理想の異世界に転生したら説明書がついてきた件
目を覚ますと、金髪の美少女が俺の顔を覗き込んでいた。
「お目覚めですか、勇者様!」
……え、なに? 勇者様?
「ここは異世界。あなたは神の采配により選ばれし者、いわゆる――『転生勇者』です!」
ああ、はいはい、そういうやつね。
期末テスト前に徹夜して、そのままチャリで電柱に突っ込んだ記憶まではある。なるほど、これが噂の“異世界転生”ってやつか。
「まずはこれをどうぞ!」
彼女が差し出してきたのは、一冊の分厚い冊子だった。
『異世界生活マニュアル(勇者様用)』
表紙にキラキラしたフォントでそう書いてある。
「……まさか異世界で説明書読むことになるとは思わなかったな」
開いてみると、こう書いてあった。
《異世界生活マニュアル・抜粋》
第1条:本世界では不満・怒り・悲しみといった負の感情は、自動的に精神安定スライムが感知し、中和します。
(※スライムは現在、あなたの足元で待機中です)
……なんかヌルッとしてると思ったら、足元にいたコイツ、いないはずないか。
「よろしくね、ご主人。君の不満、全部吸い取っちゃうよ☆」
スライムは満面の笑み、というか無表情で脳に直接語りかけてきた。しかも語尾がキラキラしてる。
続けてページをめくると――
第7条:理想的幸福感を維持するため、記憶は週に一度必要な範囲を除きリセットされます。
第9条:住民との深い関係性(恋愛・友情など)は自動的に模擬AIが代行いたします。
第12条:この世界での「選択」はシステムが最適解を自動判断します。
(え、ちょっと待って? 俺、自由に恋愛できないの? 選択もできないの? なんなら、毎週記憶を“必要な範囲”だけ残して削除されるの?)
「ちなみに、ご主人様が現在抱いている“違和感”も、10秒以内に処理されますよ!」
美少女がにっこりと告げた。
スライムがふるふる震え、俺の脳内でなにかが……ヌルッと、消え――
「はっ……えっと、何の話してたっけ?」
「異世界、最高ですよね、ご主人!」
……ああ、そうだっけ。
チート能力もあるし、美少女もいるし、飯はうまいし。最高じゃん?
7日後。
「お目覚めですか、ご主人様!」
金髪女神が、また俺を覗き込んでいた。
「ここは異世界。あなたは神の采配により選ばれし者――」
「ああ、はいはい、テンプレね」
……この展開、なんか前にもあった気がするけど、気のせいか。
足元でスライムがクスクス笑った気がした。
異世界の幸福度に上限は存在しない。
誰も争わず、誰も悲しまない。
ただ一つ、自由だけが存在しなかった。
そして今日もまた彷徨う者達が “理想の異世界”で目を覚ます。