欲獣
八姫が真介の事を目で追うようになっていたのはいつ頃だったろう。
ある日気がつけばそのようになっていて、原因はわからない。
自分は滝真介という人間の前ではただの有象無象でしかないとはわかっていながらも、何度か「特別」になることを夢に見た。
今もそうして、その夢を見ることがある。
真介くんと呼べる様な仲になりたいし、最近ようやく距離が縮まってきた様な、ようやく友人のところにいられるような気になっていた。
「だめだよ」
欲しいと思ったものを我慢できない。
むかしから、そういう性分を抑えることができなかった。
これは自分の醜い本性なのだと認識していながらも、それを抑えるすべを持たない。欲しいと思ったものを、逃せない。
自分のものにしないと気がすまない。
例えば、都なろに誰かがいる事を想像した時、彼であるととても嬉しいと思う。男を相手にしてこんな事を思うのは少し変ではないかと思うけれど、こうなってしまったら止まらない。
「だめだ」
彼への迷惑になるかもしれない。
彼はあんまり追われるのが好きではないかもしれないから。
こうやって気持ちは隠すのが一番だと思う。つらいけれど、彼を苦しめるよりはいいかもしれない。
そういう意識だけがあるのは、いびつだろうか。
「だめだ」
抑えたい。でもあんまり長くは保たない。
「君は俺のだ」
保てそうにない。
大いに抱え込んでいた爆発しかけたその爆弾は、胸のなかで大暴れして、弾けて消えてしまいそう。
「滝くん」
翌日から、八姫は真介のそばにいつくようになった。所構わず、そういうものであるというのを周囲に見せつけて、「そういうもの」だと認識させるように。
その日はファミリーレストランにいた。真介のそばには大きなハードケースがある。最近、真介はいつもそれを背負っていた。
「最近はなんだか君がとても近くに感じるね。俺と一緒にいて平気なのかい。最近は‥‥‥ご近所さんに俺に恋人ができたんだと噂が流れているらしいよ」
「少し恥ずかしいけど、俺はいいよ」
「いいのか‥‥‥」
最近はなんだか目が良いような頭がいいようなフラフラとした感覚がある。目を細めて見ればそれが分かるような気がする。
八姫は細めた視線を真介に向けた。
何も見えない。何も分からない。
「滝くん、俺‥‥‥」
その瞬間だった。空が真っ赤に染まった。
八姫はぎょっとして窓から外を眺めた。こんなに不気味な赤は初めて見たものだった。
「なんだこれ‥‥‥」
「‥‥‥柿本、この空が青いうちは俺のそばから離れないでおくれよ。どうなってしまうかわからないから」
「う、うん‥‥‥」
窓を突き破り、虚忌が現れる。真介はその異形の頭部を蹴り飛ばし、ハードケースから聖剣を取り出した。
「いいかい柿本。危ないからね。そこから動くんでいけないよ」
「うん」
剣は鈍色に輝いていた。
虚忌は咆哮をあげながら八姫に向かって突進をした。
手首を回し、虚忌のその腹に剣を突き刺す。
虚忌は怒りに任せて鋭く尖った爪を繰り出したが、真介もすかさず聖剣を構え直し、〝バキィン〟という音とともに攻撃は跳ね返す。
虚忌が怯んだ隙に最後の一撃を食らわせ、光の塵になったところで聖剣を鞘に戻した。
「完了‥‥‥大丈夫か、柿本」
「大丈夫、けど、いまのって‥‥‥」
「俺も真に理解しているわけでないから、説明は難しい。そんなことより、早くここから出よう」
「出られるの?」
「ここは聖域って言うんだ。剣士はこの聖域を自由に出入りすることができる。俺の手を握って。ここから出るから」
「うん」




