件なんですけど——」

 仕事の打ち合わせ。

 いつも通り話す。

 はずだった。

「……」

 相手が、

 少し間を空ける。

 ほんの一瞬。

 でも、

 確実に“ズレ”がある。

「……あ、すみません。今の、もう一度いいですか?」

「……え?」

 聞き返される。

 さっき、

 普通に話したはずなのに。

「いや、だから——」

 もう一度説明する。

「……ああ、なるほど」

 今度は通じる。

「……」

 違和感が残る。

 たまたまか?

 聞き逃しただけか?

「……」

 そう思おうとする。

 でも——

 同じことが、

 何度も起きる。

「今の、聞こえてました?」

「え?すみません、ちょっと聞き取れなくて」

「……」

 まただ。

 確実に、

 さっきより増えている。

「……」

 声の大きさを上げる。

 はっきりと話す。

 ゆっくり話す。

 それでも——

 時々、聞こえていない。

「……」

 帰り道。

 スマホを取り出す。

 通話アプリ。

 試す。

 自分から電話をかける。

 相手は友人。

 すぐに出る。

『もしもし?』

「おう」

 普通に話す。

『どうした?』

「いや、ちょっと確認したくて——」

 会話は成立している。

「……」

 少し安心する。

 でも、

 次の瞬間。

『……あれ?』

「ん?」

『今、何か言った?』

「……は?」

 言った。

 普通に。

 はっきりと。

 なのに——

『いや、何も聞こえなかったけど』

「……」

 喉が詰まる。

 もう一度話す。

「今、“確認したくて”って言った」

『ああ、それは聞こえた』

「……」

 さっきの部分だけ、

 消えている。

「……なあ、さっきの全部聞こえてるか?」

『え?普通に聞こえてるけど』

「……」

 違う。

 全部じゃない。

 “部分的に”聞こえていない。

「……」

 電話を切る。

 手が少し震えている。

「……」

 これは、

 録音だけじゃない。

 リアルタイムでも、

 起きている。

「……」

 そのとき、

 ふと気づく。

 周りの音。

 車の音。

 人の声。

 全部、

 普通に聞こえる。

「……」

 つまり、

 自分の“声だけ”が、

 おかしい。

「……」

 帰宅する。

 部屋に入る。

 静かだ。

 いつも通りのはずなのに、

 どこか違う。

「……」

 鏡の前に立つ。

 自分を見る。

 口を開く。

「……」

 声を出す。

 聞こえる。

 自分には。

「……」

 でも、

 それが“外に出ているか”は、

 分からない。

「……」

 試す。

 動画を撮る。

 自分に向かって話す。

 録画。

 停止。

 再生。

「……」

 映像の中の自分は、

 喋っている。

 でも、

 音がない。

「……」

 分かっていたはずなのに、

 改めて突きつけられると、

 息が苦しくなる。

「……」

 次に、

 メッセージを送る。

 友人に。

『今、声って普通に聞こえてる?』

 送信。

 既読がつく。

 返信。

『どういう意味?』

「……」

 続けて送る。

『通話で聞こえてないときない?』

 数秒。

 返信。

『いや、特にないけど』

「……」

 指が止まる。

 さっき、

 確実にあった。

 聞こえていない瞬間が。

「……」

 もう一度通話をかける。

『もしもし?』

「なあ、さっきの話なんだけど——」

 話す。

 普通に。

『……?』

「聞こえてるか?」

『え、何が?』

「……」

 今、

 確実に話した。

 でも、

 届いていない。

「……」

 もう一度、

 ゆっくり話す。

「い・ま・の、聞こえてるか?」

『ああ、聞こえてるよ』

「……」

 途切れている。

 部分的に。

 ランダムに。

「……」

 そして、

 その頻度が、

 明らかに増えている。

「……」

 電話を切る。

 深く息を吐く。

 整理する。

「……」

 録音されない。

 動画に音が残らない。

 通話でも、

 部分的に消える。

「……」

 共通点は一つ。

 全部、

 “他人に届くかどうか”の問題。

「……」

 つまり——

 自分の声は、

 “観測されなくなっている”。

「……」

 その瞬間、

 背筋に冷たいものが走る。

 これは、

 声だけの問題じゃない。

「……」

 もし、

 このまま進んだら。

「……」

 声だけじゃなくなる。

 もっと、

 広がる。

「……」

 そして、

 気づいてしまう。

「……」

 さっきから、

 自分に、

 誰も話しかけてこない。

 仕事中も、

 帰り道も、

 今も。

「……」

 ただの偶然か?

 それとも——

「……」

 もう、

 始まっているのか。

 “声”だけじゃない。

 “存在そのもの”が、届かなくなっている。


 その日から、話すのをやめた。

「……」

 どうせ届かない。

 途中で消える。

 無音になる。

「……」

 口を開くたびに、

 現実が削れていく気がした。

「……」

 代わりに、

 文字を使った。

 メッセージ。

 チャット。

 メール。

「……」

 最初は問題なかった。

 送れば、

 返事が来る。

 普通に会話できる。

「……」

 でも、

 それも、

 長くは続かなかった。

「……?」

 ある日、

 送ったはずのメッセージが、

 表示されていない。

「……」

 履歴を確認する。

 さっき打った文章。

 消えている。

「……は?」

 慌ててもう一度送る。

 今度は表示される。

 既読もつく。

「……」

 少し安心する。

 でも——

 数秒後、

 そのメッセージが、

 消える。

「……」

 最初から、

 なかったみたいに。

「……」

 何度やっても同じ。

 残るものと、

 消えるものがある。

 基準は分からない。

 でも、

 確実に——

 “自分の情報”が削られている。

「……」

 SNSを開く。

 投稿履歴。

「……」

 減っている。

 一つ、

 また一つと。

 過去の投稿が、

 消えている。

「……」

 写真も。

 文章も。

 全部。

 徐々に。

 確実に。

「……」

 スクロールする。

 どんどん減る。

 自分の痕跡が、

 消えていく。

「……」

 指が止まる。

 怖い。

 でも、

 止められない。

「……」

 現実でも同じだった。

 会社。

 席。

 自分のデスク。

「……?」

 名前がない。

 ネームプレート。

 外されている。

「……」

 周りを見る。

 誰も気にしていない。

 最初から、

 そこに誰もいなかったみたいに。

「……」

 隣の席の人に近づく。

 手を振る。

 目の前で。

「……」

 反応がない。

 完全に、

 視界に入っていない。

「……」

 口を開く。

 声は出る。

 自分には聞こえる。

 でも——

 相手には、

 届いていない。

「……」

 後ろに下がる。

 足音が、

 やけに小さい。

 いや——

 聞こえていない。

「……?」

 立ち止まる。

 足を強く踏み鳴らす。

 音が、

 しない。

「……」

 手を叩く。

 何度も。

 でも、

 無音。

「……」

 息が乱れる。

 耳に手を当てる。

 心臓の音。

 聞こえる。

 自分の中の音だけは、

 まだある。

「……」

 でも、

 外には出ていない。

「……」

 そのとき、

 気づく。

 周りの音が、

 少しずつ、

 遠くなっていることに。

「……」

 人の声。

 車の音。

 風の音。

 全部、

 少しずつ、

 薄れていく。

「……」

 世界から、

 音が消えていく。

 自分を中心に。

「……」

 理解する。

 これは、

 声だけじゃない。

 音だけじゃない。

「……」

 自分が、

 “記録されない存在”になっている。

「……」

 記録されないものは、

 観測されない。

 観測されないものは、

 存在しない。

「……」

 シンプルなルール。

 ただそれだけのこと。

「……」

 スマホを見る。

 画面。

 カメラ。

 起動する。

 自分を映す。

「……」

 一瞬だけ、

 映る。

 でも——

 すぐに、

 消える。

 完全に。

「……」

 黒い画面。

 何もない。

「……」

 その中に、

 自分はいない。

「……」

 最後に、

 録音アプリを開く。

 ボタンを押す。

 録音開始。

「……」

 何か言おうとする。

 でも、

 言葉が出てこない。

 出したところで、

 どうせ残らない。

「……」

 それでも、

 口を開く。

「——」

 何かを言った。

 はずだった。

 自分には、

 聞こえた気がする。

「……」

 停止。

 再生。

「……」

 波形は、

 何もない。

 完全な、

 無音。

「……」

 それが、

 最後だった。

 次の瞬間、

 外の音が、

 完全に消えた。

 世界が、

 静止したみたいに。

「……」

 いや、

 違う。

 止まったんじゃない。

「……」

 自分が、

 切り離された。

 音から。

 記録から。

 観測から。

「……」

 スマホの画面が暗くなる。

 何も映らない。

 何も聞こえない。

「……」

 その中で、

 ただ一つだけ、

 理解していた。

「……」

 最初から、

 全部繋がっていた。

 録音されなかった声。

 届かなかった言葉。

 消えていった記録。

「……」

 全部、

 同じ現象だった。

「……」

 観測されないものは、

 存在しない。

「……」

 そして、

 それに気づいた瞬間から、

 自分もまた、

 その側に落ちていく。

「……」

 もう、

 誰にも届かない。

 何も残らない。

「……」

 それでも、

 最後に、

 確かに思った。

「……」

 “録音したのに、入っていなかった”んじゃない。

 最初から、

 “存在していなかった”。




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