二話 強くなるために
雲一つない青空。心地よい風が木々をカサカサと揺らす。ゆったりとした時間を裂くように、山に怒号が飛び交う。カルマはレイラを乗せた大きな石を引っ張っていた。顔を歪め、全身に力を入れて前に進む。
「おらぁ!根性見せろ!!そんなんじゃモンスターに食われて終わりだぞ!」
「くっそ。やっぱりやめとけばよかった。もっとまともな奴に教えてもらおう。」
「あ?なんか言ったか!師匠の言うことは絶対だ!いうこと聞かないと飯抜き!」
「いや・・・。それ俺の金・・・。」
「あん?」
カルマがレイラに弟子入りした時。彼女は快諾した。条件付きで。カルマの荷物は師匠が預かる。狙いはカルマのお金が入った袋。最初は治療に専念するように外出を禁じられた。部屋で待っていると毎晩酔っぱらいが帰ってくる。そしてカルマに覆いかぶさるように眠る。最初のころだけドキドキしていた。しかし、すぐにその気持ちは引っ込んだ。
「よし。次は素振りだ。この剣を貸してやる。鍛錬用の剣だ。」
「うぉぉ。なんなんだ。この剣は・・・。何が入ってやがる。」
「いいだろそれ。鍛冶屋に特注で作ってもらったんだ!貸してみな。」
ブオンブオンと風を千切る音が聞こえる。レイラは表情一つ変えずに剣を振り続ける。怪物かよ。とつい呟く。するとカルマの頭にゲンコツが飛んでくる。痛すぎてしばらく頭を抱えていた。
「とりあえず、これからは振ってろ。無理なら普通の剣に変えるけど?」
「ふざけんな。おれは強くなって力をつけるんだ。舐めるな。」
「いいじゃんいいじゃん。これを振れるようになったら他の修行に移るからがんばれよ。」
剣をよろよろと振り始めるカルマ。レイラはその様子をじっと微笑ましく眺めていた。
しばらくカルマが剣を振っていたが、レイラはあっ。と何かを思いついた様子。
「そうだ。ひとまず到達点をみせてやるよ。これができればアタシの中で一人前だな。見てろよ。」
カルマは汗をグイッと拭い、レイラに視線を送る。レイラはカルマから離れたところで剣を腰から抜くと、剣先を勢いよく地面に突き刺した。
「猛り狂え。レオゼビオナ。」
レイラがそう唱えた瞬間、高熱の風があたりに吹き荒れた。周囲の空気が揺らめく。レイラの周りの空気が巻き上げられ、草木が瞬時に焦げてバラバラに。
カルマは顔を歪め、顔を手で隠しながら、レイラから目を離さなかった。そしてすべてがピタッと止まる。
「どうだ!これがアタシのチェインだ。」
最初に目に入るのは、彼女の持つ剣の形だ。 刀身は日本刀のように背の反った剣。しかし刃の反対側が燃え上がる日のような、獣の爪のような形状。そこで引っかかれば、すべての肉が持っていかれそうな形。
稀にこのチェインという能力を使える者がでてくるらしい。原因や発動条件は不明。しかし発動すれば身体能力の強化や剣の持つ属性での攻撃が可能。
レイアが大木を試し切りしてくれた。剣を振った後、木の内部までもが炭になっていた。深くまで熱が伝わるようだ。この力は絶対ものにしたい。カルマはそう思い、また剣を振り始めた。
二カ月がたったころ。カルマはなんとかこの剣を振れるようになった。レイラの想像よりもずっと早かった。
「よし。じゃあ戦ってみるか。」
「誰と誰が?」
「アタシとカルマで。カルマは狩猟用の剣使いな。アタシはそうだな・・・。この木の棒でいいや。」
「おいおい。さすがに舐めすぎだろ。前にも言っただろ。一応剣術の基礎はあるんだぞ。」
「ぷぷぷ。基礎だって。いいから遠慮せずかかってきな。師匠には遠慮するなよ。本気でやらないとアタシ喰らうよ。」
カルマの背筋がぞわっとする。レイラの圧はまるで凶暴な獣のようだった。本気で命の危険を感じる。
カルマはフェイントを入れ、剣を振り下ろしていたが全く歯がたたない。すべて防がれた。
全身の力を込めて剣を振り下ろしたが、弾かれて身体がのけ反った。そこへ強烈な突。カルマの身体はくの字に折れ、吹き飛んだ。
「くそ・・・。」
「強くなったな。アタシは嬉しいぞ!」
「強くねぇよ。」
「成長してるよ。ちょっと前のカルマならアタシの突きを喰らったら失神してるぞ。」
「でもまだ・・・」
「なぁ。少しぐらい自分の成長を認めてやってもいいだろ。」
「こんなんじゃおれは・・・。力が持てないと貴族にもなれない。」
少し前にレイラに貴族だったことを話した。愚かな父のせいで貴族ではなくなったこと。父が貴族ではなくなったのは他の貴族を毒殺した容疑。そして父は処刑された。屋敷は取り壊され帰る家はなくなった。父が処刑されたと聞いたときは動揺した。あまりいい思い出はないがそれでも父親だ。あの父が他の貴族を毒殺なんてするわけはない。そう思った。しかし力がなければなにもできない。力があれば・・・。カルマは自分が貴族として力を持たなければいけない。さらに強く思った。
「親父さんのことは残念だけど・・・。そこに執着しなくてもいいんじゃないか?」
「いいよ。その話は前にもしただろ。」
「アタシの胸で泣いてもいいんだぜ?」
「泣かないよ。あの人からも言われてたんだ。涙を見せるなって。だから俺は泣く暇があったら剣を振るう。」
「どうしたもんかねぇ。」
カルマはさらに修行に力を入れた。レイラにも熱が入る。修行はさらに厳しくなったが、それでもひたむきに剣を振るうカルマの成長を見て、レイラは充実感を覚えた。
カルマはハンター試験に一番の成績で合格して、晴れてハンターとして歩み始めた。
ある日の昼下がり。二人は山を登っていた。
「なぁ。どこに行くんだ?」
「ん~?アタシのお気に入りの場所だよ。今日は絶対に修行中止。黙ってついてきな。」
「いいからおれは修行をしたいんだけど・・・。」
レイラは鬼の形相でカルマを睨みつける。
「あのね。アタシが休めって言っても勝手に鍛錬して休まないだろ。体と心を休めるのも強くなるためには必要なの!返事!」
「わかったよ。」
少し不満そうなカルマに安堵の表情を送る。
「ここがアタシのお気に入りの場所。どうだ?いい景色だろう。」
「ここは・・・。」
山の頂上付近の少し飛び出た場所。ここから町全体を見渡せる。カルマはここに来たことがあった。昔、母が亡くなった時、父親とユウゴと一緒に。思い出す懐かしい記憶。
「よし!アタシの横に座りな!」
座った瞬間、レイラはカルマの身体をグイッと引き寄せた。カルマはつんのめり、仰向けでレイラに膝枕される体勢になった。急なことで驚いたが、同時に恥ずかしさが込み上がる。起き上がろうとするが、レイラが上から動かないように押し付ける。
「なんだよ!ちょっとやめろ。力つよ。」
「いいから・・・。ちょっとこのままでいろ。」
心地よく頭を撫でられる。心の奥がじんわりと温かくなる。
「お前はよく頑張ってる。それはアタシが一番わかってる。試験合格おめでとう。」
しばらく恥ずかしくてレイラの方を見れなかった。ちらっとレイラの方を見る。美しかった。燃えるような赤い瞳も風になびく髪も。じっと見つめるとレイラも視線に気づいたのかニカっと笑う。普段乱暴なレイラしか見ていないため、静かに街を眺める彼女のギャップにやられる。パッと顔を背けた。
「ちくしょう。また負けかよ。」
カルマは少しだけ頬を赤らめぼそっと呟いた。




