四話 貴族って。力ってなんだろう。
「アタシはあんたのことが気に入らない。貴族だって?没落していい気味だ。力が欲しいだって?笑わせる。お前はずっと弱い。さっさと諦めて負け組として生きていくんだな。」
「待ってくれ。おれはまだできる!」
カルマは必死にレイラに手を伸ばすが、彼女は背を向けた。
「愚息。お前は貴族にふさわしくない。さっさと私の下から去れ。そして惨めに生きていけばいい。」
「父上。何が間違っていたのでしょうか。おれは自分なりに努力してきました。」
エリックもを振り返ってくれない。二人は背を向け、カルマから遠ざかっていく。カルマは必死にもがくが、足が前に進まない。二人に追いつけない。
ー待って。待って。-
「待ってくれ!」
「うわ!びっくりしました・・・。」
カルマが手を伸ばした先は天井だった。はぁはぁと息を切らし、伸ばした手がドンと力なくベットを叩く。左を向くと見知らぬ紅色の髪の少女。
「目を覚ましたのですね。少々お待ちください。」
彼女はカルマにペコリとお辞儀すると外へ出ていった。一人になったカルマは身体を起こそうとする。しかし、体中が痛くて力が入らない。グッと顔を歪め、ひとまずベットから身体を起こした。
ーここはどこだ・・・。ー
見覚えのない5畳ほどのウッドハウス。その時、扉がバン!と開く。
「兄さん!よかった!意識戻ったんだね・・・。よかった。」
「お前・・・。ユウゴか?」
「そうだよ。久しぶりだね。」
「俺はどうしてたんだ・・・。」
「たまたま王都から帰る時、兄さんを見つけたんだ。一目でわかったよ。
でも覚えてない?ボロボロなのに、どこかへ行こうと歩いてたんだよ。」
「そうだ。レイラは!どこにいった!?」
ユウゴの腕を掴もうとした時、身体に電気が走るように痛む。
「ひとまず、身体が治るまでゆっくり休んで。」
「ハンナ。兄さんの看病お願いできる?」
「はいっ。まかせてください。カルマさん。今は身体と心を休める時です。ゆっくりお休みになってください。」
何年振りかに会うユウゴは昔のやさしい面影を残すも、身体は引き締まっていた。昔は小太りで何も自己主張をしない弟だったが、今はたくましさすら感じる。
カルマは身体の傷が癒えるまでここセクタ村で過ごすことにした。看病をしてくれた女性はマリア。ここで生まれ育ち今ではユウゴと婚約をするほどの仲らしい。
身体の傷が癒えた頃、父の言葉そしてレイラのことだけが頭にあった。カルマは開けた丘で空を見ながら考え続けた。
貴族でないといけない。ってなんだろう。力ってなんだろう。
レイラは他国の間者で復讐のために・・・。じゃあなんで俺を弟子に取ったんだ。意味がわからない。
「兄さん。もう傷はいえた?」
「あぁ。もう大丈夫だ。ユウゴ、マリア。ありがとう。」
マリアは心配する表情を浮かべた。
「体の傷は言えたようですが、どこか浮かない顔ですね?どうかなさいましたか?」
「いや・・・。人に言うようなことではない・・・かな。」
「兄さん。兄さんの身体を見ればわかる。ずっと前に進んでいたんだね。だから兄さんの背負ってるものを少し手伝わせてもらえないかな。まぁ。僕にできるのは話を聞くことしかできないかもしれないけど。」
カルマは黙っていた。ここで弱音を吐いていいのだろうか。それは己が弱いと認めてしまうことではないか。
二人はずっとカルマのそばを離れなかった。
「ユウゴ。貴族ってなんだ。おれはずっと貴族に返り咲くためにハンターになった。でも今父上が言っていた貴族ってものがわからない。」
「ん~。じゃあ昔父上が教えてくれたことをそのまま伝えるね。形だけの貴族なんてくそくらえ。そんなもの意味がない。本当の貴族とは困難に陥っている人に手を差し伸べられる人だ。それが力だ。」
ユウゴは冷徹で抑揚のないエリックのような喋り方をした。
カルマははっ・・・。と呟くと拳を握りしめた。
「俺はそんな話知らない・・・。じゃあ俺が今までやってきたことは・・・。強さを求めた意味はなんなんだ。」
地面をこれでもかというほど強く叩いた。
「これは兄さんには絶対伝えるなって言われてたからね。あいつは必ず自分で気づく。俺の後を継ぐのはカルマだって。父上の中で僕に家を継がせるって選択肢はなかったみたいだね。」
「信じられねぇな・・・。今までずっと信頼してきた師匠にも裏切られたんだ。」
カルマは心に溜めていたものをすべて吐き出した。レイラが他国の間者だったこと。ボロボロだったのはレイラと戦い、崖から落とされたこと。
「笑えるだろ。あいつずっと俺を笑ってたんだ。弱くて惨めな俺を・・・。」
その時、ごめんなさい。とか細い声が聞こえ、パン!と乾いた音が空に吸い込まれる。カルマは頬を抑えた。ユウゴはあたふた焦っている。マリアがカルマの頬を叩いたのだ。
「ちょっとマリア。兄さんになにしてるの。」
「カルマさん。ごめんなさい。でもカルマさんは彼女の気持ちを全然わかってない!」
マリアは目に涙を溜め、真っすぐにカルマに視線を送る。
「何か理由があるにきまってます。レイラさんも心を痛めてるはずです。」
「でも俺は殺されかけたんだぞ!あいつは本気で殺しに来たんだ!。」
カルマはついつい声を荒げてしまった。レイラは自分の味方だと思っていた。理解者だと思っていた。でも違ったんだ。
「でも今こうして生きておられます。もう一度会ってきちんと話をしてください!受けた愛に理由をつけて拒絶しないで!」
真剣な眼差しと強い言葉にカルマはたじろいでしまう。
「兄さん。僕たちは兄さんの味方です。だからお願いです。兄さんのやりたいように。したいようにしてください。後悔しないように。」
そこから少しの間この村で過ごし、カルマはレイラの家に行くことに決めた。本当は話がしたかった。本当にこの国を恨んでいるのか。どういうつもりで弟子を取ったのか。俺との時間は嘘だったのか。
レイラの家に着いた。家の中は真っ暗。扉を開けると寂しくキィという音が鳴る。机の上に一枚の紙きれ。
そこには日付。そして戦争をする旨が書かれていた。
カルマはその紙をくしゃっと握り潰し、レイラと戦うことを決めた。