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美女

 空は夕暮れに染まっていた。


「帰ってきた‥‥‥人の声も、クルマの音もするよ」

「あそこは『聖域』って言うんだ。現実と瓜二つの狂気しかない世界。私や君の持ってるような剣っていうのは、聖域に入れるように特別な理屈がしてあるんだ。だから聖域に入れたんだ」

「なるほど‥‥‥あのおばけなんだい?」

「あれは『虚忌(こご)』。人のマイナスな感情で生まれる化け物。剣を持った私のような剣士は虚忌を倒すのが役目なんだ」

「さっき一体倒してきたよ」

「お。どうだった?」


 真介はそう聞かれ、先程のことを思います。

 剣から伝わってくる感覚を。


「あまり、いい気分ではなかった」

「よかった」

「‥‥‥よかった?」

「気分を害したならごめんね。でも、そういう、君の剣、『聖剣』って言うんだけど、聖剣を手にした人はみんな、戦いの渦に飲まれてしまうんだ。まるで話が通じない頭のおかしい、パープリンになっちゃうの」

「嫌いだな、そういう差別的な言い方は‥‥‥でも、なるほど。この剣っての、あんまり良いものでないんだね」

「うん。私の剣はそういう副作用のないものなんだけどね」

「そっちがいいな」


 じーっと、太陽のように淡く輝く剣とその鞘を見る。

 すると、彼女は笑って鞘を撫でた。


「無理よ。君の前に聖剣が現れたってことは君は聖剣しか握れない人なのだもの。‥‥‥そういえば、まだ自己紹介しあってなかったね」

「俺かい? 俺は滝真介って言うんだ。高校二年生なんだぜ」

「私はアンジェラ藤宮(ふじみや)。とても美女で、しかも強い」

「ハーフさんかい。確かに美女だ。それもグッと深い海」


 ふと、細目にしたところ二十八歳なんだなと分かる。


「なに?」

「いや‥‥‥なんだか、年齢なんてわかっちゃった」

「ジ感者? 失礼な人だね。女の歳なんて見て」

「俺は毎晩妹と一時間ほど電話をしないと眠れない」

「恥ずかしい秘密を‥‥‥何故、今‥‥‥?」

「人の事を見ておいて自分を見せないのは誠実でないから。おあいこ?」

「はは、おあいこ。聖剣士なのに、そんな忠実な人なのおかしいね。私、君のこと気に入っちゃうかも」

「そりゃうれしい」


 夜も深い。電話番号を交換し、深い話は後日することになった。自分のスマートフォンにその番号を登録すると、フフフと笑みを浮かべる。真介にはこういう趣味があった。いわゆる人脈の可視化である。


 帰路を歩いていると、月が見えた。

 それに見惚れていると、フと八姫の事を思い出す。


『うーん、重症かもしれない‥‥‥』


 人間は倒錯するとやたらと脳が色恋に支配されるものだけれど、真介の場合、それもなんだか執着的なので、自分でも厄介なたちなのだとわかってしまう。生きるだけで傷を負うタイプ。


「誰とこの月見てんだろうな‥‥‥」


 こりゃダメそう。


「なにはともあれ、頑張らなくちゃな‥‥‥」


 聖剣を片手に帰宅する。


「剣士になるんだからやっぱり鍛えなくちゃならんのかもな。剣の技術なんかないから、剣道部に入ったらどうなんだろう。俺に才能があればの話なのだけれども‥‥‥ううん、剣道を始めると言ったって、ううん、ううん、金をどうするか。アルバイトっつったって、しかしアルバイトのできない学校なのだから困るなぁ」


 迷いの多いガキである。

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