第十一話 奇跡の力
フィオラの魔法が使えないという特性。それは、アークスにとって興味が惹かれるものだ。
彼はフィオラの僅かな血液を採取し、徹底的に分析した。彼女の体に魔力があるのにも関わらず、どうして魔法が使えないのか。彼女の体が魔力を拒絶する原因を研究する。
アークスはフィオラを愛おしむように撫でながら、その傍らで彼女の秘密を解き明かそうとしている。彼の愛情を受けいれて心が麻痺していくフィオラは、とても可愛くて愛らしかった。
「フィオラ。愛しているよ」
そう言って口づけると、フィオラは柔らかく微笑んだ。
ある夜。アークスは新しい理論を試すために、危険だと言われる古代魔法の実験を行っていた。彼の魔法は常に完璧だが、その日は僅かに集中が切れていた。膨大な魔力が制御を失い、魔法陣が爆発する。アークスは咄嗟に傍にいたフィオラに結界魔法を張ったが、自身は魔法の反動を受けて壁に叩きつけられた。
「……っう」
強く打った頭からは血が流れだし、魔法の反動で腕には火傷のような痕ができる。彼の顔には苦悶の表情が浮かんだ。
それを見た瞬間。フィオラの虚ろだった瞳に、かつての光が宿った。
「アークスさま……!」
彼女の口から漏れた声は、今までの空虚なものとは違い、感情が籠っている。彼女はアークスに駆け寄って、彼の手を握った。
大粒の涙が、琥珀色の瞳から溢れ落ちる。その涙は頬を伝い、床に落ちていく。床に落ちた涙は、淡い光を放って小さな波紋を広げた。
フィオラの涙がアークスの腕に落ちると、信じられないことが起こった。
アークスの傷が、みるみるうちに癒えていくのだ。
爛れた肌は元に戻り、流れていた血も止まり、まるで何もなかったかのように傷跡が消えていった。アークスは驚愕に目を見開く。痛みは完全に消え失せていた。
彼はゆっくりとフィオラを見上げた。彼女の琥珀色の瞳からは、まだ涙が溢れ続けている。彼は腕を持ち上げて、優しく彼女の涙を拭きとった。
「アークスさま……」
フィオラは震える唇を開いて微かに声を出す。その声には、深い感情が込められているように感じられた。
「わたし……アークスさまが怪我をしているのを見たら、とても怖くなって……。貴方さまを失ってしまうのではないかと、胸が締め付けられるような気がしたのです」
彼女がこのように自分の感情を話したのは、いつぶりだろう。彼女の言葉に、アークスの心臓は大きく音を立てた。まるで、彼女が自分を心配してくれたかのように聞こえた。
「わたし、は……アークスさまのこと、分からなくて……怖かったのです。でも、貴方さまがわたしをここに連れてきた時から、わたしはもう……」
フィオラは、震える手でアークスの頬に触れた。彼は、その手が冷たくなっていることに気が付いて、優しく握りしめる。
「わたしは、アークスさまがいないと、もうだめなのです」
フィオラの瞳からは絶えず涙が流れているが、その涙が流れている理由に気が付いて、アークスは言葉を失った。彼女の瞳には、揺るぎない愛情で満たされている。
彼女の涙は、アークスのために流されたものなのだ。アークスが傷つくのを見たくない。その純粋な想いが、彼女に奇跡のような力を与えたのだ。
「フィオラ……」
アークスの喉から、か細い声が漏れる。彼の瞳には、かつてないほどの後悔と自責の念が浮かんでいた。彼は最も大切なフィオラの心を、全く理解できていなかったのだ。彼女を護ろうと、彼女を支配しようとしていたことが、どれほど彼女を傷つけ、縛り付けていたのか。
「僕が……僕が間違っていた。フィオラ、本当に……ごめん」
アークスは体を起こして、フィオラの前に膝をついた。
「僕は、君を愛していたんだ。それなのに、こんなことをして……僕は、愛する君をずっと傷つけていた。分かっていたのに、どうしても君を手放したくなくて。これが正しいことなんだって、偽りでもいいから君が僕に微笑んでくれることが、とても嬉しくて。君は、僕の世界を照らしてくれた、光だから……」
懺悔をするように言葉を重ねる。幻滅されてもおかしくないと思い、俯いた。
すると、フィオラの手が頬に触れられる。思わず顔を上げたアークスは、優しく微笑んだフィオラと目が合った。
「……わたしも、アークスさまに救われたのです。わたしはずっと、魔法がないことを重荷に感じ、自分が嫌になっていました。それでも、貴方さまだけはわたしを認めてくれて、わたしを包み込んでくださった。わたしはそれが、とても嬉しかったのです」
彼女の瞳から、涙が零れた。
「わたしは、アークスさまをお慕いしています」
これは夢なのではないかと、アークスは本気で思った。




