9
「…………故郷、か」
夜、自室へと戻ったラナリアだったが、思考が頭の中をぐるぐると回り、どうにも寝つけないでいた。
仕方なくベッドから立ち上がると、窓辺に寄ってガラスに手を這わせる。その透明なガラスには、ぼんやりと顔色の悪い女が映っており、それが自分だとなかなか理解ができないほど生気が無いように見えた。
どうして自分はこんな顔をしているのだろう。どうして――。
ラナリアは空いている手で、自分の胸をきゅっと掴む。
「こわい……」
酷く、おそろしかった。
故郷に帰るべきなのは分かっている。呪いを解くためもある。でもそれ以上に、唯一の生き残りとして、現状を受け入れる必要があると、本当は分かっていた。
でも――
「こわいよ……」
目の奥がツンと痛くなって、ぎゅっと目を閉じる。
泣きたくなる。
でも、涙は一筋だって零れない。
故郷を逃げ出してから、ラナリアは泣いたことが――泣けたことがなかった。
――生きてください。必ずですよ、姫様。
その時、ふと懐かしく優しい老人の声が聞こえた気がした。
「おじいさま……」
ぽつりと落とされた自分の声に、あたたかな記憶が蘇る。
長いローブを着た淡いグレーの髪をしたおじいさま。目元に深く刻まれた笑い皺を思い出す。
ラナリアが「おじいさま」と呼んで慕っていた、国抱えの魔導師の老人だった。
「そうだわ……。おじいさまが、旦那様の所へ行け、と……」
そしてその時に彼はラナリアの手をしっかり包み込んで言ったのだ。「生きろ」と。
「どうして忘れていたの……?」
あの時の手のあたたかさ、少しかさついた、でも優しくも力強いあの手を、どうして忘れていたのだろう。
「おじいさま、あなたは――」
ラナリアはクッと顔を上げると踵を返して部屋を出る。そして、向かいにある部屋の扉を叩いた。
「旦那様、起きていらっしゃいますか」
何故か確信があった。彼が自分の答えを待っていてくれてると。
案の定、すぐに部屋の中で気配が動いて、その扉が開いた。
「どうした」
「行きます」
間髪入れずに言ったラナリアに、彼は少し面を食らったような顔をした。だがそれに構うことなく、ラナリアは彼の目をしっかりと見つめて、もう一度言った。
「故郷へ行きます。呪いを解きに。それから――」
脳裏に本当の祖父のように慕っていた老魔導師の姿が映った。
「大切な人たちと、何よりもわたし自身に、向き合うために」